仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

9 / 100
久々にスピンオフを投稿! 本編も同時更新したかったのですが、どうしても時間がとれず……申し訳ありません!


キバ編

 

 その日、玲はテレビ番組の収録の為にスタジオを訪れていた。今回の仕事は玲単独のものであり、やよいと葉月は別行動だ。

 番組の内容は芸能人の格付けチェックという奴で、一流の食事や芸術を知っているであろう芸能人たちの目利きや判断能力を確かめるものとなっている。大きな芸能事務所を構える園田の義理の娘である玲もまた、この企画の調査対象として選ばれたのだ。

 幾つかのテストを受けた後、玲は音楽への理解を確かめられることとなった。3000万円の価値があるヴァイオリンと3万円のヴァイオリン、二つの音色を聴き比べてどちらが高額なヴァイオリンかを当てるというテストを出されたのである。

 歌うことを生業とし、アイドルの中でもトップクラスの歌唱力を誇る玲。そんな彼女がこの問題を間違えてしまったら、それはとんでもない赤っ恥をかくことを意味する訳なのだが――無論、彼女にそんな心配は無用の長物である。あっさりと正解の選択肢を導き出し、スタジオ内の芸能人たちの喝采を浴びていた玲であったが、そんな中、一人の見慣れない男が撮影現場に踏み込んで来る姿を目にした。

 

「馬鹿か、お前らは」

 

 警備員やスタッフの制止を振り切ってスタジオ内に侵入した男は、安値のヴァイオリンを手にすると演奏の構えを取る。その時、男と目が合った玲の心は、何故か震えあがっていた。

 静寂の後、男の演奏が始まる。そして、彼が奏でるヴァイオリンの音色を耳にした者は、その演奏に聞き入ってしまっていた。

 表現が、力強さが、繊細さが……その全てが、別格だった。演奏のために呼ばれたプロのヴァイオリニストですら足元に及ばぬその技術に誰もが魅了されてしまっている。彼の手元にあるのは誰でも買える安物のヴァイオリン。しかし、そのヴァイオリンを使って、男は3000万円のヴァイオリンの音色を超える演奏を奏でて見せたのだ。

 そうして、長いようで短く、それでいながら永遠に聞いていたいと思える男の演奏は終わった。ヴァイオリンを手放した男は、スタジオ内の人間一人一人の顔を見まわしながら言う。

 

「ヴァイオリンの値段なんて、演奏する人間の腕前と心に比べりゃなんてことも無い。俺は、子供用のヴァイオリンであっても世界一の演奏が出来ると自負しているね」

 

 弘法は筆を選ばず、その言葉を体現して見せた男に拍手が贈られる。玲もまた、テレビの撮影中だということも忘れて彼へと語り掛けてしまっていた。

 

「あなたは、何者なの……?」

 

「ああ、ここに来た理由を忘れる所だったぜ。可愛らしい君の顔を見て思い出す事が出来た」

 

「えっ……!?」

 

 慣れた動きで玲の手を取った男は、彼女の目の前でもう片方の手を浮かす。ナルシストで、女慣れしている彼の表情を目の当たりにした例であったが、不思議と不快感は湧いてこなかった。

 何故だか……自分は、彼の放つ雰囲気に覚えがある。自分の近くにこれと同じ様な雰囲気を放つ男が居た様な気がする。だから、玲は彼の行動に不快感を感じない。その事を不思議がり、動きを止めた玲に対して、男は言った。

 

「来て貰おうか、水無月玲……もしかしたら、君は死ぬかもしれないけどな」

 

 その言葉と指の鳴る音を耳にして、玲は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉月に玲の予定を聞いた謙哉は、大急ぎで彼女が仕事をしているテレビ局へとやって来た。謎の人物たちの勧告を受けた彼は、玲の身を案じていた訳である。そして、その不安は的中した。テレビ局には異様な雰囲気が満ちており、ざわざわとした人々の喧騒が止まないでいたのだ。

 胸騒ぎを感じた謙哉は急いで葉月から聞いていたスタジオへと向かう。廊下を走り、階段を駆け上り、いやに静かなドアの前に立った謙哉は、意を決して扉を開けた。

 

 撮影が行われているはずのスタジオの中は真っ暗であり、とても静かだった。ともすれば謙哉がスタジオを間違えたのではないかと思うほどだが、当の彼はこの部屋の中に蔓延する不思議な緊張感を全身で感じ取り、警戒を強めている。

 ドライバーを掴み、何時でも変身出来る様にしながらゆっくりとスタジオの中心部へと進む謙哉。彼の背後の扉が閉まった時、不意にスタジオの中心部がスポットライトで照らされる。その光の中にあるものを目にした謙哉は、叫び声を上げていた。

 

「水無月さんっ!」

 

 スポットライトに照らされていたのは、十字架のオブジェに縛り付けられた玲だった。瞳を閉じ、ぐったりと動かない彼女の姿を見れば、玲が気を失っていることは明らかだ。

 そしてもう一人、その光に照らしだされている男が居た。ゆっくりと謙哉の方へと歩いて来る男を睨みつけながら、謙哉は口を開く。

 

「お前が水無月さんをこんな目に遭わせたのか? お前は何者だ!?」

 

「一つ目の質問の答えはYESだ。二つ目は、そうだな……偉~い人だと覚えておけばいい」

 

「ふざけるなっ! お前の目的は何だっ!?」

 

 謙哉は、自信家で人を小馬鹿にした様な表情を浮かべている男に苛立ちの叫びをぶつける。しかし、男の表情には焦りや恐れの感情は無く、むしろ謙哉が怒っていることを楽しんでいる様にも見えた。

 

「そう怖い顔をするなよ。俺はお前の味方だぜ?」

 

「僕の味方だって……?」

 

「ああ、そうさ。だからまず落ち着け。俺だって女の子を傷つける様な真似はしたくないが、これには少し事情があるんだよ。だから、まずはは俺の話を聞け、な?」

 

 男の言葉を耳にして、謙哉は警戒を緩めることはしないながらもすぐに彼と事を構えることは避けた。謙哉が自分の話を聞く様子を見せたことに嬉しそうに笑うと、男は自分のことを話し始める。

 

「俺とお前は良く似ている。お前は多くの者を愛し、友を大切にし、才能に満ち溢れている! そして何より……良い男だ。俺には劣るがな」

 

「何を言いたいんですか?」

 

「お前と俺は似ている。だからこそ、俺は分かる……お前は、この戦いの果てに命を落とすってことがな」

 

「!?!?!?」

 

 謙哉に向けて指を突き付け、先ほどまでの軽薄な表情とは打って変わった真剣な眼差しを見せる男の言葉に謙哉は声を詰まらせた。彼の言葉には、はったりや嘘では無く、何かの確証があることを予感させる現実味があったからだ。

 謙哉が自分の言葉を信じかけていると知った男は、ふっと笑みを見せると……優しく謙哉の肩を叩いた。口元を僅かに綻ばせた男は、囁く様な声量で話を続ける。

 

「俺もお前と同じだ。俺は、愛する者たちの為に命を懸けて戦い……そして、死んだ」

 

「えっ!?」

 

「信じるかどうかは自由だ。一応言っておくが、俺は嘘は言ってない。……話を戻すぞ。俺はかつて、戦いの果てに命を落とした。その時はそれで良いと思っていたが……後々、自分の戦いが無意味だったってことに気が付いたんだ」

 

「そんな……! 何で、そんなことを言うんですか!? あなたは、大切な人たちのために命を懸けたんでしょう!? なら、それを無意味だなんて言って良い筈が――」

 

「いいや、無意味さ! 何故なら……俺が守った奴らは、誰一人として幸せにならなかったからだ」

 

 遠い過去を思い返す様に男が視線を上に向ける。光に照らされ、どこか神々しく見える男の後姿を謙哉は黙って見つめることしか出来ない。

 

「愛した女は、暗闇の果てに居続けることになった。戦友たちもその後の戦いで命を落としたり、終わらぬ戦いの中に身を置き続けている。そして、俺の息子は……俺の事など何も知らないまま、たった一人で孤独に生きることを強いられた。俺が守りたかった奴らは、俺が命を懸けても幸福にはなれなかった」

 

「それでも! あなたが自分の命を投げ打ったからこそ、その人たちの命は繋がったんでしょう!? それを無意味だなんて――」

 

「少年、覚えておけ……時には死ぬことよりも不幸な人生もある。俺はあの時、死ぬべきじゃあなかった。あいつらと共に生き続けるか、あいつらと共に死ぬべきだったんだ」

 

「ぐっ……!!」

 

 自分の戦いを無意味と嘆き、無価値と吐き捨てた男の言葉に拳を握り締める謙哉。悲壮感の漂うその背中にかける言葉を見つけられないまま、胸の中の苛立ちを掻き消す様に彼は叫ぶ。

 

「それが、今のこの状況と何の関係があるんです!? どうして水無月さんを襲うんですか!?」

 

「……なんだ? お前、まだ気が付いて無いのか? ここまで来て、何も分からないのか?」

 

「な、なにがですか!?」

 

「呆れた馬鹿だな……良いか? お前が生きて戦いを終えられるかどうかの鍵は、この娘が握っているんだよ。つまりは……こいつが死ねば、お前は助かるってことだ」

 

「な、なんだって!?」

 

 いつの間にか玲の横に移動した男は、最初に浮かべていたあの軽薄な笑みと共に玲の頬を撫でていた。そうしたまま冷ややかな声で謙哉に語り続ける。

 

「お前か、この娘か……助かるのは一人だけだ。お前ならどっちを選ぶ?」

 

「ふざけるなっ! そんなこと、答える必要は――!」

 

「……この娘、だろ? お前は絶対にそうする。自分が死んででも、この娘を助けようとする。間違いない。だから、この場でどちらかを殺すしかないんだよ! それが……お前が辿る運命だ!」

 

「僕が辿る運命……? それは、どう言う事なんですか!?」

 

「……知る必要は無い。お前はただ選べば良いだけなんだからな」

 

――ガブリ!

 

 冷酷な眼差しを謙哉に向けた男の手の中には、黒い蝙蝠の様な生物が握られていた。そして男がその生物に手を噛ませた途端、彼の顔にはステンドグラスの様な紋様が浮かび上がって来たではないか。

 

「……変身!」

 

《……ダークキバ》

 

 男の腰に無数の鎖が纏わり付き、それがベルトとなる。出来上がったベルトに手にしていた黒い蝙蝠をぶら下げれば、男の体を紅と黒の鎧が包み込んだ。

 見る者すべてに畏怖の感情を抱かせる外見。一歩歩むごとにその足跡は燃え上がり、それだけでも男が凄まじい力を有している事が見て取れた。。

 

「……選べ、お前はどうする? お前が死ぬか? あの娘を殺すか? お前の運命を選べ!」

 

 拳を握り締め、謙哉を威嚇しながら非情な選択を強いる男――ダークキバの瞳が獰猛に光る。謙哉の答えによっては、彼は本気で玲を殺すだろう。

 無論、謙哉はそれを許すつもりは無い。謙哉自身が死ぬつもりもだ。故に、懐から取り出したギアドライバーを腰に装着し、彼は大声で叫んだ。

 

「僕はどちらも選ばない! 水無月さんを死なせることも、僕が死ぬことも無い! あなたが何者であろうとも、僕はあなたの言う未来を変えてみせる!」

 

「不可能だ、運命は変わらない……悲劇が起きる前に、傷が浅いうちに、苦しみを受け止めることがお前とあの娘にとっての幸せになる」

 

「そんなことありません! 変えられない運命なんて無い! そう信じているから僕は戦うんです! 誰もが笑っていられる未来が訪れるを信じているから! それが、僕の描きたい未来だから!」

 

「なら……俺を倒してみろ! ここで俺に負けるようじゃ、お前は守りたい物を守ることなんか出来やしないさ」

 

「言われなくったって、僕はっっ!」

 

 ドライバーからカードを取り出す謙哉。その手に握るのは謎の男から渡されたカード。目の前の仮面ライダーに良く似た、吸血鬼の様な姿をした戦士が描かれているカードを振りかざした謙哉は、ドライバーへと一直線に振り下ろす。

 

「変身っっ!!」

 

《キバ! ドガバギランブル! 目覚めろWAKE UP!》

 

 カードを使用した謙哉を透明の鎧が包む。まるでガラスの様なそれは、カードに描かれている戦士そっくりの形を作り上げてから、弾ける様にして吹き飛んだ。

 黄色く輝く大きな複眼と鎖が巻き付けられた右足。怪物であり、戦士でもある仮面ライダーの力をその身に宿した謙哉は、体勢を低く構えて敵を睨みつけながら、決め台詞を叫ぶ。

 

「さあ、キバって行くよっ!」

 

 叫ぶと同時に脚に力を込めて床を蹴った謙哉は、驚くほどの跳躍力を見せつけてダークキバへと飛び掛かる。爪で引っかく様な素早いパンチを繰り出し、ダークキバの体勢を崩すことに注力しつつ、敵が繰り出す攻撃を捌き続ける。パンチの応酬を続けていた二人であったが、膠着状態になることを感じ取った謙哉は、再び地面を蹴って跳躍した。

 

「はぁっ!!」

 

 上空で宙返りし、ダークキバの頭上から攻撃を仕掛ける謙哉。脳天を叩く拳の一撃に火花を散らしたダークキバの脚がよろめく。そのまま、着地と同時に脚払いを仕掛けたものの、今度はダークキバが地面を蹴って空中からの襲撃を仕掛ける番だった。

 

「てやぁっ!」

 

「ぐっぅ!?」

 

 先ほど自分が繰り出したものと同じ脳天を叩くパンチに昏倒仕掛けた謙哉であったが、咄嗟に体勢を崩す勢いを活かしてオーバヘッドキックの要領でダークキバへと反撃を仕掛ける。勢い良く回った謙哉の脚は、見事に敵の胴体を捉え、ややカウンター気味にダークキバへとダメージを与えることに成功した。

 

「ぐふぉぁっ!!」

 

「ぐぅぅっっ!」

 

 キックを食らったダークキバは大きく吹き飛び、壁に叩き付けられた。少なくないダメージを与えることには成功したが、謙哉も決して無傷とは言えない状態だ。

 お互いによろめき、痛みに歯を食いしばりながらも立ち上がる両者が鋭い眼光をぶつけ合う。荒い呼吸を繰り返しながら、二人は吼える様にして相手に向かって叫びかけた。

 

「この、大馬鹿野郎がっっ! まだわからないのかっ!?」

 

「諦めない人間のことを馬鹿と言うのなら、僕は馬鹿で構わないっ! 何があったって、僕は皆を守ってみせる!」

 

「チッ……! 本物の馬鹿だな、お前はっ!」

 

《必殺技発動! ダークネスムーンブレイク!》

 

《ウェイクアップ2!》

 

 謙哉とダークキバ、二人のドライバーからそれぞれ別の音声が響いた瞬間、スタジオの内部に二つの月が出現した。どちらも血の様に赤く淀んだ霧に包まれた後、背後の空中に浮かぶ月目掛けて飛び立ち、右脚に全ての力を収束させる。

 赤と緑の紋章を通り抜け、稲光を放ちながら激突した両者は、咆哮を上げながら相手に打ち勝とうとただ全力を尽くしていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 空気が震える、衝撃が響く。煌々と月明かりだけが光る暗闇の中で、二人の戦士がぶつかり合う。

 凄まじいまでの力が込められた右足同士のぶつかり合いに骨は軋み、肉は砕けそうになっていた。それでも、二人の男たちは決して怯むことも逃げることもせずに技を繰り出し続けている。それぞれの負けられない理由を胸に、己の誇りを懸けて戦っているのだ。

 そんな永遠に続くかと思われた二人の戦いであったが、終わりは唐突に訪れた。一気に収束した空気が爆発となってスタジオの中で吹き荒れ、ぶつかり合っている二人の体を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「ぐぁぁっっ!」

 

「ちぃぃっ!!」

 

 必殺技の打ち合いとその余波による衝撃、二つの尋常ならざるダメージを受けた両者は、地面に転がると同時に変身が解除されてしまった。それでもなお、謙哉は負けるものかと痛みを堪えて立ち上がると、男に向かって向かって行く。そんな謙哉に対し、男もまた苛立ちの表情を浮かべて迎撃の構えを見せた。

 

 一歩、二歩……よろめいた足取りのまま男に立ち向かう謙哉。しかし、男はそんな謙哉の拳をあっさりと避けると、彼の胸倉を掴み、必死の形相を浮かべて叫んだ。

 

「お前は、正真正銘の馬鹿かっ!? まだわからないってのか!?」

 

「僕は、誰も見捨てるつもりはない……! 水無月さんだって、僕の命だって、絶対に守って――!」

 

「ああ、そこまでわかってるんだろうが! だったら、何でそこから先が分からないんだ!?」

 

「……え?」

 

 謙哉は、目の前の男の表情が何処か悲し気なものになっていることに気が付く。そしてその彼の体が徐々に光の粒になっていることにも気付き、握り締めていた拳から力を抜いた。

 敵意が完全に消えた謙哉の胸倉を掴む男は、自分の消滅を悟りながも……いや、悟っているからこそ、謙哉に向けて自分の思いを訴えかけ続ける。その姿を見た謙哉は、彼はなにかとても大切なことを自分に伝えようとしていることを理解した。

 

「お前は何でここに来た? あの娘が危ないと誰かに聞いたのか? ……違うだろう? お前が聞いたのは、()()()()()()()()()って言葉だ。あの娘が危ないだなんて、お前は聞いちゃいないはずだ!」

 

「それ、は……」

 

「ここに来る前に、お前は他の誰かの無事を確かめたか? あの娘以外の友人や家族の安否を確認したか? してないだろう? お前は、誰よりもまず先に彼女のことを思い浮かべ、ここにやって来たんだろう!?」

 

 男の言う通りだった。謙哉は、大切な家族や勇以外の友人たちのことを思い浮かべるよりも早く玲の安全を気にかけていた。何故だか、大切な誰かに該当するのは玲だという確信があったのだ。

 だから真っ先に彼女の予定を確認し、何よりも早く彼女の元に駆けつけた。だが、何故自分が玲の元に向かったのか? その理由は理解していなかった。

 

「もう一度聞くぞ? 何でお前はここに来た? 何で彼女の元に駆けつけたんだ?」

 

「それは……水無月さんを守りたいと思った、から……」

 

「そうだ、お前はあの娘を守りたいと思った。だからここに来た。なら、次の質問の答えも分かる筈だ」

 

 謙哉が顔を上げれば、目の前の男の表情が目に映る。彼はもう、怒っても謙哉を馬鹿にしてもいない。今の彼の表情は、愛する我が子を見守る父のそれだった。

 

「よく聞け、お前は本当に馬鹿だ。どうしようもない大馬鹿だ。このままじゃ、あの娘だけじゃなく、沢山の人を泣かせることになる。だが……その運命は、どう足掻いたって変えられないんだ。お前は、その運命を受け入れるしかないんだよ」

 

「え……?」

 

「だからこそ、お前は早く気が付かなきゃいけないんだ。ギリギリじゃ遅い、後悔する前に、その答えを導き出さなきゃなんねえんだよ。さもなきゃ、ずっと苦しむ事になる。お前か、あの娘がな……」

 

 もう男の姿は殆ど消滅しかかっていた。優しく、力強い眼差しを謙哉に向けた男は、静かな口ぶりで最後の質問を投げかける。

 

「……お前はあの娘を守りたいと思った。なら、その理由は何だ? お前が彼女を守りたいと願う時、その心の中にはどんな火が灯っている? お前にとって、彼女はどんな存在なんだ?」

 

「あ……!?」

 

 その言葉を最期に、男は光の粒に還ってしまった。足元に残るダークキバのカードを見下ろし、この数分間で自分の身に訪れた数々の事件を頭の中で整理する謙哉は、スポットライトに照らされる玲の元へと歩んで行く。

 彼女を縛っていたオブジェもまた、男と共に消え失せていた。いや、もしかしたらあれも男が見せていた幻覚で、最初から玲は何も危害を加えられていないのかもしれない。

 夢の中の玲は、とても幸せそうな顔をしていた。美しいヴァイオリンの演奏を聴いている様な穏やかな寝顔を浮かべる彼女の頬に手を添え、謙哉は呟く。

 

「僕は……君を守りたいと思うよ。君が僕に戦う理由を思い出させてくれた。君が僕に大切なことを教えてくれた。だから僕は強くなれたんだ」

 

 エックスとの戦いに際し、玲を失った謙哉は絶望のどん底まで落ちてしまった。だが、そこでかけがえのない光を見つけ出すことも出来た。その光をくれたのは、他でもない玲なのだ。

 

「理由は分からないんだけどね……僕は、君が笑ってくれると嬉しいんだ。他の誰でも無い、君が笑ってくれるのが本当に嬉しいんだ。だから僕は君を守りたいって思うんだよ。でも、なんでかな……? 何で僕は、そう思ってしまうのかな……?」

 

 こんなことを聞いても玲は困るに違いない。頬に触れるだなんて馴れ馴れしい真似をしたことがバレたら、きっと顔を真っ赤にして怒るに違いないだろう。だから、眠ったままでいい。この幸せそうな表情を浮かべたままで、自分の問いかけに答えなんて返してくれなくて良いのだ。

 

「ああ……やっぱり僕は馬鹿なんだろうね。全然答えがわからないや。うん、わからないんだよ……」

 

 処理出来ない感情が押し寄せて来る。他の誰にでも抱いていて、それでも玲にだけは少しだけ違うその感情のことを謙哉は理解することが出来なかった。だがしかし、他の誰から見てもその答えは明らかなのだ。だからこそ、あの男は謙哉の前に現れたのだろう。あまりにも不器用で、誰よりも優しい、そんな謙哉の姿に自分の息子の姿を重ねたからこそ、あの男はやって来てくれたのだ。

 その答えに謙哉がいつ気が付くのかはわからない。もしかしたら、あの男が言ったように、手遅れになってから気が付くのかもしれない。だがそうだとしても……彼と彼女の迎える結末が、少しでも幸福なものであることを願わずにはいられない。

 玲の笑顔と、男の言葉と、鳴り響くヴァイオリンの音を頭の中でループさせたまま、謙哉は無言で玲を見つめ続けたのであった。

 

 




―――NEXT RIDER

「僕は皆と戦いたくなんか無い! どうしちゃったんだよ、皆っ!?」

「争って、奪い合って、その先に何がある!? 人は、戦い続ける生き物なんかであるはずがないんだ!」

「……しゃぁっ!!」

次回『燃えよ、竜騎士』



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