「……本気、か?」
「……はい」
園田にきつめの口調で問い詰められたやよいは、彼女の鋭い視線に怯えながら小さな声で返事をした。
わずかに震えながらも自分の意思を示したやよいを見た園田は、一瞬だけ彼女から視線を逸らした後で頷く。
「……わかった。なら、お前の意思を尊重しよう。ディーヴァには新しいメンバーを補充する」
「……ありがとうございます」
最初から最後まで小さな声で応答したやよいは、自分がもう既にここに居るべき人間では無いことを思い部屋から出て行こうとする。
ほんの少しだけ、園田は自分を引き留めてくれなかったなと暗い気分が心を過ったが、そんな感情を覚えた自分がそれを望んだ事なのだから当然なのだろうと己の身勝手さを恥じた。
「まて、やよい。お前に渡したい物がある」
「え……?」
だから、そんな考えを浮かべながら部屋のドアノブに手をかけた時に園田に呼び止められたやよいは、自分の考えが彼女に悟られてしまったのではないかと少し焦った。
しかし園田は慌てるやよいのことを咎めもせずに一枚のディスクを差し出して来る。
「これは……?」
「……もし、お前がこれを見て何も感じないと言うのなら、私はお前の言う通りにしよう。だが、もしもお前の気持ちが変わることがあれば……」
園田はやよいに向けて手に持ったディスクと先ほど彼女から返却されたギアドライバーを差し出した。
困惑するやよいに向けてそれらを渡すと、園田は彼女の目をまっすぐに見つめて言う。
「もう一度、
「………」
無言のまま、やよいは差し出されたディスクとドライバーをおずおずと手に取った。
責任感とプレッシャーで随分と重く感じるドライバーを見つめながら、やよいは今度こそ理事長室を後にする。
「……失礼しました」
深々と頭を下げて部屋を出たやよいは、園田からの贈り物を見つめて大きな溜息をついたのであった。
「片桐がディーヴァを辞めるだって!?」
「それ、本当なの!?」
「……ええ」
同じ頃、葉月と玲が搬送された病院の中では、真美が先ほどやよいと話した内容を勇と謙哉に伝えていた。
真美の話を聞いた二人は、やよいが感じていた精神的な動揺と自分への無力感を察しきれなかったことを悔やんで表情をしかめる。
「……悪い、ちょっと行ってくる!」
「ちょっと! どこに行くつもりよ、龍堂!?」
一度振り返ってベッドの上で眠る葉月の姿を見た勇は、謙哉と真美に手を合わせてその場を後にしようとする。
そんな彼のことを慌てて呼び止めた真美が行き先を尋ねると、勇は険しい表情のままこう答えた。
「決まってんだろ、片桐のところだよ。このままあいつをディーヴァから抜けさせちゃなんねえからな」
「待ちなさいよ龍堂! あんた、このままやよいを戦いの場に残して良いと本気で思ってるの!?」
行き先だけを告げて再び走りだそうとした勇のことを強い口調で制止した真美は、彼の正面に回り込んでその動きを阻害するようにして位置取ると一つの質問を投げかける。
優しく、どこまでも普通の少女であるやよいの苦しい心の叫びを聞いた張本人である真美は、今勇がしようとしていることが本当に正しいことなのかと問いかけて来た。
「……確かにあんたの気持ちも分かるわ。でも、やよいは戦いから離れたがってる……戦いは怖いし、怪我だってするわ。それに、取り返しのつかない事態に陥ることだってある……そこから逃げたいって思ったやよいのことを誰が責められるの?」
「………」
「本人が望まない以上、放っておいてあげる方が得策よ……あんたがやよいの所に行っても何も出来ない、むしろやよいが苦しむだけよ。なら、このまま……」
目を伏せながら自分の意見を勇へと告げる真美。今、彼女が口にしていることは、数少ない友人を思う彼女の本心であった。
やよいは本当に優しい、そして普通だ。キラキラしたアイドルのステージにならともかく、戦いの舞台に上がる様な女の子ではない。
そのやよいが、アイドルと言う自分の夢を投げ捨ててまで戦いの場から離れたいと願っているのだ。長年の夢を諦める覚悟までしているのだから、その思いは相当強いだろう。
なら、これ以上やよいを苦しませることの無いようにその思いを後押ししてやりたい……そんな意見を口にした真美のことを見つめていた勇は、深く息を吐いてから自分の思いを彼女に伝える。
「……そうかもな。片桐のことを考えりゃあ、ここで仮面ライダーを辞めさせてやった方が良いのかもしれない。……でもよ、そうしたらこの二人の意見はどうなるんだ?」
「え……?」
「目が覚めて、いきなり片桐がディーヴァ辞めたなんて聞かされても二人は納得しねえよ。片桐が本気でディーヴァを抜けたいにしても、それならまずこの二人に話を通さなきゃならねえだろ?」
勇はベッドで眠る葉月と玲の方向を指差して真美に尋ねる。未だに気絶したままの二人の思いを想像しながら、勇は進行方向を塞ぐ真美の体の横をすり抜けて行った。
「俺は片桐と話して来る。仮面ライダーとアイドルを辞めるにせよ、ここまで一緒に戦って来た仲間に何も言わないまま終わりになんかしちゃいけねえよ。どうしても抜けたいって言うなら、まずは二人に話を通さないとな」
それだけ真美へと告げた勇は、彼女の肩を一度叩いた後で走り去ってしまった。
自分の制止も聞かずにやよいの元へ向かった彼のことを憎々しく、されど少しだけ羨ましく思いながら、真美はその背中を見送る。
「……多分、どっちも間違って無いと思うよ」
「……え?」
「勇の行動が不服なのかもしれないけど、決して勇は間違ったことはしていないと思う。でも、美又さんも間違って無いと僕は思うよ。だって、どちらも片桐さんのことを思って行動してるわけでしょ?」
「………」
「……この問題に完全な正解なんて無いんだよ。だからこそ、僕たちは必死になって正しい道を選ぼうとするんじゃないかな?」
「……ええ、そうかもしれないわね」
もし、今のやよいの立場に光牙が立っていたのなら……彼が勇者になる夢を諦めてまで戦いから逃れようとしたら、自分はきっと勇と同じ行動をするだろう。
何で逃げようとするのか? 未練は無いのか? 戦いを止めた後はどうするのか? そう言った事項を一つ一つ確認して、光牙の思いを最大限に汲み取った答えを出す様に尽力するだろう。
「完全な正解なんて無い、か……」
もしそうならば、自分はどうやって光牙を支えれば良いのだろう? 自分の愛する男をどうやって勇者へと導けば良いのだろうか?
彼を思って行動するだけでは駄目だということはわかっている。今までのやり方では駄目なのだ。自分はそれをしっかりと思い知ってしまった。
「……やよい……光牙……」
友人も、好きな人も、自分の大切な人を支えるには自分は力不足の様だ。
最後の一歩、強い覚悟を決められぬ自分を強く恥じながら、真美は二人の名を呟いて謙哉と共に葉月たちの専用病室の中へと消えて行く。
その拳は強く握り締められ、小刻みに震えていたのだが……それが、彼女のどういった感情を意味するのかを知る人物は何処にも存在しなかった。
携帯電話のディスプレイが放つ光に顔を照らされながら、やよいは今まで撮影した写真を一つ一つ眺めていた。
フォルダ一杯に保存された写真のほとんどは、葉月と玲の二人と撮ったものだ。写真の中の自分はどれも満開の笑顔をカメラに向けている。
(楽しかった、な……)
自分がアイドルとして活動した期間はそう長くは無い。だが、養成所時代から今までの間、自分たちはずっと一緒だった。
一般応募で入所したやよいと一番最初に友達になってくれたのは葉月だった。彼女と一緒に何度も笑って、何度も辛いことを乗り越えて来た。
園田の義理の娘であり、事務所にも特別扱いされていた玲とはユニットの顔合わせの時に初めて会話を交わした。それまでに彼女の歌声を耳にする機会があり、もはやプロと言っても過言では無い歌唱能力を持つ彼女とユニットを組めて本当に幸せだと思ったものだ。
本当に楽しかった。何のとりえもない自分が、沢山の魅力を持つ二人と一緒にアイドルとして活動出来て、本当に幸せだった。夢の様だった。
だが……夢は必ず覚める。そろそろ自分は目を覚まさなければならない。普通の自分が、輝く彼女たちと一緒に居て良いはずが無い。
寂しさを堪える為にぎゅっと拳を握り締めるやよい。瞳から大粒の涙が零れ、携帯電話の画面へと落ちて行く。
肩を震わせ、声を殺して噎び泣きながら、やよいは静かに泣き続けていた。
「……何してんだよ、お前。こんな所で……」
「あ……!?」
突然かけられた声にやよいが顔を上げれば、そこには息を切らせた勇の姿があった。全身汗だくになっているところを見るに、走り回ってやよいを探していたのだろう。
「……聞いたぜ。お前、ディーヴァを辞めるって美又に言ったらしいな」
「……はい」
自分の横に腰を下ろした勇の言葉にやよいは頷く。か細いその返事を聞いた勇は、少し表情を曇らせながらも話を続けた。
「本当にそれで良いと思ってるのか? 葉月たちがそれを聞いて、納得できると思うのか?」
「………」
「お前の気持ちもわかるぜ。けど、そんないきなり決断をすることは……」
「……わけないじゃないですか」
「え……?」
「勇さんに私の気持ちなんて、分かる訳がないじゃないですか!」
「か、片桐っ!?」
勇の言葉が何の琴線に触れたのか、やよいは大声を出しながらベンチから立ち上がった。
泣きながら怒る彼女は涙で顔をくしゃくしゃにしながらなおも勇へ叫び続ける。
「分かるわけないじゃないですか……強くて、凄い才能を持ってて、レベル80の力まで手に入れた勇さんに、私なんかの気持ちがわかるわけないですよ……! 何の才能も無い、ただ皆の足を引っ張るだけの私の気持ちなんて、分かる訳が……」
最初は大きかったやよいの声だが、段々と尻すぼみになると最終的にはか細くなって消えてしまった。
再びベンチにへたり込む様に座り、大声で泣きじゃくるやよいは自分の無力さを噛みしめて更に悲しみの感情を強める。
だが、勇はそんな彼女の姿を黙って見た後、頭を掻きながら困った様にして口を開いた。
「……そう、かもしれねえな。所詮、人は他人の気持ちなんて分かる訳が無いのかもな。でも……お前が何を怖がっているかはよくわかるぜ」
「え……?」
「お前は、自分のせいで大切な友達が傷つくのが怖い……そうなんだろ? だから、もっと優秀な奴を選んで貰おうとしてるんだろ?」
「っっ……!?」
勇にぴたりと本心を言い当てられたやよいは驚きながらもそれを肯定した。そんな彼女のことを僅かに微笑みを浮かべた表情で見つめながら勇は話を続ける。
「自分が傷つくことよりも、自分の大切な人が傷つくことの方が何倍も怖い。俺もこの間そのことを思い知ったよ。謙哉が目を覚まさなくなって、マリアが居なくなっちまって……そこで初めて、自分以外のものが傷つく恐怖を知ったんだ」
じっと握り締めた自分の拳を見つめながら勇は語る。ガグマとの戦いの果てに得た、自分の戦う理由を……
「自分が死ぬのなんて怖くなかった。本当に怖いのは、自分のせいで誰かが傷つくことなんだ。俺は……俺は、本当にギリギリまでそのことに気が付かなかったんだ。失いかけて初めて気が付いた、大切な友達が傷つく恐怖に……」
「でも……でも、勇さんはその恐怖を乗り越えたじゃないですか! 勇さんは強い人だから、私とは違うから……」
「そんなこと無い。俺は強くなんか無いんだ。……俺がその恐怖を乗り越えられたのは、俺のことを信じてくれた人が居たからなんだよ」
「え……?」
「……俺は強いって信じてくれた奴が居た。俺に戦う理由を教えてくれた奴が居た……そいつらのお陰で俺は一人じゃないって思えた。俺のことを信じてくれる人が居るんだって思えたんだ。だから、俺は戦う運命を選ぶことが出来た。きっと一人だったら何も選べなかったんだ」
「信じてくれる人……? 一人じゃ、ない……?」
「ああ! ……片桐、お前にも居るだろ? お前のことを信じてくれる仲間が、少なくとも二人居るはずだ」
真っすぐに自分を見つめて力強く断言する勇。彼の言葉を聞いたやよいの頭の中に葉月と玲の姿が浮かんで来た。
ずっと一緒に頑張って来た大切な友達。大好きで、誇らしくって、心の底から信じられる最高の親友たち。そんな二人は、自分とは全く違う。二人は光り輝く一等星で、自分はただの星屑なのだ。
そんな二人は自分のことを信じてくれているのだろうか? 情けない自分の事など足手まとい位にしか思っていないのではないだろうか?
「……あ?」
そこまで考えたやよいは、あることを思い出した自分の鞄の中を漁り始めた。暫く中身を探ったやよいは、目当ての物を見つけ出すとそれを引っ張り出す。
やよいが取り出したもの、それは園田から渡されたディスクであった。どうやら映像が記録されているらしきそれをゲームギアに挿入すると、機械を操作して再生を開始する。
一瞬だけ砂嵐が走った後……画面には、満面の笑みを浮かべる葉月とクールな表情の玲の姿が映し出された。
「これ、って……?」
『やっほー! やよい、見てる~!?』
『驚かす様な真似をしてごめんなさい。でも、番組の為に必要な事だから許して頂戴ね』
どうやらこれは二人からのビデオレターの様だ。比較的最近撮影された、どこかのテレビ番組で使われるはずの映像なのだろう。
園田は何を思って自分にこれを見せようとしたのか? 疑問を浮かべるやよいに向け、画面の中の二人は話を続ける。
『えっと……いつも中々言えないことを告白しよう。って趣旨のビデオレターなんだよね? うわ~、ちょっと恥ずかしいなぁ……』
『確かに恥ずかしいけど良い機会だから……今日は、私たちがやよいのことをどう思っているかを話させて貰うわね』
「っっ……!?」
玲の言葉を聞いた瞬間、やよいの体が小さく震えた。咄嗟にゲームギアに手を伸ばし、映像の再生を止めようとまでしてしまう。
二人が自分の事をどう思っているのか? それを知ることがとても怖かった。足手まといだとか、要らない奴だとか、そんな風に思われているのではないのかと思い、これ以上聞きたくないと思ってしまう。
だが、伸びて来た勇の腕がやよいの手を掴み、その行動を阻害する。驚いて顔を上げたやよいに対し、勇は黙って目で語り掛けて来た。
最後まで見続けろ……勇の目はそう言っていた。その目を見たやよいは迷いの表情を見せるも、逆らうこと無く勇の指示に従う。
画面へと視線を移したやよいは、流れ続ける二人のビデオレターを黙って見続ける。
二人の話は昔へ遡り、ユニットを組むと言われた時のものになっていた。
『……正直、最初は二人のことを信用できないなと思ってたのよ。葉月は何も考えて無さそうだし、やよいはおどおどしてて自信なさげだし、こんなのと一緒にやって行けるのかなって思ってた』
『アタシもそう! やよいはともかくツンケンしてる玲と上手くやって行けるのかな~って思ってたんだよね! でも、そこを上手く取り持ってくれたのがやよいだったんだ』
「……そういえば、そんな頃もあったなぁ……」
脳裏に蘇る記憶。性格の合わない二人を上手く馴染ませる為に奮闘し、ユニットとしての協調性を作り上げようと一生懸命に努力した。
その甲斐があってか二人は少しずつ会話をする様になり、チームとしての雰囲気が纏まって来た様な気がする。
しかしそれが何だと言うのか? そんなもの、きっと園田が一喝すれば纏まった話だ。
今、自分はディーヴァの為に何も貢献出来ていない。それがすべてでは無いのだろうか?
やはり自分は何もない少女なのだと俯きがちになるやよい。だが、そんな彼女の耳に飛び込んで来たのは、信じられない言葉だった。
『……それにね、私たちはやよいと一緒にアイドルが出来て本当に良かったと思ってる。あなたは、凄い女の子だから』
「え……?」
玲が発した一言を耳にしたやよいは我が耳を疑った。歌が上手く、スタイルも良く、誰もが羨む玲が自分の事を褒めているなんて、信じられなかったのだ。
『そうだよやよい! やよいはもっと自分に自信を持って良いんだって!』
だが、紛れも無い現実に起きた出来事を肯定するかの様に今度は葉月がやよいへ言葉を投げかけた。二人の発言の衝撃にゲームギアを持つ手を震わせながら、やよいは視線を画面へと釘付けにしている。
自分の憧れである二人が何故、自分の事をこんなに褒めてくれるのか? その理由は、すぐに二人の口から語られることになった。
『確かにあなたは普通の女の子なのかもしれないわ。初めて会った時は歌もそこそこで運動神経もあんまり良くなかった』
『でもさ、やよいはそれを必死に努力して上達させていったじゃん! いつの間にか歌が上手くなって、出来なかった振り付けを完璧にこなす様になるやよいの事、昔っから凄いって思ってたんだよ!』
『そう……あなたは普通の女の子。夢に真っすぐで、それを叶える為にならどんなことでも一生懸命になれるって言うだけの女の子。だからこそ、魅せられる夢がある』
『やよいがステージに立つ度、世界中の女の子が希望を貰ってるんだ! 自分だって頑張れば夢を叶えられる、叶わない夢なんか無い! って思わせてるんだよ!』
『そんなやよいと一緒にステージに立てることを私たちは誇りに思うわ。これは、紛れも無い私たちの本心よ』
「私が……そんなことを……!?」
考えたことも無かった。ただ、自分は夢を叶えたくて必死になっていただけだった。
自分は普通の女の子で、何も長所なんて無いと思っていた。こんな自分には何も出来ないと思い込んでいた。
『……忘れないで、やよい。あなたは世界中の人を笑顔に出来る。あなたに出来ないことなんてないわ』
『どんな困難も努力で突破する最強の普通の女の子、それが片桐やよいなんだよ! その一生懸命さは、やよいの宝物なんだからね!』
『私と葉月があなたのファン1号と2号よ。憧れのアイドルと一緒にユニットが組めて、私たちは幸せ者だわ』
『これからもよろしくね! ディーヴァで天下を取るまで、アタシたちはずっと一緒だよ!』
笑顔を浮かべる二人を映したのを最後に映像は途切れた。再生が終わったゲームギアを掴んだまま、やよいは肩を震わせて涙を流す。
見た目だけは先ほどまでと同じ光景……だが、一つだけ圧倒的に違う物があった。それは、やよいの感情だ。
情けない、自分には何もないと思い込んで自分を恥じていた彼女は、親友たちの本心を聞いてその感情を打ち消した。同時に、喜びと別の意味での羞恥心が湧き上がる。
「私だけ、だった……」
出来ない、何も無い、足手纏い……そうやって自分を諦め、逃げ出そうとしていた。所詮自分は普通の女の子なのだと思い、信じることを忘れていた。
だが、こんな自分を信じてくれる人たちが居た。親友が、仲間が、そして世界中の顔も知らないファンたちが、自分の事を信じてくれているのだ。
片桐やよいは凄い「普通の女の子」なのだと信じ、
「私のことを信じてなかったのは……私だけだった……っ!!」
あともう少しでその信頼を裏切ってしまう所だった。勝手に自分には何も出来ない思い込んで、全てから逃げ出そうとしていた自分の事を猛烈に恥じる。
戦いは怖い。迷ったりもするだろう。しかし、この期待を裏切ってしまうことに比べたら大したことではない。
戦い、歌う自分の姿を見て夢を抱く少年少女が居るのだろう。ただの女の子から一躍スーパーヒロインになったやよいのことを見て、自分もああなりたいと願う子供たちが居るのだろう。
その夢を壊したくない……! ただの女の子だからこそ見せられる夢がここにある。ただの女の子だから出来ることがここにあるのだ。
「……どうする? まだディーヴァを抜けたいって言うつもりか?」
投げかけられた勇の問いかけに何も答えず、やよいはただ目元を腕で擦った。
涙で濡れた顔面を拭き、深呼吸をして気持ちを落ち着けた後、やよいは勇へと向き直って笑顔を見せる。
「……いいえ。私はもう、何も諦めません……! 友達の命も、自分の夢も、全部手にしてみせます! だって私、
やよいの表情にあの輝く笑顔が戻って来た。迷いを振り切り、覚悟を固めた彼女は、今までで最高の笑顔を見せながら勇へと自分の意思を伝えた。
「……今のお前の気持ち、良くわかるぜ。誰かから信じて貰えるのってすげー嬉しいよな」
「……はい!」
同じ思いを感じたことがあるからこそ言える言葉を口にした勇は、復活したやよいに向けて笑顔を見せた。アイドルの笑顔には敵わないなと思いながらも、目の前のやよいと同じ様に笑い続ける。
暫しそうやって笑っていた二人だったが、やよいの持つゲームギアが電子音声を響かせ始めたことに気が付くと表情を元に戻してその呼び出しに応答した。
「はい、片桐です!」
『……園田だ。現在、工業団地でエネミーが暴れているとの情報が入った。現場に向かって貰いたいのだが……』
「わかりました! すぐに向かいます!」
やよいの感情を確かめる様にして問いかけた園田は、彼女が即答で現場に向かうことを了承した姿を見て少しだけ驚いた表情を見せた。
その後で小さく口元を綻ばせた後、園田はやよいへと発破をかける。
『行ってこい、やよい! 葉月と玲の分まで暴れてしまえ!』
「了解ですっ!!!」
大声で叫んだ後、やよいは園田との通信を終えて反対方向に振り向いた。既に勇はマシンディスティニーを召喚して現場に急行する構えを見せている。
「乗ってくか?」
「勿論ですっ!」
二つ返事で返答するとバイクのシートへと腰を下ろす。ヘルメットを着けたやよいは思いっきり腕に力を込めて勇に抱き着いて出発の時を待った。
「しっかり捕まってろよ!」
「は、はいっ!!」
一瞬後、爆音と共にマシンディスティニーが風を切って走り出す。現場へ向けて疾走するバイクの上で、やよいは心臓が高鳴っていることを感じていた。
(葉月ちゃん、玲ちゃん……見てて! 私、やってみせるから!)
「……もう一度言ってくれないか、真美。俺が、なんだって……?」
同時刻、病院のベッドの上で顔面を蒼白にした光牙が顔を引きつらせながら目の前に座る真美へと問いかけた。
何かの冗談だろうと言わんばかりに会話を流そうとしているが、彼の挙動すべてが彼の心の中の焦りを現している。
「……そう、聞こえなかったのね? なら、もう一度言うわ」
明らかに動揺し、狼狽している光牙の姿をまっすぐに見た真美は、深く息を吸い込むとつい数秒前に発した言葉をもう一度口にする。
心の奥底で固めた
「光牙……