仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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守りたかったもの、その為に

 

「う……」

 

「……目を覚ましたか」

 

 短い呻き声を漏らし、体を起こした謙哉は、自分が病室のベッドの上に寝ている事に気が付いた。

 同時に自分のすぐ近くから聞こえて来た声が親友の物であると言う事にも気が付いた謙哉は、周囲を見回して自分を心配そうに見つめる仲間たちの顔を一人一人確認する。

 

 親友の勇、彼に付きそう葉月とやよい、この部屋に居るのは、その三人だけだった。

 そう……()()は、この場には居なかった。

 

「う、あ……!」

 

 脳裏に蘇ったその光景に謙哉は嗚咽を漏らす。出来ることならば、夢であって欲しかった。しかし、あれは紛れも無い現実だった。

 

 玲が消えた、ゲームオーバーになった。自分を守る為、エックスの必殺技を受けていなくなってしまった……その事実を再び認識した謙哉は、拳を握り締めるとベッドから立ち上がって病室の外へと出て行こうとする。

 

「おい! 何処に行くつもりだ、謙哉!」

 

「決まってるだろう! 水無月さんを助けに行くんだよ! まだ、彼女は生きてる……! エックスを倒して、水無月さんを救い出すんだ!」

 

「何言ってやがる! その体で無茶出来る訳ないだろ!」

 

「それでもやらきゃいけないんだよ! ……《狂化》のカードを使えば体の疲労や負傷は無視出来る。そうすれば、エックスだって倒せるはずだ! もし僕が負けたとしても、手傷を負ったエックスに勇たちがトドメを刺してくれればそれで――がっっ!?」

 

 ドライバーを握り締め、ホルスターの中に仕舞われていた《狂化》のカードを握り締めながら呟いた謙哉は、突然に自分を襲った衝撃に呻きを上げて床に崩れ落ちた。

 頬に走った衝撃は鈍く、重い物だった。口元に血を滲ませる謙哉は、肩で呼吸をしながら自分を見下ろす勇へと視線を向ける。

 

「勇、何を……?」

 

「何を、だと……? それはこっちの台詞だ! お前は何を考えてやがるんだ!? まだ自分の命を軽視するつもりか!?」

 

 激高した勇は謙哉の胸倉を掴むと、そのまま病室の壁へと彼を叩き付けた。

 怒りに染まった表情を浮かべる勇は、僅かに涙を浮かべながら謙哉へと吼える。

 

「何の為に水無月がお前を庇ったのか分からねえのか? お前は……水無月の最期の言葉を聞いてなかったって言うのかよ!?」

 

「っっ……!!」

 

 謙哉の頭の中でもう一度あの光景が蘇った。玲が消え去る寸前、彼女が浮かべた悲しい笑顔が記憶の中で何度も繰り返される。

 玲は謙哉に言った、「死なないでくれ」と……自分の命を大事にして、生きてくれと願っていた。

 その為に彼女は消えた。玲は、命を懸けて謙哉を守ったのだ。

 

「……わかってるさ、そんな事……! でも、だからこそ……僕が、戦うしかないんじゃないか! 僕が勝たなきゃならないんじゃないか! 水無月さんがまだ生きている内に、僕がっ!」

 

 悲しみと後悔を感じさせる謙哉の叫びを耳にした勇は表情をしかませ、彼の胸中を想像した。

 謙哉が今、どんな気持ちでいるかが分からない訳では無い。しかし、だからと言って無理をさせる訳にもいかない。

 

 だが、謙哉が戦いたいと言う理由も十分に理解出来る勇は、あの後に起きた出来事について思い返し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水無月さん……? あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 玲のドライバーを抱き締めて泣きじゃくった謙哉は、目の前で消え去った玲の名を悲痛な声で叫ぶ。しかし、その声に返答は無く、代わりにエックスの嘲笑う様な声が響いた。

 

「あっはっは! これはやられたなぁ! まさか君じゃなく、お姫様の方を捕まえちゃうなんてね」

 

「捕まえる……? どう言う意味だ!?」

 

 倒す、では無く()()()()、と言う表現をしたエックスの言葉に疑問を抱いた勇は、強い口調で彼を詰問した。

 エックスは、勇の質問に口元を歪ませて笑みを作ると、自身の手に持つ杖をトントンと叩く。

 

「ああ、見て貰った方が早いでしょ。つまり、こう言う事だよ」

 

 エックスの手にした杖、それに飾り付けられている宝玉が光り出す。空に真っすぐに伸びた光は、まるで映写機の様に一つの光景を映し出した。

 

 光の中には茨に囲まれた十字架が映り、そこには一人の人間が磔になっていた。その人物の顔を見た葉月が、驚きに口元を抑えながら叫ぶ。

 

「玲っっ!!?」

 

 そう、そこに映し出されていたのは玲であった。たった今、ゲームオーバーになったばかりの彼女が映し出される謎の映像を見る面々が驚きに言葉を失っていると――

 

「彼女のデータはね、この宝玉の中に閉じ込められているんだ。消え去った様に見えたけど、データとなって分解した後、この中に吸い込まれたって訳。つまり……()()()()()()()()()()、この宝玉の中でね」

 

「玲ちゃんが、生きてる……? そこに、玲ちゃんが居るの……?」

 

「ああ、その通りだよ! ……そして、ここまで来れば話は早いんじゃないかな?」

 

 空中に映し出されていた玲の映像を消滅させたエックスが両腕を大きく開いて高笑いを上げる。彼の背後には稲妻が走り、堂々たる悪のボスとしての風格を演出していた。

 

「彼女を助けたければボクを倒すしかない! ボクを倒してこの杖を破壊することで、彼女は人としての形を取り戻す事が出来る! でも、あんまり時間は無いよ? なにせボクは飽き性でね、長々とデータを保存しておくつもりは無いんだ。あんまり時間が経っちゃうと……彼女のデータを異形の化け物の姿に変えちゃうかもね」

 

「そんな事……! そんな事、絶対にさせない!」

 

 エックスの恐ろしい台詞を聞いた葉月は、親友を彼の好きにさせるものかと強い意思を持ってそう叫んだ。

 それは勇もやよいも同じで、全員が玲を取り戻す為にエックスに戦いを挑もうとする。

 

 しかし、それよりも早く動いた謙哉は、おぼつかない足取りながらもエックスへと駆け出し、半狂乱になって叫びつつ殴り掛かった。

 

「返せ……! 水無月さんを、返せぇぇぇぇっっ!!」

 

「そうそう、それで良いんだよ……! その必死さが、ボクの脚本を更に素晴らしい物にする。だからね、ここで決着をつけるのは良く無いんだ」

 

 変身もせずに自分に殴りかかって来た謙哉を軽くいなしたエックスは、杖の先端から光弾を作り出すと謙哉に向けて発射した。

 吸い込まれる様に謙哉の体に直撃した光弾は大きく弾け、その衝撃に吹き飛ばされた謙哉は地べたを転がって動かなくなってしまう。

 

「謙哉っっ!?」

 

「……ここは決戦の地には相応しくない。ボクの城においでよ。そこで最終決戦と行こう……これが、ボクの城に続くゲートの鍵さ」

 

 数枚のカードを作り出したエックスは、それを勇たちに向けて飛ばすとマントを翻して姿を消してしまった。

 高笑いを残し、玲のデータを連れて本拠地へと撤退したエックスを止められなかった事を悔しがりつつも、勇たちは気を失った謙哉を病院に担ぎ込み、今の状況に至ったと言う訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックスに勝つには《狂化》のカードを使うしか無いんだ! それ以外にアイツに勝つ方法なんて無いんだよ!」

 

「そんな事わからねえだろ! それに、それしか方法が無かったとしてもそんな事をさせられるかよ!」

 

「なら、勇は水無月さんを見捨てるって言うのかい!? 僕はそんなの嫌だ! 例え僕が死んだって、水無月さんは助け出してみせる!」

 

「まだんな事言ってんのか!? 少しは冷静になれよ!」

 

 病室では、勇と謙哉による激しい言い争いが続いていた。

 お互いに玲を助けたいと言う気持ちは一緒だが、自らの命を犠牲にしても玲を救おうとする謙哉に対して勇は苛立ちを隠せないでいる。彼に馬鹿な真似をさせるまいと必死に説得を続けるも、その話し合いはどう見ても言い争いにしかなっていない。

 

 怒鳴り合いにも近しい争いを続ける二人。険悪なムードが病室に漂う中、二人の声を引き裂く様な悲痛な叫びが響いた。

 

「もうやめてよ! 二人とも、もう喧嘩なんかしないでよっっ!!」

 

 涙が混じったその叫びにはっとした二人が顔を向ければ、そこには泣き顔になっている葉月とやよいの姿があった。

 双方ともに親友が消えたショックに打ちのめされた上、仲間たちが争う姿を見て傷ついているのだ。その事に気が付いた勇と謙哉は、バツが悪そうな表情になって言い争いをストップした。

 

「玲、ちゃんを助けたいって……そう、思う気持ちは、皆一緒です……でも、謙哉さん、今のあなたとは、一緒に戦う事は出来ません」

 

「えっ……!?」

 

 絞り出す様に紡がれたやよいの言葉を耳にした謙哉は、驚きのあまり目を見開く。

 やよいの言葉を肯定する様に口を開いた葉月の意見を聞いた時、その驚きは更に大きくなった。

 

「アタシもやよいと一緒……今の謙哉とは一緒に戦えない。どんなに強くっても、一緒に戦いたくない」

 

「何で……? 僕が居なきゃ、エックスとは戦えないじゃないか! 《狂化》とオールドラゴンの力が無きゃ、エックスに勝てるわけが――!」

 

「それでもだ。謙哉……これは俺たち全員の意思だ、お前はエックスとの決戦に連れて行かねえ。お前は待機してるんだ」

 

「っっ……!?」

 

 親友にまで自分を否定された謙哉は、衝撃のあまりその場に崩れ落ちた。そんな謙哉の事を辛そうな表情で見つめる三人であったが、部屋に入って来た天空橋を始めとする面々に気が付くと今後の作戦について話し始める。

 

「おっさん、エックスを倒せるカードってのは無いのか? アイツもおっさんの作ったゲームのキャラクターなんだろ? なら、弱点みたいなカードもあるんじゃないのか?」

 

「……あるにはあります。しかし、そのカードを勇さんたちが手にするのは、実質不可能なんです」

 

「実質不可能って? そのカードが存在してるなら、急いで探せば良いじゃん! お金にも糸目はつけないよ! 玲が救えるんだったら、それで――」

 

「違うんです! ……そのカードは、現在世界中に5枚程度しか存在していないレア中のレアカードなんですよ。今からその持ち主を探すのも、カードを見つけるのも、時間的に不可能なんです……」

 

「そんな……せっかくの希望が……」

 

 天空橋の回答を聞いたやよいが絶望的な声を漏らす。しかし、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばす様な快活な言葉が病室内に響いた。

 

「ほなら、やっぱガチンコで勝負やな! 頭数は揃えたで!」

 

 景気の良いその声に振り向けば、扉の前で腕を組む光圀とちひろの姿があった。

 二人は、傷だらけの顔を綻ばせて笑顔を作りながらこの場に居る全員に告げる。

 

「三校の生徒たちの中で動ける奴は全員かき集めた。この数なら、エックスとだって戦えるはずだ!」

 

「仁科と大将はまだ動けんが……俺が一緒に行けば十分やろ?」

 

「光圀……お前、良いのか?」

 

「ったりまえやろ! 困った時は助け合うのが、友達ってもんやで!」

 

 勇の言葉にそう答えた光圀は、彼にヘッドロックをかけながら快活に言った。

 底抜けに明るい彼の態度に少し救われた気持ちになった勇は、エックスとの戦いに臨むべく残された戦力を把握し、戦い方を模索し始める。

 葉月達もまた一刻も早く出撃する為、自分たちを待つ仲間たちの元へと向かって行った。

 

「……謙哉さん、お気持ちは分かりますが、今のあなたに必要なのは休息です。水無月さんの事は私たちが何とかしますから、体を休めていてください」

 

 そうして人が居なくなり始めた病室で、最後まで残っていた天空橋は項垂れたままの謙哉にそう言葉を投げかけると自分もまた勇たちを追って部屋を出て行った。

 残された謙哉は一度立ち上がると、ベッドに腰かけて再びがっくりと項垂れる。

 

「水無月、さん……」

 

 自分を庇って消えた彼女の為に何もすることが出来ない。今の自分は、仲間たちに共に戦う事を拒否されてしまった。

 

 悔しかった、情けなかった、不甲斐ないと思った。一番大事な時に、何も出来ない自分が嫌で仕方が無かった。

 

「なんで、こうなっちゃったんだろう……?」

 

 ただ守りたかっただけなのに、大切な友達を守る為、自分は一生懸命戦っただけなのに……何故、こんな結末がやって来てしまったのだろうか?

 その疑問に答えてくれる者は一人もいない。親友も、友人も、大切に想う人も、今の謙哉の周りには誰も居てはくれない。

 

「………」

 

 虚ろな目をした謙哉は、ただ黙ったまま玲のドライバーを手に取る。そして、そのホルスターの中に仕舞われているカードを一枚一枚眺めながら、彼女との思い出に浸り始めた。

 

 玲が一番使う《ウェイブ》と《バレット》のカードを見て、初めて戦った時に喰らったコンボ技はとても痛かった事を思い出した。

 その後も何度か喰らったし、コンビを組む事を賭けた戦いの中でもその技を受けた。玲は毎回、謙哉の痛い場所を的確に狙っていたなと思い、僅かに口元を綻ばせる。

 

 マリンワールドで入手し、セクハラの代償として譲渡した《カノン》のカードを見つけた謙哉は、あの時は玲にしこたま叱られたなと懐かしい気持ちに浸った。

 夏の海で彼女と二人で話をする程まで関係を良好に出来るなんて考えもしなかった。そう思い、謙哉は玲との関係性を変化させたカードを見つけ出す。

 

 《キュアー》のカード。謙哉と協力し、悠子を救った時に使ったそのカードは、謙哉にとっても特別な物だった。

 親友との激突を経て自分の正義を見直した謙哉は、誰かを守る為の戦いを続ける事を誓った。あの日から、その思いが変わる事は無かった。

 自分の事をお人好しの甘ちゃんだと言っていた玲も、あの戦いから態度を軟化させてくれた。協力し、共に戦う事を素晴らしさを分かってくれたのだと、謙哉はそう思っていた。

 

「僕、は……」

 

 思い出すのは玲との思い出の一つ一つ。怒った顔、笑った顔、悔しそうな顔、自分を心配してくれた顔……短い間に作られた数々の思い出と共に、様々な玲の表情が謙哉の脳裏に思い浮かんでは消えて行く。

 

 二人でカードパックを買い、当たったカードを交換したあの日、玲はとても幸せそうな表情をしていた。楽しそうで、嬉しそうで、謙哉が今まで見たどんな表情よりも綺麗な笑顔だった。

 あの日から、自分には守りたい物がまた増えた。もしかしたらもっと前からそうだったのかもしれない。だが、はっきりと自覚したのはあの日だった。

 

「僕はただ……君を守りたかっただけなんだ……!」

 

 この笑顔を守れるならどんな苦しみだって受け入れられる、そう思っていた。

 

「僕は、君にあんな顔をさせたかったわけじゃ無いんだよ……」

 

 消える寸前に玲が浮かべていたあの悲しい笑顔は、謙哉の瞼に焼き付いて離れないままだ。

 自分は、玲にあんな表情をさせないために戦っていたはずなのに、それを果たす事は出来なかった。

 いや、玲だけじゃあ無い。勇にも、葉月にも、やよいにも……大切な友達皆に、笑っていて欲しかった。そう思っていたはずだった。

 

「僕は……何を間違えてしまったの? こんな結末、望んでなんかいなかったのに……!」

 

 自分に対する怒りを燃やす勇の表情。玲を失った悲しみに暮れる葉月とやよいの表情。それら全てが謙哉の胸を苦しめる。

 守りたかったはずの物を守れず、大切な物を失ってしまった。こんな悲劇、望んだ事は一度も無かったはずなのに。

 

「ごめん、水無月さん……本当にごめん……!」

 

 ぽたぽたと、玲のギアドライバーの画面に涙が落ちる。涙する謙哉を励まし、発破をかけてくれるはずのドライバーの持ち主は、今日は影も形も見えない。

 

 全ては自分の責任だと、謙哉は自分を責めた。深い悲しみに覆われる彼は、ひたすらに涙を流し続ける。

 

 その時――

 

『立ってくれ、謙哉。私一人では彼女を救えない』

 

「え……?」

 

 謙哉の耳が聞き慣れない声を捉えた。今まで聞いたことの無い、男性の声が部屋の中に響いたのだ。

 驚いて顔を上げた謙哉は、声の主を探して周囲を見回した。その時、タイミング良く扉が開き、部屋の中に一人の老婆が入って来た。

 

「あ……」

 

「目が覚めたのね、謙哉。話は全部聞いたわ」

 

 部屋に入って来た祖母、たまの姿を見た謙哉は口を開いたままの間抜けな表情で彼女を見つめていた。

 だが、たまはそんな謙哉の様子を無視したまま、部屋の中にあった椅子に座って話を始める。

 

「また、無茶をしたのね……死ぬかもしれないって言われるほど、危険な事をしてしまったのね」

 

「……ごめん、おばあちゃん」

 

「謝るのは、私にだけじゃあ無いでしょう? お父さんもお母さんも、陸も海里も皆心配してたのよ?」

 

「……うん」

 

 前に意識を失ってしまった時からあまり時が経っていないと言うのに、また同じ様な心配をかけてしまった。

 家族に対する申し訳なさに俯いた謙哉であったが、たまはそんな彼の前にカードパックを一つ差し出す。

 

「海里と悠子ちゃんって子からよ。前にあなたと玲ちゃんに助けられた子ですって」

 

「悠子ちゃんと海里が、これを……?」

 

「少しでも二人の力になりたいって、これを買ったみたい。二人ともあなたたちの事をとても心配してたわ」

 

「そう……」

 

 年の離れた少女たちに心配されてしまった謙哉は、またしても自分の不甲斐なさを呪った。せっかく受け取ったカードも今の自分では役立たせられる事は出来ないだろう。

 謙哉は妹と悠子の心遣いを無駄にしてしまったと思い、再び表情を沈ませる。そんな彼に向けて、たまは静かに口を開いた。

 

「謙哉、あなたは間違えてしまったみたいね。守りたかった物を見失ってしまった、そんな顔をしているわ」

 

「……うん、その通りだよ。僕は……間違えてしまったんだ……」

 

 戦いに続く戦いの中、謙哉は自分の一番守りたかった物を見失ってしまっていた。

 自分が本当に守りたかったのは皆の笑顔だったはずなのに、何時しか独り善がりな願いを胸に戦う様になってしまっていたのだ。

 

 自分がどんなに傷つこうとも、皆が無事ならそれで良い……そう思い、何度も無茶をして来た。それを諫められても、とうとう止める事は出来なかった。

 その結果がこの悲劇だ。後悔してもし切れない結末を迎えてしまった事を、分かってはいても悔しがらずにはいられない。

 

「僕は、見えて無かったんだ……僕自身の命を、僕の事を大切に思ってくれている人たちの事を……見ようとしていなかったんだ。だから、最後の最後でこんな事になって、その事に気が付かされて……最悪だ……!」

 

 何度も何度も、玲は自分に無理をするなと言ってくれた。その思いを知りながら、謙哉は何度も無茶をし続けた。

 だからこうなった。もう玲は自分の傍には居ない。自分が彼女の忠告を聞いていれば、こんな結末は避けられただろうに。

 

 後悔を続け、項垂れたままの謙哉。そんな謙哉に向け、たまは厳しい口調で活を放つ。

 

「……何時までそうしているつもりなの? あなたは、そのままずっと膝を抱えたままでいるつもりなのかい?」

 

「僕は……僕は、戦えない……! 自分が何のために戦うのか、分らなくなっちゃったんだ……僕は、自分がどうすれば良いのかが分からないんだよ……!」

 

 弱音を口にし、膝を抱える謙哉は涙を零しながら苦しんでいた。自分がどうすべきかがまったく分からない今の状況では、自分が何の役にも立たないことがわかっていたからだ。

 そんな謙哉の様子にたまは深い溜息をつく。きっと祖母を失望させてしまっただろうと心の中で悲しむ謙哉であったが、その耳に聞こえて来たのは予想外に優しいたまの声だった。

 

「謙哉、手を開いてごらんなさい」

 

「え……?」

 

「手を開くの、簡単な事でしょう? ほら、やってごらんなさいな」

 

 自分に優しい笑みを向けたたまに言葉に謙哉は戸惑いながらも従った。

 硬く握られていた右の拳を開き、爪の跡が残っている掌を見つめる。たまは、そんな謙哉に向けて穏やかな口調で話を続けた。

 

「今、あなたと手の中には何も残っていないわ。あなたは間違って、大切な物を取りこぼしてしまった。でもね……あなたの手は、まだ()()()()()()のよ」

 

「何かを、掴める……?」

 

「そうよ。取りこぼしてしまった手でも、開くことが出来るのならばまた何かを掴めるわ。お爺さんも良く言ってたわ、本当に大切なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって」

 

 謙哉は見つめる、自分の掌を。白く、大きく、所々に爪痕が残るその手を見つめながら、たまの話を聞き続ける。

 

「……謙哉、たった一つだけの簡単な質問よ。もう一度だけ、あなたがその手の中に何かを掴むとしたら、何かを取り戻せるとするのなら……あなたは、何を望むのかしら?」

 

「……僕、は……」

 

 何か一つ、この情けない男の掌が掴む事が出来るのなら、取り戻す事が出来ると言うのなら、もう答えは決まっていた。

 考えるまでも無い。これしか答えは無い。涙に滲む視界でも、確かに見える光を放つそれを、諦められるはずも無い。

 

「僕は……っ!」

 

 自分の名を呼ぶ玲の様々な笑顔がフラッシュバックする。そのどれもが綺麗で、眩いばかりに輝いていた。

 ただ一つだけ違ったのは、自分に見せた最後の笑顔だ。あんな悲しい笑顔を玲の最期の笑顔にして良い筈が無い。

 

「僕はもう一度……()()()()()()()()()()()()()……! また、彼女に笑って欲しいんだ……!」

 

 絞り出す様な声で呟いた謙哉は、胸の奥に火が灯る事を感じていた。まだ弱々しく、小さな灯火……だが、それは謙哉を突き動かす確かな熱となる。

 

「……それがあなたの戦う理由よ。ちっぽけで、世界の平和と比べたら大した理由じゃ無いかもしれないわ。でも……それが、あなたの本心なのよ」

 

 祖母の言葉に黙って頷いた謙哉は、涙を拭うと顔を上げる。そして、光を取り戻した瞳でたまを見つめ、力強い視線を向けながら言った。

 

「お婆ちゃん、僕、行って来るよ。今度こそ、自分の守りたい物を守って見せる」

 

「ええ、そうね。それが良いわ。……そうそう、ここに来る前にこれを預かってたのよ。え~と……確か、仁科さん、って人からね」

 

「えっ? 仁科先輩が……?」

 

「『あなたの様な素敵な女性にプレゼントです、きっとお孫さんも喜ぶでしょう』ですって。そんな風に言われたのは久しぶりだったわ」

 

 クスクスと微笑みながらたまが差し出したのは、エックスの城へと続くゲートを出現させる為のカードだった。

 たまからそれを受け取った謙哉は、自分に機会を与えてくれた仁科へと心の中で感謝する。

 

「……それじゃあ、行って来るよ」

 

 制服を羽織り、自分と玲のドライバーを手にして、最後に海里と悠子から受け取ったカードパックの中身を見ずにホルスターの中にしまった謙哉は、たまに笑顔を見せてそう言った。

 たまもまた孫の背中を押すべく、励ましの言葉を口にする。

 

「忘れちゃ駄目よ、謙哉。あなたの未来を紡ぐのは、あなた自身なの……誰だってそうよ、自分の未来を描くのは、自分しかいないんだから」

 

 再び、謙哉は頷く。そんな謙哉に向け、たまは笑顔を見せながらこう言った。

 

「ここから先の未来は……謙哉、あなたの手で描きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは本当なのか、真美? 水無月玲が、ゲームオーバーになっただって……?」

 

「え、ええ、本当よ……ショックでしょうけど、仕方が無い事なの……」

 

 光牙に状況をかいつまんで説明した真美は、彼が予想以上の動揺を見せる事に困惑していた。

 自分の裏切り行為は当然の如く明言していないが、それでも分かり易く状況は説明出来たはずだ。光牙が普段の状態でないにしても、流石におかし過ぎる。

 

「どうしたの、光牙? 確かに大変な事だけど、あなたがそこまで動揺する必要は――」

 

 別段、光牙は玲と仲が良い訳では無かった。櫂ならともかく、玲が消えてここまで動揺する必要は無い筈だ。

 その事を訝しがる真美に向け、光牙は一つの質問を投げかける。それは、真美にとっては理解不能な事だった。

 

「本当に……水無月玲がゲームオーバーになったのかい?」

 

「え? ……ええ、そうよ。残念な事だけど……」

 

「ゲームオーバーになったのは水無月玲なのかい? 虎牙謙哉じゃあ無くって、彼女なのかい?」

 

「……え?」

 

 謙哉の名前が出た時、真美は僅かに焦りの感情を胸にした。自分が犠牲にしようとした男の名前が出た事に、彼女も動揺したのだ。

 しかし、光牙はそんな真美の様子に気が付かないまま自分の疑問を問いかける。その様子は、玲がゲームオーバーになった事よりも、謙哉がゲームオーバーになっていない事に対して動揺している様子だった。

 

「おかしい……俺は見たんだ! アイツが、虎牙謙哉が死ぬ姿を! 次にゲームオーバーになるのはアイツのはずだったんだ! なのに、何で……?」

 

 光牙はブツブツと呟き、答えの無い疑問に頭を抱えていた。

 彼の言葉を聞いた真美はその内容を理解しきることは出来なかったが、一つの可能性に思い当たる。

 

「ゲームオーバーになるのは、虎牙だった……? でも、現実は水無月がゲームオーバーになった……()()()()()()()ってこと……?」

 

 それは論理的で無く、何処かロマンチックな考えだった。だが、あり得ないと思いつつも真美は思いついてしまったその可能性に考えを巡らせてしまう。

 

 光牙の言う通り、本当はゲームオーバーになるのは謙哉だったのかもしれない。だが、その運命を玲が命を懸けて変えた。消えたのは玲で、謙哉は生き残る事になったのだ。

 玲は、『誰かがゲームオーバーになる』と言う運命は変えられなかった。だが、『謙哉がゲームオーバーになる』と言う運命を変えて見せたのだ。

 

 だが……それに何の意味があると言うのだろうか?

 

(……無駄な事よ。そんな事したって、何の意味も無いじゃない)

 

 玲の命懸けの献身を真美は無駄と切って捨てた。しかし、心の中でざわつく何かが、その考えを完全に否定させてはくれない。

 もしかしたら……玲は、自分が思っているよりも大きく『何か』を変えたのでは無いだろうか? それが何かは分からない。だが、彼女の命を懸けた行動は、確かに謙哉を救ったのだ。

 

(馬鹿馬鹿しい! そんなことある訳無いじゃない! そんな事、ある筈が……)

 

 首を振り、異次元的な考えを払いのけた真美は、次のエックスとの戦いに備えて光牙を回復させることに専念し始めた。まだ収まらない胸のざわめきを感じたまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、彼女は正しかったのだ。玲は、とても大きな運命を変えた。彼女の行動は、世界の運命そのものを変えてみせたのだ。

 

 あの時、玲が謙哉を庇わなければ、世界は暗黒に包まれる事が決まってしまっていた。すべてはエックスの脚本のままに進み、何もかもが彼の思い通りになっていたのだ。

 だが、そうはならなかった。運命は、世界が辿る道筋は、玲の行動によって変わった。その行動によって彼女は命を落としたが、彼女の手を掴もうとする男がこの世界に一人残った。

 

 まだ誰もその事を知らない。運命のバトンは確かに繋がっている。着々とその時を迎えようとしている。

 脚本は変わった。白紙の未来は、筆を執る者を待ち続けている。そして、その為の切り札は、既に彼の手の中にある。

 

 玲が変えた運命が花開くまで、後僅か――!

 

 

 





 ねえ、水無月さん。君に聞いて欲しい事があるよ。

 それは本当にちっぽけな事で、大して重要って訳でも無くって、退屈な事なんだと思う。でも、僕が君に伝えたい事なんだ。

 自分でもまだ良く分かってない事で、少しばかり不思議な事なんだ。君が聞いたら、きっと呆れて、怒って、それから少し笑って……最後まで、ちゃんと聞いてくれるんだろうね。 

 だから待っていて、僕は必ず君の元に辿り着くから。絶対に、君に会いに行くから。

 ねえ、水無月さん。君は笑ってくれるだろうか? こんな僕の事を許してくれるかな? 僕が差し伸べた手を、君は掴んでくれる?

 だとしたら嬉しいな。本当に嬉しい……あのね、水無月さん。僕は、君が――






















「お前の描く三流の脚本は終わりだ。誰もお前の描く悲劇なんて、望んじゃいないんだ」

「もうお前に何も奪わせない。大切な友達の命も、世界の未来も、彼女の笑顔も……僕が守ってみせる」

「さあ……ここからは、僕が創る物語だ」

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