異様な程の緊張感に包まれた戦場。自分たちの前に立ちはだかる二つの人影を見つめる少年少女たちは、戦いへと意識を集中させながら懐からドライバーを取り出す。
「……光圀、仁科。決して油断はするなよ」
「んな事、言われなくてもわかってらぁ! 出来る相手じゃあないだろうよ」
「魔王かぁ……どんだけ強いんやろなぁ!? わくわくするで!」
戦国学園の三人は、場慣れした雰囲気を醸し出しながら二人の魔王へと視線を注いでいた。
大文字を中心に両脇を光圀と仁科が固め、すぐに動ける陣形を作る。あとはいつも通り、全力で攻め切るだけだ。
「絶対に勝とうね! 誰一人、欠けないでさ……!」
「当然じゃん! リベンジ戦は勝利で飾るよ!」
「ええ! ……必ず勝つ! 皆で!」
ディーヴァの三人は湧き上がる緊張感を必死に抑えて戦いに臨もうとしていた。
恐怖や緊張と言ったマイナスの感情を抑え、勇気を振り絞る今の彼女たちはスーパーヒロインの名に相応しいだろう。必ず皆で勝って帰ると言う硬い誓いを交わした後、三人もまたホルスターからカードを取り出す。
「……ようやくだ。ようやくお前に借りが返せるな、ガグマ」
「黒星を重ねるの間違いでは無いのか? そもそも、わしらに勝てるとでも思っておるのか?」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ! 俺たちが何時までもお前の想像の範疇の強さでしかいないと思ったら大間違いだぜ!」
大罪魔王にも一歩も退かず、覇気を漲らせて相手を睨みつけた勇は『ディスティニーホイール』を左腕に取り付けるとその取っ手を掴んだ。他の生徒たちもそれぞれカードを構えて変身の準備を整える。
「さあ……行くぜ! ゲームスタートだ!」
勇のその言葉を合図にして、全員が動く。そして、まったく同じ言葉を同じタイミングで叫ぶ。
「「「変身っっ!!!」」」
<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!>
<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>
<ロード! 天・下・無・双!>
<キラー! 切る! 斬る! KILL・KILL・KILL!>
<メイジ! 暴れ壊して好き放題!>
響き渡る電子音声と共に、勇たちは姿を変える。黒の西洋騎士、電子の妖精、和装の鎧武者……それぞれ違う装いの戦士に変身した勇たちは、各々の武器を手に戦いへの構えを見せ、敵に向かって突撃した。
「ガグマっ! エックスっ! 行くぞっっ!!」
<チョイス・ザ・エヴァー!>
駆け出しながらディスティニーソードを召喚した勇は、最後の一歩を踏み込む脚に力を籠め空中高くへと跳躍する。狙うは暗黒魔王の首、落下地点で待ち受ける宿敵に鋭い視線を向けながら、勇は強烈な振り下ろしを繰り出した。
「ぬぅぅんっ!!」
当然、ガグマもそれを無防備に受けるはずが無い。勇の攻撃力を確かめる様にして軽い防御を施しつつその攻撃を受けたガグマは、腕に走る想像以上の痺れにわずかな呻き声を漏らした。
「どうした? 思ったよりも情けない声を出すじゃねえか」
「ほぅ……? まさか、これほどまでに力を付けているとはなっ!」
ニヤリと笑みを浮かべたガグマは勇の剣を振り払うと己の両手に双剣を召喚してそれを構えた。ガグマの召喚した武器が、かつて自分が倒したクジカの物である事に気が付いた勇は、彼の強さを思い出して仮面の下で油断ならないと言った表情を見せる。
魔人柱たちの能力は、元々ガグマの物……あの強烈な剣技をガグマも使えると知った勇は、呼吸を整えた後で自ら攻撃を仕掛けに飛び出した。
「せやぁぁっっ!!」
「ふぅんっっ!!」
正眼の構えから繰り出される面打ち、必要最小限の動きから放たれた素早く、されど強力な勇の一撃をガグマが片方の剣を使って止める。
勇の攻撃を打ち払い、空いているもう一つの剣で勇の顔面を狙った刺突を繰り出したガグマの一撃は、ギリギリの所で首を傾けて躱した勇の行動によって空を切った。
「ちっ!」
首を傾けた事で崩れる体の重心を立て直すことはせず、勇は側転をする時の様にそのまま真横へと重心を傾けていった。その時、ガグマの側頭部を狙った回し蹴りを繰り出すことも忘れはしない。
今度は防御では無く、回避と言う選択肢を取ったガグマが後方に大きく飛び退くと、その体に向けて青とピンクの色をした弾丸が飛来した。
「むぅぅっ!?」
着弾、ガグマの体に火花が舞う。大したダメージでは無い物の、空中と言う身動きが出来ない場所で連続して攻撃を喰らうと苛立つ事は確かだ。
勇が横方向に回避したことによって生まれた自分との直線空間を見逃さずに援護攻撃を仕掛けた玲とやよいに対して舌を巻いたガグマは、お返しとばかりに着地と同時に彼女たちに攻撃を繰り出そうとする。
しかし、それよりも早く自分の背後に何者かの気配を感じた彼は、途中まで行っていた攻撃のモーションを中断してそのまま背後へと振り向いた。
「ちょいさぁっ!!」
そしてガグマは見た、自分に背後から攻撃を仕掛ける葉月の姿を。カードを使い、いつの間にか自分の背後に忍び寄っていた葉月は、ロックビートソードを大きく振り上げてガグマの無防備な背中に一撃を喰らわせようとしていたのだ。
敏感に気配を感じ取ったガグマがギリギリの所でその攻撃を防ぐと、葉月は小さく舌打ちをした後で後方へとステップを踏んだ。仲間たちの陽動で生まれた確かな隙を活かせなかったことを悔やみつつ、彼女は次の行動に移る。
<エレクトリック! サウンド!>
「アタシの演奏で、痺れさせてア・ゲ・ル!」
<必殺技発動! エレクトロックフェス!>
ガグマとエックスの丁度中間地点、そこで必殺技発動を発動した葉月はロックビートソードの弦を大きく弾いた。必殺技の効果により、葉月の演奏に合わせて電撃が周囲に乱れ飛ぶ。
レベルの上昇によって強化された葉月の必殺技を受けた魔王たちは、体が痺れる感覚に堪らず彼女の攻撃範囲から飛び退いた。どちらも自分の後方に飛び退いた事によって、二人の魔王は互いに距離を取って分断された形になってしまう。
「……なるほど、これが目的か」
「ボクたちに協力させない様にするってことね……」
まんまと勇たちの策略に嵌ってしまったガグマたちであったが、その態度には焦りの色は見受けられない。むしろ、この状況を楽しんでいる様にも見える。
自分たち相手に何処まで戦えるのか? 勇たちの力量を計り、それを確かめる事を愉しむ二人の魔王から余裕を剥ぎ取るべく、次に戦国学園の三人が仕掛ける。
「あっはぁっっ!! 楽しませろや、魔王っ!!」
「うおっとぉっ!?」
神速、その表現が相応しい光圀のスピード。瞬時に自分との距離を消滅させた彼の速度に軽く驚嘆したエックスは、自分の前方に魔術でバリアを作り出して攻撃を受ける。
「っしゃぁぁっっ!!」
再び神速、目にも止まらぬ速度で刀を抜いた光圀は、エックス目掛けて超速の居合切りを繰り出した。
武術の心得が無い者には残光すら見えぬ速度で振り抜かれる刀は、エックスの作り出したバリアにぶつかって甲高い金属音を鳴らす。暗黒魔王の防御を打ち崩す事は出来なかったが、それにも怯まず光圀は攻撃を続けた。
「せりゃせりゃせりゃぁぁぁっっ!!」
上下左右、全方位から襲い来る『妖刀・血濡れ』による剣劇は、確実にエックスのバリアにダメージを蓄積させていた。それを理解していながらも、エックスは防御を立て直す事が出来ないでいる。
バリアを解除すれば最後、光圀による終わらない斬撃の餌食になってしまう、その事を理解していたエックスはただひたすらに彼の攻撃が途切れる瞬間を待ち続け、懸命に防御を続けている。
だが、その願いに反して光圀の攻撃は途切れる事は無かった。戦国学園のNO.2の実力は伊達では無いのだ。
「どしたどしたぁっ!? 暗黒魔王ってのはそんなもんなんかぁっ!?」
「まったく、調子に乗ってくれちゃって……!」
挑発の言葉に軽く苛立ちを感じつつ、エックスは平静を装ってバリアに力を込める。魔力が籠められ、更に強化されたバリアは、光圀の攻撃を受け止める事に成功していた。
しかし、その背後から別の人物が姿を現す。大槌を手に、強烈な一撃を繰り出そうとそれを振りかぶりながら飛び出して来たのは弁慶に変身した仁科だった。
「何もたもたやってんだよ、光圀ぃ!? 一人でやり切れないなら、俺が手を貸してやるよっ!」
「!?!?!?」
仁科が『ぶっ潰し丸』を振るえば、それに合わせて空気が唸りを上げた。真正面から壁を崩す様にして打ち付けられた大槌は、見事にひびだらけになっていたバリアを破壊することに成功する。
二人の拙くも強烈な連携によって防御を破壊されたエックスは、流石に驚きの表情を見せて後退るも、その隙を見逃す事無く大文字が大太刀を手に挑みかかって来た。
「暗黒魔王! 覚悟っっ!!」
「ちぃぃっ!? ボクは君たちみたいな脳筋は苦手なんだよっ!」
錫杖を手にしたエックスは何とか大文字の一太刀を防ぐも、やってられないとばかりに叫ぶと更に後方へと飛び退いてしまった。
これにより、ガグマとの距離は更に広がることになる……もはや、二人の魔王が連携を取る事は、絶望的に思えた。
「魔王の分断、完了……! 後は、各個撃破するのみっ!」
「大文字! 俺とディーヴァの三人でガグマの相手をする! エックスはお前たちに任せたぞっ!」
「請け負った!」
勇とディーヴァ、そして戦国学園の三人は同時に逆方向へと駆け出した。大罪魔王と暗黒魔王、それぞれ自分たちの標的に向け、全力で疾走しながら攻撃を繰り出す。
玲とやよいが援護射撃を飛ばし、その隙に接近した勇と葉月が剣を振るう。銃撃と斬撃のコンビネーションを受け、ガグマは段々と追い込まれていった。
光圀が、仁科が、大文字が、それぞれの武器を手にエックスに接近戦を挑む。魔法による遠距離戦が主体であるエックスは、彼らの荒々しい戦闘スタイルに対応出来ずに生傷を増やしていく。
見事な連携を見せ、魔王たちを各個で追い込んで行く勇たち。そんな彼らの姿を見守る生徒たちは、自分たちが優勢である事をひしひしと感じていた。
「も、もしかして……俺たち、勝てるのか!?」
「勝てる! 勝てるわよ! 私たちが他のエネミーを抑えて、邪魔が入らない様にすれば、二人の魔王を倒せるわ!」
つい先ほど、光牙が櫂を、謙哉がパルマを倒したと言う報告は聞いた。つまり、もうこの戦いに魔人柱は参加してこないと言うことだ。
残るはただのエネミーたちだけ、それならば仮面ライダー抜きの自分たちでも十分に相手が出来る。今、優勢に戦いを進めている仮面ライダーたちをそうやって援護すれば、自分たちは間違いなく勝てるのだ。
「行ける……行けるぞ! やっちまえ! 龍堂ーーっっ!!」
「皆っ、頑張ってーーっ!」
周囲に警戒を送り、油断無く状況を確認しながら仮面ライダーの戦いを見守る生徒たちは、彼らに声援を送る。その声援を背にした勇は、湧き上がる力を感じてその勢いのままにディスティニーソードを振るい、ガグマの体にそれを叩き付けた。
「ぐぬぅっっ!?」
「っっ……っしゃぁっっ!!」
確実な手応えを感じた勇は、思わず喜びの叫びを上げていた。ガグマの装甲に刻まれた切傷は、勇の一撃がダメージを与えたことをはっきりと示している。
追い込んでいる、追い詰めている……もう少し、あと少しで、自分たちは勝利を掴めるのだ。
「龍堂勇! 決して油断はするなよ!」
「……ああっ!」
優勢に傾いている戦況に気分を高揚させていた勇であったが、大文字の叱責を受けて再び冷静な思考を取り戻した。まだ戦いは終わっていない。ここから先、何が起きてもおかしくないのだ。
ましてや相手は強大な力を持つ魔王たちだ。戦いの中で油断など出来るはずも無い。
「少しずつ、確実にダメージを重ねて行くんだ! 俺たちなら必ず勝てる!」
「「「おうっっ!!!」」」
自身の叫びに力強い声を返してくれる仲間を頼もしく思いながら、勇は再び剣を構えると、ガグマへと挑みかかって行った。
「……あれは、何だ?」
パルマとの戦いを終え、痛む体に鞭打って勇たちの元へと向かっていた謙哉は、遠くの空に見える暗雲を目にしてそう呟く。
それは、明らかに自然に発生した物だとは思えなかった。見ているだけで心が震え、体の芯から冷えて行く様な感覚を覚えるそれを発見した謙哉は、背筋に冷たい汗が流れて行く事を感じ、同時に謎の恐怖をも感じていた。
「何なんだ、この予感は……!? 何か、物凄く恐ろしい物が近づいて来ている気がする……!」
それは生物の本能的な直感だった。草食動物が肉食動物を恐れる様に、刃物を見た人間が恐怖を抱く様に、謙哉はその暗雲に言い様の無い恐怖を感じて身震いをする。
そして、同時にその恐怖が今まさに魔王たちと戦っている仲間たちに向かうのでは無いかと思った彼は、軋む体に鞭打って戦いの場へと再び駆け出す。
「勇、水無月さん……皆、無事でいてくれ!」
何かが……そう、何かが起きてしまう。とても良くない何事かが、自分の目の前で起きてしまう予感がする。
どうかその予感が自分の間違いである様に、そして自分が皆の窮地に間に合います様にと心の中で願いながら、謙哉はただひたすらに街の中を駆けて行ったのであった。
「うおぉぉぉぉぉっっ!!」
「ふっ! はぁっ!」
雄叫びを上げながらガグマへと突撃する勇は、ディスティニーブラスターを乱射してガグマをかく乱しつつ接近して行く。弾丸の雨を切り払い、迎撃の構えを見せるガグマの姿を見た勇は、ディスティニーホイールを回転させて次の武器を召喚した。
<チョイス・ザ・パスト!>
「これならどうだっ!?」
攻撃方法をディスティニーエッジによる強烈な一発に切り替えた勇は、ブーメランモードに変形させた武器を思い切りガグマへと投げ飛ばす。旋回し、黒い竜巻を作りながら飛んで行くそれを受け止めたガグマであったが、その瞬間に僅かな隙が出来ていた。
「今だっっ!!」
<フレイム! キック!>
「!?!?」
この戦いが始まってから初めて魔王が見せた隙、長きに渡る戦いの中で作り上げようと、見つけ出そうと躍起になっていたその隙を見逃さず、勇はホルスターからカードを取り出してドライバーへと使用する。
電子音声が響き、黒の力と紅の炎が勇の右足を包んだ瞬間、彼は空中へと跳び上がっていた。
<必殺技発動! バーニングクラッシュ!>
「喰らえっっ! ガグマぁぁぁぁぁッッ!!」
燃え盛る炎と滾る力、その二つが込められた右足を突き出し、勇はガグマへと一直線に降下して行く。
爆発的な推進力を得た勇の体は、まるで隕石の様に猛スピードで標的へと向かっている。流石の魔王ですら完全には反応しきれないその必殺技は、ガグマの見せた一瞬の隙を的確に突いていた。
「ぬぅぅぅぅぅっっ!?」
「でりゃぁぁぁぁぁっっ!!」
衝突、ガグマ突き出した右腕と勇の右足がぶつかり合う。激しい衝突音と爆風を巻き上げ、戦士と魔王が激闘を繰り広げている。
エックスや葉月達が見守る中、勇はあらん限りの思いと力を全身に籠め、勝利を渇望しながら叫びを上げた。
「俺たちは、勝つっ! 勝って、世界に平和を取り戻す! 俺の親父やお袋の為にも、俺はお前たちに勝って見せるっっ!!」
「っっっ……!?」
父と母の無念を晴らし、世界の脅威を取り除いて見せる……そんな願いを胸にする勇の気迫が、徐々にガグマを押し込み始めた。
レベルの差、特殊能力の有無、ステータス……そう言った数値的な部分を乗り越え、精神的な物を前面に押し出して戦いに臨む勇は、天来の才能を十二分に発揮しているのだ。
「まさか……貴様が、これほどとは……っっ!?」
「ガグマ! お前の運命は、ここで俺が断ち切るっ!」
勇の必殺技に圧され、ガグマの体が後退して行く。じわじわと敵の守りを貫きつつあるディスティニーの猛攻に、戦いを見守る生徒たちの期待は最高潮に達していた。
「行ける……! 行けるぞっ! やっちまえ、龍堂っ!」
「勇! 行けっ! 行け~~~っ!!」
背中に受ける声援が、確かに感じる手応えが、そして胸の内から湧き上がる熱い感情が、勇に限界を超えた力を引き出させていた。全てを守ると決めたあの日からずっと戦い続けて来た彼は、目の前に居る悪の元凶に対して正義の牙を剥く。
(負けられない……! 皆の為に! 世界の為に!)
自分を信じてくれる仲間がいる。自分の背を守り、共に戦ってくれる仲間がいる。
勇の身を案じ、無事に帰って来てくれるようにと願ってくれているマリアの為、今ここには居ないが魔人柱を倒すべく全力を尽くしたであろう光牙と謙哉の為、そして過去にエンドウイルスと戦いを繰り広げた父と母と為に、自分は負ける訳にはいかないのだ。
「これが! 俺たちの全力だっっ! 受け取れっ、ガグマァァッ!!」
「ぬぐっ……ぬうぅぅぅっっ!?!?」
咆哮と共に力を込めた右足が、ガグマの防御を弾き飛ばした。ガグマの体を守る腕が開き、無防備な胴が剥き出しになる。
あとほんの数十センチ、その距離を詰めれば自分の必殺技が魔王に決まる。ここまでのぶつかり合いで威力は相殺されてしまったかもしれないが、それでも大ダメージは避けられないだろう。
ようやく届く、あの日からずっと鍛え上げ、積み重ねて来た自分たちの力が。屈辱に耐え、必死に研鑽を重ね、前に進み続けて来た自分たちの思いと力が、魔王に届こうとしているのだ。
「やっちゃえ! 勇ーーっっ!!」
興奮した葉月の声が戦場に響く。その瞬間、誰もが勇の一撃がガグマに届くと思っていた。
それは魔王であるエックスも、今まさに攻撃に晒されているガグマも一緒……本当にこの瞬間、勇はガグマに手痛い一撃を喰らわせられるはずだったのだ。
……そう、
「えっっ!?」
「なにっ!?」
それには何の前触れも無かった。一瞬にして走った巨大な閃光が勇とガグマの体を包み、一拍の時を開けて爆発を巻き起こしたのだ。
衝撃と痛みに体を叩かれながらも、勇は一体自分の身に何が起きたのかを理解出来なかった。間違いなく、自分の攻撃はガグマに当たるはずだった。それが何故、自分が地面に転がると言う結果に繋がってしまったのだろうか?
「ぐっ……! なんなんだよ、一体……?」
悪態をつきながらも再び立ち上がろうと地面に手を付いた勇であったが、その瞬間に自分の体を押し潰す様な重圧を感じて体を強張らせる。それは、今まで感じたことの無い純粋混じり気無い恐れであった。
冷たく纏わり付く殺気とは違う、重くて鈍いその感覚。感じる者を息苦しくさせるような、圧倒的な緊張感を引き出す強い闘気を全身で感じている。
立てないと、勇は思った。このプレッシャーの中では、体を起き上がらせることすら困難に思える程であった。
そんな中、一足早くその重圧を放つ存在の正体に気が付いたエックスは、口元に笑みを浮かべながら小さく呟く。
「……ああ、やっと来たんだ。随分と遅かったね……でも、十分に計画の範囲内さ」
「ふん……! この野蛮な気配は、貴様の物か。通りで荒々しく、粗暴であることよ……」
エックスに続いて謎の存在の正体に勘付いたガグマは、忌々し気にそう吐き捨てると勇に跳ね上げられた腕を摩る。間違いなく、彼の必殺技は魔王にダメージを与えていたのだ。
惜しむべくはこの乱入者の存在だろう。彼が現れなければ、戦局は勇たちに大きく傾いていたのだから。
「何? 何なの!? 急に何が起きたの!?」
「この、プレッシャー……只者じゃないわ!」
「い、勇さんは、無事!? まだ戦える?」
ディーヴァの三人もまた、突然の事態に困惑しながらも状況を把握しようと頭をフル回転させていた。
一体何が起き、どうなってしまったのか? それを知ろうとする三人の真横で、光圀が茫然とした様子で呟きを漏らす。
「嘘、やろ……? 何で、このタイミングで……!?」
「み、光圀さん? どうか――?」
「ああ、糞っ! クソ、クソ、クソっっ! 最悪だっ! こんな事になるなんて!」
「な、何!? どうしたってのさ!? 何でアンタらはそこまで動揺して……!?」
茫然とする光圀に続き、仁科すらも慌てた様な声を上げる。戦いと言う面においては自分たちよりも場慣れしている戦国学園の二人がここまで動揺を見せる事態に異様さを感じ取った葉月は、二人に詰め寄ってその理由を問いただそうとした。
しかし、それよりも早くに大文字が一歩前に出ると、自分たちを庇う様にして戦いの構えを見せる。今の彼の背中には、はっきりと緊張と畏れの感情が表れていた。
「……奴が、来た」
「奴? 奴って、誰の……?」
緊張感が伝わる大文字の言葉を聞いた玲が問いかける。大文字は、謎の乱入者の正体に気が付いている様だ。
戦国学園の首領である彼をここまで畏れさせる相手とは一体誰なのか? その正体を探ろうとした玲の耳に、聞き慣れない声が響いて来る。
「戦いの臭いに誘われて来てみれば、見慣れぬ者と良く知った顔がぶつかりあっている……随分と楽しそうな事だ、俺も混ぜて貰おうか」
戦場に居た誰もが、その声のする方向へと視線を向けていた。爆炎と共に噴き上がる黒煙の中心から響くその声は獅子の唸りの様に低く、そして恐ろし気だ。
黒煙が晴れ、聞く者を畏怖させる言葉を発する乱入者の姿を衆人の下に曝け出させる。姿を現したのは、赤と金の武者だった。
筋骨隆々と言う言葉が相応しいであろう体格。されど鈍さは感じさせず、機敏さと器用さも兼ね備えている
絢爛と燃える太陽の様な、轟々と唸りを上げる溶岩の様な、何か……そう、圧倒的な力を感じさせるその姿を見れば、間違いなく彼が只者では無いと言う事は分かる。
ガグマとエックスと比べても遜色ない威圧感と闘気を放つ乱入者は、拳を構えると勇たちへと向き直った。そして、挑発するかの様に言葉を発する。
「さあ、来い。そして俺を楽しませてみせろ……! この『武神魔王 シドー』をな!」
「『武神魔王 シドー』……!?」
「え? あ? し、シドー……? ま、魔王……?」
「さ、三人目の……魔王ですって!?」
何の前触れも無く姿を現した暴風、脅威の戦闘力を持つ『武神魔王 シドー』の登場に動揺が広がって行く。
特に、その力をよく知る戦国学園の生徒たちは、他の学園の生徒たちよりも強い緊張感を胸に抱いていた。
「ガグマ、エックス……それに、シドーだって……? このタイミングで、三人目の登場かよ……!?」
自分の予想を超える最悪の展開を目の当たりにした勇は唖然とした表情を仮面の下で浮かべ、震える手を握り締める。そして、戦いが自分たちに不利な状況に陥った事を悟って背筋を強張らせた。
三人の魔王を同時に相手すると言う正念場を迎え、より一層強い緊張感に晒されながらも、勇は必死に自分を奮い立たせて戦いへと臨む。必ず勝利を掴むと、自分に強く言い聞かせて……!
魔王と仮面ライダー、両者の戦いは、今まさに第一の転換期を迎えようとしていた。
「頼む、間に合ってくれ……! 間に合いさえすれば、僕が……!」
謙哉は走る、友の元へ。言い様の無い不安を感じ、纏わり付く恐怖感に震えながらも彼は懸命に走って行く。
誰かが犠牲になる前に辿り着かなければならない。自分が皆を守る為に、今はただ必死に走る事しか出来ない。
「急がなきゃ……! 早く、行かなきゃ……!」
戦いに間に合いさえすれば、自分が戦況をひっくり返してみせる。このボロボロの体でも使える
だがそれは、同時に謙哉自身をも危険に晒す諸刃の剣でもある。それでも、仲間たちを守る為ならば、自分の命は惜しくないと謙哉は思っていた。
しかし……謙哉の脳裏に一つの光景が浮かんだ。自分を見つめ、涙を流す一人の少女の姿を思い浮かべた時、謙哉の胸にわずかな痛みが走る。
きっと彼女は涙するのだろう。約束を破った自分に怒り、そして悲しむのだろう。
それでも、自分はやらなければならないのだ。だって自分しか、皆を守れる人間はいないのだから……!
「ごめん、水無月さん……! それでも、僕は……!」
届かない謝罪の言葉を口にしながら、謙哉はただ前へ、戦いの場へと突き進んで行く。その手には、紫色に光るカードが握られていた。