魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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最終話:魔法少女なんてガラじゃない!

そんなこんなで、クロもとい『名も無き教典』との契約を済ませた私。

彼女と契約した私だけれど、何かが劇的に変わる訳でもなく、出来る事は無い状況だった。

そうしてアースラ管制室に戻って、なのは達を見守る事にしたのだけれど、クロと契約した事は黙っている。今伝えても得策ではないし、事後報告で十分と思ったからだ。

 

「どうしたんだ?」

 

「ううん。何でもないよ」

 

トイレか何かと勘違いした兄が声を掛けてくる。

そうか、と言ってモニターに目線を映した。

私に甘い兄でも、今は目を離せる状況ではない様だ。

それでも、聞いておかなければならない事が有る。

邪魔になるだろうから黙って見ているだけでも良かったけれど、少しでも状況を把握したかった。

 

「えっと。これからなのは達はどうするつもりなの?」

 

「偽典の契約者―マスター―の魔力を上回る魔法を撃ち込むと言っていたが、それが出来る人間がそうそう居ると思えないけどな」

 

「それが、居るんだよ。世界は広い。彼女達ならそれが出来る……少し相手が気の毒だが」

 

兄の言葉をハラオウンさんが継ぐ。

そんなハラオウンさんの言葉は最後まで聞き取れなかった。

兄達の言い分を聞く限り、そんなになのは達は強いのかと思う。

なのはは教導官だと聞いている。

そしてその一環として模擬戦も見たけれど、確かに強かった。

数で上回っている武装隊の人達を、一瞬で負かしていたんだ。

 

けれど、彼女は普通なんだ。

何処にでも居る同年代の私達と。

なのはもフェイトもはやても。

少し違うのは、もう働いているという事だけだと思う。

管理世界が、どんな場所でどんな環境なのか良く解らないけれど、就業年齢は若いらしい。

それは、魔導師不足の為と聞いている。

才能が有るなら、此方の世界の飛び級システムの様に例外的に認められるそうだ。

小学生の頃から、管理世界で魔導師として働いていると聞いた。

 

「なのは達、大丈夫かな……」

 

それでも、心配は尽きない。

怪我もするだろうし、嫌な思いもする事もあるだろう。

見たくもない物も見る事もあるだろう。

 

「心配はいらないよ、彼女達は強い。僕達アースラのメンバーも全力でサポートに回る。君は此処で見ていると良い。『名も無き教典』との契約をするしないは君の自由だ。

魔法について何も知らないまま契約をして後悔をする様な事にならないように確りとね」

 

中央モニターを睨む様に見つめていた私に苦笑して、そんな事を言うハラオウンさん。

なのは達の心配をしなくて良いのだろうかとも思ったけれど、裏を返せばなのは達の事を信頼しているのかもしれない。

 

「……はい」

 

「まぁ、気楽にな。難しく考える必要なんて無いんだ。魔法なら俺も教えてやることが出来る。仮に『名も無き教典』と契約しても普通に暮らす事も出来るからな」

 

「ありがとう、兄さん。でも、私は管理局に行かなくて良いのですか?」

 

ずっとクロと契約すれば管理局もしくは管理世界に行くと思っていたのだけれど、兄の言葉に驚いた。

 

「無理強いは出来ないよ。君の意思が大切だ。けれど、管理外世界に残る場合『名も無き教典』は封印処置を施す事になるだろうね」

 

ハラオウンさんが、難しい顔をしてクロを横目で見る。

封印と言う言葉に、ピクリと私の身体が反応する。

 

「どうしてですか? 害は無いと聞いていますが……」

 

「今の時点で危険性は無くても、これから先どう変化するかわからないからね。『名も無き偽典』の例も有るからね……」

 

「と言うか、管理局の記録じゃぁここ最近起きていた昏睡類似事件は『名も無き教典』の仕業になっているんだがな」

 

「そうなのか? では、管理局の怠慢だな。私は、そんな事を起こしてはいない。全くの事実無根だ」

 

私の後ろに静かに佇んでいたクロが短く鼻を鳴らして、皮肉を言う。

兄とハラオウンさんは、苦笑いをしていた。

 

「ま、今目の前で暴れている奴が真犯人な訳だがな。全く、面倒な事をしてくれたもんだ。管理外世界で事件になるほどまで、魔法を使えば俺達に見つかるのは必然だろうに」

 

「だね。罪の無い人や、魔法を知らない人を襲うのは感心出来ない。だからこそ、僕達が居るんだ」

 

その眼には、意志が宿っていた。

何者にも負けないと言う、強い意志が。

 

「あの、偽典の契約者はどうなるんですか?」

 

「どうもこうも、彼を倒して捕まえて、僕たちの法の下で犯した罪を償ってもらうだけだよ」

 

どんなに酷い事をされたとしても、彼をどうこうしたいと言う気持ちは湧かない。

管理局の法の下で、適切に裁かれるのならそれで良いと思う。

 

「でも、魔法ってこっちの世界で言う銃とかに代わるものなんですよね? それって、偽典の契約者の人、死にませんか?」

 

「嗚呼、そうか。そうだね……魔法には二種類有るんだ。殺傷設定とその真逆の非殺傷設定」

 

「管理局員が使う魔法は非殺傷設定だ。それなりのダメージは残るが死にはしない。これは俺たち管理局絶対のルールだな。それを破れば、管理世界で法の番人を名乗れなくなる」

 

ハラオウンさんの言葉に補足で兄が言う。

そんな便利な物があるのかと思う。

でも、模擬戦でも模擬弾があると聞いていたから、直ぐ腑に落ちた。

 

「でもそれって犯罪を犯してしまう人たちは、殺傷設定を使う事も有るんですよね?」

 

「嗚呼、そうだね」

 

「それって危ないんじゃ……」

 

「危険は伴うよ。だから僕たちは訓練を怠らないし、その為に強くなろうとするんだ。自分の命を懸ける事に成るかもしれないけれど、それでも守りたいもの守るべきものがあるからね」

 

なのは達もハラオウンさんと同じなのだろうか。

けれど、危険に身を晒して戦っているのはなのは達だ。

半端な覚悟で出来る事じゃない。

そんな強さに、憧憬を抱いて見守る。

 

「そろそろ、決まるかな」

 

「みたいだな」

 

「……」

 

クロとの契約を果たしたからなのかどうかは判らないけれど、中央モニターに映し出される光景に淡く光る何かが見える。

今まで知覚できなかっただけで、もしかすれば見ようともしていなかったのかもしれない。

そしてそれは恐らく魔力素と呼ばれるものなのだろう。

その淡い光は、なのはの元へと集まり、デバイスの先で巨大な球体に変化していた。

 

なのはとフェイトとはやての足元に光る魔方陣も輝きを増し始めて、魔法詠唱を完了させようとしていた。

不思議なものだと思う。

たった一人の人間が、こんな巨大な力を放てるなんて。

 

『――スターライトォ……』

 

『――プラズマザンバー……』

 

『――ラグナロク……』

 

それぞれのトリガーワードを唱えて、呼吸を合わせる三人。

遠くから画面越しに眺めている光景の筈なのに。それは、彼女達の意思が私にまで届いているのか、それともこの光景に私が胸を熱くしているだけなのか。

真実は解らないけれど、胸に灯るこの思いは決して悪い物じゃないと思う。

 

『『『ブレイカーーー!!!』』』

 

強大な三つの魔力球が、偽典の契約者へと呑み込まれていく。

その影響で中央モニターは一面真っ白になり、その後にノイズが走りモニターとしての機能を中断させた。

 

「決まった、ね」

 

「だな……」

 

「……」

 

アースラ管制室に居る全員が固唾を飲んで、中央モニターに見入っていた。

 

――これで全てが終わる。

 

数秒の筈なのに、その数秒が妙に長く感じられた。

そうして、魔力波の影響を受けていた中央モニターは周囲の景色を段々と映し始める。

 

「う、わ……」

 

こんな光景は人生で初めてだった。

偽典の契約者を中心にして、地面が穿たれて出来た大きなクレータ。

倒れ込んでいる偽典の契約者は生きているのだろうか。

 

「終わった、かな」

 

「みたいだな」

 

ふう、と大きな息を吐いて笑顔を浮かべるハラオウンさん。

彼が笑った所を初めて見た気がする。

それだけ、今回の出来事は重大だったのかもしれないと思った。

 

「良し。偽典の契約者を拘束しよう。それと、『名も無き偽典』の封印処置を施す。武装隊に連絡を」

 

「了解っ!」

 

一瞬で表情を引き締めて、指揮官としての役目を果たしている。

明るく威勢の良いオペレーターの男性の返事を聞きながら、無事に終わった事を安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは、フェイト、はやて!」

 

「上総ちゃんっ!」

 

「上総!」

 

「上総ちゃん!」

 

転送用の部屋へと赴いて、なのは達を迎える。

怪我も無く無事に戻ってきてくれた事に、感謝する。

 

「皆、おかえり。無事で良かった」

 

声が聞けた事。無事を確認できた事。

擦り傷や小さな怪我は有るみたいだけれど、特に酷い怪我は見当たらない。

私の為に戦ってくれたのに掛ける言葉が見つからなくて、不甲斐無さが溢れる。

 

「……上総ちゃん」

 

悔しくて、情けなくて、でもなのは達が無事に戻ってきてくれた事が嬉しくて、いつの間にか涙が溢れていた。

 

「見てる事しか出来なかったから、何も出来なくて、ごめんっ」

 

守られるだけ、安全な場所に居るだけだった自分。

そんな私を、目の前に立つ三人や武装隊の人達は、危険に身を晒して戦ってくれた。

 

「そんな事無いよ。上総ちゃんが居たから頑張れたんだ。だから泣かないで」

 

「そうだよ。上総は強いよ。『名も無き偽典』の契約者に折れなかったんだから」

 

「せや。上総ちゃんが頑張ったんやから、最悪の事態は避けられたんや。そんな思いつめたらアカンよ」

 

慰めの言葉を掛けてくれる三人には、少しばかり悪いけれど素直に受け止められない。

やっぱり、迷ってしまった事に後悔をしているし、違った結果も有ったのかもしれないと考えてしまう。

 

「ううん。選択肢は用意されてた。けど、私は選ばなかった」

 

そう。結局は逃げていたのかもしれない。

 

「うん」

 

私の言葉を聞いてくれる三人。なのはが左手の親指の腹で、涙を拭ってくれる。私の顔を真正面から見つめて、目を逸らさないで次に紡ぐ言葉を待ってくれている。

 

「誰かに任せて、流れに身を任せただけだった」

 

魔法なんて関係ない、と目を逸らしていたのかもしれない。

日常から非日常へと、飛び込んでしまう事を恐れて。

結局、巻き込まれてしまったけれど。

でも、懸命に海鳴の街の人達の為にと戦う彼女達は強く、輝いていた。

 

「うん」

 

フェイトが私の動かない左手を握る。伝わる温もりが暖かい。

 

「だから、なのは達に憧れたんだと思う。強くなりたいって、思ったんだ」

 

そう。心が強く在る様に、と。

その為に、クロと契約したんだ。

 

「そか」

 

はやてが私の強く握り込んでいた右手を解いて、指を絡める。大丈夫、と言ってくれているように。

 

――ありがとう。

 

三人の優しさと温かさにとめどなく溢れる涙を右腕で拭って、無理矢理に笑う。

 

「だから、助けてくれてありがとう」

 

握られた手を振りほどけずに、私は不恰好に頭を下げた。

 

「御歓談中失礼しますっ! ハラオウン執務官!、犯人の移送作業が完了しました。もう暫くで此方に転送されます」

 

伝令役だったのだろう。年若い武装隊員が敬礼をして部屋に現れた。

その彼の言葉を聞いてびくり、と体が反応する。

 

「了解です。ありがとう」

 

受け応えするフェイトの返事を聞いて、彼は部屋から出て行った。

私の変化に気が付いたのか、なのはが私に近寄って“大丈夫だよ”と声を掛けてくれた。

そうして伝令役の人の言うとおり、暫くすると転送ゲートが淡く光り始めて、何人かの人影が現れた。

 

「お疲れ様や。シグナム、ヴィータ」

 

その姿を確認したはやてが、二人の元に行く。

武装隊の数名は、偽典の契約者を取り囲んで逃げられない様に注視している。

 

「いえ。主はやても、お疲れ様でした」

 

「はやて。お疲れ様」

 

はやての前に立つ二人は知っている。

確か、砂漠で私を助けてくれた二人だ。

クロが夜天の魔導書の守護騎士だと言っていた。

 

「それでは、私達は偽典の契約者を移送してまいります。主はゆっくりしていて下さい」

 

「そうしたい所やけど、やらなアカン事が山ほどあるさかい。ゆっくり出来るのはもう少し先やなぁ。ま、フェイトちゃんが一番大変やろけどな」

 

「そうだね、事後処理が有るから。色々と書類揃えなきゃいけなくなる、かな」

 

いきなり話題を振られたフェイトが、少し驚いた顔をして答える。

その横で、話を聞いていたなのはが、“にゃはは”と苦笑いをしていた。

その様子を見ながら、ふと偽典の契約者へと目を向けた。

後ろ手に拘束具を付けられて、大分疲れた様子を見せていた。

綺麗に纏めてあった褐色の髪は乱れ、高級そうな白のスーツもくたびれている。

 

――こんな事で、諦める訳が無いだろう?

 

突然、私に届いた念話。聞き間違える筈は無い、偽典の契約者の声だった。

にやりと嗤い、疲れ切った偽典の契約者の眼に光が灯る。

何をする気だろう。此処で暴れても、結果は見えている。敗者が足掻いた所で結果は覆らない。

そんな事を考えていた刹那。

私の左腕に異変が起きた。

突然の痛みに、自分の左腕に目を向けた。

 

「……何、これ」

 

黒い瘴気、とでも言えばいいだろうか。

腕の回りに纏わりついて、だんだんとその範囲を広げていく。

 

「上総ちゃん?」

 

「上総?」

 

「っ! 何をしたんや!?」

 

私が上げた声に、三人が反応する。

そうして、偽典の契約者を取り囲んでいた武装隊員とシグナムさんとヴィータさんが即座に反応して、偽典の契約者を取り押さえた。

けれども、左腕の黒い瘴気は色を増して私を覆い尽くしていく。

 

「ちっ! しぶとい奴だ」

 

そんな声を唐突に上げたのはクロだった。私の影の中に居たクロは異変に気が付いたのか、いつの間にか私の隣に現れて聞き取れない言葉で魔法詠唱を始めている。

抵抗しようにも方法なんて見つからず、遠のいて行く意識を必死に繋ぎとめるのが精一杯だった。

私に駆け寄るなのは達を見届けて、意識は其処で途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が浮上する。

眼を開けた筈なのに、何も見えない。

一瞬失明でもしたのかと頭の隅で考えたけれど、只単に真っ暗な景色に目が慣れていないだけだった。

 

「ここは……」

 

「さあな。偽典の契約者が何かしら仕出かしたのだろうが……」

 

「っ! クロ、びっくりさせないでよ」

 

「む。文句が有るのなら偽典の契約者にでも言ってくれ」

 

憎まれ口を叩きながらも、クロは私を守る様に抱きかかえていてくれた様だった。

クロの体躯は私より大きいので、すっぽりと彼女の腕の中に納まっていた。

 

「さて、どうしたものか」

 

「どうするもこうするも、戻らなきゃね」

 

取り敢えず立ち上がってはみたものの、どうするべきか途方に迷う。

眼が慣れてうっすらと、知覚し始めた景色は遥か先まで何もない。

ただ果てなく空間が続き、所々に穴が開いている。その穴を覗いてみると禍々しいマーブル色をしていた。

 

「間違えて落ちてくれるなよ?」

 

「え?」

 

「虚数空間。重力の続く限り落ち続ける。そして、落ちると二度と戻れない」

 

その言葉を聞いて、即座に後ろに下がる。

その様子が可笑しかったのか、クロが笑う。

非常事態だと言うのに落ち着いたものだ。

 

「けど、どうしよう……出口なんて無さそうだし、地平線まで歩ける気なんてしないし」

 

「暫くすれば、奴が現れるだろうな。此処で待つのも手だ」

 

遥か彼方先は霞んで見える。其処まで本当に何もない。地面が続いているだけ。

無暗矢鱈に歩くのは、ただ体力を消耗するだけだ。

太陽も無い空間で、方角さえも解らない。

けれど、何もしない訳にもいかなくて。

気が付けば、勝手に歩きだしていた。

 

「本当に何も無いね」

 

「だな」

 

「こんな所で何をするつもりなんだろう」

 

「大方の予想は付くがな。まぁ上総にとって碌な事ではないだろうな」

 

「嫌な事言わないでよ……」

 

「守ってやるさ。今と以前では状況が違うしな」

 

状況が違うと言うのは、契約する前と後の事だろう。契約者が居なければ、力が制限されると聞いている。

その事が改善された今は、多少は違うのだろう。

無理なら無理だと言うクロだ。確信が有るからこそ、言葉にしたのだと思う。

 

「やぁ」

 

「……」

 

そんな会話をクロと交わした矢先、タイミングを見計らっていたかのように偽典の契約者が現れた。

彼の後ろに何時も控えていた、偽典の統括者の姿は無い。

クロの様に彼の影の中にでも隠れているのだろうか。

 

「そう警戒しないでくれたまえ」

 

「無理ですよ。貴方が仕出かした事を考えれば尚更です」

 

「ふ、まぁ良い。此処は次元の狭間と言った所か。助けは来ないよ。この空間に居る為には高度な魔法が必要だ。恐らく管理局では手に負えまい。其処に居る、名も無き教典ならば可能かもしれないがね」

 

彼の言葉にふと思う、中に入れる魔法が有るのなら、外に出る魔法も存在する筈。

 

「簡単に言ってくれるなよ。此処を出るには相当骨を折らなければならん。何の為に貴様はコイツを此処に呼んだ?」

 

偽典の契約者の言葉を裏付ける様に、クロは肯定した。

苦労はするようだけれど、出る方法は有るようで、少しばかり安心した。

 

「何、前から言っているだろう。彼女を手に入れる為だ。当初の計画より手間取ってしまったが、致し方あるまい。それに今は契約を果たしている。

彼女を乗っ取ってしまえば、君も手に入るのだ。これ程好都合な物は有るまい」

 

「はっ! やってみろ。貴様の様な男にコイツをやらせはせん。それに貴様、今までの戦闘で大分魔力を消失しているだろう。だからこの場所に呼んだ。違うか?」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と言う言葉が、この世界にはあるらしいぞ?」

 

「馬鹿な事を。百年以上魔法を研鑽してきた私に、彼女が勝てる要素が有ると思うかね?」

 

「有るさ。私が居る。私が導く。そして、守る。貴様に負ける要素が何処に有るのだ?」

 

「質問を疑問で返すのは、良くないねぇ。まぁ良い。やる事は一つだ。我らは魔導師だ。此処は一つ魔法で決着を付けようではないかっ!」

 

高らかに宣言をして、彼の足元に魔方陣が現れる。

彼の左手には、名も無き偽典。

統括者の姿は未だに無い。

 

「拒否は出来そうに無いな。……上総」

 

呆れた声で、言葉を吐き捨て私を呼ぶ。

 

「何?」

 

「いけるか?」

 

「いけるも何もやるしかない、よね……」

 

私の言葉を聞いて満足げに笑うクロ。

 

「とは言っても、選べる選択肢は少ない訳だがな」

 

「仕方ないじゃない。魔法なんて知らないし」

 

「それはそうだ。意識を集中しろ、心臓を意識するんだ。補助は私がしてやる。今は意識を集中しろ」

 

私の後ろに立って、背中から心臓の部分にクロの手が置かれた。

きっと、その場所に意識を持って行けという事なのだろう。

 

「分かった」

 

クロに言われた通りに、意識を集中する。

胸に手を当てて、目を瞑る。

どくり、と鳴る心臓。

体中の血液が沸き立つ、感じ。

なんだろう、暖かい。

無理矢理に使った防御魔法の時とは違う、暖かい。

 

「きっちり防ぐぞ。目にモノ見せてやれ」

 

誇らしげな声で、そんな事を言うクロ。

眼を開いたその先には、攻撃魔法を準備している偽典の契約者。

要するに、防御魔法で防げ、という事なのだろう。

 

「何でも良い。防ぐイメージを強く持て。構築式は私がやろう。上総がする事はソレだけだ」

 

防ぐ、イメージ。

ふと、なのはの防御魔法が頭の中に沸いて出てきた。

フェイトとの模擬戦の時に、きっちり防いでいたなのはの防御魔法。

嗚呼、それならば出来そうだ。

あの鉄壁の盾の様な、なのはの魔法を。

 

「……」

 

「来るぞっ!」

 

その声と共に、黒く光る魔法刃が私に向かって飛翔する。

何本かは私とクロの横を通り過ぎて行った。

そして正面に飛んできた、魔力刃は私とクロが展開した防御魔法によって防がれる。

 

「なっ! 私の魔法を防いだ、だと……」

 

「慢心だな。私の契約者を侮った証拠だ」

 

ふふん、と鼻を鳴らしているクロ。顔は見えないけれど、きっと笑っているに違いない。

 

「決意をした人間は強いぞ。貴様の悪趣味に付き合わされても折れなかったヤツだからな。尚更だ」

 

クロは少し勘違いをしている。

痛みは、我慢すれば良いだけだ。耐えられないのは大切な人達や大切な物を失くす事だ。

嗚呼、そうだ。痛いだけなら耐えられる。何かを誰かを失う事の方が怖い。

その欠けてしまった穴を埋めるものは存在しないのだから。

なら、痛みに耐えて血反吐を吐いても守らなければ。

 

「ぐっ!」

 

言葉も発せず、次の魔法詠唱を始めている偽典の契約者。

彼は疲弊している。

何故だか解る。

……なら。

 

――私の事を強いと言ってくれた、クロや彼女達の想いを無駄にする訳にはいかない。

 

それならば。

自分自身の力で。

誰の助けも借りずに、自分の手で。

 

「ねぇ、クロ。クロの力を借りないで、彼に勝つ事は出来るかな?」

 

「上総がそう思うのなら私に聞かなくても良い、行け。自分の意思でこの幕の最後を閉じろ」

 

「うん。ありがと」

 

そう決意して、心臓の辺りに有ると言われるリンカーコアを意識する。

一度で良い。一瞬で良い。

彼に、一撃を。

 

「うぁあああああああ!!!」

 

そう思いを込めて、魔法を行使しようとしたものの知識も何もない私が、簡単に出来る筈が無かった。

それでも、何も出来ないけ自分だけれど。

彼との距離を詰める。

何か、有る筈なのだから。

 

「無力だねぇ。何も出来ないのは。だからこそ力を求める。たとえ闇に落ちようとも」

 

「落ちたくなんて有りませんよ。正しい使い方なんて判らないけれど、決して貴方の様には成りたくないです。見ず知らずの誰かを巻き込んで、何かをしようなんて思わない」

 

見えない何かが、彼の元へと行くことを阻む。

それでも、無理矢理に足を進ませる。

 

「……っ!」

 

届け、届け。

もう一歩、あと一歩。

 

「なっ! 何故っ!!」

 

此処まで辿り着けた、と言う言葉は彼の口からは出なかった。

 

「やっと、貴方に届きましたね」

 

もし誰かが私の顔を見ていたのなら、嫌な顔をしていたと思う。

にやり、と口角を上げて笑ったのだから。

彼のネクタイを渾身の力で握りしめる。

残念だけれど、私の左腕は動かない。

なら使える身体の一部は一か所しかなかった。

 

「……っぐ!!」

 

「っ!!!」

 

鈍く響く音。

彼の頭と私の頭がぶつかった音だった。

 

未熟な私がこの時使えた魔法は身体強化だった。

けれど、弱っていた彼には効果は抜群だったようで。

たたらを踏んで、二歩三歩と後退する。

 

「くそがぁぁあああああああ!!!」

 

額から流れ出る血を手で押さえて、偽典の契約者が雄叫びを上げる。

その叫びは、まるで腹の底からの声で。私の鼓膜が揺れ動く。

 

「私をぉ止めるなぁぁあああああああああ!!!」

 

更に低く唸る絶叫。

 

『もう止めにしましょう。マスター』

 

何処から彼女が、現れたのか。

偽典の契約者が発動した魔法は、唐突に現れた偽典の統括者の身体を貫いて霧散した。

 

「貴様、何を……」

 

『貴方は、人の智を超え長く生きました。人としての命の終わりを迎えましょう』

 

偽典の統括者を貫通した魔法は、彼女の内臓を傷つけてしまったのだろう。

念話を終えた後、彼女は大量の血を吐き出した。

 

「あぁ、ああああああ」

 

声にならない声で、頭を左右に振り乱して地面に両膝を付く彼。

この世の終わりの様な顔をして、偽典の統括者をぼうっと眺めている。

 

『もう、良いでは有りませんか。罪を犯し過ぎました。私も貴方も眠るべきなのです』

 

「何故、何故、何故ぇぇぇえええ!! 貴様が私に逆らえる筈が無かろう!!」

 

半狂乱になりながら、声を枯らしそうな程の音量で叫ぶ彼。

これが、魔法に狂ってしまった人間の末路なのか。

空しい、と思う。百年以上を生きた彼。

見てきたものも、得たものも沢山あるのだろう。

そんな彼が、私達以外誰にも知られず終わりを迎えようとしているのだから。

 

『いえ、出来ますよ。ただ、今まで逆らわなかっただけなのです。貴方の命に従う事が私の存在意義でしたから。けれど、彼女達を見て思いました。嗚呼、こんな生き方もあったのだ、と』

 

魔法で貫かれ、吐血をしたと言うのに穏やかな顔で偽典の契約者を諭す彼女。

 

「ふざけるなっ! 何故、今なのだっ! もう少し、後少しで手に入れられるのだぞっ! 不完全だった貴様を完全なモノに変えられるのだぞ! それを、何故っ今っ!」

 

『もう良いのです。永の眠りに就きましょう、マスター。それに魔力が枯渇しかけていますから、私は長くは有りません』

 

「……貴様、契約をっ」

 

絶望に染めた顏が、更に暗くなる。

そうして、偽典の統括者の言葉を聞いた偽典の契約者は、頭を項垂れて沈黙した。

 

『ご迷惑を掛けてしまいましたね。申し訳ありませんでした』

 

「なんで、貴方は……」

 

何故彼女は、偽典の契約者を裏切るような事をしたのだろうか。

クロと契約して理解した事だけれど、彼女と彼は主従関係で結ばれている。

そんな彼女が契約主である彼を裏切る事は、無いと言うのに。

 

『貴方たちを見ていると、羨ましくなったのです。本来私も『名も無き教典』と同じように何の害もないモノでした。ですが、時を経て主を得て段々と変質していきました。そうして、大きく私を変えたのが彼です』

 

「……っ!」

 

『そんな顔をしないで下さい。これで終わりを迎える事が出来ます。望まぬ事をしなくて済む様になるのですから』

 

「あのっ! 私と契約は出来ないのですか? 私は『名も無き教典』の契約者です! なら貴方とも出来る可能性がっ!!」

 

眼を閉じて、首を左右に振る偽典の統括者。

何故、消えてしまうと言うのに笑えるのだろう。

 

「上総。それが奴の望みだ。叶えてやれ。そして人ではない。唯の魔導書だ。奴がそう決めたのなら、朽ち果てて消えて往くだけだ」

 

「駄目だよっ! そんなの悲しすぎるっ! なんで彼女が消えなきゃならないのっ! 悪いのは彼女を変えた人達じゃないっ!」

 

「だな。だが、抗う事もせず流されるままだった奴にも責任が有る」

 

『ええ、ですから此処で終わらせるのです。原典である貴方に見送られるのもまた、一興なのでしょう』

 

「そうか」

 

同じ顔、同じ表情で笑うクロと偽典の統括者。

似た者同士、いや複写であるが故に繋がっている何かが有るのだろう。

私では、彼女が決めた意思を止める事は出来なかった。

 

「彼は、どうなるんですか?」

 

地面に項垂れたままの偽典の契約者は動こうともせず、糸が切れた人形の様だった。

 

『契約を切りました。ですので、後は人として生きてその命を終えるだけです』

 

そう長くは無いでしょうが、と目を細めて言葉を紡ぐ彼女は何を思うのだろう。

偽典の契約者と過ごした日々なのか。

それとも、私の知らない彼女の契約者達なのか。

 

「そう、ですか」

 

『貴方は彼の様に成らないで下さいね。道を違えないで、真っ直ぐに進んでください』

 

「出来るかどうかは解りません。けれど、間違った道を進む気は有りません。それにきっと、間違えた道を進もうとすれば止めてくれる人が居ます」

 

そう言ってクロを見る。

私の視線を確りとクロが見て頷いた。

 

『そろそろ、お別れの様ですね。最期に貴方たちに出会えて、本当に良かった』

 

段々と薄くなる姿。

彼女の周りに、魔力素が浮遊し始めた。

まるで、空気に溶けていくように静かに優しく消えていく彼女。

これで良かったのか、悪かったのか。

判断するには難しいけれど、彼女が望んだ事なのだから、と自分の心に言い聞かせる。

 

「何、これ?」

 

完全に彼女の姿が見えなくなった後、私の目の前に浮遊する、親指の先くらいの大きさの白い結晶。

その結晶は、まるで金剛石の様に輝きを放っている。

 

「魔力の塊だな。奴が存在した証だ、上総が持っておけ。奴もそれを望んでいるからこそ、態々上総の前に現れたのだろう」

 

「……わかった」

 

未だに浮遊する結晶を右手で触れる。

鉱石の筈なのに少し暖かいのは、クロが言ったように魔力を帯びているからなのだろうか。

 

「しかし、身体強化だけで立ち向かう奴があるか……しかも頭突きとは」

 

呆れ顔でクロが私に話しかけた。

クロなりの気遣いなのだろうか。

手に取った鉱石を、服のポケットに入れてクロを見上げる。

 

「そんな事言われても。魔法知らないし」

 

仕方の無い事だと思う。

攻撃魔法とか砲撃魔法の術式なんて解る筈も無いし。

 

「無茶苦茶だな」

 

「仕方ないよ」

 

「まぁいい。私が一から教え込んでやるさ」

 

「ん。これからよろしくね」

 

厳しい先生になりそうだ、と心の中で苦笑する。

 

「嗚呼。魔法少女、だな」

 

「何、それ?」

 

「なんだ知らんのか。上総の世界、日本のアニメで『魔法』を使う少女の事をそう呼んでいたが?」

 

「そんな事まで調べてたの?」

 

部屋に引き篭もってパソコンで何を何処まで調べていたのだろうか。

やはり、クロにパソコンを教えたのは間違いだったのかもしない。

余計な知識がついてしまったようだった。

 

「まぁな。興味本位と言うヤツだ」

 

――魔法少女なんてガラじゃない。

 

進むべき道を決めた。

のらりくらりと、歩みは頼りないかもしれないけれど。

それでも、その道を確り見定めて前に進もうと思うんだ。

 

「と、いうかクロ。これ私達どうやって戻るの?」

 

「さぁ?」

 

「え? 待って。戻る方法有るんだよね?」

 

「どうだろうな?」

 

「ちょっと、クロぉ!!」

 

「ははは! 冗談だ。だが時間が掛かるな。大がかりな術式が必要だ」

 

「何だ、安心した」

 

なのは達の様に立派な魔導師に私が成るのは、まだまだ先の話。

 

 

 




エピローグ書いて、本当に終了です。

【最後に】

此処まで読んでくれた方ありがとうございます!
2016年の10月末から投稿を始めてから半年少々。
やっとこさ、完結を迎えることが出来ました。

『なのは』の二次創作で女オリ主モノを書きたいと思い至り、書き始めた訳なのですが、構成が甘かったり、設定がちょこちょこと変わっていたりで、思いつきで書いていたのは、もう読者の皆様にはバレバレでしょう(苦笑
1話目の前書きでできゃっきゃうふふを書きたいと言いつつ、まったくそのような事が無く終わってしまったのは大失点でしたorz
まだまだ、文章を構成する力が足りないようです。

そして、この話を読んでくれた方、感想・お気に入り・誤字脱字報告くれた方本当に感謝しています。この話の続きを書く力を頂きました。
至らない所が多く、色々な感想を頂きこの事を踏まえて次の作品に反映していきたいと思います。

さて、次は何を書こうかしら。



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