仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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響鬼編

「……おや? ここは……?」

 

 謙哉が目を覚ますと、そこは真っ暗な道のど真ん中であった。街灯一つない闇の中で、謙哉はここがどこであったかを思い出そうとしたが……

 

(……駄目だ、思い出せないや……。そもそも僕は何をしていたんだっけ……?)

 

 この場所が何処なのかも、今まで自分が何をしていたのかも思い出せない。ぼんやりと頭の中に霞がかかっている様で、記憶がはっきりとしないのだ。

 

 暫しの間悩んでいた謙哉だったが、取りあえずこの場所を移動してみることにした。少し歩けば、見覚えのある場所に辿り着くかもしれないと思ったからだ。

 そうやって歩き出した謙哉だったが、不意に妙なことに気が付いた。それは、今の自分の服装のことだ。

 

「……何、これ?」

 

 謙哉が着ているのは学校の制服でも無ければ、自分の私服でも無かった。まるで時代劇に出る人物が着る様な和服なのだ。

 侍と言うにはラフに思えるし、一市民と言うには高級そうだ。いよいよもって自分が何をしていたかに不安を抱え始めた謙哉が必死になって記憶の糸口を探していると、目の前の闇の中に何か動くものが見えたではないか。

 

「も、もしかしてそこに誰かいますか?」

 

 闇に眼が慣れた謙哉は、自分から少し離れた位置に男が一人立っていることに気が付いた。男も和服で、何だか薄汚れた格好をしている。

 自分に背中を向けている為に表情はわからないが、謙哉はこの場所が何処かを聞く為にも男に声をかけながら彼へと近づいて行った。

 

「実は道に迷ってしまいまして、出来たらここが何処かを教えて頂けると……」

 

「……きえぇぇぇぇいっっ!!!」

 

「はぁっ!?」

 

 距離にして数歩、謙哉がそこまで近づいた瞬間、男が奇声を上げながらこちらに向かって来たでは無いか。

 面食らう謙哉だったが、身の危険を感じてとっさに後ろにバックステップを踏んだ。体が後ろへと飛び行く中、謙哉の目の前を白銀の光が走る。それが刀の切っ先だと気が付いたのは、謙哉が地面に着地した時だった。

 

「っっ……!?」

 

 理解不能の状況。今の行動を見るに、男は間違いなく謙哉を殺そうとしていた。問題はなぜこんなことをするのかだ。

 彼から恨みを買う様な真似をした覚えはない。と来れば、通り魔の様なものなのであろうか?

 平成の世に刀を振るって人を襲うなどとは、なんとも変わった人間ではあるが……悪意を持って人を襲っている以上、見過ごすわけにはいかない。

 

「チェストォォッッ!!!」

 

 無手の謙哉に対して武器を持っていることで強気になったのか、男は上段に刀を構えながら直進してきた。謙哉は身を屈めると、彼と同じ様にして真っすぐに前へと駆け出して行く。

 謙哉の突進に対して男は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにその迷いを振り払うと謙哉目掛けて刀を振り下ろした。当たれば間違いなく謙哉の頭を斬り裂くであろう一撃だが、謙哉は難なくその攻撃を避け切る。

 

「なっ!?」

 

 大げさに飛び退くのではなく、最小限のコンパクトな動きで自分の刀を躱した謙哉の姿を目を見開きながら見ていた男は、直進の勢いのまま繰り出された謙哉の拳を顎に受けて昏倒した。

 脳天に火花が舞い、体と意識が吹き飛ぶ。謙哉からの見事なカウンターを受けた男は、その一撃で手にした刀を取り落とすと地面に崩れ落ちた。

 

「よっし! 何とかなった!」

 

 命の危険を前にしても冷静な謙哉。エネミーとの戦いで度胸はついているし、そもそも今の男の一撃など勇や光圀のそれと比べれば隙だらけと言う他無い。遅いし軌道も読みやすかったなと思いながら、謙哉が痺れる拳を撫でていると……

 

「おっ! やったな謙哉!」

 

「え……?」

 

 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには笑顔で自分のことを見る勇の姿があった。彼もまた時代劇に出る遊び人の様な格好をしているが、それ以外は普段の彼と一切の変わりはない。

 

「はっはっは! やっぱ俺たちゃ無敵だな! お尋ね者の人斬りをお縄にかけて、報奨金も頂きだぜ!」

 

「ひ、人斬り? 報奨金? な、なにそれ? どういうこと?」

 

 自分のの言葉を聞いて困惑する謙哉をよそに、勇は手慣れた様子で謙哉が倒した人斬りの男を縄で縛ると引きずって歩いていく。

 途中で何かを思い出したかの様に振り返った勇は、謙哉に向けてウインクをしながらこう告げた。

 

「今夜は盛大に楽しもうぜ! いつもの揚屋(あげや)でどんちゃん騒ぎだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは! 見たかよ謙哉、あの筋肉ダルマの顔! え組の奴ら、また俺たちに先を越されて悔しそうにしてたな~!」

 

「う、うん……」

 

 勇の話を聞きながら、謙哉は大いに困惑していた。それは、今の今に至るまでのすべての出来事が原因している。

 先ほどのお尋ね者を捕らえた勇は、そのまま歩いて町の中へと入って行った。そして、奉行所と書かれた看板を掲げている施設に入り、男を引き渡したのだ。

 

 その奉行所の中には光牙や真美、そしてガグマにやられたはずの櫂の姿もあった。

 ()()と呼ばれている警邏隊のメンバーであろう彼らは謙哉と勇のことを恨めしそうな視線で見ていたが、勇はそんな物どこ吹く風と言った様子で報奨金を受け取るとそのまま謙哉を引き連れて夜の街に繰り出したというわけである。

 

 そして今、謙哉は勇と半分に分けた報奨金を見て目を丸くしていた。自分たちの服装がそうであるように、お金もまた時代劇に出る小判そのものだったからだ。

 しかもそれだけではない。勇に連れて来られた大きな店の中では、綺麗な着物を纏った女性たちと男が楽しそうに盃を交わしているいるのだ。

 これもまた時代劇で見た光景だと思いながら、謙哉はその店の看板を見てそこに書かれている文字を読み上げる。

 

()()()()()……?」

 

 聞き覚えがある名前だ、そう思いながら煌びやかな店の外観を呆けた表情で見ていた謙哉だったが、勇に腕を掴まれるとあっという間に店の中に連れ込まれてしまった。中もまた豪勢であり、そこで働く美しい女性たちの姿と相まって妙な威圧感を与えて来る。

 

「お~い、番頭さん! マリアと葉月よろしく! 今日は楽しむぞ~!!」

 

「ちょ、勇!? こういうのは不味いって! 僕らまだ未成年だし……」

 

「わかってるって! そんな羽目は外さねえよ。明日だって予定はあるしな!」

 

 謙哉の言葉を全く聞いていない様子の勇は、笑いながらそう告げると店子に案内されて店の奥へと消えて行ってしまった。一人取り残された謙哉は周囲の様子を伺いながらどうするかを考える。

 

(こ、これ……まさか、江戸時代……!? 僕、まさかのタイムスリップ!?)

 

 色々な情報を繋ぎ合わせると、それが一番しっくり来る。だが、それにしては自分の顔見知りが次々と登場するのはおかしい。

 今、自分はどういう状況に置かれているのか? しっくりした答えが出ないまま考え続ける謙哉が苦悶していると……

 

「……あの~、謙哉さん? 行かないんですか?」

 

「のわぁっっ!?!?」

 

 突如として後ろから声をかけられた謙哉は、大げさに飛び上がると振り返って声をかけて来た相手を見る。

 そこに居たのは桃色の着物を着た香の物と思われる良い匂いを放つ少女……その顔を見た謙哉は、困惑しながらもいつもの呼び方で彼女の名前を呼ぶ。

 

「か、片桐さん……?」

 

「はい? 私は片桐なんて名前じゃあありませんよ。もしかして、他の店の遊女さんと間違えていませんか?」

 

 驚きと少しの困惑を見せながらそう言うのは、間違いなく片桐やよいだ。その愛らしい笑顔も、丁寧な挨拶もすべて自分が知る彼女と一致している。

 もしかしたら彼女には名字が無いのかもしれないと気が付いた謙哉だったが、そんな彼に対してやよいは人差し指を立てると、神妙な顔で忠告をして来た。

 

「あの、余計なお世話かもしれませんけど……絶対に、他の遊女さんの名前をだしちゃいけませんよ。そんなことしたら、間違い無く拗ねて機嫌を悪くすると思いますから……」

 

「え? あの、それってどういう……?」

 

「あ、三階の蒼の間で待ってますから、行ってあげて下さい。私もお座敷にお呼ばれしてますのでこれで……」

 

 やよいはそれだけ告げるとそそくさと去ってしまった。謙哉は困りながらも、彼女の言葉を繰り返す。

 

「……他の遊女の名前を出さない。三階、蒼の間で待ってる……」

 

 なんとなくではあるが、謙哉には部屋で誰が待っているかわかってしまっていた。

 このままこうしていても仕方がないと判断した謙哉は、取り敢えずと言った様子で歩き出す。目指すは蒼の間、階段を探して広い店の中を歩き回りながら、謙哉はどうしてこんなことになってしまったのかとずっと考え続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりそうだよね」

 

 案内された部屋の前に立った謙哉は、部屋の中から聞こえる美しい声に耳を澄ませながらそう呟く。聞き覚えのあるその綺麗な歌声を耳にしながら、恐る恐ると言った様子でふすまを開けると、意外と質素な部屋の中で座る一人の女性の姿が目に映った。

 

「……遅かったじゃない。相方はもうお楽しみの最中だっていうのに、あなたは何をのんびりしていたの?」

 

「あ、ああ、ごめんね、みなづ……」

 

 そこに居たのは予想通りの相手、玲であった。彼女に詫びをいれようとした謙哉であったが、先ほどのやよいの言葉を思い出して口を噤む。

 ここでもし彼女の機嫌を損ねたらそれはもう恐ろしいことが待っている気がしてならない。多少の気恥ずかしさを感じながらも、咳ばらいをした謙哉は改めて玲の名を呼んだ。

 

「れ、玲、さん……!」

 

「……何固くなってるのよ? 変な奴」

 

 普段したことが無い名前呼びをした謙哉は、緊張と恥ずかしさで固まってしまっていた。そんな彼の様子を見る玲は怪訝な表情ながらも楽しそうだ。

 問題なく彼女とのファーストコンタクトをこなした謙哉はほっと一息つくも、すぐさま玲に呼ばれて彼女の隣に腰を下ろす羽目になる。

 

「ま、取り敢えず一杯どうぞ」

 

「あ、うん……」

 

 お酒なら断ろうと思ったところだが、どうやら香りからするにただのお茶の様だ。これならば安心と思いながら湯呑に注がれたそれを啜った謙哉は、こんどこそ一息をついた。

 

「まったく……変な客よね。人気の遊女を指名しておきながら、頼むのはいつも安い飲み物と食べ物だけ……こっちはお金を落としてもらわないと困るっていうのに、あなたって人は……」

 

「ご、ごめん……」

 

「……良いわよ、その分他の客から落としてもらうだけだから。それに……もし本当に嫌なら、あなたとこうしていると思う?」

 

 上目遣いで謙哉を見上げながらふわりと微笑んだ玲は、そんな言葉を口にしながら謙哉へと身を預けた。自分の肩に頭を乗せる玲の行動に驚いた謙哉だったが、振り払うのも何なのでそのままの姿勢で固まっていた。

 

(う、わ……!)

 

 ちらりと横目で玲を見た謙哉は、心の中で小さな叫びを上げた。彼女の纏う淡い水色の着物の胸元が少しはだけていたからだ。

 目を瞑って謙哉に体を預けている玲はそのことに気が付いていない様だ。紳士的な行動ではないと判断した謙哉はすぐさま目をそらすが、その光景はばっちりと記憶に残ってしまった。

 

 なんと言うか、水着姿を見た時から思っていたのだが、やっぱり()()()。グラビアアイドルも十分にこなせるのではないかと思えるほどだ。

 上から見下ろすアングルだったので、谷間などの刺激的な光景もばっちりと見てしまった。そういえばこの時代には女性用の下着なんてあるのだろうかと考えた所で脳のキャパがオーバーした謙哉は、手に持った湯呑の中のお茶を飲み干して冷静さを取り戻そうとする。

 

「……ちっ、このヘタレめ……!」

 

「なっ、何!? 何か言った!?」

 

「いいえ、別に何も」

 

 一瞬何か聞こえた気がするが気のせいだろう。必死になって落ち着きを取り戻そうとする謙哉に対し、玲は他愛のない話を振って来た。

 

「……で? 今日はどんな大物を仕留めたのよ? 相方さんの豪遊っぷりを見れば相当な稼ぎだってことはわかるけどね」

 

「えっ!? 勇ってばそんなにわかりやすい位に贅沢してるの!? まったくもう、ちゃんと言っておいたのに……」

 

「何言ってるのよ、あれが普通なの! ……揚屋に遊びに来てる以上、たくさん贅沢してくれないと遊女の立場が無いでしょう? あれで正しいのよ」

 

「え? あ、そうなんだ……。あれ? ってことは、その……」

 

「迷惑じゃない。私もたまにはのんびりしたいのよ。あなたと一緒だと気が楽で良いわ」

 

「あ、そう……」

 

 もしかして自分は迷惑になっているのだろうか? そんな謙哉の疑問は心を読んだかの様な玲の返答によって解消された。

 玲がうそをつくわけもないし、そういうのならそうなのだろうと謙哉は安心する。

 

「で? なんであなたはそんなにお金を貯めてるのよ? 買いたい物でもあるの?」

 

「え、ええっと、それは……」

 

「教えなさいよ。家? 刀? それとも馬? 案外あなたって変わった趣味を持ってそうだから、西洋の珍品とか?」

 

 玲に質問される謙哉だったが、正直な話自分がどれだけのお金を貯めているかと言うのは今の自分にはわからないのだ。当たり障りのない返答でお茶を濁すことが正解だと考えた謙哉は、何とかそれっぽい答えを考え始める。

 

「ま、まあ、そのうち教えるよ。今は秘密ってことで……」

 

「……何? 私には言えないっての? あ、わかったわ! どこぞの遊女でも身請けするつもりなんでしょ? あなたって意外とスケベよね」

 

「いやいや、そんなことは……え?」

 

 玲の冗談交じりの言葉を笑い飛ばそうとした謙哉だったが、隣に座る玲の表情を見て驚きの声を上げた。何故かはわからないが、玲は目に涙を浮かべているのだ。

 笑い過ぎて、と言う様な感じではない。どちらかと言えば、涙を誤魔化す為に無理やり笑っている様に見えるその表情に固まった謙哉の姿を見た玲は、慌てて目元を拭ってから話を再開する。

 

「ああ、ごめんなさいね。気にしないで頂戴。何か飲む? お茶で良いかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! おかしいでしょ? なんで泣いてたのさ!?」

 

「あなたには関係ないことよ。気にしないでって言ってるでしょ?」

 

「気になるよ! なんで泣いてたのさ!? 辛いことがあるなら話してみてよ。僕、玲さんの力になりたいし……」

 

「………」

 

 先ほどまでの雰囲気が一変、妙な緊張感と重い空気が支配する部屋の中で黙りこくっている玲のことをまっすぐに見つめながら、謙哉は必死に彼女に悩みを打ち明けてもらおうとしていた。

 やはり、何だか気になるのだ。自分の知る玲と同じ雰囲気を纏う彼女のことを謙哉は放っておけなかった。

 

「……ちょっと、期待しちゃっただけよ」

 

「え……?」

 

 観念したのか、玲は俯きながら小さくそれだけ呟いた。何に期待してしまったのだろうかと考える謙哉に対し、玲は顔を上げて今の自分の表情を見せつける。

 

「わかってるわよ……こんな場所に親に売られて落ちてきて、この鳥籠の中の世界しか知らなくて、自分が醜い世界で生きて来た女なんだってことは……こんな私が、人並みの幸せを望むなんておかしいってことぐらい、わかってるわよ……!」

 

「玲、さん……?」

 

 顔を真っ赤にした玲は、目から大粒の涙を零しながら謙哉へと語り掛けている。やがて意を決した玲は、声を絞りながらも……謙哉にはっきりと聞こえる声でこう言った。

 

「期待しちゃったのよ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って……あなたは、私を身請けする為にお金を貯めてるんじゃないかって、そう思っちゃったの! 悪い!?」

 

「なっ!? えっ!? ええっ!?」

 

 玲の言葉に謙哉は目を白黒させながら驚いた。彼女の言葉をそのまま受け取るならば、彼女は自分のことを好いてくれているということだ。

 玲の泣き顔と突然の告白は謙哉にとてつもない衝撃を与えた。いつぞやに受けた勇の必殺技よりもすごいのではないかと言う感想を持った謙哉に対し、玲は追い打ちをかける。

 

「わ、わっ!?」

 

 ぽふっ、と音をたてながら、玲が謙哉の胸の中に飛び込んで来たのだ。温かく柔らかいその感触にドキマギする謙哉に向って、玲は拗ねた口調で口を開く。

 

「……抱きしめなさいよ。そうしたら、全部許してあげるから」

 

「え、あ、あの、その……」

 

「良いからさっさとする!」

 

「は、はいっ!!!」

 

 玲の怒声に反射的に動いてしまった謙哉は、自分の胸に顔を埋める玲を抱きしめてしまった。感じている温かさと柔らかさが一層強くなり、謙哉の心臓を高鳴らせる。

 

(これは夢、これは夢、これは夢……!!!)

 

 決して現実ではないのだからと心の中で言い訳をしながら謙哉は玲を抱きしめ続ける。夢の中とは言え、もしも玲にこんなことを知られたらどんな目に遭うかわかったものでは無い。

 絶対にこれは自分だけの秘密にしよう。そう考えていた謙哉の耳に、部屋の外から響く大きな悲鳴が聞こえて来た。

 

「う、うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 その悲鳴に同時に驚いた謙哉と玲は、座った姿勢のままびくりと跳びあがった後で顔を見合わせた。何だか可笑しくてつい噴き出してしまった謙哉に対し、玲は憮然とした表情を見せる。

 

「……女の子を抱きしめてるって言うのに情緒も何もないわね。あなた、本当に女の子の扱いが下手ねぇ」

 

「あう、あ、ごめん……」

 

「……良いわよ。で? 外で何が起きたか気にならないあなたじゃないでしょう?」

 

「あ、うん……」

 

 名残惜しそうに謙哉から離れた玲は未だに濡れている目元を手で拭ってから立ち上がった。そして、襖を指さして謙哉に言う。

 

「行きなさいよ。私はこんな顔だから外には出られないけど……まあ、何事も無かったら戻って来なさい」

 

「うん、わかったよ」

 

 謙哉も立ち上がると部屋の外に向かって歩き出した。その後ろ姿を寂しそうに見送りながら、玲はそっと涙で濡れる頬を摩ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、お前どういうつもりだ!? こっちは高い金払ってんだぞ! 体を触る位良いじゃねえか!」

 

「止めて下さい! うちはそう言う手合いの要求はお断りしてるんです!」

 

 部屋の外に出た謙哉が見たのは、言い争いをしている遊女と客と思わしき男の姿だった。会話の内容から察するに、男の方が遊女にセクハラでも仕掛けたのだろう。

 嫌がる遊女はまだ若く見える。自分や玲と年齢は変わらないであろうその少女があまりにも嫌がるので、客である男は酔いも手伝って憤り続けていた。

 

「ま、まあまあ! ここは穏便に行きましょうよ! ねっ!?」

 

 関係ない話ではあるが、流石に黙って見ているわけにもいかないと判断した謙哉は双方の間に割り込み、仲裁に入った。何とか男を落ち着かせようとする謙哉だったが、酔っぱらった男にはその行動は逆効果だった様だ。

 

「あんだぁ、てめえは!? 関係ない奴は引っ込んでろっ!」

 

 怒声と共に拳を繰り出す男。しかし、その拳は緩慢で隙だらけであった。酔っぱらいの一撃などを食らう謙哉ではなく、あっさりとそれを躱すと突き出された手を取って男を抑える。

 

「なっ!?」

 

「……止めましょ? 喧嘩なんかしても意味ないですし、お互いに痛いだけですよ」

 

 あくまで柔和に微笑みながら男を落ち着かせようとする謙哉。その行動に毒気を抜かれたのか、男は戸惑った様な表情を浮かべながら動きを止めてしまった。

 

「おーい、お客さん! 一体どうしたんですか!?」

 

「あっ……!」

 

 そんな風に緊張した空気が緩んだ頃、ようやく店の番頭がやって来て騒動を収めに掛かった。謙哉は掴んでいた男の腕を放すと、後始末を店の人間に任せて部屋に戻ろうとする。

 しかし、そんな彼の目に映ったのは男に絡まれた遊女が涙を流す姿だった。さめざめと泣きながら、彼女は小さく愚痴を零す。

 

「もう、嫌だ……毎日頑張ってお稽古して、作法も学んで……なのに全然売れる気配は無いし、こんな酔っぱらいに絡まれるし……もう、遊女なんてやめてしまいたい……」

 

 顔を覆い、泣き続ける少女。そんな彼女の姿を見た謙哉は、少々迷いながらも彼女に声をかける。

 

「……確かに、努力して報われないと辛いよね。気持ちはわかるよ。でも、努力しないと報われるはずもないんだよ」

 

「え……?」

 

 顔を上げた少女ににこやかに笑いかけながら、謙哉は話を続ける。あまり説教臭くならない様に注意を払い、謙哉はかつて祖父に言われた言葉を彼女に伝えた。

 

「努力は一日にしてならず……続けることが大事なんだよ。心が折れそうになっても自分が目指すものの為に頑張りたいと思うなら、その努力を続けないとね」

 

「あ……はい……」

 

 なんとも気の抜けた返事を謙哉へ返した後、少女は店の人間に連れられてこの場を去って行った。若干、有難迷惑だったかなと考えた謙哉だったが、そんな彼の背中に拍手が送られる。

 

「いや~、良いこと言うね、青年! まだ若いのに大したもんだ!」

 

「えっ?」

 

 声がした方向を見た謙哉は、快活に笑いながら手を叩く壮年の男性を目にした。三十代前半位の年齢に見えるが、放つオーラのせいか何だか若々しく見える。

 その男性の体は着物の上からでもわかる位に鍛え上げられていた。細く力強く作られた男性の体は、まさに筋肉の鎧と言うに相応しいだろう。

 

「努力は一日にしてならず、か……良い言葉だ。青年、その心得を忘れるなよ!」

 

「え、あ、はい……」

 

「ん、なら良し! ……そうだ青年、お前を俺の弟子にしてあげよう!」

 

「へっ!? で、弟子!?」

 

 何を思ったのか男性は謙哉を弟子にすると言い出した。急展開すぎる話についていけない謙哉は困惑するばかりで、彼が何者なのかも理解出来ないでいる。

 今日は本当に予想外な事ばかりが起きる……そう考えた謙哉が、男性に対して質問をしようとした時だった。

 

「きゃぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

「!!?」

 

 先ほどと同様に響く女性の悲鳴。だが、先ほどとは違い、その声には必死さが籠っていた。

 命の危機を思わせる女性の叫びに反応した謙哉が周囲を観察していると……

 

 ―――ズゥゥゥゥン……!

 

「な、なんだこの地響きは!?」

 

 踏ん張らないと立っていられない程の地響きが店を襲う。定期的に起きるそれは、まるで外で何か巨大な物が動いているから起きている様に思えた。

 

「……さあ青年、お前の初舞台だ。気張って行けよ?」

 

 そんな極限状態の中、壮年の男性は真剣な表情でそう謙哉に告げると、彼の背中を押して外に出る様に促したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、あれ!?」

 

 揚屋の外に出た謙哉が目にしたのは、到底信じられないものであった。家一件分ほどの大きさを持つ巨大な蟹が、町を襲っているのだ。

 その化け蟹に抵抗する侍の様な人々の姿も見えたが、所詮はただの人、あっという間に蹴散らされてKOされてしまっている。

 

「このままじゃ町の人たちが危ない! なんとかしないと……!」

 

 化け蟹の進攻を止めなければ大きな被害が出る。それを食い止めるべく行動を起こそうとする謙哉だったが、良い考えが思い浮かばない。

 せめてギアドライバーがあれば戦うことが出来るのに……そう考えた謙哉の後ろから、先ほどの壮年の男性が声をかけて来た。

 

「ほら、探し物はこれだろう?」

 

「えっ!?」

 

 振り返れば手にギアドライバーを持った男が、それを謙哉へと差し出してくれていた。呆気にとられる謙哉対して、男はおまけと言わんばかりに一枚のカードを使う。

 

「……さあ、頑張れよ。お前は俺の弟子で、後輩なんだからな」

 

「弟子で、後輩……? それってどういう……?」

 

「おいおい、自分が何者か忘れたわけじゃないだろう? 青年、お前は()の俺の弟子で、仮面ライダーとしての後輩だ。その力、守る為に使ってみなよ」

 

「えっ!? 仮面ライダー!? ってことは、あなたは……!?」

 

 手渡されたカードを見れば、そこには響鬼と書かれた紫色の戦士の姿が描かれていた。顔を上げた謙哉に向って微笑んだ男は、その背中を押して化け蟹へと謙哉を向かわせる。

 

「さあ、行け青年! 今も昔も、俺たちのやることは変わらない! 人々を、平和を、命を……守る為に戦うだけだ!」

 

「は、はいっ! 先輩のお力、お借りしますっ!」

 

 受け取ったドライバーを腰に装着し、カードを掴む。呼吸を整えた謙哉は、思い切り叫びながらドライバーへとカードを通した。

 

「変身っ!!!」

 

<響鬼! 響け、息吹け、轟かせろ! 清めの音撃!>

 

 電子音声が流れると共に、謙哉の体を紫色の炎が包んだ。徐々に激しさを増すそれが体を完全に覆い隠した後で、謙哉は腕を振るってその炎を消し飛ばす。

 

「はぁっ!!!」

 

 炎の中から姿を現したのはカードに描かれていた紫色の戦士によく似た姿のイージスだった。

 大きな単眼のマスク、頭についた鬼の様な角、マッシブで生物的な胴体……漲る力を全身に感じた謙哉は、一度振り返ると男へと質問を飛ばす。

 

「あの! これでどう戦えば良いんでしょうか!?」

 

「おう! アイツの体に乗って音撃を叩き込めば良い! 太鼓を叩くみたいに力強く、かつ丁寧にな!」

 

「お、音撃……? 要するに、このバチみたいなものであいつを叩けば良いんだな……!」

 

 そうとわかれば後は簡単だ。大暴れする化け蟹目がけて跳びかかった謙哉は、その背中に飛び乗るとバチこと音撃棒を構えてそれを思い切り化け蟹の背中に叩きつける。

 

「はぁっ! せいやっ! とおりゃぁっ!」

 

 連続して叩きつけられる音撃棒。しかし、謙哉の怒涛の攻撃も化け蟹にはまるで効いていない様に見えた。

 

「グギャアアァァァッッ!!!」

 

「えっ!? うわわっ!?」

 

 一際大きく体を揺らした化け蟹の抵抗を受け、謙哉は大きく吹き飛ばされてしまった。

 再び男の元に戻って来た謙哉は、痛む体を摩りながら彼に問いかける。

 

「あの……まったく効いてないみたいなんですけど……?」

 

「いや、あれじゃ駄目だな。音撃としての型がなってない。あれじゃあ良い清めの音は出ないな」

 

「ええっ!? そんなこと言われても……」

 

「う~ん……もっとこう、調子を合わせて音撃棒を振るってみなよ。そうすればきっと……」

 

「そんなこと言われても、何の音楽も無いままリズムを取るなんて無理ですよ……」

 

 男のアドバイスもあまり役に立たない。型と言われても音楽の知識に乏しい自分には無理な話だ。

 せめてなにかリズムを取る為の音楽さえあれば何とかなるかもしれない。だが、こんな状況ではそれも無理だろう。そう考えた謙哉がぶっつけ本番で慣れていくしかないとばかりにもう一度化け蟹へと跳びかかろうとした時だった。

 

「……歌があればいいのね?」

 

「えっ!? れ、玲さん!?」

 

「歌があれば、あなたはあの蟹を倒せるのね? なら、私が歌うわ!」

 

「ちょっと待ってよ! 危険すぎる! 歌が聞こえる範囲に居るとなると、あの蟹の相当近くじゃないと無理だ。そんなの君の危険が大きすぎる!」

 

「だから何? 危険なのはあなたも一緒でしょ! 私のことが心配なら、あなたが必死になって守れば良いじゃない!」

 

「それは勿論だけど! それでも危ないことには……」

 

「良いから私に歌わせなさい! 惚れた男の為に命を懸けられない程、私は落ちぶれた女じゃないの!」

 

「~~~っっ!?」

 

 謙哉の説得にも玲は頑として譲らない。玲に言い負かされてタジタジになった謙哉の姿を見た男は、笑いながら謙哉の肩を叩いた。

 

「お前さんの負けだな。この娘は絶対に意見を曲げないよ。なら、お前が守れば良い。そうだろ?」

 

「それ、は……」

 

「……男なら、大切な女の一人や二人は守って見せなきゃな! さ、行ってこい!」

 

 三度背中を叩かれて戦いへと送り出される。謙哉は自分のことを見る玲に視線を移すと、覚悟を決めて小さく頷いた。

 

「……準備が出来たら合図を頂戴、歌い始めるから。あと、何か歌って欲しい曲はある?」

 

「いや、玲さんに任せるよ」

 

「わかったわ」

 

 玲の返事を聞いた謙哉は化け蟹へと猛進して行く。一息に跳びかかるのではなく、まずは足を払って体勢を崩す。そうして不安定になった化け蟹の背中に飛び乗ると、大声で玲に向って叫んだ。

 

「玲さん! お願いっ!」

 

「ええ!」

 

 すぐ近くの長屋、その屋根の上に乗る玲は呼吸を整えると謙哉にリズムを取らせる為の歌を歌い始めた。謙哉は彼女の歌声を耳にしながら、音撃棒を振り上げる。

 

「~~~♪ ~~~♪」

 

「良し、これならリズムに乗れる! やってて良かった、太鼓マスター響鬼!」

 

<必殺技発動!>

 

 化け蟹の背中に現れる鼓の様な模様。それを確認した謙哉は、電子音声が流れる前に自身が放つ必殺技の名前を口にする。

 

「音撃打・猛火怒涛の型!」

 

 紫の炎に包まれる音撃棒を振るい、謙哉は化け蟹の背中へと音撃を叩き込んでいく。聞こえる玲の美しい歌声でリズムを取りながら、その攻撃を続けていった。

 

「~~~♪」

 

 玲が歌うのは少年の旅立ちを応援する様な力強い歌。それを繊細で華麗な女性の声で歌いながら、まったくもって弱々しさを感じさせないでいる。

 平素であれば誰もが万雷の拍手を送るであろうその歌声は、命を懸けて戦う謙哉の為だけに歌われる物だ。その僥倖に感謝しながら、謙哉は何度も音撃棒を叩きつける。

 

「グギャオォォォォッッ!!??」

 

 謙哉の放つ清めの音撃を受け、化け蟹の様子がみるみる弱まっていった。口からは泡を吐き、体は苦しそうに痙攣を繰り返している。

 ここが勝機と悟った謙哉は、更に激しく強く音撃棒を振るって攻撃を仕掛けた。すべては自分の心の赴くまま、心が響くままに音を奏で、轟かせる。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……っ! てやぁぁぁぁっ!!!」

 

 そしてトドメの一撃。天高くまで振り上げた音撃棒を全力を以って叩きつけ、最強の一撃を繰り出す。

 化け蟹の背中で見事な音色を響かせたその一撃は、相手の命を奪うのには十分な威力を持っていた。

 

「ギ、ギギ……ギガァァァァァァッッ!!?」

 

 謙哉の目の前で化け蟹が破裂する。泡と光へと還った化け蟹の体から飛び降りた謙哉は、戦いに協力してくれた玲の元へと駆け出す。

 

「玲さんっ!」

 

「……勝った、の?」

 

「うん! 玲さんのお陰だよ! 本当にありがとう!」

 

「そう……それは、良かった……!」

 

 玲は力なく微笑むと瞳を閉じてその場に崩れ落ちた。相当の緊張の中で必死になって歌い続けていたのだろう。その緊張の糸が途切れると同時に疲労が襲って来たのだ。

 謙哉は急いで玲の体を抱きかかえて彼女を支える。ぐったりとしているが怪我はない。命に別条が無いことに安堵した謙哉の背に声がかけられる。

 

「……さあ、青年。これで俺の役目は終わりだ。お前はそろそろ目覚めなきゃならない」

 

「え? それって、どういう……?」

 

「忘れるなよ。お前の命は、お前だけの物じゃない……そのことは決して忘れるな。そして、その子のことを大切にしろよ」

 

 謙哉の視界が歪む。目の前の男の姿も、化け蟹に与えられた被害が色濃く残る町も、抱きかかえている玲も……目に映るすべてが歪んでいく。

 ぐるぐると渦を巻く世界の中で謙哉が最後に見たのは、自分の腕の中から消えていく玲の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、う……?」

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

「かい、り……? 僕は……?」

 

 妹の声に反応した謙哉は、ぼやけた思考のまま体を起き上がらせた。ここが病院のベッドの上であることに気が付いた謙哉は、今までの自分に起きた出来事を思い出していた。

 

「そうか……僕、ガグマの城から撤退する時に無茶をしすぎて……!」

 

 一体あの日からどれだけの時間が経っているのだろう? 勇たちは無事だろうか? そう考えていた謙哉の耳に、TVニュースの音が届く。

 

『……現在、空港にてエネミーが出現。多数の人々が取り残されている模様です』

 

「……行かなきゃ」

 

 罪のない人々に襲い掛かるエネミーと、それと戦う仲間たちの姿を見た謙哉はすぐにベッドから立ち上がった。そして、傍らに置いてあった自分の制服とドライバーを手にすると部屋の扉を開く。

 

「お兄ちゃん! どこに行くの!?」

 

「……行かなきゃいけないんだ。僕は、仮面ライダーだから……!」

 

 妹にそう告げて、謙哉は駆け出す。たくさんの人が、仲間が、親友が待っている場所へと。

 護る者としての使命を果たすべく、彼は再び戦いの中へと飛び込んで行くのであった。

 

 




―――NEXT RIDER……

「ダークライダー……悪の仮面ライダーだと!?」

「人の上っ面だけ真似ていい気になるんじゃねえ! 俺は、俺だ!」

「……俺の進化は光よりも早いぜ。ついて来られるか?」

 次回、その男は言っていた

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