仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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悩め葉月! 出せない必殺技の謎

 

 

 

 

「ちょいさぁっ! どうよ? この攻撃!」

 

「葉月! ふざけてないで真面目に戦いなさい!」

 

「はいはい、分かってるって! 口調はこれでも、戦いぶりは大真面目だよっ!」

 

 玲に返事をしながら葉月は自分目掛けて向かって来たエネミーたち数体を纏めて斬り飛ばした。

 実力差があったのか、その一撃を受けたエネミーは呆気無く消滅し、光の粒へと還って行く。

 

「さてさて! お次は誰が相手をするのかな~!?」

 

 調子よく敵を倒した葉月は挑発するような口調でエネミーへと言葉を投げかけた。

 彼らに彼女の言葉が理解出来るかはさておき、仲間を倒されたことを怒ったエネミーはもう一度葉月に向けて攻撃を仕掛けに行く。

 だが、エネミーたちの緩慢な動きの合間を縫ってロックビートソードを振るった葉月によってあっという間に倒されてしまい、敵討ちどころか仲間の後を追う結果になってしまった。

 

「よゆー、よゆー! 準備運動にもならないよ!」

 

「葉月! 油断しないの!」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ! こんな奴らパパっとやっつけて……」

 

 

 

 玲の忠告を受けても余裕の表情を崩さない葉月だったが、突如背後から大きな物音が響いたことに驚き、言葉を切ってそちらへと振り向いた。

 視線の先にはボス格と思わしきエネミーが大暴れしている。先ほどの物音は奴が出した音だと察した葉月は、玲と合流したやよいを含めた三人で短い会話を交わした。

 

「あいつ、どっからどう見ても接近戦タイプだよね? なら……」

 

「ブライトネスβの練習台にはもってこいね。葉月、今回は譲るわ」

 

「私たちは援護するから、思いっきり暴れて来ちゃってよ!」

 

「サンキュー! では、お言葉に甘えて……!」

 

 今回の作戦プランを決めた三人はそれに合わせたフォーメーションを取った。

 葉月が前、残りの二人が後ろと言う接近戦を行うディーヴァβをαとγが遠距離射撃で援護すると言うオーソドックスな陣形を整えた後、葉月がホルスターからブライトネスのカードを取り出して意気揚々とドライバーに通す。

 

「ブライトネスβのデビューステージ! 思いっきり盛り上げようじゃん!」

 

<ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!>

 

 ブライトネスのカードを使用した葉月の周囲に花びらが舞う。黄色い薔薇の花弁が飛び散っている中心で回る葉月の体にやよいの時同様に白い花嫁衣装が纏われていく。

 αの時と比べてやや動き易そうなミニスカート型のウェディングドレスを身に纏った葉月は、その場で一回転するとロックビートソードの弦を掻き鳴らしてバッチリとポーズを決めた。

 

「さあ、行っちゃうよ!」

 

 視線の先に居るボスエネミーとその取り巻きに向けて一言告げるや否や、葉月は脚に力を込めて一直線に敵の集団へと飛び込んで行った。

 強化前では考えられないような瞬発力と跳躍力を発揮した自分の力に仮面の下で笑みを浮かべた葉月は、そのまま直進の勢いを活かして果敢に敵集団へと斬りかかって行く。

 

「てぇぇやぁぁっ!!」

 

 目の前に居た敵に向けてロックビートソードの振り下ろしを一撃。不運なそのエネミーは頭の頂点から体を真っ二つにされて瞬時に消滅してしまった。直進の勢いをそのままに地面を滑る葉月は、片手で武器を構えたままぐるりとその場で回転してみせる。

 周囲を薙ぎ払う様にして繰り出された斬撃を受けた数体のエネミーが胴を斬り裂かれ、光の粒を体から撒き散らしながら地面へと転がっていった。集団への切り込みに成功したことを確認すると、葉月はその中で大暴れし始める。

 

「ヒィア・ウィ・ゴー!」

 

 言葉の分節の区切りごとに斬撃を見舞う。乗りに乗った今の葉月を止められないまま攻撃を受け続けるエネミーたちは次々に彼女の手で消滅させられ、光の粒へと姿を変えて行く。

 速攻で取り巻きを片付けた葉月はボス格のエネミーへと接近するとロックビートソードの切っ先を敵の腹に突き刺し、そのまま思い切り振り回して遠くへと投げ飛ばしてしまった。

 

「グガァァァァッ!!?」

 

 着地に失敗して頭から落下したエネミーは完全にグロッキー状態になっている。今が好機と判断した葉月は、ロックビートソードを振り回すと必殺技を発動した。

 

「よっしゃ~! これでフィニーッシュ!」

 

<必殺技発動!>

 

 葉月の手に握られているロックビートソードへとエネルギーが溜まって行く。徐々に輝きを増すそれを構え、最高潮まで高められた光を纏う武器を葉月が振り下ろそうとした時だった。

 

<……エラー!>

 

「へっ!?」

 

 突如として電子音声が鳴り響くとロックビートソードを包んでいた光が消滅してしまったのだ。

 突然の事態に驚き、脱力した葉月がその場にずっこけてしまった。そんな彼女の見せた隙をエネミーが見逃すはずも無い。

 

「ガ、ガガァァッ!!!」

 

「あっ! こら! 待てーーっ!!!」

 

 形勢不利な状況から一目散に逃げだすエネミー。すたこらさっさと逃げ去ってしまった敵の背中に大声で葉月が叫ぶも、そんな声に振り向く相手ではない。

 あっという間にエネミーの姿は見えなくなってしまった。あそこまで敵を追い詰めておきながら逃がしてしまったことに悔しさを感じる葉月は、地団太を踏みながら変身を解除する。

 

「もー! なんで必殺技が出なかったの~!?」

 

「何かの故障……かな?」

 

「だとしたら天空橋さんに見せた方が良いわね。残念だけど、あのエネミーのことは一度忘れてラボに行きましょう」

 

「くっそ~! あと少しだったのに~~!」

 

 最後の最後で締まらないデビュー戦になってしまったことを心底悔しがりながら、葉月は二人の意見に同意して天空橋に会うべく彼の研究室へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~~っ!? 特に問題は無い~~!?」

 

「は、はい、ギアドライバーにもゲームギアにも、ブライトネスのカードにも特に異常は見受けられませんでしたよ?」

 

「じゃ、じゃあ、何でアタシの必殺技は発動しなかったのさ!?」

 

「い、いや……それを私に聞かれましても……現場を見たわけでもないですし、返答に困ると言うかなんというか……」

 

 で、数十分後。天空橋の研究室で装備のチェックをして貰った葉月は、彼の下した診断に食って掛かっていた。

 天空橋曰く、ドライバー等の装備には一切の異常は無し。至って通常の状態だと言うのである。

 

 であるならば、何故葉月の必殺技は発動しなかったのか? 何処に問題があったのかを必死になって考える葉月だったが、すぐに頭から湯気を出してその場に蹲ってしまった。

 

「ダメだ~~! アタシ、難しいことは10秒以上考えられないんだよ~~!」

 

「……でも困ったわね。必殺技が使えないとなるとブライトネスβの使用は躊躇うことになってしまうわ」

 

「戦いぶりを見ると凄く強いんだけど……なんで必殺技が出ないのかなぁ?」

 

 今後のフォーメーションや作戦に多大なる影響を及ぼすであろうこの問題の解決策を必死になって考えるディーヴァの三人。

 腕を組んで唸る三人の後ろでは、モニターに映った葉月の戦いを見学している勇たちの姿もあった。

 

「はー、接近戦に特化した分、瞬発力と機動力が上がってるってわけか……確かにこれを使えないのは勿体ないな」

 

「必殺技も問題なく発動した様に見えたんだけど、何が悪かったのかな?」

 

「わーん! 勇っち! 謙哉っち! アタシに知恵を貸しておくれよ~~!」

 

 冷静に分析を重ねる二人に対して抱き着いた葉月は、おいおいと泣きながら二人に助けを求めて来た。

 大胆な行動をする葉月の密着した体の柔らかい感触とふわりとした良い匂いに心臓を跳ね上がらせた二人は、顔を赤くしたまま各々の考えを述べて葉月へと言葉をかける。

 

「え~っと……何かカードが必要ってことは無いかな?」

 

「カードを使った場合は別の必殺技が出ますね。問題は、ブライトネスβのデフォルト必殺技が出ないと言う点ですからそれは外しましょう」

 

「じゃあレベルが足りないとかか?」

 

「それも無いでしょう。一度発動している以上、必殺技が使えると言う点は間違いないんです。この場合の問題点は必殺技を発動した後、葉月さんが何をすれば良いのか? と言う事ではないでしょうか?」

 

「何かって何なのさ~!? ギターの演奏? それともポーズ!? わかんないよ~!!!」

 

「だ~~! 葉月、引っ付くんじゃねえ! 色々当たってんだよ!」

 

 泣き言を口にすると同時に抱き着く力を強める葉月。彼女の大きな胸が体に押し付けられることになった勇と謙哉は顔を真っ赤にしてその行為を咎める。

 若干ぶー垂れながら二人から離れた葉月は、がっくりと肩を落として原因不明の不調を嘆き悲しんだ。

 

「ううう……このままじゃあ、アタシだけブライトネスになれないまま……。そんなの嫌だよ~! どうすれば良いってのさ~!?」

 

「困りましたね……何とか解決してあげたいのですが、何も手掛かりが無いと推測の仕様もありませんし……」

 

「せめて何かヒントがあればなぁ……」

 

 いつもの明るいオーラは何処へやら、凹み、落ち込む葉月の姿を見た一同は何とかして彼女の手助けをしてあげたいと思ってはみたものの、何の情報も無いこの状況ではどうしようも無い。

 首をかしげて困っていた勇たちだったが、ここで予想外の人物が恐る恐る手を挙げた姿を見て一斉に彼女へと視線を注目させた。

 

「あ、あの……もしかして、なんですけど……」

 

「なに!? マリアっち、何か思いついたの!?」

 

 期待を込めた葉月の視線を受けたマリアは自信無さげな表情を浮かべて見せたが、それでも悩んだ後で自分の意見を全員へと告げる。

 

「あ、その……役に立つかはわからないんですけど……ブライトネスって、花嫁ってことですよね? なら、必殺技もそれをモチーフにしてると思うんですけど……」

 

「それは……確かに一理あるけど……」

 

「花嫁らしい必殺技って、一体どんなのだ?」

 

 一概に間違いだとは言えないマリアの意見を聞いた勇たちは、先ほどとは違った意味で首を傾げて見せた。

 花嫁の必殺技……そもそも花嫁が戦うと言う事自体がおかしな話だが、確かにやよいが変身した時はそれっぽい雰囲気を醸し出す必殺技を使っていたはずだ。

 

「……やっぱり、私の意見なんか役に立たないですよね……」

 

「い、いや! いい線行ってると思うぜ! 問題はここから先ってだけだから!」

 

「うんうん、そうだよね……花嫁らしい必殺技かぁ……うん、そうだ……よし、決めた!」

 

 しょんぼりとするマリアのフォローに入った勇のすぐ近くで意味深な言葉を呟いた葉月は二、三度大きく頷くと手のひらをぽんと打ち合わせた。

 なんだか嫌な予感を感じた勇がおっかなびっくり彼女のことを見つめていると、葉月が自分の方向へと向き直って来たでは無いか。

 とても嫌な予感がする……勇の第六感がそう告げる中、葉月はその予想に違わぬ問題発言を口にして来た。

 

「勇っち! アタシと結婚しよう!」

 

「は……はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何でこうなったわけだ?」

 

「いやさ、やっぱりこう言うのって習うより慣れろじゃん? 一度自分で体験していれば、何か掴めるかもと思ってさ!」

 

「だからって結婚式の真似事までする必要無いだろ……?」

 

「いーじゃん、いーじゃん! 楽しそうだし!」

 

 結局、本音はそれかと思った勇は大きな溜息をついた。着慣れないタキシードなんかを着ているせいで妙に窮屈な気分になるなと思いながら周囲の光景を見渡す。

 荘厳なチャペル、数は少ないが席に座っている友人たち、華やかな飾り……ただの体験の為にここまでやるかと逆に感心するレベルで本格的なこの偽結婚式の主役の一人として立っていることに対し、勇は今更ながら緊張感が湧いて出て来た。

 

 葉月の問題発言の後、彼女はすぐさまツテのある技術スタッフに連絡してこの偽の結婚式の準備に取り掛かった。ただ花嫁の気分を味わうだけの為にここまでする葉月に脱帽した勇は、なんやかんやで彼女の押しに負けて相手役で舞台に立つことになってしまったわけである。

 この結婚式の本格さと言ったら、友人役として出席している謙哉や玲たちまでスーツやドレスでめかし込ませる程である。やや困惑気味の表情を浮かべる友人たちを見た後で、勇は真横に居る葉月の姿をちらりと見やった。

 

(……やっぱ、すげー可愛いよな……)

 

 綺麗な花嫁衣裳を身に纏った葉月は、普段の活発な姿からは想像出来ないお淑やかな可憐さを勇に見せていた。

 化粧も薄く施してあるせいか、いつもと比べて大人っぽく見える彼女の姿に素直に可愛いと言う感想を持った勇は、同じく自分の事を横目で見て来た葉月と視線を重ねて短い会話を交わす。

 

「カッコいいじゃん、勇っち。似合ってる、似合ってる」

 

「そう言うお前も良い感じだぜ。花嫁衣裳、やっぱ女の子の夢だよな」

 

「にゃはは! 国民的アイドルのお相手役として抜擢されたことを喜ぶと良いさ!」

 

「なんだよそれ? ったく、口を閉じてりゃあ美人なのによ……」

 

 くすくすと小さく笑った勇は解れた緊張感のままに前を向いて演技に集中した。なんにせよ、ここまで準備されたのであれば思いっきり乗っかった方が良いだろう。

 葉月が何かを掴む為にも出来る限りの協力をしようと思った勇に対して、何故か神父役を演じる天空橋が指輪を手渡す。

 

「勇さん、ほら、指輪の交換を!」

 

「あ、ああ……」

 

 色々と突っ込むべき点はあると思ったが、取り敢えず勇は何も言わないことに決めた。渡された指輪を持つと葉月の左手を掴み、薬指へと指輪を嵌める。

 

「……ありがとう、勇……」

 

「お、おう」

 

 ぴったりと嵌ったその指輪を見ながらはにかんだ葉月の表情にドキリとした勇は、これはあくまで演技なのだと自分に言い聞かせて冷静さを取り戻そうとした。

 とは言え、目の前には文字通りアイドル級の美少女がおり、自分の結婚相手を演じているのであるから、到底冷静になどなれる訳が無いのだが。

 

「……ほら、勇っち。次に行こうよ」

 

「え、えっと……次は何をするんだ?」

 

「そんなの決まってるじゃん! 結婚式と言えば、誓いのキスでしょう!」

 

「ぶはぁっ!?」

 

 爆弾発言パート2。葉月のまさかの発言に思い切り噴き出した勇はまじまじと彼女の表情を見つめてそれが本気なのか冗談なのかを見極めようとした。

 あくまでニコニコと笑い続ける葉月の表情からは先ほどの発言が本気だと思わせるような素振りは見えない。だが、ほんのりと赤く染まった頬を見るに、彼女もそれなりに照れていることは間違いないのだろう。

 

「……ほら、勇。ケープを捲って……」

 

「え、あ、ま、マジで?」

 

「……嫌? アタシとキスするの……」

 

「っっ……!?」

 

 本気で誓いのキスをするのかと驚いた勇だったが、葉月の不安そうな表情を見て思考を停止させた。

 別段、嫌なわけでは無い。むしろ役得と言えるだろう。演技で口付けをすることに若干の躊躇いはあるが、もしかしたらアイドルの葉月にとってはこれが普通なのかもしれない。

 ドラマや映画の撮影でキスシーンを撮ることもあるだろう。今回のこれも彼女にとっては演技で、他意は無い可能性だって十分にある。

 

 向こうがそうであるのならば、自分が拒否するわけにもいかないだろう。あくまでこれは演技、本気でキスするわけでは無いのだ。

 そう思い、覚悟を決めた勇は葉月へと手を伸ばすと彼女の被っているケープを捲り上げた。真正面から向かい合い、見つめ合った状態で葉月の肩に手を置く。

 

「んじゃ……行くぞ?」

 

「ん……」

 

 緊張で爆発しそうな自分の心臓の鼓動を感じながら、勇は葉月の唇目掛けて顔を落として行く。瞳を瞑り、自分の事を待つ葉月の表情を見ると更に大きく心臓が跳ね上がるを感じた。

 徐々に葉月の顔が近づくことに緊張感を抱えながらも、もうどうにでもなれと半ばヤケクソ気味に勇は唇を近づけて行く。

 

 あと数センチ……葉月の整ったまつ毛が、細やかな肌が、桃色の唇が、すぐ近くに見える。

 ほんの数ミリ、お互いの唇が触れるか触れないかの位置で一度止まった勇は、一瞬だけ躊躇いの表情を見せたが……決心を固めると、唇を重ねるべくそっと前へと自分の顔を進ませた。

 

「っっ……」

 

 ほのかに唇に感じる柔らかい感触。瞳を閉じたままの勇には、その感触が逆にはっきりと感じられていた。

 これって結構凄いことなのでは無いだろうか? と言うより、間違いなく凄いことなのだろう。現役アイドルとのキスだなんて、ニュースに乗るレベルの出来事のはずだ。

 

 どきどきと心臓を高鳴らせたままの勇は、やや不謹慎とは思いながらも今の葉月の表情が気になってしまい、欲望に負けてうっすらと瞳を開けて彼女の顔を見ようとした。

 葉月にバレぬ様にと慎重に瞳を開く勇の視界が徐々に明るくなり、目の前の光景が露わになり、そして……

 

「……はい?」

 

「ふっふっふ~……引っかかった、引っかかった!」

 

 自分が葉月の人差し指にキスしていることに気が付き、間抜けな声を上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、面白かったね~! 本当はこんなことしちゃあいけないんだろうけど、楽しかったから良しとしよう!」

 

「は、はぁ……それで、葉月さん的に何か必殺技のヒントは掴めましたか?」

 

「うんにゃ、全然!」

 

「ええ~~っ……?」

 

 偽結婚式終了後、控室で着替える葉月に付き添うマリアは彼女の返答に渋い顔を見せた。

 ここまで大掛かりなことをしておいて何も収穫は無しとは、いささか問題があるのではないか? と言うより、この結婚式は単純に葉月がやりたかったからやったのではないかと言う疑問を呆れと共に浮かべたマリアだったが、そんな彼女に対してニヤケ面を見せた葉月が一つの質問を投げかける。

 

「ところでさ、マリアっちはアタシと勇っちがキスするかもって時、何か思わなかった?」

 

「え……? 何か、ですか?」

 

「そうそう! 些細なことでも良いからさぁ!」

 

「え、っと……」

 

 葉月の質問にばつの悪い表情を見せるマリア。実はあの瞬間、彼女の言う通りほんの少しだけ自分の胸の内が波立つことを感じていたのだ。

 理由は何故だかわからないが、ざわざわと騒ぐ感情は葉月が勇にネタ晴らしをするまで蠢いていた。葉月が本気でなかったと知って安心したことも事実だ。

 

「ふ~ん……そっか! なら、これも無駄にはならなかったかな?」

 

「わ、私、何も言ってませんよ!?」

 

「大丈夫、大丈夫! 大体わかったからさ!」

 

 自分の中の思いを葉月に見透かされたマリアは顔を赤らめながら席を立って叫んだ。自分がわかりやすいのか、それとも葉月が鋭いのかはわからないが、どうやら彼女にはすべてお見通しの様だ。

 そこまで考えた時、マリアはもしかしたら葉月がこの催しを開いたのは、自分の為では無くマリアの為だったのかもしれないと気が付いた。

 記憶を失った自分に何かを思い出させようとした彼女なりの気遣い……あくまで可能性だが、破天荒な彼女ならばその為だけにここまで大きなことをやってもおかしくないとマリアは思った。

 

「……えっと、その……」

 

「ん~、でもどうしよっかなぁ? このままじゃあ必殺技が使えないしな~」

 

 その可能性に思い至ったマリアのことを今度は余り気にしないふりをしてそっぽを向く葉月。そんな彼女の様子を見た後、マリアは深く頭を下げてから部屋を出て行った。

 

「……あの、私も一生懸命頑張りますから! だから、必殺技の問題を一緒に解決しましょうね」

 

「ん! 期待してるよ、マリアっち!」

 

 弾ける様な笑顔を見せた葉月に対してもう一度頭を下げ、マリアは部屋を後にする。

 葉月はそんなマリアを見送った後で、誰にも気づかれない様に小さく呟いた。

 

「……フェアじゃないもんね。もう少しの間だけ、勝負はおあずけってことにしておくからさ。マリアっちも早く思い出してよね」

 

 ライバルに対してニヤリと笑って見せた葉月は、再度ブライトネスの必殺技を出す方法を考え始め、10秒後に頭から湯気を出して机に突っ伏したのであった。

 

 

 

 




 ごめんなさい、来週は投稿できないかもしれません。
 少し気長にお待ちください。

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