仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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戦場の花嫁 ブライトネスディーヴァ

「……は、はは、な、何を言っているんだよ真美? 俺が、マリアを……? 冗談にしても笑えないぞ」

 

 隠していた自分の罪を真美に指摘された光牙は、引きつった笑顔を見せながらそれを恍けて見せた。真美が何かの冗談を言っているか、カマをかけて来たのではないかと思ったからだ。

 しかし、能面の様な無表情を浮かべたままの真美は、ゆっくりと首を振ると光牙の逃げ道を塞ぐ一言を口にする。

 

「私、見たのよ。ガグマとの戦いの後、あなたの戦闘記録を……そうしたら、あなたがマリアを崖に突き落とす映像がバッチリ残ってたわ」

 

「!?」

 

 光牙があまりにも迂闊だった自分の行いを後悔した。凶行に及んだ時も、それが終わった後も、自分は正常な精神状態では無かった。証拠を残していないか確認する余裕はなかったのだ。

 まさかそんな簡単な場所から自分の犯した罪が露見するとは……言い逃れの出来ない証拠を掴まれていることを知った光牙は、動揺しながらもこの状況への対応を模索する。

 

(どうする? どうすれば良い!?)

 

 自分たちのクラスメイト、大切な仲間であるマリアを殺そうとしたことがバレれば自分は終わりだ。勇者どころか犯罪者になってしまう。

 なら、ここで真実に気が付いた真美の口封じをするしかない。しかし、それをどう誤魔化せば良いのだろうか?

 賢い彼女のことだ、必ず保険は掛けてあるだろう。何らかの手段を用いて彼女を消したところで、自分の立場が悪くなる可能性はかなり高い。

 であるならば……もう、詰みなのだろう。取れる手段は無い。自分に出来るのは、真美の裁きに従うことだけだ。

 

「……俺をどうするつもりだ? 警察に突き出すのか?」

 

 震える声で真美に問いかける光牙。自分の運命は目の前の彼女が握っていることに怯えを見せながら、光牙はどうにかしてこの場を収める方法を考えることを止めはしなかった。

 どうにかして真美を丸め込めないだろうか? ……その方法を考え続けていた光牙だったが、真美が取った行動を受けて思考を停止させた。

 

「えっ……!?」

 

 伸びて来た彼女の腕が自分を抱きしめたのだ。真美の腕の中に抱き寄せられ、胸に顔を埋める状況になった光牙は驚きで目を見開いた。だが、真美はそんな彼をもっと驚かせる一言を言ってのける。

 

「……大丈夫よ、光牙。私はあなたの味方……誰にもこのことを言うつもりは無いわ。証拠となる映像も消した。これで誰もあなたの罪に気が付くことは無い……!」

 

 真美は光牙の頭を優しく撫で、静かな声で語り掛ける。予想外の彼女の行動に状況を呑み込み切れない光牙は、ただ小さな声で問いかけることしか出来なかった。

 

「どう、して……?」

 

「……どうして? どうしてこんなことをするのかって? ……そんなの、あなたが大切だからに決まっているじゃない!」

 

 愛情、羨望、独占欲……様々な感情が入り混じった声で真美が叫ぶ。光牙の肩を掴み、真正面から彼の目を見つめながら、真美は嗚咽にも近い声で彼に訴えた。

 

「あなたを一番理解しているのは私よ! あなたの夢を一番応援しているのは私よ! 他の誰でも無い! この私なのよ!」

 

「ま、真美……?」

 

「私はマリアの様にあなた以外の人を見初めはしない! 櫂の様にあなたを否定しない! 私が……私こそが、あなたを勇者に導く存在なの!」

 

 真美は叫んだ、感情のままに。抱えていた思いをぶちまけ、光牙に自分の心の叫びをぶつける。

 ずっと見て来た。ずっと応援して来た。ずっと好きだった。手が届かないならそれで良いと思った。

 だが……彼は自分の手が届く所に落ちて来た。弱り切り、誰もに見捨てられた彼を支えれば、この思いは成就するかもしれない……そう思ってしまった。

 しかしそれは、彼の罪を隠蔽しなければならない邪道だった。勇者となる人物が罪を隠すと言う相反した道を進まなければならないのだ。

 

 だが……それでも良かった。後ろ暗いことが無い人間など居はしない。光牙の場合、それがただ仲間を殺そうとしただけだと言う事だ。

 そんなことで勇者となるべき彼の未来が絶たれて良いわけが無い。そうとも、彼は勇者となる人間なのだ。勇でも他の誰でも無い、彼が世界を救う勇者なのだ。

 そして、それを支えるのはマリアではなく、この自分だ。例えどんな道であろうと、自分は光牙を勇者とする道を選んだのだ。

 

 覚悟は決めた。どんな手段を使おうと、どんな罪を被ろうと、自分は光牙を勇者にする。世界に認められる勇者に、光牙をしてみせる。

 強く、強く光牙を抱きしめながら……この瞬間、真美は勇者を導く魔女としての運命を受け入れた。

 

「愛しているわ、光牙……! 絶対にあなたを勇者にしてあげる……! 私は、あなたを裏切らないからね……!」

 

 自分の胸の中で黒い炎が燃え上がっていることを感じながら、真美はただ光牙のことを抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ……!? どこに居やがる!? 俺の前に出て来い! 光牙! 龍堂!」

 

 市街地に響く男の声。怒気を荒げ、感情のままに破壊を繰り返す櫂は、宿敵である男たちの名を叫びながら前進を続けていた。

 エネミーたちを率いる櫂はただ憤怒の感情をぶつける相手を探し求めている。それは自分の気に食わない相手であれば誰でもよかった。

 例えば目の前に居る弱いだけで何も出来ない奴ら……不平不満を口にはするが結局は自分達頼りの弱者に辟易する櫂は、目に付く人々を薙ぎ倒しながら先へと進む。

 

「とっとと出て来いよ! 俺を止めなきゃ、どれだけの死人が出るかわからねえぞ!」

 

 櫂は胸の中の苛立ちを声にする。自分はただ暴れまわりたいのでは無い、自分の事を苛立たせる奴らを木っ端微塵に吹き飛ばしてやりたいのだ。

 こんな破壊をしても自分の怒りは収まらない。早く、早くこの怒りを爆発させられる時が来て欲しい……。

 

「……ははっ!!!」

 

 そこまで考えた櫂は、遠くから聞こえて来るバイクの疾走音を耳にして仮面の下で笑った。真っすぐ、躊躇いも無しにこちらに近づいて来る音に興奮を隠せないでいる。

 来たのだ、戦いの時が。最高級に自分を苛立たせる相手をぶちのめす機会がやって来たのだ。

 期待を胸に、櫂は音のする方向を見つめる。ややあって姿を現した二人組の男女は、櫂の横をすり抜けると暴れまわるエネミーたちを跳ね飛ばしてから急停止した。

 

「……よう、随分と楽しそうなことしてるじゃねえか」

 

「来たな、龍堂……っ!」

 

 櫂はバイクから降り、ヘルメットを外した男の顔にギラギラとした視線を向ける。鋭い櫂の視線を受けてもなお不敵に笑う勇の姿は、櫂の怒りの感情を更に強めた。

 

「櫂……さん……!」

 

「あ……? てめえはディーヴァのへっぴり女じゃねえか。お仲間は病院か? たった一人で何しに来やがった? あぁっ!?」

 

 次いで自分に声をかけて来たやよいに対し、威嚇交じりの大声を上げる。小動物の様なやよいは、それで怯えて動けなくなると思っていた。

 だが、そんな櫂の予想に反してやよいは目を逸らさずに櫂のことを見つめて来ている。確かな覚悟と強さを感じさせる彼女の表情に逆に櫂が押される様な感覚を覚え、少し苛立ちが高まった。

 

「……私は一人じゃありません。私のことを信じて、支えてくれる友達がいる……その人たちの為にも、私はもう逃げません! 仮面ライダーとして、沢山の人を守ってみせます!」

 

「ちっ! 弱い癖に調子に乗りやがって!」

 

「弱くったって何も出来ない訳じゃない! 力が足りなくっても、自分の意思を貫くことは出来ます!」

 

「そう言う事だ! ……行くぜ、片桐! 櫂は俺に任せて、お前はエネミーを頼む!」

 

「はいっ!」

 

 短い会話で意思を疎通し、己の戦う相手を決める。勇は櫂を、やよいはサイクロプスを見つめ、腰にドライバーを装着した。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!>

 

<舵を切れ! 突き進め! お前の運命(さだめ)はお前が決めろ!>

 

 セレクトフォームへと変身した勇はディスティニーホイールを回転させて剣を呼び出した。切っ先を櫂に向け、挑発する様に叫ぶ。

 

「さあ、ゲームスタートだ! 思う存分相手してやるぜ!」

 

「抜かせ! 今日こそお前をぶっ潰してやる!」

 

 怒号を上げながら勇目掛けて突っ込む櫂。イフリートアクスを振るって勇に攻撃を繰り出し、がむしゃらに突き進む。

 徐々に離れて行く勇と櫂の戦いの騒音を耳にしながら、やよいはホルスターからブライトネスのカードを取り出した。花嫁の姿が描かれたカードを暫し見つめた後、それを天高く頭上に構える。

 

「葉月ちゃん、玲ちゃん……私に力を貸して!」

 

 自分を信じてくれる親友たちの名を口にし、やよいはブライトネスのカードをドライバーへと通す。次の瞬間、電子音声が流れると共に純白の羽が彼女の周囲を舞った。

 

「変身っ!」

 

<ブライトネス! 一生一度の晴れ舞台! 私、幸せになります!>

 

 いつもとは違う女性の声の様な電子音声が流れ、周囲に舞っていた羽が光と共にやよいの体を包む。

 その光が弾けた時、ピンク色の薔薇の花びらと細やかなガラスの様な光と共に新たな力を手に入れたやよいが姿を現した。

 

 ディーヴァタイプαのピンク色の装甲の上から纏われているのは純白の花嫁衣裳。フリルのついたスカートをはためかせながら彼女が一歩前に足を踏み出せば、その動きに合わせて薔薇の花が舞う。

 頭上に輝くティアラと左手の薬指に嵌められたピンクルビーの宝石が付いた指輪……可憐な花嫁の出で立ちをしたやよいは、まるでお姫様の様な動きでサイクロプスを指差す。

 

「全力で輝きます! 絶対に目を離さないでくださいね?」

 

<プリティマイクバトン!>

 

 いつもの武器を呼び出したやよいは華麗なステップを踏んでサイクロプスへと接近した。ふわりと空を舞う様に跳躍すると、落下の勢いを活かした振り下ろしを繰り出す。

 

「グガァァァッッ!?」

 

 攻撃がヒット、サイクロプスの悲鳴が響く。着地したやよいはスカートをはためかせながら回転すると、二度三度と連続して回し蹴りをサイクロプスへと浴びせて行った。

 

「はっ! てやぁっ! たぁぁっ!!!」

 

「グッ! ギィィッ!!?」

 

 まるでダンスでも踊っているかの様なやよいの戦いぶりに翻弄されるサイクロプスは、防御の構えを取って繰り出される攻撃から身を守ろうとした。

 やよいの攻撃の一撃一撃は重くない。連続して攻撃を食らうから不味いのだ。そう判断したサイクロプスだったが、やよいは冷静な分析で敵の防御の隙を見つけ出すと、その僅かなガードの間にプリティマイクバトンを突き入れてサイクロプスの胴を打った。

 

「ゴォォォッ!?」

 

 丁度鳩尾の部分を突かれたサイクロプスは苦しみに呻いて体をくの字に折り曲げる。その隙を見逃さないやよいは突き出したプリティマイクバトンをサイクロプスのの顔面をかち上げる様にして上へと思いっきり振り上げた。

 

「やぁぁぁっ!」

 

「グォォォォッッ!?」

 

 ゴツン、と鈍い音がして、今度はサイクロプスの体が大きく伸び上がる。防御もへったくれも無い敵の体勢を見たやよいは今が好機と判断して連続した攻撃を繰り出した。

 敵に向けて一歩前進、がら空きの腹に膝蹴りをかます。攻撃を受けて離れて行くサイクロプスへともう一歩サイドステップで近づくと敵の顔面を払う様にプリティマイクバトンを横薙ぎに振るう。

 左から右へ、振り払われたプリティマイクバトンの一撃を受けてサイクロプスの頭部が勢いよく傾いた。回転する敵の体にキックを繰り出したやよいは、吹き飛ぶサイクロプス目掛けて変形させたプリティマイクバトンからレーザーを発射して追い打ちをかける。

 

「ギャァァァァァッッ!!!」

 

 全身にピンク色の弾丸が幾つも直撃したサイクロプスは痛みに耐えかねて悲鳴を上げる。その声を聞きつけた櫂が援護に回ろうとするも、勇がそれを防ぐかの様に立ち回るお陰で思うように動くことが出来ずにいた。

 

「まだまだ、ここからが本番です!」

 

<β! γ! オンステージ!>

 

 戦いを有利に進め、敵の援護も無い。ここが好機と見たやよいはギアドライバーの画面を操作してからもう一度<ブライトネス>のカードをドライバーへとリードした。

 するとどうしたことだろう、やよいの両隣にディーヴァタイプβとγの姿が現れたではないか。

 突如として出現した増援に一つしか無い目を見開くサイクロプスに対し、召喚されたディーヴァたちは容赦なく攻撃を仕掛けて来る。

 

『はぁぁぁぁっ!』

 

『よい、しょっと!』

 

 タイプγの援護射撃を受けながらサイクロプスへと突っ込んで来たβがロックビートソードを振るい、鋭い斬撃を何度も見舞う。彼女が一歩後ろへ下がれば、タイプγが放つ弾幕の雨がサイクロプスの体を叩いた。

 

「グ……グラァァァァッッ!!!」

 

 全身の痛みに耐えながらも反撃を試みたサイクロプスは、目の前の敵に向かって自慢の剛腕を活かした攻撃を繰り出す。防御を許さぬ一撃がディーヴァに迫り、あわや直撃するかと思われたが……

 

「ガルルッ!?」

 

 サイクロプスの攻撃が当たるかと思われたその瞬間、βとγの二人のディーヴァは跡形も無くその場から消え失せてしまった。悲しく空を切った自分の拳を見つめながら、サイクロプスが事態を呑み込めないでいると……

 

「……こっちですよ」

 

「!?」

 

 自分に浴びせられた声に振り向けば、そこにはプリティマイクバトンを地面について構えるやよいの姿があった。

 スタンドマイク型に変形させたそれをしっかりと掴むやよいは、まるで歌う寸前の歌手の様だ。可憐な花嫁姿も相まって、非常に美しい光景が広がっている。

 

「ガ……ウ……!」

 

 エネミーであるサイクロプスすらも見惚れさせるその光景。やよいが放つ優し気な光が戦場を包み、逃げ惑い、恐怖に怯える人々の心を穏やかにする。

 人が、エネミーが、誰もがやよいに目を奪われていた。そんな彼らの耳に鳴り響く鐘の音が聞こえて来る。

 それが花嫁の未来への出立を祝う福音だと人々が気が付いた時、彼らを包む光が弾けると共にやよいのギアドライバーが電子音声を響かせた。

 

<必殺技発動! ピュアホワイト・ゴスペル!>

 

「はぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 マイク目掛けて静かに声を出すやよい。彼女の叫びを受けるマイクの前にはハート型のエネルギーが出現していた。

 鐘の音と共に徐々に大きさを増していくそれにサイクロプスは完全に目を奪われる。彼が気が付いた時には、自分の顔程までの大きさになったエネルギーが、自分目掛けて飛んで来ていた。

 

「オ……オォ……っ!?」

 

 やよいが放ったハート型エネルギーに文字通り心臓を射抜かれたサイクロプスが小さく呻く。不思議なのは、痛みよりも遥かに強い幸福感を感じていることだった。

 

「……私の全力、受け止めてくれてありがとう!」

 

「……!?」

 

 響く鐘の音と舞う羽と花びら、その中心で敵である自分目掛けて感謝の言葉を口にするやよいを見た時、サイクロプスが感じている疑問は更に強まった。だが、同時に彼は気が付いてもいた。

 この僅かな時間である戦いの中で、自分は彼女に魅了されていた。強い覚悟と可憐さ、そして何より全力を出して戦う彼女の姿に見惚れていたのだ。

 そんな彼女に敵う訳も無い。エネミーであるサイクロプスは、自分で出した答えに妙に納得すると、幸せな気持ちのままに光の粒へと還って行ったのであった。

 

「ちぃっ! 使えねえエネミーだな、おい!」

 

 サイクロプスが消滅する姿を見た櫂は舌打ちをして文句を口にした。迫る勇の剣を何とか防ぎ、大きく後退する。

 

「今日は退いてやる! そう何度も勝てると思わないことだな!」

 

「はっ! そっちこそ、次は勝てるとか思いながらやって来るんじゃねえぞ! 何回だって返り討ちにしてやるからな!」

 

 去り際に捨て台詞を残して消えた櫂に対して叫び返した勇は、周囲にエネミーの姿が残っていないことを確認して変身を解除した。そして、同じく変身を解除して自分の元にやって来るやよいに笑みを見せる。

 

「よっ! やれば出来るじゃねえか! 凄かったぜ!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 掲げられた勇の手に自分の手を合わせ、二人はハイタッチをした。心地良い乾いた音と笑い声を響かせ、やよいは輝くような笑顔を浮かべて勝利を心から喜んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おめでとう、やよい。あなたなら出来るって信じてたわ」

 

「うんうん! やっぱやよいは凄い女の子だ!」

 

「や、止めてよ! 私一人のお陰じゃないし、二人が居てくれたから頑張れただけだし……!」

 

「や~! やよいは控えめな良い子だね~! 同じ位胸も控えめで可愛いし~!」

 

「ひゃぁぁっ!?」

 

 戦いの後、意識を取り戻した葉月と玲のお見舞いにやって来たやよいは、病室で軽いセクハラを受けて悲鳴を上げていた。

 後ろから葉月に胸をわしわしと揉まれて顔を真っ赤にするやよい。その様子を苦笑交じりに見守る勇と謙哉は顔を見合わせた後、なんにせよ無事に問題が解決して良かったと頷き合った。

 

「……これでブライトネスのテストは完了したわ。次は今後の実践にどう活かして行くかを考えないとね」

 

「みなじゅきさん、いひゃいんらけど……」

 

 何故か玲に頬を引っ張られている謙哉が抗議の声を上げるも彼女はそれに聞く耳を持たなかった。謙哉の頬を抓りながらやよいと葉月へと向き直り、何か言いたげな表情をしている。

 ようやっと葉月のセクハラから解放されたやよいはその視線に慌ててドライバーを取り出すと、それを手に話を始めた。

 

「取りあえずはディーヴァの中で平均的な能力の私がブライトネスのカードを使ったけど……今度は、接近戦か遠距離戦に特化した二人のデータが欲しいよね」

 

「なら、次はアタシたちのどっちかだ!?」

 

「そうね。また戦いになった時にどっちがブライトネスを使うかを考えましょう。3人のうち1人しか使えないって言うデメリットとはうまく付き合って行かないとね」

 

「みなじゅきさん、しょろそろはなひてくれない?」

 

「ま、新しい力が手に入った分、チームワークにも更なる強化が必要になったってことだろ? お前たちならそれを踏まえて強くなれるって!」

 

 (謙哉を除き)ブライトネスのカードと今後のディーヴァのチームワークについての考察を続けていた面々は勇の一言に笑顔を見せて頷いた。

 新たなる力、ブライトネスディーヴァ……それは自分たちにどんな変化をもたらすのか? 更なる力を得たディーヴァの三人は、口々に己が抱負を口にした。

 

「今度はもうガグマにも負けないよ! 絶対絶対、強くなるんだから!」

 

「もう足手纏いにはなりたくないから……必ずこの力を物にして見せるわ」

 

「私たち三人なら絶対に大丈夫だよ! 新しいディーヴァの力、世界中に見せつけちゃおう!」

 

 自分たちの思いを締めくくるやよいの言葉に葉月と玲も静かに頷く。賑やかな病室の中、結束を強めた三人は、お互いの絆を確認し合ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「……次のパックの情報、目を通しておいてね。私は帰るから」

 

「あ、ああ……」

 

 同じ頃、光牙は病室を後にしようとしている真美の背中を半ばぼやけた目で見ていた。

 先ほどの彼女の言葉は脅迫なのだろうか? それとも、自分の罪を共に背負って行くと言う共犯宣言なのだろうか?

 今の自分には判断がつかない。だが……真美が自分の運命を握っていることは確かだった。

 

「……安心して、光牙。私はあなたの味方よ。なにがあっても、ね……!」

 

 その言葉を最後に部屋から出て行った真美のことを見送った後も、光牙は自分の置かれた状況を飲み込めないでいた。

 本当に真美を信じて良いのだろうか? 今の自分にはそれしか方法がないことも確かだが……

 

「……俺を、勇者に……」

 

 引っかかるのは彼女の言葉だ。真美は自分を勇者へと導くと言ってくれた。その時の彼女の言動に嘘は無かったように思える。

 なら、彼女は本気なのだろうか? 本気で、自分を勇者にしようとしてくれているのだろうか?

 

「………」

 

 光牙は彼女の置いて行ったディスティニーカード第三弾のカードリストを視界に映した。これもまた彼女がくれた自分を勇者にする為に必要な物なのだろうか?

 ぼやけた思考のままにシークレットレア以外のカードが記載されたそのリストを眺めていた光牙だったが、気になる名前を見つけるとそのカードへと注目して視線を向ける。

 光牙の気になったカード……それは、最高位レアリティのディスティニーレアである『暗黒魔王 エックス』のカードであった。

 

「エックス……奴のカードもこの中に……」

 

 臨海学校で自分たちに恐怖のゲームを体験させ、櫂を魔人柱へと変貌させた張本人であるエックスのカードへ憎しみの視線を浴びせる。黒く輝く絵柄のカードは、まるでブラックホールの様に光牙の視線を吸い込んでいた。

 エックスが恐ろしい敵だと言う事はわかっている。だが、どんな能力を持っているのかまではわかってはいない。ガグマの『譲渡』の様な強力な特殊能力を持っている可能性も十分にある。

 もしそうであれば……また、自分たちの中から犠牲者が出るのではないのだろうか? 櫂の様に、ゲームオーバーになる仲間が出てしまうのではないだろうか?

 光牙がそう考えた時だった。

 

「うっ!?」

 

 突如として激しい頭痛に襲われた光牙は、頭を抱えてベッドの上で蹲った。ガンガンと痛む頭の中でいくつもの声が反響している様な感覚に襲われ、その声が頭痛を更に強くしている気がする。

 悲鳴、怒声、嘲笑……負のイメージを持つ声が響き渡る中、最後に光牙の中で弾けたのは、絶望感漂うあの電子音声だった。

 

<GAME OVER>

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 非情な宣告が響く。櫂の散り際を思い出した光牙は、ベッドの上から転げ落ちると荒い呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻そうとした。

 同時に彼は思う。何故だかはわからないが、前回の自分の予知夢は的中した。自分がマリアを突き落とす光景は、現実の物となった。

 ならば……きっと今の声も現実になるはずだ。きっと……いや、()()()()()()()()()()()()()()()はずなのだ。

 

「……く、く……! 出来たら、龍堂くんになって欲しいなぁ……!」

 

 下種な一言を口にした光牙は、病室の床の上で静かに狂った笑みを浮かべ続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かがまた、犠牲になる。それは……の……を呼び起こす。

 暗黒の魔王の策謀に飲み込まれるのは、誰だ?

 

 

 


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