曇天の下、宙を舞う青い影に無数の光輪が迫る。今までの様に自分を追尾するのではなく、猛スピードで真っすぐに突っ込んで来る巨大な光輪を前にした謙哉は、体を捻ってそれを躱した。
「ガッ、ガァァァァッッ!!」
しかし、一撃を躱したからと言って油断は出来ない。続け様に放たれた二つの光輪もまた、謙哉を撃ち落とそうと唸りを上げて迫って来ているのだ。
謙哉は体を回転させ、腰から生えた龍の尾で一つの光輪を薙ぎ払うと、もう一撃をすんでの所で回避した。そして、そのまま地上に居るパルマ目掛けて突っ込むと、頭部に生えた角から電光を発射する。
一直線に走る青い電撃は、パルマの体に見事直撃した。しかし、パルマは唸りを上げて謙哉を睨むばかりだ。
通常のエネミーならば大ダメージを受け、消滅していてもおかしくない程の威力を持っている攻撃を受けても彼に怯んだ姿は見えない。それどころか、憎しみを増した目で謙哉を睨んでいる。
「……厄介なカードを使ってくれちゃって……!」
理性を崩壊させる事を代償にステータスを上昇させる禁断のカード『
敵を捕らえ、じわじわと自分に有利な状況を作って行く策士の様な面は消えてしまったものの、それを以って余りある暴力的な本能で襲い掛かる今のパルマは、一時も気を抜けない相手である。謙哉はそんなパルマを相手にヒット&アウェイの戦法を取っていたのだが、自分の攻撃を難無く受け止めるパルマの様子に焦りを募らせていた。
謙哉がオールドラゴンに変身していられるのはたった5分だけだ。それ以上はドライバーの保護機能が発動し、自動で変身が解除されてしまう。そうでなくても体に大きな負担をかける危険な力を長くは使ってはいられない。
それでも、狂化されたパルマと戦うにはオールドラゴンしか無い。この5分間で因縁の相手との決着をつけなければ、謙哉に勝機は無いのだ。
(オールドラゴンに変身してからもう2分は経ってる……これ以上、牽制している余裕は無い)
空を飛び、繰り出されるパルマの攻撃を防ぎながら反撃でダメージを重ねると言う戦法は決して間違いでは無い。だが、自分には制限時間がある。じわじわと相手にダメージを蓄積させるにはあまりにも時間が少な過ぎた。
であるならば……もう、危険を覚悟で真っ向勝負に挑むしか無いのだろう。覚悟を決めた謙哉は一旦空中で制止すると、雄叫びを上げながら地上のパルマ目掛けて突貫した。
「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「イー、ジスゥゥゥゥゥッッ!!」
自分目掛けて突撃して来る宿敵の姿にパルマもまた咆哮を上げ、迎撃の構えを見せた。
一瞬にして存在していた空白の距離を消失させた両者は、爪と光輪を光らせながらそれを振るった。
「ぐぅっ!?」
「ガァッ!?」
初撃、互いに腹部に攻撃が当たる。やや掠める様でいて、しっかりと芯を当てられたその一撃の重さに謙哉とパルマは呻き声を上げた。
しかし、ここで怯んでしまえばそこで終わりだ。痛みを堪え、もう一度パルマへと接近した謙哉は、電撃で牽制しながら二発目の爪での攻撃を見舞った。
「ガっ! グゥッ!?」
「まだだっ! これも喰らえっっ!!」
<テイル! フルバースト!>
電撃を防いでいたパルマは、再度接近して来た謙哉の一撃に対して迎撃の構えを見せる事は無かった。今度は一方的に自身の攻撃が命中し、パルマがよろめいた姿を見た謙哉は一気に畳みかけるべく必殺技を発動する。
尾に込められる雷龍の力、それは徐々に激しさを増してその強靭さを強めて行く。地上に降り立ち、その場で一回転した謙哉は、強大な力が籠められた龍の尾を振るってパルマの体を薙ぎ払った。
<必殺技発動! タイラントスイング!>
「ガウゥゥゥゥッッ!!?」
まるで自動車に撥ねられた時の様な鈍い音を立て、パルマの体が横方向に吹っ飛ぶ。壁に叩き付けられ、瓦礫に飲み込まれた宿敵の姿を見た謙哉は、肩で呼吸をしながら呟いた。
「や、やったか……?」
手応えはあった。しかし、相手は魔人柱だ。しかもカードの効果でパワーアップしている。油断は出来ない。
謙哉のその考え通り、パルマを飲み込んだ瓦礫が揺らいだかと思えば、岩やコンクリートを吹き飛ばして深緑色の体が姿を現したのだ。
「グルルルルルルッッ!!」
「……ま、やっぱそう簡単には終わらないよね……」
「ガァァァァッッ!!」
呆れ気味にそう呟いた謙哉に向け、パルマは連続して巨大な光輪を放つ。ギロチンの様な形状のそれが唸りを上げて謙哉へ飛来し、彼を両断しようと刃を光らせる。
謙哉は一度天高く跳躍すると翼をはためかせて空中で制止し、自分目掛けて飛んで来た光輪を幾つか爪で切り払った。そして、残り時間を憂慮した後、最後の戦いに臨む。
「……終わりにしよう、パルマ! 僕が勝つか、それとも君が勝つか、これで決めようじゃないか!」
<ファング! クロー! ブレス! ウイング! テイル! フルバースト!>
「グオォォォォォォォォッッ!!」
決着をつけるべく全力を開放する謙哉。ドライバーが龍の力を引き出す為に全性能を以って作動し、電子音声を響かせる。
パルマもまた、謙哉が最後の一撃を繰り出して勝負に出る事を感じ取ったのか、両腕を広げて雄叫びを上げると同時に今までの物よりも更に大きな光輪を作り出していた。
「行くぞっっ! パルマァァァァッッ!!」
「コイッッ! イィジスゥゥゥゥッッ!!」
互いが互いの名を叫び、凄まじいばかりの力を放つ。輝く青と鈍重な緑の光がぶつかり合い、この場をその二つの色に染めた。
<必殺技発動! オールドラゴン・レイジバースト!>
青い雷を身に纏い、全身に漲らせた力を左脚へと収束した謙哉がパルマへと突っ込む。神速の一撃は正確に魔人柱へと狙いを定め、空気を唸らせながら繰り出されていた。
<必殺技発動! スロウスギガリング!>
対抗するは怠惰と狂気が籠められし巨大な
それは時間にすれば一瞬の、それでいてとても長い時間に思えた。誰も見守る者のいない戦場にて、これだけ強大な必殺技同士がぶつかろうとしている。
謙哉の左脚が、光輪の切っ先が、互いに触れる。その瞬間、凄まじい衝撃と共に青と緑の光が大きく膨れ上がった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
左脚が痛み、全身に痺れが走る。ぶつかり合っているこの必殺技が、途轍もなく強力な物だと言う事は身を以って理解していた。
それでも、謙哉には負けるつもりは微塵も無かった。歯を食いしばり、気合の叫びを上げ、視線の先に居る宿敵を見据えた謙哉は、最後の力を振り絞ってただ前へと直進する。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「!?!?!?!?」
やがて、謙哉とぶつかり合っていた光輪がひび割れ、真っ二つになった事を見るパルマは、狂気に彩られた思考の中で驚きの感情を浮かべて愕然としていた。自分の全力の技が破られた事に動揺を見せ、無防備になった彼は、未だに必殺技を発動させていた謙哉が目前に迫っていたことにも気が付かないでいる。
電光と衝撃、そして弾けるような衝突音が響き、パルマの腹部にぶち当たった謙哉の左脚からそこに込められていた全ての力が解き放たれ、パルマの全身を駆け巡った。瞬間、爆発と共に二人はそれぞれ反対方向へと吹き飛んでしまう。
「がっ、はっ……! ぐ、あ……」
制限時間が来た事によって変身を解除された謙哉は、地面を転がりながらその痛みとオールドラゴンの反動に呻いた。それでもパルマがどうなったかを確認しようと痛む体に鞭打って立ち上がり、荒い呼吸を繰り返しつつも鋭い視線を見せている。
そしてパルマはと言うと……彼もまた、謙哉とまったく同じであった。全身をボロボロにしながら、よろめきながらも立ち上がって光輪を構えているのだ。
「くそっ……! しぶといんだよ、お前……っ!」
「ガ、フッ……! ウゥゥ……ッ!」
全力の必殺技を放った。体の限界を迎える程の戦いを繰り広げた。しかし、まだ宿敵は倒れていない。なら、まだ戦い続けるしか無いではないか。
謙哉もまた『サガ』のカードを構えて再び変身の構えを見せた。呼吸をするだけで痛む体に歯を食いしばりながら、謙哉はパルマに向かって大声で叫ぶ。
「まだ、やるんだろう……? お望み通り、最後まで付き合ってやるよ!」
「ガ、ア……アァァァァァァァッッ!!」
咆哮、戦場の空気が震える。鼓膜が破れてしまいそうなほどの大声で叫ぶパルマを前にして、流石の謙哉も冷や汗を流した。
もしかしたら、この戦いに勝ったとしても自分は死ぬかもしれない……そう直感的に感じ取った謙哉は、それをも覚悟で再び戦いに臨むべくカードを掴む手に力を込める。
しかし……それよりも早く、目の前に立つ宿敵の体に異変が起きた。
「ア、ガ……グッ……!?」
「えっ……!?」
突如として膝を付いたパルマが苦しそうに呻き出したのだ。手にしていた光輪は消え失せ、全身をだらりとした状態から動けなくなっている宿敵を見た謙哉は、目を見開いた。
徐々に……徐々に、パルマの体が光の粒へと還っているのだ。それは紛れもなく、エネミーが消滅する時の姿と同じ物であった。
「い、やだ……! 僕はまだ、戦える……! あいつに、イージスに、勝つんだ……! 僕は……っ!」
「パルマ……」
それは執念か、それとも死を目前としたが故の渇望か、パルマは謙哉に勝利したいと言う願望を口にしながら必死に手を伸ばしている。しかし、その手もまた光の粒に還ってしまった。
劇的であり、あっけない幕切れ。長きに渡って戦い続けて来た宿敵が消滅していく姿を見つめる謙哉の胸の中には、僅かな寂しさが去来していた。
達成感や安心感に紛れて確かに存在しているその感情は、形はどうであれ自分に勝とうとした宿敵への尊敬から生まれた物だと感じた謙哉は、ただパルマに向け視線を送る。
「……さよならだ。最悪にして、最強の
「くっそぉ……! 勝ちた、かった……! 僕は、お前に……か……」
最後の最後まで勝利への執念を見せたパルマの言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。宙に舞う光の粒へと化した宿敵へと敬礼の姿勢を取った謙哉は、静かに息を吐いて戦いの緊張感を解きほぐす。
自分の宿敵との決着はつけた。しかし、まだ戦いが全て終わった訳では無い。
勇たちの援護に向かおうとした謙哉が痛む体を少しだけ休めた後で立ち上がったその時だった。
<ラッキーボーナス!>
「え……?」
謙哉の眼前に出現した光り輝くカードそれを掴み、絵柄を見た謙哉は驚きの表情を浮かべて目を見開く。
「この、カードって……!?」
「……パルマよ、お前も敗れたか」
自分の手の中に出現した緑色の宝珠を掴んだガグマは、寂しそうにそう呟いた。自分が生み出した最後の魔人柱の消滅を感じ取った彼は、出現した宝珠を握り締めてその力を吸収する。
全身に光る6つの宝石は、ガグマがほとんどの力を取り戻したことを示していた。現在の彼のレベルは89……櫂を除く、全ての魔人柱の力がガグマの元に戻って来ていた。
「……さて、人間どもよ。再び儂の前に立ち塞がると言う事は、相応の覚悟はしているのだろうな?」
「当然だろ? あんまり俺たちを舐めんじゃねえよ」
拳を握り締めたガグマは視線を上げると、その先に居た勇たちへと質問を投げかけた。自分の言葉に威勢の良い返答を返した勇を見て、彼の口元に笑みが浮かぶ。
「……ならば、この大罪魔王と暗黒魔王に勝ってみよ! 世界を救いたくば、この戦いに勝利してみせよ!」
「ったりまえだ! 今度こそ、てめえをぶっ飛ばしてみせるっ!」
勇、ディーヴァの三人、そして戦国学園の生徒たち……多くの仮面ライダーたちが戦いに望む構えを見せ、ガグマとエックスを睨んでいる。
前回の屈辱を晴らす為、そして世界を救う為に集った仲間たちは、二度目の魔王討伐戦に挑もうとしていた。
……これで準備は整った。後はその時を待つだけなんだ。
きっとボクらは勝つだろう。きっと彼はやって来るだろう。そして、きっとアレを使うだろう。
全ては脚本通りなんだ。役者は踊り、主役は観客の興奮を煽り、ヒロインの涙は悲劇をより一層深く彩ってくれる。
だからそう、もう少し、この戦いは生き延びてくれよ? この戦いのその先に、君が倒れる最高の舞台を用意してるんだからさ……!
――誰かが犠牲になるまで、あと数時間……