魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第二十話:決戦、海鳴市

アースラに転送されてから、目まぐるしく状況は変化していった。

管制室の中央モニターに映し出されている映像は、慣れ親しんだはず海鳴の街が、見るに堪えない姿へと変貌していた。

そして、偽典の契約者。

 

「なっ…クロノ君! 街の人達はっ!?」

 

モニターに映し出された状況を見て、息を飲んだなのはの声。

フェイトもはやても声には出さなかったけれど、心境はなのはと同じなのだろう。

 

「酷い有様見えるが、直前に結界を張って、どうにか無事だよ。ただ長時間このままの状態を維持することは出来ない…」

 

「どうしてこんな事を…」

 

「さあね。それを知る事は出来ないけれど、僕達がやる事は決まっているよ」

 

一拍置いて、最上段にある場所から、ブリッジを見渡している。

 

「偽典の契約者を止める! それだけだ!!」

 

ハラオウンさんの気合の入った声に、ブリッジに居る局員たちの表情が引き締まる。

 

「けど、どうするん? 偽典の契約者は何をしたんや?」

 

「そうだね。何をしたかすら判らない状況で手を出すのは危険だけれど…なるべく早くしないと」

 

はやて、フェイトが意見する。

 

「………」

 

質問に答える人は誰も居なかった。

訪れる沈黙。重い空気。

けれどもそれは直ぐに払拭される事になる。

 

「なぁ、アンタ。『名も無き偽典』のオリジナルなんだろう? それなら何か知ってるんじゃないのか?」

 

沈黙を破ったのは兄だった。

静かに佇んでいたクロに皆の視線が集まる。

 

「確かに私は奴の魔導書のオリジナルだ。だが、複写されてから年月が経っている。

本来の在り方から大分変質している様だから、私の弱点が奴の弱点という訳にはいくまい」

 

「それを言うと、君の弱点にも成りえるからかい?」

 

そのやり取りを見ていたハラオウンさんが、兄の言葉に続く。

 

「まさか。仮に教えたとしても、そんな間抜けを晒すつもりはない。それにアレは放っておけば自滅する。暴走させたようだからな」

 

“馬鹿な奴だ”と私以外に聞こえない様にクロが呟いた。

 

「「「なっ!」」」

 

困惑の声が重なる。

それよりも、街の人達はどうなってしまうのか。

何も知らないまま、巻き込まれて理不尽な目に合う。

それは、あまりに不条理で。街に住む人達は日常に生きるべきだと思う。

 

「街の人達はどうなるの?」

 

思っている疑問をクロに問いかける。

 

「さぁな? だが、力として取り込むのだろうよ。結界が消えれば、どうなるかは直ぐにわかるさ」

 

「『名も無き偽典』の契約者を止める手は無いのか…」

 

「いや、有るには有る。奴の暴走した魔力を上回る魔力で潰せば良いだけなんだが、簡単にはいかんだろうな」

 

再び、重い沈黙が訪れる。

戦力は限られているのだ。

どんな出方をするか判らない、偽典の契約者に全力を掛けられない。街の人達の事もある。

 

「出来るよ!」

 

「出来る、ね」

 

「出来るやん!!」

 

そんな重い空気を一瞬で破り去ったのは、なのは達だった。

三人の言葉にアースラ管制室で、忙しそうに働いていた人達の動きが一瞬停止した。

それでも、刹那の時間で再び自分の仕事に精を出し始めたのは、彼らが優秀だった事と、過去に起きた事件を知っている古参の人達が多く居たからだと後で判った。

 

「「……」」

 

驚愕の表情で、三人を見るハラオウンさんと兄。

ハラオウンさんに至っては、片手で顔を覆って“無茶苦茶だ”と小声で呟いていた。

 

「おいおい。冗談だろう」

 

珍しい。クロが顔を引き攣らせて声を上げた。

そんな様子を伺いながら、なのははフェイトとはやての顔を見て頷いた。

真っ直ぐに、何か強い意志を宿した綺麗な瞳で。

 

「私達が、『名も無き偽典』を止めるよ!」

 

力強く両手の拳を握りしめて、なのはが宣言した。

その言葉に、確りとフェイトとはやてが頷く。

 

「はぁ。どうやら、止めても無駄みたいだね。でも、どうするつもりなんだ?」

 

ハラオウンさんが、何かを諦めた―それでも表情は先ほどよりも明るい物になっている―顏で苦笑していた。

 

「さっきは防がれたけれど、もう一度スターライトブレイカーを撃ち込むよ。……今度は手加減無しの全力全開っ!」

 

「私も、加勢するよ」

 

「なら、私もやな。あの時の再現や。それにウチの子達もおるんやし」

 

三人の顔色に絶望という文字は浮かんでいない。

むしろ、この先にある希望に目を向けて笑っている。

前にも思ったけれど彼女達は強い、と思う。

 

突き出した拳を合わせて、頷き、なのはたちは海鳴の街へと転送魔法で向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

転送先は、八束神社だった。

奇しくも同じ場所。

偽典の契約者がこの場所を選んだ事には、理由が有る筈。

けれど、今はその事を考えている余裕は無い。

ただ、目の前の偽典の契約者を捕まえる事。その一点だけだった。

 

「さて、偽典の契約者は今の所ウチらに気付いてないし、どないしよか?」

 

「あの人が暴れてるお陰で、収束魔法に必要な魔力は十分だよ。カートリッジシステムも出し惜しみは無しっ! 本当に全力全開。この一撃に賭ける…」

 

「わかったよ。なのは」

 

「よっしゃ! じゃぁ、牽制はウチの子達に任せるとして、私達はあの時みたいに三人同時っ! なのはちゃんが言う様に全力全開やっ!」

 

三人揃って頷く。

闇の書事件の時と同じように、皆で力を合わせれば倒せない筈は無い。

無秩序に暴れている暴走した偽典の契約者を見据える。

 

「それじゃぁ、行くよっ! 皆、お願いしますっ!」

 

私のその言葉に、気合の入った返事をそれぞれにくれる。

真っ先に牽制攻撃の為に、空中から地上へと急降下を始めたのはヴィータちゃんだった。

その光景を見届けた私は、カートリッジシステムを展開。

そして、空気中に充満している魔力素を収束させて、私のリンカーコアへと流し込む。

 

「レイジングハート。準備は良い?」

 

『――All right my master!』

 

長年の愛機に声を掛けて、一度目を瞑る。

思い浮かぶのは、上総ちゃんの顔。

普通に生活を送っていた彼女が、突然魔法の存在をを知る事になった。

日常から非日常へと、放り込まれてしまった彼女はどう思うのだろう。

唐突に彼女の元に現れたロストロギア級の魔導書、『名も無き教典』。

そして、彼女がその魔導書の主に成る可能性が有る事。

『名も無き教典』の複写である『名も無き偽典』の契約者にも上総ちゃんの存在を知られた事。

急激に変化してしまった日々に、彼女は困惑しながらも、笑って居た。

 

彼女には、選ぶ権利が有る。

『名も無き教典』と契約を結び、魔導師になるのか。

それとも、契約をせず、今のまま普通の生活を送るのか。

それを決めるのは、彼女自身でなければならない。

そして、どの道でも、選べるように。

選択肢が多いようにと願うのは、この場に居る誰もが思っている事だから。

例え彼女が、迷っても手を差し伸べられるように。

立ち上がれるように。

それが、私の…私達の思いなのだから。

 

「……」

 

息を大きく吸って、目を開く。

眼下には、偽典の契約者。

今の上総ちゃんにとって、最大の敵だろう。

でも彼女には、彼に立ち向かう力は無い。

だから。

傲慢だとしても、自惚れだとしても、私は彼女の為に道を切り開くんだ。

 

生ぬるい風が頬を撫でる。

それは、先制で偽典の契約者へと向かったヴィータちゃんの放った魔法の余波だった。

私達の存在に気が付いた偽典の契約者は、顔を見上げて嗤う。

 

「…私を倒しに来たのかね?」

 

「そうです。貴方を止める為にっ!」

 

暴走した偽典の契約者の姿は変わり果てていた。

お伽噺でよく見る、悪者が最後に悪足掻きをしてひと暴れする様な、本当に笑えるくらいにありきたりな容姿をしていた。

 

「ははは。傲慢だねぇ! 今は次元航行船から結界を張っているようだが、それも長くは持つまい。君が、君達が私を止めると言うのなら、この場所がどうなっても知らないよ?」

 

「その為に私達が居るんですっ! 必ず貴方を止めてみせますっ!!」

 

それは、決意の咆哮。

海鳴の街を守る為、必ず、偽典の契約者を止める為に。

そして、彼女の明日を約束する為に。

 

「では私はこの街を破壊しよう! 絶望に沈む人間の様は、見ていて何より滑稽だ! そして『名も無き教典』と適格者を手に入れようっ!

魔法は自身の為に存在するっ! 誰かの為では決して無い。欲望でも野望でも何でも良い。それは飽く事の無い進化だっ!」

 

「……っ! 違います! 力は、魔法はっ!! 誰かの為に……誰かを守る為に有るんです!

誰かを虐げる為に、傷つける為なんかに有るんじゃないっ!!」

 

「それで何が手に入れられるのだねっ!? 何を手に入れられたっ!?」 

 

憤怒の顔で、私を見上げる偽典の契約者。

彼の過去に何が有ったのだろう。

それを知る術は無いけれど、今彼が行っている行為は決して褒められたものでは無い。

 

「沢山ありますっ! 友達も仲間も。守りたい人が、沢山居るんです!」

 

「守られるだけの人間に何の価値が有ると言うのか。この世は力を持つものが総べるべきなのだっ! 弱い者は這い足掻いているだけで良いのだよっ!!」

 

寂しい人だと思う。

魔法はそんな事の為に、在る訳じゃない。

力を手に入れる事が悪い、なんて言わない。

けれど、その力の使い道を間違える事は決してあってはならない事だと思うから。

 

「貴方には理解できないのかもしれない! けれど、それでも私達は、困っている人を……魔法で誰かを助けますっ!」

 

「……っ!」

 

一瞬、歪んだ表情。

彼が何を考えて、何を思うのかなんて知らない。

 

「それは管理局だからかっ! それとも君自身の為か!?」

 

「どちらも、ですっ!!」

 

「傲慢だよ! 私を止める事は誰にも出来んっ!!」

 

そうして更に、魔力を込めて暴走させる偽典の契約者。

私とフェイトちゃんはやてちゃんは、最大魔法を使用するために身動きは出来ない。

シグナムさんやヴィータちゃんは懸命に彼を阻止をしようと、挑んでいる。

 

「それでもっ! 必ず…貴方を止めてみせますっ!!」

 

失敗する訳には、行かない。

必ず、偽典の契約者を止める。

 

――この一撃に、全てを賭けよう。

 

 

 

 

 

 

 

変わり果てた姿の海鳴の街。

偽典の契約者によって、こうなってしまった。

捜査の初動で、何の成果も挙げられなかった事が悔やまれる。

何か『名も無き偽典』の情報を掴んでいれば、上総はこの事件に巻き込まれなかったかもしれない。

 

けれど今は、目の前の敵に集中する。

一時期だけれど住んでいた街を偽典の契約者の身勝手で、崩壊させる訳にはいかない。

魔法も知らない人達が沢山住んでいるこの街で、何も知らないまま、訳の解らないまま不条理に巻き込まれて、命を落とす事などあってはならない。

そして何よりも、上総を守らなければ。

 

初動捜査に手間取り上総に怪我を負わせてしまった事は、本当に悔やまれる。

もっと早く海鳴の街に着いていれば。

もっと早く上総の存在を知っていれば。

『もしも』なんて考えても仕方の無い事だと理解しているけれど、その思考を止める事は出来なかった。

 

――集中しなければ。

 

雑念があれば、魔法構築に綻びが出来てしまう。

 

今目の前で、醜悪な姿を見せている名も無き偽典の契約者。

クロが暴走させたと言っていた。

その言葉の通り、無暗矢鱈と街を破壊している。

クロノの機転で、結界を張らなければ今頃海鳴の街はどうなっていたか何て、余り考えたくもない。

 

けれども、確信している事が有る。

偽典の契約者の暴走を止める。

至ってシンプルだと思う。

難しく考えたって仕方ないんだ。

 

何時だって世界はこんなはずじゃない事ばかりだけれど。

悲しい事も沢山在ったけれど。

なのはやはやて、アリサにすずか。そして、皆に出会ったから。

笑っていられるようになったから。

上総にも笑って欲しいから。

 

彼女が選び取る行動が、どんな結果に成るとしても、どんな選択をするとしても。

彼女の為に成る様に。

 

空に浮かぶなのはとはやてを横目で見る。

最大魔法を撃ち込む為に、集中している。

私も、その為の準備を。

 

「行くよ。バルディッシュ」

 

『――Yes,Sir』

 

私の言葉に、長年の相棒は短く答えた。

何時ものやり取りだ。

何時もの様に、何事も無い様に魔法詠唱を始める。

 

――全てを、終わらせよう。

 

この先に広がる上総が歩んでいく筈の道に、光が照らされる事を願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰がこんな事になるだなんて想像できただろうか。

ロストロギアが関わっていると聞いていたけれど、目立った事件も事象もなく一度は本局に帰って業務に追われていたのに。

再び呼び戻されたと思えば、アリサちゃんとすずかちゃんの友人だと言う上総ちゃんが、巻き込まれて怪我を負っていた。

 

私が生まれた出身世界、第九十七管理外世界の日本と言う国は、平和である。

戦争をしている訳でもなく、大きな貧富の差も無い。

教育も社会基盤の一部として、行政が運営しその恩恵を国民が受けている。

飢える事も、野晒しにされる事も殆ど無い。

そんな普通に生きられる場所で、魔法が認知されていない世界で、唐突に不条理に晒された事は彼女にとって幸運だったのか不幸だったのかは、彼女にしか判らない。

 

私自身、突然『魔法』に関わってしまった人間である。

けれども、それ以上に大切な存在をその時に得てしまったから。

その事を不幸や迷惑だなんて思わなかった。

むしろ、感謝したんだ。

一人は寂しくて、辛いから。

どんなに心を偽っても、慣れる事なんてない。

だから、手に入れた温もりを手放したくなんてなかった。

我儘だとしても、一人で過ごしていた寂しさをもう一度味わうなんて無理だと知ってしまったから。

 

彼女も、そんな私と境遇が似ていた。

事故でご両親を失い、唯一の家族であるお兄さんは仕事で家に殆ど居ない。

中学生の頃から、ほぼ一人暮らし状態で過ごしていると聞いた。

学校や社会に出れば、人と触れ合う事は出来るけれど。

一番落ち着くはずの、家で誰も居ない。

『おかえり』や『おはよう』、『おやすみ』当たり前の言葉を掛けて貰えない。

いくら、親や保護者の庇護が必要無いからと言っても、やはり寂しいと思う。

一人で食べる御飯は美味しくないし、一人で見るテレビも面白くなんてない。

 

そんな彼女が、突然の同居人を得て何を思うのか。

想像すれば簡単な事だった。

嗚呼、私と同じだ。

手放せなくなる。

何時かは別れが来ると理解しながら、ひと時の温もりに心を委ねるのだろう。

 

彼女が『名も無き教典』と契約を結んでいないと知ったときは、意外だった。

理由を聞けば簡単な事だった。

日常が忙しくて、魔法を覚える暇が無い、と。

確かに、と思う。

学業とアルバイト。

その二つで手一杯だろう。

高校生にもなれば、勉学のレベルは必然的に上がってしまう。

ましてや、私立の聖祥大付属に編入したのだ。

並大抵の努力では無かっただろう。

 

そんな彼女がどんな選択を選び取るとしても、道は開けている方が良い。

そしてその先にある未来が、彼女にとって明るいものであるように祈るのは当然の事だから。

だから、私達は戦う。

 

――そして、皆で笑うんだ。

 

全てが終わった最後には、きっと。

 

 

 

 

 

 

なのは達が出撃していき、少しばかり寂しさの漂うアースラ管制室。

私が見知っている人と言えば、兄とハラオウンさんのみになってしまった。

残りの人達は、艦のオペレートで忙しそうにモニターと格闘している。

 

そうして中央のメインモニターに映し出されている海鳴の街は、日常から遠く離れてしまった光景になっている。

こんな事になるなんて。

どうしてこんな事になってしまったのだろう。

偽典の契約者の言う様に、私は彼の元へ下るべきだったのだろうか。

それとも、抵抗して潔く散ってしまった方が良かったのだろうか。

答えは出ない。

 

仮に今、クロと契約した所でなのは達の様に魔法が使えるわけでもない。

そして、偽典の契約者に立ち向かう事なんて出来る筈も無い。

見ている事しか出来ない自分に、情けなさと怒りを感じながら、拳を握る。

 

「……こっちへ来い」

 

モニターを歯噛みしながら見つめる私に気が付いたのか、クロが管制室から私を連れ出した。

歩みを止めたその場所は、展望ラウンジだった。

大きな窓から、見えるのは青く丸い地球。

 

「クロ、何でこんな所に……」

 

なのは達の状況を、知る事が出来なくなってしまった事に少し腹を立てながら抗議した。

此処にいると、戦況がどうなっているのか全く分からない。

 

「見ていられんし、まぁもう一度確認の為、か」

 

「?」

 

「一度は契約しようとしていたからな。邪魔が入ったから出来ず仕舞いになってしまったが」

 

「今はそれ所じゃないよ。なのは達が偽典の契約者と戦ってる。見届けないと…」

 

そう。何もできない自分が出来る事は、見ている事だけだ。

その事すら、逃げるのならそれは卑怯者とか臆病者になってしまう。

それだけは、嫌だった。

 

「まぁ、待て。見届けて何に成る? 貴様の為になるのか?」

 

「……ある、と思うよ。無力だけれど、何も出来ないけれど。けどさ、それしか出来ないなら、そうしなきゃいけないと思うんだ。

逃げちゃ駄目だと思う。逃げた所でその先に、居心地のいい場所なんて、無いんだから」

 

そうだ。目を逸らして逃げても何も解決なんてしない。

よしんば解決しても、後悔するだけだ。

何もせず、逃げた自分に。

 

「ならば、望め」

 

「どうして?」

 

背の高いクロが澄んだ青い瞳で私を、見下ろす。

とても真剣な眼差しで。

何かを決意したように。

 

「貴様の望みの為に」

 

「私の望み?」

 

「そうだ。それは貴様の為である」

 

「私の為?」

 

「ただ見ているだけでいいのか? だた黙って事態をやり過ごすだけでいいのか? 何もできない事を悔いてこの先を生き続けるのか?」

 

「それは…嫌だ」

 

嗚呼、そうだ。

抗えない理不尽に巻き込まれて、見ているだけの自分。何もできない自分。

どんな理由であれ、みっともなくて見苦しくても、悪足掻きすべきなのかもしれない。

ただ、平穏な日常を望む為に、立ち向かう力を。

 

「ならば、望め。貴様の為に。それは誰かの為でもある。力を望め。使い所を間違うな。決して見誤るな。道を違えるな。抗う手段を持て。力も知識を己の手で持て」

 

「でも、私に出来るのかな。彼の様に成ってしまうかもしれない」

 

今、起きている事の様に。

力に魅せられて囚われた、彼の様に。

もしかすれば、今の彼は未来の私の姿に成ってしまうかもしれない恐怖が私を襲う。

 

「なら、私が導こう。決して、間違わぬように。違わぬように。そして私を導いてくれ。共に在ろう。共に歩もう」

 

「クロ…」

 

軽く鼻を鳴らして、クロが笑う。

落ち着いた顔で、私を見つめる。

何故だろう、その顔を見て安堵してしまうのは。

彼女の言葉に耳を傾けてしまうのは。

 

「それにな、そういう意味では彼女達は良い手本なのかもしれんな」

 

展望ラウンジから覗く地球で、彼女達は偽典の契約者と剣を交えているのだろう。

嗚呼、そうだ。

知り合って短いけれど、彼女達の様な優しい人は良い手本なのかもしれない。

どうしようもなく御人好しで、優しいんだ。

彼女達の様に成れるのなら、魔導師になる事も本当に悪くないのかもしれない。

 

「私も、なのは達みたいに強くなれるのかな……」

 

「さぁな。それは貴様の努力次第だろう。資質も努力も必要だ。何分貴様は年齢的なハンデも背負っている。

魔導師と成るには、遅いからな。しかし、まぁ何とかなるだろう。私が居るからな。そこいらに転がっている魔導師よりは強くなる、はずだ」

 

少し疑問形なのはご愛嬌と言った所だろうか。

けれど、クロの言葉は信ずるに値するものだと思う。

突然身に降りかかった出来事だったけれど、悪い事だけじゃなかったと思う。

クロと出会えた事。

なのは、フェイト、はやて。もちろんこの三人を紹介してくれたアリサとすずかも。

彼女達には感謝しきれない。

友人と言ってくれた事も、今こうやって命を危険に晒して偽典の契約者と戦っている事も。

今は何も出来ないけれど、この先何が起こるか何て判らないから。

その為の、正しい力を望もう。

決意しよう。

 

「どうすれば、クロと契約出来るの?」

 

「先に貴様と契約しかけていたからな。簡易的に貴様のリンカーコアと私の疑似リンカーコアは接続されている。後は貴様が強く望めばそれで出来るが、形が必要と言うのなら…」

 

クロが少し屈んで、私の心臓に唇を一つ落とした。

 

――名も無き教典との契約を。

 

何かが、私の身体の中へと侵食している。

それは不快なものでは無く、どこか暖かで。

私に何が出来るのか。

何をすれば良いのかさえ分からないけれど。

けれど、これからは私の目の前に立つクロと一緒に歩んで行くのだろう。

 

「クロ、これからよろしく」

 

「嗚呼、よろしく。上総」

 

私の名前を初めて呼んだクロの顔は、澄んだ表情でこれ以上ないくらい綺麗に笑っていた。

 

 




前回、この話で最終話と言いましたが、長くなったので分割。
次こそ必ず最終話・・・・・・の筈、多分っ。


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