魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第十八話:取るべき道を進むという事【後】

まるで何時かの。

なのはとフェイトの模擬戦を見ているかのような息つく暇も無い攻防戦を、何処か他人事のように眺めている私。

けれど、クロが押されているのは目に見えていた。

二対一。数で既に劣っている。

上手くトラップやフェイントを使って数的不利を補っているけれど、クロ一人でできる事は限られていた。

 

「ははは! 攻め手に欠ける様では、私は倒せんよ!」

 

「ちっ!」

 

盛大な舌打ちをして、クロが防御魔法を発動させる。

その刹那、複数の魔力刃がクロを襲った。

それと同時、偽典の統括者-コマンダー-が魔力刃の間を抜けてクロへと迫り、右脚で薙ぎ払おうとしたが、バックステップで交わしたクロにその右脚は空を切った。

 

「――Timed trap, invocation」

 

「ぐっ!」

 

恐らくクロが事前に仕掛けて置いた罠が発動。それは、十数本の魔力刃となり偽典の契約者-マスター―に向かって降り注ぐ。

その魔力刃は偽典の契約者が防御魔法を発動させたことで防がれる、筈だった。

防御陣にぶつかりあらぬ方向へと跳ね返った魔力刃は、まるで意思を持っているかの様にもう一度、契約者へと向かう。

防いだ油断で、防御陣を解いてしまった偽典の契約者へと迫る。

その光景を見ていた、偽典の統率者-コマンダー-が彼を庇おうとするが、全てを防ぐことは出来なかった。

 

「…私に傷を付けるなどと! 流石は『名も無き偽典』の原本だけの事はある!」

 

「光栄だ、と言いたい所では有るが…な!」

 

偽典の契約者の頬には一筋の傷。

致命傷にも至っていない傷だけれど、彼を怒らせるには十二分な要素だったらしい。

ニタリ、と笑い今まで以上に嫌な雰囲気を漂わせ、偽典の契約者は魔力を滾らせて魔法を詠唱し始めた。

 

「魔力量にモノを言わせて力押しで来たか!」

 

縦横無尽に地を蹴り空を跳ねるクロ。

未だ余裕のある顔で、彼等に立ち向かっている。

けれどよく見ていれば、私を偽典の契約者が発動させた魔法から庇うように立ち回っている事を理解してしまった。

 

――どうしてだろう?

 

誰かを守る事を厭わないのは。

力が有るから。

心が強いから。

私はそんなものはどちらも持ってなんていない。

精々、倒れている誰かに手を差し伸べるくらいの事しか出来ない。

力の無い弱い者が、出しゃばればそれはきっと、私の父と母の様になるだけだ。

けれど、それでも。

見ているだけ、なんて出来なかった。

 

『クロ、逃げて。クロを巻き込む訳にはいかないよ』

 

念話を飛ばして、クロに懇願する。

彼等の目的は私自身だ。

クロは彼等にとって邪魔な存在に過ぎない筈。

なら、クロがこの場から立ち去ってくれればクロに危険が及ぶことは無くなる。

 

『何を言っている。貴様を見捨てるわけにはいかん。きっちり契約をしてもらわないと私が困る』

 

『どうして? 契約者は必要ないんじゃなかったの?』

 

『居るに越したことはない。出来る事が増えるし、他にも利点が有る。』

 

落ち着いた声色でそう答えたクロの顔は、苦戦しているにもかかわらず微かにだけれど嬉しそうに笑っていた。

その顔を見て思う。

たった数週間だったけれどきっと絆は出来ていたんだ。

どんな形であれ、彼女と過ごした時間は真実だ。

『いってらっしゃい』と言ってくれた事。

『おかえり』と言ってくれた事。

私以外の音が響かなかった家に、新しく響いた音は暖かかったんだ。

そして、ずっと私が抱えていた『寂しい』と言う気持ちは紛れていたのだから。

 

――それなら。

 

「っ! クロ!!」

 

防戦一方で傷だらけになっていたクロをみて叫ぶ。

クロとの魔法戦に集中していた、偽典の契約者と統括者が一瞬で私を捉えた。

 

「貴様、何をする気だっ!」

 

珍しく切迫したクロの声に、少し嬉しく思う。

クロの名前を呼んだ瞬間に、覚悟は出来ていた。

死ぬ事に恐怖は無いのかと問われれば、怖い。

死後の世界の存在何て、不確かなものだし、有るかどうかさえも判らないのだから。

けれど、私の命を賭けても良いと思える人が目の前に居る。

 

私を守ろうとしてくれた事。

助けてくれた事。

傍に居てくれた事。

そして、クロの望みは私と契約を結ぶ事なのだろう。

せめて、自分を守る力をと決意したけれど、結局は彼に横槍を入れられてそれは叶わずにいる。

 

「ごめんね、クロ。それと有難う」

 

クロに笑ってそう言って、目の端に映るクロにそっくりな偽典の統率者の影を一瞬だけ捉えた。

その瞬間、腹部に強烈な痛みが走る。

殴られて、吹き飛んだと理解出来たのは数瞬後だった。

 

「いやはや。ただ黙って見ていればよかったものを…態々、生贄に成りにきた。

可笑しなものだねぇ。人間と言う生き物は。魔導書を人として見ているのだから。滑稽だよ」

 

蔑んだ目で私を見下ろす彼。

かなり遠くにいた筈の彼が一瞬で私の所まで来たのは、魔法を使用したのだろう。

クロは偽典の統率者との攻防で、此方に来る事を阻まれている。

 

「…貴方も、人間でしょう?」

 

気を失いそうな痛みに耐えながら、声を絞り出す。

吹き飛んだ衝撃だろう、口の中は鉄の味が充満している。

 

「嗚呼、そうだね。だが、魔法で力を手に入れて百年以上生きているよ?

もう一度問うが、素晴らしいだろう? 君も欲しくはないのかね?」

 

「そんなものは…要りません」

 

「君にはその資格が有ると言うのにかね?」

 

「人智を超えた力なんて、分不相応ですよ。それに地球で生きるのなら魔法なんて必要のない物ですし」

 

…嘘を吐いた。

クロから聞いた事は、契約をすれば管理局と関わりを持つ事を忠告されている。

それは問題は無いと思う。管理局には、兄やなのは達も居るのだから。

そしてもう一つ、彼の言う事に従った場合だ。

恐らく、管理局とは相容れない関係になる事は確実だと思う。

 

だから、ただ目の前の彼に屈しないと言う虚勢だ。

みっともなく無様で陳腐なモノだと思うけれど。

彼に従えば楽になれるのかもしれないけれど、それは出来ないから。

兄やなのは達と敵対する未来なんて望まない。

 

「そうかね。魔法を否定する、と。よかろう、では君を強制的に付き従わせることにするよ」

 

そう言って不敵に笑い、魔法を詠唱し始める彼。

私を一瞥して、深く息を吸い込んだ。

 

「統括者よっ! 『名も無き教典』の統括者に止めを刺すのだ!

『名も無き偽典』が原典-オリジナル-となる日がついに来た!!!」

 

辺りに響く大音声だった。

そして偽典の契約者の声を合図に、統率者の猛攻が始まる。

遮蔽物も何もない砂の大地は、クロにとっては不利な条件だった。

せめて、契約者が居れば。

あの時、邪魔が入らなければ。

こんな後悔を、今まで私は何度してきただろう。

 

「止めてください! 私はどうなってもいいんですっ! クロには手を出さないでっ!!」

 

「…ほぅ。君は『名も無き教典』の為にどうなってもいい、と?」

 

にたり、と何度も見た顏をする偽典の契約者。

その笑みは、心底底冷えのするもので、心臓を鷲掴みにされたような感覚を起こす。

それでも、私は。

 

「構いません。それでクロの…『名も無き教典』の統括者の命が助かるのならっ!」

 

自分の命など、二の次だった。

 

「よろしい。その願いを叶えよう」

 

すっ、と右腕を天高く掲げる。

 

「…その心臓、貰い受ける」

 

偽典の契約者の様子に気付いたクロが目を見開いた。

今までに見た事の無い顔で。

此方に来ようと必死に抗っているけれど、偽典の統括者に遮られている。

 

「やめぇえろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

クロの絶叫が木霊する。

嗚呼、もっと彼女と一緒に過ごしたかったなぁ。

まだまだ、知らない一面は沢山有るんだ。

くだらない事を話して、笑って。時には、悲しんで。

別れはいつか来るはず、と腹を括っていたのにこんな結果になるなんて思ってなかった。

 

死を直前にして、思う。

父さん、母さん。もうすぐそっちに行くよ。

兄さん、ごめんね。いつも私を優先して自分の事を蔑にしてたんだから、これから兄さんは自分の事を優先して下さい。

アリサ、すずか。

こんな私と友人になってくれて有難う。短い間だったけれど、感謝してるんだ。

そして、なのは、フェイト、はやて。管理局の人達も。

守ってくれたのに、こんな結果になって御免なさい。

 

「………」

 

偽典の契約者が魔力を右腕に集約させて、私へと向ける。

 

「なっにぃい!」

 

甲高い金属音が鳴り、照りつけていた太陽の光が絶つ。

それが人影だと、私が理解したのは数瞬後だった。

 

「我ら、夜天の主の下に集いし騎士。…主の命に従い、『名も無き偽典』を敵とみなすっ」

 

凛とした、腹底に響く声。

両刃の剣を構え直して、鉄の鎧を纏った髪の長い女性はそう宣言した。

 

「烈火の将、剣士シグナム。…参る!」

 

「『闇の書』か…この木偶風情がぁぁあああ!! 私の邪魔を、するなっ!!」

 

先程までの余裕が消え憤怒の表情で怒り狂う彼は、標的を私から突如現れた女性へと変えた。

その事を視認した偽典の統率者は、クロとの攻防を止め此方へと向かおうとしていた。

 

「紅の鉄騎、鉄槌の騎士ヴィータ。いくぜっ」

 

また新たな声。

突如上空から現れたゴスロリ調の赤い服を着た幼い少女が、そんな事を名乗りながら偽典の統率者を阻んだ。

 

「…夜天の魔導書、か。闇から解放されたのか」

 

ヴィータと名乗った少女がクロを庇うように偽典の統率者との攻防を繰り広げる中、そんな事をクロが口走ったのを微かに聞き取った。

そうしてもう一人の女性。確かシグナムと名乗った人も、偽典の契約者と熾烈な攻防を繰り広げている。

何故、という疑問符が浮かぶ。

彼女達に面識は無い。

それなのに、私達をどうして守るのか。

その疑問はすぐに解決される事となった。

 

「風の癒し手、湖の騎士シャマル。全く、無茶をしないで下さいと言ったのに、また無茶をして。駄目ですよ?」

 

やれやれと、呆れ声でシャマルさんが私の横に現れて、立つ。

 

「シャマルさん、どうして此処に?」

 

「直に理由は解りますよ。取り敢えず、動かないで下さいね。治療しますから」

 

白衣ではなく、緑色を基調とした服を纏っているシャマルさん。

医者と思っていたのだけれど、どうやら魔導師だったようだ。

 

「蒼き狼、盾の守護獣ザフィーラ。助太刀する」

 

「済まない。助かる」

 

怪我で立つ事がままならないクロの肩を抱えて、傍に来た褐色銀髪の男性。

無愛想さを感じられるが、優しくクロをシャマルさんの元へと招いた辺りは、彼の性格が窺えると思う。

そうしてクロは、よろよろと私に近寄り、どかっと地面へと座り込んだ。

 

「逃げれば助かったものを…。馬鹿な奴だよ貴様は」

 

「お互い様だよ。クロの方こそ私なんか放っておけばよかったんだ」

 

互いにボロボロの姿で、笑いあう。

そうして暫く、背後に人の気配が。

気になり後ろを向くと、いつの間にか見知った人が立っていた。

 

「はやて?」

 

「…はぁ。無茶したなぁ。上総ちゃんもクロも。シャマルが治療したトコ、また傷になっとるし」

 

呆れた様子で声を掛けてきた。

実際、呼吸がし辛い。

多分折れていた肋骨の傷が酷くなったのは言うまでもない。

 

「ごめん。でもどうして、この場所が?」

 

気になった事を聞いてみた。

偽典の契約者が、居場所を簡単に探れる場所に転移なんてする筈が無いと思う。

だからこそ、こんな砂漠の大地を選んだのだろうし。

 

「上総ちゃんのソレ。発信機つけてたんや。念の為にな。黙ってたことは御免な」

 

私の左腕に付いているミサンガを指さす。

はやてが手直ししてくれた、金属部分には確かに不要な機構が有った。

気付かなかった私も何だけれども、抜け目がないと思う。

けれども、そのおかげで助かったので文句は無い。

 

「あの、カーゴさん達はどうなったの?」

 

「怪我は有るけど軽傷や。アースラで待機任務に就いとる。安心しい」

 

はやてからその言葉を聞いて、大きなため息と共に安堵感が心の中に広がる。

良かった。

ただそれだけだけれど、何事も無く生きていてくれている事に感謝した。

 

「もう一つ良い?」

 

「かまへんよ」

 

「失礼かもしれないけれど、この人達は誰?」

 

はやてとシャマルさん以外の面識は無い。

 

「ん。皆、私の家族や」

 

満面の笑みでそう答えたはやて。

けれども、はやてと他の人達は似ても似つかない。

 

「魔導書の守護騎士を『家族』と呼ぶとは。奇特な奴だな」

 

「そうかもしれへん。けど、他の人になんと言われても、私にとって大事な家族なんや」

 

クロが軽口を叩く。

そんな軽口にも、はやては真剣に笑って答えた。

はやての家族構成は知らない。

知り合って日も浅いし、あまり踏み込めた事は聞けないから。

けれど、クロの言葉で少し理解できた。

きっとはやても魔導書の主なんだ、と。

そして、はやてが家族と言い切った。

 

きっと血の繋がりなんて関係なくて、絆の強さなんだ。

主従の繋がりも有るのかもしれない。

けれど、共に過ごした時間や出来事が強くしていく。

そんな関係が、羨ましいと思ってしまった。

 

「さて。上総ちゃんをこんな目にあわせた張本人にお灸をすえんとなー」

 

ニッコリと笑っているはやてだけれど、その笑顔が怖い。

小脇に抱えていた魔導書を手に取って、おもむろにページを開く。

 

「シグナム! ヴィータ!」

 

剣士の様な風貌のシグナムさんとゴスロリ調の服を着たヴィータさんは今だ偽典の契約者と統率者に対抗している。

張り詰めた空気に気圧されながらも、私の目の前で繰り広げられる魔導師戦には惹かれるものが有る。

はやての声に気が付いた二人は、保っていた均衡を破り、攻勢に出る。

 

「ちぃ、面倒なっ! 邪魔をするな、と言っただろうっ!!」

 

余裕の消えた偽典の契約者の声。

そして、はやてが発動させた魔法に苦戦している。

此処に来てようやく、偽典の契約者が苦渋の表情に満ちていた。

 

「…ベルカ式は苦手なようだな」

 

「え?」

 

私の隣に居るクロがぼそりとそんな言葉を零した。

 

「奴が使用している魔法は、独自魔法。おそらくだが、ベルカ式魔法には不得手もしくは相性が悪いと言った所か」

 

「確か、集めた魔法は何でも使えるんじゃなかったの?」

 

「使えるが、訓練が必要だと言っただろう。それを怠った証拠だな」

 

軽く鼻で笑って、そう答えたクロ。

私の近くに立っているはやてがにやり、と笑って右手を掲げた。

 

「これで終わるつもりはあらへんで? なのはちゃんっ! フェイトちゃんっ!」

 

『りょーかい! 行くよ、レイジングハート!!』

 

『――Divine Buster Extension』

 

『…撃ち抜け、雷神!』

 

『――Jet Zamber』

 

私達が居る場所からは、なのはとフェイトの姿は見えない。

何処からともなく聞こえた声は、念話を通じてのもの。

なのはとフェイトの声が頭の中に響き渡る。

今だ慣れていない私は、不思議な感覚は否めない。

声が聞こえる距離ではないのだから。

 

そうして繰り出された攻撃は、高高度からの砲撃と高速降下からの射撃だった。

爆炎と砂が立ち込めた所為で、偽典の契約者と統括者がどうなったのか解らない。

シグナムさんとヴィータさんが、前に立って警戒している。

 

「大丈夫っ? 上総ちゃん!」

 

「上総、大丈夫なの?」

 

空から降りてきて私に駆け寄って、二人からそんな言葉を貰う。

心配性は相変わらずで、私の様子を窺う姿は模擬戦やさっきの戦闘で見せる顏とは全く違い年相応だと思う。

 

「どうにか、ね?」

 

「ど、う、に、か。じゃぁありませんよ! 無茶をして!!」

 

シャマルさんが抗議を唱えて、私の腕に巻いていた包帯を強めに締める。

 

「~~~っ!」

 

声にならない悲鳴を上げた。

自業自得、と言えばそうなのかもしれないけれど、多少は手加減をしてほしいと思う。

クロやなのは達は、このやり取りを苦笑しながら見ているし。

 

「…まだだ、まだ終わらんよっ!」

 

そんな柔らかな空気は、怒気の孕んだ声で一瞬で一掃された。

 

「私は…。私の為に悲願を成就させるっ!」

 

魔力を開放したのか、空気が震え始める。

なのは、フェイト、はやて。

そして守護騎士達。

偽典の契約者と統率者は、無謀とも言えるこの状況でもまだ諦めていない様だった。

 

 

 




更新が遅いですが、必ず完結させる次第です。
それまで、お付き合い宜しくお願いします┏○))ペコ

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