お待たせして申し訳ありませんでした。
「さあ、かかって来い。俺を楽しませてみせろ……!」
「くっ……! こんなタイミングで、厄介な奴が来やがるとは……」
強者の風格を放ち、ゆっくりと自分たちに近づいて来るシドーの姿を見る勇は、全身に冷や汗を浮かばせながらそう呟く。先ほどまでの攻勢が一転し、自分たちが追い込まれる形になってしまった。
せっかく分断したガグマとエックスも、シドーが乱入し、勇たちが混乱している間に合流してしまっている。ここからは、向こうの連携の事も考えて戦いを続けなければならない。
「どうする? どう戦うつもりや?」
「三人の魔王を相手に立ち回るのは厳しい。どうにかして、退かせないと……」
ここで自分たちが撤退する訳にはいかない。自分たちの後方には、数多くの人たちが避難している避難場所があるのだ。
ならば、ここで魔王たちを食い止めるしかない。そして、最悪でも撤退させなければならないのだ。
「……大文字、シドーの強さはどんなもんだ? あいつを止めるのにどれだけの戦力が要る?」
跳ね上がる心臓の鼓動を必死に抑えながら、勇はシドーの強さを知るであろう大文字へと質問を投げかける。シドーへの対策は必須ではあるが、そこに割く戦力を多くし過ぎてはガグマとエックスを抑える事が難しくなるだろう。
出来る限り最小限に、かつ的確な戦力をシドーの対策に向かわせたい、その為の判断材料を大文字へと求める勇であったが、彼はゆっくりと首を振ると真剣な声で言葉を返して来た。
「無理だ……シドーは、並大抵の戦力で止められる奴では無い。我らの全戦力を以って戦っても、勝てるかどうかは分からない程だ……」
「あいつは強い、それも生半可じゃ無くなぁ……勇ちゃん、あいつに半端は通用せん。俺ら全員でぶち当たらな、全滅するのは目に見えてるで」
「ははっ! お前らがそこまで言う相手かよ……いよいよもって絶望的じゃねえか……!」
自嘲気味な笑いを一つ浮かべた勇は、戦闘能力の高い大文字と光圀にそこまで言わせるシドーへの警戒を更に強めた。しかし、敵に対する明確な対策は思い浮かばないままだ。
全戦力でシドーと戦った所で、そこにはガグマとエックスも参戦する。超強力な魔王を三人同時に相手にすると言う危険な賭けを行える程、勇たちは自分たちの実力を過信してはいない。
「時間稼ぎだけならどう? 誰か一人がやられない様にしてシドーの気を引いて、他の魔王を撤退させる為の時間を稼ぐってのは……」
「無駄や、んな生半可なやり方じゃあシドーに一瞬でやられてまう。あいつと戦うんなら、100%の覚悟を持ってやらなアカン」
葉月の提案を光圀が即座に却下する。いつものおちゃらけた雰囲気が消え、ピリピリとした緊張感を感じさせる今の光圀の言葉を受けた葉月は、すぐに口を噤んだ。
「……せめて、謙哉さんが居てくれれば……」
「確かにな……時間稼ぎっちゅーんなら、謙哉ちゃんが一番や。最悪、オールドラゴンだってあるしなぁ」
守りに長けた謙哉の不在を惜しむ一行であったが、勇と玲だけはこの言葉に賛成出来ないでいた。ここに謙哉が居れば、間違いなく彼は無茶をするだろうと考えたからである。
自分たちの危機を放って置く謙哉では無い筈だ。確実に、彼は無理をしてでもシドーを一人で食い止めようとするだろう。もしかしたら命の危険性のあるオールドラゴンを使うかもしれない。
そうなればシドーはどうにかなるかもしれないが……謙哉だってただでは済まない事は、明々白々だった。
「……謙哉だってパルマを倒す為に全力で戦ったんだ、これ以上の無理はさせられねえよ」
「何より、ここに居ない奴の話をしても事態は好転しないわ。今、ここに居るメンバーでどうにかする方法を考えましょう」
後ろ向きになりそうな思考を無理矢理切り替えるべく、勇と玲は仲間たちにそう言って戦いの構えを見せた。剣と銃を握り、迫り来る魔王たちへと視線を向ける。
途轍もない威圧感に押し潰されそうになるも、心を奮い立たせて自分を鼓舞した勇たちは、策を使わない真っ向勝負に打って出る事に決めた。
「……全員で全員をフォローしながら戦うぞ! 相当厳しい戦いだが、俺たちが協力すれば可能性はあるはずだ!」
「まあ、それしか無いわなぁ。全力で、噛み付いてやろうやないか!」
「やれるだけの事をやろう。それで、絶対に勝とう! アタシたちならやれるよ!」
勇の言葉に力強く頷き返し、同意した葉月達は横一列に並んで陣形を作り上げた。ここからどう動くかは完全にノープラン、一つ一つの動きに集中しながら、最適な行動を選んで行かなければならないのだ。
無茶かもしれない、無謀かもしれない。それでも、今の自分たちにはそれしか無いのだ。
「……行くぞっ!!」
苦しみを噛み殺した様な声で叫びながら、勇は仲間たちと共に魔王たちに向けて突貫し、剣を振り上げた――。
「……何よ、これ……!?」
それから約一時間後、現場に辿り着いた真美が見たのは悲惨な状況だった。
自分たちに対して立ちはだかる三人の魔王、それに今も立ち向かえているのは勇と大文字だけだ。そして、他のライダーはと言うと……
「くっ……そがぁっ!」
「なんて、馬鹿げた強さなの……!?」
ある者は地面に這いつくばり、またある者は立ち上がろうとするも体に力が入らず蹲ったままでいる。変身は既に解除され、彼らが敗北を味わったと言う事を後から来た者にも分かる様に証明していた。
戦いを見守る生徒たちにも傷跡や疲れの色が見える。彼らもまた、ライダーたちの援護をすべく必死に戦ったのだろう。しかし、それでも魔王を倒すには至らなかったのだ。
「やよい、大丈夫!? 怪我は……?」
「あ、真美ちゃん……!!」
傷つき、地面に膝を付くやよいであったが、その瞳にはまだ戦意と気迫が残っていた。彼女の心が折れていない事に安心した真美であったが、この究極に不利な状況に陥るまでの情報を得るべく、やよいへと質問を投げかける。
「やよい、一体何があったの? 何故、魔王が一人増えているの?」
「……それはね――」
悔しそうな表情を浮かべながらも、やよいは真美へとここに至るまでの経緯を話し始めた。
自分たちライダーを相手取った魔王たちは、特に連携を取る事も無く戦いを始めた。と言うより、シドーがほぼ一人で戦っていたと言う方が正しいだろう。彼は、たった一人で勇たちをここまで追い込んだのだ。
『武神魔王』の肩書は伊達では無かった。戦国学園の生徒たちの猛攻もやよいたちの援護も何一つとして通用しないまま、あっという間に仁科と光圀はシドーに吹き飛ばされてしまったのだ。
「……本当に馬鹿げてるとしか言い様が無かったよ。それほどまでに圧倒的だった……」
シドーとの戦いを経験したやよいがそう感想を漏らす。今の彼女にとって、シドーはそれほどまでに恐ろしい相手に思えたし、実際にそうだったのだ。
純粋混じり気無い暴力、圧倒的な武……そう表現するに相応しいシドーの強さは、他の魔王と比べても一段上と評する他無いだろう。ガグマやエックスの様な不気味さが無い分、実直に力に特化しているシドーの戦闘能力は、正に破格と言うべき物だった。
それでもなお抗ったやよいたちであったが、彼女たちの援護が小賢しいと感じたシドーによって急接近され、あっという間に三人纏めて蹴散らされてしまった。その速さ、強烈さを前にして、やよいたちは一体何時自分が攻撃を受けたのか分からない間に倒されてしまっていたのだ。
「……それでもう、戦っているのは勇さんと大文字さんだけになっちゃって……」
「そう、だったの……」
「でも、私たちもまだ戦える! もう一度変身して、魔王たちと戦わないと……ううっ!」
「やよいっ!? 無理はしちゃ駄目よ! そんな体で戦ったら、ゲームオーバーになるかもしれないのよ!」
真美へと自分たちが体験した戦いを話したやよいは、もう一度ドライバーを手にして変身しようとするも体に走った痛みに呻いてそれを落してしまった。彼女の体に残るダメージを想像した真美はなおも戦おうとするやよいを必死の形相で止める。その脳裏には、ガグマに敗れて消え去った櫂の姿があった。
この危機的状況で無理をすれば、また誰かがゲームオーバーになるかもしれない。だが、このままでは全滅だってあり得る。何とかして状況を打開しなければならないが、その手段を思いつくことが出来ない。
(考えて……考えるのよ、私! このまま終わる訳にはいかないの!)
そう自分に言い聞かせた真美は、その明晰な頭脳をフル回転させて策を講じ始めた。
ここで終わる訳にはいかない、自分はまだ、光牙を勇者に出来ていない。彼の悲願を果たさせるまで自分は諦める訳にはいかない。どんな手段を使ってでも生き延びなければならないのだ。
再び自分に言い聞かせ、思案を続ける真美。しかし、戦況は彼女に策を考えるまでの間、何の変化も無いままとはいってくれない。
「なるほど……思ったよりもやるでは無いか! わざわざ戦場に出て来た甲斐があったと言うものよ!」
残る仮面ライダーである勇と大文字を同時に相手取るシドーは、その恐ろしいまでの強さを遺憾なく発揮しながら楽し気に咆哮を上げている。その様子には、まだ余裕すら感じられた。
脅威的な戦闘能力を持つシドーと戦う二人は、普段以上の緊張感に襲われていた。片時も気が抜けない戦いは、二人の精神を確実に摩耗させて疲労を蓄積させている。それでも戦いを続けていられるのは、二人が流石としか言い様が無かった。
「くっ……! 化け物かよ、こいつは……!?」
「……武の化身、その言葉がしっくり来るであろう。こうして相対してなお、強さの底が見えぬ……!」
三校同盟の中でも最強格であろう自分たち二人を圧倒するシドーの力に軽い恐怖すら覚える二人。しかし、自分たち以外には戦える者も居ず、ここで自分たちが倒れれば敗北が決定的になることを知るが故に膝を屈する事無く戦いを続けていた。
だが、この戦いで勝利する事は難しい事も同時に理解している。自分たちに出来るのは、あくまで時間稼ぎ程度の事なのだ。
(ここからどう動く……? どうすれば、損害を抑えて撤退することが出来る?)
敵を退かせる事はほぼ不可能だろう。ならば、こちらが一時退却して体勢を立て直してから再戦すると言うのが一番現実的な方策だ。その為には、ここでの退却時に不要な損害を出す訳にはいかない。
今、勇たちがすべきことは、粘って援軍が来るまでの時間を稼ぐ事だ。撤退を援護してくれる援軍さえ来れば、この危機を脱することも不可能では無いだろう。もっとも、それまでの間に自分たちがシドーに倒されなければの話だが。
「……思ったより粘るね。なら、打つ手を変えてみようか」
そんな勇の危惧が現実の物になろうとしていた。他の魔王たちよりやや後方に位置していたエックスが呟きを発すると共に、掌に黒い魔力を溜め始めたのだ。
徐々に大きくなる黒い光を見た勇と大文字はその攻撃に備える。しかし……
「戦いの定石は各個撃破、トドメを刺せる敵は確実に倒しておかないとね」
「!?!?!?」
エックスが狙っていたのは二人では無かった。二人の後方、そこで倒れている葉月たち仮面ライダーと援護の為に周囲を取り囲んでいる生徒たちを狙っていたのだ。その事に二人が気が付いた時には、もう遅かった。
<必殺技発動! ダークネス・フレア!>
「んじゃ、ばいば~い」
「ま、まずいっっ!!」
エックスの手から放たれた必殺技が真っすぐに仲間たちの元へと飛んで行く。勇と大文字は、その光をただ見ることしか出来なかった。
恐怖に表情を歪ませる生徒たちや、咄嗟に防御の構えを取る者、近くの友人を守ろうと無謀にもその身を盾にして庇おうとする者たちなど、それぞれの反応を見せる生徒たちに対して一切の興味を見せる事も無く、エックスの必殺技は彼ら全員を攻撃範囲に捉え、そして――
<必殺技発動! メガ・メカニクル・バリア!>
「……何だって?」
自分の放った必殺技が爆発する寸前に響いた電子音声を耳にしたエックスは、未だ晴れぬ黒煙を睨みながら呟いた。その前方ではガグマが唸り、シドーが笑い声をあげている。
「……まさか、な……」
「ククク……愉快愉快! なかなかどうして予想もつかない事が起きるものだ! 更なる強者の登場とは、戦いは俺の血を滾らせる!」
「な、なんだ……? 一体、何がどうなって……!?」
この状況においてまったく理解出来ない反応を見せている魔王たちの姿を見た勇は、茫然としながらただ立ち尽くしていた。そんな時、彼の傍らに立つ大文字が何事かに気が付いて勇へと声をかける。
「龍堂勇、あれを見ろ!」
「えっ? あ、あれは……?」
必殺技の衝撃で湧き上がった黒煙が徐々に晴れて行き、そこにいる仲間たちの姿が露になる。同時に、勇たちの前に先ほどまでは存在していなかった人影が姿を現した。
その人物は鈍色の体をしていた。メタリックな機械を身に纏い、武骨なフォルムを晒しながら悠然とその場に立っていた。
「……防御は成功、被害も無し……さて、ここからが本番だな」
前に出していた腕を下ろし、発生させていたバリアを消滅させた謎の人物がゆっくりと勇たちの方へと歩み寄る。一歩、また一歩と彼が足を進める度、何処か鈍い機械の駆動音が響いた。
「な、なに……? 何が起きたの……?」
「あれは、誰……?」
突如として現れた乱入者が自分たちを助けてくれたことを理解した生徒たちであったが、同時に新たな疑問にもぶち当たっていた。それは当然、自分たちを助けてくれたあの人物とは誰なのか? と言うものだ。
魔王の必殺技を防げる程の実力を持つ謎の人物、生徒たちの誰もがその正体について何一つとして見当がつかない中、勇だけがたった一つの可能性を頭の中に思い浮かべていた。
「あ、アンタは、まさか……!?」
「どうやら無事の様だな、勇」
「あ、あ……!!」
彼が自分に対して発した声を聴いた瞬間、勇のその思いは確信に変わった。そう、自分は彼と話した事がある。こうして顔を合わせる事は初めてだが、その声には聞き覚えがあった。
何故か自分に対して警告と忠告を行ってくれた人物、その正体に関しては半信半疑であったが、この邂逅でそれにも答えが出た。
「マキシマ……なのか……?」
「その通りだ。私の声を覚えていたようだな」
震える声でそう尋ねた勇に対し、マキシマは肯定の言葉を告げた。その答えを聞いた勇の体には、衝撃と共に震えが走った。
ガグマの能力に対する忠告や撤退戦での手助け等、隠れて自分を助けてくれていたマキシマが目の前に居る……しかも、仲間を守ってまたしても自分を助けてくれた。目的は分からないが、助かった事には変わりない。
勇以外のライダーたちも、他の生徒たちも、魔王ですらも今の状況を理解し切れてはいなかった。そんな中、一足早く立ち直ったガグマが威圧感を込めた声でマキシマへと問いかける。
「マキシマ、一体何をしに来た? 何故、人間たちの事を守った?」
「……答える必要はあるか、ガグマ? 見ての通りだ、私はこちら側に付く」
「っっ!?」
マキシマの発した言葉は、この戦場に大きな波紋を呼んだ。まさか、魔王であるマキシマが人間に味方するとは誰が予想したであろうか?
何の目的があって、どの様な意図でこんな行動を取ったのか? この場の誰もその答えを知る由が無い。だがしかし、マキシマの参戦によって戦局が再び大きく変わった事は確かだった。
「勇、まだ戦えるな? これよりは私が手を貸そう。敵を消耗させ、こちらが有利な状況を作り出した後で撤退する……良いな?」
「……ああ! 今はアンタの目的や考えはどうだって良い! 魔王の力を利用させて貰うぞ、マキシマ!」
「……どうやら、貴様には何か考えがある様だな。ならば我もそれに従おう、この場を斬り抜けることを最優先とする!」
マキシマを中心に勇と大文字が戦いの構えを取る。予想外の、それでいて強大な援軍が、二人の戦意を大いに高揚させた。
この戦い、まだ勝ち目はある……僅かに見えた希望の光明を手繰り寄せる為、二人の戦士は魔王の集結したこの戦場において、必死の戦いを繰り広げようとしていた。
――大筋は合ってる。予想外の出来事があっても、進むべきルートが間違っていなければ問題無い。後は彼が来るだけだ。そうすれば、全ての準備は揃うのだから。
全部が正しく進むとは限らない。それでも、勝つのはこのボクだ! この戦いから、ボクの輝かしい未来が幕を開けるのだ!
世界の全てを手に入れる、このボクが、世界の
……そうとも、ボクは勝つのさ。そして世界をボクの色に……暗黒に染め上げる。ボクの望むがままの世界に、ね……!
――誰かが犠牲になるまで、あと数時間……