魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

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第十話:痛みを抱えて【後】

 

 

 

 

上総が医務室に運ばれてから、一時間が過ぎようとしている。

もっと長い時間が流れているように感じられたが、実際にはそんなものだった。

そうして、やっと医務室の扉が開き、シャマルが疲れた様子で出てきた。

 

「シャマル! 上総は大丈夫なの?」

 

「ええ、まだ目が覚めるには時間が掛かるでしょうけれど。

運ばれて来た時には、怪我の酷い場所の治療は終わっていましたから。

私がしたことは、残っていた怪我の治療だけで済みました。

それでも、運ばれてきた彼女が危険だったこと事に変わりありませんけど」

 

言い終わると、シャマルはクロの方へ近づく。

 

「彼女に施した治療魔法は貴方が?」

 

「嗚呼、そうだ」

 

「そうでしたか。的確な治療でした。ですが、ミッド式でもベルカ式でもありませんよね?」

 

「主流がその二つと言うだけだろう? それ以外の魔法があっても可笑しくはない」

 

ミッド式でもベルカ式でもない魔法。管理世界で大多数の魔導師が使用している魔法は、その二つに分けられる。

管理局はミッド式が主流である。そして、聖王教会が近代ベルカ式。

確かにそれ以外の魔法が存在はしているけれど、それを使用する魔導師は稀有だ。

 

「…」

 

まだ何か言いたそうなシャマルだったけれど、結局それ以上は喋らなかった。

後で、クロに聞かなければと頭に焼き付ける。

それよりも、今一番気になる事をシャマルに聞いた。

 

「シャマル。上総には会っちゃ駄目なの?」

 

「まだ目が覚めないので、会っても彼女と喋る事はできませんよ?」

 

「それでもいいよ。様子が知りたい」

 

わかりました、と言ってシャマルが医務室へと向かう。

何も言わないのは、きっと着いてこいという事なのだろう。

そうして医務室へと進もうとする中、当然の様にクロも着いてきた。

 

薬品の独特の臭いと、固い床。

もう一つ奥のベットが有る部屋へと向かう前の部屋には、上総が身に着けていたものが置かれていた。

大した量はない。上総が持っていた鞄は私が回収したのだから。

 

「これは…」

 

クロがそう言って手に取った物は、黒い麻糸で編まれたブレスレットの様な物。

何故か顔を歪め、厳しい瞳でソレを見つめている。

 

「左手の中に固く握られていました。余程、彼女にとって大切な物だったのでしょう…」

 

「そうか」

 

馬鹿な奴だ、と私達に聞こえない様に、か細い声でクロがそう言った。

今にも泣き出しそうな顔をしていたけれど、何処か嬉しそうでもあった。

 

「済まない。行こう」

 

「うん」

 

そう言ったクロはもう平然としていて、先ほどの空気は微塵も感じられない。

そうして私達三人は奥の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼、苦手だな。

この独特の臭いと白い壁、白い床。

挙句の果てには、此処で働く人たちの着ている服も白いときたものだ。

と言ってもこの場所で適切な色は何かと問われれば、白だと答えてしまうのだろう。

他の色に変えてしまえば、眼が痛くなりそうだ。

そう無理矢理に帰結して、どうして私はこんな所に居るのだろうと考える。

 

――嗚呼、そうか。

 

思い出した。パズルの様に断片的でツギハギではあるけれど。

左胸の痛みも両腕の痛みも、『名も無き偽典』の契約者―マスター―と統括者―コマンダー―と名乗った人達が原因だ。

けれど何故、私がこんな目に合わなければいけないのかは、さっぱり理解できない。

真の力を開放する“鍵”だ、と言っていたけれど。

彼等に協力するつもりは無いし、たとえ無理矢理にそう言う事になったとしても、黙って従うつもりは無い。

けれど、彼等に対抗する手段を私は持ち合わせていないのは、どうしたものかと思う。

もう一度襲われる可能性だって否定できない。

せめて自衛が出来る手段があれば、と思う。

けれども、魔法に対抗できる手段は何になるのだろうか?

ファンタジー小説なんかで出てくる話だと、刀や拳銃は防ぎそうだ。

 

他愛の無い事を考えていると、医者らしき人が誰かを連れてやって来た。

私を見た時、一瞬驚いた顔をしたが直ぐに平静を取り戻した。

 

「っ! 目が覚めたのね」

 

「……っ」

 

返事を返そうと声を出した瞬間、私の喉は声として機能しなかった。

その代償に、咳き込んだ。その衝撃で左胸が酷く痛む。

恐らく、叫び過ぎが原因だろう。

一生分を叫んだ気がする。

 

「大丈夫!? 落ち着いて。声は暫くすれば出るようになるから…」

 

私の元へと駆け寄った医者の先生は、触診と慌ただしく機械を眺めて溜息を吐いた。

 

「とにかく、無理をしないで。肋骨が折れているから、動くと痛いですよ。

怪我の状態を説明したいけれど、今は安静にしてる事が大事」

 

そうしてまた、いそいそと私に繋がれている点滴や、医療機器を確認した事に満足したのか、

それ以上、口出しをしてこなかった。

少し訪れた沈黙の後、ひょっこりと医者の影からフェイトとクロが姿を現した。

 

「上総。大丈夫?」

 

こくりと頷いて肯定した。けれど、はっきりとしたものでは無かったと思う。

動くとあちこちが痛いし、酸素マスクも邪魔だった。

クロはフェイトの横で、大人しくしている。

 

「ごめんね。上総が大変な目にあっているのに、直ぐに助けられなかった…」

 

今にも泣き出しそうな顔で、私に謝ってきた。

正直、何故フェイトが謝るのか理解できない。

 

『フェイトが何で私に謝るの? 悪いのはあの人で、フェイトじゃないよ』

 

今此処で、私が言葉にして伝えないとフェイトがずっと引きずってしまう。

だから、念話を使ってみた。

どうにかフェイトに伝わるといいけれど、自信は無い。

なにせ初めて使った時は、失敗してたし。

誰かに聞かれたらまた前回の様に問題になるかもしれないが、今はそんな事はどうでもよかった。

 

「上総…でもっ!」

 

どうにか、伝わったみたいだ。

 

「其処までにしておけ。さっきも言ったが、貴様が気にすることではない」

 

言葉を続けようとしたフェイトをクロが遮った。

正直、助かった。念話を使ったとたん胸のあたりが苦しくなったから。

 

「耳だけ傾けておけ。済まなかったな、あんな目にあわせてしまって」

 

結局、クロからもフェイトと同じ言葉が私に向けられた。

フェイトに気にするなと言っておきながら、クロも矛盾していると気づいていないのか。

けれど、どうして私に謝るのか。

 

『気にしてない。誰のせいでもないよ』

 

クロもフェイトも管理世界の人みたいだし、今回の事態を理解していないのは私だけなのかもしれない。

 

「わかった。念話も無理をして使っているのだろう? 今は休め」

 

クロの言葉に頷いて眼を閉じる。私の眼に掛かっていた髪を払ってくれるクロ。

私の体温より低い手が、心地良かった。

そうして私は、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠ったか」

 

「…」

 

眼を閉じて眠る上総の顔色は良くない。

静かに上下する胸は確かに息をしているけれど、酸素マスクが付いているし、

彼女の身体状態を把握するための機材も沢山繋がれている。

シャマルの話から推測すると、肋骨の骨も折れているようだ。

そして、なによりも酷いのが左腕。包帯がびっしりと巻かれている。

 

「私はコイツが目覚めるまで傍にいる。かまわんな?」

 

「大人しくしていてくれるのなら、構いませんよ」

 

シャマルがクロの言葉に同意した。

なら、クロの監視は少しシャマルに任せよう。

やらなければならない事は沢山ある。

 

「…わかった。少しクロノと話をしてくるよ。保護者の人にも連絡を取らないといけないし」

 

「ああ」

 

「わかりました」

 

二人を医務室に残して、私はクロノの元へと向かった。

管制室に居ると思っていたクロノは、艦長室に居るとオペレーターの人から聞いてそちらへと向かう。

先程まで騒がしかった広い艦内は、嘘のような静けさを保っている。

そうして歩くこと数分。艦長室へと辿り着いた。

ドアの横に設置されてある、呼び出し用の機械を操作してクロノに繋げる。

 

『どうした? フェイト』

 

「うん。話したい事が有って」

 

『わかった。入ってくれ』

 

その言葉と共に、扉の開錠音が聞こえた。

私は、部屋の扉を開けるボタンを押す。

空気が抜ける様な音と共に扉が開いた。私は中へと進む。

 

「どうした? フェイト」

 

「うん。上総の事で…。保護者の方に連絡はどうするのかなって。管理世界の人じゃないから、

アースラに居る事は言えないし。けれど連絡をしない訳にはいかないし…」

 

あれだけの大怪我だ。黙っていても露見してしまうだろうし、何より直ぐに治る筈はない。

怪我の理由を誤魔化そうにも、事故で話を通せるだろうか?

なら、正直に話しておいた方が良いのではないかと思う。

 

「そうだな。彼女の保護者の人には連絡を入れないと。けれど、どう説明したものか…

真実を全て話すには、この世界の人には荒唐無稽すぎる話だ」

 

魔法で怪我をしました、と言ったところで信じてくれるのだろうか。

 

「仕事で時々しか家に帰って来ないって言ってたから、このままギリギリまで言わないでいる事も出来るけれど…」

 

そんな事はしたくない。家族なら一番に連絡が欲しい筈だ。

私ならそうして欲しいと思う。たとえそれがどう言う状況でもだ。

 

「わかった。僕から連絡を入れておこう。最悪の場合、彼女達の記憶を消す事になるかもしれないが」

 

「うん」

 

どうなるかは未知数だけれど、何もしないで進まない事よりも、何かをして少しでも明るい未来を手繰り寄せるんだ。

 

「それと、なのはとはやてを呼んだ。何が起こるかわからないからね」

 

「そっか。なのはとはやても」

 

彼女達が来てくれるのなら頼もしい限りだ。

出来る事の幅が増える。

 

「ロストロギアが絡んでいるかもしれない事件だ。万全を期さないと」

 

「そういえば、クロから話を聞くのはどうするの?」

 

「佐藤上総が目覚めてからだな。シャマルの報告からだと一度目覚めたようだから、

夜が明ければまた目覚めるだろう、と。それにあの使い魔の意思は固そうだからな。

無理矢理聴き出そうとしても無駄だろう」

 

クロの意思は固いと思う。主人を思う気持ちは尊重したい。

 

「明日から頑張らないとね」

 

「ああ。明日の朝には、なのはもはやても、アースラに到着している筈だ。

どう転がるかは解らないが、万全を尽くす」

 

誰も不幸にしない。そんなクロノの決意を感じ取った。

きっとこの事件が大きく動くのは明日だ。

 

――誰も、悲しむ事が無い様に。

 

 

 

 

 





少し短いですが、キリが良いので此処で切ります。



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