「……ええ、はい。こちらも確認しています。これでブライトネスディーヴァ三種の戦闘データは集まりました。これからの研究に役立てさせてもらいますよ」
深夜、天空橋は自分の研究室でPCに向けて喋っていた。正確にはスカイプで繋がっている園田と話している彼は、ブライトネスのカードを使ったディーヴァ三人のデータを確認して目を細める。
「レベル75……この力は、彼女たちのチームワークと相まってきっと更なる進化を遂げてくれるでしょう。私も出来る限りのサポートはさせて頂きます。……ええ、では」
通話を終えた天空橋は深く息を吐くと、残っている仕事を片付けるべくPCのキーボードを叩く。密度の濃い仕事をこなす分披露は溜まっているが、それでもまだ休む気にはなれなかった。
「………」
そっと、天空橋は視線をPCの画面から逸らし、机の引き出しを開ける。そこにしまってあった一枚の写真を見つめながら、天空橋はポツリと呟いた。
「妃さん……ええ、頑張っていますよ。あなたの思いに応えるためにね……」
「妃、と言う人物が?」
『ええ、おそらくは全てのカギを握っているかと……』
同時刻、都内にあるホテルの一室では、天空橋と同じようにスカイプを通じて本国の調査員と会話するエドガーの姿があった。
娘に見つからぬ様に情報を集める彼は、少し前に調査を依頼した内容の報告を受けながら眉を顰める。
『テンクウバシワタル……出生、経歴に不審な点は無く、ゲームデザイナーから政府直属の研究員に転身した点がやや不透明な点を除けば、彼に不審な点はありません。しかしそれ故に生まれる疑問もあります』
「……何故彼がエンドウイルスのワクチンを持っているか、だな?」
『はい……政府の中でもエンドウイルスの情報は秘匿されており、彼以外の研究員は存在すら知らなかった。しかし、彼は既にそのワクチンを作り上げることに成功していた……これは、明らかに不可思議です』
「その鍵を握っているのが、妃と言う人物だと?」
エドガーの言葉に調査員の男性が頷く。そして、自分の集めた情報を彼に告げる。
『本国や諸外国の政府関係者を当たった所、このワクチンの初期名称はキサキ・ワクチンと名付けられていました。日本人と思われるこの名前は、ワクチンを作り出した人物の名でしょう』
「では、その妃と言う人物を見つけることは出来たのか?」
『……各国の製薬、および病原体研究機関を調査し、天空橋の交友関係も洗ってみましたが……どこにも妃と呼ばれている名前の人物は見当たりませんでした。現在も調査中です』
「むぅ……」
報告を受けたエドガーは短く唸った。世紀の大発明であるエンドウイルスの抗体を作り出した謎の人物、キサキ……先入観は危険だが、おそらく女性と思われるその人物は今何をしているのだろうか?
決して表に出すことは出来ない研究成果だが、エンドウイルスに対抗する為の研究機関に所属してリーダーとして活躍していてもおかしくない成果を上げた彼女が各研究機関に名を連ねていないと言うのはいささか不思議なことでもある。自分の依頼した調査員は非常に優秀だ。秘匿された情報も何とか見つけ出してくれるはずである。
(であるならば、相当厳重に情報が管理されていると考えた方が良さそうだな……)
優秀な調査員を持ってしてもその正体を見つけ出すことが出来ない謎の人物、キサキ。彼女の正体を知る人物は、恐らく天空橋しかいないのだろう。
「……ご苦労であった。後は私が調査してみよう」
危険な賭けに出ることを覚悟したエドガーは、そう言って調査員との会話を打ち切った。
翌日、早速エドガーは行動を開始しした。天空橋の研究室がある情報管理室にアポイントメントを取り、彼との面会をセッティングしたエドガーは、予定の時間よりやや早く情報管理室にやって来ていた。
スーツ姿の英国紳士であるエドガーの姿はやはりと言うべきか目立つものだ。周囲の人々から受ける好奇の視線に居心地の悪い思いをしながら、エドガーは受付を担当する人物に声をかける。
「天空橋氏との面会を予定しているエドガー・ルーデンスだ。彼は今何処に?」
「ルーデンスさんですね? お待ちしておりました……申し訳ありません、天空橋は急な来客の応対をしており、今は応接室におりまして……」
「ああ、わかった。なら先に彼の研究室で行き、そこで待たせて貰うとしよう。天空橋博士にそう伝えてくれたまえ」
「かしこまりました」
受付にそう伝えたエドガーは、第一関門を突破したことに安堵の溜息をついた。急な来客を作る為に人を雇ったのも彼であり、全ては単独で怪しまれることのない様に天空橋の研究室に潜入する為の行動である。
上着のポケットに入っている物を握り締めたエドガーは険しい顔をしたまま天空橋の研究室へと向かう。雇った人物が時間を稼いでいる内に作業を終わらせなければならないと気分をはやらせるエドガーであったが、そんな彼の前に予想外の人物が姿を現した。
「お父様……? どうして、ここに?」
「んっ? ……ま、マリアか。お前こそ、どうしてこの場にいるのだ?」
研究室に向かう自分の背中に投げかけられた声に振り向けば、そこには驚いた表情を浮かべる愛娘、マリアの姿があった。
まさかこの場所で、このタイミングで娘と会うとは思いもしていなかったエドガーは多少の動揺を浮かべるも、それを悟られぬ様にしてマリアと会話を始める。
「私は、天空橋さんに呼ばれて勇さんや光牙さんたちと一緒にお話をする所だったのですが……私一人だけ、早く着いてしまったみたいです」
「そ、そうか……私も天空橋に話があってな。今、奴の研究室に行くところだ」
「そうだったんですか……なら、ご一緒しても良いでしょうか? 同じ人に用事があるのなら、一緒に研究室で待っていても問題は……」
「ああ、駄目だ、駄目だ! マリア、お前は友人たちとの待ち合わせがあるのだろう? なら、ここで彼らを待ってあげなさい」
自分について来ようとするマリアを慌てて止めたエドガーは、内心冷や汗をかいていた。そんな彼の不審な行動に首を傾げつつも、マリアは素直に父親の言う事に従った。
「は、はぁ……お父様がそう言うのなら、そうすることにします……」
「う、うむ。では、私は先に天空橋と会って来よう! またホテルでな!」
強引にマリアとの会話を終わらせたエドガーは、大股で天空橋の研究室へと足を運ぶとその中に入る。部屋の中に入った彼は、周囲を見回した後で大きく息を吐いた。
「……安心するのはまだ早いな。本番はこれからだ……」
自分にそう言い聞かせ、上着のポケットからUSBメモリを取り出す。そして、それを天空橋のデスクの上に置いてあったPCに挿入し、作業を始めた。
「よし、よし……早く終わらせてくれよ……!」
PCの内部データをハッキングし、その中身をコピーするプログラムが記録されたUSBメモリの指示に従い、エドガーは天空橋のPCの中に入っている情報を全て抜き去って行く。聡い天空橋のことだ、きっと自分のPCに何者かが侵入したことには気が付かれるだろうが……それでも、その中身を得ることが出来たならば問題はない。
暴かなければならない、天空橋の秘密を……。もし、自分の感じている懸念が現実のものとなったならば、それはとても恐ろしい事態を引き起こすだろう。
それを避ける為にも天空橋の知る情報が必要だと感じたエドガーは、PCの内部データをコピーする間に彼のデスクを慎重に漁った。何か重要な情報が記載された書類は無いかと引き出しを開けた彼は、そこに一枚の写真を見つけて目を細める。
「これ、は……?」
やや色あせたその写真は、今より少し若い姿の天空橋が一人の女性と共に笑顔で映っている。その写真を裏面をひっくり返したエドガーは、そこに書いてある文字を読んで愕然とした。
「学友、妃と天空橋……撮影者、Sだと……?」
妃、探し求めたその名前を見つけたエドガーは、もう一度写真を裏返してそこに映る女性の顔を見つめる。
彼女こそがエンドウイルスの抗体を作り出し、それを天空橋に預けた人物、妃……天空橋と共に映る彼女の姿をエドガーが茫然と見つめてたその時であった。
「……何をしているんですか? ルーデンスさん……?」
「っっ!?」
投げかけられた声に顔を上げれば、扉の向こう側から自分のことを見つめている天空橋と目があってしまった。
あまりにも早い彼の登場に動揺するエドガーに対し、天空橋は腕時計を見せながら説明を始める。
「私のPCには特殊な設定を施してありましてね、何か操作を受けた時、この腕時計に通知が来ることになっているんですよ。誰もいないはずの私の部屋でPCが操作されていると知って、スパイの仕業かと思い慌ててやって来たわけですが……まさか、あなたがこんなことをしているとは……」
「お父様……一体、何故……?」
部屋に入って来た天空橋の後ろからはマリアや彼女の友人である勇たち仮面ライダーも姿を現していた。これだけの目撃者がいるのだ、言い逃れは出来ないと覚悟を決めたエドガーに対し、天空橋は静かな口調で彼を問い詰める。
「ルーデンスさん、あなたは何をしていたんですか? なんの目的でこんなことを……!?」
「……この様な手段に打って出た非礼は詫びよう。犯罪行為であることも重々承知だ。しかし……それでも、私はお前に聞かなければならないことがある」
深く……本当に深く溜息をついたエドガーは、小細工なしの真っ向勝負に出ることを決めた。周りに真実を知るべき子供たちが居るこの状況の中、彼は天空橋に秘密の開示を求めて疑問を投げかける。
「天空橋……お前は、どこでエンドウイルスの抗体を手に入れた?」
「……とある人物から預けられた物です。それを改良して、私は……」
「その人物とは、この写真に写っている妃と言う名の女性のことか?」
「っっ……!?」
天空橋の言葉に被せる様に声を発したエドガーは、持っていた写真を彼に突き付けた。それを見た天空橋の表情が一変し、目を背けた彼は小さな声で呟く。
「まさか……あなたがそこまで情報を掴んでいるとは……」
「エンドウイルスの抗体を作り上げた女性……? その写真、見せてくださいっ!」
妃の映っている写真に興味を持った真美にそれを手渡した後、エドガーは黙って天空橋のことを観察し続ける。彼に何か不審な所は無いかを必死になって探すエドガーは、天空橋の背後で写真を見つめる子供たちの声を聞きながら天空橋を問い詰めた。
「答えろ、天空橋! ……その女性、妃がお前にウイルスの抗体を渡した人物なのか? それとも……そんな女性、最初から存在していないのではないのか!?」
「えっ……!? そ、それはどういう事ですか、お父様?」
「……そうすれば様々な点に納得がいく。エンドウイルスのワクチンを天空橋が所持していた事、妃と言う女性がどれだけ探しても見つからない事、情報が秘匿され続けていること……全てが天空橋の仕組んだことだと考えれば、辻褄が合うんだ」
そう、エドガーの感じている懸念とはそれだった。エンドウイルス、リアリティ、そしてソサエティ……その全てが、天空橋の作り上げたものだとしたら、恐ろしいまでに話が合うのだ。
エンドウイルスの抗体を天空橋が持っていたのは、彼がそのウイルスの生みの親だから。妃と言う女性が見つからないのは、そもそもそんな女性など存在していないから。そして情報の秘匿性が高いのは、天空橋が真実を知る人物を抹殺しているからではないのか? エドガーはそう考えていたのだ。
少なくとも天空橋は、ソサエティとディスティニーカードと言う物を生み出した。人知を超えたこれらの品物を作り上げた彼ならば……いや、それ以前にエンドウイルスとリアリティを作り上げた彼だからこそ、後に続く二つの物品を発明出来たのではないだろうか?
「答えろ、天空橋! お前は何を知っている!?」
「………」
エドガーに厳しい口調で問い詰められる天空橋は、未だに何も語らず黙り込んだままだ。写真の感想を言い合っていた生徒たちも口を噤み、成り行きを見守っている。
重苦しい沈黙に支配される部屋の中、聞こえるのはパソコンの駆動音だけという部屋の中で、その沈黙を破ったのは天空橋でも、エドガーでもなく、天空橋と妃が映った写真を見つめる一人の生徒だった。
「……なんであんたが、この人を知っている?」
「え……?」
突如として口を開いた彼……最後に写真を手に取り、そこに映る二人の人物を目にした彼は、明らかな動揺の感情を声に乗せて天空橋へと尋ねる。そんな彼の声に反応した人々は、誰もが彼へと視線を向けた。
「教えてくれ……なんであんたはこの人と一緒に写真に映っている!? この人とはどう言う関係なんだ!? 教えてくれよ、オッサン!」
「い、勇くん……!?」
顔を青くし、声を大きくしながら天空橋へと詰め寄る勇の姿を見たエドガーは、いったい自分の目の前で何が起きているのかわからなくなってしまった。
最初は天空橋が自分を問い詰め、そこから自分が天空橋を問い詰める様になったかと思えば、今は勇が天空橋に詰め寄っている。この急展開ばかりが起きる部屋の中でエドガーたちが交互に勇と天空橋の顔を見つめていると……
「……出来れば、こんなタイミングで話したくは無かった。もっとそれに相応しい時に、きちんと手順を踏んでから話したかった……」
「話す……? なにをだ?」
「……ルーデンスさん、あなたの質問にお答えしましょう。その女性こそ、私にエンドウイルスの抗体を預けた人物であり……今は、あなたの予想通り、この世に存在してはいません」
「今は……? と言う事は、つまり……」
「はい……その女性は既に亡くなっています。15年前、エンドウイルスの抗体を作り上げた直後に不慮の事故で夫と共にこの世を去ったのです……最愛の一人息子を残して、ね」
「一人息子、だと……!?」
少しずつ、天空橋の言うことを理解し始めたエドガーたちは、彼から勇へと視線を移す。彼が言っていることが真実であるならば、それはつまりそういう事だ。
天空橋は伏せていた顔を上げ、エドガーを見つめると……周囲の人物と同じように勇に視線を向け、こう告げた。
「……その写真に映っている女性、エンドウイルスの抗体を作り上げた研究員の名は