重要な部分はまた次回をお待ちください! 本当にすいません!
「……ん、うぅ……?」
短い呻き声を漏らし、瞼の裏に光を感じた玲はゆっくりと目を開く。白くぼやけた視界で何度か瞬きしてみれば、焦点があった瞳が白い天井を映し出した。
「ここ、は……?」
「玲っ! 目を覚ましたんだね!」
全身に感じる気怠さのせいでその呟きに力はなかったが、その小さな声を聞き逃すことをしなかった二人の少女が満面の笑みを浮かべて玲の手を取る。とても喜ばしそうで、嬉しそうな表情を浮かべるその少女たちへと視線を移した玲は、未だに回らない頭のままに心に浮かんだ言葉を口にした。
「葉月? やよい……? 私、どうなって――?」
「玲ちゃん! 良かった、良かったよぉぉ……!」
両手で玲の手を握り、顔を寄せながら涙を零すやよいは、大袈裟と思える程の反応を見せている。そんな彼女の様子を見つめていた玲は、少しずつ記憶を取り戻していった。
「そうだ……私、エックスの攻撃を受けて、ゲームオーバーになって……」
徐々に鮮明になる記憶。暴走した謙哉を庇い、エックスの強力な一撃を受けた自分は、櫂と同じ末路を辿ったはずだった。しかし、自分は今、確かにこうして生きている。
何があったのか? もしかしたら、自分はギリギリの所でゲームオーバーにならなかったのでは……? そんな、細やかな疑問を浮かべていた玲の頭は、唐突にある事実に気が付いてそれで一杯になる。
「謙哉はっ!? あいつは無事なの!? まさか、またエックスを倒す為に無茶してるんじゃないでしょうね!? そんなことしてたら、今度はギッタンギッッタンのボッコボコに――!」
「わーわーわー! お、落ち着いてよ玲! 謙哉っちも無事だし、もう《狂化》のカードも使ってないからさ!」
「本当に凄かったんだよ、謙哉さん! 玲ちゃんの為にエックスをやっつけちゃったんだから!」
「え……? エックスを倒した? 魔王であるエックスを《狂化》無しで?」
「「うんっ!」」
同時に頷いた葉月とやよいは、玲が囚われの身になっていた間に起きた多くの出来事を代わる代わる解説し始める。
玲は間違いなくゲームオーバーになっていた事。謙哉が《創世騎士王 サガ》の力を得てレベル100に達した事。その力でエックスを打倒した事。そのお陰で玲は無事に戻ってこられたという事……それら全ての出来事を耳にする度、玲の表情は驚きの感情に染まっていく。やがて、謙哉がエックスを倒し、玲を奪還した所で、堪らず彼女は二人の話に待ったをかけた。
「ま、待って、理解がついて行かないわ。そんな、色んな事をいっぺんに言われたって……」
「その気持ちもわかるけどさ、この後に起きたことの方が大変なんだよ。そのなんて言うか……」
「なに? まだ何かあるの? もう、何があっても驚かないわよ」
驚きと半分の呆れ、理解を超える出来事が連発して起きていることはわかったが、ただ話を聞くだけでは到底それが現実に起きたことだとは思えない玲はややうんざりとした様子で首を振る。その言葉通り、もう何が起きたとしても驚かない心構えをしていた玲であったが――
「水無月さんが目を覚ましたって本当!?」
「きゃっ!?」
そんな叫びと共に勢い良く開いた扉の音に、その心構えは呆気無く砕け散った。なんとも可愛らしい悲鳴を上げた玲の瞳が息を切らせて部屋の中に駆け込んで来た青年の姿を捉え、彼女にもう一度驚きと衝撃をもたらす。
傷だらけでボロボロの状態である彼は、もしかしたら自分よりも入院の必要があるかもしれない。それでもその瞳に灯る光は力強く、自分が危惧していた時の彼のものとは同じとは思えない程に温かだ。端的に言ってしまえば、自分が好きな本来の彼の姿と言えるだろう。
謙哉は、涙混じりの笑顔を浮かべながら玲に近づき、腕を大きく広げて彼女を抱き締めた。
「水無月さん……! ごめん……本当にごめんなさい……! 僕のせいで、取り返しのつかないことになるところだった……!」
「え? ちょ、謙哉っ!? な、何考えてるのよ!」
彼女が無事な普段の自分とは思えないような女の子らしい悲鳴を上げる玲。葉月とやよいの目を気にして自分に抱き着く謙哉を引き剥がそうとするも、内心まんざらでもない気分になっていた。
くしゃりと彼の頭に優しく触れ、慣れない手つきで背を撫でる。顔は真っ赤で、まともに前も向けない状態ではあったが、確かに感じる謙哉の温もりに玲の口元はわずかに綻んでいた。
「まったく、なんなのよ……恥ずかしいったらありゃしないわ……」
「ご、ごめん……」
「……良いわよ。今日だけは許してあげる」
何とも甘く、幸福な一時。謙哉に抱きしめられ、幸せそうな表情を浮かべる玲の姿を葉月とやよいも温かい視線で見つめていたが――
「え~……ゴホン、ちょっとよろしいでしょうか?」
「え……?」
部屋に響く第三者の声。その声に顔を向けた玲は、気まずそうな表情でこちらを見る天空橋の姿を見つけた。その背後で頭を抱え、やっちまったと言わんばかりの顔をしている勇の姿もだ。
気心知れた葉月たちならともかく、天空橋や勇にこのような姿を見せていたということに気が付いた玲の表情が一気に強張る。顔の赤みも更に増し、まるでトマトのようになってしまった彼女は、悲鳴を上げると共に全力で謙哉の体を突き飛ばしてしまった。
「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「わぎゃっ!?」
玲に突き飛ばされ、すてーん! という擬音がぴったりの転倒で頭を床に打ち付けた謙哉は、そのまま目を回したまま何事かを唸っている。当たり所が悪かったのか、すぐには立ち上がれそうには無さそうだ。
「お、おい、謙哉!? 大丈夫か!?」
「う~ん、うう~ん……」
慌てた様子の勇の呼びかけにも満足な返答が出来ない謙哉。勇はそんな彼の体を揺さぶったり、大きな声で呼びかけたりして、なんとか意識を覚醒させようとしている。
玲たちは、親友二人のやり取りを心配そうに見つめていたが、天空橋が自分たちに向けて何か言いたそうな表情をしていることに気が付き、彼へと視線を向けた。
「え~……色々とお話したいことはあるでしょうが、それは次の作戦会議の際に纏めて報告しましょう。そこで、色々と分かることもあるはずです」
「で、でも、玲にはもう少し事情を話しておいた方が――」
「水無月さんに必要なのは休養です。まずは体を休め、回復に努めて下さい。状況を確認するのは、その後でも構わないでしょう?」
「……わかりました。ご心配をおかけした身分です、その決定に従います」
「ありがとうございます……色々と気になることはあるでしょうが、必ず説明はさせて頂きます。その日に備え、体を万全の状態に戻しておいてください」
「はい。……でも、その前に一つ良いですか?」
「は? なんでしょうか?」
あっさりと休養に専念することを了承した玲は、訝しげな顔を見せる天空橋に一つの条件を突き付ける。ようやっと床から立ち上がり、頭を振って意識を覚醒させつつある謙哉を指差した彼女は、単純明快な要求を口にした。
「……少しで良いので、彼と二人きりにして下さい。お願いできますか?」
「それ位なら、まあ……」
未だに状況を確認出来ていない謙哉の顔を一瞬だけ見てから玲の要求を飲んだ天空橋は、謙哉だけを残して病室から出て行った。その時、勇が「オッサン、もうちょい状況を読めよ。あの声のかけ方は無いだろうが」と突っ込んでいる声が聞こえたが、玲にとってはそんなことはどうでも良い。
狭い病室の中で謙哉と二人きりになった玲は、ベッドのシーツを握り締めたまま顔を伏せ、その表情を謙哉に読ませないようにしている。感情の読み取れない玲に対して気後れしてしまう謙哉であったが、玲はそんな彼に向けてか細い声で問いかけをした。
「……何か、私に言う事は無い?」
「え? あ、あぁ……その、本当に、ごめん……僕が身勝手な行動をしたせいで、水無月さんを危険に晒してしまったことや、約束を破って君に沢山心配をかけたこと、ちゃんと謝らないといけないと思って――」
「……他には?」
「えっと……ありがとう、かな。水無月さんのお陰で色々と大切なことに気が付けた。自分が見失ってたものとか、戦う理由だとか……だから、そのことについてお礼を言わせて欲しい」
「……それだけ?」
「え? ええっと……」
一つ、また一つと自分の思いを言葉に紡ぐ謙哉。しかし、玲はといえば、謙哉が口を開く度にどこかぴりぴりとした雰囲気を放つようになっている。
明らかに……そう、明らかに玲は機嫌を損ねている。一体、自分の何がそこまで彼女を苛立たせているのだろうか? 謙哉は少ない乙女心に関する情報を脳内から引き出しつつその理由を探るが、答えらしい答えは残念ながら浮かんで来ない。
「あの、その、え、ええっと……」
段々としどろもどろになる謙哉は、これ以上玲に不快な思いをさせたくないと更に思考を深めるも、逆にそれがパニック状態を引き起こしてしまっていた。こういう時にはどうすれば良いのか? 完全に困り果てた謙哉が、先ほどとは別の理由で目を回していると――
「……本当にそれだけなの?」
「へっ?」
「私に対して言う事は、本当にそれだけなの? あなた、私の話をちゃんと聞いてた?」
謙哉の制服の裾を指で掴み、ほんの僅かに顔を上げる玲。その顔は真っ赤に染まっており、気恥ずかしさ故か目にも涙が浮かんでいる。
「私、あなたに対して凄く大事なことを伝えたと思うのだけれど? 本当にそれだけしか言えないわけ?」
勇気を振り絞った玲の呟きを耳にした謙哉の視線が上を向く。彼女からの話を思い出そうとしている謙哉の顔をちらちらと見つめる玲は、必死に平静を装うとしていたが、実際の所は心臓がうるさいぐらいに鼓動を刻んでいたのだ。
そう、彼女はとても大事なことを謙哉に告げていた。簡潔で、単純な、自分の思いを告げていた。もうこれで最後だから悔いを残さぬようにと言ってしまったあの言葉を思い返す玲は、耳を真っ赤にしながら下を向く。
(ああ、何で……なんで、あんなことを言っちゃったのよ?)
あなたのことが大好きだなどと、なぜ口にしてしまったのか? 無論、それはほかならぬ自分の本心なのだが、実際に想い人に告げようと思ったことは一度も無かった。
が、言ってしまった。場の空気に流されたというか、本当に最後だからと半ばヤケクソのようなものだったというか、理由は色々と思い浮かぶが、事実として自分は
恥ずかしい。火が出て来るのではないかと位に顔が熱い。正直、まともに謙哉の顔を見れないというのが玲の現在の心情だ。
だとするならば……少しは謙哉もこの恥ずかしさを味わうと良い、玲はそう思っていた。自分だけが恥ずかしがるなど不平等であるし、告白を受けた以上はその返事を行うことは当然の義務だろう。まさか、逃げるつもりでもあるまいし。
そう強がって、虚勢を張る玲であったが……やはり、彼女の心臓はうるさいぐらいに高鳴っていた。しかも時折、痛むほどに大きく鼓動するのだ。
本当は不安だった、謙哉が自分の想いを受け入れてくれるのかどうかが。この行動の果てで、自分と彼との関係が壊れてしまうことが怖かった。
だが、もう後戻りは出来ない。進むしかない……どうなったとして、あの言葉を無かったことには出来ないし、するつもりも無い。なら、この恐怖を抑え、謙哉の答えを聞くしかないのだ。
「聞かせてよ……あなたの返事を……!」
からからに乾いた口の中から声を漏らす。喉を痛めない様にしないとなと何処か冷静に考えつつも、体の温度はぐんぐんと上がっていく。
制服の袖を掴む手にも強い力が込められていた。緊張と不安、そして期待に胸の内を支配されながら、玲は謙哉の答えを待つ。
そして……彼女へと真っすぐに視線を向けた謙哉は、一瞬だけ申し訳無さそうな表情をし、そして――
「……ごめん」
そう、答えた。
「……そう。それが、あなたの、答え……ね」
昂っていた心臓が、体温が、一気に冷める。玲は、胸を締め付けるような痛みを感じていた。
わかっていた、自分の様な不愛想な女を好きになる筈は無いと。彼は誰にでも優しい、自分だけが特別なのでは無い。その優しさに慣れていない自分が馬鹿なだけだ。
(これが失恋、か……)
それを自覚した瞬間、玲の中の何かがぷつりと切れた。同時に涙腺が決壊してしまったかのように涙が溢れ、悲しみの感情が抑えきれなくなる。
辛く、苦しい経験。しかし、謙哉を恨むことは出来ない。自分の思いを受け止められないことは決して罪では無いし、彼にだって選ぶ権利はあるはずだ。
そうやって自分を納得させようと心の中で言葉を重ねる玲であったが……しかし、次に謙哉が口を開いた途端、その感情も瞬時に消え去ってしまった。
「あの、本当にごめん……どうやら凄く大事なことを言われたみたいなんだけど……聞こえてませんでした!」
「……はい?」
出かけていた涙が引っ込む。心が先ほどとはまったく別の理由で冷える。自分は今、何かとんでもない発言を聞いた気がする。
キリキリと、機械人形のように顔を上げた玲が見たのは、死ぬほど申し訳無さそうな表情で自分に詫びる謙哉の姿……その謝罪内容は、自分の想像を遥かに超えるものではあったのだが。
「《狂化》の影響か、はっきりと意識が戻ったのは水無月さんが消える寸前でさ、その……そこに至るまでの話の全部を聞けてたわけじゃあ無いんだよね……」
「……は?」
「死なないで、って言われたことは覚えてるし、何か大事なことを言われた気もするんだけど……その前までのお話は、まったく思い出せません! ごめんなさい!」
「は、ぁ……?」
深々と玲に頭を下げる謙哉。玲は、そんな彼の姿を見ながら乾いた呟きを口にする。
覚えていない。自分の命懸けの告白を謙哉はかけらも覚えていない……それは、今まで通りの関係を続けられるという、玲にとってはある意味望ましい展開であり、同時に最悪の展開でもあった。
「覚えてない? 聞けなかった……? そう、そうなのね? あなたは、私の話を聞けていないと、そう言うのね?」
「い、いや! 全部を覚えてない訳じゃあないよ! ただ、その……一番大事な場所を聞けてなかったってだけで――」
必死になって言い訳をする謙哉は、目の前にいる玲が非常に不機嫌であることを雰囲気から察知していた。自分が彼女の地雷を見事に踏み抜いてしまったことを悟るや否や、なんとかしてこの場を収めようと懸命に努力を始める。
しかしまぁ、こうなった以上はこの先の展開も予測出来るわけであり……謙哉がどうなるかなど、考えるまでも無く――
「こんの……大馬鹿男! にぶちんっ! あほ! オタンコナス! ばーか! ばーか! ば~~かっ!!」
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!! やっぱりこうなるんだよねぇっ!?」
折檻、開始。何処で覚えたのかもわからないプロレス技を駆使して謙哉の関節と言う関節を締め上げる玲は、怒りと悲しみと気恥ずかしさと、おまけにちょっとした安心感を胸にしながら彼への罵倒を大声で叫び続けていた。
「あなたって人は、本当にっ! 少しは察しなさいよ、この鈍感っ!」
「いだだだだだだだっっ! 水無月さんっ! むりっ! それは無理っ! おれ、折れるっ!」
「知らないっ! もうあなたが死にかけてもなにもしないわよ! 少なくとも、あんなこっぱずかしい真似は二度としない! 絶対にあんなことはもう二度と言わないから!」
「水無月さっ! あた、あたってるっ! 色々当たってるからっ! 十分恥ずかしいことになってるからっ!!」
「なによ今更! 胸でもお尻でも好きに触れば良いじゃない! こっちはもうとっくにそれより恥ずかしい目に遭ってるって言ってんのよ、このドにぶちんっ!」
「いだだだだ! も、もうやめてよ~~っ!」
地獄絵図と言うべきか、それとも仲の良いカップルがいちゃついていると言うべきか……何にせよ、この状況で甘いロマンスなどが生まれる筈は無い。と言うより、虎牙謙哉という青年に恋物語などを期待する方が無理な話なのだ。
部屋の扉の外から中の様子を覗き見ていた勇たちも、そんな謙哉の様子に頭を抱えていた。三人が三人、同時に溜息をついて部屋の扉から遠のいて行く。
「……まさか、オッサン以上の駄目男がいるとはなぁ」
「な~んで戦いの時の鋭さがここで出ないんだろうね……?」
「……玲ちゃん、ちょっと可哀想……」
呆れ果てた様子で呟き、再び溜息。そしていそいそと忍び足で部屋から離れ、とばっちりを喰らうのを避ける。
部屋の内部から聞こえる悲鳴には同情を禁じ得ないが、自業自得として諦めて貰おう。全部、謙哉自身の責任なのだから。
「も、もう本当にやめてってば! 流石にげんか……あいたたたたぁっ!」
「ば~か! ば~~かっ! もひとつおまけにば~~かっっ!」
もはや何処かほほえましく思えるやり取りを続ける謙哉と玲。そんな二人のことを、騎士王と歌姫のカードが優しく見守っていたのであった。
一人の王が消え、一人の王が現れた。権利を持つ者が一人減り、残る椅子は二つとなった。
その椅子に座すのは、果たして守る者か。それとも壊す者か。それを知るのは運命のみ。
己の願いを全て叶えられる力があるとするならば、それで何を望む? その力を以って、何を成そうとする?
既に賽は投げられた。運命の歯車は回り出した。あとはただ、終わりまで突き進むだけ……
さあ、今一度問おう。君は、何を望む?
「僕は……守りたいと願うよ。例えこの世界がどれほどまで罪深くとも、そこに生きる命や幸せを守りたいと望む。僕は守る、この選択に悔いは無い。僕は最後まで、君と一緒さ」