仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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8.暴走する意思

「良いねぇ! 予想以上だよ! 君の潜在能力は、ボクの想像を遥かに超えていたみたいだ!」

 

 新しい玩具を手にした子供の様にはしゃぎ、目をキラキラと輝かせるエックスは目の前で自分に敵意を漲らせる謙哉を見ながら興奮気味に叫んだ。謙哉には彼の言葉は届いていないのだろうが、そもそも今の謙哉にとっては会話など無意味な事だ。闘争本能に意識を支配された今の彼には、会話をする事はおろか言葉の意味を理解する事も不可能なのだから。

 

「グォォォォォォッッ!!」

 

 咆哮を上げ、戦闘態勢を取った謙哉は黒く鋭い爪をエックスへと向けるとそのまま突貫した。真っ向から突っ込むだけの無謀な突撃、だがしかし、その突撃速度はあまりにも早すぎた。

 

「ぐぅぅぅっっ!?」

 

「ガァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 瞬き一つの間にエックスとの距離を消滅させた謙哉の一撃が繰り出される。何とかその一撃を防御用の結界で防ぐエックスであったが、謙哉の強烈な一撃を受けた結界は早くもひびが入り始めていた。

 恐るべき力とスピードを披露した謙哉は、結界に突き刺した右爪はそのままに今度は左爪での横薙ぎを繰り出す。三本の巨大な鉤爪はまるで紙でも引き裂くかの様にエックスの作り出した防御結界を斬り裂き、彼を完全に無防備な状態にしてしまった。

 

「ぐあっ!?」

 

 これは不味い……僅かに残っていた慢心を消し、一度謙哉と距離を取ろうとするエックス。しかし、それよりも早くに自身の体を叩く衝撃を感じたと共に大きく横に吹っ飛ばされてしまった。

 吹き飛び、壁に激突したエックスは巻き上がった土煙の中に飲み込まれて姿が見えなくなる。もうもうと視界を遮る煙を謙哉は唸りを上げながらただ黙って見つめていた。

 

「グルルルル……ッッ」

 

 エックスを叩きのめした尾をしならせた謙哉は少しずつ彼の落下地点へと距離を詰めて行った。一歩、また一歩と謙哉の足が進む度、地面に巨大な龍の足跡が残される。

 そうやってある程度の距離まで接近した謙哉は、突如としてその場で立ち止まった。油断無く何かを警戒し、鋭くなった察知能力で何かを感じ取った彼は、背中の翼を大きくはためかせて突風を巻き起こす。

 

「ガギャァァァッッ!!」

 

 まるで台風の様な激しい風を巻き起こした謙哉は、未だに巻き上がっていた土煙をその風で吹き飛ばしてしまった。同時に、煙に紛れて繰り出されていたエックスの魔法攻撃をも撥ね飛ばして無効化する。

 二発の光弾があらぬ方向へと吹き飛び、その先に在ったビルに直撃して倒壊させると同時に猛加速した謙哉は再び右爪を光らせながらの突撃攻撃を繰り出す。その一撃は、今度はエックスの防御を貫くだけの威力を誇っていた。

 

「グガァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 突き出された謙哉の右爪はガラスを砕く様にしてエックスの防御結界を貫いた。そして、そのままエックスの腹に深々と突き刺さる。

 だが、急所に致命的な一撃を与えても謙哉はまだ止まりはしなかった。全身に纏う雷光を激しく稲光らせると、その全てを右爪に収束させたのだ。

 

「グロォォォォォォォォォォッッッ!!」

 

 咆哮が、戦場に響く。体の内部で強烈な電撃を発せられたエックスの体が瞬く間に黒焦げになって行く。

 傍から見ればその光景はただの処刑だった。暴虐に、一方的に……謙哉がただエックスを嬲っているだけの戦いであった。

 そんな一方的な戦いを見守っていた勇たちは、最強のエネミーの一角であるエックスをいとも容易く屠ってしまった謙哉に恐れの感情を抱いていたが、トリックスターであるエックスがそう簡単も倒されるはずも無い。勇たちの頭上から響いて来た拍手の音に気が付いて顔を上げれば、そこには空中に浮遊するエックスの姿があった。

 

「いやぁ、素晴らしい力だね! その力に賛辞を贈ると共に……こいつも差し上げよう!」

 

 賞賛の言葉を贈るエックスが指を鳴らす。すると、謙哉が攻撃を仕掛けていたダミーのエックスの体が膨れ上がり、轟音を上げて爆発を起こしたではないか。

 轟々と音を立てて燃え盛る炎に飲まれた謙哉の身を案じた生徒たちであったが、程なくして突風に掻き消された炎の中から謙哉が無事な姿を現した事に一応安堵する。しかし、決して安心出来る状況では無かった。

 

「グルルルルルル……ッッ!!」

 

 謙哉はさほどダメージを受けている様子は無かったが、姑息な攻撃を受けた事で怒りを募らせている様であった。その怒りは彼の理性を更に失わせ、それと引き換えに更なる力を引き出している。

 しかし、それは謙哉自身の命を削る諸刃の剣……彼が理性を失えば失う程、彼の生命は危険に晒されることを意味していた。

 

「やめて……もうやめてよ、謙哉っ!」

 

 怒り狂い、暴れ回る謙哉の姿を見ていられなくなった玲は瞳に涙を浮かべながら彼の下へと走り寄った。例え自分の身がどうなろうとも彼を止めて見せると言う覚悟と共に謙哉へと手を伸ばす玲であったが、悲しいかなその手が謙哉に届くことは無い。彼は、暴風を巻き起こしながらエックスへと飛び掛かってしまったのだ。

 

「ガァァァァァァァァァァァッッ!」

 

 三回目の突貫、単純な行動だか避ける事も防ぐ事も困難なその攻撃。だが、攻撃の対象になっているエックスが焦る事は無かった。

 

「う~ん……これは想像以上過ぎるなぁ……。このまま戦うのはしんどいし、ここは一旦退かせて貰うね。んじゃ、バ~イ!」

 

「ゴォォォォォォォッッ!!?」

 

 謙哉の攻撃が当たる寸前、エックスはその場から姿を消した。空を切った爪を振り回し、謙哉は周囲にいる筈のエックスの気配を探る。しかし、鋭敏化された今の謙哉の感覚をもってしても、エックスの気配を見つけ出す事は叶わなかった。

 

「グ、ギ、ギ……ガァァァァァァァァァァァッッ!」

 

 獲物を逃がした悔しさに謙哉の怒りが爆発する。荒れ狂い、ただ暴力を撒き散らすだけになった龍は近くの物に八つ当たりの如く攻撃を仕掛け始めた。

 建造物に、地面に、瓦礫に……爪や牙、尾を打ち付けて胸の中にある激情をぶちまける。だが、そんなことをしても謙哉の怒りが収まる事は無かった。むしろもっと激しくなるばかりだ。

 

「不味い……! このままじゃ、皆が!」

 

 段々と大きくなって行く被害を見た勇は、このままでは謙哉が仲間たちに手を出してしまうのではないかと危惧して叫んだ。立ち上がり、何とかして暴走する謙哉を止めようとする勇であったが、ダメージの残る体が言う事を聞いてくれない。

 それでも仲間と親友を救う為に立ち上がろうとした勇が、謙哉へと視線を向けた時だった。

 

「グロォォォォォォォォォォッッッ!?!?」

 

 突如として飛来した網の様な物体が謙哉の体を絡め取ったのだ。それも一つや二つでは無く、10個近い数のネットが謙哉を拘束しようとしている。

 その一つ一つを引きちぎり、体の自由を取り戻そうとする謙哉であったが、拘束は思ったよりも頑丈な様で手古摺っている。今ならば、謙哉をどうにかする事が出来るかもしれない。

 

「今の内に彼の体からドライバーを外せ! 時間は思ったよりも少ないぞ!」

 

「っっ!? マキシマっ!」

 

 どうやらあのネットを放ったのはマキシマの様だ。彼の援護に感謝した勇は、ふらつく足を抑えながら謙哉に近づく。だが、そんな勇よりも素早く謙哉に近づいた玲が、迅速な動きで彼の体からギアドライバーを剥ぎ取った。

 

「ぐっっ! あぁっ!?」

 

「謙哉っっ!?」

 

 ドライバーを剥ぎ取られた瞬間、謙哉の体に黒い稲妻が走った。苦し気な呻きを上げる謙哉に対し、玲が不安そうな表情を浮かべてその体を揺さぶる。

 

「謙哉っ! しっかりしてっ! 私の事がわかる!?」

 

「う……水無月、さん……」

 

 懸命に謙哉に叫びかける玲は、彼が自分の名前を呼んだ事にわずかな安堵を覚えた。しかし、弱々しく笑う謙哉は、彼女の目を見つめながら口を開く。

 

「ね……? 何とか、なったでしょ? 僕、皆を……君を、守って……がふっ!?」

 

「!?!?!?」

 

 喉の奥から言葉を絞り出す様にして喋っていた謙哉の口から鮮血が迸った。びしゃりと噴き出したそれは玲の顔にも降りかかり、茫然としたままの表情の彼女を赤く染める。

 二度、三度と咳をした謙哉は、そのままぐったりと意識を失って動かなくなった。玲は、そんな彼の姿を見ながらかつて見た同じ様な光景を思い出す。じっとりと血で濡れた手が、不安に拍車をかけていた。

 

「あ、あ、あ……?」

 

 今度はもう、泣き叫ぶことも出来なかった。悲痛さが玲から感じる心を奪い、ただ茫然とした声を漏らす事しか出来なくなっていた。

 自分の心臓の鼓動が段々と冷え切っていく事を感じながら、玲は力無く眠る謙哉の顔を見つめ続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、玲は都内の病院の一室で項垂れていた。目の前のベッドで眠る謙哉の手を握る手は微かに震えている。心細さか、それとも悲しみか……その震えの理由を知る者は、誰も居なかった。

 

「馬鹿よ、あなた……やっぱりこうなる癖に何が私を守ったよ……!? そんな事、誰が頼んだって言うのよ……!?」

 

 謙哉を責めるその声は、彼女の手と同様に震えていた。瞳から大粒の涙を零し、非常な現実に心を痛める彼女の肩に真美が手を添えた。

 

「……あんまり虎牙を責めないで上げて……彼が行動しなければ、もっと大きな被害が出ていたかもしれないわ」

 

「わかってるわよ……! でもっ……!!」

 

 結果として、謙哉の行動は正しかったのだろう。謙哉が命を懸け<狂化>のカードを使ってエックスを撤退させたからこそ、自分たちは無事に窮地を潜り抜ける事が出来たのだ。

 だが、その行動を誰もが納得出来る訳では無い。少なくとも、彼がこうして生死の狭間を彷徨う事を玲は望んではいなかった。

 

「……これで二度目じゃない。約束したじゃない……無茶はしないって言ったじゃない……!」

 

 頭ではわかっている、彼がこうしなければならなかった理由も理解している。だが、目の前で苦しんでいる謙哉の姿を見ればそんな思いが薄れてしまう事も確かだ。

 先ほど浴びた血の温度がまだ忘れられない。ねっとりとした、命が消えそうになる感覚を覚えるあの感触が、玲の体にまとわりついて離れないままでいた。

 

「……落ち着きなさいよ。あなただって消耗してるはずよ、これ以上自分を追い詰めてどうするの?」

 

「わかってるわよ……! それでも、龍堂達に比べればマシな方よ」

 

「仮面ライダーたちには体を休めて貰わないと困るの。また何時エックスが攻めて来るのかわからない状況よ、少しでも休息を取って頂戴」

 

「………」

 

「……虎牙の様子を私が見ておくわ。あなたは次の戦いに備えて体を休めて頂戴。次の戦いこそ、虎牙の力を借りなくても勝てる様にしておきなさいよ」

 

「……わかった、わ」

 

 真美の言葉に頷き、椅子から立ち上がった玲は俯いたまま部屋の出口へと向かう。そんな彼女を呼び止めた真美は、彼女の手から謙哉のギアドライバーを奪い取ると言った。

 

「これも私が預かるわ。これを持ったまま、あなたが心を休められるわけ無いじゃない」

 

「……そうね」

 

 素直にその言葉に従った玲は、謙哉のギアドライバーを真美に渡すと今度こそ扉を開けて外に出ようとしたが……そこで、はたと何かを思い出して立ち止まると振り返って真美へと告げる。

 

「後で天空橋さんが狂化(バーサーク)のカードを取りに来るって言ってたわ。ホルスターから出して、渡してあげて」

 

「ええ、了解したわ。ゆっくり休んで頂戴」

 

「……お願いね」

 

 伝えることを伝えた玲はようやく部屋から出て仮眠室へと向かった。その背中を見送った真美は、玲の姿が完全に見えなくなったことを確認してから謙哉のギアドライバーからカードを一枚のカードを取り出す。

 

「……これが、<狂化>のカード……! これさえあれば……!」

 

 明らかに何かを企んでいる真美は、瞳に妖しい光を宿して意味深に呟きを漏らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックスの目的は謙哉のデータだと!?」

 

「ああ、恐らくだがな……そう考えれば奴の行動に納得が行く」

 

 同じ頃、勇と光圀、やよいと葉月の4人は、画面越しにマキシマと会話をしていた。この場に居ない大文字と仁科は怪我が酷く、今は治療の最中である。

 

「謙哉のデータが目的ってどう言う事だ? 奴は、何を企んでいるんだよ?」

 

 勇は必死の形相でマキシマの言葉の意味を尋ねる。親友が魔王に狙われていると言う彼の言葉に動揺を隠せない勇に対し、マキシマは冷静な口調で自分の考えを述べ始めた。

 

「エックスがデータを改ざんする能力を持っている事は理解しているな? 奴は、エネミーを始めとするデータの存在をある程度改造することが出来る」

 

「知ってるよ、櫂の奴はそうやって生み出されたんだろう?」

 

 ガグマの攻撃に敗れ去り、データとなってしまった級友の事を思い浮かべながらマキシマに告げた勇。アグニとなった櫂もまた、エックスによってそのデータを改竄されて生み出された存在である事は理解していた。

 それは葉月もやよいもそう……唯一光圀だけが完全には理解していない様子ではあったが、ある程度の理解は出来ている様であった。

 

「ならば話が早い。その能力を活かし、エックスは虎牙謙哉のデータを利用して最強の配下を生み出そうとしているのだ。狂化のカードを彼の手に渡る様にガグマを利用し、全ての準備が整った今、奴は同盟関係を破棄したと言う事さ。後は邪魔の入らぬ様に虎牙謙哉を倒し、そのデータを入手するだけだ」

 

「そ、それ、本当なんですか……!? 狂化されたオールドラゴンの謙哉さんをゲームオーバーにする事がエックスの目的だなんて……!!」

 

「でも、あの謙哉っちが敵になったら勝てるイメージが湧かないよ……! 絶対に阻止しなきゃ! 謙哉っちの為にも!」

 

「無論、そうするべきだろう。だが、私もダメージが酷くすぐには動けない状況だ。対してエックスは負傷も無く、仕掛けようと思えばすぐにでも攻撃をして来るだろう。君たちも、決して軽い怪我と言う訳でも無い筈だ」

 

「そんなの関係無い! 謙哉がピンチだってのに、自分の命を惜しがっていられるかよ!」

 

 机を叩きながら立ち上がった勇の力強い言葉を聞いたマキシマは満足気に頷いた。そして、今の自分に出来る限りのアドバイスを全員に送る。

 

「……エックスの目的は狂化した状態の虎牙謙哉だ。あのカードを使わせさえしなければ、最悪の事態は防げるだろう。すぐにでも彼の手からあのカードを預かるべきだ」

 

「ああ、そうさせて貰うよ。今、謙哉はまだ気を失ってる筈だよな? 今の内にドライバーからカードを――」

 

 エックスの言葉に従う事を決め、勇が謙哉の眠る病室に向かおうとした時だった。部屋の扉が開くと、血相を変えた夕陽が飛び込んで来たでは無いか。

 ただ事ではない彼女の様子に話し合いを中断した勇たちは、驚きの表情のまま夕陽を見つめる。全員の視線が集中する中、夕陽は息を整えた後で信じられない事を口にした。

 

「け、謙哉さんが……病室から、姿を消しましたっ! 行方不明です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どう言う事……? どう言う事なのよ、それ……?」

 

 玲に謙哉が行方不明になった事を告げに行ったちひろは、彼女に激しく追及されることを覚悟していた。しかし、彼女の予想に反して玲は顔を真っ青にすると弱々しい声でちひろに詳しく話を聞こうと震える手で彼女の手に肩を乗せて来ただけだった。

 それほどまでに動揺し、現実を受け止めきれていないのだろう。もしかしたら、玲は自分が悪い夢でも見ていると思っているのかもしれない。

 だが、ちひろは一度歯を食いしばって覚悟を固めると、自分が知る限りの情報を彼女に伝え始めた。

 

「……巡回の看護婦が虎牙の様子を見に行ったら、ベッドはもぬけの殻になっていたらしい……アイツが何処に行ったのかも、どうやって抜け出したのかも皆目見当がついて無いんだ」

 

「そんな……そんなことって……!?」

 

 ちひろの話を聞いた玲は、青い顔をしたままベッドへと腰を下ろした。今の彼女の様子を見れば、誰もが心配の感情を胸にする事だろう。

 ギリギリの体調で病院を抜け出し、行方不明になった謙哉を玲が心配しないはずも無い。玲の思いを理解しているちひろはその胸中を察して唇を噛み締めたが、少しでも良いニュースを届けようと努めて明るい口調で励ます様に言った。

 

「で、でも、安心しろよ! アイツはドライバーを持ってない! 戦う事が出来ねえんだから、危ない目に遭う事も無いって!」

 

「……そう、ね……そうよね……」

 

 今のちひろの励ましで玲は僅かに平常心を取り戻した様だった。この調子だと思ったちひろは、続けて玲を励ます言葉を口にする。

 ……その言葉が、玲を最大に追い詰めるとも知らずに。

 

「お、()()()()()()()()()()()()()良かったよ! 反応で居場所を探れないのは残念だけど、これでアイツも無茶は……」

 

「……待って、今、何て言ったの?」

 

 部屋の中の空気が、玲の雰囲気が変わる。何か、聞いてはいけないことを聞いた様な表情の彼女は、震える声でちひろに尋ねる。

 

「私が……謙哉のドライバーを持ってる? それ、誰から聞いたの……?」

 

「え……? ち、違うのか? だって天空橋博士が言ってたんだぜ!? お前が、ドライバーを持ってるって……そのまま仮眠に就いちまったから、《狂化》のカードの研究は後回しにするって! そう言ってて!」

 

「そんな……なん、で? どうし……っっ!?」

 

 ちひろの言葉に我を失った玲は、何故天空橋がそんな事を言ったのかを茫然としたまま考え、そして……ある可能性に行き当たった。

 その可能性に気が付いてしまえば、次々とそれを補強する事実が浮かび上がって来る。そうだ、謙哉が部屋からいなくなったのならば、()()がそれを見ていないとおかしい。

 

「み、水無月……?」

 

 ふらふらとした夢遊病者の様な足取りで歩き出した玲は、ちひろの呼び止めにも振り返らず足を進める。向かう先は謙哉がいたはずの病室……その部屋の扉を開けた玲は、中に集まっていた友人たちの中に探し人の顔を見つけて彼女へと近寄った。

 

「どうして、よ……?」

 

 それは恨みか、怒りか……詳しい感情は玲にも分からなかった。ただ、何故そんな事をしたのかと言う疑問だけが彼女を突き動かしていた。

 

「どうしてよ……!?」

 

 驚く葉月ややよいをよそに、玲はその人物の胸倉を掴むとそのまま壁へと叩き付けた。一同が突然の出来事に驚く中、玲は悲痛な声で叫んで彼女を問い詰めた。

 

「どうして謙哉を逃がしたのよ……? 答えなさいよ、美又っっ!!」

 

 目の前に居る真美の目を睨む玲は、激情のままに叫んでいた。普段感情を表に出すことが少ない彼女のその様子に驚く葉月達であったが、一足早く落ち着きを取り戻したやよいが玲を真美から引き剥がす様に組み付いて玲へと尋ねる。

 

「ま、待ってよ玲ちゃん! 真美ちゃんが謙哉さんを逃がしたってどう言う事!? 何かの勘違いじゃ無いの!?」

 

「そ、そうだよ! 真美っちが少し目を離した隙に謙哉っちがいなくなってたって話だし、そこを責めるのは流石に可哀想だよ! 玲も動揺しているんだろうけど、少し落ち着いて――」

 

「……なら、謙哉のギアドライバーを見せてよ。あなたが私から預かった、謙哉のギアドライバーを! ここで私たちに見せてよ!」

 

「え……?」

 

 玲の叫びを耳にしたやよいたちは、自分たちの知る情報と違う事を言う玲の言葉に耳を疑った。

 真美の話では、謙哉のドライバーは玲が預かっていたはずだ。だが、当の玲は真美にドライバーを預けたと言っている。これは明らかに矛盾していた。

 

「出して見せなさいよ……謙哉のドライバーを持っているのはあなたの筈でしょう? でもあなたは皆に嘘を付いた……それは、今あなたが謙哉のドライバーを持っていない証拠じゃない!」

 

「……ふふふ、バレちゃったわね。まあ、しょうがないか」

 

「ま、真美ちゃん……?」

 

 玲の追及を受けて雰囲気を変えた真美は、妖しい笑みを浮かべながら体を震わせていた。変貌した彼女の様子に誰もが言葉を失う中、玲は彼女を掴む手に力を込めてなおも叫ぶ。

 

「最初からそのつもりだったのね! 狂化のカードが入ったままのドライバーを謙哉に渡して、そのままあいつを逃がして……そのつもりで、私を謙哉の傍から引き離したのね!?」

 

「そうよ……! だってしょうがないじゃない! この窮地を乗り切る為には、アイツの力が必要なのよ!」

 

 開き直り、玲を跳ね退けた真美は、自分を見つめる仲間たちに向けて主張を始める。罪悪感を感じている様子ではあったが、それ以上の使命感が彼女を突き動かしていた。

 

「今、私たちの中にはまともに戦える戦力は無い! 全員が傷ついて、下手をすれば全滅してしまう……なら、あの力に賭けるしか無いじゃない! 狂化のカードを使った虎牙がエックスを倒す事に賭けるしかないじゃないのよ!」

 

「ふざけないで! そんな事をしたら謙哉が死んでしまうのよ!? 謙哉を死なせる様な真似をして、何を開き直っているのよ!」

 

「……それの何が悪いのよ?」

 

「は……!?」

 

 玲には真美の言葉の意味が分からなかった。それは玲だけでなく、他の仲間たちもそうだった。謙哉の命を犠牲にしようとしている真美は、それを肯定する様な事を口にしているのだ。それを理解出来るはずも無い。

 だが……真美は、狂ったような表情を浮かべると、まくし立てる様な口調で叫び、言った。

 

「アイツ一人の命で全てが救われるのよ……? エックスを倒さなくとも、深手を負わせてくれるだけで良い! アイツが時間を稼いでくれれば、私たちはもう一度体勢を立て直せるの!」

 

「な、に、言って……?」

 

「私はねぇ! ……私は、光牙を勇者にしなきゃいけないの。勇者になれる素質を持つ光牙を、導かなきゃいけないの! ……そんな私にとって、光牙以外の人間なんてゲームのモブキャラと同じよ。水無月……勇者とモブキャラ、あなたならどっちの命を取る?」

 

「ふっ……ふざけないでっっ!!」

 

 病室に乾いた音が響く。振りかぶった右手で真美の頬を叩き、床に崩れ落ちた彼女の姿を見つめる玲は、荒い呼吸を繰り返しながら涙を零していた。

 仲間に裏切られた悲しみと裏切った仲間への怒りの感情が入り混じったその涙が床に零れ落ちる。誰もが何一つとして言葉を発せない中、蹲ったままの真美は静かに口を開いた。

 

「……あなたには悪いと思ってるわ。あなたが虎牙に想いを寄せてるのは知ってる……あなたの好きな人を利用してごめんなさいね」

 

「~~~っっ!!」

 

 挑発にも等しい真美の言葉を受けた玲がもう一度腕を振り上げる。しかし、彼女はその手を振り下ろす事はしないままだらりと腕を垂らした。

 

「……もう、何も言わないで……! 私はアイツを犠牲になんかさせやしない、今から謙哉を探しに行くわ」

 

「……そう。なら、ギアドライバーの信号を辿ると良いわ。あなたが虎牙を見つける前に敵が襲って来ないと良いわね」

 

 またも挑発の様な言葉を投げかけて来た真美に対し、玲は握り締めた拳を震わせて怒りの感情を見せる。湧き上がる感情のまま、つかつかと真美に歩み寄った玲は、彼女を引き起こすと真っすぐにその瞳を見つめながら言った。

 

「……それが、あなたの勇者様への献身って訳ね? 勇者様の為なら他の誰だって犠牲にする……その覚悟は素晴らしい物かもしれないわ。でも私はあなたを認めない。そんなやり方で作り出された勇者なんて、絶対に認めない!」

 

「なら……あなたの献身を見せてみてよ。あなたのやり方で、虎牙を守ってみれば良いじゃない」

 

「言われなくてもそのつもりよ……もう一度言うわ、私はあなたたちを絶対に認めない。あなたも、あなたを傍に置いて信用してる白峯もね……!」

 

 床に崩れ落ちたままの真美にそう吐き捨て、玲は病室から去って行く。絶対に謙哉を見つけ出し、止めて見せると覚悟を固める彼女の目には、涙が滲んでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げふっ……! ごほっ! ごほっ……!」

 

 大量の薬を一気に飲み干して体調を整えた謙哉は、呼吸を整えながら遠くの空を見た。そして、胸に湧き上がる罪悪感に声を詰まらせながらも呟く。

 

「ごめん、勇……ごめん、皆……ごめん、水無月さん……」

 

 きっと仲間たちは自分を心配しているのだろう。だが、それでも自分がやらなければならなかった。

 今、皆を守れるのは自分だけだ。自分が命を懸けてエックスを倒さなければ、皆の命が危険に晒されてしまうのだ。

 だから戦うしかない。あのまま病院に居ては戦う事を止められてしまう。だから逃げ出すしか無かった。皆を守る為に、自分はこうするしか無かった。

 

「絶対に守るんだ……! 大切な友達を、皆を……君の、事を……!」

 

 脳裏に浮かぶのは大切な人たちの姿。最後に映し出されたのは玲の笑顔。朦朧とした意識の中でも、謙哉はそれを守りたいと願っていた。

 痛みが響く胸をぐっと抑え、敵の反応を見逃さぬ様にゲームギアの画面を見つめ続けながら、謙哉は一人命を捨てる覚悟を固めつつあった。

 

 

 




――誰かがゲームオーバーになるまで、あと僅か……


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