仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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 仮面ライダービルド、始まりますね!
 ディスティニーも負けずに更新しますよ~!


狂気と歌姫と騎士

「……なんでだ、何で僕はあいつに勝てない……っ!?」

 

 城の中でパルマが一人悔し気に呟く。脳裏に浮かぶのは蒼き騎士の姿、幾度と無く相対した宿敵、仮面ライダーイージスだ。

 自分が立案した包囲作戦での戦いを皮切りに三度奴とは戦った。そして、その全てで自分は撤退に追い込まれている。

 

 自分はクジカとは違う。マリアンを単独で撃破し、他の魔人柱の討伐にも大きく貢献している謙哉との戦いに喜びを見いだせる程、戦いに楽しみを見出してはいない。自分が好きなのは()()()()なのだから。

 だが、自分は彼に負け続けている……その事実はパルマのプライドを大きく傷つけていた。

 

 気が付けば残っている魔人柱は実質的に自分一人だ。倒した人間を利用して作り上げたカイを除けば、ガグマのスキルで生み出された魔人柱の生き残りは自分一人だけになる。

 そんな自分が負け続けると言うことは、ガグマの力が足りないと思われる原因にもなる。何より、ただの人間に後れを取る事など、自分のプライドが許さない。

 

 もっと力が欲しい。あの宿敵を打ち倒すほどの力が欲しい……。パルマがそう心の中で強く思ったその時、彼の背後の闇が蠢き、そこから声が響いて来た。

 

「そんなに負けるのが嫌かい? まあ、負けっぱなしはボクだって嫌だけどね」

 

「っっ……!?」

 

 自分に向けられた声に驚いて振り向いたパルマが見たのは、愉快そうに笑うエックスの姿だった。

 油断ならない主の同盟者に訝し気な視線を送るパルマだったが、エックスは彼のそんな視線も気にせずに一枚のカードを手渡して来る。

 

「じゃあ、このカードを使ってみるかい? それなりにデメリットもあるけど、能力は保証するよ」

 

「なんだ、これは……?」

 

 手渡されたカードをまじまじと眺めるパルマ。そのカードには、紫と赤のオーラに包まれた男の姿が描かれていた。

 酷く禍々しく、そしてひりひりとした狂気を放つそのカードを見つめたまま動かないパルマに対し、エックスが煽る様な口調で言葉を投げかける。

 

「怖いなら使わなくて良いんだよ? でもまぁ、そのままだと負けっぱなしの運命をたどる事になると思うけどね」

 

「ぐっ……! 僕を馬鹿にするなよ! 僕は怠惰のパルマ、こんなカード一枚に恐れる様な男じゃない!」

 

 自分を馬鹿にするエックスの言葉に憤慨したパルマは、渡されたカード……狂化(バーサーク)のカードを無理矢理奪い取って彼に背を向ける。

 大股で自分の元から離れて行くパルマの背を見送りながら、エックスは自分の思惑通りに彼が動いてくれたことに満足げな笑みを見せたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薔薇園学園内の訓練所で玲が荒い呼吸を繰り返しながら自分の訓練データをチェックする。その内容が自分の望む物には届いていないことを見て取った彼女は、小さく舌打ちをしてから溜息をついた。

 

「……どうしたってデータ処理が追い付かない……。確かに手応えはあるのに……!」

 

 更なる強さを身に着ける為に試している新戦法、これをものに出来れば自分の戦い方にも幅が出るはずだ。だが、それをいまいち完璧に使うことが出来ていない。

 ブライトネスの入手だけではない自分自身の能力の向上にも余念がない玲はもう一度訓練を行おうとしたが、そろそろ訓練所の使用時間の期限が来ている事に気が付いてもう一度溜息をついた。

 

「今日はここまでね……また次の機会に試しましょう」

 

 交代の時間の少し前に訓練所を出る。暑い夏の気温と激しい運動のせいで全身汗だくになった玲が、一度シャワーを浴びてから着替えようと更衣室に向かって歩き出そうとした時だった。

 

「お疲れ様、水無月さん」

 

 自分に投げかけられる言葉と共に目の前に飛んでくるペットボトルの容器。それをキャッチした玲は、予定外の来客に視線を向けた。

 

「ありがと、謙哉。気が利くじゃない」

 

「どういたしまして。……天空橋さんから頼まれて園田さんに会いに来たら、水無月さんがここで訓練してるって聞いたものだから様子を見に来たんだ」

 

 そう自分に言ってにこやかな笑みを見せる謙哉の顔を見ながら彼から渡された水を一口飲む。ひんやりとした冷たい水が喉を通り、火照った体が少しだけ冷める感じがした。

 

「ブライトネスのカードのこともあるし、やっぱり水無月さんは研究熱心だね。でも、頑張り過ぎも禁物だよ?」

 

「カードのデメリットを無視して倒れた人に言われても説得力が無いわね。言われずとも、ちゃんと限界は見極めてるわ」

 

「あはは、手厳しいな……」

 

 ごもっともな玲の指摘に頭を掻きながら同意した謙哉は、少し開いている玲との距離を詰めるべく一歩前に踏み出した。だが、そうすると今度は玲が一歩後ろに下がってしまう。

 おかしいと思いながらもう一歩足を踏み出す謙哉。またしても後ろに下がる玲。何度かそんなやり取りを繰り返している内に、謙哉がもしかして自分が玲に避けられる何かをしてしまったのかと不安になっていると……

 

「……ねえ、あんまり近づかないでもらえるかしら?」

 

「あぅ……。ぼ、僕、何かしちゃったかな?」

 

 玲のその一言に何かをやらかして彼女を怒らせてしまったのかと慌てて彼女に尋ねる謙哉。心当たりはないが、きちんと謝らなくてはならないと思いながら仔細を聞き出そうとする。

 しかし、玲は謙哉の言葉に呆れた様な表情を見せた後で顔を赤らめながら……凄く恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……見て分からない? 私、汗かいてるの。臭いとか気になるの。女の子だから」

 

「あ……! そ、そういうことかぁ……!」

 

 玲の言葉を聞いた謙哉は思ったよりも単純な理由にほっと胸を撫で下ろしたが、直後に彼女から鋭い視線で睨まれて再び心臓を跳ね上がらせた。

 どうやら、自分が思うよりもことは重大らしい。乙女心がわからないと言う事はここまで罪なことなのかと鈍い自分自身を少しだけ呪う。

 まあ、謙哉が知る由も無いのだが、確かに玲からしてみればこれは一大事だ。好きな相手に汗臭いと思われて傷つかない少女など居る訳が無いのだから。

 

「……シャワー浴びて来るからちょっと待ってなさい。良いわね?」

 

「は、はいっ!」

 

 言葉だけ聞いてみればおいしいシチュエーションなのだが、今の謙哉にはそんなことを思う余裕は無い。

 玲の言葉に敬礼で答えた後、更衣室に向かう彼女の背中が見えなくなるまでそのままの姿勢で硬直し……最後に、彼女がシャワーを浴びている姿を少しだけ想像して顔を赤くした後、大きく頭を振ってその妄想を脳内から追い出してから、玲を待つべく校内に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 義母さんには何の用だったの?」

 

「あ、ああ……今までの戦闘で得たブライトネスディーヴァの戦闘データが欲しいらしくって、受け取りに行ってたんだ。あと、第三弾のカードリストを渡されたから、それを届けに」

 

「ふ~ん……カードリストには興味があるわね。後で義母さんに頼んで見せて貰おうかしら」

 

 それから一時間後、二人は学園の近くにある喫茶店で他愛ない会話を繰り広げていた。玲も謙哉もこの後の予定は無く、どうせなら何かを食べながら話でもしようと言う事になったからだ。

 先ほどの玲の様子から自分に怒っているのではないかと心配した謙哉だったが、平然と会話しながらサンドイッチを口に運ぶ彼女を見てその心配は杞憂だったかと安心する。そうして、自分もまた頼んだアイスコーヒーを飲みながら、会話を続けた。

 

「まだ水無月さんはブライトネスのカードを使って無いんだよね? さっきの訓練でも使わなかったの?」

 

「最近、仕事のせいで三人で集まることが出来てないのよ。どうせなら三人揃った状態で使って、能力を確認したいじゃない?」

 

「そっか、それもそうだね。……でも、これで水無月さんもレベル75かぁ……僕一人だけ取り残されちゃったなぁ……」

 

 少しだけ寂しそうに目を伏せた謙哉に対し、ちらりと視線を送った玲は内心で何を言っているのかと文句をつけた。

 彼女からしてみれば、今まで自分の方が彼に置いてきぼりになっていたのだ。ちょっと位差を付けられて凹んだ方が自分の気持ちも分かるだろう。

 

「……まあ、僕のオールドラゴンだって負けてるとは思わないけどね! いざとなったら、それを使えば皆と肩を並べられるよ」

 

 そんな若干の憤りを感じながらサンドイッチをぱくつく玲に対し、謙哉は再びアイスコーヒーを飲みながら何の気無しの一言を口にする。だが、その一言は彼女の逆鱗に触れる一言だった。

 

「……今の、どう言う意味?」

 

「え……? 言葉通りの意味だけど、どうか……」

 

「あなた、まだオールドラゴンを使うつもりなの!? あれのデメリットは十分理解してるでしょ!?」

 

 あくまで笑顔で、そして自分の言っていることの意味を理解していない様な口調で語る謙哉。そんな彼に明らかな怒りの感情を見せながら、玲はテーブルを叩いて立ち上がる。

 

「あなた、死ぬつもり? 前に死にかけた事をもう忘れたの!?」

 

「ちょ、水無月さん! ここお店だし、周りの人の迷惑になるから……」

 

「良いから答えなさい! あなた、まだオールドラゴンを使うつもりなの!?」

 

 大声を出す玲は自分に向けられる視線は気にも留めていない様だ。凄い剣幕で自分に詰め寄る玲に対し謙哉は困った様な表情を見せるも、彼女の追及は止まらない。

 

「ドラグナイトイージスになる為にサンダードラゴンのカードを使うのは分かってる。だからみんなもカードを取り上げないけど……もしあなたがオールドラゴンを使うつもりだって言うなら、サンダードラゴンのカードは私が管理するわ!」

 

「ま、待ってよ! 何もそこまでする理由は……」

 

「ある! あなたみたいに自分の命を軽視してる人に危険な力は任せられないわ! カードを取り上げられたくなかったら、絶対にオールドラゴンを使わないって約束しなさい! 今、ここで!」

 

 謙哉に詰め寄り、激しい口調で問い詰める玲。彼女の出した条件に対し、謙哉は少し口籠る。

 自分の事を真っ直ぐに見つめる玲の表情には、怒りの他に悲しみと苦しみの感情が僅かに浮かんでいた。瞳には涙が浮かび、珍しく彼女が感情的になっている事を現している。

 

「………」

 

 ここで彼女を納得させるのは簡単だ。ただ一言、もうオールドラゴンには変身しないと言えば良い。だが、謙哉は嘘の付けない男だった。

 例え悲しむ女の子を慰める為だとしても、出来ないことは言えない……もし仲間たちの身に危険が迫れば、自分は迷い無くオールドラゴンを使うつもりだから、故に玲に対してそんな嘘の言葉を告げることが出来なかった。

 

「……言いなさいよ。言ってよ、お願いだから……!」

 

 徐々に玲の怒りが薄まり、代わりに悲しみの色が表面に出て来る。下手をすると泣き出してしまいそうだ。

 このままでは自分は【人前で女の子を泣かせた最低の男】と言う不名誉極まりない称号を戴くことになってしまうだろう。軽くパニックになりながら打開策を探る謙哉だったが、そんな彼に対して天の助けとも言える出来事が起きる。

 

「きゃーーーーっ!!!」

 

「「!?」」

 

 突如、喫茶店の外から聞こえて来た叫び声に謙哉だけでなく、玲や店の客たちも驚いて視線を外に向けた。一体何が起きたのかと訝しがる一同に対し、その答えが向こうから姿を現す。

 

「見つけたぞ……イージス……!」

 

「お、お前はっ!!?」

 

 店のガラスを割りと言う物騒な方法で入店した男の顔を見た謙哉は驚きに顔を歪めた。そこに居たのは怠惰の魔人柱・パルマ、エネミーの中でもとびっきりの上位種であり、自分の宿敵でもある相手だ。

 パルマは謙哉の姿を見つけると椅子やテーブルと言った障害物を弾き飛ばしながら真っ直ぐに突っ込んで来る。咄嗟に玲を突き飛ばした謙哉は右側に飛び退き、その突進をギリギリで躱した。

 

「今日こそ……今日こそ、お前を倒して見せる……っっ!」

 

「くっ……!!」

 

 繰り出される拳を防ぎ、思い切り後ろに飛び退く。店の壁に背を付けた謙哉は周囲の状況を確認してから再び宿敵を睨む。

 人の多い店の中で戦えば被害が大きくなる。そう判断した謙哉は、近くに有ったフォークとナイフを掴むと、パルマ目掛けて投擲した。

 

「ついて来い、パルマ!」

 

「小癪な……待て、イージス!」

 

 自分目掛けて投げられた食器を防ぐ為に隙を見せたパルマに叫びを上げて気を引くと、謙哉は全速力で店の外へと駆け出して行く。当然、パルマもそれを追って外に飛び出した。

 囮になった謙哉は人通りの多い場所からパルマを連れ出すべくカードでバイクを呼び出すと、それに跨って疾走した。戦っても問題なさそうな場所をピックアップしつつ、そこまでのルートを検索する。

 

 ここまで大きな音を立てて移動しているのだ、パルマは間違いなく自分を追って来るだろう。そう考えながらバイクを走らせる謙哉だったが……彼の去った後では、彼の予想を超える出来事が起きていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちなさい、パルマ。あなたの相手は私よ!」

 

「ん……? お前は……」

 

 謙哉が去った町の中では、彼を追おうとするパルマの前に玲が立ちはだかっていた。

 すぐにでも謙哉を追おうとするパルマは玲の事を無視して先に進もうとするが、そんな彼の行動を見て取った玲は即座に変身してメガホンマグナムの銃口をパルマに向ける。

 

「行かせないって言ってるのよ!」

 

「ちっ! 雑魚が、調子に乗って!」

 

 浴びせられる弾丸の痛みに舌打ちをしながら、パルマもまた戦闘態勢を整えて玲に攻撃を仕掛ける。

 小さな光輪を幾つか玲に向けて放ち彼女の体を斬り裂こうとしたが、玲はその攻撃を読んでいたとでも言う様にメガホンマグナムの弾丸で光輪を撃ち落とした。

 

「もうあなたの攻撃パターンは読めてるのよ! そう何度も同じ攻撃が通用すると思わないで!」

 

「ちっ……!?」

 

 光輪を防ぐ弾丸に続いて繰り出される攻撃、冷静に自分の攻撃を撃ち落とす玲に歯噛みしたパルマは苛立ちの表情を見せる。

 本来の目的である謙哉では無く、こんな小娘相手に苦戦を強いられている事に腹立たしさを感じたパルマは、手の中にエックスから貰った狂化のカードを取り出すと苦々し気に呟いた。

 

「……まあ、良い。慣らし運転には最適の相手だろう」

 

 手にしたカードを握り締めたパルマは、そのまま自分の体に埋め込む様にしてカードを突き刺した。

 ずぶずぶと音を立ててパルマの体の中に入って行くカードが怪しく光り、完全に彼の体の中に飲み込まれる。

 

「ぐぅぉぉぉぉぉぉぉっっ……!!!」

 

「な、なに? 何をしたの……!?」

 

 見慣れないカードを妙な方法で使用したパルマに対して警戒を強める玲。そんな彼女の目の前で、異変は起き始めた。

 

「グ、ガ……ゴォォォォッッ!!!」

 

「!?」

 

 突如として獣の様な咆哮を上げたパルマの体が徐々に変化していったのだ。

 緑色だった体の色は黒みがかった深緑に変わり、腕や脚も筋肉質な物へと変貌する。刺々しい針の様なものがパルマの体の至る所に出現し、狂気を放っている。瞳の色も血走った赤に変わり、猛獣の様に鋭く光っていた。

 今までの知的なパルマの姿とはかけ離れたその変化に呆気に取られる玲は、油断ならない変化を見せた敵に対して銃口を向けると引き金を引いて弾丸を放つ。容赦無く、確実に全弾を命中させた彼女だったが、煙の中から姿を現したパルマが平然と立っている姿に軽く衝撃を受けた。

 

「嘘でしょ……? 効いてないって言うの……!?」

 

「グ、グ、グオォォォォォッッ!!!」

 

「っっ!?」

 

 玲の攻撃を受けきったパルマは、自分に敵対する相手として彼女を認識した様だった。口から意味を成さない叫び声を上げながら、玲に向って突撃する。

 

「はっ、早い!?」

 

「ガァァァァァッ!!!」

 

 パルマの俊敏かつパワフルな突進に驚く玲。

 地面を踏み抜き、障害物をぶち壊しながら真っ直ぐに自分目掛けて突き進んで来たその突進をすんでの所で躱した玲であったが、パルマが激突した壁が大きな音を響かせて崩壊した事を見て顔を青くした。

 

(なんて威力……!? あんなの食らったら、ひとたまりもないわ!)

 

 ただでさえ装甲の薄い自分の事だ、これほどまでに強烈な一撃を受ければただでは済まないだろう。

 しかし、あのスピードの攻撃をいつまで捌き切れるかも分からない。このままでは、追い詰められる一方だ。

 

(……こうなったら!)

 

 玲は一か八かの勝負に出ることを決めた。ホルスターから【ブライトネス】のカードを取り出し、それを構えてパルマを睨む。

 ぶっつけ本番での初使用、葉月もやよいも居ないこの状況で使うにはリスクがあるが、何か打開策を用いなければ負けてしまうだけだ。

 

「……行くわよ!」

 

 自分を睨んだまま動かないパルマに短くそう告げた玲がカードを振り上げる。

 ドライバーにブライトネスのカードを通そうとした彼女が、腕を動かした時だった。

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

「えっ!?」

 

 自分のドライバーから流れた訳では無い電子音声にはっとして動きを止めた玲の横を一陣の風が吹き抜ける。それがオールドラゴンに変身した謙哉だと言う事に玲が気が付いた時には、謙哉はパルマと激しくぶつかり合っていた。

 

「はっ、あぁぁっっ!!!」

 

「グオォォッ!!!」

 

 謙哉が繰り出した突進の勢いを乗せた巨大な爪での一突き。空を裂き、唸りを上げて繰り出されたそれをパルマはギリギリの所で食い止める。

 必殺技とまではいかないが、十分に戦いを終わらせられるだけの威力を誇っていたその一突きを止められた謙哉は素直に驚いた。そのまま自分の爪を捻り上げて弾こうとするパルマの動きに対応し、翼を羽ばたかせて空中へと浮き上がる。

 

「なら、これでどうだ!?」

 

 宙高くまで上昇し、そのままパルマ目掛けて急降下。左足を突き出しながら落下する謙哉は、必殺の飛び蹴りをパルマへと繰り出す。

 サンダードラゴンの能力を得たその一撃は、眩い雷光を伴って放たれる。まともに受けてはただでは済まないであろうその一撃を、謙哉はパルマが防ぐか躱すと思っていた。

 

「ガァァァァッ!!!」

 

「なっ!?」

 

 だが、それは違った。あろうことか、パルマは謙哉の攻撃を真正面から受ける選択をしたのだ。

 拳を強く握り、それを思い切り振りかぶる。どす黒い波動を纏った右拳を自分目掛けて飛来する謙哉に突き出すパルマ。

 謙哉の左足とパルマの右拳がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃が飛び散った。蒼い雷光と黒い波動が反発し、光と闇の相反したコントラストを空間に描いている。

 

「ぐぅぅっっ!!?」

 

「ガァァァッッ!??」

 

 やがて一際大きな衝撃が弾けた時、謙哉とパルマは互いの一撃の衝撃を受けて共に後方に吹き飛んで行った。数秒の間に行われた激しいぶつかり合いに眩暈を起こしながら、謙哉は急いで体勢を立て直す。

 

「なんて力だ……! 今までのパルマとはまるで別物だ!」

 

 何度も戦った相手ではない。今のパルマは、自分が知る彼より数段パワーアップしている。

 理由は分からないが、宿敵が信じられないほどの成長を果たした事に謙哉は警戒心を強める。まだオールドラゴンの制限時間は残っているが、それでも勝てるかどうか分からない。

 焦らず確実に隙を狙って戦うしかないと判断した謙哉は、体にかかる負担を無視して長期戦を覚悟した。

 戦いの構えを見せ、パルマを睨む謙哉だったが、戦いはあっけなく終焉を迎える。

 

「あ、が……! がぁっ!!!」

 

 突然苦しみだしたパルマがもがき出すと同時に、彼の体から狂化のカードが排出されてしまったのだ。

 途端にパルマの体は元通りになり、彼が纏っていたオーラも消滅する。

 

「くっ……! このカードが、ここまで恐ろしいものだったとは……!」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、パルマが狂化のカードを見て呟く。ほんの一分か二分そこらの戦いを繰り広げただけとは思えないほど、パルマは消耗していた。

 

「……使いこなすにはまだ慣らしが必要か……! 仕方が無い、ここは退いてやる……!」

 

「あっ! 待てっ!!」

 

 悔しそうに、本当に悔しそうにそう吐き捨てたパルマは、自分の作り出したゲートの中に消えて行った。

 出現から30分も満たない間に退却したパルマだったが、謙哉に与えた衝撃は計り知れない。宿敵が予想外の強さを得た事に対し、謙哉は険しい表情を浮かべたまま変身を解除した。

 

「あのカード、普通じゃない……。一体何だったんだ……?」

 

 謙哉の頭の中に浮かぶのはパルマの体から排出された【狂化】のカード。種類と使い方、共に見たことも聞いたことも無いそのカードに対して警戒心を強める。

 詳しいことは天空橋に聞くしかない。そう考えた謙哉が顔を上げると、後ろから近づく足音が聞こえた。

 その足音が自分より先に戦っていた玲の物だと思った謙哉は振り向いて彼女に声をかけようとする。しかし、謙哉が口を開くよりも早く、彼の頬に痛みと衝撃が走った。

 

「!?!?!?」

 

「……何やってるのよ? あなた、何してるのよ!?」

 

「な、何って……それは僕の台詞だよ! せっかく僕が囮になってパルマを引き付けようとしたのに、何で一人で戦おうとしたのさ!?」

 

「そんなの決まってるじゃない! あなたが一人で戦ったら、間違いなくオールドラゴンを使うでしょう!? そうさせないために私が戦ったのに、あなたって人は……!」

 

 いきなり自分の頬を叩いた玲の行動と言葉に流石の謙哉も憤慨しながら答えを返す。しかし、玲もまた彼に負けないほどヒートアップしていた。

 

「ついさっき言ったばかりじゃない! オールドラゴンはもう使うなって! そう言ったばかりなのに、なんであなたは……!?」

 

「しょうがないじゃないか! 相手は魔人柱、間違いなく強敵だ! しかも今回は未知の力を使ってた! 僕だって本気で戦うしかないだろう?」

 

「だからって危険なオールドラゴンを使う必要は無いじゃない! 私にもブライトネスがあるのよ? それを使えばパルマにだって負けないわ!」

 

「まだちゃんとその力を把握してないじゃないか! 新田さんの時みたいに不都合が起きたらどうするのさ!?」

 

「そんなデメリット、あなたがオールドラゴンを使う事に比べれば軽いものじゃない! 命が懸かってるのよ? それなのにあなたは何でもない様な顔して……!」

 

 普段とは違う本気の言い争い。ここまで良い関係を築けていたからこそ出来る本心のぶつけ合いは、確かに二人の心の距離が近づいていた事を示している。心の底から相手の事を想い、その身を案じているからこそ出る言葉だ。

 だが、今の二人には相手の思いを汲み取る余裕はなかった。謙哉からしてみれば危機に陥っていた玲を守りたかっただけであり、玲は自分の命を顧みない謙哉のフォローに回ったと言う思いがあるからだ。

 

「あなたは私の事を信用してないの? 一緒に戦う仲間として、私が力不足だって言いたいわけ!?」

 

「そんな事、一言も言ってないじゃないか! 勝手に思い込むのは止めてよ!」

 

 何で自分の思いを理解してくれないのか? ただその命を守りたいだけなのに……

 互いが、相手への思いをぶつけ合う。自分の考えを理解してくれない相手に対して、声を荒げて怒鳴り合う。

 

「もう良い! そんなに死にたいなら好きにすればいいじゃない! あなたのことなんて知らない! 勝手にしなさい!」

 

「……わかったよ。そんなに僕の事が気に食わないなら、君だって好きにすれば良いさ! 僕も僕で好きにやらせて貰うから!」

 

 普段は熱くなる仲間たちを窘める役目の二人だからこそ、ぶつかり合いの引き際を知り得なかった。しかも、今ここには、仲裁に入る人間も居ないのだ。

 相手の身を案じているがこそ起きた諍いは、いつの間にか決定的なすれ違いへと変わっていた。お互いの間に出来た溝を埋めるつもりのないまま、二人は互いに背を向けてその場から去って行く。

 

「……何よ、馬鹿……! 人の気も知らないで……!」

 

「……守りたいだけなのに、なんでわかってくれないんだよ……!?」

 

 お互いの姿が見えなくなった後、小さく呟いた言葉が二人の本心を表す。大切なだけなのに、それだけなのに、ぶつかり合ってしまう。

 チリチリと痛む胸の痛みと重く圧し掛かる心の重圧を感じながら、謙哉と玲は言い様の無い感情を吐き捨てることも出来ずにただ苛立つことしか出来なかった。

 

 

 

 


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