仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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獄炎の暴走

 

 

 ベンチに座り、ちらりと横を向く謙哉。視線の先に居る親友の様子を探りながら何と話を切り出そうかを悩む彼は、意外なことに冷静な勇の姿に少し安堵していた。

 先日の会議にて明らかになったショッキングな出来事。勇の両親の命は、何者かによって奪われたのかもしれない……そんな、あまりにも残酷な可能性があることを知った勇が荒れてしまうのではないかと不安になっていた謙哉であったが、今の彼の様子を見る限りはその心配も杞憂に終わりそうだ。

 葉月も、光圀も、あの大文字ですらも勇のことを心配していた。しかし、当の彼は缶ジュースを片手に鼻歌を歌っている状況である。どうにも、彼がそこまで思い詰めている様には見えなかった。

 

「……んで? 話ってなんだよ、謙哉?」

 

「あ、えっと、その……」

 

「……まあ、大方俺のことを心配して、様子を探ろうとしたって所だろ? 安心しろよ、お前が思うよりかは冷静だぜ」

 

 ジュースを飲み干し、空になった缶をゴミ箱に捨てながら、勇は謙哉にそう告げた。その言葉には嘘や強がりの意味合いは無い様で、再びベンチに座った勇は笑みを見せながら謙哉に語り始める。

 

「あんなことがあったとは言え、まだそうと決まった訳じゃねえ。感情のままに動いて失敗すんのはガグマの時で懲りてる。まずは冷静に情報を集めないとな」

 

「……本当に平気かい? 会議の時、酷い顔してたけど……」

 

「まあな……親父とお袋が誰かに殺されたかもしれないって聞いた時は動揺したが、時間が経って落ち着いてきたよ。真実がどうであれ、それを知る為には戦い続けなきゃなんねえんだ。なら、俺はただ戦うだけさ。魔王を倒さねえ限りは、世界も平和にはなんねえしな」

 

 トントンと足踏みを鳴らし、調子を取った勇は話を切り上げて立ち上がった。謙哉も彼に続き、休憩所から歩き去って行く。

 

「……なあ、謙哉。俺は攻略チームは今のままであるべきだと思う。外部が大きく動いてる状況で内部も変えちまったら、それはとんでもない混乱を招くと思うんだ。俺は、マリアと一緒に光牙を支えるよ。それが一番の方策だと思う」

 

「勇がそうするって言うのなら、僕は反対しないよ。新田さんたちは残念がるかもしれないけど、勇の決めたことだから納得してくれるさ」

 

 廊下を並んで歩く最中、勇は長々と悩んでいたリーダー交代の件についての結論を謙哉へと告げた。彼の同意を得たことに安堵すると同時に、ぐっと拳を握り締めて新たに決意を誓う。

 

(ゆっくり、確実にだ……少しずつ前に進めば良い。その中で明らかになることも、新たに得るものだってあるはずだ。前に進もう、皆と一緒に……!)

 

 片付けるべき問題は山ほどある。しかし、解決の糸口が見えない訳では無い。一歩ずつ、着実な歩みが自分たちの未来を切り開くことを確信する勇は、強い眼差しを前に向けてただ歩み続ける覚悟を胸にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、正午。青い海に浮かぶ豪華客船の中では、多くの人々が壇上に上がる3人の乙女たちの姿に見惚れていた。老若男女問わずに多くの人々が乗り合わせた船の中では、ディーヴァのトークイベントが行われていたのだ。

 

「いや~、いつの間にやら夏が終わっちゃってたよねぇ……。戦いやらお仕事やらで忙しくって、満喫する機会が中々なかったよ~!」

 

「でも、学校の臨海学校には行けたじゃない。あれはあれで楽しかったでしょう?」

 

「お仕事としても、初めて三人で水着のグラビア写真集も発売出来ましたし……私は結構、良い思い出がいっぱいかな!」

 

 アイドルらしく、年頃の乙女らしく、司会の男性が出すお題で軽快なトークを繰り広げる3人。楽し気な彼女たちの様子に観客たちも笑顔を見せ、イベントを大いに楽しんでいる。

 アイドルとしての活動について一通り話した後は、彼女たちのもう一つの顔である仮面ライダーとしての話へと移る。時に笑いを交えながらも、そこは真面目に世界の平和を祈るスーパーヒロインとして、3人は切々と語り続けた。

 

「……戦うアイドルとして活動して来たけど、やっぱり3人だけじゃあどうにもならないこととかも多くあってさ。そう言う時、仲間の大切さとかを実感するよね」

 

「そうね。私も仮面ライダーになってから、結構考え方が変わったと思う。1人で何でもやってやる、って気持ちは最近は控えめになってるかしら?」

 

「チームワークもそうだけど、周りの人たちに色々と協力することの重要さが分かったと思う。でも、やっぱり一番実感したのは、命の大切さかな……」

 

 それぞれの想いを口にする中、やよいはぽつりと重い呟きを漏らした。どこか沈痛な面持ちを見せる彼女に観客たちの視線が集中し、言葉の続きを待ち侘びている。

 

「……私たち、何回も危ない目に遭って来てるでしょ? 今、こうやって3人でステージに立ててることが奇跡って思えるくらいの修羅場を何度も潜り抜けて来たわけなんだけど、もしも何か一つでも悪い方向に動いてたら、こうはならなかったって思うんだよね」

 

「……うん、そうね。やよいの言う通りよ。多分、私が一番皆に心配をかけてるわね」

 

 マリアンに操られた過去や、ゲームオーバーの経験もある玲は、やよいの言葉に深く頷いた。明るい葉月も神妙な面持ちのまま、やよいの話を聞き続けている。

 

「少し前に拡散された話だけど、私たちは戦いの中で大切なお友達を一人失ってます。学校も違うからあんまり話す機会はなかったけれど……でも、一緒に戦い続けて来た仲間だったから、凄くショックな出来事でした」

 

 今でも、あの瞬間の映像は脳裏に焼き付いている。ガグマの攻撃を受け、ドライバーだけを残して消滅した櫂……ああして、命が消える光景をまざまざと見せつけられた時、やよいはこれがゲームなどではない正真正銘の戦争なのだと言うことを理解した。それまでだって決して戦いを舐めていた訳ではないのだが、それを実感する機会を得て、改めてそのことを理解したのだ。

 

「私は……もうこれ以上、大切な友達がいなくなって欲しくない。世界中の皆も、誰だって犠牲になって欲しくない。だから、頑張って強くなろうと思います。それが、仮面ライダーである私たちの使命であると思うから……!」

 

 小さな声の、だが力強い宣誓の言葉を口にしたやよいに向け、多くの人たちから惜しみない拍手が送られた。立派なヒーローの模範的な姿を見せた彼女は、少し気恥ずかしそうになりながらも観客たちに向けて小さくお辞儀をする。

 少し重くはあったが、お陰で良い話が聞けた。ここからは再び明るい話題で場を盛り上げる……そのはずだった。

 

「ほぉ……? 誰にも居なくなって欲しくないだって? 流石はアイドル様、甘ちゃんな考えだな!」

 

「えっ……!?」

 

 聞き覚えのある声が会場に響く。やよい、玲、葉月はその声をした方向へと視線を向け、目を見開いた。

 そこには、大量のエネミーを引き連れた櫂が立っていたのだ。エネミーの姿にパニックになる観衆たちであったが、櫂はそんな彼らの様子などまるで気にしていない。ただまっすぐ、憎しみを込めた眼差しを壇上のやよいたちへと向けている。

 

「アンタ、どうしてここに……? 何が目的なの!?」

 

「そんなもん決まってんだろうが! ムカつく奴らを全員ぶちのめすためだ!」

 

 ディーヴァの3人は、ドライバーを構えながら櫂の前に立ち、民間人たちを庇う姿勢を見せた。それに対して櫂はニヤリと笑うと、低く唸る様な声で彼女たちへと語り掛ける。

 

「なんだ? 俺と戦うつもりか? 俺は一向に構わねえが……良いのか? お前たちが派手に暴れたら、この船もただじゃ済まないぜ?」

 

「!?!?!?」

 

「変身しているお前たちは良いだろうが、もしもこの船が沈んだら後ろの奴らは絶対に助からねえ! それを理解した上で、俺と戦うつもりか? あぁ?」

 

「ぐっ、ぅぅ……!!」

 

 カードを構えた手を震わせ、歯を食いしばる3人。ここで戦えば、間違いなく大きな被害が出る。最悪、この船が沈没する危険性もあることに思い当たった彼女たちは、櫂に睨みを利かせながら牽制する様な叫びを上げた。

 

「抵抗出来ないアタシたちを嬲るつもり? 良い趣味してるじゃん、アンタ!」

 

「ははは! 安心しろよ、お前たちに手を出すつもりはねえ。俺の目的は、龍堂と光牙だ!」

 

「龍堂と白峯? 残念だけど2人はここには居ないわよ。さっさと陸に戻って、探せば良いじゃない」

 

「わかってねえなぁ……! お前たちはあの2人を呼び出すための餌なんだよ。ついでに、エックスを倒して調子に乗ってる虎牙の奴も呼び出して、楽しいショーを始めようってことだ!」

 

「わ、私たちを人質にするつもりですか!?」

 

「そうだ! ……大人しく囚われのお姫様をやってろよ。さもなきゃ、ここにいる民間人がどうなっても知らねえぞ?」

 

 エネミーを片手で操り、葉月たちを恫喝する櫂は自身の目的を語るとじわじわと部下を船内へと展開させていく。海の上に浮かぶ牢獄と化した船の中、乗客たちを守る為には彼の言うことに従う他ないと判断した3人は、悔しさに歯噛みしながら櫂に投降し、彼の作戦の駒として扱われることになってしまった。

 着々と準備を整え、目指す標的を仕留める策略を何重にも巡らせる櫂。その瞳に燃える炎は紅蓮に逆巻き、煌々とした明かりを放っている。

 

「龍堂、虎牙、光牙……! てめえら全員、ぶっ潰してやるからな……!」

 

 憎しみを込めた呟きを漏らし、歯を見せて笑った櫂は、エネミーたちを引き連れて戦いの準備に取り掛かり始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『よう、久しぶりだな……! もうわかってるとは思うが、お前たちの仲間は俺が預かってる、他の有象無象の人質たちと一緒にな。返して欲しけりゃ……俺の言うことに従え』

 

『龍堂、虎牙、光牙……お前たち3人だけでこの船に乗り込んで来い! そこで俺と勝負をしろ! 俺に勝てたら、人質は無事に返してやるよ……! ただし、お前たちが他の仲間を引き連れて来たり、逆に1人でも欠けていたら、その時点で終わりだ。船は沈んで、乗客たちは海の藻屑になる。勿論、俺が勝負に勝った場合も同じだ』

 

『絶対に……俺は負けねえ! 今度こそお前たちをぶっ潰してやる!』

 

 怒気を荒げた櫂の表情を最後に映し出し、映像が途切れる。明かりが戻った部屋の中で、深刻な表情をした天空橋が部屋に集まった勇たちへと視線を向けた。

 

「これが、櫂さんから送られて来た映像です。既にニュースでも葉月さんたちが乗っている船がハイジャックされたことは報道されており、人質の奪還と共に事件の早期解決が願われています」

 

「櫂の野郎……! 俺たちとの決着をつけるためになりふり構わなくなって来やがったな!」

 

「水無月さんたちも人質になっているんですよね? 急いで助け出さないと!」

 

「落ち着け! ……分かっているとは思うが、これは間違いなく罠だ。敵は様々な手段を講じて君たちを待ち受けているだろう。だが、ここで逃げると言う選択肢を取ることは許されない。多くの人質を見捨てたとあれば、世間の仮面ライダーへの信頼はがた落ちだからな」

 

「毛頭、逃げる気なんてありゃしませんよ! こうなった以上、櫂の奴をぶっ飛ばしてやるだけだ!」

 

「捕まっている人たちを見捨てることなんて出来はしません! 僕も覚悟は出来ています!」

 

 勇と謙哉、二人の力強い答えを聞いた命は、ゆっくりと頷きを見せた。敵が待ち受ける逃げ場の無い船の上に、たった3人だけの若者を送り込むしかない状況に歯噛みし、自分の無力さに悔しさを感じる彼女であったが、多くの人々のためにはそうする他ないと自分に言い聞かせ、無理に納得した。その思いは天空橋も一緒なのか、彼も俯いて唇を噛み締めている。

 そして、残る最後の1人の生徒に向けて視線を送った命は、彼の想いを尋ねるべく、声を発した。

 

「白峯……君はどうだ? かつての親友を相手にして、戦えるか?」

 

「……俺、は……」

 

 命からの真っすぐな視線にたじろぐ光牙。前回の戦いの中、櫂の叫びを耳にした自分は、動揺して絶好のチャンスを逃してしまった。あの時、櫂を仕留めていればこんなことにならなかったのだと思いながら、光牙は拳をぎゅっと握り締める。

 

「……行くしかないです。俺が行かなきゃ、沢山の命が失われる。それに、櫂がああなったのは元はと言えば俺の責任だ。俺が、けじめをつけなきゃならないんです……!」

 

「……気を張るなよ、光牙。あの時、何も出来なかったのは俺も同じだ。櫂を助け出すためにも、協力して戦おうぜ」

 

「ああ……! たった3人だけの戦い、か……」

 

「……全員、覚悟は出来ているか。ならば、この作戦の概要を説明させて貰おう」

 

 先ほどまで櫂の映像が映っていたスクリーンに船の写真と見取り図が映し出される。現在の船の在処、そして内部の構造を一つ一つ指し示しながら、命はじっくりと知り得る情報を勇たちに伝え始めた。

 

「現在、船は陸から相当離れた位置に停止している。中継無しでは電波が届かないため、通信での援護すらも出来ないだろう。海上自衛隊もいざという時のために周囲に展開してはいるが、あくまで救出が主だった目的であり、戦闘に関しては君たち任せになる」

 

「エネミーの数も分かってはいないし、もしかしたらゲートもあるかもしれない。そうなった場合、苦戦は必至ですね」

 

「その通りだな……。1時間後、君たちをヘリコプターにて船の上へと輸送する。その後、船内にて『憤怒の魔人 カイ』を撃破しつつ、人質の安全の確保を目指せ。見取り図のデータは君たちのゲームギアに転送しておこう。出来るだけ、内部の構造を頭の中に叩き込んでおくんだ」

 

「もう一つ、ディーヴァのお三方は早めに救出した方が良いでしょう。ギアドライバーが無事なら、彼女たちも一緒に戦ってくれるはずです。敵に奪われている可能性も大いにありますが、それでも彼女たちから得られる情報も多々あるはずですから」

 

「つまりだ……俺たちの目的は、1.人質の奪還 2.エネミーの撃破及びゲートの破壊 3.櫂の野郎をぶっ飛ばす! ってことで良いんだな?」

 

「おおよそそれで間違いない。だが、敵は間違いなく卑怯な手段を講じて来るだろう。出来る限り、我々もサポートを行う。しかし、人質の安全確保は君たちに任せるしかないんだ」

 

「わかりました。全力で、この任務に挑ませて頂きます」

 

 光牙は頷き、勇と謙哉へと視線を送った。二人もまた緊張を感じながらも呼吸を整え、視線を返す。

 

「やるっきゃねえんだ。なら、覚悟決めてびしっと行こうぜ! 全員で帰って来られる様にな!」

 

「逃げ場はない。多くの人の命もかかってる……だからこそ、絶対に負けられない!」

 

「ああ……! ここで決着をつけよう。あの日の悪夢を終わらせるために、櫂を倒すんだ!」

 

 全員が覚悟を決めた。どれだけ不利な状況であろうと、逃げることなく戦い抜く覚悟を……そして、かつての友を倒し、自分たちの過ちを正す覚悟を胸に秘めた。

 勇気が要るのだろう。きっと辛い戦いになるだろう。だが、それでも……絶対に負けるわけにはいかないのだ。

 

「……出発は1時間後だ。それまでに準備をしておいてくれ。……頼んだぞ、仮面ライダー!」

 

 憎しみの獄炎が燃え盛る船に乗り込むまであと1時間。魔王ガグマが誇る最後の魔人柱・櫂との戦いの時は、刻一刻と迫っている。

 心臓の鼓動が激しくなることを感じながら拳を握り締めた光牙は、今度こそ櫂を倒すのだと強く自分に言い聞かせ、湧き上がる吐き気を必死に堪えて呼吸を続けたのであった。

 

 

 

 


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