仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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ドキドキのお泊り会(後編)

「よ~るじ~か~ん~! さあ、ここからは女の子のお楽しみの時間だよ! お菓子片手に色々と話し合おうじゃあないか!」

 

「夜に油分や糖分の高いものを食べたら太るでしょ。アイドルとしての自覚を持ちなさい」

 

「硬いんだよ玲~! ちょっとぐらい良いじゃん! 玲だって謙哉っちと仲良くしてたみたいだしさ~!」

 

「なっ!? べ、別にやましい事なんか無いわよ。ただカードリストを見せて貰ってただけだし……」

 

「ふふふ……! 玲さんは謙哉さんと本当に仲が良いんですね!」

 

 部屋に敷かれた布団から頭を出してお喋りに興じる4人は、本当に楽しそうにこの時間を過ごしていた。年頃の女の子らしい姦しい一時を過ごしながら、あれやこれやと話題を変えて夜更かしを楽しんでいる。

 美味しいスイーツ、アイドルの仕事、それぞれの交友関係……そんな話を続けていた4人であったが、不意に真面目な顔になったやよいが話題を提示して来た。

 

「あのさ……これから、どうなると思う?」

 

「ん? どういう意味?」

 

「そろそろ夏休みが終わって、二学期が始まる訳でしょ? そうしたら、またソサエティの攻略に乗り出すことになるんだけど……今の私たちは一学期の私たちとは違う。色々と変わっちゃったから、どうなるのかなって……」

 

「……そっか、二学期からはマリアっちも居なくなるし、城田も居ないんだよね……」

 

「白峯や虹彩のA組のメンバーもボロボロで心身共に傷を負ったわ。今まで通りに活動出来るかって聞かれたら、難しいかもしれないわね」

 

 夏休み中に起きた様々な事件、ガグマとの戦いに敗れたことから始まったそれらの出来事に思いを馳せた4人は、今度はこれからの事について考え始める。

 マリアと櫂の離脱、不安定になってしまったリーダー光牙、手を結んだガグマとエックス……夏休み前と比べると、悪いニュースが多すぎる。だが、敵は待ってくれないのだ。

 

「……一番良いのはさ、勇がリーダーになる事だと思うんだよね」

 

「勇さんが、ですか?」

 

「そう! だって勇は強いし、実績だってある! それに、お父さんとお母さんの過去も知って戦いにかける意気込みも違ってくるだろうし……今の状況なら、勇がリーダーになった方が良いと思わない?」

 

「……部隊を一から作り直す、悪くないわね。不安定な組織ならいっそ解体してしまった方が良い場合もあるわ」

 

「でも、それで良いのかな? 緊迫した状況下で最初から部隊を作るって、危険過ぎない?」

 

 葉月が口にした意見に対し、玲とやよいはそれぞれの感想を述べた。彼女の言う事は決して現実味が無い話ではない、むしろ上策の部類に入る物だろう。

 

 状況は変わった。虹彩学園と薔薇園学園にも変化は必要だ。そして、変化にはリスクが伴う。どうせ背負うのならば、リターンが大きいリスクの方が良いだろう。

 リーダー交代と部隊の再編成は大きな賭けだ。しかし、上手く行けば今後も安定した活躍が見込める様になる。既に一度リーダーの役目を果たしている勇なら、次のリーダーの役目を担うことは可能に思えた。

 

「……私は、そうは思いません。これ以上、勇さんに何かを背負わせたくは無いです」

 

 だが、葉月の意見に賛成できないマリアは、そう自分の意見を述べた。少し目を伏せた彼女に他3人の視線が集まり、彼女の言葉を聞き始める。

 

「勇さんは沢山の物を背負っています。私に対する罪悪感だとか、周りの皆さんから寄せられる期待から来る重圧とか、ご両親の事とか……ここに新しいリーダーとしての役目まで加えたら、勇さんが潰れてしまう気がするんです……」

 

「……そうかもしれないね。勇さん、ああ見えて凄く我慢強いし……」

 

「ヒーロー気質って言うか、率先して危ない役目を請け負おうとする所もあるよね。それで、自分の弱みを見せたりもしない。謙哉っちもそんな風な所あるけど……」

 

「自分よりも周囲を優先するのはリーダーとしての才覚がある証拠だけど……それが過ぎると、周囲の人たちも不安になるのよね……」

 

 マリアの言葉を受けた3人は自分たちが勇に頼り切りになっている事を自覚し、それを恥じた。

 レベル80を超え、人類の切り札として認知される様になった勇だが、その中身はただの高校生……自分たちと同い年の子供なのだ。彼にばかり負担を強いるのは良くないと思い直した葉月は、俯きがちに呟く。

 

「……駄目だなぁ。アタシ、なんだかんだで勇の事を頼っちゃってる……置いてかれたく無いって言っておきながら、なんかそう言う部分が抜けきらないんだよね」

 

「でも、葉月ちゃんの気持ちも分かるな……。今の私たちを支えてるのは、間違いなく勇さんだもん。それで、その勇さんを支えてるのが謙哉さん」

 

「戦闘も、面子も、あの二人で持ってるって所が大きいわね……その分、二人の負担も多いでしょうし……」

 

「……私も、もっと皆さんを支えて行きたかったです。勇さんだけじゃなく、光牙さんの事を支えてあげたかった……光牙さんは、勇者になれる人ですから……」

 

 瞳を閉じたマリアは、日本に来たばかりの頃の事を思い出していた。

 虹彩学園に転入した自分を優しく迎え入れ、色々と世話を焼いてくれた光牙。一生懸命に努力し、立派なリーダーであろうとする彼の姿は輝いて見えたものだ。

 だが今、その光牙は苦しんでいる。自分の大変な時期を支えてくれた光牙のことをマリアも支えて行きたかった。しかし、その願いは叶いそうにない。

 

「……悔しい、です。このまま何も出来ずに国に帰るなんて……」

 

「そうだよね……アタシも同じ立場になったら、凄く悔しいと思うよ」

 

「……やっぱりまだ、私は戦いたいんだと思います。皆さんと一緒に困難を乗り越えて、未来を掴みたい……そう、思っているんです」

 

 自分の置かれた状況に納得出来ないマリアは、ぽつりと本心を口から零した。そんな彼女の姿を見た葉月達も口を噤み、暗い表情を浮かべる。

 随分と沈鬱な雰囲気になってしまった部屋の中では、時計の針が進む音だけが鳴り響いていた。そんな空気に耐えられなくなった葉月が立ち上がると、他の女子たちを見回しながら大きな声で叫ぶ。

 

「あ~っ! 止め止め! こんな暗い雰囲気になったら楽しめないじゃん! ほら、空気変えよ! お菓子とジュース持ってきて、もっと騒ご!」

 

「……そうだね。今は楽しまないとね!」

 

「そうでした……限られた時間だからこそ、楽しい思い出を作らないといけませんよね」

 

「……ま、今日は目を瞑ってあげるわ。偶には女の子らしく、普通にしてみましょうか」

 

「お! 話がわかるじゃん! じゃあ、リビングにあるお菓子を取ってこよ~!」

 

 葉月の一言で明るさを取り戻した女子たちは、笑みを浮かべて話を再開する。多少の暗い気持ちは心の中にあるものの、それを掻き消すほどの明るい気分があることも確かだ。

 今はとにかく楽しい時間を過ごそうと決めた4人は、和気あいあいと話しながら部屋から出てリビングへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、謙哉。ちょっと良いか?」

 

「ん? 何だい?」

 

 その頃、男子の部屋の中では勇が謙哉に会話を切り出していた。二人きりの空間の中で真剣な表情を浮かべた勇は、部屋の天井を見つめながら口を開く。

 

「……夏休みが終わって学校が始まったら、俺は光牙に一つ提案してみようと思うんだ。もしかしたらA組の連中には反対されるかもしれねえが、それでもやんなきゃなんねぇことだと俺は思う」

 

「……うん、僕たちにも変化は必要だ。少なくとも、今のままでは回って行かないよ」

 

「……色々と迷惑をかけるかもしれないけどよ、俺を信じてついて来てくれるか?」

 

「当たり前でしょ? 約束したじゃ無いか、最後まで一緒に戦うって……僕は、勇の傍で戦い続けるよ」

 

「……サンキュな、謙哉」

 

「言いっこなしだよ、勇」

 

 視線を交わらせずに行った会話ではあるが、確かに親友と心が繋がっていることを感じた勇は幸せそうに笑みを浮かべた。

 謙哉に対する感謝の気持ちを胸に抱く勇は、電気の消えた部屋の中で今後の行動について考えを巡らせた。謙哉の言う通り、今の自分たちには変化が必要なのだ。

 周囲の状況に対応する為、失ってしまった物を補う為、自分たちは変わらなくてはならない……出来る限り全員の納得を得た状態でそれを行わなければチームワークの崩壊に繋がることを理解している勇は、慎重に考えを巡らせていった。

 

「……ねえ、勇。勇って、好きな女の子とか居ないの?」

 

「……はぁ?」

 

 そんな時だった、謙哉が不思議な質問をしてきたのは。

 最初はポカンとした表情を浮かべた勇であったが、悪戯っぽく笑うとその話題に乗っかって話し始める。

 

「珍しいじゃねぇか、お前がそんな話を振って来るなんてな」

 

「偶には良いでしょ? 考えてみれば、僕たちの周りって可愛い女の子ばかりじゃない? 一人くらい気になってる女の子が居るんじゃないの?」

 

「そうだなぁ……でも、今まで考えてもみなかったんだよなぁ……」

 

 勇が口にしたのは紛れも無い本心であった。戦いばかりの日々の中で、恋愛に割くほどの心の余裕が無かったのだ。

 だからあまり女子たちにそんな思いを抱いたことは無い訳だが……そんな勇に対し、謙哉は二人の女子の名前を提示して来た。

 

「新田さんとマリアさんはどうなの? 二人とは仲が良いでしょ?」

 

「あー……まあ、そうだな……」

 

「……二人のうち、どっちかの事を良いな、って思ったことは無い?」

 

「ん~……難しいなぁ……。なんつーか、恋愛感情って言う程の思いはねえよ」

 

「え~? 本当に~?」

 

 揶揄う様な謙哉の声に苦笑した勇は、少し考えた後で自分の思いを言葉にし始めた。

 

「……葉月もマリアも、俺にとっては大切な存在だよ。そこは間違いない」

 

「ふ~ん……それで?」

 

「……前にリーダーになった時、悩んでた俺の背中を押してくれたのが葉月だった。あいつの明るさとか、勢いとかに救われることは結構有ってさ……なんつーか、太陽みたいな奴だな~って思ってる。近くに居てくれるだけで、明るい気分になれるからな」

 

「へぇ……じゃあ、マリアさんは?」

 

「マリアは……守りたい奴、かな? 優しくって、温かくって……変身は出来ないけど、あいつは強い。あいつが凛としてる姿に勇気をもらったし、そんな姿を見ていたいって思う。だからあいつを守りたい……たとえ俺との記憶が無くなっても、俺のその思いは変わんねえよ」

 

「……大切なんだね、二人の事が」 

 

 謙哉の言葉に勇は頷く。真っ暗な部屋の中だが、親友には何となくでも自分の思いは通じているだろう。

 少し恥ずかしい事を話した勇はほんのりと顔を赤くさせるが、その恥ずかしさを紛らわせる為に謙哉に対して質問を投げかけた。

 

「さて、次はお前の番だぜ? 謙哉はどうなんだよ?」

 

「僕? 僕は……居ない、かなぁ?」

 

「そう言うと思った! ……なら個人指名だ、水無月の事をどう思ってるか教えろよ」

 

「水無月さん? う~ん、そうだなぁ……」

 

 その言葉に悩み始めた謙哉の様子を探りながら、勇は何故かドキドキしていた。

 鈍い謙哉のことだ、玲から向けられている感情には気が付いてはいないのだろう。そんな状況の中で、謙哉が玲にどんな感情を抱いているのかを知ることに、勇は軽く緊張していた。

 

「……勇が新田さんとマリアさんに抱いてる感情を半分ずつにしたら丁度良い感じかな?」

 

「ほう? つまり?」

 

「水無月さんは強い人だから、守るって言うのはなんか違うと思う。でも、弱い人でもあるから、支えてあげたいとも思っちゃうんだよね」

 

「ほ~、なるほどな~……最初と比べて態度が軟化して来たことに関してはどうよ?」

 

「素直に嬉しいと思うよ。良いチームになれてると思う。……彼女からあんなに心配される日が来るなんて思ってもみなかったし、一緒に居てくれて素直に嬉しいな」

 

 謙哉の声が少しだけ暖かくなる。元より感情の籠った優しい声であったが、それに輪をかけて温もりが溢れる様になったその声には、幸せの感情が詰まっていた。

 

「……キツイ時には支えてくれて、発破をかけてくれる。何かと僕を気に掛けてくれてて、何時もフォローしてくれるんだ。ただ話したり一緒に居たりするだけで幸せだし……笑ってくれると、胸が温かくなるよ」

 

「……そう言や、あいつも良く笑う様になったよなぁ」

 

「水無月さんの笑った顔、凄く可愛いんだ! もっと笑って欲しいって思うし、守りたいって思う。……うん、守りたいって思うよ」

 

「……なあ、謙哉。お前、好きな奴は居ないんだよな?」

 

「え? うん、そうだけど……どうかした?」

 

「ああ、うん……そっか、そう言うことか……妙に納得したわ……」

 

「???」

 

 頭の上に?マークを浮かべる謙哉を見ながら、勇はしきりに頷いていた。そして、謙哉は本物のにぶちんだと確信する。

 謙哉は本当に鈍い、鈍すぎる。他者からの思いだけで無く、自分の感情にまで気が付いていないのだ。

 傍から見ればその答えは分かり切っている。気が付いていないのは自分だけ……それに気が付けば、一気に話は進むと言うのに。

 

(水無月の奴、苦労しそうだなぁ……。でもま、あいつの事だから大丈夫だろ!)

 

 今もなお疑問を浮かべた表情で首を傾げている謙哉を横目に見た勇は、小さく笑うと頭から布団を被った。

 面白い話を聞けたと満足げに微笑む彼は、瞳を閉じて微睡に身を預けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、皆、顔が赤くなってるんじゃないかな?」

 

 珍しく……本当に珍しく他人をからかう口調で話すやよいは、目の前に居る3人組へと小悪魔の様な笑みを見せた。

 そんな彼女に恨みがましい視線を向けながら、葉月達は小さく声を漏らす。

 

「う~……覚えとけよぉ、やよい……!」

 

「あう、あう……ふぁぁ……!?」

 

「……今は話しかけないで、余裕ないから……っ」

 

 男子の部屋のすぐ傍で聞き耳を立てていた4人は、今の勇と謙哉の話を全て聞いてしまっていた。彼らからの率直な思いを耳にした葉月達は、恥ずかしさで顔を真っ赤にしているのだ。

 

「ふふふふふ……! からかう側って楽しいんだね! 葉月ちゃんの気持ちがわかったよ!」

 

「あ、あんまり大きな声を出さないで下さい! 勇さんたちにバレたら、どんな顔すれば良いのかわかりませんよ……」

 

「部屋! 早く部屋に戻りましょう! 今の話は聞かなかったことにして、早く!」

 

 足音を立てぬ様に慎重に、されど素早い動きで部屋へと戻って行く3人の姿を見たやよいは、声を殺して笑う。なんとも甘酸っぱい青春模様を見せられた今の自分は、おせっかいなおばあちゃんみたいだ。

 

「良いなぁ……! 私も誰かからあんな風に想われてみたいなぁ……」

 

 小さくそう呟いて葉月達の後を追うやよいは、部屋の中でもこれをネタに揶揄い続けてやろうと心に決めてまた笑ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜は更ける。様々な感情、様々な事柄を絡ませ、時間は進む。

 もう過去には戻れないと知っているから、人は今を後悔しない様に生きる。今を楽しみ、幸せに生きようとする。

 この先には苦しい戦いが待っていると言うのなら……せめて今だけは、彼らに休息を……

 

 

 

 


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