仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

85 / 100
 休んでしまった分、私生活で取り戻さなければならない事が山積みな現状です。しばらくの間、不定期な更新になるかと思いますが、どうぞご了承ください。


7.暴龍降臨

 

「マキシマ……! 貴様、我らを敵に回すつもりか!?」

 

「その通りだ、ガグマ。何も問題はあるまい? 我々は同じ魔王ではあるが、仲間や友と言う間柄でも無い筈だ」

 

「僕たちを裏切った末に現実世界側に付くなんてね……ホント、君の考えは読めないよ」

 

「貴様ほどでは無いさ。エックス、そのどす黒い心の中で、貴様は何を企んでいる?」

 

 自分の隣に立つマキシマと彼に語り掛ける魔王たちの会話を耳にしながら、勇は未だに自分の目にしている光景を現実だと信じる事が出来ないでいた。まさか、魔王であるマキシマが自分たちの味方としてこの戦いに参戦するなど誰が予想しただろうか?

 こうして並び立ってみても、彼の思惑は全く読めない。何故、自分たちに味方するのか? それによるメリットは何なのか? その答えと思わしき物も、手掛かりとなるであろう物ですらも欠片も思い当たらないままだ。

 だが、それでもマキシマが味方となってくれた事で事態が好転したことも確かだ。そんな考えを頭の中に思い浮かべていた勇に対し、ほかならぬマキシマがひっそりと声をかけて来た。

 

「……これで3対3の状況にはなった。しかし、未だこちら側が不利だと言う事には変わりはない。同数で戦ったとして、君たち仮面ライダーと私たち魔王ではステータスの差が大きすぎる」

 

「ああ、わかってるよ。この状況で勝てるだなんて思っちゃいねえ」

 

「敵に打撃を与えて退かせる、もしくはこちらが撤退出来るだけの猶予を作り出す。それが我らの目的であり、勝利条件である事は重々理解している。後は、その方法だけだ」

 

 剣と刀を構え、油断無く敵を見据えながら勇と大文字がマキシマへと答える。二人も99と言うレベルの上限値である数字にまで達している魔王たちを相手にそれ以下の能力値しか持たない自分たちが一対一で勝てる訳が無いと言う事は十分理解していた。ならば、この場を切り抜ける為に全力を尽くす他無いだろう。

 二人が自分の思ったよりも冷静であり、かつ状況が見えている事を確認したマキシマは、この戦いを少しでも優位にするべく二人に自分が知る限りの情報を教え始めた。

 

「よろしい、この状況での勝ちを良く見据えている様だ。ならば……簡単に我ら魔王の戦闘能力を説明しよう。戦いの参考にしてくれ」

 

 駆動音を響かせ、右腕を剣の形に、左腕を大砲に変形させながらマキシマは語る。その視線の先がまず捉えたのは、暗黒魔王エックスだった。

 

「まず、我々の中で一番弱いのはエックスだ。ただし、これは正面切っての一対一での話……奴の能力は、私でも把握しきれていない。加えて狡猾な奴の性格がある以上、単純なステータスだけでその強さを計る事は出来ないだろう」

 

「……じゃあ、逆に一番強いのは?」

 

「間違いなくシドーだ。奴は我らの中で最強と呼ぶべき力を持っている……しかし、奴はエックスとは逆だ。こうやって相対した時点で、奴は全ての手札を公開しきっているのだよ」

 

「それは、どう言う意味だ?」

 

 大文字の問いかけにマキシマがちらりと視線を彼に向ける。機械の無機質な光を受けた大文字は、僅かな緊張感が胸を走る事を感じていた。

 

「……シドーの能力の名は『武力』。奴には他の魔王が持つようなユニークスキルは持っていない。それどころか、魔法の類も使えはしない……その代わり、そう言った物全てを単純なステータスに変化させていると言う事だ。お陰で奴のステータスは我々の中でずば抜けている。シドーが最強たる所以はそこにあるのさ」

 

「なるほどな、シンプルかつ強力なスキルって訳だ……お陰で突破の方法が見つからねえや」

 

 背中に冷や汗を流しながら勇が言う。シドーの能力が分かったは良いが、それでもその攻略方法が見つかった訳では無い。それどころか、突破の方法がまるで無いとしか言い様が無いのだ。

 

 勇が知る限り、どんなゲームでも突破口はあった。RPGのボスで言えば、敵の攻撃属性に合わせた装備を整えたりすると言った物がそれだ。炎属性の攻撃を使って来るなら、そのダメージを軽減する装備を整える。それに加え、敵の弱点を突く方法も用意すれば攻略は容易だった。しかし、今回は違う。何の能力も無い、ただステータスの高いだけの敵……それを倒すとなると、非常に苦労することになる。単純な消耗戦で疲弊させるか、もしくはこっちもそのステータスに見合った能力値を得るしか勝つ方法は無いのだ。

 大半のゲームに共通する最強の攻略方法『レベルを上げて物理で殴る』。単純なステータスを上げ、使用制限の無い単純な攻撃で殴り倒せるだけのステータスを持てばどんな敵にも勝てると言うのがこの格言の意味合いだ。

 単純ではあるが非常に効果的なその方法を今、自分たちが相手している敵がして来ている……時間も策も無いこの状況で、シドーへの対処方法が見つかる訳が無かった。

 

「それじゃあどんな戦い方をしてもやられるしか無いってことじゃねえか……ったく、絶望的だな……!」

 

「……そうでも無い。実はシドーにはある特徴がある。奴は、自分が強者と認めた相手とは必ず自分一人での戦いを望むのだ。君たち二人がシドーに認められれば、奴はエックスとガグマの介入を必ず拒むだろう」

 

「あん……? ならよ、もしかしてだが……」

 

「……おい、一応質問するぞ。ガグマ、エックス……貴様ら、俺の戦いに水を差すつもりでは無いだろうな?」

 

 マキシマの言葉に反応した勇が彼に何事かを言い切る前に、シドーが低い声で恫喝する様にして自分の横に並ぶ魔王たちに質問をした。エックスは、おどけた様な口調でその質問に答える。

 

「そんな訳無いだろう? 僕たちはそんなお邪魔虫じゃあないって!」

 

「ほぅ……? 先ほど外野を処理しようとした癖によくもまあそんな言葉がぬけしゃあしゃあと言えたものだな?」

 

「あれは戦えないゴミを潰しておいてあげようと言う僕の粋な心遣いじゃあないか。むしろ、あいつらこそが君の戦いを邪魔する奴らなんじゃあないの?」

 

「……ふん」

 

 自分を揶揄い、弄ぶかの様な口調でしゃべり続けるエックスを見たシドーは、これ以上の会話は無駄だとばかりに彼から視線を逸らした。しかし、その目には「自分の戦いを邪魔する事は許さない」と言う主張がはっきりと映っている。

 決して一枚岩ではない魔王たちのやりとりを眺めている勇が体を硬直させていると、隣に立つマキシマが大砲に変形させた腕を視線の高さに上げながら口を開いた。

 

「そして最後、ガグマの力は私と同等だ。この様にな」

 

 マキシマの言葉が途切れると同時に轟音が響く。その一拍後、更に大きな音を響かせて二つの攻撃がぶつかり合った。

 

「ちっ……!」

 

 自身の繰り出した黒い炎を掻き消されたガグマが舌打ちを鳴らす。その様子を淡々と見つめながら、マキシマは煙の立ち上る左腕の砲身から連続して砲弾を発射した。

 

「ふっ!」

 

「おおっと!?」

 

 ガグマ、エックス、そしてシドーが左右に飛び退く。彼らが居なくなったその領域に飛び込んで来た砲弾は、着弾と共に凄まじい爆発を巻き起こした。

 立ち上る火柱、そして体を叩く爆発の衝撃を感じながら勇は思う、マキシマの実力は今の自分たちよりも圧倒的に上であると。そして、そんな彼が味方に付く事を再度疑問に思った。

 

「……勇、この戦いにおいての勝ち筋を見つけられているか? 流石に私も三人の魔王を同時に相手することは出来ないぞ」

 

「わかってる、だが……」

 

 マキシマの質問を受けた勇が言葉を詰まらせる。正直、この状況で自分がどう動けば良いのか、その具体的な答えが出ている訳では無い。誰をどう狙うのか? そもそもどう戦うのか? 何か一つでも失敗すれば甚大な被害が出るかもしれないと言う思いが、勇の決断を鈍らせていた。

 かつてのガグマ戦での敗走の時を超えるピンチ。当然、失敗すればその時を超える被害が出る。慎重に答えを出さなければならない事は分かっているが、その為の時間も与えて貰える訳でも無い。

 

(どうする? どうするべきだ……!?)

 

 迷いは思考を鈍らせ、鈍った思考は決断を渋らせる。決断が出せなければ精神は消耗し、その消耗は肉体にも影響を及ぼしてくる。

 まだ戦いも始まっていないと言うのにも関わらず、勇の呼吸は既に荒くなっていた。そして、それに気がつけない程に勇は追い詰められていた。

 

 マリアや謙哉を失いかけたあの戦いを思い出す度、体が意識しないまま強張ってしまう。徐々に周囲の物音や状況も耳や目に入らなくなってきていた勇が、剣の柄を握り締める拳に力を込めた時だった。

 

「……案ずるな、勇。冷静になれ……状況は君が思うよりかは悪くはない。落ち着くんだ」

 

「えっ……?」

 

 不意に肩を叩かれ、優しい声をかけられた勇は驚いて顔を跳ね上げた。横を向けば、マキシマが腕を変形させたまま自分の肩を叩いているのだ。

 

「あの時、君は一人だった。だが、今は違う……今の君には仲間がいる、共に戦う仲間がな。頼れる者がいるのだ、少しは重荷を分け合ったらどうだ?」

 

「っっ……」

 

 マキシマの言葉を受け、その事に気が付いた勇は、マキシマの隣に控える大文字へと視線を移す。覇道に変身している彼もまた、仮面の下から力強い視線を向けたまま勇に向かって頷いた。

 確かにマキシマの言う通りだ、今の自分は一人では無い。あの戦いの様に()()()()()()()()()()()()()()()()と気負う必要は無かったのだ。

 その事に気が付いた勇の体から僅かに硬さが抜けた。深呼吸し、心を落ち着けた勇は、まずは隣の魔王に向けて感謝の言葉を口にする。

 

「……ありがとうな、マキシマ。アンタのお陰で少し落ち着けたよ」

 

「結構だ、これで我々の生存確率は上がった。それで? 策は思いついたか?」

 

「ああ、物凄くシンプルな奴がな。戦いに勝つ必要が無いって事を忘れてたぜ」

 

 仮面の下でニヤリと笑い、勇は一歩後ろに下がった。剣を構え、戦いに挑む姿勢を保ったまま、じりじりと後退して行く。

 

「……大文字、マキシマ、徹底的に時間を稼ぐぞ! 援軍が来るまで持ちこたえて、あいつらを辟易させてやるんだ!」

 

「ふふっ……正解だ、正しい答えを導き出せたようだな」

 

 勇の作戦を聞いたマキシマが初めて笑った様な声を出した。大文字もまた、勇の作戦に乗る姿勢を見せて大太刀を構える。

 一見、世界を守るヒーローが取る様な作戦では無い事行動、しかし、これこそがこの状況下における最良の策だったのだ。

 

 勝てない戦いの中で無理に攻め込めば、結果は火を見るよりも明らかだろう。自分たちは倒れ、残った生徒たちも邪魔者が消えた魔王たちによって駆逐されてしまう。ならば、敵を倒そうとしなければ良いのだ。

 自分の身と仲間たちを守り、各地で戦っている仲間たちが援軍に来るのを待つ。例えそれが大した戦力にならずとも、数の差が生まれれば不安になるのが生物の心理だ。強敵と戦っている最中に援護の魔法や補助効果のあるカードを使われれば鬱陶しく感じる事も確かだろう。そうなれば、ほぼ間違いなくシドーは消える。彼の望む戦いが出来ないのなら、彼はこの場に居る意味が無いからだ。

 勇たちにとって目下最大の脅威はシドーだ、そのシドーが居なくなれば勝機も見える。そして、それは残る魔王たちも十分に理解しているだろう。シドーの撤退に合わせ、彼らも撤退する可能性は十分にあり得る。

 

「マキシマ、アンタは何時でもバリアを出せる様にしていてくれ。皆を守れるのはアンタしかいないんだ」

 

「請け負った」

 

「大文字、俺とお前で突っ込んで来る敵を捌くぞ! お前の技量なら、そん位訳無いだろう?」

 

「応っ! ……まだ負け戦では無い。光明が見えているのならば、それに向かって突き進むのみよ!」

 

 明確な勝機(ビジョン)を確認し合い、それを共有して行動を起こす三人は自分たちを見つめる魔王たちへと鋭い視線を送った。しかし自分から仕掛ける様な事はせず、相手の出方を慎重に伺う様にして睨み続けている。

 勝利条件は先ほどよりも更に単純になった。()()()()()()()()()()してくれれば良い。援軍を呼ぶ時間稼ぎもその為の手段に過ぎない。ただ相手を鬱陶しがらせ、シドーを退かせれば良いのだ。そして、案外その時は早くやって来た。

 

「……ちっ! 奴らめ、まともに戦うつもりは無い様だな。臆病だが、賢い奴らよ……」

 

「むっ!? シドー、何処へ行く!?」

 

「知れたこと、もうこの場に用はない……弱者を蹴散らす様なつまらん戦い、俺は望んではいない。後はお前たちで勝手にやれ」

 

 勇たちが時間稼ぎに出たことをみたシドーは、踵を返して戦場から去ろうとしていた。マキシマの言う通り、彼は自分の望む戦い以外には興味が無いのだろう、もはや用済みとばかりに戦線を離脱して行く。そんなシドーを呼び止めるガグマの声と表情には、はっきりとした焦りの感情が見え隠れしていた。当然の事だ、このままでは自分たちが圧倒的不利な状況になってしまう。シドー抜きでは勝てない事はよく理解しているのだ。

 仮面ライダーの中でも強者の部類に入る勇と大文字だけなら良い、しかし、今はそこに魔王であるマキシマも助力しているのだ。三対二で自分たちが勝つ可能性は非常に低い。シドーが消えると言う事は、自分たちの撤退を意味しているのだ。

 

「……言っておくが、俺も貴様らと手を組んだ訳では無い。ただ面白そうな戦いが行われているから顔を出しただけだ。お前たちの願いに手を貸す理由など、欠片も無い」

 

「ぐぬぬぬぬ……!!」

 

 シドーのはっきりとした拒絶を受けたガグマが唸る。このまま自分とエックスだけで戦っても勝ち目は薄い。ならば撤退が一番の策だが、ここまで敵を追い詰めておいて撤退すると言うのも口惜しい物がある。自分は魔人柱であるパルマも失っているのだから、その思いはひとしおだった。

 退くべきか、それとも少しでも敵の戦力を削ぐために戦うべきか……援軍の来るタイミングを間違えば、撤退の隙も見失ってしまう。それを理解しているガグマが思考をフル回転させて計算していた時だった。

 

「……まあ、このまま撤退って言うのも悔しいよね。なら……こうしようか?」

 

「ぬっ!?」

 

 自分の背後から聞こえた声に振り返り、そこに居る筈のエックスの姿が無い事に驚いたガグマは周囲を見回して彼の姿を探した。つい先ほどまでここにエックスは居た筈だ、不意に姿を消した彼が何かを企んでいる事は間違い無いだろう。そしてそれは、絶対にろくでもない事なのだ。

 シドーも、勇も、マキシマも……この場に居る全員がエックスの姿を探して周囲を探る。戦いを見つめる生徒たちも固唾を飲んで行く末を見守っていたが、そんな彼らの更に背後から大きな叫び声が聞こえて来た。

 

「勇っ! 上だっっ!!」

 

「っっ!? 謙哉っ!!」

 

 聞き間違えることの無い親友の声に反応した勇が上空を見上げる。それに釣られるかの様に同じ方向を見た者たちは、同時に眼を大きく見開いた。

 

「……こんなぐだぐだな終わり方は嫌だろう? だから、最後にドデカい一発で締めようじゃあないか」

 

 上空に浮かび、愉快気な笑い声で語るエックス。その更に上空からは、巨大な隕石が落下して来ていた。それも一発や二発では無い、両手で数えきれない程の数の隕石が自分たち目掛けて降下して来ているのだ。

 

「エックス……貴様ぁッッ!!」

 

「さあ、フィナーレだ……! 存分に盛り上がろうじゃあないかっ!!」

 

<超必殺技発動 ダーク・メテオ・レイン>

 

「っっ!? 皆っ、伏せろっ!!」

 

 空気を震わせ、轟音を響かせながら降下する隕石群。勇の叫びを受けた生徒たちは地面に伏せ、その衝撃に備えた。

 

「防御班はバリアを張って! 何でも良い! 防御をするのっ!」

 

 真美の指示が生徒たちの間に飛び、防御の為に無数のバリアが生成される。それを覆う様にしてマキシマもバリアを作り上げるも、急遽作成したそれが十分な防御力を持っていない事はすぐに分かった。

 その瞬間、生徒たちは思い思いの行動をした。地面に伏せたまま蹲り、震える者も居れば、友人を守る為にその身を盾にする者も居た。変身出来ない仮面ライダーたちは周りの生徒を庇う様にして身を伏せると、自分たちを襲うであろう衝撃を耐えるべく必死に歯を食いしばる。

 そして……そんな生徒たち全員を押し潰すかの様に飛来した隕石が爆発し、暗黒の炎を巻き上げながら全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、皆……無事か……!?」

 

「我は、なんとかな……だが、他の者はどうだか……?」

 

 衝撃と爆炎が去った戦場で、苦し気に勇と大文字がお互いの無事を伝えあう。マキシマのバリアに守られたお陰で大ダメージを負う事は避けられたが、それでもかなりの痛みが体に残っていた。

 そのマキシマもバリアを使った事による負担こそある様ではあるが、そこまで甚大な被害を受けた様子は見受けられない。問題は、自分たちの背後に居た葉月たちの方だ。

 

「葉月、美又っ! 返事をしてくれっ!」

 

「光圀、仁科、生きていたら声を上げよ!」

 

 衝撃による変身解除を経た二人は、後ろにいる筈の仲間たちに向かって叫び声を上げた。どうか無事であって欲しいと言う願いを胸に、二人はただ仲間たちからの返事を待つ。

 ややあって、煙が晴れた後の光景を見た二人は、安堵すると同時に奥歯をぐっと噛み締める様な苦しみにも襲われた。

 

「い、勇っち……アタシたちは、何とか無事だよ……でも――!」

 

 痛みを堪えながら声を出す葉月。彼女とその周囲にいる生徒たちはほぼ無事であり、多少の怪我程度で今の攻撃を凌げた様だ。しかし、それ以外の生徒たちの様子を見れば、決して楽観視できる状況では無かった。

 

「あ、ぐ……」

 

「痛い……痛いよぉ……」

 

 地面に横たわり、痛みに呻く仲間たち。無事な者とそうで無い者、両者がはっきりと分かれた戦場で悲鳴と呻き声が心を暗くする合唱を奏でる。

 攻撃は完全に防ぎ切れなかった。バリアが破られた場所に居た生徒たちは、酷い怪我を負って地面に倒れ伏しているのだ。

 

「く、クソッ! 畜生っ!」

 

 あまりにも一瞬で、予想外の攻撃だった。不意を打ったエックスの攻撃に何も対応出来なかったことを悔しがる勇は、傷ついた仲間たちを見つめながら握り締めた拳を震わせている。だが、今の彼と同等の悔しさを感じている男もまた、この場に存在していた。

 

「エックス……貴様ぁっっ!!」

 

 勇たちの反対側、そこに立っていた『大罪魔王 ガグマ』は明らかに怒りを孕んだ声で叫んだ。上空に浮かぶエックスはその声を耳にして、ニンマリと笑いながら地上へと降下して来る。

 今の攻撃を受けたのは勇たちだけでは無い。轡を並べ、協力関係にあったガグマとシドーもまたエックスの必殺技の餌食になっていたのだ。自分たちを攻撃に巻き込んだことを怒り狂うガグマは、エックスに鋭い視線を向けつつ詰問した。

 

「どう言うつもりだ? 何故、わしらを攻撃に巻き込んだ!?」

 

「ああ、その答えなら単純だよ……君との同盟関係はここまで、ここからはボクの好きな様にさせて貰うからさ!」

 

「ぐっ!?」

 

 エックスの放った攻撃がガグマの胸を撃つ。後方へ吹き飛び、壁に叩き付けられたガグマに向け、エックスは嘲笑うかの様な声を上げた。

 

「まあ、そもそもボクなんかを信用するって事が間違いなんだよね。君もボクを裏切ろうと考えてはいたんだろうけど、こっちの方が早かったってわけ」

 

「おのれ……おのれ、エックスッッ!」

 

「そんなに怖い顔しないでよ……今すぐ逃げるなら、同盟に誘ってくれたお礼も兼ねて見逃してあげるからさ。まさか、そんな体で戦いを続けようと思う程馬鹿じゃあ無いだろう?」

 

「ぬ、ぐぐぐ……っ!」

 

 エックスの強力な必殺技を受けて甚大なダメージを負っていたガグマは、その言葉に悔しさを募らせながらも従うしか無いと言う事を理解していた。負傷が激しいこの体で戦ってもエックスに勝てる見込みは薄い、シドーもいつの間にか姿を消しているし、自分が不利である事は明らかだ。

 

「必ず……この借りは返す! その日まで首を洗って待っておれ、エックス!」

 

 捨て台詞を残し、ガグマは姿を消した。彼の恨み言を聞いたエックスはわざと怯えた様に肩を竦めた後、勇たちへと視線を移す。

 

「さて、これで邪魔者は居なくなったね。後は掃討戦と行こうか?」

 

「くっ……! んなこと、させっかよ……!」

 

 エックスは仲間たちを皆殺しにし、戦いに終止符を打つつもりだ。その事を悟った勇は全身の痛みを歯を食いしばって耐えながら立ち上がるも、既に戦える様な状態で無い事は明らかだった。少なくとも、休息の時間は必要だろう。しかし、エックスがそんな時間を与えてくれる訳も無い。

 大文字もマキシマも、そして他のライダーたちも戦える状態では無い。されど、仲間たちを置いて逃げる訳にもいかないのだ。

 

「有体に言うとさ……これ、詰みって奴だよね? ボクの勝ちで、君たちの負け……そう言う事でしょ?」

 

「くっっ……!」

 

 エックスの言葉を否定出来ないまま、勇は悔しさに歯軋りして呻き、憎き敵の顔を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇っ! 水無月さんっ! 皆っ!!」

 

 エックスの放った必殺技の衝撃が去った後、謙哉は狂乱と言うに相応しい様相を見せながらひた走っていた。向かう先は戦いの中心地、先ほどまで親友たちの姿があった場所だ。

 必死に駆け、仲間たちの名を叫びながらその姿を探す謙哉の目が探し人を捕らえる。すぐに彼女の元まで駆けつけた謙哉は、地面に蹲る玲の肩を抱いて揺さぶりながら声をかけた。

 

「水無月さん、しっかりして!」

 

「け、謙哉……? 良かった、無事だったのね……!」

 

「それはこっちの台詞だよ! 他の皆は? 戦いの状況はどうなの!?」

 

「落ち着いて……私や葉月達は大丈夫よ。でも、他の生徒たちの中には酷い怪我をした人も居るみたいだし、戦いの方も……」

 

 そう呟きながら視線を移した玲に釣られてそちらを見てみれば、そこにはエックスと対峙する勇たちの姿があった。勇と大文字は既に変身を解除されており、魔王マキシマも体の至る所に損傷を負っている事が見て取れる。

 謙哉には何故マキシマがここに居るのかを知らない訳だし、更には彼がマキシマである事すらも分からなかったが、それでも今の勇たちが満身創痍であり、エックスと戦えば間違いなく負けてしまうであろうことは簡単に理解出来た。

 

「助けなきゃ……! 勇と大文字先輩を、何とかして……ぐっっ!?」

 

「謙哉っ!?」

 

 ドライバーを手に立ち上がろうとした謙哉であったが、パルマとの戦いで消耗していた事に加えてオールドラゴンの反動によるダメージが体を襲ったせいで変身することは叶わなかった。玲もそんな彼の姿を見て、叫び声を上げてその体を抱きとめる。

 

「無茶よ、あなたはオールドラゴンを制限時間一杯使ったんでしょ!? そんな体でまた戦うだなんてしたら、今度こそ死んでしまうわ!」

 

「でも、それでもっ! 僕が戦わなきゃいけないんだ! 今一番余力があるのは僕なんだ! 僕がオールドラゴンを使って、エックスを撤退させることが出来れば、皆が助かるんだよ!」

 

 叫び、痛みを堪えて立ち上がり、そしてドライバーを構えた謙哉はもう一度変身を試みた。しかし、カードを持つ腕を玲が掴んで離さない。謙哉の無茶を止めようとする彼女もまた、必死になって謙哉に向かって叫んだ。

 

「止めて、謙哉! 約束したじゃない、私の許可なくオールドラゴンは使わない! パルマとの戦いを終えたら、もう二度とオールドラゴンには変身しないって……! 自分の命を危険に晒すのは止めて! 他の方法を考えて!」

 

「っっ……」

 

 玲のその叫びは謙哉の胸を打ち、心の中の罪悪感を刺激した。思い返すのは、自分を心配する玲と親友である勇の言葉、もう自分に無理をしないで欲しいと願い、自分もまたその願いに応えようと努力していた。

 今、ここで変身してしまえば、その願いを裏切る事になる。それも最悪の形でだ。その事を理解している謙哉の心が、僅かに迷いを見せた時だった。

 

「里香っ! しっかりしてよ! 目を開けて、里香っ!!」

 

 聞き覚えのある声にはっとした謙哉が顔を上げれば、そこには合宿の時に知り合った橘ちひろの姿があった。泣きじゃくり、悲痛な叫びを上げる彼女の横には同じく合宿で知り合った夏目夕陽の姿もある。

 そして、彼女たちの視線の先には、頭から血を流して動かない宮下里香の姿があった。

 

「お願い……死なないで……! 目を開けてよ、里香……っ!」

 

「自分たちを庇ったせいで、こんな事に……! 里香ぁ……!」

 

 友人を庇い、重傷を負った里香。それを見て泣きじゃくるちひろと夕陽。悲痛で苦しいその光景を繰り広げているのは、何も彼女たちだけでは無い。

 

「死ぬな! 死ぬなよ! すぐに治療してやる! 絶対に助けてやる! だから死ぬなっ!」

 

「大丈夫だよ! 絶対に助かるから! ねえ、返事をして! 私の顔を見てて!」

 

 苦しみに耐える痛みの声を掻き消す様に、より悲痛な叫びが木霊する。それは友人を想う仲間たちの叫び、怪我を負い、正詩の狭間を彷徨う友を引き留めようとするが故の叫びだった。

 このままでは皆が死ぬ。誰かが皆を守らなければならない……この悲劇を止める為には、誰かが戦わなくてはならなかった。そして、それが出来るのは自分だけだと言う事も謙哉は理解していた。

 

「きゃっ!?」

 

 思い切り腕を振り、自分に縋り付く玲を払い飛ばす。地面に尻もちをついた彼女の姿を見た謙哉は、堪え切れぬ罪悪感に声を震わせながら言った。

 

「ごめん、水無月さん……でも、僕がやらなきゃならないんだ。僕しか出来ない事だから、僕には出来てしまうから……!」

 

「謙哉、待って!」

 

 戦場に木霊する叫びよりも悲痛なそこ呟き。それを耳にした玲が立ち上がって謙哉を止めようとした瞬間、彼は手にした一枚のカードをドライバーに通していた。

 それは、つい先ほど手に入れたカード……宿敵が使い、その能力は身に染みて知っていたそのカードをリードしたドライバーは、低く唸る様な電子音声を響かせてその名をコールした。

 

狂化(バーサーク)……!>

 

「うぐっ! が、あぁぁぁぁぁっっ! あ、あぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「謙哉っっ!!」

 

 パルマの使った狂化のカード。自分の理性を犠牲にし、体に途轍もない負担をかける事で極限まで力を引き出すそのカードを使った謙哉は、今まで聞いたことの無い様な叫び声を上げた。苦しみ、痛みに喘ぐ彼に手を伸ばした玲が、ドライバーを剥ぎ取ろうとした瞬間だった。

 

「グオォォォッッ!!」

 

「きゃぁぁっっ!?」

 

 凄まじい力で謙哉に弾き飛ばされた玲は、地面を転がった後で倒れたまま彼へと視線を向ける。彼女の視線が捉えたのは、自分の知る優しい彼の姿では無かった。

 

「グ、オォ……ッ! ガ、アァァァァァッッ!!」

 

 全身を走る黒い雷光。禍々しく恐ろしいそれを身に纏う謙哉の目は赤く光り、理性を感じさせる光は欠片も残っていなかった。闘争本能に全てを支配されたまま、謙哉は手にしていたもう一枚のカードをドライバーへと通す。

 

<RISE UP! ALL DRAGON……!!>

 

 ドライバーからはいつもよりも低い電子音声が流れ出た。変身の際に巻き起こった衝撃から顔を覆いながら、玲は必死になって謙哉の姿を見つめ続けている。そして、その衝撃が去った時、変身を終えた謙哉がゆらりと揺らめきながら姿を現した。

 

「グルルルルルル……ッ!」

 

 獣の様な唸り声を上げ、瞳を赤く光らせ、本能のままに敵へと鋭い視線を向けながら……謙哉は、圧倒的な力を纏って宙へと飛び立つ。信じ難い速度でエックスの前まで飛んで行った謙哉は、着地と同時に周囲を威嚇する様な咆哮を上げた。

 

「ガァァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

「けん、や……!?」

 

 守りたい物を守る為、命を懸け続けて来た謙哉……その彼は、ついに理性を投げ打ってしまった。そして、今まで以上に命の危険を背負って戦いに臨もうとしている。

 その彼を止められなかった事に、自分の無力さに絶望した玲の口からは、魂が抜けた様な声が呟きとなって漏れ出た。

 

「何でよ……? なんであなたは、いつも……!」

 

 狂い、荒れ果て、悲痛な姿を晒す謙哉。そんな謙哉の事を見つめる玲の瞳からは、大粒の涙が零れていたのであった。

 

 

 

 

 




――あの時は何でって思ったけど、今となっては少しだけあなたの気持ちが分かる。きっとあなたもこんな気持ちだったんだろうな、って思うの。

 ねえ、黙って聞いてくれる? この言葉が届くと信じてる。きっと最後のチャンスだから、しっかり言わせて貰うわ。

 あなたは馬鹿で、ドジで、鈍くって……とても優しい、私の好きな人。心の底から大好きな、私の初恋の人。

 ありがとう、大好き、もっともっと時間が欲しい。でも、そんな時間は無さそうなの。だから、だから……言葉じゃなくて、この笑顔で伝えるわ。

 あなたは好きでいてくれた? 私のこの笑顔を、愛してくれていたかしら? そうだとしたら、嬉しいわ。でも、物凄く悔しい。もっと早く知りたかったなって思っちゃうから。

 ……もう時間が無いから、これで最後にするわ。最高の笑顔でお別れ出来る様に頑張る、でもね、でも――ほんの少しだけ、泣く事を許してね。

「    、  ……」

 












――何かを間違えたんだってことはわかったんだ。でも、何を間違えたのかが分からないんだ。こんなの僕が望んだ事じゃない。わかってるんだ、でもわからないんだよ。

 何で君は泣いていたの? 何で君は笑えたの? 僕は、君をどうすればよかったの?

 今更答えなんか出なくて、胸が痛くて、辛くって……これが、間違い続けた代償なの?

 見たくなかった、させたくなかった、あんな悲しい笑顔、君に浮かべて欲しくなかった。僕はただ、皆に笑っていて欲しかっただけなんだよ。

 ねえ、水無月さん、教えてよ。僕はこれから、どうすれば良いの? 僕は、どうしたら良いの? もう間に合わないのかな? もう僕に出来る事は、何にも無いのかな?

 最後の最後で耳にした、君の言葉が耳から離れないんだ。君はあの時、どんな気持ちでいたの?











……誰かがゲームオーバーになるまで、あと数時間……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。