仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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闇を裂く雷光

 

 創世の騎士王として覚醒した謙哉とエックスの戦いがついに始まった。両者が向かい合う中、先に動いたのは謙哉だ。

 召喚した槍を手に、エックスへと真っすぐに突撃して行く。その進路に迷いは無く、稲妻の様なスピードで動いた謙哉は、槍での刺突攻撃をエックスへと繰り出した。

 

「うぐわぁっっ!?」

 

 オールドラゴンよりも早く、そして重いその一撃をエックスがギリギリの所で躱す。魔法障壁を何重にも張り、神経を過敏に反応させて何とか謙哉の初撃を躱したエックスは、後ろへと浮遊して距離を取った。

 

「くそっ! 何で暗黒兵が出ない!? 天空橋のプロテクトはもう無効になったはずなのに……!」

 

 謙哉と距離を取り、一応の安全を確保したエックスは先ほどからずっと試している暗黒兵の再召喚を試みるも、それが叶う事はなかった。いつもは自分が指を鳴らせば即座に無数の手駒が出現すると言うのに、今は何を試しても影一つ出現しないのだ。

 目の前で王の器へと覚醒した謙哉の姿を見ているせいか、エックスは明らかに平静を失っていた。暗黒兵の召喚が出来ないと言う事は、更に彼の苛立ちを加速させているのだろう。

 

 だがしかし、何故暗黒兵の召喚が出来なくなってしまったのだろうか? 勇たちが自分たちがあれほどまで苦戦した暗黒兵の姿が一つも観られなくなった事に困惑する中、その疑問に答えるべく天空橋が口を開く。

 

「あれは《創世騎士王 サガ》の能力の一つです。彼にとって弱者は倒す者では無く、守るべき者……王としての威厳を身に纏った彼の前には、一定以上の力量を持たない者は存在すら許されないのです」

 

「えっ!? でもそれって、私たちもカードを使ってエネミーを召喚出来なくなるって事じゃない?」

 

「そうでもありますが、今の状況にはまず間違いなく効果的な能力です。エックスは切り札の一つである暗黒兵の召喚を完全に封じられているんですからね」

 

 天空橋のその言葉に勇が頷く。確かに、エックスの能力を一つ完璧に封じられるサガの能力は今の状況にうってつけだろう。

 無限に続く露払いで消耗する必要も無い。暗黒兵に気を取られているせいでエックスから不意打ちを食らうことも無い。何より、仲間たちの安全をほぼ確保出来るのだから、これで謙哉はエックスとの戦いに集中出来るはずだ。

 

 ここからは完全に一対一の真っ向勝負となる。謙哉が勝つか、エックスが勝つかの決闘だ。

 

(落ち着け、落ち着くんだ……! 今の状況ならボクのペースに持ち込める。油断無く、確実に距離を取って遠距離戦に持ち込むんだ!)

 

 いくら試しても暗黒兵を召喚出来ない事に業を煮やしたエックスであったが、それでもまだ自分のチートじみた能力が残っているのだから優位は変わらないと自らに言い聞かせる事で落ち着きを取り戻した。そして、改めて戦いへの分析を始める。

 

 自分の射程距離は主に遠距離、強力な魔法攻撃による広範囲攻撃が主力だ。対して謙哉は、手にしている武器からも分かる通りに接近戦が主体なのだろう。

 今の謙哉のスピードとパワーは脅威的だが、接近されなければ何とかなる。今、自分が保っている距離のまま応戦し、遠距離からの攻撃で体力を削り続けるのだ。

 その戦法を続け、謙哉が消耗し、弱って来たら強力な攻撃魔法で一気に仕留める。自分の中でプランを組み上げたエックスは、ニヤリと笑うと杖を構えて謙哉へとその先を向けた。

 

「いい気になるなよ、ガキが! お前にボクとの差って奴を教えてやるよ!」

 

 杖をその場で回転させたエックスは、自分の背後に7つの光弾を作り出した。それぞれが別々の色に光り、強力な力を秘めたそれを暫し浮遊させると、謙哉へと狙いを定める。

 光によって属性が変わるそれは、エックスの持つ『攻撃は全て相手の弱点属性になり、弱点部位に当たる』と言う能力を最大にまで引き出してくれる攻撃であった。この攻撃で敵の弱点を見切り、その属性と部位を執拗に攻めるのがエックスの基本戦法なのだ。

 

「さあ……喰らえよっ!!」

 

 謙哉へと狙いを定め、自動追尾が可能となった光弾は別々の軌道を描いて飛んで行った。美しい虹を描く様にして、謙哉に破滅をもたらす光弾が猛スピードで向かって行く。

 

 光弾の内、二つは謙哉の頭上から襲い掛かっていた。二つは左右から挟み込む様に、二つは謙哉の逃げ場を奪う様に後方から、そして最後の一つは真正面から小細工なしに突っ込む。

 何をどう防いでも一発は当たる。そうなれば、謙哉は彼が思っている筈のダメージを受け、エックスは攻略の糸口を得る。観察を怠らず、直撃した謙哉の反応を確認しようとしていたエックスは、彼がどう自分の攻撃を防ごうと足掻くのを楽しもうとしていたが……

 

「……は?」

 

 謙哉は、何もしなかった。ただ悠然と歩き、エックスの咆哮へと進むだけだ。

 腕の盾で光弾を防ぐ事も、手にした槍で薙ぎ払う事もしなかった。回避も防御もしない、まるでエックスの攻撃など防ぐ必要も無いとばかりに前へと歩み続けている。

 

 その態度にエックスは自尊心を大きく傷つけられる。王へと覚醒したばかりの若造が、自分を完全に舐め腐っていると言う事実は彼の激しい怒りを再燃させた。

 

「ふざけやがって……! そいつを喰らっても、そんな舐めた真似を続けられるかっ!?」

 

 弱点に必中する特性を知らないが故に謙哉の奢りに怒りを燃やしたエックスは、普段のクールさをかなぐり捨てて叫ぶ。勇たちもまた、無謀としか思えない謙哉の行動に焦燥を募らせつつ彼へと叫びかけた。

 

「謙哉っ、駄目だっ! その攻撃は、お前の弱点属性になって、弱点に必ず当たるんだっ!」

 

「盾で防ぐんやっ! そうすりゃ、ダメージは防げるで!」

 

「もう遅い! 無謀さのツケは、その身で払うんだなっっ!」

 

 勇たちの叫びを嗤ったエックスは、自分の攻撃を受けようとしている謙哉へとギラついた笑みを送る。次の瞬間には、予想外のダメージに襲われた謙哉が地に膝を付く光景が見られるはずだった。

 

 しかし、本当に予想外に襲われるのは謙哉では無く、他の全員であったと言う事をこの場に居る誰もが知る事になる。

 

「……その能力、オフにした方が良いよ。じゃなきゃ、僕に攻撃は当たらない」

 

「は……?」

 

 足を進めながらの謙哉の呟きにエックスは間抜けな声を漏らした。その意味を理解出来ぬ彼は、それが謙哉のハッタリなのであろうと判断して強気な笑みを見せる。

 だが、次の瞬間にその笑みは完全に凍り付いた。

 

「はっ……!?」

 

 正面、頭上、左右、背後……全ての方向から謙哉を襲撃していたエックスの光弾が、一様に弾け飛んだのだ。謙哉は何もせず、ただ歩いているだけだと言うのにである。

 7つの光弾は謙哉に何一つダメージを与える事も、歩みを止める事すら叶わなかった。その事に動揺したエックスは、喚く様にして叫びながら再び攻撃を繰り出す。

 

「わ、わ、わぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 上空から襲う隕石、地面から湧き上がる罠、真正面から襲い来る極太のレーザー……様々な方法を用いて謙哉を攻撃するエックスであったが、それら全ては謙哉に当たる前に自ら消えてなくなってしまった。

 何をしても、どんな方法を試してもそう。自分の誇る攻撃魔法たちが、何一つとして謙哉には通じないのだ。

 

「な、なんで……? 何をした? お前は、何をしているんだ……?」

 

「……言っただろう? 弱点を突く能力を無くせと……それさえ切れば、攻撃は当たるよ」

 

「何だと……?」

 

 騎士道精神故のフェアさを望む謙哉は、その場で立ち止まるとエックスへと視線を向ける。そして、この現象の種明かしを始めた。

 

「何故、お前の攻撃が僕に当たらないのか……答えは単純だ、『イージス オリジンナイト』には()()()()()。属性、部位、どちらの意味でもだ」

 

「は、ぁ……?」

 

「……お前の攻撃は必ず敵の弱点を付く。だが、僕には弱点は存在しない……この矛盾を解決する方法はただ一つ、『必ず弱点を突く攻撃が、自ら消滅する』しか無いんだよ」

 

「あ……っ!!」

 

 謙哉の説明を受けたエックスは、ようやくその意味を理解すると同時に愕然とした。弱点が存在しない相手に対し、自分の攻撃は意味をなさない。それどころか、その矛盾を解決する為に消え去る事しか出来ないと言う事を初めて知る事となった。

 本来、弱点の存在しない者など居る筈も無い。魔王である自分も、ガグマやマキシマ、あのシドーですらも弱点はあるのだ。だからこそ、エックスの攻撃におけるチート能力は無類の強さを誇っていた。

 しかし、今、自分が相対している相手はその限りではない……元々が防御に秀で、その特性を最大限まで引き上げられたサガには、弱点と呼べる物は存在していないのだ。

 

「ぐ、う、う……うわぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 また一つ自分の能力が無効化された事に怒り狂いながら、その能力をオフにしたエックスは謙哉に向け連続して光弾を発射する。マシンガンの様に乱射される魔法弾は、謙哉の体に何発も当たっては小規模な爆発を起こす。

 しかし、そんな物は何の意味も為さないとばかりに歩みを止めない謙哉は、エックスに向けて一歩一歩着実に足を進めていた。エックスの攻撃は全て、イージスの頑強な鎧に弾かれて傷一つ付けられぬまま消滅してしまう。

 

「来るなっっ! 来るんじゃあないっ!!」

 

 牽制攻撃は無意味だと判断したエックスは、謙哉への攻撃を連続攻撃から強力な一撃へと切り替える。極太のレーザーを放ち、謙哉の体を暗黒の光に包み込んだエックスは、引き起こされた大規模な爆発を荒い呼吸を繰り返しながら見つめていたが……

 

「……それで終わりか?」

 

「う……あ……!?」

 

 謙哉は、エックスの攻撃などまるで意にも介さずにその場に立っていた。攻撃を受ける際に止めた足を再び進め、ただ真っすぐに自分に向けて歩み続ける謙哉に対し、エックスは初めて恐怖を抱く。

 

「あ、あぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 もはや謙哉は腕が届く距離にまで近づいていた。狂乱したエックスはがむしゃらに謙哉へと手にした杖で殴り掛かるも、そんな見え見えの一撃に当たる程、謙哉は愚かでは無かった。

 左手を伸ばし、振り下ろされた杖を掴み取る。瞬時にその腕を払いのけ、エックスの腕を杖ごと真上に跳ね飛ばした謙哉は、右手に構えた槍を勢い良く前方へと突き出した。

 

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!?」

 

 穂先が雷光を纏い、電撃が弾ける。エックスの胸へと伸びたサーガランスが、着撃と共に派手な火花を巻き上げてエックスの体を吹き飛ばす。

 悲鳴を上げて地べたを転がったエックスは、今まで経験したことの無い痛みが走る胸を抑えながら呻いていた。咽る様に息を吐き、苦悶の声しか出ない口を何度も開閉し、エックスは喘ぐ。

 

「な、なんで……? 防御効果は、切ってないはず……?」

 

「……オリジンナイトの三つ目の能力。僕の武器であるこの槍は、敵の如何なる防御も貫通してダメージを与える。当然、お前の特殊能力による防御も無意味になる」

 

「ば、馬鹿な……? ボクの、チート能力が、また……!?」

 

 茫然とするエックスの胴に再び槍での一撃が叩き込まれる。横薙ぎの一閃。刻まれた傷跡が青く光り、一拍空けて電光と共に熱と痺れを放つ。

 次いで石突での打突、前蹴り、一回転しての薙ぎ払い……掌から放つ電撃で動きを封じ、接近してからの全力の左ストレート。抵抗の暇さえ与えぬ謙哉の猛攻を前に、エックスは成すが儘にされていた。

 

「こんな……魔王であるボクが、何故こんな目に……!? ぐあぁっ!?」

 

 未だに夢でも見ているのではないかと言わんばかりのエックスに対し、サーガランスでの刺突を以って痛みを与え、これが現実の出来事であると教え込む謙哉。魔王を相手にあまりにも一方的な戦いを見せる彼には、勇たちですら戦慄を禁じ得なかった。

 

「すごい……! あれが、レベル100の力……!」

 

「エックスの能力全部を封じ込めてる! これなら勝てるよ!」

 

「ああ! ……《創世騎士王 サガ》は、エックスに対する最強のメタカードだったんだ! 能力を封じられた上、ステータスが上である謙哉を相手にすりゃあ、エックスには打つ手が無いぜ!」

 

 今までとは別次元の強さを身に着けた謙哉。その彼が今、エックスを一人で追い込んでいる。誰も成し得なかった魔王の討伐を今、成し遂げようとしているのだ。

 

「……なあ水無月、見てるか? アイツの戦いを見ているか? お前が守って、信じた男が、お前の為に戦ってるんだぞ……!」

 

 込み上げる熱い感情を胸に、くしゃりと制服のスカートを握り締めるちひろは、病院で耳にした真美の言葉を思い出し、目に涙を溜めながら叫ぶ。

 

「お前が、お前が信じた男は! モブキャラなんかじゃなかった! お前の為に限界を超えて、魔王だって倒せる男だ! 帰ったらあのバカ女に言ってやろうぜ! 虎牙謙哉は、勇者よりも凄いヒーローだってな!」

 

 こうなる事が分かっていた訳ではない。ただ信じ、守り、想っただけだった。その果てに待ち受けていた物は、絶望だけではなかった。

 この場に居る誰もが断言出来る。虎牙謙哉は強い。単純な強さだけでは無く、何かを守る為に戦い続け、ここまで辿り着いた彼だからこそ、この希望を掴み取れたのだ。

 

「行けっ! やっちまえっ! 勝って水無月を取り戻してくれっ! 虎牙!!」

 

 ここに居るのは世界の命運を背負う勇者ではない。破滅的な運命を変えるべく戦う戦士でもない。

 ここに居るのは、たった一人の女性を救う為に戦う者。ただ一人の為だけに己の限界を超え、苦しみから立ち上がり、その手で未来を創ろうとする者。()()()()()()()()()()()()()。だからこそ彼は強い。目の前に戦う理由があり、その背を支える声援があるから。

 

「勝て……! 勝てっ! 謙哉っっ!」

 

「玲ちゃんを救い出して! 謙哉さん!」

 

「絶対に勝てる! 勝てるよっ!」

 

「ほんまもんや! ほんまごっついで、謙哉ちゃん!」

 

 誰もがその背に声援を送る。誰もがその雄姿に勇気づけられる。彼ならば、不可能すらも可能にしてくれると信じ、希望を抱くことが出来る。

 何かを守る為に戦い、多くの人々の希望を背負う者……呼び方なんて無数にあるその存在に、今、名前を付ける必要などないのだろう。もう、その呼び名は決まっているのだから……

 

「なんだ……? 何なんだ、お前はっ!? お前は一体、何なんだよっ!?」

 

 傷だらけになり、反撃も儘ならないエックスは、吐き捨てるようにそう吼えた。ただの人間であったはずの謙哉は、自分の目の前で途轍もない勢いで進化している。エックスには、今、自分が相対しているこの男が未知の存在であるように思えた。

 だから吼えた、その正体を知りたくて。理解出来ない存在である謙哉を前に、エックスはそう尋ねる他なかった。恐怖と困惑の感情が、彼にその疑問を口に出させたのだ。

 

「僕が何者かだって……? そんなの、決まってるだろう?」

 

 その疑問に対し、謙哉は仮面の下で微笑を浮かべて一つの答えを突き付ける。至ってシンプルで、当たり前であるその答えを口にする。

 

「僕は……仮面ライダーイージスだ!」

 

 無敵、その名を冠した英雄は、堂々たる名乗りを上げる。この暗雲を掻き消す程の威光を放ち、圧倒的な強さを誇り、エックスを追い詰める。

 この場に居る誰もが謙哉の勝利を確信していた。だがしかし、エックスは諦めることなく最悪の一手に打って出る。

 

「ふざ、けるなよ……! 調子に乗るのもいい加減にしろ!」

 

「!?!?!?」

 

 ボロボロのローブを揺らめかせ、立ち上がったエックスは怒気に塗れた叫びを上げながら杖を振りかざした。そうすれば、空中には杖に取り付けられている宝玉の内部の映像が浮かび上がり、磔にされている玲の姿が映し出される。

 

「今すぐに変身を解除しろ! さもなければ、水無月玲のデータを消去するぞ!」

 

「なっ!?」

 

 それはまさしく最悪の一手であった。囚われの身になっている玲の命を盾に、エックスは勝利を掴もうとしているのだ。

 なりふり構わぬエックスの暴挙に勇たちは怒りを込み上げさせる。その感情のまま叫ぶ勇たちは、口々にエックスを罵倒した。

 

「エックス! この卑怯者が! 正々堂々と戦いやがれ!」

 

「そうだよ! 玲を人質にするなんて卑怯だよ!」

 

「負けそうになったからってそんなことをするなんて……恥を知りなさい!」

 

「何とでも言え! ……ボクはね、戦いなんか好きじゃ無いんだよ。ボクが好きなのは勝つことで、楽に勝てればそれで良いのさ! 方法や過程なんてどうだって良い! 正々堂々とか誇りなんて糞喰らえだ! 勝てば良いんだよ、勝てば!」

 

 勇たちの言葉もどこ吹く風。開き直ったエックスは堂々と卑怯な手段に打って出る自分を肯定していた。

 どんな方法を使おうとも勝てば良い。玲の身柄を抑えている以上、自分に敗北は無い。この勝負は、最初からこうなると決まっていた。何もおかしいことはないのだ。

 

「さあ、変身を解除しろ! それとも、お姫様がどうなっても良いのかい?」

 

 再び謙哉へと脅しを口にしたエックスは、じりじりと玲の周辺にある茨を消滅させることで彼へとプレッシャーを掛ける。こうすれば、じきに彼は変身を解除するだろうとエックスは考えていた。

 しかし、その予想に反して謙哉は微動だにせず、一言も言葉を発しないままだ。ある種不気味である彼の様子に恐れを抱きつつも、自分が優位と信じて疑わないエックスは、謙哉から余裕を引き剥がすべく更なる脅しを掛けに来た。

 

「随分と余裕があるようだが、ボクは本気だぞ? ボクがその気になれば、彼女のデータは一瞬で消去される。今も少しずつだが、水無月玲のデータは消去されつつあるんだ。……これが最後の警告だ。変身を解除しろ……さもなくば、愛しの彼女と永遠にお別れすることになるよ?」

 

 じりじりと玲のデータに消去の波が迫る。あと数秒で彼女の指先からデータの削除が始まり、玲の存在はこの世界から消え失せてしまうだろう。

 だがしかし、それでも謙哉は動かない。動じず、惑わず、ただじっと宙に浮かぶ玲の姿を見つめているだけだ。

 

(……まさか、水無月玲を見捨てるつもりか? いや、それはありえないはずだ。今までの奴の行動を見れば、間違いなくその可能性は――)

 

 謙哉が玲の救出を諦めたのではないかと考えたエックスであったが、即座にその考えを否定して首を振った。であるならば、謙哉は何を考えているのだろうか?

 今の彼はまるで何かを待っているようであった。仲間たちの援護を待っているのかとも考えたが、エックスが周囲に警戒を払う限りでは玲を救い出すプランを持つ者は居ないように見える。

 

『……まだわからないのか、エックス? 今、お前の取っている策は、お前にとって最悪の一手となるんだぞ?』

 

 ならば、彼は何を……また同じ考えをループしようとした瞬間、エックスは謙哉の方向から聞こえて来た声に弾けるようにして顔を跳ね上げた。

 いつの間にか、玲を見ている筈の謙哉の目は、自分の方向へと注がれていた。蒼いオーラを放つ彼の声色が先ほどとは違うものになっている事に気が付いたエックスは、金縛りになったように動かないままその声に意識を集中させる。

 

『お前が気が付いたように、謙哉もまた王の器に上り詰めた。今の彼は、お前と同じ()となっているんだぞ? なら――お前と同じ様に、目覚めてもおかしくはないだろう?』

 

 その声は、先ほど謙哉を守ったサガの物だった。その言葉には、何一つとして偽りの色はなかった。

 何かがおかしい、そうエックスが思った瞬間、彼の背中に悪寒が走る。自分は何かを間違えている。何かを失敗している。そんな確信に近い予感がしてきている。

 だが……もう、遅かった。その瞬間に、全てが決まってしまったのだ。

 

 エックスが何かに気が付いた丁度その時、玲を拘束する茨を消去し終わった消去の波は、ついに彼女の本体を抹消しにかかったのだ。指先と爪先から徐々に玲のデータは光の粒となり、彼女の存在を完全に消し去るべく杖の中のプログラムは主からの命令を遂行しにかかる。

 あとほんの数十秒で玲のデータは消去され、今、消されてしまったデータはもう戻ることは無くなる……はずだった。

 

「……は?」

 

 エックスは、間抜けな声で呟いた。理解出来ないことが、一瞬で幾つも起きていた。

 まず、消去が始まっていた玲のデータが、急速に復旧され始めたこと。自分はこんな命令を出していないはずなのに、どうしてか消えた玲のデータ(と言っても指先と爪先だけだが)が戻り始めたのだ。

 

 二つ目は視線の先に居た謙哉の姿が一瞬で消え去ったこと。10mほどの距離にいた彼は、瞬き一つの間にその姿を消していた。

 

 そして三つ目は……今、自分が宙を舞っていることだった。

 当然、エックスが自分で飛んだのではない。ならば何故、彼は宙を舞っているのか? ……答えは非常に単純だった。

 

 彼は今、殴られて吹き飛ばされたのだ。

 

「がっっ! はっっ!?」

 

 背骨が折れる程の衝撃が体を貫く。逆くの字に曲がった体が悲鳴を上げる。

 仰け反った体のまま背後を見れば、先ほどまで自分の居た場所には謙哉が拳を構えて立っているではないか。あの一瞬に何が起きたのかを理解出来ないエックスがただ疑問を浮かべたまま吹き飛んでいると――

 

「こっちだ」

 

「がべぇっ!?」

 

 またしても、瞬き一つの間に謙哉は移動していた。今度は宙を舞う自分の真上、そこで拳を構えた謙哉は、地面に向けてエックスを思い切り殴り飛ばす。

 強烈な一撃を受けたエックスは、きりもみ回転をしながら真っ逆さまに地面へと落ちて行く。痛みと回転によるGによって意識を混濁とさせたエックスは、三度信じられない物を目にしてしまった。

 

「なんで……お前がそこにいるんだよぉぉぉぉっっ!?」

 

 空中で自分を殴り飛ばしたはずの謙哉が、何故か落下地点で自分を待ち構えていた。拳を構え、もう一撃を繰り出す用意をした彼が、三度目の打撃を無防備なエックスの顔面へと叩き込む。

 

「ぐばぁぁっっっ!?」

 

 顔面の骨が砕けた気がした。首も折れ、全身がバラバラになる程の痛みを感じた。

 だが、エックスはそれ以上に謙哉の高速移動に対する疑問で頭の中が一杯になっていた。一体、どんなトリックを使ったのか? 呻きながら立ち上がったエックスが耳にしたのは、先ほどから響いていたサガの声であった。

 

『……これが、謙哉の能力だ。お前の《改竄》同様の能力であり、王となった彼に与えられた固有の力……その名は、《守護》』

 

「《守護》、だと……?」

 

『その通りだ。その能力は味方が敵の攻撃及び効果の対象となった際に発動し、その効果を無効にして謙哉自身の能力値を上昇させる。そして、対象となった存在が謙哉にとって大切な存在であればある程、その上昇量は増大するのだ』

 

「こ、攻撃や効果を無効にするだって……? じゃあ、水無月玲のデータの消滅が止まったのは……?」

 

『この《守護》の能力故だ。謙哉の高速移動も、《守護》の効果で上昇したステータスがあってのこと……言っただろう? お前の打っている手は、お前にとって最悪の一手だとな』

 

 まさしくその通りであった。エックスの一手は、何の意味も為さないどころか謙哉のステータスを大幅に上昇させる結果に繋がってしまったのだ。

 しかも、よりにもよって自分が壊そうとしたのは()()()()()()()()()()なのだ。この一手でどれだけ謙哉の能力値が上昇したのかなど、考えたくもない。

 

「う、ぐ、あ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 謙哉の攻撃を受け、目で追えぬ程のスピードを体感し、その強さを理解したからこそわかる。今の自分では、絶対に謙哉には勝てない。どう足掻いたって無理だ。

 であるならば――非常に情けない事だが――逃げるしかない。今、ここで無理に戦いを仕掛ける事は馬鹿がやる事だ。

 

《超必殺技発動 ダーク・メテオ・レイン》

 

 判断を下した後のエックスの動きは速かった。即座に広範囲射程の必殺技を発動し、その狙いを定める。標的は謙哉では無く、その背後にいる勇たちだ。

 

「うぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 遮二無二隕石を彼らの頭上へと降らせ、ひたすらに時間を稼ぐ。もしも謙哉が勇たちを守ろうとすれば、その為に隙が生じるだろう。自分はその隙に逃れれば良い。

 そして、謙哉の性格上、勇たちを見捨てるという事はしないはずだ。こうすれば確実にこの場から離脱出来る、エックスはそう信じていたのだが……

 

《封印解放・レベル1》

 

「!?」

 

 謙哉は焦る事無くサーガランスに巻き付いている鎖を一つ外すと、それを地面に突き立てる。そして、外蓑をはためかせると、自身も必殺技を発動した。

 

《超必殺技発動! レイ・オブザ・ファランクス!》

 

 瞬く閃光、その眩しさにエックスは目を覆い、一瞬視界を閉ざした。光が収まったことを感じ、彼が再び顔を上げれば、そこには盾を構えた無数の兵士たちがいるではないか。

 勇たちを庇う様に立ち、盾を構える兵士たち。迫り来る隕石目掛けて盾を突き出した彼らは、鉄壁の防御を以ってエックスの攻撃を防ぎ切る。

 これで勇たちの安全は確保された。そして、謙哉はまだ身動きが出来る。再び槍を手にした謙哉は、エックスに向けてその穂先を向けた。

 

「……これで終わりだ、エックス!」

 

《封印解放・レベル3》

 

《MAXIMUM POWER! MAKE SAGA!》

 

 サーガランスを包む光が渦を巻く。蒼い雷光が弾け、徐々に力と激しさを増していく。

 謙哉が天高く槍を掲げれば、天空から舞い降りた雷がその穂先へと直撃した。それが更にサーガランスに力を与え、刀身を拘束する鎖を一斉に弾け飛ばさせた。

 

「ぐ、ぐぐ……! ボクを、舐めるなっっ!! 王に覚醒したばかりの貴様に負ける程、ボクは落ちぶれちゃいないっ!」

 

 自分の視界を覆う光は激しく強く、そして神々しい。その光に圧倒されながらも、エックスは僅かに残る矜持のまま叫ぶ。

 負ける訳にはいかない。ただのガキなどに負けを認め、尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない……それは、愚かなエックスのプライドの咆哮であった。逃げる事が正しいとわかっていながらも、それでも自分の名誉を優先することしか彼には出来なかった。

 

「消えろぉぉぉっ! ボクの最強の必殺技で、存在ごと消えてなくなれぇぇっっ!!」

 

《超必殺技発動! ブラックホール・ダウン!》

 

 杖を振ったエックスの頭上に黒点が生じる。それは徐々に渦巻き、周囲の空気を飲み込み、大きくなっていく。

 光を、声を、物質を、全てを吸い寄せ、逃れられぬ破滅へと誘う最強の暗黒……ブラックホールを発生させたエックスは、その闇を以って謙哉たちを葬り去ろうとしていた。

 

「あはははははは! あははははははははは!」

 

 成長するブラックホールは王座の間を飲み込む程の大きさになろうとしている。全てを吸い寄せ、破壊する破壊の化身となったブラックホールは、謙哉たちの姿を完全に覆い隠していた。

 エックスにはもう、広がる闇以外の物は見えていなかった。全てを吸い込み、破壊する自身の最強の必殺技。本拠地で撃てば被害も大きいが、これを破ることなど決して出来ないだろう。そう、決してだ。

 勝ったと、彼は思っていた。いや、そう思いたかったと言う方が正しいのだろう。だがしかし、彼のそんな思いは今日、何度も裏切られたことを忘れてはいけない。

 

《究極必殺技 発動》

 

 闇の先から聞こえた電子音声。それは、全てを飲み込むブラックホールを突き抜け、確かにエックスの耳に届いた。

 ゾワリと、その音を聞いたエックスの背筋に悪寒が走る。自分に纏わり付く不快な何かが、自分に恐怖心を抱かせている。

 逃げたい、目を覆って全てを見なかったことにしたい……だが、体が動いてくれない。瞼を閉じることすら出来ないまま、エックスは目の前の光景を見続けるしかない。

 

 エックスには見えていた。自分が作り上げた闇の果て、その先に一人の騎士が槍を構える姿を。電撃が、雷光が、稲光が、蒼い色をしたそれが、はっきりとその目に映っていた。

 

「うそだ……」

 

 確信に近い予感。抗い難い真実。首を振り、それを否定しようとも、エックスの運命は変わらない。

 

「邪魔なんだよ、お前……! お前がそこに居たら――」

 

 響くのは謙哉の声。雷の弾ける音に紛れ、彼の声もまたエックスの耳に届いていた。

 闇に吸い込まれるはずの彼の姿が、声が、雷光が……その全てをエックスが感じている。闇に包まれることの無い光を放つ謙哉をブラックホールは捉え切れていない。

 事ここに至ってエックスが考えたのは、『自分は何処で間違えた』のかであった。何を誤ったが故の敗北なのかを、彼は考え始めていた。

 そう……エックスは自らの敗北を悟り、諦めの境地に辿り着いていたのだ。そんな彼に向け、謙哉は最後の一言となる叫びを口にする。

 

「お前がそこに居たら……水無月さんに手が届かないだろうが!!」

 

《究極必殺技発動 オリジン・ロンゴミニアド》

 

 謙哉が構える槍が突き出される。自分に向け、まっすぐと……その穂先から放たれる蒼い光は、いとも容易くブラックホールを突き破り、エックスへと向かって来た。 

 

 それは世界に産声を上げさせた始まりの光。天と地を割り、世界を創り上げ、命を生み出した原初の雷。

 それは玉座の間に広がる闇を一瞬にして突き抜け、世界を光で照らす最強の稲光。防げる物は無く、受け切る事も不可能な、最強の矛。

 

 真っすぐに……ただ真っすぐにエックスへと突き進んだその光は、完璧に彼の体を捉えた。胸を貫く電撃は、電子で構成されるエックスの体に大きな風穴を開ける。

 呻き声一つ上げないエックスの手から滑り落ちた杖は、謙哉の放った必殺技を前に跡形も無く消え去った。取り付けられていた宝玉が砕け、その内部から飛び出した光は空中で徐々に人の形を取り、元の姿を取り戻していく。

 やがて……宝玉から解放された玲は、空中で人の姿を取り戻すとゆっくりと落下して行った。彼女の体が地に落ちる寸前、伸ばされた謙哉の腕が玲を受け止める。

 

「……確かに、お前に奪われていたものは返して貰ったぞ」

 

 闇が晴れた戦場に謙哉の声が響く。暗黒魔王の手から奪い返した大切な人を抱き締め、胸に大きな風穴を開けた宿敵に背を向け、謙哉は仲間たちの元へと歩き出す。

 

「エックス……僕の、勝ちだ」

 

 手向けの言葉でも何でもない、ただの勝利宣言。視線も向けず、その姿を見ぬまま、エックスへと謙哉が言葉を残す。

 直後、それが合図であったかの様に、エックスへと裁きの雷が舞い降り、爆発を起こした。

 

 


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