「クソッ! このタイミングでかよっ!?」
「勇っち、急ごう!」
苛立ちを募らせた言葉を吐きながら、勇は仲間たちと走っていた。ゲームギアの画面が表示している敵の出現地帯まではまだ遠く、大分時間がかかってしまいそうだ。
それでも一秒でも早く敵の元に向かおうとする勇たちの脳裏に浮かぶのは、未だ行方不明なままの謙哉の姿だった。
「謙哉さん、間違いなくこの場所に向かうはずです! 私たちが先回り出来れば……」
「謙哉を戦わせなくて済む! 身柄も確保して、病院に連れ戻す事もな!」
「玲も絶対に向かってるよ! アタシたちも急ごう!」
決してタイミングが良いとは言えないが、敵が出現したのであれば謙哉もここに向かうだろう。勇たちが謙哉よりも早く出現地帯に辿り着ければ、彼が戦う事を阻止出来るはずだ。
ギリギリの体で戦おうとしている謙哉に無理はさせられない。このままでは彼の命が危ういのだ、自分たちの体も疲弊しているがそれでも彼よりもましな筈だ。
「待ってろよ、謙哉……!絶対に無茶すんじゃねえぞ!」
遠くに居る親友に届かぬ言葉を呟きながら、勇は懸命に走り続けたのであった。
「~~~♪ ~~~♪」
曇天の下、誰も居ない広場の中央で上機嫌に鼻歌を歌い、エックスはその時を待ち続けていた。長きに渡って実行し続けて来た自分の策が今、実りの時を迎えようとしている……その事を思えば、彼の機嫌が良くなるのも当然の事だろう。
狂化したオールドラゴンの力を持つ謙哉のデータを得ることが出来れば、もう自分の勝利は決まった様なものだ。他の魔王や仮面ライダーも敵では無くなる。自分が世界の王となる日が、もうすぐそこにまでやって来ているのだ。
「~~~♪ ……お、来たね」
笑みを浮かべ、想像に浸っていたエックスは、背後に気配を感じて振り返る。視線の先には、決死の形相を浮かべた謙哉が立っていた。
「待っていたよ……! さあ、早速始めようじゃあないか!」
「………!」
エックスの言葉に謙哉は何も答えない。ただドライバーを構え、カードを取り出すと言う行動で返事をした。
謙哉が自分との戦いに臨む姿勢を見せたことにほくそ笑んだエックスは、自分もまた全身から魔力を漲らせて構えを取る。黒く淀んだ悪のオーラを纏うエックスを睨みつけながら、謙哉は手にしたカードをドライバーへとリードした。
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「変、身……ッッ!!」
最初に<狂化>のカードを、次いで<サンダードラゴン>のカードをドライバーに通し、その力を身に纏う。バチバチと弾ける黒雷が全身を駆け巡る痛みに呻いた謙哉は、目を大きく開くと同時に咆哮を上げた。
「グアァァァァァァァァァァッッ!!」
<RISE UP! ALL DRAGON……!!>
湧き上がる激情が謙哉の理性を奪う。憎悪、憤怒、そして狂気……それらの感情に包まれた謙哉の心は、一瞬にして思考を捨て去った。
「グガ……ガァァァァァァァァァァァッッ!」
謙哉はもう何も考えていなかった。ただ目に映る物全てを破壊し、打ち倒す事と言う思いだけが心を支配していた。
その本能に刺激されて脳内から大量に分泌されたアドレナリンが全身の痛みを忘れさせ、軋む謙哉の体を強引に動く様にする。
<必殺技発動 タイラントスイング!>
「うおぉっ!?」
謙哉の初動はいきなりの大技だった。力を蓄えた尾をしならせ、大きく横薙ぎに払ってエックスの体を跳ね飛ばす。その一撃を先の戦いと同様に結界で何とか防いだエックスであったが、衝撃を完全に殺す事は叶わず、脇腹を叩かれる痛みに僅かに呻き声を漏らした。
「グガァァァァァァァァッッ!!」
大技を出した後の隙を強引に掻き消し、翼をはためかせて謙哉が飛翔する。全身の負荷を無視して行われたその行動は謙哉の体の筋肉や骨に甚大なダメージを与えているが、それでも彼は感じる痛みに攻撃を止める事はせず、無謀な突貫を続けた。
「あんまり、調子に乗らないでよねっ!!」
真っ向から突っ込んで来る謙哉の姿を見たエックスが苦々し気に言葉を吐き捨てる。無数の魔法弾を作り出し、それを謙哉目掛けて乱射しながら、エックスは横滑りに動いて謙哉を翻弄する。
「ギギギギギギィィィッッ!!」
直撃、そして爆発……全身で炸裂する爆発の威力に謙哉が叫びを上げる。だが、それでも狂気に支配される彼は、その痛みを瞬時に忘れ去って牙を剥いて吠えた。
前へ、ただ前へ……横方向に逃げるエックスに謙哉が追い縋る。流石のエックスもダメージを無視して突っ込んで来る謙哉の姿には恐怖を禁じえなかった。
「まったく……予想以上の化け物を作り出しちゃったみたいだなぁっ!!」
もうすぐそこまで迫った謙哉の体を作り出した魔力の鞭で薙ぐ。横っ面を叩く様に繰り出されたその一撃は、盾として突き出された巨大な鉤爪に防がれて不発に終わった。
「っっ!?!?」
<必殺技発動 ギガントクロースラスト!>
「ギィャオォォォォォォォォォッッ!!」
光る爪を振り上げ、獣の如し唸りを響かせ、謙哉が必殺技を繰り出す。咄嗟に手にしている杖で謙哉の巨大な爪を防ぐエックスであったが、そんな物で今の謙哉は止まるはずも無い。
「ぐぅぅぅぅぅっっ!?!?」
体を斬り裂かれる痛みと電撃によって傷口を焼かれる痛み、その二つの痛みを感じたエックスから初めて余裕が消える。地に膝を付き、受けた必殺技のダメージに身動き出来なくなっているエックスを見た謙哉は、今が正気とばかりに追撃を繰り出そうとするが――
「ガガァァァッッ!?」
謙哉がもう一度爪を振り上げた瞬間、彼の体に激しい痛みが走った。狂気によって抑えられていた痛覚がその役目を発揮し、堪らず謙哉は数歩後退ってしまう。
「ははは……! どうやら君の体は限界が近いみたいだね? まあ、<狂化>のカードの連続使用に加えて既にボロボロの体だ、そうなるのもあたりまえだよね」
「ガ、ハッ……グルォォォォォォォッッ!!」
オールドラゴンの反動、狂化のカードの副作用、傷つき切った体……それらすべてのバッドコンディションを受け入れた上で戦う謙哉は、もう限界だった。狂化のカードが痛みを誤魔化せなくなる程に、彼の体は疲弊しきっていたのだ。
痛みに眼が霞み、口からは微量の血が噴き出す。関節が、骨が、筋肉が、謙哉の全身の組織全てが悲鳴を上げていた。
だがそれでも謙哉は止まらない。湧き上がる闘争本能に突き動かされる彼は、体にかかる負担を無視して更に大技を繰り出す。
「ガァァァァァァァァァァァァァッッ!」
<必殺技発動 グランドサンダーブレス>
「!?!?!?」
既に限界だと思っていた謙哉が雄叫びを上げ、強烈な雷の奔流を放ったことに反応しきれなかったエックスはその光に成す術なく飲まれた。全身を焦がし、痺れさせる雷の衝撃に歯を食いしばり、その痛みに耐える。
背後にあった壁に叩き付けられ、嗚咽にも近しい吐息を吐く羽目になったエックスは、視線の先でボロボロになっている謙哉を見て怒りと悦びの混じり合った複雑な感情を抱いていた。自分をここまで追い詰めた男への憎しみと、そんな彼を作り出した自分の策略に自画自賛を送っているのだ。
「は、ははははははっっ! 良いぞ! 君はボクの想像以上の存在だっ! 戦えば戦う程に強くなる! 君のデータを手に入れれば、ボクは二つの世界の王になれる!」
「ガオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」
エックスから受けた賛辞の言葉は謙哉自身の咆哮によって掻き消された。言葉など必要なく、自分の前に立ちはだかる者は全て破壊の対象だと言わんばかりの謙哉の叫びにエックスは更に満足気な表情を見せる。
謙哉の攻撃を受け続けたエックスと数々のカードの副作用によって多大な負担を体に掛けている謙哉。もう、二人の体は限界が近かった。このまま長々と戦い続ける事は、両者ともに不可能であった。
「オォォォォォォォ……ッッ!」
<超必殺技発動 バーサークドラゴン・レイジバースト>
戦場に低い電子音声が響く。それと同時に謙哉の体が黒く禍々しいオーラに包まれる。今、自分の持つ全てを吐き出しての最強の一撃を繰り出そうとする謙哉は、己の命すらも捨て駒としてこの戦いに終止符を打とうとしていた。
徐々に力を増す謙哉の波動……それを見たエックスもゴクリと喉を鳴らすと、杖を構えて真剣な表情で呟く。
「……ああ、良いとも。乗ってあげるよ、全力の勝負って奴にさ……! ボクが君を殺すか、君がボクを殺すか、その勝負をしようじゃないか!」
<超必殺技発動 カオス・クライシス>
必殺技を発動させたエックスの周囲に黒い淀みが現れる。まるで沼の様に広がっていたそれらは、段々と収束するとブラックホールの様な物体となった。
エックスが杖を振るえば、ブラックホールはその動きに合わせて移動する。自分の頭上に作り出した必殺技を構えたエックスは、小さな笑みを浮かべると共にそれを謙哉目掛けて解き放った。
「これでゲームオーバーだっっ!!」
「ゴォォォォォォォォッッ!!」
黒く弾ける雷光と全ての光を飲み込む暗黒。二つの強大な力がぶつかり合い、激しい火花を散らそうとしている。
謙哉の目には、エックスの放った必殺技がスローモーションで見えていた。自分の全てを解き放ち、この一撃を破って勝利を得る……いや、敵を叩き潰すと本能で決めた謙哉は、一歩足を前に進ませる。
あと数メートル、すぐそこの距離までエックスの必殺技は迫っていた。自分も繰り出すのだ、自分の全てを込めた最強の一撃を……!!
「グルォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」
狂気の咆哮を上げ、迫る暗黒に爪を突き立てるべく腕を突き出す謙哉。巨大なブラックホールは彼の全身を包み、そして――
最初に謙哉が感じたのは、
もしかしたら痛みの感覚が麻痺しているだけなのではないかと考えた謙哉であったが、それならそれで好都合だとばかりに黒い稲光を纏っている右爪を前に突き出してエックスへと突貫しようとする。しかし、その動きは実行に移される事は無かった。
「………?」
何故か、体が動かないのだ。まだ自分は戦えるのに、動くことが出来る筈なのに、言う事を聞いてくれないのだ。
どうしてそうなっているのかわからない謙哉であったが、徐々に麻痺していた感覚が戻って来ると共に一つの事実に気が付く。それは、
「ねえ、謙哉……少しだけ私の話を聞いて……! ほんの少し、それだけで良いの……それだけで、十分だから……」
自分を抱き締める
何か……何か、大切な事を忘れている気がする……そんな不安を感じた謙哉の耳に、優しい女性の声が響く。
「……あなたって、本当に馬鹿。誰かの為に一生懸命で、利用される位にお人好しで……でも、そんなあなただからこそ、私は信頼出来たんだと思う。あなたのお陰で、少しの間だけだけど私は普通の女の子に戻ることが出来たわ」
温かい声だった。寂しい声だった。聞いていると落ち着いて、なのに今は不安になって……この声が、謙哉の心を搔き乱す。この声が何なのかを思い出さなければならないと言う気持ちにさせる。
「ホントはね、もっと沢山言いたいことがあるの。ありがとうだとか、大馬鹿だとか、色んな事を言いたい……でもそんな時間は無さそうだから、一番伝えたい事を言わせて貰うわ」
少しずつ、少しずつ……暗闇に包まれていた謙哉の視界が戻って来る。光を取り戻しつつある彼がまず目にしたのは、青い光の粒だった。
「グ……あ……?」
その光を目にした謙哉は、自分が失っていた大切な物が戻って来ることを感じていた。まだ不完全で、何もかもが足りなくて……それでも、最後の一歩を踏み出さなくて済んだことだけは、なんとなくわかった。
そして理解する。自分を抱き締めるこの人物は、自分の事を守ろうとしてくれたのだと……そこまでを理解した謙哉の耳に、彼女の声が響いた。
「……私、あなたのことが大好き! ドジで、鈍くて、お人好しの馬鹿で……温かくって優しい、あなたのことが好きよ。女の子として、あなたのことを好きになれて良かった……!」
「う、ぅ……!?」
真っすぐな思い。隠す事もせず、はっきりと謙哉に向けられた胸の内の本心……それを耳にした謙哉は、全身に温もりと感覚が戻って来ることを感じていた。
「あ、あ……!」
「……だからお願い、死なないで……! あなたが皆を守りたいって思う様に、皆もあなたを守りたいって思ってる。その人たちを悲しませないであげて。それが……私からの最後のお願いよ」
「み、な、づき、さ……?」
抱き締められる温もりが、耳にする声が、誰のものであるかにようやく謙哉は気が付いた。顔を上げれば、すぐ近くには大切に思う
「!!??」
謙哉が目にした玲の体は、徐々に光の粒に還っていた。まるでエネミーが消え去る時の様な光景を目にする謙哉は、茫然とした表情で玲を見つめる。
何か、恐ろしい事が起きている……胸騒ぎを感じる謙哉が目を見開くと同時に、玲はふっと表情を綻ばせた。
それはとても悲しい表情で、無理して笑おうとしている様な悲痛な表情で……それでいて、美しい表情だった。
涙を零し、それでも笑う玲の体が離れて行く。咄嗟に手を伸ばした謙哉の耳に彼女の悲しい別れの言葉が届く。
「サヨナラ、謙哉」
その言葉を耳にした瞬間、謙哉の目の前で蒼い光が弾けた。
「みな、づき、さん……? どこに、行ったの……? 水無月さん……?」
正気を取り戻した謙哉は、ついさっきまで確かに自分の目の前に居たはずの玲の名を呼んで周囲を見回した。震える声で彼女を呼び、その姿を探し続ける謙哉の顔色は真っ青で、悪夢を見ている様な表情だった。
「どこ? 水無月さん……!? 水無月、さん……?」
何かの間違いだと思いたかった。今見た光景は、ただの夢だと思いたかった。だから謙哉は必死に玲の姿を探す。いつも通り、自分に発破をかけてくれる優しい彼女の姿を探し続ける。
一歩、二歩……よろめく足で前に進んだ謙哉は、何かを踏みつけた事を感じて視線を下に向けた。そして、自分の右足の下にある物を見つめて声にならない声を漏らす。
「ぁ、ぁ……?」
自分が踏みつけたもの、それはギアドライバーだった。ホルスターから飛び出しているのは<ファラ>のカードと射撃用に使うカードばかりで、それが玲の物であるなんてことはすぐに分かった。ここに玲のドライバーがある。なら、その持ち主は何処に行ってしまったのだろうか……?
何かを予感し、震え始める謙哉がドライバーの画面を見つめた時、それを待っていたかの様にドライバーから電子音声が発せられた。
<GAME OVER>
「は、ぁ……? ぁぁ、ぁ……?」
聞こえた言葉の意味を理解することを脳が拒む。認めたくないと、そう謙哉の意思が叫ぶ。
だが、現実は非情で、謙哉の周囲でその現実を認めなければならない出来事が次々と起こってしまう。
「玲……? れぇぇぇいいっっ!!」
空気を裂いて響いた声に顔を上げれば、葉月とやよい、そして勇が血相を変えて自分の下に走って来る様子が見て取れた。ほんの数秒で自分のすぐ近くに来た三人は、瞳に涙を浮かべて次々と叫びを上げる。
「エックス……! てめえ、よくも水無月をっっ!!」
「いやだよ……こんなお別れ、嫌だよ……! 玲ちゃぁんっ!!」
勇と葉月はエックスへの怒りを露にし、やよいは悲しみに満ちた表情でその場に崩れ落ちた。仲間たちのその反応で、謙哉は何が起きたのかを完全に理解する。
「……そだ……うそ、だ……」
認めたく無かった。認められるはずが無かった。こんな現実を認めて良い筈が無かった。
だが、仲間たちの涙が、自分の胸を突く激しい痛みが、これが現実だと知らしめている……謙哉は地面に落ちている玲のドライバーの前で崩れ落ち、ただ首を振って現実を拒否していた。
「こんな、こんなの……こんなの、嘘だぁ……!」
守りたかっただけだった。自分が傷ついて、苦しんだとしても、ただ守りたいと願っただけだった。自分はこんな結末を望んではいなかった。
誰もが涙するこんな結末を、望んでなどいなかったのに。なのに……それは訪れてしまったのだ。
後悔、怒り、懺悔、憤怒……狂気に彩られていた時よりもどす黒い感情が謙哉の中に溢れ、ぐちゃぐちゃに混じり合う。その全てを飲み込み切れるはずも無い謙哉は、この非情な結末を認められないまま叫びを上げることしか出来なかった。
「こんな、こんなの、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
涙に濡れ、崩れ落ちる謙哉。しかし、その背中を叩いて励ましてくれる女性の声は、響くことは無かった。
水無月玲 ゲームオーバー
「……ありがとう、悠子ちゃん! これでお兄ちゃんたちを助けられるよ!」
「ううん! 私のお小遣いが役に立って良かった! 海里ちゃん、謙哉お兄ちゃんと玲おねえちゃんをよろしくね!」
「うん!」
一軒のカードショップの前で握手を交わす二人の少女がいた。一人の少女は病院に入院している兄の手助けになる様にとカードパックを購入し、もう一人の少女はかつて助けて貰った青年の妹に自分のお小遣いをカンパした所だ。
少女たちの名は海里と悠子……今、とんでもない悲劇が起きている事を知らないでいるいたいけな少女たちだ。
「……私、お父さんたちの所に行かなきゃ。エネミーが来るから、非難するんだって……」
「私もお兄ちゃんのお見舞いに行ったらすぐにおばあちゃんたちと非難するよ! 悠子ちゃん、元気でね!」
「海里ちゃんも気を付けてね!」
手を振って別れの挨拶を交わした二人は、それぞれ家族が待つ場所へと駆け出して行った。海里は今買ったばかりのディスティニーカードのパックを強く握り締め、戦いを続けている兄の事を思い浮かべる。
(大丈夫だよね、お兄ちゃん……玲お姉ちゃんも元気だよね……?)
父が運転する車に飛び乗り、曇天の空を眺める彼女は兄とその相棒へと届かぬ思いを胸にする。海里の小さな胸は、不安で張り裂けそうになっていた。
思い出して欲しい事がある。それは、
だが、忘れないで欲しい……運命は絶対に変えられると言う事を……! 人が諦めなければ、その機会は必ずやって来ると言う事を。
運命のバトンは繋がっている。本来あり得なかった未来を紡いでいる。なら、まだ諦めるには早いのだ。
一見、何も変わっていない様に見える現実。だが、確かな爪痕がそこには刻まれている。諦めない人の意思が作り出す奇跡は、その光を段々と強めている。
君が立ち上がると言うのなら、諦めないと言うのなら、君はきっと奇跡を起こせる。彼女が変えた筋書きが、白紙の未来を作り出したのだ。
……立て、そして立ち向かえ。ここからの物語を描くのは、他の誰でもないのだから。
その胸に勇気を、心に愛を、そして……決して折れぬ不屈の意思と汚れぬ誇りを持て。それが鍵となる。
決して諦めるな。君の望む奇跡は、自分の手で創り出すと吼えろ!
「ここからは、僕の創る物語だ」