魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第十六話:強襲、そして

――私は無力だ。

 

ただ普通に、学校に通って、アルバイトをして、ご飯を食べて、お風呂に入って寝る。

そんな、普通の日常を過ごしたいだけだったのに、なんでこんな事態になったのだろう。

…運が無かったのだろうか。

よそ様から見れば、私には両親が居ないというハンデを背負っている。

けれど、それを不幸だとは思っていない。

兄が居て、生活基盤も十分なものだし、貧しいなんて事はないし。

そんな私の日常が変わり始めたのは、クロを拾ってからだろうか。

それでも、私はクロを拾った事を後悔はしない。

短い間だったけれど、誰かと一緒に過ごす事は楽しかったし、寂しい気持ちが紛れていた事は事実だったのだから。

 

「…こんな所に居たのか。おいっ、アンタはこっちに来い」

 

バタバタと足音を立てて、私を取り囲む人達。

何処か見覚えの有る顔ぶれだと考える。嗚呼そうだ、なのはと模擬戦をしていた武装隊の人達だった。

 

急ぎ足でアースラの廊下を進む。私に声を掛けた人の後ろを必死に追いかける。

私の後ろには、せっつく様に五人の武装隊の人達。

切迫した空気に只ならぬ事態になっている事は、私にも理解できた。

 

「一体何処に…」

 

「念の為だ。この船のシェルターにアンタを連れて行くよう、命じられた」

 

湿気た煙草を咥えたまま喋る中年男性は、苛立ちを隠さないまま私の問いに答えてくれた。

 

「どうしてですか?」

 

「“need-to-know”民間人のアンタに言っても仕方ないが、アンタは知らなくて良い事柄だ。シェルターで大人しくしていてくれればそれでいい」

 

「…」

 

「そんな顔をしてくれるなよ。俺だって、やりたくてやってる訳じゃねぇ。だが、何の力を持っていないアンタが勝手な行動を取って迷惑を被るのは俺達管理局なんだ」

 

「でもっ! これって私の所為で…あの三人が…」

 

「そうだな。だが、さっきも言った通り、アンタは大人しくシェルターに居るだけでいいんだ。あとは俺達管理局がどうにかする。

その為に、Sランク魔導士が三人も居るんだ。この船の提督だって、かなりの実力者だしな。安心しろ」

 

ニヤリと、皮肉を利かせた笑みで私を見る。

自信が有るのか、彼の顔に不安の色は存在しない。

Sランク魔導士というと、なのは達の事なのだろう。

 

「着いたぞ。アンタは一番奥に行け」

 

顎で場所を指して促される。仕方なしに、シェルターと呼ばれる部屋の奥へと向かう。

家具も何もない、コンクリートで覆われた空間。それが、シェルターと呼ばれるものだった。

 

「――報告。護衛対象者を指定位置へと移送完了。以後、どうしますか?」

 

『ご苦労。そのまま彼女の護衛にとの事だ。何が起こるかわからないから、十分に気を付けろ、と』

 

この部屋の唯一の入り口の傍にある、パネルを操作して、誰かと通信していた。

恐らく、この船の人とだろう。というか、この船の艦長だと言っていたハラオウンさんなんだろう。

 

「――了解」

 

短く返答をして通信を終えた男性は、此方へと振り返り声を上げる。

 

「お前ら、俺達は其処に居るお嬢ちゃんの護衛が仕事だ。前線に出張っていった連中が羨ましいだろうが、仕事は仕事だ。きっちり完遂しろよ!」

 

「「「「「ういーっす」」」」」」

 

“なんだよ、やる気ねぇなぁ”とボヤきながら、私の元へと来る男性。

壁に凭れている私の横に並んで、同じように壁に凭れた。

 

「ま、そう言う事だ。アンタは諦めて此処で大人しくしていろ。暴れるのは外に居る、高町教導官やハラオウン執務官、八神捜査官の役目だ。それに、武装隊の面子も居る。負ける要素が無いさ」

 

「…」

 

無言で仏頂面をしている私を見た彼は、大げさに溜息を吐いた。

 

「アンタ、あの三人と知り合いなんだろう? すげぇよな。まだ若いつーのに。あれだけ戦えるんだ。相当の修羅場を潜ったんだろう」

 

「…」

 

未だ沈黙を守る私に、大げさに両手を広げて、外国人特有のポーズを取った。

胸ポケットから小さな箱を取り出して、新しい煙草を口にくわえて火をつける。

幸せそうに目を細めて煙草を吸う彼の姿は、一生理解できないと思う。

煙草の臭いは苦手だ。

 

「…貴方は戦う事が怖くないのですか?」

 

「エヴァン・カーゴ。俺の名だ。正直言えば怖ぇよ。だがな嬢ちゃん、自分の命を賭けてでも戦わなきゃいけない時もある」

 

名を名乗って、私の事を“アンタ”から“嬢ちゃん”に変えた彼。

世間話のつもりなのだろうか。それとも、私に気を使っているのか。

彼の真意は解らないけれど、このまま無言で押し通すのは気が引けた。

それに、黙っていても状況が変わる訳でもない。

 

「…佐藤上総。私の名前です。そんなに管理世界は危険なんですか?」

 

「はぁ? んな訳ねぇだろ。つーか嬢ちゃんの世界でも命を張らなきゃいけない仕事は幾らでもあるんじゃねーのか?」

 

確かに、いくらでもあると思う。自衛隊、消防、警察。

物好きな人は、海外に飛び出て傭兵家業を営んでいる人もいると聞いたことが有る。

日本が比較的平和と言うだけで、世界は戦争や内戦をしている場所なんていくらでもあるし。

 

「名前で呼んでください…」

 

「ハッ! その仏頂面を止めて、俺の問いに答えたらな!」

 

ガハハ、と下品に笑う粗暴な彼には、苦笑いするしかない。

 

「なぁ、嬢ちゃん。別に守られる事は悪い事じゃねぇ。一番性質が悪いのはな、命賭けて守ったモンが無駄に命を散らしてくれる事だ。」

 

「カーゴさんは、そんな思いをしたことが有るんですか?」

 

「あ? よくよく考えてみりゃ、ねぇな。けどな俺が救った命を、事故だの自殺だので死んだと聞けば、何の為に助けたんだ、と思うだろう? 骨折り損ってヤツだ」

 

また下品に笑って、煙草を吹かす彼。

彼の言っている事は理解できる。

私を庇って死んでいった父と母も、彼と同じ事を思ってくれるのだろうか。

そう思ってくれていると信じたい。

だって、私が無駄に死ねば父と母の死も無駄になるのだから。

胸が締め付けられ、歯を食いしばる。心臓の有る部分に右手を当てて、服を握りしめた。

時折、父と母が夢に出てくる。

二人は私を責めたてる。何故、私だけが生き残ったのかと。

カーゴさんの言葉と、夢に出てくる父と母の言葉。

あの事故で生き残ったからこそ言える、いや、言わなければならない思いがある。

どんなに攻められようと、助けてくれた事に感謝しないと。

じゃないと、生きる資格さえ無くしてしまいそうだから。

 

「…」

 

無意識だったと思う。なんで涙が流れているんだろう。泣いた事なんて小さい頃以外無かったのに。

 

「お、おい? 何で泣いてるんだ? 俺は悪いことを言ったのか? 言ったつもりはまったくねーぞ!? 何で泣くんだ!」

 

ガッデム、と頭を抱えて慌てふためく彼の姿は滑稽だった。

でもだからこそ、私は笑えたのだと思う。

“おい、隊長が女の子を泣かせたぞ”“顏、怖いですからね”“しかも粗暴で粗野ですから”“仕方ないのか?”“仕方ありません”そんな外野の声を聴きながら、泣きながら笑う私。

 

「「「「「隊長、ギルティ」」」」」

 

「うるせーぞ、お前ら!」

 

武装隊の人達、仲が良いな。

 

「さて、お邪魔するよ」

 

シェルターの扉が開いて、白色のスーツを身に纏った痩身の男性が現れる。

右手には、古びた本を抱えて。シェルターの照明は非常用に切り替えられているために、廊下より暗い。

逆光で、声の主の顔ははっきりと見えないけれど、私を襲ったあの人だ。間違える筈がない。

 

「なんで扉が開くんだ! 施錠はしただろう!?」

 

「もちろんです!」

 

「糞。全員、戦闘態勢を取れ! 護衛対象者を守りきれよ!!!」

 

「「「「「イエス、サー!!」」」」」

 

切羽詰まった怒号と、緊張感を多分に含んだ武装隊の人達の大声。

どうやら状況は芳しくないようだ。

 

「…っ、う、ぁあ」

 

何故だろう。犯人の姿を見ただけで足が竦む。恐怖で歯が噛みあわない。さっきからガチガチと音を立てて、耳障りだ。

距離を取ろうと、後ろに下がろうとしたら、壁に当たって逃げ場は無い。

 

「君を迎えに来たよ。さぁ、私と一緒に来たまえ」

 

「…アンタ、何者だ? 何故、次元航行船に侵入した!?」

 

犯人と話している間に、武装隊の人達は立ち位置を少しずつ変えていく。

恐らく、前衛として犯人の前に二人。その少し後ろ、前衛の人達に一人ずつ後ろに付いている。

そして私を守る様に、カーゴさんともう一人。

 

「君は人の話を聞いていないのかね? 勿論、そこの彼女を迎えに来たのだよ」

 

今だ、一歩も動かずにシェルターの入り口で佇んだままの偽典のマスターは、不敵な笑みを抱えたまま。

そういえば、彼と一緒に居たクロに瓜二つの女性は何処に居るのだろうか。

 

「ふざけんじゃねぇぞ。この嬢ちゃんは、俺達の護衛対象者だ。どんな理由が有ろうが、はいそうですか、と引き渡す訳にゃぁいかねぇんだよ」

 

「そうかね。では努力したまえ。力を示し、その護衛対象者とやらを守りたまえ。だが、私に勝てるなどと簡単に思ってくれるなよ?」

 

右腕を掲げて、下げる仕草を取ったと同時、前に居た武装隊の四人を壁まで吹き飛ばして、気絶という戦闘不能に陥れた。

 

「おいおい、マジかよ…」

 

「不味いですね…」

 

残ったのは、カーゴさんともう一人の武装隊の人と私。

 

『嬢ちゃん、聞こえるか? 返事は要らねぇぞ。聞こえているならそのまま聞くだけにしておけよ』

 

カーゴさんの声が直接頭の中に響く。

ちらりと、カーゴさんが私を盗み見る。それに気付いた私は、少しだけ顔を下げた。

それを確認できたカーゴさんは不敵に笑う。

 

『ブリッジに連絡が付いた。嬢ちゃんを其処に転送する。其処に行けばハラオウン提督が居る。俺達より強いからな、安心しろ』

 

「手応えが、無いねぇ。先程の威勢はどうしたのかね?」

 

流石に痺れを切らしたのか、シェルターの中に一歩二歩と進み始める。

やはり私が目的なのか、彼の視線は明らかに私のみを捉えていた。

だんだんと大きくなる革靴の音。

あの時の恐怖が、ふつふつと蘇る。

 

「……っ!」

 

「さぁ、私と一緒に来たまえ。今、君が素直に従えば、あの時の様にはしないと約束しよう」

 

彼の言葉が本当か嘘か解らない。

だけれど、どちらにしても彼と一緒に行くと言う選択肢はあの時から、既に無い。

 

「嫌だ、と言えばどうなりますか?」

 

「ハハハ。面白い事を言うねぇ。拒否権など君には無いのだよ。大人しく私に付き従えば良い」

 

傲慢な言葉と、高慢な顔でそんな事を彼は言い放つ。

 

「ビビッてる癖に、虚勢なんて張るもんじゃねーぞ。嬢ちゃん」

 

「あなたも、私と同じじゃないですか」

 

そう言うカーゴさんだって、冷や汗を額から流しているのがバレバレなんだ。

彼も私と同じで、目の前の人物に、恐怖かそれに似た何かを感じている。

 

『無駄口叩けるなら、動けるな?』

 

「嗚呼、そうだ。ブリッジには行けないよ。逃げられない様にしてあるからね。無駄な努力は止めたまえ」

 

「チッ! こっちの行動を読んでいやがる…仕方ねぇ、ヤルか」

 

「了解、隊長。ヘマはしないで下さいよ!」

 

カーゴさんと、もう一人の人がデバイスを構え直す。

 

「あいよ。すまんな」

 

「まぁ、何時もの事ですからね。慣れてます」

 

カーゴさんと軽口を言い合い笑って、偽典のマスターへと高速で向かう武装隊の人。

カーゴさんは、足元に魔方陣を展開させて何かを詠唱している。

そうして私は、カーゴさんの魔方陣の色と同じ色に包まれる。

カーゴさんが、何をしようとしているのか、何となく理解出来てしまった。

 

「そんな顔するなよ。…じゃぁな、嬢ちゃん。また後で逢えたら逢おう。無茶すんじゃねーぞ」

 

「カーゴさん! 何をっ!!」

 

光の色が一層強くなり、右手を伸ばす。

 

「…転送魔法か。君は、私の言葉を理解していなかったのかね?」

 

「俺はな、指揮官としての能力とサポート系の魔法の能力を買われて、武装隊隊長やってんだよ!

アンタの小細工くらい、破れんでどうするよ? 俺たちを、管理局を無礼―なめ―るなよ!」

 

偽典のマスターへ向かった、武装隊員の人は奮闘空しく倒れ、残ったのはカーゴさんだけだった。

伸ばした右腕も届かず、後の展開も見届ける事無く、私はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

八束神社の上空で、『名も無き偽典』のマスターとの戦いを繰り広げる中、感じる違和感。

それの正体が解らないまま、大分時間が経っていた。

 

『…なんか、変やな』

 

『どうしたの、はやてちゃん?』

 

『いやな? 犯人の目的は上総ちゃんの筈なんやけど、何で今更広域結界を張って態々海鳴の街の人達を人質にしたんや?

しかも、街の人に攻撃魔法が届かへんようにしてる。何か、変なんや…』

 

『はやて…でも、目の前に居る事は事実なんだから、犯人を捕まえるしかないよ』

 

『…せやな』

 

少し納得のいかない様子で、フェイトちゃんの言葉に返事を返したはやてちゃん。

確かに、目の前に犯人が居て、管理外世界で魔法を行使しているのは管理局法違反だ。

犯人が何を考えているのか、解らないけれど逮捕しないといけない事は決定事項なんだ。

…なら。

 

『フェイトちゃん! はやてちゃん! スターライトブレイカーを撃つよ!!』

 

『分かったよ、なのは!』

 

『了解やで、なのはちゃん!』

 

私の言葉の意味を理解してくれた二人は、快く返事をくれる。

スターライトブレイカーは収束魔法だ。

魔力の収集には時間が掛かるし、その為に行動も制限される。

要するに、邪魔が入らない様に、エアカバーが欲しかったのだ。

 

「いくよ。レイジングハート」

 

愛機のレイジングハートに問いかける。

 

『――All right my master! Load Cartridge』

 

レイジングハートの声と共に、カートリッジが三発装填され、空になった薬莢が排出される。

これまでの戦闘で、周囲に散らばっている魔力と私自身の魔力とカートリッジの分の魔力を合わせると、犯人を倒すために十二分な魔力量だろう。

 

『――Starlight Breaker!』

 

「そうはさせんよっ!」

 

やはり気付かれている。

彼女達二人を信頼しているからこそ、フェイトちゃんとはやてちゃんにお願いをしたのだ。

 

「させない!」

 

気合の入った声と共にフェイトちゃんが前に出て、犯人の攻撃と統括官―コマンダー―の攻撃を防いでくれる。

流れ弾が、掠ったけれど気にしない。

 

「収束砲撃だとっ!!」

 

初めて、犯人の表情から余裕が消えた。

攻撃魔法を控えてフェイトちゃんとはやてちゃんの攻撃を捌きながら、防御魔法を七層展開。

どれ程の堅牢さがあるのかは判らないけれど、全て破れば良いだけの事。

 

「っ! …スターライトォブレイカァーーー!!」

 

先程まで行われていた魔法戦で散らばった魔力を収束し圧縮させて放つ。

最後の奥の手。切り札。

スターライトブレイカーが、犯人が展開させた七層の防御魔法を一層一層、食い破っていく。

破られていく事に犯人の表情が切羽詰まったものになっていく。

そうして、三層目の防御魔法を破った時、魔力弾が接地していないのにも関わらず、その威力の余波で土埃や木々から振り落とされていった葉っぱが舞い上がっている。

結局、魔法と周囲の状況変化で犯人の様子が窺えなくなった。

 

スターライトブレイカーが犯人に被弾してから暫く、魔法の威力で舞い上がった、土埃の中から姿を現す。

 

「残念、だったね?」

 

少し汚れた犯人の顔。

忌々しそうに拭き取って、嗤う。

 

『うそ…』

 

『なのはちゃんの、スターライトブレーカーが防がれたや、と』

 

『…っ!』

 

「君達三人との魔導師戦は久方ぶりで楽しかったよ。心が踊る。だが、私の目的は果たされた。

少しばかり心残りではあるが、此処までだ。では、さらばだ! 御嬢さん達」

 

まるでイタリア紳士の様に、軽快に立ち去る犯人。

最後の一層の防御魔法で私の最大砲撃魔法は防がれた。

 

――嘘。

 

そうして、海鳴の街に張られていた結界は消失。

結局、犯人を取り逃がしてしまった。

 

 




戦闘描写での語呂の無さが目立ちます。申し訳ない。
力不足を痛感しましたorz

なのはさんの切り札が防がれた事で、なのはさんは次どう出るか・・・

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