「がっ……はぁっ!」
「てえやぁっ!!」
光輪を防いだ左腕の盾が甲高い金属音を響かせる。空気を震わせるようなそれを耳にしながら、謙哉はただ前へと突貫した。
なおも迫る光輪を時に躱し、時に盾で防ぎながらパルマへと接近した謙哉は、敵の横っ面に思い切り振りかぶった拳を叩き込む。
「ぐぅぅっ!?」
鈍い打撃音、先ほどの物とは真逆の音が謙哉とパルマの接着面から響いた。痺れる拳の痛みを感じる謙哉は、目の前のパルマがごろごろと地面を転がって行く姿を見ながら呼吸を整える。
「まだ、だぁっ……! まだ、僕は負けてないっ!」
「……来るか!?」
痛みと屈辱に歯を食いしばりながら立ち上がったパルマは、その手に握る一枚のカードを自分の体へと突き入れた。その光景を見た謙哉もまた、ホルスターからカードを取り出してそれを構える。
「ぐ……オォォォォォォォッッ!」
「……狂化状態、お前の切り札……! それを倒す為には、やっぱりこれを使うしか無い!」
手の中に握られた『サンダードラゴン』のカードを構えた謙哉は、それをドライバーに通す前に静かに呼吸を整えた。
これで最後、もうこの危険な力は使わない……玲との約束を果たす為、必ず自分は勝たなくてはならないのだ。
「行くぞ、パルマっっ!!」
<RISE UP! ALL DRAGON!>
謙哉の体を青い雷光が包む。手に巨大な爪が、腰には太い尾が、そして背面に翼と頭部に龍を模した兜を装着した謙哉は、体に走る痛みにほんの少しだけ表情を歪ませた。
「ガ、アァ……ッ! イー、ジスゥ……!」
「これが正真正銘、僕の全力だ! この力でお前を倒してみせる!」
黒い狂気に取りつかれた宿敵にそう言い放ち、謙哉は宙を舞った。天高く飛翔した彼は、鋭い視線で宿敵を捉えると一直線に降下して行く。
「はぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「オォォォォォォォッッ!」
挑みかかる謙哉。迎え撃つパルマ。両者の叫びが響く戦場は、より一層激しくなった戦いをただ見守るだけであった。
「やっぱ、謙哉っちの事が心配?」
「……ええ」
街の中を駆けながら葉月からの問いかけに答えた玲は、浮かない表情のまま自分のゲームギアへと視線を落とす。
つい先ほど、謙哉と光牙がそれぞれ魔人柱との戦いを開始したとの報告があった。強敵である魔人柱との戦いに臨む二人の事を心配するのも当然だが、謙哉への心配はひとしおだ。
光牙はまだ良い、味方の拠点近くで、しかも多くの仲間に囲まれた状態で戦えるからだ。危なくなったとしても、A組の生徒たちがフォローしてくれるだろう。
しかし、謙哉は完全にパルマと一対一で戦っているのだ。『狂化』のカードを使い、恐るべき力を得たパルマとの戦いは間違いなく苦しい物になるだろう。
それに、謙哉がパルマに勝ったとして、その後無事でいられる保証はない。オールドラゴンを使った反動で、そのまま倒れてしまう可能性だってあるのだ。
(……約束、必ず守りなさいよ。絶対なんだからね……!)
心の中でそう呟いた玲は、拳をぎゅっと握り締める。そして、不安に押し潰されそうになる心を叱咤し、目の前の戦いへと意識を集中させた。
「もう少しで魔王とご対面だよ! 気を引き締めて行こう!」
「うん! ……もう、負ける訳にはいかない。絶対に勝つ!」
「そうね、勝ちましょう! 皆で帰って、笑いましょうね」
親友たちに静かに言葉を返しながら、必ずこの言葉を実現して見せると玲は自分自身に誓った。
一方その頃、街の中央施設では光牙が櫂と死闘を繰り広げていた。
業火を燃やし、その剛腕を以って攻撃を仕掛ける櫂に対し、光牙は厳しい戦いを強いられている。唸りを上げて迫るイフリートアクスを何とか防いだ光牙であったが、その衝撃に手が震わせて表情をしかませた。
「ぐっ……うっ……!?」
「光牙ぁ……っ! てめえは何時だってそうだ、出来もしねえことを自信満々にやってのけるって言う……! 俺がゲームオーバーになった時だってそうだ!」
「だま、れっ!!」
櫂の言葉を振り払うかの様に斧を弾き、敵の無防備な胴に蹴りを喰らわせる光牙。僅かに距離が空いた事で体勢を立て直す事には成功したが、櫂もまた重戦車の様な荒々しい特攻を仕掛けて来る。
「お前は何時だってそうだ! 理想を掲げ、ついて来る者に居心地の良い夢を見せ、自分が特別な存在だと思わせる! だが、お前は自分に憧れる者たちの責任を負おうとはしない!」
怒りの咆哮、そう呼ぶに相応しい櫂の叫びは空気を震わせて戦場に響いた。
繰り出される斧を防ぎ、突貫を躱す光牙は、その叫びをただ聞いたまま防御に回るしかない。
「自分が高みを望み、それを実現させる為に協力を請う。だが、お前は自分について来た者を守ろうとはしない! 自分の望みしか見えてねえんだよ!」
櫂の言葉が、繰り出される攻撃が、光牙に歯を食いしばらせる。痛んでいるのは腕なのか、心なのか、今の光牙には判断が出来なくなっていた。
「出来もしない夢を掲げて、全員を危険に晒して……失敗して、誰かが傷ついたとしてもお前は次の事しか考えない! 散って行った者の事なんか、お前はすぐに忘れるんだよ!」
「違うっ! 俺は、俺はっっ!」
「違わないさ! 温厚な坊ちゃんを装ってるお前だが、実際は冷酷で自分の事しか考えていないエゴイストだ! 俺には分かるんだよ!」
櫂の叫びに激高した光牙に隙が出来る。その一瞬を見逃さずに繰り出された櫂の一撃は、見事に光牙の胸を捉えた。
「ぐあぁぁっっ!!」
装甲から火花を散らし、光牙が真後ろに吹き飛ぶ。高温を纏った炎の斧は、彼の体に刃と共に熱い傷跡を残していた。
「……俺を倒すだぁ? 出来もしねえ事を言ってるんじゃねえよ! お前は一人じゃ何も出来ない、俺を倒すことなんざ、絶対に不可能なんだよっ!」
地に倒れる光牙を見た櫂は、そう吐き捨てると再び斧を構えて突撃した。
胸の内に燃える憤怒の炎は、勇者を気取る無様な男を見る度にその激しさを増して燃え盛っている。この苛立ちを治める為には、光牙を倒すしか無いと櫂は分かっていた。
「死ねっ! 光牙ぁぁぁっっ!!」
櫂の巨体が宙を舞う。振り上げた斧を地に倒れる光牙に向けて振るい、落下の勢いを加えた強烈な振り下ろしを繰り出そうとする。
ぱちぱちと空気を焼く斧の刃は、赤熱してどんな装甲でもバターの様に斬り裂くことが出来るだけの熱を纏っていた。この一撃を喰らえば、変身した光牙でもただでは済まないだろう。
全ての決着をつける一撃……この瞬間、櫂は自分の勝利を確信していた。
「……分かっているさ。俺は、弱い……」
だが、そんな櫂の目の前で光牙が立ち上がると静かに呟く。防御や回避の構えを見せない彼は、ただ櫂の攻撃を受ける為だけに立ち上がった様に見えた。
そんな光牙の姿を見た櫂の中で苛立ちが募る。意味のない、自分のプライドを守る為だけに立ち上がった様に見える彼への怒りが更に激しさを増して燃え上がった。
櫂は斧を掴む手に力を籠め、光牙に強烈な一撃を見舞ってやろうと意気込んだ。剣を前に出して防ごうとも、その剣ごと光牙を斬り捨てるつもりで斧を振るった。
「光牙ぁぁっ!!」
もう、光牙は目の前だった。自分の一撃は、彼を間違いなく捉えるだろう。
だが……光牙は何も焦る事無く、その場で立ち尽くしたまま再び呟きの言葉を口にする。
「だからこそ、俺は一人で戦わないんだ!」
光牙がそう口にした瞬間、彼の背後から幾つもの魔法が飛来して来た。炎の玉、水の弾丸、竜巻……様々な属性を持つそれは、上空から落下して来た櫂の体にぶち当たり、その勢いを殺す事に成功する。
「ぐおぉぉぉぉっ!?」
「今だっっ!!」
予想外の攻撃を受けて体勢を崩した櫂に向け、光牙は手にしているエクスカリバーを振るった。
櫂の横をすり抜ける様にして斬り抜け、腹部を真一文字に斬り裂く一撃を見舞う。櫂は、カウンター気味に繰り出されたその攻撃を受け、地面に落下すると同時にその場に崩れ落ちた。
「がっ、はっ……!?」
「……お前の言う通りだ、櫂。俺は弱い、一人じゃ何も出来ない程に……だが、俺には仲間がいる! 俺を支えてくれる、大切な友人たちが居る!」
「そうよ、櫂。光牙は一人じゃ無いの……たとえあなたが敵に回ったとしても、まだ私たちが居るわ!」
地面に崩れ落ちた櫂に向けてそう告げたのは、A組の代表である真美だった。見事な魔法攻撃で光牙を援護した彼女は、周囲を取り囲む級友たちに向けて指示を飛ばす。
「皆、補助魔法よ! 光牙のステータスを上昇させて、援護するの!」
「はいっ!」
真美の指示を聞いたA組の生徒たちが補助魔法のカードを使用し、光牙の能力を大幅に向上させた。級友たちの援護を受けた光牙は、エクスカリバーを手に櫂へと真正面から挑みかかる。
「俺はっ! 一人で戦ってるんじゃない! 俺を支え、頼りにしてくれる皆と一緒に戦っているんだっ! だから、一人で出来ないことだって、皆と一緒なら必ずやり遂げることが出来るっ!」
「ぐぅぅっ!?」
腕力の増した光牙が剣を振るい、櫂の持つ斧を弾く。俊敏性と技巧も強化された光牙は、そのまま鋭い一撃を櫂へと繰り出した。
肩から腰へ、斜めに斬り落とす様に振るわれるエクスカリバー。白銀の残光を櫂の体に刻むと同時に、小さな爆発が起きたかの様に火花が飛び散った。
「がはっ!? この野郎っ!!」
痛みに呻き、怒りを募らせた櫂が反撃に出る。しかし、振り上げた右手には真美をはじめとする遠距離攻撃部隊の魔法が集中し、彼に攻撃の隙を与えない様にしていた。
能力を強化された光牙の攻撃とA組の生徒たちによる連携を前に防戦一方に追い込まれる櫂は、巨体と厚い装甲を活かして何とかそれを耐え凌ぐ。しかし、A組の全員による猛攻を前にその耐久力も尽きようとしていた。
「これで……どうっ!?」
<トルネード!>
「ぬぅぅっ!?」
今、真美の使用した魔法によって生み出された竜巻に体を巻き上げられた櫂は、空中へと投げ出されて無防備な姿を晒してしまっていた。
回転し、落下する櫂は体勢を立て直すことも出来ずにいる。そんな彼の姿を見た真美やA組の生徒たちは、皆一様に光牙へと叫んだ。
「今よ、光牙っ!」
「ああっ! これで決めるっっ!!」
<フォトン! スラッシュ!>
光属性の付与と斬撃強化のカードをエクスカリバーに使用した光牙が落下する櫂に向かって駆け出す。剣を構え、ひたすらに前へと突き進む彼は、親友に向けて必殺技を繰り出した。
「櫂っ! これで終わりだぁぁぁっっ!!」
<必殺技発動! プリズムセイバー!>
エクスカリバーが一際大きな光を放った瞬間、光牙は目の前にまで落下して来た櫂の体をその剣で斬り裂いた。仲間たちによって能力を強化されたその一撃は、櫂の胴体に一陣の光と強烈な痛みを残す。
「ぐ、あぁぁぁぁっっ!!!」
落下、そして爆発……地面を転がり、ドライバーが弾け飛んだ事で変身が解除された櫂は、そのまま地面に蹲って呻いている。
A組の生徒たちはそんな櫂と、彼に勝利した光牙の雄姿を見てこの戦いに終止符が打たれたことを喜んでいた。
「やった……やったぞ! 光牙さんが、魔人柱に勝ったんだ!」
「私たちの連携の勝利よ!」
「はぁっ……はぁっ……!」
荒い呼吸を繰り返したまま動けずにいる櫂を見れば、彼にはもう戦うだけの力が残っていない事は明白だろう。
完全勝利……そんな文字を脳裏に浮かべたA組の生徒たちの中で、真美は冷静に光牙へと声を投げかけた。
「光牙、トドメを刺すの! まだ櫂は消滅していないわ!」
「……ああ!」
抵抗できない相手、しかも親友の姿をした敵に対して、トドメを刺す事を躊躇した光牙であったが、彼を倒さない限りは櫂は戻ってこないという天空橋の言葉を思い出し、自分を叱咤激励すると決意を固めた。
一歩、また一歩と櫂に近づく光牙は、緊張とプレッシャーから自然と呼吸を荒げている……しかし、それでもこの勝利を確定的な物にすべく、彼は地面に膝をつく櫂の前に立つと小さな声で彼に語り掛けた。
「櫂……これで、終わりだ。次は、本物のお前に会えると俺は信じているから……!」
震える手に力を籠め、しっかりと剣を握り直す。ここで心が折れては駄目だと自分に言い聞かせ、目の前の敵を斬り捨てようとする。
両手で剣を持ち、それを頭上にまで掲げた光牙は、最後の決心と共に櫂目掛けてトドメを繰り出した。
「……お前は、何時だってそうだ……!」
「っっ……!?」
刃が櫂を捕らえる寸前、光牙は彼の呟きを聞いた。
いや、呟きだけでは無い。櫂の悲しみと恨みと、そして怒りが籠った視線をも、光牙は感じ取っていた。
その視線を浴びた時、光牙の体が金縛りにあったかの様に動かなくなる。結果、振り下ろした剣は櫂との距離を数センチだけ残して完全に静止してしまった。
「こ、光牙っ!?」
動きを止めた光牙の異変を感じ取った真美が彼の名を叫ぶ。しかし、今の光牙の耳には彼女の声は届いていなかった。
目の前にいる親友の呟きが、彼の感情の全てが込められていたその声が、光牙の心に刻み込まれる様にして、延々と響いて来ているのだ。
「お前は、何時だってそうだ……! 何時だって正しい立場に立つ、何時だってその正しさの代表になる……力を得て、表面に立って、誰も彼もに祭り上げられ……その正しさに相応しく振舞おうとする……!」
今、光牙の目の前で話し続ける櫂の声には、諦めの様な、それでいて光牙を憐れむ様な感情が込められていた。
その声を聞く光牙の体が震え、吐き気が駆け上がって来る。もうこれ以上この言葉を聞きたくないと思うのに、彼の体はその意思に反してまったく動かないでいる。
「お前は正しい……正しい立場に立つ。そうして悪を滅ぼして、自分の正しさを皆に証明する……! 分かってる、俺は悪でお前は正義だ。でもな……でもなっ!!!」
静かだった櫂の声が急に荒々しくなる。顔を上げ、涙を浮かべる櫂の瞳には炎が燃えていた。
それは怒りの炎だった。純粋混じり気無い、本物の怒り……捻じ曲がった物でも、誰かに植え付けられた物でも無い、櫂本人の光牙への怒りが彼の中で燃え盛っていた。
「お前には分からないだろう? お前が悪と斬り捨て、滅ぼして来た者たちにも正義があったってことが!? 自分の意見だけが正しいと、自分を認めない者は悪だと、そう決めつけて滅ぼして来たお前には、斬り捨てられる側の人間の気持ちなんかわからないだろうさ!」
「う、うぅ……!」
ぴしりと、光牙の心の中に亀裂が走った。櫂の言葉を聞く彼の不安定な心が、段々と崩壊を始めた。
「こ、光牙っ! それ以上聞いちゃ駄目ッ! 早くトドメを刺すのよっ!」
事ここに至って異変を完璧に察知した真美が光牙に先ほどよりも大きな声で叫ぶも、彼の体は微塵も動かない。逆に、真美の声を掻き消すかの様にして、櫂が声を荒げて光牙へと叫んだ。
「誰もがお前を正しいと思う! 誰もがお前が正義だと信じて疑わない! お前は清廉潔白な正直者で、リーダーに相応しい人間だと信じている! でもな……お前はそんな人間なんかじゃない、お前は、ただの卑怯者だ!」
「う、ぐ、うぅ……!?」
「俺は知っている、お前は皆の希望を背負うふりをして、最後の最後で自分の欲を優先する。醜いエゴイストの面を善人の仮面で隠して、必死に自分の面子を保っているんだ!」
「ち、違う……! 違うっ!」
櫂の主張に光牙が初めて反論した。震える声で、それでも自分を否定する言葉を否定しようと、光牙は僅かに残った勇気と意思を振り絞って言葉を紡ぐ。
しかし……無残にも、櫂はその言葉と意思を打ち砕くかの様にして咆哮を上げた。
「違わないさ! お前はそれすらも認められない弱い人間なんだよ! だから、自分の望みを阻もうとする人間が出てきたら、正しさの名を騙って排除しようとする……! お前の姑息な本性に気が付いた奴や自分より優秀な奴を集団の力で押し潰そうとするんだ! 今俺にしている様に! かつて龍堂にそうした様に!」
「っっ……!?」
「自分より上の存在を許すわけにはいかないから! 自分の足元を崩す人間を放置しておけないから! だから、お前は正しい事をするふりをしてそいつらを排除する! 嫉妬や恐れと言う自分の中に生まれた悪感情を認めようともせず、皆の為にと言う大義名分を掲げて自分のエゴを通す! お前は……そう言う奴なんだよ!」
光牙の胸に、心に、櫂の言葉が突き刺さる。その痛みは、彼が今まで経験したどんな痛みよりも深く、鋭い物だった。
その痛みは、親友に自分の黒い部分を指摘された事から来ると言うよりも、自分が見ない様にして来た自分の弱い部分を突き付けられた事に起因する痛みだった。そして、その弱さを前にした光牙は今までの自分の行動を顧みて更に胸を痛める。
確かにその通りだった。自分は勇に嫉妬していた。自分よりもリーダーに相応しく、高い能力を持ち、マリアに愛される彼に嫉妬の感情を抱いていた。
彼が居ては自分の立場が危うくなると思った。だから、彼がA組で迫害を受けたとしても見て見ぬふりをした。理解者が0になった時、自分は心の中で勇の事をせせら笑っていた。
これで良いのだと、自分が正しいから勇は孤立するのだと思っていた。自分が正義で、勇が悪だから彼は苦しんでいるのだと思った。
だが、それは違った。
自分の考えが、進んで来た道が、間違っていたと知った時、それでも光牙はそれを認められなかった。自分は間違っていないと思い込んで、思考を停止させた。
その間、自分や自分について来た者たちを守ったのは勇だった。全てを失い、ボロボロになった光牙は、そんな彼に再び嫉妬の感情を燃やした。
――正しいのは、自分のはずだ……!
過ちを認める訳にはいかなかった。自分が間違っていて、勇が正しかったと思う訳にはいかなかった。何故なら、それは自分のコミュニティの崩壊を意味するから……自分が積み上げて来た物が、一瞬にして崩壊してしまうからだ。
だから彼を間違わせた。勇の心を折る為に愛した女性であり、彼に心を寄せたマリアに手をかけた。
自分を裏切った存在などもう必要ない。勇が間違った様に演出する為に、光牙はマリアを殺そうとした。
そして……彼は、自分の楽園を守った。今の今まで、光牙は絶対的なリーダーの座を守り続けて来たのだ。
「……いつかお前は知ることになる。自分自身の醜い面が周囲に知られた時、今まで自分がして来たことをやり返される……正しさの名の下に、お前が斬り捨てられる時が来る! その時、俺の言った言葉を思い出せよ、光牙っ!」
地に膝を付く櫂と、剣を振り上げていた光牙。絶対的有利な状況で、あとはトドメを刺すだけという状況で……二人の立場は逆転した。
櫂の言い放った言葉は光牙の心を抉り、深い傷を残す。彼の言葉と自分の醜さを認められなかった光牙は、狂ったような叫びを上げて蹲ってしまった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」
認められなかった。自分は勇者なのだから、嫉妬や恐怖と言う感情を持ってはいけないのだ。そんなものがあっては、自分は勇者になれないのだ。
自分は何時だって正しい場所にいなければならない。自分は何時だって正義でなければならない。自分は何時だって誰かの希望を背負っていなければならない。
だってそれが勇者だから。正しい道を歩む光の存在だから……だから、認める訳にはいかなかった。
「あぁぁぁぁっっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
「光牙っ! 光牙ぁっ!? しっかりして、光牙っ!」
「お、俺はっ! 僕はっ! ま、間違ってなんかいないっ! 俺は勇者に、なるっ! ならなきゃいけないっ! そうだよ……俺は正しくなきゃいけないんだよっ!」
「お願い光牙っ! 正気に戻って! 私の目を見るの! 光牙っ!」
もう戦いどころでは無かった。変身を解除して地面を転げまわる光牙は、砂埃と涙に塗れたまま喚き続けていた。
そんな彼の事をA組の生徒たちは茫然と見つめ、真美は必死になって正気を取り戻させようと声をかけ続けている……櫂は、いつの間にか姿を消していた。
「俺は……僕は……俺はっ……!」
すっかり戦いの騒音が消えたこの戦場の中で、自分の醜さを認められないまま……光牙は、直面した己の暗黒面を受け入れられず、ただ泣きじゃくっていた。
――ねえ、ねえ……聞こえなくっても良いの。これは私の独り言だから……。
私は、あなたを信じてる。あなたはきっと世界を変える勇者になる。私はあなたを支えて、導いてみせる。
あなたはただ進めば良い、自分の信じた道を進めば良い。あなたはいつも正しいの、あなたが進む道が、正しい道になるの。
ねえ、ねえ……光牙、よく聞いて?
あなたが勇者になる為ならば……
あなたが作り上げた世界をこの目で見る為ならば……
あなたの為にならば、私はどんなことだってする。例え何を犠牲にしても、人から何と呼ばれ様とも構わない!
ねえ、だから……お馬鹿さん、あなたはその為の犠牲になって。
あなたは私にとってモブキャラで、世界にとっても大したことの無い存在。勇者を守る為に、死んで頂戴。
大丈夫、あなたの犠牲は語り継がれる。あなたは勇者を守った英雄になるのよ!
名誉と、誇りと、あなた自身の望みの為に……ここで死んで貰えるかしら? ……虎牙謙哉くん。
――誰かが犠牲になるまで、あと数時間……