仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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裏切りの歌姫

 

 

 

 

「よっ、と……ふぅ、無事に船には乗り込めたな」

 

「ここまでは一切の妨害は無かった。だけど、本番はここからだ。気を引き締めてかかろう」

 

 ヘリコプターから降ろされたロープを使い、櫂がジャックした客船に乗り込んだ勇、謙哉、光牙の三人は、周囲の状況を確認しながら警戒を続ける。これより先は敵地。いつ、どこから敵が襲って来てもおかしくない状況だ。

 ドライバーを取り出し、すぐにでも変身出来る体勢を取りながら、三人がこれからどう動くかを考えようとしていると、若干のノイズ音の後で船内放送の音が響き、この騒動の原因となった人物の声が聞こえて来た。

 

『よう、随分と遅い到着じゃあねえか……! まあ、逃げずに来たことだけは褒めてやるよ』

 

「櫂……!!」

 

 長く聞いていない様な、しかして実際はつい先ほど聞いたばかりの櫂の声。懐かしい様な、腹立たしい様な、そんな奇妙な感覚を覚えているのは、光牙だけではなかった。自分たちの目の前で消滅した彼が、自分たちに憎悪を剥き出して襲いかかって来るこの状況に僅かな虚しさを感じる三人に対し、櫂は妙に楽し気な声で語り出す。

 

『折角の再会だ。すぐに顔を合わせて決着をつけるってのも味気がねえだろ? だから、ここで一つゲームでもしようじゃねえか』

 

「ゲーム、だと……?」

 

『ルールは簡単だ。お前たちの大切なアイドルのお仲間が今、死ぬほど危険な目に遭ってる。制限時間はねえが、急がねえと間違いなく手遅れになるって状況だ。三人はバラバラに別の場所で助けを待ってる。お前たちは、お姫様たちが死ぬ前に奴らを見つけ出すことが出来るかな?』

 

「水無月さんたちが死にかけてるだって!?」

 

「てめえ、ふざけんな! 俺たちが憎いなら、俺たちだけに手を出しやがれっ!!」

 

 ディーヴァの三人が危機に瀕していることを知った勇と謙哉は大声で櫂へと怒鳴り声を上げる。しかし、放送で一方的に話しかけている彼にはその怒声は届かず、ただただ三人の感じている焦りと怒りを増長させる結果となってしまった。

 親友がここまで非道な策を実行していることに歯噛みし、先の戦いで倒すことを躊躇してしまったことを光牙は悔やんでいた。あの時、自分の心が強ければ、櫂にこんな汚名を着せることは無かったのだと、自分を責め続けた。

 しかし、そんなことをしても状況は何も好転しない。三人を嘲笑い続ける櫂は、通信を切る前にゲームの仕掛け主として、勇たちにヒントを与える。

 

『さてと……一人目のお姫様は、きっと寂しくて心細さに体を震わせてる頃だろうぜ。二人目のお姫様は……王子様の助けを顔を真っ赤にして待ち続けてるだろうな。最後の一人を見つけられた奴はラッキーだ。アイドルらしいサービスショットを堪能出来るぜ。ただし、時間が経ったら見るも無残な姿になっちまうだろうけどな!』

 

『これがお前たちに与えられる手がかりだ。さあ、早くお姫様たちを見つけ出してやんな! 急がなきゃ、三人とも死んじまうぜぇ!』

 

 ブツン、という放送が切れた音を残し、櫂の声が聞こえなくなる。甲板に残された三人は、焦りの感情を抱きながらも、必死になって葉月達の居場所を探ろうとしていた。

 

「クソ! わけわかんねえぞ!? あの筋肉馬鹿は、この船がどんだけ広いと思ってるんだよ!?」

 

「とにかく動かないと! 片っ端から船内を見て、ヒントの意味を解読しなきゃ!」

 

「虎牙くんの言う通りだ。ここは、三人別々に行動しよう。纏まって動くより、探索範囲が広くなるはずだ」

 

「……わかった! 気を付けろよ、二人とも!」

 

 光牙の提案に頷き、駆け出した勇が廊下の先へと消えて行く。残された二人も頷き合うと、互いに反対方向へと走り出して行った。

 

 

 

 

 

 今、まさに命の危機に瀕している歌姫たちの姿を探し、櫂にこれ以上の罪を重ねないために必死に走る光牙は、彼の残した手がかりの意味を考えながら船内を探索していた。時折、ゲームギアに転送されている船内の見取り図を眺めては自分の現在位置や船の構造を確かめ、そして葉月達の居場所を推理する。

 答えはそう難しいものでは無いはずだ。事件が起きてから現在に至るまでの間に、櫂には捻った監禁場所を作り出す時間は無かったはず。であるならば、答えは直接的なものである可能性が高い。

 

(寂しくて震える……顔を真っ赤にする……サービスショット……?)

 

 一つ一つのヒントの意味を探っても、これだという答えは見つからなかった。三つのヒントが互いに絡まり合い、それぞれの答えを隠すかの様に複雑な思考を作り上げてしまうのだ。

 ここはまず、解く問題を一つだけに絞るべきだ。そう考えた光牙は、櫂の最初の言葉へと思考の焦点を絞る。寂しい、心細い、震える……単語を一つずつ注目し、最も重要な部分が何処であるかを見つけだす。この場合、櫂が伝えたかったヒントは『震える』の部分だろう。

 時間の経過と共に命の危険があり、居ると震える場所……その答えを探る光牙は、船内見取り図の中のとある部屋を見つけ出すと確信に近い思いを抱いた。

 厨房のすぐ近くにある『冷凍保管庫』。ここならば、人を監禁出来る。氷点下の寒さに晒され続ければ、凍死の危険もあるだろう。寒さに震えながら自分たちの助けを待っていると考えれば、櫂の言葉にも十分に当てはまる。

 

「良し、確認してみよう。今は行動あるのみだ!」

 

 自分自身に言い聞かせる様にしてそう呟いた光牙は、颯爽と船の中を駆け抜け、冷凍庫へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、勇は船のボイラー室を目指していた。光牙同様に櫂からのヒントを解き明かし、そこに誰かが囚われている可能性が高いと踏んでの行動であった。

 船内の地図を頼りに進み、駆動音を響かせる機械でごちゃごちゃとしている部屋に辿り着いた勇は、周囲の状況をつぶさに確認する。見落としの無い様、慎重に人影を探す勇は、部屋の奥で力なく項垂れている少女の姿を見つけると急いで彼女の元へと駆け寄った。

 

「おい葉月、大丈夫か!?」

 

「うぁ……? 勇っち……? 助けに来てくれたの……?」

 

 蒸気で蒸しているボイラー室の温度は非常に高い。換気も働いていないのか、まるでサウナの様な状態になっている。そんな部屋の中で長時間拘束されていた葉月は、大量の汗を流し、瞳も虚ろな状態になっていた。

 顔どころか全身が真っ赤になっている葉月。このまま勇に見つけられなければ、脱水症状で命を落としていたかもしれない。そうなる前に彼女を見つけ出せたことに安堵しつつ、勇は櫂が人の命を弄ぶことに躊躇を感じていないことを悟り、ぐっと拳を握り締めた。

 

 その行動の意味は、どちらかと言えば悲しみであった。無論、仲間である葉月を苦しめたことに対して怒りの感情を抱かない訳ではない。しかし、それ以上に櫂が人の心を忘れていくことを悲しみ、そうなった原因が自分たちにあることを悔いている。

 一刻も早く、櫂を止めなければならない。彼が本物の化け物になってしまう前に……そう、心の中で思い浮かべた勇であったが、目の前でぐったりとしている葉月の呼吸が弱々しくなっていることに気が付き、今は彼女の救護を先にすべきだと判断して立ち上がった。肩を貸し、脱力しきっている葉月の体を支えながら、勇は彼女の意識を保たせるべく、何度も呼びかけを試みる。

 

「キツかったな、もう大丈夫だ。まずは水を飲んで、一息つこう。食堂になら、飲料水が大量にあんだろ」

 

「サンキュ、勇……でも、恥ずかしいな。アタシ今、汗臭いだろうしさ……」

 

 照れた様に笑う葉月が思ったよりも体力に余裕があることに安堵してから、勇はゆっくりと、しかして出来る限り迅速な動きで食堂を目指す。他の二人の仲間が無事であることを祈りつつ、彼もまた自分に出来ることをするべく一歩ずつ前に進み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突入班とディーヴァの残る最後の一人、謙哉と玲は共に上階の客室、スイートルームに居た。勇、光牙の両名が船の下層を探索する素振りを見せたため、謙哉は残る上層部を捜索することにしたのだ。そして、その最中に奇妙な物音を耳にしたのである。

 ゴポゴポと言う、水の排出される音。謙哉を除いて人っ子一人いない船の廊下には、その音が良く響いた。謎の物音の出所を確かめるべく耳をそばだてて進んだ謙哉は、現在彼が居るスイートルームに辿り着き、そこで玲を見つけ出したという訳だ。

 

 豪華客船のスイートルームに男女が二人きりとなれば、それはそれはロマンティックな場面に思えるだろう。しかし、当の本人たちはそんなことを思う余裕などまるでなかった。

 玲は、手足を拘束され、重しを体に付けられた状態でバスタブの中に放置されていたのだ。湯舟を満たすために排出されるお湯は彼女の体を浸し、ついには顔を沈め様かという所まで溜まっていた。玲が溺れる寸前、という所で謙哉が部屋に入って来て、彼女を見つけ出したのである。

 大慌てでバスタブの栓を抜き、溜まっていたお湯を流したことで難を逃れたが、あと数秒遅ければ玲は溺れ死んでいただろう。危ない所であったと額の汗を拭い、安堵の息を吐いた謙哉は、そこで玲の服装を見て顔を赤らめた。

 

 水に沈められるという扱いを受けるせいか、玲はいつぞやに見たあの青い水着を纏っている。可愛らしい水着姿のまま、手足を拘束されているのだ。

 脱ぐと凄いグラマラスな体型の玲が、手足を拘束され、口にガムテープを貼られている姿というのは、何と言うか非常に危ない香りがする。確かに危ない状況ではあったのだが、そう言う意味ではない危険さと言うか、何と言うか――

 と、謙哉がややパニック状態になっていると、その玲が極寒の視線を彼に向けて縛られている両腕を突き出して来た。どうでもいいからさっさとこれを解け、ということなのだろう。ジト目の玲に怯えつつ、後ろめたい気持ちがある謙哉は大急ぎで玲の手足、そして口のガムテープを剥がし、彼女を自由にする。

 

「水無月さん、大丈夫!? 怪我はない?」

 

「ふぅ……死ぬかと思ったわ。本当、ギリギリだったわね」

 

 縛られていた手首を摩り、チラリと横目で謙哉を見る玲。どこか艶めかしいその姿にドギマギしてしまった謙哉は、彼女にその動揺を悟られぬ様に視線を横に向けた。

 濡れた髪を撫で、赤くなってしまった肌に触れ、深呼吸を何度か繰り返した玲は、視線を謙哉の方に向けないまま彼に一つの頼みごとをしてきた。

 

「謙哉、そこに私のゲームギアとドライバーがあるでしょ? 取ってくれない?」

 

「え、あ、うん!」

 

 言われるがままに風呂場の床に落ちていた玲のドライバーを手にした謙哉は、それを彼女へと渡す。自身の変身アイテムを受け取った玲は、視線をそれに向けながら更に謙哉に指示を出した。

 

「……少し、向こうを向いていてくれないかしら」

 

「あ、はい……」

 

 その頼みにも即座に従った謙哉は、玲に背を向けてぴしっと立ったままその場で硬直し続ける。先ほどの下世話な自分の行動を恥じ、玲に不快な思いをさせたことを謝らなければな、と思案にくれていた謙哉であったが……

 

「……え?」

 

 自分の背中に何か柔らかいものが当たる感触に気が付いた謙哉は、驚きに眼を見開きながら首を回して背後の様子を探る。そうすれば、視界には俯いた状態で自分に背後から抱き着く玲の姿が映った。

 水着姿のまま、謙哉に縋る玲。片方の手はドライバーのある腰の辺りに、もう片方の手はブレザーの内側に侵入している。強く、されど緩く力を込める彼女の様子に困惑し、謙哉は茫然と玲に声をかけた。

 

「み、水無月さん? 一体、どうしたの……?」

 

「ごめんなさい、謙哉……! 本当に、ごめんなさい……!」

 

 ただならぬ玲の様子に何があったのかを問いかけた謙哉が弱々しい玲の呟きを耳にすると同時に、彼女が動きを見せた。謙哉の腰からドライバーを剥ぎ取り、そのまま俊敏な動きでバスルームから出て行く。あまりにもスムーズな動きにただ驚くことしか出来ない謙哉の目の前で、玲は大声で叫んだ。

 

「取ったわよ! これで良いんでしょう!?」

 

「ああ……! いい仕事をしたぜ、水無月……!」

 

「!?!?!?」

 

 玲の叫びに呼応するかの様に、部屋の中にゲートが出現した。驚きに眼を見開く謙哉は、そのゲートの内部から櫂が姿を現したことに更に驚き、玲が謙哉のドライバーを彼に手渡したことにもっと驚く。

 玲の手からドライバーを受け取った櫂は、ホルスター内のカードを確認し、ニヤリと笑った後……謙哉へと得意げな表情を浮かべてみせる。

 

「よう、久しぶりだな……! で、どうだ? 助けたお姫様に裏切られた気分はよぉ?」

 

「え……?」

 

「状況が飲み込めない、って顔してんな。まあ、しょうがねえよ。なにせ、お前の大事な歌姫は、俺に味方してお前からドライバーを奪ったんだからな! お前のゲームギア、ドライバー、カード、全部がここにある。お前はもう、戦えない……ここで俺に叩きのめされるしかねえんだよ!」

 

 櫂の言葉に顔を真っ青にした謙哉は、彼から隣の玲へと視線を移す。玲は、俯いたまま悔しそうに肩を震わせ、ただただ謙哉へと謝罪の言葉を繰り返し続けていた。

 

「ごめんなさい、謙哉……本当に、ごめん……」

 

 今の玲の様子を見れば、彼女がカードの効果で操られている訳ではないことは分かる。謙哉を裏切ることを悔やみながらも、そうする他の手段がないからこそ、彼女はこの様な行動を取ったのだ。

 一体、何が玲をそこまでさせたのだろうか? そのことに考えを巡らせようとした謙哉であったが、それよりも早く櫂の巨大な拳が顔面を捉え、大きく吹き飛ばされてしまった。強かに壁に頭をぶつけた謙哉は、歪む視界の中で懸命に立ち上がるも――

 

「まだ気を失うんじゃねえぞ? 暫くは、俺の遊び相手になってもらわないとなぁ!」

 

「ぐぅぅっっ!!」

 

 まるでサンドバッグを殴るかの様に、何度も何度も謙哉の体に拳を叩きつける櫂。目の前で行われる凄惨な私刑に心を痛め、傷つく謙哉の姿に罪悪感を抱きつつも、玲はただ涙を零してその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 

「へへへ……! 今頃、光牙と龍堂も残りのお姫様に裏切られてる頃だろうさ! 暫くお前を嬲って楽しんだら、今度はあの二人を叩きのめす番だ! それまでせいぜい死ぬんじゃねえぞ!」

 

「がはっっ!!」

 

 謙哉の呻き声と鈍い打撃音が響く。復讐の炎を燃やす櫂は、戦う力を持たない謙哉を徹底的に嬲り、それでも満たされない心に更に激しい憤怒の感情を燃え上がらせると、それを目の前の敵に向かって叩きつけるかの様に拳を振るい続けた。

 

 




最近短くって本当にすいません。出来る限り、更新を急ぎます。

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