仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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 構成を考えていたら遅れてしまいました。玲の必殺技の披露は次回をお待ちください……



君がいて、僕が居て

 

 

「玲~、そろそろ機嫌を直してよ~!」

 

「別に、機嫌が悪いことなんて無いわよ」

 

「うっそだ~! 絶対に怒ってるって!」

 

「うん……顔が怖いと言うか、なんと言うか……」

 

「だから! 別に怒ってないって言ってるでしょ!」

 

 不機嫌顔の玲に声をかけた葉月とやよいは、彼女に怒鳴り返されてさもありなんと言う表情を浮かべた。そんな二人の顔を見た玲は、しまったと言う様子でそっぽを向く。

 玲が昨夜から機嫌が悪くなっている理由は既に彼女から直接教えられた。クールな彼女が愚痴吐きとは珍しいなと思いながらそれを聞いた二人は、なんとも言えない感想を持った上で玲に語り掛ける。

 

「謙哉っちも悪気があった訳じゃないし、許してあげなよ」

 

「玲ちゃんの気持ちも分からない訳じゃないんだけどさ……」

 

 昨日のパルマとの戦いで命の危険があるオールドラゴンを使った謙哉に対して心配とも怒りとも言える感情を抱えた玲は、彼と大喧嘩をした挙句そのまま別れてしまった。

 関係を修復できないまま翌日を迎えてしまった二人をどうにか仲直りさせようとする葉月とやよいだったが、彼女たちの言葉は玲にとって逆効果だった様だ。

 

「……なに? 二人はあの馬鹿の肩を持つわけ?」

 

「い、いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」

 

 ぎろりと鋭い視線で玲に睨みつけられた二人はその剣幕に押されてたじろいでしまった。

 どうやら玲は相当怒っているらしい……視線を泳がせる二人から目を離してもなお、彼女の怒りの言葉は止まらないでいる。

 

「だいたい、あいつはいつもそうなのよ。平気で危険な事に首を突っ込んで、止める声も聞かないで……心配するこっちの身にもなってみなさいよね!」

 

「……それ、直接謙哉っちに言えば良いんじゃなかな……?」

 

「言ったわよ! ほぼほぼ同じような意味の事を言ってやったわよ! でもあの馬鹿には通じないの! とことん鈍くて馬鹿なんだから!」

 

 憤慨する玲の姿を見ながら、二人は見てもいない謙哉と玲の喧嘩の様子がなんとなく想像出来ていた。どうせ、無茶をした謙哉の横っ面を玲が引っ叩いたか、思いっきり怒鳴ったかで始まった喧嘩なのだろうと……

 お互いに頭に血が上った状態での言い争い。謙哉も玲もいつもは冷静だが、その実凄く頑固だ。自分の意見を譲らない時は絶対に退いたりなんかしない。

 心配していると言う意味の言葉を全力で相手に向かって叫んだは良いが、相手の事を心配しているが故に相手からの心配の思いが逆に腹立たしく感じてしまうのだ。そんな事を考えているのなら、無茶なんかしないでくれと互いに思っているのだろう。

 その結果がこの現状である。なんとも厄介な喧嘩を繰り広げている親友とその想い人の事を思った二人は、深いため息をついて顔を見合わせた。

 

「あの馬鹿、もう知らないんだから。好きにオールドラゴンでもなんでも使って、倒れちゃえば良いのよ!」

 

「またまた、そんな事欠片も思ってない癖にさ~! 玲は変なとこで意固地なんだから~」

 

「……玲ちゃんの言うことが間違っては居ないと思うけど、謙哉さんも玲ちゃんの事が心配なんだよ。ブライトネスを初使用した葉月ちゃんが必殺技をちゃんと発動出来なかったことも知ってるしさ……」

 

「……だからって、私が退くわけにはいかないじゃない。だって私が退いたら、あいつは死ぬ可能性のあるオールドラゴンを使い続けるに決まってるわ……それこそ本当に死ぬまで……」

 

 強がりにも聞こえる謙哉へと罵倒の後でぼそりと本心を口にした玲は肩を震わせて俯いている。そんな彼女の姿を見た葉月たちは、困った様な表情を浮かべて口を噤んだ。

 

「死んで欲しくないから言ってるんじゃない。たとえ嫌われたって生きてて欲しいからきついことを言ってるんじゃない……。なのに、あの馬鹿は自分の命なんか見向きもしないで! 誰が死んでも良いから私を守ってくれって言ったって言うのよ!? 無理しないで欲しいって言ってるだけじゃない! なのに、なのにあいつは……!」

 

「玲ちゃん……」

 

 玲の言葉は厳しいが、そこには謙哉への思いが溢れていた。彼女の瞳にうっすらと涙が溜まっているのは、決して興奮だけが理由では無いだろう。

 感情的に喚いているからこそ怒りの色が濃く見えるが、実際はそれよりも謙哉の事を心配する気持ちの方が強いのだ。

 

「あー……イライラすると言うか、むかむかするって言うか……! それもこれも全部あの馬鹿のせいよ!」

 

 つい数秒前までの弱々しい姿が嘘であるかの様に立ち上がった玲は仁王立ちして大声で叫ぶ。

 彼女の溜まったフラストレーションをどう発散させるか、そして謙哉とどう仲直りさせるべきなのかを葉月とやよいが考えていると……

 

「あ、危ないっ!!!」

 

「は……? きゃぁっ!?」

 

 突然響いた女性の声に驚いた玲が反応を見せるよりも早く、彼女の頭に飛んで来た野球が直撃した。ごつんっ、という鈍い音が鳴り、玲はそのまま真後ろに倒れてしまう。

 

「れ、玲ちゃんっ!?」

 

「う、う~~ん……」

 

「た、大変! 保健室に行かなきゃ! お医者さ~ん!」

 

 目を回して倒れてしまった玲を担いだ葉月は、学校の中の保健室に彼女を運ぶべく大急ぎで駆け出して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……水無月さんの気持ちもわかるけど、急に叩くなんてやり過ぎだよね!? その点に関しては、僕だって抗議したっていいじゃないか!」

 

「あ~、はいはい。にしても珍しいな、お前と水無月が喧嘩だなんて……」

 

「そりゃあ僕たちだって人間だし、喧嘩の一つや二つくらいするさ! ……何故かみんな同じこと言うんだよね」

 

 同時刻、虹彩学園近くのファーストフード店では、勇が謙哉の愚痴を聞きながらランチタイムと洒落こんでいた。珍しく口調が荒い親友の話を聞きながら、勇は口の中のハンバーガーを飲み込んでから言葉を返す。

 

「謙哉、悪いが俺は水無月の肩を持つぜ。俺だってあいつと同じ意見だ、お前は無茶しすぎなんだよ」

 

「ええっ!? で、でも! あの状況じゃあ仕方がないじゃあ無いか!」

 

「かもな……でもよ、お前が死ぬかもしれないって言うリスクを抱える必要は無いと思うし、それに……」

 

「それに?」

 

 自分の言葉をオウムの様に繰り返した謙哉の横顔をちらりと見た勇は、容器に入ったドリンクを飲み干してからやや真剣な表情になった。

 ストローから口を離し、視線を上に向けながら、勇は自分の見た物と思いを丁寧に言葉にしていった。

 

「……それに、俺は見てるからな。お前が意識を失っている間、毎日お前のベッドの横に居た水無月の姿をよ……」

 

「え……?」

 

「ガグマん時の撤退戦の後、お前は意識不明の重体になってただろ? 水無月の奴、そのことで結構思い詰めてたんだぜ? 謙哉がこうなったのは自分が弱かったせいだ、なんて言ってな……」

 

「そ、そんなの水無月さんが気にする必要無いよ! あれは、厳しい状況下で自分が出来る事をした結果なだけだし……」

 

「過程はどうだって良いんだよ。あの戦いの結果として、お前は心停止するまで追い込まれた。んで……いつ目が覚めるか分からない状況になっちまったわけだ」

 

「………」

 

「……怖かったぜ、もしかしたらもう二度とお前が目を覚まさないんじゃないかと思っちまってな。マリアの事とかでテンパってた俺ですらそうなんだ、お前の傍にずっと居た水無月はもっと怖かったと思うぞ」

 

 勇の言葉を聞いた謙哉は、頭の中で祖母のたまから聞かされた自分が眠っている間の話を思い出していた。

 母が、父が、弟と妹が、代わる代わるで見舞いに来た。皆不安な落ち着かない様子で謙哉に起きてくれる様に話しかけていたと言う。

 そして、謙哉の家族が見舞いに来た時には必ずと言って良い程玲の姿もあった。先に居るか、後から来るかは日毎でまちまちだったが、毎回必ず顔を合わせていたと言うのだ。

 

 葉月とやよいも治療中であり、その間のディーヴァとしての活動を一身に引き受けていた玲には時間がいくらあっても足りなかったはずだ。だが、玲はその貴重な時間を謙哉の為に割いていてくれていたのだ。

 単純に葉月たちの見舞いもあったのだろう。しかし、謙哉の病室に毎回顔を出す必要は無いはずだ。本当に心配で怖かったからこそ、玲は謙哉の様子を見に来ていたのだ。

 

「……俺だって、あんな思いは二度と御免だ。お前が無理しないで済む様に努力するし、場合によっちゃお前をぶん殴るかもしれねぇ。そこまでしてでも止めたいんだよ。そん位、嫌で怖い時間だったんだよ」

 

「……ごめん」

 

「俺に謝る必要なんかねえよ。俺もお前と同じ位皆に心配かけたしな。……謝る相手は、他に居るんじゃねえか?」

 

「………」

 

 少しだけ、謙哉は自分の行動を反省した。守りたいと言う思いだけが先行して、守りたい相手の気持ちをちゃんと理解していなかった事を後悔した。

 よくよく考えてみれば、あの玲が感情的になってまで自分の身を心配してくれているのだ。その行動にはちゃんとした理由があるはずだった。

 

『あなたは私の事を信用してないの? 一緒に戦う仲間として、私が力不足だって言いたいわけ!?』

 

 今の勇の話を聞き、あの日玲に言われた言葉を思い出した謙哉は、ようやくその言葉の裏に込められていた玲の思いに気が付くことが出来た。本当に、心の底から……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大切だから守りたい、一緒に戦いたい……謙哉が勇や玲に対して抱えている思いを、彼女もまた謙哉に向けてくれている。100%の信頼を謙哉に寄せてくれている。謙哉もまた玲に同様の思いを持っていたとして、それを理由にしたとしても彼女の思いを無為にして良い理由にはならなかった。

 

「……押し付け過ぎちゃったかな……?」

 

 玲もそうだが、自分も意固地になり過ぎた。自分には前科と言うべき失敗がある。それを踏まえれば、玲が多少感情的になるのも仕方が無いだろう。

 あの場合は自分が折れて謝罪すべきだった。その上で、彼女の自分の思いをちゃんと伝えるべきだったのだ。

 玲への憤りの感情で熱くなっていた謙哉だったが、その結論に達すると同時に彼女に対する深い罪悪感を覚えた。色々と熱くなり過ぎた事を猛省し、とにかくきちんと玲に謝ろうと決意する。

 

「……ま、次に会った時にちゃんと謝れよ? 俺はそれを勧めておくぜ」

 

「……うん」

 

 食事を終えた二人はトレイを手に席を立つ。包装紙やカップのゴミを捨てた二人は、まだ暑い夏の日差しが照り付ける店の外に出ると、それぞれのバイクに跨って次の目的地へと向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったぁ……特に異常は無いみたいで本当に良かったぁ……!」

 

「まったく、皆大袈裟なのよ。たかだかボールが当たったくらいじゃない」

 

「いやいや、頭って大事だよ? ちょっとの刺激でパーになっちゃう位だし、きちんと検査を受けておくべきだって!」

 

 本当に安心した様な表情を見せる葉月たちに対して呆れ半分の笑いを見せながら、玲はそっとボールのぶつかった後頭部を撫でた。

 たんこぶになってしまっているが、そう大きくも無い。良く冷やせば明日には治っているはずだ。だが、保険医から連絡を受けた園田の指示によって、こうして病院で精密検査を受ける羽目になった訳である。

 

「大した事無いんだから大騒ぎする必要なんて無いのに。現に何の異常も無かったでしょう?」

 

「でもさ、ぶっ倒れた現場を見ちゃった身としては心配にもなるよ。綺麗に頭にヒットしたじゃない?」

 

「玲ちゃんは心配される側だから分からないかもだけど、私たちからしてみれば気が気じゃ無いんだよ!」

 

「……まあ、そう言うのは確かにあるかもね。でも、本当に大丈夫だから心配しない……で……」

 

 大した怪我でも無いのに大騒ぎするやよいと葉月に対してにこやかに対応していた玲だが、とあることに思い当たると表情を凍り付かせた。

 急に雰囲気が変わった玲に対し、やよいたちはもしかしてなにか体の異常を検知したのかと思って不安そうな表情を見せたが、玲はそんな二人の様子に気が付いて慌てて弁明を始める。

 

「あ、大丈夫よ。そう言うんじゃなくって、その……こんな感じなのかな、って思っちゃって……」

 

「こんな感じって、何が?」

 

「……心配される側は、心配する側の気持ちが分からないって言ったでしょ? もしかしたら、謙哉もこんな気持ちだったんじゃないかって思って……」

 

 そうやよいに言いながら、玲は頭の中であの日の謙哉の考えを読み取ろうとしていた。

 命の危険があるオールドラゴンを平然と使った彼のことが許せなかったが、改めて考えてみると自分にも問題点が多くあった気がする。

 

 今の自分がそうである様に、もしかしたら謙哉もまた自分の体に異常が起きない確信があったのではないだろうか? 一度死にかけたからこそ限界点を知り、そこに辿り着かない様に工夫出来る様になっていたのではないだろうか?

 だとするならば、この間の戦いも十分に許容範囲内だったのではないだろうか? 苦しい戦いではあったが、それでも死ぬ可能性は限りなく0に近かったのでは無いだろうか?

 

『まだちゃんとその力を把握してないじゃないか! 新田さんの時みたいに不都合が起きたらどうするのさ!?』

 

 あの戦いの後、謙哉に言われた言葉を思い出した玲は、その時の自分の行動を顧みて赤面した。今になって考えてみれば、そう言われてもおかしくない訳である。

 

 敵は魔人柱のパルマ、しかも未知のカードを使ってパワーアップしていた。油断は勿論、一瞬だって気の抜けない相手なのは間違い無い。

 そんな相手に対して、自分は不確定要素を多く含むブライトネスのカードを使おうとしていた。ぶっつけ本番で相手を出来る様な安定性がある訳でも無い、ある意味では危険な賭けに出ようとしていたのだ。それもたった一人で。

 

 もし、葉月の時の様に必殺技が出なかったら? あるいは、何か別の問題が発生したら? 玲は一人で対処しきれただろうか? パルマを相手にした状態で、たった一人ですべての問題を解決出来たであろうか?

 無理だ、と玲は思った。そして自分の思い上がりを恥じる。謙哉に足手纏い扱いされていると憤慨していたが、あの瞬間、自分は間違いなく彼の足手纏いだったのだ。

 

 せっかく彼が立てて実行していた作戦をぶち壊す。使ったことも無い新しい力を持っていると言うだけで自信満々になる。防御能力の低さを理解しているのにも関わらず、一人で前に出ようとする……こんな奴のお守りは誰だって御免だろう。自分で考えても最悪である。

 オールドラゴンを使わせないと言う目先の目標にばかり気を取られていた結果、パルマを倒せるかどうかの問題には目もくれていなかった。自分の取った行動も、考えも、何もかもが甘すぎた。

 あの日、自分が抱えていた問題を見つける度に玲の感じている恥ずかしさは激しさを増していく。どれだけ自分は調子に乗っていたのだろうかと反省し、同時に謙哉への罪悪感が生まれる。

 

「ちゃんと気持ちを口に出せないくせに、変なところで意地張っちゃって……私って、本当に馬鹿……」

 

 あの日、ちゃんと謙哉と一緒に行動していれば良かった。彼に対して、素直な感情を伝えるべきだった。

 彼が取ったとしても仕方が無い行動を咎め、感情的になり、暴力を振るった上に喚き散らしてしまった。そりゃあ、謙哉だって怒るに決まっているだろう。

 ちゃんと言えば良かった。怒鳴り合いの最中になどでは無く、ただ穏やかに「あなたが心配だ」と伝えれば良かったのだ。

 不器用で人との接し方を知らない自分は、感情的に喚き散らすことしか出来なかった。喧嘩になって、伝えたかったことの半分も伝えられないで……それで、言いたいことは全部言ったなどとどの口が言えるのだろうか? どの口が、彼を鈍い馬鹿だと言えるのだろうか?

 

「あぁ、もう……私、何やってるのよ……? どんな顔して謙哉に謝れば良いのよ……? ほんと、馬鹿……!」

 

「ちょ、ちょ、ちょ!? 玲っっ!? ど、どうしたの!? 顔色が真っ青だよ!」

 

 自分を心配する葉月の声が頭に入ってこないほどに玲は動揺していた。今更ながら、自分の取った行動が愚かに思えて仕方が無かった。

 嫌われてしまっただろう、呆れられてしまっただろう。こんな感情的でヒステリックな女、嫌悪感を抱かれて当然だ。それは仕方が無いが、問題はそれをどう謝ればいいのかという話だった。

 気まずいし、もう顔も見たくないと思われてしまっていたらどうすれば良いのか? 動揺に動揺を重ねた玲が、若干パニックになっていたその時だった。

 

「あの……そんなに心配することは無いと思いますよ?」

 

「!?」

 

 部屋の中に響いた声に顔を上げた三人が見たのは、申し訳なさそうな表情をしているマリアだった。どうやら先ほどの台詞は彼女が発した物の様だ。

 

「すいません、盗み聞ぎするつもりはなかったんですけど……」

 

「あ、いや、それよりもマリアっち、心配する必要無いってどういう……?」

 

「そりゃあ、こう言う意味だよ」

 

「い、勇さん!? それに……謙哉さんまで!?」

 

「あ、あの、その……」

 

 葉月の言葉に答える様に今度は勇が部屋に姿を現した。ついでの様に引っ張って来た謙哉の事を指差しながら、呆れ顔で話し始める。

 

「マリアの定期検診の迎えに来たら、なんだか気になる会話が聞こえて来てよ……ったく、どっちも頑固かと思えば妙に凹み易いし、そんな気にしてるんだったらさっさと解決しちまえってんだよ」

 

「そうだね~……んじゃ、邪魔者は居なくなるからあとはお二人でゆっくりどうぞ~!」

 

「い、勇!?」

 

「葉月!? やよい!? ちょっと、どこ行くのよ!?」

 

 謙哉と玲を残して部屋から退出してしまった一堂に対して焦る声が投げかけられるも、勇たちはこの話にこれ以上の介入をすることは避けた様であった。あっという間に扉が閉まり、部屋の中には喧嘩の真っ最中である二人だけが取り残される。

 

「………」

 

「………」

 

 なんとも気まずい沈黙。そっぽを向いて黙っている玲と、ちらちらとそんな彼女の様子を伺う謙哉と言うなんともじれったい時間が流れる中、先に口を開いたのは謙哉だった。

 

「……ごめん、なさい。その、水無月さんが、そこまで僕の事を心配してくれてただなんて思っても無かったから……」

 

 たどたどしく謝罪の言葉を口にした謙哉は、玲の様子を伺いながら話を続ける。そっぽを向いたままなので彼女の表情は見る事が出来ないが、それでもきちんと自分の思いを言葉にしていった。

 

「勇にも諭されて、僕も結構思い上がってたってわかって……君に、沢山心配かけてるってことに気が付いて、それでその……この間の事を考えたら、水無月さんがあそこまで怒っても仕方がないと思って……と、とにかく、ごめん!」

 

 言葉早に謝罪した謙哉は体を折って頭を下げた。そのまま玲の反応を待ちながら、彼女の様子を探る。

 謙哉が頭を下げたまま数秒ほどの短く、されど彼にとってはとても長く感じる時間が過ぎた時、顔を背けたままの玲がぼそりと声を出した。

 

「……あなたが羨ましい」

 

「え……?」

 

「……愛してくれる両親、優しいおばあちゃん、慕ってくれる兄妹、沢山の友達……私には無い物を沢山持ってるあなたが羨ましくて、眩しかった。でも、あなたのおかげで私も大切な物が沢山出来た。感謝してるわ」

 

「あ、そう……なの?」

 

 玲が話し出した内容の意味が分からない謙哉は、それでもその言葉から玲の心を読み取ろうとした。彼女が何を考えているのかを必死になって理解しようとした。

 しかし、それよりも早く振り向いた玲の表情を見た時、謙哉は彼女がどんな感情で今ここに居るのかがわかってしまった。

 

「……だから、悲しませないでよ。あなたにもしものことがあったら、あなたのことを大切に思う人たちが悲しんで、傷つくことになるのよ? 家族も、友達も、私も……皆が涙して、苦しむ事になるのよ?」

 

「っっ……」

 

 玲の目には涙が浮かんでいた。悲しみの感情が色濃く浮かぶ表情を隠す様に謙哉の胸に顔を押し付けた玲は、小さな声で語り続ける。

 

「あなたが守りたいと思ってる大切な人たちも、あなたの事を大切に思ってるってことを忘れないでよ……! 心配も説教もするわよ! 大切な人に死んで欲しく無いって思わない人間なんて居る訳ないじゃない!」

 

「……うん、そうだよね……その、本当に、ごめん……」

 

 多少戸惑いながらも、謙哉はそっと手を玲の頭に置いて彼女のことを撫でた。玲はその行動を咎めもせず、ただじっとしている。

 やがて落ち着いたのか、謙哉からそっと体を離した玲は、やや赤い目のままで謙哉に向けて人差し指を突きつけながら言った。

 

「約束しなさい! オールドラゴンを使うなとは言わないわ、言っても無駄でしょうしね。だから、オールドラゴンを使う時には必ず私の許可を取ってからにすること! 良いわね!?」

 

「あ、はい……」

 

「何? その気の抜けた返事は? 守る気無いの? 龍堂からあなたが倒れている時の私の反応は聞いてるんでしょ? もう一回私のこと泣かせるつもり?」

 

「そ、そんなつもりはないよ! わかったから! 今度から水無月さんを不安にさせない様にするから!」

 

「……絶対よ? 絶対に守りなさいよ」

 

 ふくれっ面の玲が右手を上げ、小指を立てて謙哉の前に突き出す。その行動の意味を読み取った謙哉もまた同じように小指を立てると、玲の小指と絡め合わせた。

 

「……指切りしたからね? 嘘ついたら弾丸千発撃ち込むわよ?」

 

「ええっ!? それはペナルティとしては重すぎない!?」

 

「あなたが破らなきゃ良いだけの話でしょ? ……そんなに私を泣かせたいなら、今ここで泣いて見せましょうか?」

 

「わー! ごめん! ごめんなさいっ!!!」

 

 大半の本心と軽い脅しを混ぜた玲の言葉に大慌てで謝罪する謙哉。そんな彼を見た玲は、あまりにも必死なその態度につい噴き出してしまった。

 クスリと笑った玲を見た謙哉もまた笑顔を見せる。そして、静かに心の中の声を呟いた。

 

「……うん、やっぱり水無月さんの笑った顔、可愛いよ」

 

「っっ~~!? この状況でよくもまあそんなことが言えるわよね……?」

 

「あっ!? も、もしかして怒った? ごめん、つい本音が……」

 

 不意打ちの一言に顔を赤くした玲を見た謙哉がまたしても慌てながら弁明を始める。どうやら彼は赤くなった玲の顔を見て、彼女が怒っていると勘違いした様だ。

 やっぱり鈍いなと思いながら、玲はもう少しだけ自分の思いを優しく伝えられる様になろうと決意した。この優しくて良い意味で馬鹿な男の手綱を握る役目は、自分以外には務まりそうにも無さそうだ。

 ……もっとも、誰かが代わりを買って出ても譲るつもりは無いのだが。

 

「とにかく! ……約束するよ、水無月さんの事、もう悲しませないから」

 

「……ん。それじゃあ、今回の事は水に流しましょう。あと、それと……」

 

「???」

 

「……顔、叩いてごめんなさい。痛かったでしょ?」

 

「あ……! そ、そうでも無かったよ! 少し、少しだけ痛かっただけだから!」

 

 目を泳がせながら答える謙哉の事を見ながら、玲は彼は嘘が下手だなと心の中で苦笑した。だが、そういう所も彼の魅力なのだろう。

 もう少しだけ、このまま謙哉の事をからかって過ごしたかったのだが……突如、病院の中でけたたましい音が鳴り響き、二人は驚いて飛び上がってしまった。

 どうやらこの音は警報の様だ。この病院で何かが起きていることは間違い無いだろう。

 

「な、何かあったのかな?」

 

「外に出てみましょう。そうすれば何か分かるかもしれないわ」

 

 短い会話で行動を決定し、二人揃って部屋を出る。騒ぎの中心へと向かう二人は、かつての連携を取り戻していた。

 お互いの思いを理解した二人は、前よりも強い信頼関係で結ばれている。警戒を怠らない様にしながら、謙哉と玲の黄金ならぬ()()()()()は自分たちの事を待つ人たちの元へと駆け出して行った。

 

 

 


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