魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第十一話:Sister complex

 

 

次元航行艦の長い廊下を、闊歩する。

案内役の彼には悪いが、些か歩く速度が遅い。

 

「すまないが、急いでくれないか?」

 

「了解です」

 

そう答えた彼は、歩幅を広くとりそそくさと進む。

ミッドチルダ語で書かれた“医務室”の文字。

どうしてこんな事になったのか。それは数時間前に入った一本の電話が原因だった。

 

俺と妹を繋ぐ唯一の連絡手段である携帯電話。

用が無い限り、妹の上総は連絡を寄越さない。

それが鳴った。しかも電話である。

何時も遠慮をしてメールで済ます事が多い妹が、である。

携帯電話が指していた時刻は、午前一時。

こんな遅い時間に電話を寄越す事に違和感を覚えて、電話を取ると知らない男の声だった。

クロノ・ハラオウンと名乗った男に、どこかで聞いた事の有る名だと思いながら、彼から語られた事実に衝撃を受けた。

 

妹が怪我をした、と。

 

“病院は何処だ”と問い詰めた所、人を寄越すので付いて来てほしいとの事だった。

猜疑心を抱きつつ俺は急いで地球へと戻り、指定された場所へと向かい今に至る。

辿り着いたのは、次元航行船アースラ。海が抱える、大型装備の一つ。

陸とは大違いの設備に溜息が出る。

 

そんな、他愛も無い事を思いながら、最愛の妹の元へ向かう。

剣呑に歩く案内人である局員を急かして、やっと辿り着いたのが先ほどだ。

ごくりと息を飲む。俺の最大の汚点である、あの事故の記憶と重なる。

父と母が亡くなり、妹が大怪我をしたと連絡を受けた時と同じだ。

結局また俺は無力なまま終わってしまうのだろうか。

 

否、違う。

あの時とは違うのだ。

まだ若造で、未熟なあの時とは違うのだ。

後悔をしたからこそ、血反吐を吐くような努力をしたのだ。

 

――過去は変えられない。しかし、未来は自らの手で掴むものだ。

 

医務室にはいる事を躊躇している事を誤魔化して、やっと中へと進む。

足は鉛の様に重く、耳鳴りと眩暈が酷い。

けれど、今大変なのは俺ではなく妹だ。

医務室の中に居た金髪の女性。きっと医師なのだろう。

椅子から立ち上がり、会釈をした。

流石に無視をするわけにもいかず、俺も頭を下げる。

そうして案内人から医師の彼女へ交代して、案内人であった人は戻って行った。

 

「妹は?」

 

「奥の部屋に居ます。一度目が覚めましたが、今は眠っています」

 

おっとりとした印象を感じたが、医師の言葉は力強かった。

女というだけで、少し不安を感じたがそれは杞憂だったようだ。

 

「そうですか」

 

一度目が覚めたのなら、峠は越えている筈だ。

医療知識は乏しいものだが、少しだけ安堵した。

そうして、医師から示された扉を開けると、ベットに横たわる妹が確かに居た。

 

「どうして、こんな事に…」

 

ベットの傍へ行き、酸素マスクと医療機器に繋がれた妹の姿に無力感が襲う。

余り顔色は良くないし、何よりも左腕の包帯だった。

何の因果か。以前事故で怪我をして一番大きな傷を負った場所だった。

 

「ゴメンな。また俺は守れなかった…」

 

後悔が襲う。一緒に居てやれば良かった。

けれど俺は、その選択肢を選ばなかった。

両親はそれなりに稼いでいた。その恩恵は勿論、妹にもあった。

金の掛かる習い事を受けていたし、生活もそれなりだった。

 

妹が事故に会った当時、俺は管理局へ入局していた。

俺が管理世界に渡ったのは唯の偶然だ。

知らない世界で路頭に迷っているところを、恩師に拾われた。

リンカーコアを持ち魔力もそれなりに持っていた俺は、管理局へ入る事を誘われた。

魔法を覚える事は楽しかったし、何より誰かの為に役に立つことは、嬉しかった。

そうして管理局での足場を固めていた矢先に起こったのが、妹が巻き込まれた事故だった。

青天の霹靂だった。

幸せに暮らしていた家族をいきなり失い、妹は意識不明の重体。

そうしてやっと目が覚めた妹の為にと、仕事に精を出した。

 

妹に苦労はさせたくなかった。

良い子で居ろ、と諭す俺に向けられた瞳は不安に満ちていた。

けれど俺はソレを見ない振りをして、仕事に明け暮れた。

 

間抜けにもほどが有る。妹を親戚筋に預け、金だけを仕送りしていた。

妹が親戚の家でどんな扱いを受けているかも知らずに。

その事が露見したのは、一年程経った時だった。

妹の様子を時折見る為に地球へと戻っていた俺は、見てしまった。

預けた先で、不遇な扱いを受ける妹を。

俺は親戚筋に何も言わず妹を連れて、マンションを借りた。

妹は大人びていて、生活に必要な事は一通り出来ていた。

その事を見て安心した俺はまた妹を一人にして、管理世界へと戻ったのだ。

 

結局、俺は逃げていただけなのかもしれない。

両親の死を受け入れ、妹と共に居る事を選ばなかったのだから。

そうしてこのザマだ。情けない。

 

無様に泣き叫びたくなる感情を抑え込む。

今、痛みに耐えている妹が一番辛いのだ。俺に泣く資格など無い。

未だ眠る妹の頬に触れて、目を閉じる。

 

――あの時と、同じだな。

 

早く目が覚める様にと、祈るしかない俺は無力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

“佐藤安芸”と携帯電話に浮かぶ文字。彼女の兄の名前だった。

どう説明したものか、と考える。管理外世界に住む人に管理世界の事を伝える事は難しい。

だが、家族を心配する気持ちは解る。

僕だって、家族の誰かが怪我をして入院したと言うのなら、いの一番に連絡を欲しいと思うから。

意を決して、通話ボタンを押す。

 

『どうした? こんな時間に』

 

柔らかな声。

家族に向けられた暖かな声だ。

 

「夜分遅くに失礼します。僕はクロノ・ハラオウン。率直に伝えます。貴方の妹である佐藤上総が怪我を負いました」

 

『…っ!』

 

息を飲む声。

電話越しでも伝わる怒気に、正直肝が冷えた。

 

『どういうことだ? 嘘を言うには冗談が過ぎているな』

 

「連絡が遅くなった事はお詫び申し上げる。ただ、嘘を吐いているつもりは全くありません。事実だけをお伝えしています」

 

こういう役目は、母の方が得意だ。

幾分かマシになったとは言え、僕は口が上手い方ではない。

 

『わかった。病院は何処だ? 直ぐに向かう』

 

「人を向かわせます。貴方は其方に向かって欲しい」

 

『はぁ。分かった』

 

あからさまな溜息。

だが、此方に向かう事に異論は無いようだ。

 

そうしてアースラから人を遣り、今頃は妹と対面しているのだろう。

この事態の説明をしなければと、重い腰を上げて医務室へと向かった。

 

医務室へと向かった僕は、結局肩透かしを食らった形になった。

シャマル曰く、妹と面会―と言っても妹は眠っているが―した後、そそくさと部屋を後にしたそうだ。

民間人どころか、管理世界の事を知らない彼をこの次元航行船内をウロつく事は余り良くない。

探しに行くしかないか、と医務室を後にした。

 

広いようで案外広くない次元航行船は、探し人を探すには苦労を要する事は無かった。

と言うよりも、勝手知ったるなんとやら、なのかも知れないが。

少し開けたロビーには飲み物の自動販売機とベンチ。

紙コップを握り閉めベンチに座る、黒い執務官の制服を着た男。

短髪の黒髪黒目。この辺りに住む土地の人間の特徴を如実に現わした顏。

背は、僕と同じくらいだ

アースラに所属している人間ではないと、襟の階級章で判断が付く。

外部から人を招いているのは、今二人しかいない。

怪我の治療の為に乗船した佐藤上総と、彼女の保護者である兄の佐藤安芸。

前者は医務室に居る。

なら、目の前の彼は後者でしかない。

 

「失礼だが、貴方が佐藤安芸なのか?」

 

「…その声は、さっきの電話の奴か。随分と若いんだな、海の提督殿は」

 

彼も僕と同じように階級を確認し、皮肉の利いた言葉を発した。

もしかすると彼は陸の所属なのかもしれない。

陸と海に出来た溝は、大きなものになりつつある。

 

「そんなつもりはないけれど、人より努力はしたさ」

 

「そうか」

 

そう短く言葉を返してベンチから立ち上がる彼。

僕の前に向かい、背筋を伸ばして敬礼をした。

 

「妹を助けて頂き、感謝します!」

 

「…いや、僕たちは無力だった。駆けつけた時には遅かった」

 

答礼をして、言葉を紡ぐ。

本来なら防げていた筈なのだ。彼女を監視して見守っていたと言うのに。

 

「だが、あの怪我は現地の医療技術では厳しい物だっただろう。でないと危なかった筈だ」

 

「確かに。けれど彼女の使い魔が、重い怪我の部分は治療を済ませていたからね。

アースラの医務官がした事は、残っていた傷と骨折の処置だ」

 

「使い魔? 何のことだ」

 

いぶかしげな顔を浮かべる彼。

 

「知らないのかい? 君の妹さんは使い魔と契約しているそうだ。

部下からの報告からだが、以前の主に契約を切られて、彼女と再契約したそうだ」

 

口元を手で覆って、厳しい目つきで何かを考え込んでいた。

ぶつぶつと小声で何かを呟いて、せわしなく視線を動かしている。

 

「まさか、あの猫か!」

 

おそらく僕たちの知らない間に、黒い猫とは出会っていたのだろう。

そうして使い魔だとは知らず、普通の猫として認識していたようだ。

 

「上総のベッドの傍に居た金髪巨乳の女! あいつか!!」

 

周りに響く声で叫んだ彼。

彼の言う金髪の女性は、この船に何人か居る。

とっさに思い浮かんだのが、フェイト、シャマル、そして佐藤上総の使い魔だ。

決して僕は大きな胸だ、などとは思っていない。

 

「…君の言う、金髪の女性が何人かこの船に居るから僕の口から言えないよ」

 

「最近、セクハラとかには五月蠅いからな。あんたも大変だな」

 

やれやれと軽く両手を上げた彼の態度に、僕は一瞬で言葉を返した。

 

「僕が言った訳じゃないだろう! 君が言ったんだ!!」

 

こういう冗談は余り好まない。周りの人間から固いと言われる原因ではあるけれど。

してやったりと言った顏の目の前の男には、腹に据えかねるモノが有る。

そんな僕の姿を、彼は笑い少し経ったのちに真剣な顔になる。

 

「すまないが、訓練室を借りるぞ。この船にも有る筈だよな?」

 

「…部外者の貴方に貸す事は出来ない。」

 

「なら、勝手に借りるさ。じゃぁな」

 

ひらひらと手を振り、僕に背を向けて歩き出す。

彼が向かう先は、訓練室への道筋だ。

同型の次元航行船にでも乗船経験があるのか、迷うことなく進む。

貸し出すこと自体に異論はない。

だが、自身の妹の容体があまり良くないと言うのに、彼は落ち着き払い、どういう経緯かは理解できないが、訓練を始めようと言うのである。

そんな彼の後ろ姿を追う僕は、同僚や部下達が見れば滑稽な事だろう。

 

訓練室に着いた彼は、そそくさと執務官服のジャケットを脱ぎ捨て、靴と靴下をも脱いだ。

彼のとる行動に興味が沸いた僕は、彼の行動を見守る事にした。

 

訓練室の隣に併設されている更衣室から部屋へと進む彼は一礼をして中へと向かった。

そうしておもむろに構えて、息を一つ吸込んだ。

其処からは、圧巻の一言だった。

 

僕はこの“地球”と言う星の知識は皆無と言っていい。

知っている事と言えば、魔法文化は無く、その代わりに科学的文明が進んでいるという事。

管理外世界であり、地域差はあるが比較的平和である。

母や妹のフェイトが一時期住んでいたとはいえ、執務官として働いていた僕は、この地球に関わる事はそんなに無かったからだ。

 

そして、今の彼の姿。

恐らく“カラテ”と言ったか。

この日本で何度か目にした事が有る。

魔法文化が広く浸透している管理世界では、中々見る事の無い代物だった。

“カタ”と呼ばれるその技法。

 

流れる様に、手足を自在に動かす。

軽やかに、しなやかに、流麗に。

そうかと思えば、荒々しく、壮絶に、猛然に。

その行動の一つ一つが意味を成し、無駄なものが一切ない彼の動きに、見惚れてしまった。

 

僕だって魔導師だ。

彼の動きが、どれほどのものか理解はできる。

だけれど、中距離攻撃や遠距離攻撃が存在する為、わざわざリスクの伴う近接攻撃を極める必要は無い。

あくまで、戦術の一つとしてだ。

彼が何故、あそこまで動けるのか。

ベルカの騎士という訳でもない。

 

そうして、ただただ時間だけが過ぎていく。

彼の額には玉のような汗。

カッターシャツは、雨に濡れたようにびっしりと肌に張り付いている。

最初こそ流麗で猛然だった動きは、その欠片も無くなっていた。

けれど彼はまだ、止めようとしない。

ただひたすらに、己の肉体に鞭を撃ち続ける様に、動き続けているのだ。

 

また少しの時間が経った時、最後の正拳突きが放たれた。

気絶するように、仰向けに床へと倒れ込む。

数度、深く呼吸をして、右腕を天井へと掲げ、思いっきり床に振り下ろした。

 

「糞っ!」

 

ただ一言。

けれど、その一言には、彼の思いの全てを乗せた一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が、熱い。息が苦しい。足が重い。

空手の形を、どれ程打ち込んだのかは覚えていない。

子供の頃、俺が両親に頼み込んで、空手を習いに行っていた。ようするに昔取った杵柄、だ。

ずっと空手を続けている連中からすれば、俺の形は歪なものだろう。

 

「大丈夫か?」

 

そう言って、クロノ・ハラオウンがタオルを投げ寄越してきた。

勝手にこの場所を使った事は、どうやら咎める気は無いらしい。

 

「ああ。ところで、見てたのか?」

 

「いや、さっき来たところだ」

 

頭を振って否定した。

見ていないと言うなら、それでいい。

あんなものは、俺の無様な姿を晒しているだけに過ぎない。

唯の八つ当たりだ。空手を習っていた師範に見られればきっと、激怒される事だろう。

“心が乱れている”と。

 

「それで、妹があんなふうになった原因は?」

 

むくりと立ち上がり、俺よりも大分若いハラオウンに視線を送る。

その眼に携える光は、確りと力強い物だった。

きっと、幾つもの修羅場を超えてきたのだろう。

 

「済まないが、部外者には言えない」

 

「…そうか」

 

ハラオウンの気持ちは理解できる。

俺だって、関係者以外には事件については喋らない。

例えそれが、同じ管理局員であってもだ。

何処に犯人が潜んでいるかわからない以上、簡単に他人に吹き込む様では信用は出来ない。

 

「ところで貴方は、執務官として管理局で働いているのかい?」

 

「ああ。大分昔に、どういう理由かは解らないが管理世界に迷い込んで、リンカーコアを持っていたから誘われた。

世界は広いもんだな。人間が住んでいる所なんて地球だけかと思っていたら、まさかの次元世界だ」

 

本当にあの時は、吃驚したものだ。

まだ幼かった俺が、突然地球の日本から、次元世界へと渡りあてもなく彷徨い続けていた。

そうしてどうにか、現地の人間と合流出来た。

助かった、と思ったさ。

けれど、出会った彼らの言葉を理解する事は出来なかった。

 

紆余曲折を経て、俺は管理局に引き渡された。

そこでやっと理解したんだ。

異世界に迷い込んだ事。

その世界には魔法が存在している事。

そして、彼らの言葉を突然理解できるようになったのも、魔法のおかげだという事。

 

管理局で出会った彼等には感謝せねばならない。

俺を元の世界に戻そうと、努力をしていてくれた。

そして、リンカーコアを持つ俺に、管理世界での道も開いてくれようとしてくれたのだから。

もしかするとそこには彼らなりの打算があったのかもしれないが。

そんな事を考えるようになったのは最近だ。

きっと俺が、大人になった証拠だろう。

 

「驚いても仕方ないさ。僕だって、次元世界や管理世界を知らなくて、貴方と同じ体験をすればきっと驚く」

 

「だな。しっかも、右も左も解らない餓鬼だったからな。恩師たちに迷惑を掛けたもんさ。

それでも嫌な顔一つせず、助けてくれたからな」

 

「けれど、もし貴方の言う恩師たちと同じ立場になれば、同じことをするんじゃないのかい?」

 

「そうかもな。歳は取りたくないもんだ」

 

両親を亡くして、只々、突っ走ってきた。

妹を守れなかった俺が、妹の幸せを願って。

俺が魔法世界に関わってしまった事は、妹には黙っていた。

妹も、リンカーコアを持っている可能性が有ったから。

俺の様に魔法に興味を持ち、管理局に入りたいと言えば、俺は妹に強くは出れない。

自立心の強い妹だ。管理局の就業年齢の低さを知れば、必ず興味を持つ筈だ。

 

管理局は実質、警察や治安維持軍の側面が強い。勿論、他にも大事な役割はあるとは言え、何よりも優先されるのがソレらだ。

危険な仕事には変わりない。俺だって、何度か命の危機を味わった事が有る。

大切な妹を、そんな目にあわす訳には行かない。

瀕死の母からの言葉が蘇る。

 

――上総を、お願いね。

 

両親は、妹に折り重なるように助け出された。

父は即死だったらしい。

連絡を受け、急いで管理世界から地球へ。そして病院へ駆けつけた俺が見た母は生きていた。

目も当てられない姿だったが、生きていたのだ。

俺の姿を見て、言葉を残し安心した様に笑い、息を引き取った。

 

母の言葉が、頭の中に降りかかる。

俺は、母の最後の言いつけを守れていない。

けれど、俺が妹に出来る事は幾らでもあるのだ。

 

「妹に、事情聴取をするつもりか?」

 

「…もちろんだ。事件の関係者だからね」

 

突然の話に、ハラオウンが目を見開いた。

だがそれも一瞬だった。直ぐに話を呑み込んで、ハラオウンは理解した。

 

「俺も、その場に立ち会わせろ」

 

「だめだ。貴方は事件に関係ないだろう」

 

「どうせ妹から聴き出すんだ。遅かれ早かれ、俺も知ることになる」

 

「それでも駄目だ、と言ったら?」

 

「なら、この事件。俺が奪い取る。何、少し時間は掛かるかもしれんが、方法は幾らでもあるぞ」

 

これはハッタリだ。

上手くいけば、それでいい程度。

だが目の前の男は、俺の経歴を詳しくは知らない筈だ。

だから、全ての可能性を考える。

良い方も悪い方も。

頭の良い奴なら、余計に嵌るのだ。こういう類のモノは。

もしくは、最悪を考慮しつつギリギリまで、待つ。

そうして其処でやっと手を打つのだ。

 

「…わかった。貴方も立ち会う事を認めよう。だが、手出しは無用だ。

捜査権は我々、アースラのものだ。邪魔はしないでくれ」

 

「上出来だ。それでかまわん」

 

それで十分だ。なにせ俺は、何も知らない。

妹を襲った奴の素性も、目的もだ。

 

「彼女の目が覚め次第、無理のない程度に行うつもりだ。

何時目が覚めるかわからないから、貴方はアースラに滞在するのか?」

 

「ああ。可能ならば、助かる」

 

「わかった、部屋を用意しよう。狭いが、下士官用の部屋が空いているからね」

 

仕方ない、と言った様子で部屋を用意してくれた。

好意はありがたく受け取っておこう。

 

「恩に着る。俺も協力出来る事が有るのなら、何でもしよう。

海の連中から見れば、魔導師ランクは低いが盾くらいにはなれるさ」

 

「命は無駄にしないでくれ。貴方が死ねば、貴方の妹が悲しむ。一人にさせる気なのか?」

 

「…」

 

俺の顔は、素っ頓狂な表情をしていたと思う。

まさか、海の連中からこんな言葉を言われるなど思っていなかったのだから。

 

「いいすぎたようだ。すまない」

 

「いや、事実だ。肝に銘じておく」

 

死ぬつもりなど、微塵も無い。

俺は、妹の為に生きなければならないのだ。

こんな情けない俺に、妹は笑いかけてくれるのだから。

それに、妹をあんな目にあわせた奴を許すことは出来ない。

せめて一発。殴らねば気が済まないのだから。

 

――だから俺は、全力を尽くす。

 

新たな決意を胸に俺は、訓練室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 


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