魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第十三話:それぞれの決意

今、海鳴市で起きている昏睡事件。

クロちゃんから聞いた、真実。

まさか、数週間前に出会った上総ちゃんが事件に関わっているだなんて。

事実は小説より奇なり、だなんて言うけれど。

 

九歳の頃、偶然にユーノ君に出会い魔法の存在を知ったあの時。

海鳴の街を守りたい事もあったけれど、フェイトちゃんと出会った事で、それ以上に大きな意味を持った。

必死だった、と思う。

魔法を覚えて、戦って。

家族の皆にも、心配を掛けた。

けれど、暖かく見守ってくれたんだ。

私の事を信じてくれて。

少し悲しい結末になったけれど事件は終わったんだ。

 

同じ年の冬。

はやてちゃんにも出会い、闇の書事件が起こった。

闇の書の主、いや、夜天の書の主を思う守護騎士の皆の気持ちが起こした。

この事件もまた、少し悲しい結末に終わった。

けれど皆、前に歩き出して、今一緒に管理局で働いている。

 

そうして、今回の事件。

何の因果だろう。私たちが生まれ育った街に、また魔法関連の事件が起こっている。

そうして出会った。ううん、出会ってしまった。

佐藤上総と言う女の子。

何処にでもいる普通の子だと思う。

 

けれど、時折彼女は影を落とすときが有る。

そう感じたのは、彼女が彼女のお兄さんと会話をしている時だ。

反論しようとして、お兄さんの言葉を受け入れた。

よくある光景、だと思う。

事故でご両親が亡くなって、お兄さんが保護者だと聞いた。

彼女とお兄さんの間に、何かあるのかは全然知らない。

でも、ほんの一瞬。

一瞬だけ下唇を噛んで少し悔しそうな顔をしたんだ。

 

そうしてもう一つ。彼女はお兄さんには敬語を使っている事だ。

私達には敬語を使わない。もちろん、同い年なのだし、友だちだと思っているのだから、敬語なんて使わないでほしいと思う。

クロノ君にも敬語を使っていたけれど、それは初対面だし年上の男の人という理由が有ると思う。

けれど、家族であるお兄さんに対して、敬語を使っている事は違和感を覚えた。

私だって、お父さんやお兄ちゃんには敬語を使わない。

フェイトちゃんもだ。クロノ君には敬語を使っていない。仕事の時になれば別だけれど。

 

そんな彼女はリンカーコアを所持している。と言っても、初歩の魔法である念話ですら失敗した子だ。

魔法を知らずに過ごしてきたのは明らかだった。

お兄さんは管理局員だったけれど、管理局の事については知らない様子だった。

魔法に精通しているという事は無い筈だ。

 

そうして、話を一通り終えた上総ちゃんは流石に疲れたのか、また眠りに就いた。

あの怪我の具合だ。今朝目覚めていた事でさえ不思議な状況だったのだから。

 

「フェイトちゃん?」

 

「…なのは」

 

展望ラウンジで考え事をしていた私の傍にやって来たのは、フェイトちゃんだった。

少し疲れた様子で、無理矢理に笑っている気がした。

聞いた話だと、フェイトちゃんが上総ちゃんの元に駆け付けた時には、既に怪我を負っていたそうだ。

フェイトちゃんの事だから、怪我をした上総ちゃんの事をものすごく気にしているのだと思う。

 

「大変な事になっちゃったね」

 

「うん。けれど、上総の為にも解決しなくちゃいけないと思う」

 

真剣な眼差しで、フェイトちゃんが言い切った。

 

「そうだね。上総ちゃんの為にも」

 

事件の犯人から『鍵』と言われた上総ちゃん。

あの怪我の状態から察するに、上総ちゃんは犯人の要求に折れることなく、己を貫いたのだろう。

そんな強い意志をもつ上総ちゃんだ。

また同じことが起これば、どうなるか解らない。

犯人の要求に、耐えればもっと酷い結果になるかもしれない。

犯人の要求に、折れればこの海鳴市、いやこの世界自体がどうなるのか解らない。

 

私とフェイトちゃん二人並んで、青い地球を見る。

この星に何十億の人たちが住んでいる。

そこにどんな人たちが暮らして、笑い合っているのか。

そこにどんな夢が生まれて、育まれているのか。

私には知る由も無い。

けれど、その人達の生きる権利を奪う理由なんて誰にも無いんだ。

 

そして、上総ちゃんが名も無き偽典の『鍵』になる理由も無い。

クロちゃんが言うには、『鍵』になったとしても良い事は無いそうだ。

偽典の契約者に良いように使われすり潰されるだけだ、と。

そんな事で、人一人の人生が哀しい結末になってしまうのは見過ごせなかった。

 

それに上総ちゃんは魔法を使用することを、まだ考えあぐねている。

地球に残って普通に暮らすのか、それとも管理局に入局して、管理世界で魔導師として生きるのか。

選択権は彼女自身にあるのだから。

その選択の道筋を守らなければ、と思う。

 

「絶対に悲しい結末なんかにしない」

 

「そうだね。なのは」

 

右の拳をフェイトちゃんに突き出した。

それを見て、フェイトちゃんも右拳を突き出す。

互いの、拳面を合わせて誓う。

 

まだ出会って日が浅い彼女だけれど。

どこか、危うさを持つ彼女を見ていられないから。

 

――必ず、護る。

 

ただ、それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上総が『名も無き偽典』の主人に襲われてから、早数日。

回復が早いのか、予定よりも早くベットから起き上がり、上総は早々にリハビリだと言い張って、アースラ艦内を物珍しそうにウロウロしている。

クロノから許可は取っているし、シャマルからの許可もあるのだから艦内を闊歩するのは良いけれど、体に差支えが無いのかどうかが心配だ。

あんなに酷い怪我を負っていたと言うのに。

それに、左腕はまともにその機能を果たしていない。

今日の朝、不便だろうと着替えを手伝おうとしたらやんわりと断られた。

遠慮なんてしなくていいのに、と思う。

困っている人が居るのなら、手を差し出すことは当たり前だ。

それが、知人や友達なのだと言うのならもっとだ。

 

「上総」

 

「フェイト。どうしたの?」

 

展望ラウンジで地球を見下ろしていた上総。

私達管理局員からすれば珍しいものではないけれど、宇宙へと民間人が簡単に行くことが出来ない地球では珍しいのかもしれない。

 

「上総がどうしてるのかな、って思って様子を見に来たんだ」

 

「心配し過ぎだよ。子供じゃないんだし」

 

そう言って笑う上総。

彼女の左腕は、腕つり用のアームリーダーで固定されている。

動かすと、腕に負担が掛かる事と火傷を負っているので皮膚の伸び縮みはよろしくないという事だ。

シャマルの話では、地球の医療技術ではまともに治療できるかどうかは解らないそうだ。

そして、管理世界でも魔法で治るかどうかは、五分五分という事らしい。

その話を聞いた上総は、仕方ないと切り捨て笑っていた。

そんな彼女を見るのは、辛い。

魔法に出会わなければ、そんな目に合う事は無かったんだ。

魔法が認知されていない世界で、魔法に出会ってしまったばっかりに。

 

「フェイト、フェイトは忙しくないの?」

 

「え?」

 

「兄さんと制服が一緒だから、ね。何となくだけど、そう思ったってだけ」

 

考え事をして黙り込んでいた私を見かねたのか、上総が質問をしてきた。

忙しい、と言えば忙しいけれど、今の仕事は『名も無き偽典』の事件解決の為に動いているのだから、これも仕事のうちでもある。

月に数度しか帰って来ないというお兄さんを思い出したのか、そんな事を聞いてきた。

 

「大丈夫だよ。緊急時以外は自分のペースで仕事が出来るから」

 

管理局内でも特殊な職である分、覚える事やすべき事は雑多にあるけれど。

それを苦労だと思った事は一度も無い。

 

「執務官ってどんな仕事してるの?」

 

「どうして?」

 

「兄さんは、仕事の事をあまり話してくれなかったから。多分、管理世界の事を言えなかったからだと思うけど…」

 

そう言って口籠る上総は、純粋にお兄さんの心配をしているのか、それとも唯の興味なのかは理解できなかった。

けれど、魔法に関わり管理世界の存在を知ったのだ。

地球以外の星である管理世界の事を話てみるのも良いかも知れない。

上総にリンカーコアが存在するのなら、向こうの世界で生きていく道もあるのだから。

 

「上総の世界でいうなら、刑事さんと弁護士さんを足した感じかな?」

 

「それって凄くない?」

 

「そうなのかな? 管理局だとそれが普通だから。大変だけど、やりがいはあるよ」

 

少し話が長くなりそうなので、手近にあったベンチへと誘った。

やっぱり左腕が動かないせいで、上総の動きは危なっかしい。

身体のバランスを取り辛そうにしている。見ている私は肝を冷やしながら、彼女を見守るしかない。

 

「よいしょ、と。刑事と弁護士なら、法律覚えなきゃいけないだろうし、やっぱり危ない目にも会ったりするの?」

 

「うん。違法研究所とか潜入捜査になれば、犯人とバッタリ出くわす事もあるよ。でも、その為に魔導師としての訓練も欠かしていないつもり。

誰かを助けたいのなら、自分が強くなきゃいけないと思うし、強くならなきゃいけない」

 

私は恵まれていると思う。幼い頃から魔導師としての指導を受けていたし、その為に必要なリンカーコアも所持していたし、魔力量も恵まれていたのだから。

誰かを守る力を持っている。この気持ちは、おごりなのかも知れないけれど。

それでもこの気持ちは、譲れない物だから。

 

「…凄いな。フェイトは」

 

「そんな事ないよ。上手くいかない事だって一杯あるし、もっと上手く立ち回れたんじゃないかなって思う時もあるから」

 

「私は、まだ学生の身分で社会に出た事がないから、偉そうなことは言えないとけれど。

どうにもならない事だってあるし、仕方ない事もあると思う。けど、フェイトは次に繋げてる。それって大事な事だと思う」

 

「…ありがとう。上総」

 

言葉の最後に笑ってくれた上総。その笑顔に私は同じ様に笑顔で返した。

数日前の夜、声の出ない上総が念話を使ってまで私に伝えた言葉。

結局、あの時の私の思いは、すべては伝えきれずクロに遮られた形になったけれど。

優しいんだな、と思った。

けれど、この時の私は、上総の言葉に隠されていた意味を知らずに居たのだと思う。

一見、普通の何処にでもいる女の子が、心に大きな傷を抱えてそれを隠したまま生きていた事を。

 

「だからという訳じゃないけれど、私は上総を守りたい。困った事が有るのなら、手を差し伸べるから。危ない目に合うのなら、其処から助けるよ。

せめて、この事件が終わるまでは上総の傍に居るつもりだから」

 

私の言葉を聞いた後の上総の顔は、これでもかというくらいに真っ赤だった。

口が半開きになっていたのはご愛嬌だと思う。

 

「えっと。あり、がと?」

 

どうにか言葉にした上総に私は満足した。

そうして当初の目的だった事を伝える。

 

「お昼食べに行こう? なのはとはやても居るんだ。一緒に食べよう」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロノ君」

 

「どうした? はやて」

 

アースラ管制室で提督として指揮を取っているクロノ君に声を掛けた。指揮と言っても今は緊急時という事でもない。

通常勤務体制だ。何時何が起こるかわからないから話せるときに話しておく。管理局員にとって、それが常道である。

話の内容は勿論、彼女の事だ。

 

「ちょっとした世間話ってところやな」

 

「?」

 

少し首を傾げて、私の話を待つクロノ君は出会ったころの面影は大分少ない。

男子三日会わざれば括目して見よだなんて言葉も有るけれど、六年以上の年月は大きい。

彼も少年から青年に成っているし、私だって小さな女の子から少女と言われる年に成っている。

 

「上総ちゃんの事なんやけど、どうするつもりなんや?」

 

「はやて。その言葉にはどういう意味があるんだい?」

 

「全て含んでる、かもしれへんな」

 

「そうか」

 

考えられることは全て、である。

ロストロギアが絡んでる以上、解決に至るまで困難な道であろう。

 

「しかし、参ったね。『名も無き教典』の仕業なのかと思えば、複写品だと言う『名も無き偽典』だとは。ロストロギア級の存在が二つ、か」

 

深い溜息を吐いて、椅子の背もたれに伸し掛かるクロノ君。

疲れているのだろうか。提督という責任の重い役職に着いている彼の気苦労は絶えない事だろう。

それを口にする彼ではないし、それを聞くほど野暮でもない。

 

「クロが嘘を付いている可能性はどう考えてるん?」

 

「低いんじゃないのかい? 嘘を吐く利点が無い。それに僕たちに情報が無い以上、彼女の話の裏を取れないからね。可能性として信じるしかない、と言った所かな」

 

妥当な所かな、と思う。クロの話を全て信じる訳には行かない。本当なら信じたい所ではあるけれど、その話を鵜呑みにするほど子供でもない。

大人になるって事はこういう事なのだろうな、と思う。子供の時の様に純真無垢では居られない。

清濁飲み合わせて、より良い選択をしなければならない。

誰かが犠牲になるかも知れない方法でも、多くの人が救われるのなら、その選択をしなければならない。

それを、なのはちゃんやフェイトちゃんに背負わせる訳には行かない。

汚れ役、と自分で言ってしまうのはどうかと思うけれど、そんな事を背負う人間は少ない方が良いに限る。

 

「今後はどうするんや? 何時までも上総ちゃんをアースラに乗艦させとく訳にもいかんやろし。犯人も何時出てくるか解らへんしなぁ」

 

「だね。けれど犯人が佐藤上総を狙っている事だけは事実だよ。今の今まで、魔力と生命力を奪うだけだった犯人が、態々怪我を負わせてリスクを犯した」

 

確かに。犯人が上総ちゃんに執着している事はうかがえる。

先の襲撃は、上総ちゃんと犯人が交渉のテーブルに就くためだったのだろう。

上総ちゃんの意思の強さで、失敗に終わっているけれど。

 

「気の短い犯人なら、再襲撃はすぐ…だろうね」

 

「クロノ君もそう考えとるん?」

 

「ああ。力を手に入れたいと考えているのなら、早く手に入れる事に越したことはない。そうして自分のやりたい事をやりたい様にする。自分勝手な我儘だな。

何も知らない彼女からすれば、迷惑極まりないな。突然、日常から追い出されてしまっているんだから」

 

「せや、な」

 

私の場合は、その突然が家族を手に入れた瞬間だった。

どんな方法でも良かった。寂しさに耐える事は限界に近かったから。

そうして魔法の力を手に入れて、管理局に入局した事は後悔していない。

早くひとり立ちをしたかった事もあるけれど。

誰かを守る力が有るのなら、それを腐らせるわけにはいかない。

 

上総ちゃんの場合は、どうなのだろうか。

クロは魔導書だ。

契約は彼女と取り交わしていないようだけれど。

彼女本人の意思が一番大切ではあるけれど、もしも、どうにもならなくなった時は彼女の意思を無視してでも契約をしてもらうか、クロを封印しなければならない。

そんな事にはならないでほしいけれど、どうにもならない時は覚悟しておかなければならない。

 

「もし、私達だけで対処できへんなら守護騎士たちも連れてくるけど…時間、かかるやろなぁ」

 

「だな。正式な手続きを踏めば、戦力過剰と言われて却下されるのが目に見えている」

 

「ああーそうなるんやろうなぁ。まぁ、もしも、の場合や」

 

「わかっているさ。打てる手は打つ。それが指揮官としての僕の役目だからね」

 

嫌な役だと、つくづく思う。けれど、その覚悟はとうの昔にクロノくんは背負っているのだろう。

私も彼の様にならなければ、と思う。未だ甘い部分は有ると思うけれど。

けれど、その部分は必要なんじゃないか、と思う。

もしかすれば、その甘さで自分が傷つくことになるかもしれないけれど。

それでもきっと、その甘さが誰かを救えるのだと私は信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂を目指して、長い金色の髪を靡かせながら歩くフェイトの後ろを付いて歩く。

怪我を負い、目が覚めてから数日。アースラ艦内をウロウロとしてはいるが、正直道筋を覚えていない。

昨日は、暇を持て余して船の構造を覚えようとしていたけれど、結局は頭に入っていない。

娯楽施設は無いし、立ち入り禁止区画もある。部外者だから当然だと思うし、匿ってもらっている身分なのだし贅沢は言えない。

楽しみと言えば、小さくはあるけれど図書室が有る。

管理世界の事に付いて書かれているのだから、良いのだろうかと思ったのだけれど、思ったよりも簡単にハラオウンさんから許可が出た。

何でも、君も関わることになるかもしれないのだから、少しでも知っておいても良いだろう、との事。

管理局の成り立ちや、歴史を記している書物を読んだけれど、成り立ちは結局のところ地球とそう変わらないと思う。

力のある人や組織が権力を握るのは何時の時代でも、どんな場所でも同じ、という事だ。

 

「上総? よそ見していると危ないよ」

 

考え事をしていたのがバレたのか、フェイトが此方を気にしてきた。

左腕が不自由な状態になっているから、歩きづらくはあるけれど、転倒したりはしないと思う。

というか、肋骨が数本折れているから、コケると余計に悪化してしまうという難儀な事態。

これでも結構気を使っている。フェイトに心配を掛けている時点で、周りにどう見えているのかは解らないけれど。

 

「あ、ごめん」

 

少しフェイトと距離があったから小走りで詰め寄った。

ちなみにクロは、私の影の中に居る。

影の中だと、私に何かあるとすぐ解るし、ついでに魔力の回復に努めるそうだ。

監視されて居るのは気に喰わない、とクロが小声で言っていたから、それが一番の理由かもしれないけれど。

影の中に溶け込んでいくクロの姿を見た時には、おしっこをちびってしまう所だった。

これは誰にも言えない秘密である。

 

「上総ちゃん」

 

「調子はどうや?」

 

そうして食堂で、なのはとはやてに合流した。

手にはトレイを持っているから、食事の注文は既に終わっているのだろう。

地球とほとんど変わらない食堂だから、慣れるのにさほど時間は掛からなかった。

管理局の食事事情はどうなっているのかと不安だったけれど、地球でいう所の洋食が中心で、失礼なのかもしれないけれど、ゲテモノ料理が出てくる事は無かったから心底安心した所だ。

出された料理を残すのは不本意だけれど、どうにも我慢ならない料理なら、涙目で家に帰ると言いだしていると思う。

 

「なのは、はやて。誘ってくれてありがとう。調子はまずまずって所かな」

 

「気にしないでいいよ。誰かと一緒に食べた方がご飯は美味しいから」

 

「せやせや。一人だと寂しいやろ」

 

そう言って笑ってくれる二人。

フェイトもそうだけれど、みんな優しいと思う。

 

「上総、どれがいい?」

 

そう言って券売機の前にフェイトが立っていた。

流石に、兄から管理局で使用するお金は預かっているからフェイトにお金を出してもらう訳にはいかない。

兄は、消化していない有給を全部つぎ込んでくると言って、いったん自分の所属している場所に戻っていた。

多分、暫くしないうちにこの船に戻ってくると思う。

 

「あ、自分でやるよ。いつも皆が居るわけじゃないし、慣れないとかないとね」

 

少し恰好は悪いけれど、ズボンのポケットに突っこんでおいた小銭を手に取った。

財布を持ちたいところだけれど、そうすると両手が必要になるから止む無しの手段だった。

 

「…上総」

 

私が断った事のがいけなかったのか、フェイトがしょぼくれた顔をしていた。

リハビリという訳でもないけれど、今の状態に慣れないといけないのだから、甘えては居られない。

そうして券売機の小銭投入口に必要分を放り入れて、目的のモノを押す。

 

「行こう、フェイト」

 

「…」

 

フェイトには申し訳ないけれど、少し強引に済ませた。

 

「上総ちゃんは、それだけの量で足りるん?」

 

トレイの上の食事を見てはやてがそう言った。

確かに、量は少ないと思う。

左手が不自由なので、汚い食べ方をするのは不本意だから食べやすいサンドイッチだし。

これでは昼食というよりも、軽めの朝食の様な内容だ。はやての心配も尤もだ。

 

「十分だよ。あんまり動いてないしね。太るのは避けたいし」

 

「乙女やなぁ」

 

「そう言う訳じゃないけど、気にはなるよね」

 

誤魔化したけれど、体重については本心だったりする。

誰だって、体重過多にはなりたくないし。

運動は禁止されているのだから、食事に気を使わなければいけないのは当たり前だ。

 

「けど、上総ちゃんは食べないと。怪我の治り遅くなるよ」

 

「そうだよ。上総は食べなきゃ。今でも十分細いんだから、少しくらい体重増えても平気だと思う」

 

「…フェイトちゃん。乙女にその言葉は禁句やで」

 

「だねぇ。フェイトは細いうえに胸大きいし。羨ましい限りだよ」

 

「え? そんな事は無いよ!」

 

突然の矢面にされたフェイトがおどおどしている。

多分、性格上強く出れないのだろう。

はやてが面白そうに笑っているのだから。

 

「否定しても、胸が大きい事実は変わらんでぇ」

 

「だね」

 

フェイトは自分自身で地雷を踏みぬいてしまったのだから、助ける術は無い。

多分、フェイトはアリサとはやての玩具なんだろうな。決して、悪い意味では無い。

 

「な、なのは。助けて」

 

「うーん。はやてちゃんに捕まったらそのネタで逃げるのは無理かなぁ」

 

「酷いよ。皆!」

 

皆で笑う。こんな時間がずっと続けば良いのにと、思う。

けれど、なのはもフェイトもはやても、ちゃんとした信念と覚悟を持っている人の眼をしている。

彼女達の過去に何が有ったかは知らないけれど、私と同じ年でありながら、そんな眼を持つ人はそうは居ない。

アリサもこれから先には上に立つ人だから、その鱗片を見せる時が有る。

そんな姿を見ていると、並大抵の事じゃないだろうけど、少し羨ましく思う。

誰にでも出来る事ではないから。もちろん私も出来ては居ないのだから。

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

皆でそろって声を上げる。

なのはとはやては日本出身だ。フェイトも一時期日本に住んでいたそうでこちらの文化を知っているようだ。

 

「それじゃ、戻ろうか」

 

その声で私達は食堂を後にした。

皆は仕事に戻るそうだ。

さて、私はまた暇を持て余すわけになるのだけれど、どうしたものか。

何も良い対案は浮かばす、結局無意識で闊歩していた先に辿り着いたのは、また展望ラウンジだった。

眼下に広がる地球を見下ろす。

最初こそ、すごいと思っていた光景が、もう見慣れたものになっているのだから慣れという物はすごい。

 

「ねぇ、クロ。私はクロと契約した方が良いの?」

 

ずっと思っていた疑問を無意識で口にする。

そうして私の影の中から、ぬっとクロが姿を現した。

静かに私の横に立ったクロと一緒になって地球を見下ろす。

 

「それは貴様自信が決める事だ。私が言っていい事じゃない。

だがこれは伝えておく。貴様と私が契約すれば、私にとって利点が多くある。しかし、契約者が居ても居なくても困る事は無い。

そして貴様。貴様が管理世界出身ならば、きっと迷わず私と契約したのだろうな。だが貴様は管理外世界の人間。魔法に関わらない人間だ。

私と契約したところで、管理世界の歴史を知り、魔法が使えるようになるくらいだ。地球で生きていくつもりなら必要ないものだろう。

それと、私と契約した場合。ほぼ確実に管理局の世話になるだろう。それは覚悟しておけ」

 

「…うん。もう少し考えさせて」

 

クロに出会ってから、クロは何故か私の傍にいるし、味方でもある。

きっとクロにも事情が有って私の傍に居てくれるのだろうけれど。

私の傍に居なければ、今回の事件に巻き込まれなかったと思う。

でも、クロが居たからこそ数日前に襲われた時助かったのだろう。

クロが居なければ、私は犯人の言う『鍵』になって、今頃はどうなっているか解らない。

死んでいたのかもしれないし、生きていても犯人の言いなりになっているのだろう。

 

未だ決断は出来ないままだけれど。

何時か、クロと契約を結ぶ時が来るのかもしれない。

その時は、あの三人の様な力強い意志を持っていたい、と思う。

 

 

 

 




他人の感情の機微には敏いなのはさん。(但し、恋愛関係と自分自身は除く)
優しさ全開のフェイトさん。そして天然タラシは健在。(過保護の極地)
裏でこそこそ。損な役回りをしているはやてさん。(腹を自ら黒くしていくスタイル)

そしてまだ決断できないこの話、主人公。(じれったい)

文章量ある程度固定したいのですが、難しいですね。
キリの良い所でと思っていると、調整しづらい・・・orz

追記:12/12の朝六時辺りから閲覧数とお気に入り数が急激に増えて、作者は一体何が起きたのだと、すんごくびびっております。ですが、感謝です!

追記:12/13 閲覧数等が伸びたのは日間ランキングに載っていたからだと推測しています。閲覧数、お気に入り、評価、コメントが増えて作者は大変ありがたく思っております┏○))ペコ
力量もなく、色々と問題点が有りますが、頑張って最後まで書き上げますので、どうぞ皆様宜しくお願いします。
誤字報告も感謝です!

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