仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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1.暗黒の企て

――人生は、山があって谷があると有名な歌が言っていた。少し前まで、そんなのは嘘だと思っていた。

 

 生まれて間もなくして不幸の連続で、それまでの人生で得た幸福とは到底釣り合いが取れないと思っていた。この先の人生も、こんな感じなのだろうと思っていた。

 闇の中から抜け出せなくて、ずっとずっとこのままで……なら、負けたくないと私は思った。

 不幸、悲しみ、苦しみ……その全てを受け入れて、先に進むだけの強さが欲しかった。その為に生きていきたいと思った。幸いにも、私には天才的な才能がある。それを活かして、私は生きていく術を手に入れた。

 

 煌びやかなステージで歌って踊るアイドルと言う職業。誰もが憧れ、熱狂する存在に私はなった。

 こうなれば、私は幸せを掴んだと皆は思うだろう。でも、私はそう思わなかった。

 

 何と言うか、冷めるのだ。舞台で歌う度、隣で踊る仲間の姿を見る度、私の心はすぅっと冷めて行くのだ。

 それはきっと、私の心が皆が思っているよりも遠くにあるからだろう。どんなに輝く舞台の上に居ようと、私の心は暗闇の中にあるのだから。

 

 私は、輝く様な女の子じゃあ無かった。普通の女の子とはかけ離れた生き方をして来た人間だった。だから、普通の女の子の感性がわからなかった。

 例えば恋の歌を歌ったとしよう。胸がドキドキして、頭の中がその人で一杯になって、苦しくってでも幸せで……そんな歌を歌っても、私はその感情が理解出来なかった。

 

 人は裏切る、どんなに愛した人でも平気で裏切る。

 母も父も私を裏切った。愛なんて不確かな物に陶酔するほど、私は愚かじゃ無いと思っていた。

 

 でも……心の何処かで、そんな恋に憧れていたのは確かだ。自分でも気づかない様な心の片隅で、私は女の子の部分を持ち続けていた。

 誰かを好きになってみたいと思っていた。心の底から信じられる男性(ひと)に出会い、愛してみたいと思った。

 そして同じ様に愛されてみたいと思った。そして……それは、叶わぬ願いだと思い込んでいた。

 

――でも、それは違った。

 

 ある日、私はとんでもない馬鹿に出会った。ムカつくくらいに正直で、他人の事ばかり考えている男だった。

 私はこう言う奴が一番嫌いだ。こう言う奴に限って、笑顔の下ではあくどい事を考えていたりするのだ。

 

 だから私はそいつを徹底的に避けた。そいつは私に色々とおせっかいを焼いて来たが、それも全部無視してやった。時には酷い言葉を投げかけたりもしたし、挑発だってして見せた。

 これでこいつも私から離れるか、本性を剥き出しにするだろう……そう考えていた私だったが、彼はそんな私の予想を乗り越えて来た。

 

 信じようとしてくれた。手を差し伸べてくれた。傍に在ろうとしてくれた。なんの得も無いのに、奴は馬鹿みたいに笑って私に接して来るのだ。

 そう……彼は、正真正銘の馬鹿でお人好しで……とても優しい人だった。

 

 だからなのかもしれない、彼に心の傷を触れられた時、そこまで不快に思わなかったのは……私は、誰かに受け入れて貰いたいと思っていたのかもしれない。

 お互いに不器用で、不慣れだったけれど、それでも私は、遠くにあった私の心が普通に近づいている事を感じていた。そして、今まで見えなかった物が見える様になって来ていた。

 

 一緒にステージに立つ友人たちは、何時も私の事を心配してくれていた。義母は、血の繋がっていない私の事を実の娘の様に想ってくれていた。

 他にももっと沢山、私は人の温かな思いを知ることが出来た。私の心の暗闇に差し込んだ蒼い光は、私の見る景色を広げてくれたのだ。

 そして何より、私は自分の願いを叶えることが出来た。本当にいつの間にか、私はこの馬鹿正直で優しい男に恋をしていたのだ。

 

 胸の中が温かくなった。心の中に差した太陽は、凍えた感情を溶かしてくれた。

 笑わない女神と呼ばれた私が、色んな感情を表情に出す事が多くなった。その中心には、必ず彼の姿があった。

 

 とても、言い表せない位に、彼には感謝している。何時かこの思いを感謝の気持ちと共に伝えたいと思っていた。

 今は状況や立場がそれを許してはくれないから、でも必ず何時か告げて見せると決めていた。その時がいつ来るかは分からないが、そうしようと思っていた。

 

――きっと、今がその時なんだろう。

 

 ねえ、聞いて。もしかしたらとびきり鈍いあなたには伝わらないかもしれないけど――

 

 お願い、私を見て。その目に、私の姿が見えているのなら、私を見つめて――

 

――神様……これが最後で構わないから、あと一分だけ私に時間を下さい。最後の幸福を、私に下さい。

 

 今まで沢山の物をあなたに貰った。短い間だったけど、私はとても幸せだった。

 私はあなたに何かをあげられた? あなたを幸せに出来た?

 今の私があなたにあげられる物なんて、こんなものしかない。こんなものしか見せられない。

 涙が止まらなくっても、苦しくって仕方が無くっても、飛び切りの笑顔を見せてあげる。だから、だから――

 

――死なないで、謙哉……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三校の代表者が揃った会議から、一週間の時が過ぎた。

 『戦力と連携の強化』と言う具体的な目標を掲げる生徒たちは、一丸となってその目標を達成する為に邁進している。

 

 根津が的確に人材を配備し、その役割に応じた動きを全員でチェックしながら訓練をする。最初はぎこちなかった生徒たちも、徐々に活動に慣れて来た。

 全体的なリーダーは光牙だが、勇や大文字、そして葉月たちが先頭に立って自分たちの学校の生徒たちを指示し、他校の生徒たちとの連携に不備が無い様に確認している。性格は千差万別だが、全員が同じ目標を掲げている故に協調性を取ることはそう難しくはなかった。

 

 今、三校の生徒たちは目覚ましい程の成長を続けている。連携、各人のポテンシャル、判断力などが今までとは段違いになっていた。

 その上で自分の足りない物を補える様にチームワークを取っている。未だに戦力が完璧に整ったとは言えないが、今後の成長が楽しみに思えることは間違い無いだろう。

 

 そんな時だった、ある事件が起こったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うらぁぁぁぁぁぁっっ!!! ぶっ飛びやがれぇぇっっ!!!」

 

 紅蓮の斧が建物の壁を破壊し瓦礫に変える。弾け飛んだ岩は周囲に飛び散り、その被害を更に広げた。

 

「あぁ~~……っ! イライラする! イライラするんだよっ!!」

 

 既にアグニに変身している櫂は、そう苛立ちが籠った叫び声を上げた。天に向かって吠えた櫂が再び視線を前に向けると、そこには怯え、逃げ惑う人々の姿があった。

 

「むかつくんだよ……! てめえらの叫び声を聞かせろっ!」

 

 胸の中の苛立ちを紛らわせる為か、櫂は斧を振りかざして人々へと襲い掛かる。憤怒の炎に彩られた彼の暴走は誰にも止められない、ただ悪戯に被害が増えるだけだ。

 

「落ち着きなよ、今日は暴れる為に来たんじゃないって事は分かってるだろう?」

 

「うるせぇっ! 俺は俺の好きな様にやるだけだ!」

 

 そんな櫂の事を窘めるパルマの言葉を無視した櫂は一直線に駆け出した。そのまま、辺りにある木や建物に八つ当たりでもするかの様に斧を振り回す。

 暴れ回る櫂の姿を見たパルマは大きなため息を一つ零した。憤怒の感情が色濃く出過ぎているせいか扱いにくい新入りは、今回の目的を完全に忘れているらしい。

 

(……まあ、良いさ。これならあいつらもすぐ来るだろうし……)

 

 パルマがそう思い、ほくそ笑んだ時だった。バイクの疾走音と共に飛び出して来た影が、櫂の真正面に陣取って行く手を塞いだのだ。

 自分の邪魔をした相手の姿を見た櫂は、仮面の下でギラついた笑みを見せる。ポキリ、ポキリと拳を鳴らした彼は、低く唸る様な声を口から漏らした。

 

「龍堂……! またてめぇか……っ!」

 

「そりゃあこっちの台詞だ、お前こそいい加減にしやがれ!」

 

「黙れっ! ぐらぁぁっっ!!」

 

 問答もそこそこに現れた勇へと斧を振り下ろす櫂。勇はその強烈な一撃をさらりと避け、腰にドライバーを装着する。

 

<運命乃羅針盤 ディスティニーホイール!>

 

「変身ッ!!」

 

 今回は最初からセレクトフォームになることを決めた勇は、召喚したディスティニーホイールを左腕に装着してそれを回転させる。

 黒い竜巻が巻き起こり、櫂が放つ炎を掻き消しながらその中心から現れた勇は、強化したディスティニーソードを手に挑みかかって行った。

 

「目を覚ませよっ! お前はガグマに利用されてるだけなんだぞっ!?」

 

「知るかそんなもん! 俺はただ、この苛立ちと憎しみを誰かにぶつけられりゃあそれで良いんだよ!」

 

 剣と斧がぶつかり合い、火花が舞う。アグニの剛力を上手くいなしながら戦う勇は、体勢を低くした状態から一気に体を跳び上がらせた。

 

「おっっらぁっ!!」

 

「ちぃっ!?」

 

 跳躍の勢いを活かした斬り上げがアグニの胴を掠める。装甲に傷をつけた勇に苛立ちを募らせながら後退した櫂であったが、それに追い打つ様にして降下して来る勇の攻撃がヒットした。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 先ほどよりも深く、抉る様な一撃を受けた櫂は痛みに呻いた。だが、すぐにその痛みを怒りの感情で掻き消すと、がむしゃらに拳を振るう。

 

「がっ、はっ!?」

 

 今度は勇が櫂の攻撃を受けて呻く番だった。腹に思い切り突き立てられた櫂の拳は、勇の体を数メートル先へと吹き飛ばす程の威力を持っていた。

 吹き飛んだ先の壁に背中を打ち付けた勇は、肺から全ての空気を吐き出してむせる。

 

「いつまでも良い気になってんじゃねえぞ! 俺だってレベルは上がってる……お前をぶっ飛ばす為に強くなってんだよ!」

 

「みたいだな……! だが、俺だってそれは同じだ!」

 

 立ち上がり、呼吸を整えた勇が次の武器を召喚する。遠距離戦用のディスティニーブラスター、それを構えた勇は櫂との距離を詰めながら銃弾を連射した。

 

「うらぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「がっ! ぐぅっ!?」

 

 光弾が何発も体に当たった櫂は表情を歪めながらも勇への鋭い視線を逸らしはしない。ただ迎え撃つことを硬く決心し、斧を握る拳に強く力を籠める。

 自分の腕と武器の届く範囲、攻撃の射程圏内に勇が入った瞬間、櫂は彼を叩き切るつもりであった。

 

(来い、来いっ!)

 

 怨嗟の籠った声を心の中で呟く。着実に、確実に、勇を仕留める為の熱を滾らせる。

 弾丸を体の中心に受け、大きなダメージを受けたとしても櫂は勇から目を逸らさなかった。そして、彼が間合いに入るや否や、斧を大きく振りかぶって迎え撃つ。

 

「だぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 横薙ぎに払う斧での一撃。それを勇が回避出来るとは思えなかった。

 自分の前方を広範囲に薙ぎ払うこの攻撃をとっさに避けるのは非常に難しい。もしも無理に回避したとしても、続いて行われる攻撃からは逃れようがないだろう。

 相当の自信をもって攻撃を行う櫂は、目の前の勇の行動に注意を払いながらも勝ちを確信していた。しかし、勇は彼の予想を超えた行動を見せる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

「なっ!?」

 

 今まで攻撃を行っていたディスティニーブラスターを左手に持ち、それを盾にする様にして櫂のイフリートアクスでの攻撃を防ぐ。完全に勢いを殺す事は出来なかったが、一瞬の時間を作り出すには十分だった。

 遠距離武器を犠牲にして作り出したその一瞬の間に櫂の懐に潜りこんだ勇は、いつの間にか召喚していたディスティニーソードでの連撃を繰り出す。

 櫂の横を斬り抜けながらの一発。更にそこから振り返って無防備な背中へもう二発。遅れて振り返った櫂の体を両断するかの様に最後の一発を繰り出して攻め立てる。

 

「ぐぅわぁぁぁぁぁっ!?」

 

 俊敏さと力強さ、その二つを兼ね合わせた勇の攻撃を前に櫂は全身から火花を舞い散らせながら叫んだ。よろめき、崩れ落ちる彼の姿を見ながら勇は言う。

 

「強くなってんのはてめえだけじゃねえんだよ。俺たち全員、お前らを倒す為に努力し続けてるんだ!」

 

「こ、の……クソがぁっ!!」

 

 勇の言葉に逆上した櫂は再び立ち上がり攻撃を仕掛けようとした。しかし、その行動をもう一人の魔人柱が阻む。

 

「なにしやがる!? そこを退けっ!」

 

「まったく……お前は、自分の目的を忘れてるみたいだね。仕方が無いから僕が役目を果たさせて貰うよ」

 

 やれやれ、と言った感じで櫂を抑えたパルマは、勇へと向き直ると手の平を見せて彼の動きを制する。自分に戦意は無いと訴えるその様子に、勇も警戒しながら剣を引いた。

 

「今日は、ガグマ様からの言伝を預かって来た……ガグマ様もそろそろお前たちと決着を付けたいそうだ。だから、今度はこちらから攻撃を仕掛けるつもりだよ」

 

「何だと……!?」

 

「僕たちは宣戦布告に来た。今日より一週間後、我らは軍を率いてこの現実世界を強襲する! ……防ぎたくば、相応の準備を整えておくんだね」

 

 ズシリと、思い緊張感が勇の肩に圧し掛かる。とうとう魔王たちが現実世界を攻撃しようとしていると言う事実に胸の動悸が激しくなる。

 一週間……その間に自分たちは準備を整えておかねばならない。だが、まだ連携を強化している段階の自分たちにそれは可能なのだろうか? 

 

「……もう一つ、これは個人的な事だ。イージスに伝えておけ、僕たちも決着を付けよう、と……!」

 

 ギラリと眼光を光らせたパルマは、ライバルへの伝言を最後に櫂を伴って姿を消した。

 只の戦闘だけでは終わらなかった今回の戦いを終えた勇は、未だに訪れない平常心を取り戻そうとしながら呟く。

 

「やるしかねえ、か……!」

 

 もう、決まってしまった。待ったが利く状況でもない。ならば、やるしかないだろう。

 出来ることを、やれることをやる……そう決めた勇は、この重大な情報を皆に伝えるべくゲームギアの電源を入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全て決まった、か……うん、それは良い! すべてボクの脚本通りだ!」

 

 暗黒の中、空中に浮かぶ謎の文字を読みながらエックスが頷く。満足気に、楽し気に歌う様な口調で独り言を呟く彼は手を振りながら言った。

 

「無論、こちらも犠牲を払う事になるだろう。でも、それを払うだけの価値はある! ……なにより、ボクは痛くも痒くもないしね」

 

 悪戯っ子の様にくすくすと笑ったエックスは、自分の計画を慎重に確認する。

 この後自分はどう動くのか? 何か不備は無いか? 丁寧に一つ一つを確認しながら、エックスは湧き上がる興奮を抑えきれずに笑い声をあげた。

 

「始まるんだ……この劇の後に、ボクが世界の王となる物語が幕を上げる……! 文字通り、ボクが世界の指揮者(コンダクター)となる日がやって来るんだ!」

 

 見えているただ一つの道、その先には自分が望む全てが手に入る玉座が待っている。この世の全てを操り、世界を一つの劇場とする自分の望みが叶えられるだけの力が手に入るのだ。

 

「魔人柱も、魔王も、仮面ライダーも……皆、ボクの描く物語の登場人物(キャスト)に過ぎない……! 世界の王となるのは、ボクだ……!」

 

 輝かしい自分の未来を想像しながら、エックスは全てを手玉に取ってただ笑い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――??がゲームオーバーになるまで、あと7日

 

 


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