魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第十七話:取るべき道を進むという事【前】

三人揃って、犯人が消えた場所をただ、眺めている。

スターライトブレイカーが防がれた事実は、驚きを通り越して虚無感しかない。

幾度の死地をレイジングハートや皆と共に、乗り越えてきたと思う。

けれど、後一層。後一層の防御魔法に防がれた。

犯人の方が魔導士として優れていたのか。

それとも、カートリッジを残していた私の慢心なのか。

原因を探っても、答えを求めても意味は無い。

犯人の“目的は果たした”の言葉。

 

「…上総ちゃんは?」

 

「え?」

 

「あ…。まさか」

 

不意によぎる、彼女の姿。

大丈夫なのだろうか。犯人の一番の目的は上総ちゃんだろう。

犯人が姿を消して、幾ばくの時間も経っていないと思う。呆然としていた私達三人の元に通信が届いた。

 

『済まない、皆。…佐藤上総を見失った』

 

空中に浮かびだされた、通信ウインドウには悔しそうに眉を寄せて、私達に謝罪をするクロノ君の姿。

 

「なっ! クロノどうして!?」

 

「え? なんでや!?」

 

『多分だけれど、街に居た犯人が囮で、手薄になったアースラに侵入する事が本命だったんだ。

彼女の護衛に付けていた武装隊が危険を悟ってランダム転移させたが、現在どこに転移したかは不明。』

 

クロノくんを問い詰めるフェイトちゃんは焦っている様子で余裕が無い。

そう言う私も、上総ちゃんの事はとても心配だけれど。

切り札を防がれた事実が、頭の中をぐるぐると回る。

 

『一度戻って、対策を練ろう。それと、君達には休息も必要だ』

 

「わかった、クロノ。行こう、なのは、はやて」

 

「……」

 

「せやな」

 

そうして私たちは重い足取りで、アースラへと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーゴさんの魔法によって、何処かわからない場所へと飛ばされた私。

辺り一面、砂だらけだ。要するに砂漠である。

思ったほど暑くは無いけれど、それでもやはり砂漠だ。

うっすらと汗が浮かぶくらいには暑い。

最初の話だと、アースラのブリッジと聞いていたけれど、結局は違う場所へと送られたようだった。

 

「クロ…、クロっ! 居るんでしょう!?」

 

「何だ。騒がしい」

 

声を荒げてクロを呼ぶ。

ぬ、と私の影の中から出てくるクロは、何時もと変わらない表情で私を見下ろす。

 

「どうして、さっき助けてくれなかったの!?」

 

そうすれば、カーゴさんや武装隊の人達があんな目に合う事なんて無かった筈だ。

少なくとも今の状況なんかになっていない。

 

「仮にあの時、私が助力していたとしても、状況は変わらんさ。なら、最適な手段を取る」

 

「それが、あの時何もしないで、静観してたって言うの!?」

 

「嗚呼、そうだ」

 

「…っ」

 

クロと過ごした時間は余り多くなく、全てを知っている訳でもない。

普段余り感情の起伏を見せる事は少なく、クロは常にフラットな状態でいる事が多い。

仮に見せたとしても正の感情で、負の部分を見せる事は皆無だった。

珍しいと思う。今のクロの顔は、明らかに侮蔑した表情で私を見ているのだから。

 

「でもっ! クロは誰かを助ける力を持ってる! 私はそんな力なんて持っていないっ。見ている事しか出来ない!

なら、あの時助けてくれても良かったじゃない!」

 

「はぁ…。それなら貴様が力を持てば良かったんだよ。手段は在った。だが貴様はその選択を選ばなかった」

 

あからさまな溜息。

嗚呼、超えちゃいけない一線だったのかもしれない。

止めておけばいいのに、暴れ始めた私の感情は止められない。

 

「仕方ないでしょうっ! あんな事になるなんて思っていなかった! 知っていたなら、どうにかしていた!!」

 

「例えば?」

 

「っ!!」

 

私がその問いに答えられないと、確信したうえでクロは問うてきた。

感情的になっているのは、自分でも理解できている。

クロにこんな事を言っても仕方ないし、状況が変わる訳でも無い。

けれど、不満を口にする事を止める術は無かった。

 

「なら、あの時私は死ねばよかったの…」

 

「…誰もそんな事は言っていないだろう。何故そうなる」

 

そんな事は知っている。知っているんだ。

けれどもこれは、何度も自問し答えの出ない無限ループだ。

誰にも言えない。そして誰も答えてくれない、永遠の迷いなんだろう。

それでも、生きて行く為に答えを出せないまま、曖昧なままで棚の上に置き去りにさせた、私にとっての最重要命題。

あの時の事故も、今回の事も、何も出来ずに終わった事を後悔をしながら、生きる事になるのだろう。

私が弱いから。力が無いから。

 

「…ずっと後悔してた。父さんも母さんも私を助けてくれた。兄さんも、私の為に自分の事を犠牲にしてる。

今回だってそう。なのはもフェイトもはやても、武装隊の人達も私を守る為に一生懸命になってる」

 

クロやフェイトが私を助けてくれた事、なのはやはやては私を守ろうとしてくれている。

武装隊の人達だってそうだ。

名も無き偽典の契約者に立ち向かって、私を此処まで逃がしてくれた。

それに、私の知らない所見えていないところでも、私の為に動いてくれてる人たちが居る。

 

「なのに、私は見ている事しか出来ない」

 

見ているだけなんて懲り懲りなんだ。

そして、後悔を抱き続ける事も懲り懲りなんだ。

 

「もう、何も出来ないのは嫌だ。傍観者でいるのも嫌だ。けれど私に出来る事が無いのなら…」

 

それなら、力を得るだけだ。

 

「だから。私は誰かを守る力が…ううん。せめて自分を守る力を下さい!」

 

誰かを守る力なんていらない。せめて、自分を守れる様に。

 

「私と契約しても、先に見た模擬戦の様に簡単にああいう事が出来る訳ではないぞ。

並大抵の努力では足りん。それこそ血反吐を吐いて身を削り、やっとの事で辿り着く。それでも良いのか?」

 

「…」

 

真剣なまなざしで私に問いかけるクロ。

クロの言葉に嘘偽りは無いのだろう。

けれど、別になのは達の様になりたい訳じゃない。

ただ、このまま守られるだけじゃ駄目なんだ。

今のままなら、私はきっと前に進めない。

そして、今目の前にある最大の問題に立ち向かえない。

 

「そんな大きな力なんて要らないよ。私が望むのは自分と、せめて私の隣に立つ人くらいは守りたいだけ」

 

「成程な。最初はそれで良いか。欲の無い貴様らしい、と言えば貴様らしいのか」

 

「欲は、人並みに有るつもりだよ」

 

私には感情と言う物が存在しているのだから。

 

「そうか? まぁ良い。折角私と契約する気になったのだ。臍を曲げられても困るからな」

 

鼻で笑い、見た事の無い表情で私を見る。

その顔は、満足げな面持ちだと思う。

 

「?」

 

私の心臓の辺りに右手を当てるクロ。

眼を閉じ、聞き取れない言葉を呟やくと、私たち二人の足元に淡く白に輝く丸い円陣が現れた。

 

「お邪魔するよ」

 

「……っ!」

 

「…」

 

「全く。何処に飛ばしたのかと思えば、こんな辺鄙な場所だとは。やれやれ、やっと君に会えたと言うのに、こんな場所では落ち着いて話も出来ない」

 

やれやれと大げさに、両手を広げる偽典のマスター。

その姿は、初めて会った時と同じ、自信に溢れ余裕を見せている。

そして彼の後ろには、名も無き偽典の統括者―コマンダー―の姿が。

 

「…貴方と話す事なんてありません」

 

「君には無くとも、私には有るのだよ。そして君の横に控えている『名も無き教典』の統括者にもね」

 

私からクロへと視線を動かした。

クロと何を話すつもりなのか。何をするつもりなのか見当もつかない。

上手く彼が立ち回れば、クロは彼の味方になるだろうか。

一瞬、そんな考えがよぎり不安になる。

 

「ふぅ。私も貴様と話す事など、無いのだがな。しかし、私の契約者候補にあの様な事をしてくれた事には物申したい所だがな」

 

「なに、あれは唯のじゃれあいだ。其処の彼女が意地を張り通したのでね。少しばかり灸をすえただけの事」

 

私の前へと移動して、偽典のマスターと相対するクロ。

先程の不安は杞憂に終わった。

どうやらクロは、彼や名も無き偽典には思う所が有る様だ。

 

「随分と大仰な灸だな。貴様のお陰でアレの左腕の回復は見込めない。魔導師としてもそうだが、日常生活でさえ支障をきたす。その責任、どう取ってくれる?」

 

「はははは。面白い事を。命が有っただけでも良かっただろう。死んだわけでは無いのだ、今私の目の前に立ち、息をしている。それで十二分だ」

 

クロも偽典のマスターも、問題発言をした気がする。

シャマルさんから、左腕が直る確率は五分五分と聞いていたけれどクロの見立てでは、回復は無理な様子。

仕方ないと思う。動かないのなら諦めるしかない。

動かない事を嘆くより、動かない事をどうするかを考える方が建設的だから。

 

「それは、貴様の都合。アレの事を考えていないのか?」

 

「何故? 何故、私が彼女の都合を考えねばならんのだね? 彼女の価値は、私に付き従う事で生まれるのだよ。今の彼女は路傍の石に過ぎないのだから」

 

どうやら、偽典のマスターにとって今の私は価値の無い存在らしい。

だからあんな事が出来たのかと納得する。

 

「貴様とは一生意見が合いそうに無いな。相容れんよ」

 

かなり不機嫌な様子でクロがそんな言葉を吐いた。

良いのだろうか。

曲がりなりにも、目の前の名も無き偽典はクロの複写品だ。

私の解釈だけれど、兄弟姉妹の様な物ではないのだろうかと思う。

 

「それで結構。合わぬ、と言うのなら合うようにすれば良いだけの事。手段は幾らでも有るからねぇ、私の傀儡に成れば良いだけの事だよ」

 

「そうか。私の複写品も地に落ちたものだな。何故、こうも違ってしまったのか。契約者の資質が大半を占めるとはいえ、貴様のような者を主に選ぶとは」

 

「……」

 

名も無き偽典の統括者は、言葉を発する様子は無い。

唯の無口なのか、それとも喋れないのか。

どちらにしても、銀髪の女性の声を聴いた事は一度も無い。

 

「思考する事も、喋る事も出来んのか。哀れだな。私の複写品だぞ、何故進化せぬ。何故、停滞を選んだ」

 

「……」

 

問いかけるクロに答える様子はない。

 

「嘆かわしい」

 

左右に首を振り、目を閉じる。

クロが何を考えているかわからないけれど、名も無き偽典には思う所が有るようだった。

 

「ははははは! 魔導書に意思など必要無いのだよ! ただ主に付き従うのみで良い。道具である事。それが重要だ」

 

「…もういいさ。貴様等と話す事など無い。過去の負の遺産として、貴様らに引導を渡すのが私の役割なのだろうな」

 

それは決定的な言葉だった。

きっと決別の言葉だ。

その刹那。

空気が揺れて、震え始める。

それが、魔力の振動だと理解出来たのは暫く後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

リンカーコアによって生成された魔力が砂を巻き上げて、肌に当りちりちりとした痛みを生み出す。心地よい緊張感が生まれるが、何分部の悪い展開だという事は否めない。

 

「彼女も君も、私のモノになってもらうよ。そうして私は、いや、『名も無き偽典』は完全なるモノに進化する!!!」

 

「真っ平御免だ。貴様の思う様にはさせんよ」

 

困ったものだと思う。

折角、彼女が私との契約を決めたと言うのに邪魔が入った。

私の目の前に立ちふさがる男のタイミングが良いのか悪いのか。

結局は、契約は成されないままに至るのだから。

 

そうして更に問題な事は、今現在の魔力量は目の前の男に劣るという事だ。

技術で負けるつもりは全くないが、魔力で負けている事には多大な問題が有る。

威力も劣れば、継戦能力にも劣るのだ。

私の後ろには、守るべき人間も居る。

私との契約に同意した彼女の存在は、私の命よりも重いモノになったのだ。

いざとなれば、彼女だけを逃がす事も出来るが、目の前の男がそれを許すとは思えない。

先程、管理局の武装隊員の不意打ちを逃しているのだから、二度も同じ失敗をする事は無いだろう。

 

期待する事は、海鳴の街で魔力を消費してくれている事を願うばかりだ。

次元航行船にやって来たのは目の前の本人ではなく、魔法で編み出した虚像だったのだから。

高ランク魔導師三人と武装隊との戦闘で、流石の目の前の奴も疲弊しているはずだ。

 

「さて、始めようじゃないか! どちらが優れているのか! 今、此処で!!」

 

それはお前の勝手な都合だろう、と心の中でぼやく。

それに、そんなくだらない事をしても意味が無い。

それとも、私の複写品という事で、劣等感でも抱いているのか。

袂を分かち、進むべき道は違ったのだから比べても仕方ないと思うが、目の前の人間の思考は理解し難い。

 

「それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しい物だ」

 

やれやれ、と大げさに溜息を吐いて男の行動を注視する。

初撃の出方次第で、戦闘方法は大いに変わる。

ついでに、統括者の出方もだ。

私の複製品だと言えど、全く同じ戦法を取るとは限らない。

長らく、袂を分かっていたのだから、吸収した知識、体得した魔法が同じという事は無い。

私の知らないところで、私の知らない事を、偽典が覚えている事は十分にあり得る。

 

偽典のページを開いて、右腕を前に出し掲げる男。

典型的な魔導師のスタイルだ。

恐らく、機動戦には向いていまい。

その代わりが、統括者なのだろう。

無手のまま、此方の出方を窺っている。

 

「私に刃向った事を後悔したまえ!」

 

律儀なものだ。態々宣言して魔法を発動させたのだから。

それは、男の余裕なのか。それでも、有り難い事には変わりない。

手の内は解らないが、その行動を予測する事は簡単だった。

 

「緊急事態だ。許せよっ」

 

「クロ? うわっ!?」

 

そう言って、彼女の襟首を掴んで身体ごと後ろへと放り投げた。

放り投げた先は、固いコンクリートでもなく砂地だった訳だが、不意打ちだった為に、受け身も取り損ねた様で喉を抑えて大分むせ込んでいるが、先ほど言った通り緊急時なのだ。

その辺りは、堪えてほしいと思う。

 

「危なかったな」

 

「…嘘」

 

彼女が、目をひん剥いて地面を見ている。

私達が居た場所は、砂が溶けて真っ赤になっている。

あの場に留まっていれば、今頃は火傷処ではなく、身体ごと融解していただろう。

そんな熱量を魔法で生み出す事は安易ではない。

単純ではあるが、強力なのだ。男の魔法は。

 

「さて、どうしたものか…」

 

「クロ、勝算はあるの?」

 

「無いな。契約者が居ない時点で、魔力量で負けている。技量で負けるつもりは更々無いが、どうにも分が悪い」

 

「そんな、あっさりと」

 

心配そうに、私に問いかける彼女にニッと笑が、私の腕の裾を握りしめて見た事の無い表情で私を見つめていた。

 

「…逃げよう」

 

「それも手では有る。だが、逃げても奴が追いかけてくるぞ? なら此処で潰しておく方が良い」

 

「潰すって…そんな酷い事」

 

自身の心配より、偽典のマスターの心配をする彼女には苦笑するしかない。

自分の命が狙われていると言うのに、呑気なものだ。

偽典のマスターの手によって死んでしまうと、思っていないのか。

その気持ちは、平和な世界で生きていた証拠なのだろう。

 

「なに。貴様は見ていれば良い。その内決着が付く」

 

私の体内に有る疑似リンカーコアを起動させる。

問題は無し。十全に機能している。

目の前の二人に劣ると言う事実は些か不満ではあるが、仕方ない。

 

「――Technique invocation. Trap, laying. Body strengthening. Simple defensive wall」

 

さて、これで何処まで凌げるか。

恐らく、男は攻め手に出ないだろう。

その証拠に、偽典の統括者は微動だにしていない。

遊び癖が有るのか、それとも余裕なのか。

どちらにしても、腹立たしい事である。

 

「っふ!」

 

ならば先手を取るのみと、小さく呼気の音を立てて、男へと疾風の如く向かう。

 

「…」

 

「…!」

 

あと数歩、と言う所で偽典の統括者が割って入り男を庇った。

やはり、と言うべきか。

男が攻めで、偽典の統括者が護りを担っている。

 

「契約者である、あの男を護るのは当然だが、筋が見え見えだぞ!」

 

要するに素直なのだ。手の内が取るように理解できる。

こんな正攻法で私を落とすのは無理だと言いたい所では有るが、流石に長い時を経てきた魔導書だけの事はある。

 

――手強いな。

 

結局は、偽典の統括者の護りを崩すことは出来ず、事態は膠着していた。

何か一手有ればと思うが、何分私単体だと手数に劣る。

彼女との契約が終わっていれば状況はまだマシだっただろうが、その願いは叶わない。

この状況を続けるわけにはいかないし、相手も続けるつもりは無いだろう。

さてどうしたものかと、私はマルチタスクを使用して思案し始めた。

 

 




最低週に一度のペースで投稿する事を心に秘めて投稿してまいりましたが、どうやら書けなくなったようで大分更新が遅くなりました。申し訳ありません┏○))ペコ


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