仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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やよいの憂鬱

 ……何故、こんなことになってしまったのだろうか?

 

 一人きりの廊下でやよいは自分に問いかける様に疑問を浮かべる。

 何度目かの自問自答を繰り返しながら、彼女はこの答えの出ない問題に頭を抱えながら椅子へと座りこんだ。

 

 自分はただ、アイドルになりたかっただけだ。その為に養成所に入って、芸能事務所に応募して見事入所することに成功した。

 ずっとずっと、自分の夢を追い続けて来ただけだった。その夢は叶ったが、同時に一つのおまけも付いて来てしまった。

 それがこのドライバー……仮面ライダーとしての力だった。

 

 ディーヴァとして活動する為の条件として手渡されたこのドライバーのことを深く考えていなかったわけではない。ただ、元来の優しさからこう思ってしまった。

 この力があればたくさんの人を助けられる、と……

 

 ヒーローになりたかったわけではない。誰かに感謝されたかったわけでも無い。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()だけだった。

 それで良いと思っていた。喧嘩は苦手だが、それでもエネミーを倒せば誰かの命が助かる。その為に頑張ろうと思って戦って来た。

 つい、この間までは……

 

「っっ……」

 

 寝ても、覚めても脳裏から消えない光景。櫂がガグマに敗れ、消え去ってしまったあの場面。それがやよいに一つの現実を突きつけて来る。

 これは遊びじゃない。負ければ当然、命が消える……櫂の消滅は、やよいに初めてその事実を実感させたのだ。

 

 死にたくない。逃げ出したい。でも、葉月や玲を置いて戦いから離れることなんてしたくない……その感情に板挟みにされ、やよいはずっと悩んでいたのだ。

 

(いいな、二人は……)

 

 葉月と玲には強くなりたい理由がある。どちらも好きな人のためだ。

 そのためにならば多少の危険は承知で突き進むのだろう。だが、自分にはそんなことは出来ない。

 強くなれば、更に激しい戦いに飛び込むことになるだろう。新しい力を手に入れたら、もしかしたら謙哉の様にデメリットに苦しむことになるのかもしれない。

 正直に怖かった。怯え、惑い、怖がっていた。だから……こんなことになってしまった。

 

「……やよい、大丈夫?」

 

「あ……! 真美、ちゃん……」

 

 俯く自分にかけられた声に顔を上げれば、そこには心配そうに自分のことを見つめている真美の姿があった。

 自己嫌悪と後悔に苛まれていたやよいは、彼女のその眼差しを受けて感情を爆発させる。瞳から涙を零し、大きな声で泣き始めてしまった。

 

「や、やっぱり……やっぱり、私には無理だったんだよ! 出来っこないんだよ! 私なんかに!」

 

 病院の廊下で泣きじゃくるやよいに対し、真美はなんと言葉をかければ良いのかわからない様子で押し黙っている。

 やよいの大声が響く廊下には、二人以外にも病室から顔を出している勇と謙哉の姿もあったが、二人もまた真美同様に黙ってやよいの嗚咽の声を聴き続けていることしか出来なかった。

 

「わ、私が……私が悪いんだよぉっ! 全部、私のせいなんだよぉぉっ……!!」

 

 なおも大声で泣き続けながら、やよいは今の状況に繋がる出来事の起きた数時間前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディーヴァのパワーアップカード!?」

 

「うん、そうだよ! これでアタシたちも勇っちに追いつけるよ!」

 

 その日の昼、やよいたちディーヴァの三人は、虹彩学園で勇たちに『ブライトネス』のカードを入手したことを報告していた。

 この日は櫂の復活にショックを受けたマリアと負傷した光牙、彼に付き添っている真美は欠席しており、珍しく完全部外者たちの集いとなっていた。

 厳格な雰囲気の光牙や真美が居ないため葉月は結構調子に乗っており、指でVサインを作りながら勇たちに胸を張りながら新カードの情報を伝えていた。

 

「園田理事長によると、ブライトネスのカードを使ったディーヴァのレベルはなんと75! 勇っちの80には及ばないけど、十分魔人柱たちとも戦えるレベルになれるんだ!」

 

「へぇ、そりゃあすげえじゃねえか! 一気に戦力増大だな!」

 

 葉月の話を聞いた勇は表情を綻ばせながら戦力の強化を喜ぶ。レベル75のライダーが一挙に三人も増えるのだ、これは大幅な戦力の強化が見込めるだろう。

 だが、勇のそんな考えを見越したのか、玲が小さく首を振りながら『ブライトネス』にまつわる注意点を口にする。

 

「ただし……強化カードを使えるのは一回につき一人! 一回の戦闘につき、一人しかパワーアップ出来ないわ」

 

「えっ……? ってことは、レベル75になれるのは三人のうち一人だけで、他の二人は50のまま戦うことになるってことなの?」

 

「そういうことね……。でも、それでも十分戦術の幅は広がるわ。もうお荷物になるつもりは無いし、あなたに無理はさせるつもりもないわ」

 

「勇っちだけにしんどい役目はやらせないって! これからは、アタシたちも一緒に踏ん張れる様になるんだから!」

 

「へへっ! 頼もしい限りじゃねえか。なあ、謙哉!」

 

「うん!」

 

 新たな力を得たことに意気揚々と燃える葉月と玲の姿を見た二人は、言葉通りの頼もしい視線を彼女たちに送る。

 仲間同士の絆を再確認していた勇は激化する戦いに向けての二人の心構えに自分も気を引き締めたが……そんな中、一つのことに気が付いた。

 

「……片桐? どうかしたのか?」

 

「えっ……!? な、なにがですか?」

 

「いや、なんかさっきからテンション低くないか? 新カードを手に入れたんだから、喜んでんじゃねえのかな~と思ったんだけどよ……」

 

「あ……いや、その……ちょっと緊張しちゃってて……」

 

 勇の訝し気な視線を受けたやよいは固い笑みを浮かべるも、普段の彼女の輝く様な笑顔とは全く違うそれは逆に勇の違和感を煽った。

 一体どうしてしまったのだろうか? 何か不安なことでもあるのだろうかと考えた勇はやよいに質問をしようとするも、その前に彼女は固まった笑みのまま教室から走り去ってしまった。

 

「……なんか変じゃねえか、片桐の奴……」

 

「うん……近頃ずっとあの調子なんだよね……」

 

 明らかに様子のおかしいやよいを心配した勇は、皆と一緒に一体彼女に何が起きてしまったのかを考え始めた。

 ややあって、謙哉が一つの可能性に思い当たり、それを口にする。

 

「もしかして……城田くんが倒されたことで、ショックを受けているのかも……!?」

 

「……ありえるわね。あの子、人一倍優しいから、関わりのあった城田がやられてショックを受けないはずがないわ」

 

「というより……()()()()()()()()()って思っちゃったんじゃないかな?」

 

「え……?」

 

 謙哉の言葉に玲が不思議そうな顔をする。そんな彼女や勇たちに向けて、謙哉は自分の考えを述べた。

 

「前に空港で戦った時のことを覚えてる? あの時、片桐さんはパルマとの戦いを心底怖がっていた気がするんだ。もしかしたら、彼女の中で敗れた時のビジョンがはっきりして、ゲームオーバーになる事の恐怖が生まれたんじゃないかな?」

 

「あ……!?」

 

 確かにあの時、やよいの様子が急変したのはパルマの言葉を受けてからだった。

 櫂同様に消滅させてやると言うパルマの言葉に激しく取り乱したやよいの姿を思い出した玲は、そのことを念頭に置いて今までのやよいの行動を振り返ってみた。

 

「……確かにそうかもしれないわ。やよい、いつもビクビクしてた……!」

 

「このカードを貰った時もそうだよ! やよいが試験体になるって聞いた瞬間、顔が真っ青になってたもん!」

 

「……くそっ! あの脳筋馬鹿、どこまで俺たちに傷痕を残すつもりだよ?」

 

 復活した……いや、()()()()()()()旧友のことを思い出しながら、勇が憎々し気に呟く。

 決して櫂を責めているわけではない。だが、やはりあの戦いが残した爪痕は深かったのだと再確認した勇は、どんよりとした気分を拭えずにいた。

 

「……その城田くんも復活した。僕たちの敵、魔人柱として……!」

 

「コンティニューが敵側だなんて、ガグマの奴ってほんと悪趣味だよ……」

 

「敵はガグマだけじゃあ無いわ。エックスもガグマと手を組んで何かを企んでる……魔人柱の大半を倒してパワーアップも順調にこなしてるけど、まだまだ厳しい戦いは続きそうね」

 

「……片桐が壁を乗り越えられる様に俺たちも手を貸してやらねえとな」

 

 やよいを気遣った勇の呟きにこの場の全員が頷く。仲間として、友人として、彼女の悩みを共に解決する手助けをしたいと願いながら、勇たちはやよいの出て行った教室のドアをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……っ」

 

 疲れた表情を浮かべながら校舎の中に入った真美は、夏の暑さとここ最近の出来事にうんざりとした溜め息を吐いた。

 ガグマ戦の敗北から続く今日までの出来事は、彼女にとってもA組の皆にとっても衝撃の連続だ。

 戦いに敗れ、仲間が消滅し、権威は地に落ち、極めつけにかつての仲間が敵となって復活するなど誰が予想しただろうか? 思い返すだけでどんよりとした気分になるその出来事を忘れたくとも忘れることは出来ない。彼女は皆を率いる立場にあるのだから。

 

(光牙……)

 

 真美はこんな状況の中で一番辛いであろう光牙の身を案じた。肉体的な怪我もそうだが、今の光牙はむしろ精神的に厳しい状況に置かれているのだろう。

 親友であるはずの櫂に指摘された事実、それは光牙が目を背けていたものに違いない。それをはっきりと断言された彼の心中は、控えめに言ってズタボロと言う所だろう。

 

 いや……それだけではないはずだ。今、ソサエティ攻略の中心になっているのは光牙ではない。勇者になろうと努力していた彼は今、完全にお荷物と呼ばれる状況になってしまった。

 今の虹彩学園を引っ張っているのは光牙ではなく勇だ。レベル80の力を手に入れた彼は、空港での一件で完全にヒーローとしての地位を手に入れた。

 彼がそれを望んだわけではないのかもしれない。だからこそ、それを望み続けた光牙にとっては心の奥底から悔しがる状況になっているのだ。

 

 真美は思う。今の光牙は追い詰められている。誰かが彼を支えなければならない、と……

 では、誰かとは誰か? 無論、自分に他ならないだろう。それは有象無象のA組の生徒や、記憶を失ったマリアには出来ないことだ。

 だが、支える方向性を間違ってしまっては逆に光牙のプライドを傷つけて彼を追い込みかねない。光牙のことを完全に理解し、絶対の献身を尽くさなければならないだろう。

 

 自分にそれが出来ない訳ではない。むしろ、その為の準備は既に終えてある。

 だが……本当にそれで良いのだろうか? この道を選べば、きっと自分は後戻り出来なくなる。

 真美は自分の取るべき道を吟味し、今後の行動を考える。聡明な彼女がこれから先の展開を予想し、その対応を思い浮かべていると……

 

「あ……! 真美、ちゃん……」

 

「あら、やよい。もう話し合いは終わったの?」

 

「う、うん……」

 

「そう……。色々と大変だからこそ、落ち着いて目の前の物事に当たりましょう。そうすれば先の展望が見えて来るわ」

 

 数少ない……訂正、唯一と言って良い他校の友人であるやよいに対して、真美は自分に言い聞かせる様な言葉を口にした。

 どこか元気のなさそうな彼女のことを心の中で気遣いつつも表面には出さない。沈んでいる時に優しい言葉をかけるなど、自分には無理だと思ったからだ。

 

 やよいはそんな真美の言葉を聞いた後、じっと俯いていた。

 いつもはニコニコと笑っている彼女の沈んだ表情になんとも言えない心暗さを感じていた真美だったが、そんな彼女に向けてやよいが口を開いた。

 

「……真美ちゃんは凄いよね。何時でも自信満々で、冷静でいられてさ……私とは、大違いだよ」

 

「え……?」

 

 自分を羨む様なやよいの言葉に真美は呆気に取られた。同時に今の彼女を見て一つの感想を心の中に浮かべる。

 なんと言うか、()()()()()。いつもの明るさも他人を元気にする輝きも、今のやよいからは感じられないと思った。

 暗く、どんよりとした雰囲気を纏うやよいは、いつもの彼女と比べて別人ではないかとまで思える。何がここまで彼女を追い込んだのか? 流石に心配になった真美がやよいを問い詰めようとすると……

 

「私には……何にも無いから……だから、皆が羨ましい……」

 

「え? それって、どういう……?」

 

 やよいの呟きを耳にした真美は、彼女の言っていることが全く理解できなかった。

 全国区のアイドルとして活躍し、沢山のファンを持つ彼女が何も無い? そんな馬鹿なことがあり得るはずが無い。

 

 これは本当に重症かもしれないと思った真美だったが、ここまで沈んだやよいにどう言葉をかければ良いのかがわからずに口をもごもごとすることしか出来ない。

 痛々しい沈黙が支配する廊下の中で、真美がもっと他人に優しくする方法を学んでおけば良かったと後悔していると、この空気を切り裂く鋭い音声が響いて来た。

 

「これ……緊急時のサイレン!? まさかどこかにエネミーが!?」

 

 急いでゲームギアの画面を目にした真美は、自分の予想通り、近くの住宅街にエネミーが出現したとの情報を目にするや否やすぐに走り出した。

 当然、すぐ近くにいたやよいにも声をかけ、二人で現場に向かおうとする真美だったが……

 

「どうしたのよやよい!? エネミーが出たのよ! すぐに現場に行かないと!」

 

「う、うん……」

 

 こんな状況でも歯切れの悪いやよいは俯きがちに頷いた後で自分の背中を追って走り出した。

 やはりいつもの彼女らしくないと思いながら、真美は少しでも早く現場に辿り着こうと必死に走り続けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルゥゥゥ……! ギガァァァァッッ!!!」

 

「うわぁぁぁっ! うわぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 都内の住宅街、そこに住まう人たちで賑わう昼下がりには似つかわしくない声が響く。

 悲鳴が飛び交う住宅街の中では巨大な棍棒を手にした一つ目の鬼が暴れ回っており、剛腕を活かした攻撃で次々と家々や草木を薙ぎ倒していた。

 

「見つけたっ! あいつがこの騒ぎの元凶ね!」

 

「スキャン完了! エネミー名、サイクロプス! 遠距離攻撃はしてこないけど、馬鹿げた腕力を誇る接近戦タイプの敵よ!」

 

 一足先に現場に辿り着いた葉月と玲は、逃げ惑う人々の中に見えた緑色の化け物を見つめながら気を引き締める。

 ゲームギアの画面に映し出されたサイクロプスのレベルは40……エネミーの中ではかなりの強敵だ。

 

「とにかく皆が逃げられる様にあいつを食い止めなきゃ!」

 

「その通りね……やよいもすぐ来るでしょうから、私たちは先に始めてましょうか!」

 

<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>

 

 一瞬の会話の後にドライバーを装着した二人は、それぞれカードをホルスターから取り出してドライバーに使用する。

 光が輝き、電子音声が流れた後に出現した鎧を身に纏った二人は、剣と銃を片手に罪のない人々を襲うサイクロプスへと立ち向かって行った。

 

 一方同じ頃、住宅街の入り口とも言える場所では、第一部隊から少し遅れて到着した真美とやよいがとある人物と睨み合っていた。

 サイクロプスにも負けない大柄な体で二人の行く先に立ち塞がるその人物は、ドライバーを装着しながら憎々し気な言葉を真美へとぶつける。

 

「よぉ、真美……! お前に会えて嬉しいぜ、なんせここでお前をぶちのめせるんだからなあっ!!!」

 

「か、櫂さん……!?」

 

 自分たちに怒りの形相を向ける櫂の名を呼んだやよいは、小さく首を振りながら数歩後退った。目には涙が浮かび、震える歯がカチカチと打ち鳴らされている。

 

「片桐……! お前にもしっかり俺の怒りを感じ取って貰うぜ! その小さな体をぐちゃぐちゃにしてやらぁっ!!!」

 

「ひっ!?」

 

 怪獣の咆哮の様な櫂の叫びを受けて身をすくませたやよいは更に数歩後ろに退いて櫂から距離を取った。

 威圧感に押され、小動物の様に震えるだけの存在になった彼女の姿を怒りの炎に彩られた瞳に映しながら、櫂は<アグニ>のカードをドライバーへと使用して憤炎の鎧を身に纏う。

 

<アグニ! 業炎! 業炎! GO END!!>

 

「うおぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

 空気を震わす程の衝撃が周囲に轟く。桁違いの大声で叫びながら変身を終えた櫂は、己の武器である大斧を召喚すると真美とやよいを睨みながらその距離を一歩ずつ詰めて行く。

 

「さぁ、覚悟しろ……! まずはお前たちから血祭りに上げてやるぜ!」

 

「くっ……!?」

 

「あ、あぁ……っ」

 

 圧倒的な重圧を放ちながら接近する櫂に対し、真美もやよいも何も出来ないでいた。

 変身することすら忘れて震えるだけのやよいはすでに涙を零しており、これから櫂の手によって一方的な蹂躙が行われるであろうことを予想させる光景が繰り広げられている。

 このままでは二人が危ない……絶体絶命のピンチに陥った二人は成す術無く櫂に倒されるかと思われたその時、一陣の風と共にやって来た二つの人影が両者の間に入り込み、真美とやよいを守るかの様にして櫂の前に立ちはだかった。

 

「……よう、また会ったな。あいも変わらず余裕の無い顔しやがって」

 

「城田くん……こんな形で、また君と会うことになるなんて……!」

 

「龍堂……! 虎牙ぁ……! また俺の邪魔をしに来やがったのか!?」

 

 突如として現れた勇と謙哉の姿を見た櫂は、苛立ち紛れの叫び声をあげて二人を威嚇する。

 戦いの標的を真美たちから二人に映した櫂の様子を見て取った勇は、鋭い視線で櫂を睨んだまま背後の真美へと声をかけた。

 

「……筋肉ダルマの相手は俺たちがする。お前たちは先に行け!」

 

「この先で水無月さんたちがエネミーと戦ってる。片桐さんは二人の手助けをしてあげて」

 

「は、はい……!」

 

 ドライバーを取り出し、変身の構えを取りながら作戦を伝えた二人に対して頷きを返した真美とやよいは、そっと櫂の視線から外れる様にして騒ぎの中心地へと向かって行く。

 残された勇と謙哉は険しい表情のまま、変わり果てたかつての友人の姿を見つめて呟きを交わした。

 

「……謙哉、手を抜こうなんて考えるなよ。アイツ、冗談抜きで強いぞ!」

 

「分かってる! 天空橋さんの話だと、アイツを倒さないと城田くんは帰って来られないんだろう? なら、全力で倒す為に戦うまでだ!」

 

「ごちゃごちゃ何を話してやがる!? 来ないなら、こっちから行くぜぇっ!!!」

 

 怒号を上げ、炎を拳に纏いながら突っ込んで来る櫂。相対する二人もまたドライバーにカードを通しながら真っ向勝負を仕掛ける。

 

「「変身っ!!!」」

 

 電子音声が響いた後で仮面ライダーへと変身した二人は、櫂に負けず劣らずの気迫を纏いながら彼目掛けて駆け、武器を振るって戦いの中へと身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居た! 居たわよ、やよい!」

 

「う、うん……」

 

 勇たちと別れた真美とやよいは、暫く走った後でようやく葉月たちが戦う現場に辿り着いていた。

 剛腕を誇るサイクロプスは強敵らしく、葉月の斬撃と玲の援護射撃を受けてもびくともしていない。パワフルさとタフさを兼ね備えるサイクロプスに対して苦戦を強いられている二人は、やよいの到着に気が付くと仮面の下でほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 

「やよい! やっと来た!」

 

「ブライトネスを使って! こいつ、普通の戦い方じゃあ手こずる相手よ!」

 

「えっ……!?」

 

 玲の叫びを耳にしたやよいの動きが固まる。そんな彼女の様子を見て取った真美は、状況が状況だからと心を鬼にしてやよいを叱責した。

 

「やよい! 何ぼさっとしてるの!? 強化カードがあるんでしょう? それを使って、あのエネミーを倒すのよ!」

 

「あ、う、うん……」

 

 ホルスターからブライトネスのカードを取り出すやよい。ドライバーを腰に装着し、手に取ったカードを使用しようとするも……

 

「っっ……う、うぅ……っ!?」

 

「や、やよい……!? どうしたのよ!?」

 

「あ、ああ……うぅぅぅぅっっ……」

 

 やよいは手にしたカードを使うことが出来なかった。手が、声が、体が震え、そのままその場に蹲ってしまう。

 心の底に刻まれた戦いへの恐怖を拭えない彼女は、新たな力を使うことを反射的に拒否していたのだ。この大事な場面で最悪の事態を迎えてしまったことに気がついた真美の背中に冷たい汗が流れる。

 

「やよい! しっかりして! あなたがやらないで誰がこのカードを使うのよ!?」

 

「む、無理だよぉ……! 私には出来ない、出来ないよぉっっ!!!」

 

 子供の様に泣きじゃくり、恐怖と不安を口にするやよい。真美は何とかしてそんな彼女を宥めようとするが、敵がそんな隙を与えてくれるはずも無かった。

 

「グルォォォォォッッ!!!」

 

「っっ!?」

 

 唸る様な叫び声に真美が顔を上げれば、狙いをこちらに向けたサイクロプスが突っ込んで来る姿が見えた。

 このままあの突進を食らえばタダでは済まない……真美は急いでやよいを引っ張って逃げようとするも、それよりも早くサイクロプスは二人に接近していた。

 

「グガァァァッッ!!!」

 

「っっ! やよいっ!!!」

 

 咄嗟に真美はやよいを守るべく身を挺してサイクロプスと彼女の間に割り込んだ。自分の体を盾にして友人を守ろうとした彼女は、すぐにやって来るであろう痛みを予測し、それを耐える為に歯を食いしばる。

 直後、ドガッと言う鈍い音と地面に何かが転がる音を耳にしたやよいは、ようやく正気を取り戻して顔を上げ、そこに広がる光景を目の当たりにした。

 

「あ、あ……!? 嘘……!?」

 

 自分のすぐ近くに仁王立つサイクロプスと、彼の突進を受けて地面に転がった人影を目にしたやよいは何が起きたのかをすぐに理解した。そして、反射的に友人たちの名前を叫ぶ。

 

「は、葉月ちゃん! 玲ちゃんっ!!!」

 

「う、っ……」

 

「く、ぅっ……」

 

 サイクロプス渾身の一撃を受け、地面に倒れ込んでいるのは真美では無く葉月と玲であった。二人は、やよいを庇おうとした真美をさらに庇ったのだ。

 強力無比なサイクロプスの攻撃をもろに受けた二人は意識を失っている様で、やよいの叫びにも小さな呻き声を上げるばかりだ。すぐに変身も解除され、傷だらけの姿を晒すことになった二人の姿を見た瞬間、やよいは涙ながらに大声で叫んでいた。

 

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから何がどうなったのかはやよいにはわからない。気が付いた時には病院の中に居て……葉月と玲は、緊急治療室に運ばれていた。

 エネミーを取り逃し、親友たちも重傷を負った。その責任は紛れも無く自分自身にある。弱く、臆病な自分のせいで沢山の人が傷ついたのだとやよいは自分を責め続けていた。

 そうやって自己嫌悪と後悔を繰り返していたやよいに真美が声をかけ……冒頭に繋がると言う訳である。

 

「私のせいだよ……私が変身出来なかったから! 怖がったから! だから、葉月ちゃんと玲ちゃんは……!」

 

「落ち着いて、やよい! 二人とも命には別条は無いわ。まずは落ち着いてこの状況を……」

 

「……今回は、でしょ? 同じことが次に起こったら、今度はそうならないかもしれないじゃない! ……私ならきっとそうなるよ。私のせいで、二人が死んじゃうことになるよ!」

 

「何言ってるの!? そんなことあるわけないじゃない!」

 

「なるよ! だって、だって……私には何にもないから! 戦う覚悟も! 理由も! 勇気も! 何にも無い! こんな私が、ヒーローになること自体が間違いだったんだよ……!」

 

 泣きじゃくりながらその場に崩れ落ちたやよいは絶叫にも近い叫びを上げながら床を叩く。

 そして、後悔の念を抱えたまま……常に感じていた自分のコンプレックスを吐露し始めた。

 

「私には何にもない……葉月ちゃんみたいに周りの空気を読む力も、玲ちゃんみたいな歌の才能も持ってない……。仮面ライダーとしても、アイドルとしても、私は二人のお荷物で、私なんかいない方が良くって……! ただ、状況に流されてどっちも続けて来ただけなんだよ……!」

 

「そんなこと……そんなこと、あるわけないじゃない!」

 

「あるよ……! だって現に今、こうやって二人の脚を引っ張ってるじゃない! ……私なんか居ない方が良いんだ、何にも出来ない私なんかが、アイドルも仮面ライダーもやる資格なんて無いんだよ……!」

 

 慟哭を続け、涙を流したままのやよいはゆっくりと立ち上がると自分のギアドライバーを掴む。

 光の灯っていない目でしばらくそれを見つめた後、やよいは消え入りそうな声で呟いた。

 

「……私、ディーヴァ辞める。園田理事長に言って、もっと才能のある人をメンバーにしてもらう……!」

 

「な、なに言ってるのよやよい!? 馬鹿なことは言わないで!」

 

「本気だよ……! 私なんかより、ディーヴァのメンバーに相応しい人は沢山居る……何にもない私より、このドライバーとステージに立つ権利を手にするべき人は山ほど居るんだよ。だから……」

 

 ふらふらと、まるで亡霊の様な足取りでやよいは病院を去って行く。悲劇的な決意と覚悟を固め、自分の夢に終止符を打とうとしている。

 友人として何か声をかけるべきだと言う事はわかっていた。だが、真美には今のやよいになんと声をかければ良いのかがわからなかった。

 やがて病院から消えた彼女の背中を思い出しながら、真美は今までで一番の自分の力不足を痛感し、悔しさに拳を握り締めた。

 

「……何にも無いって、何よ……!? あるわよ、あなたには沢山の財産が……! こんな私より、沢山の良い所が、あるじゃない……!」

 

 たった一つ、彼女の告げたかった言葉を今更口にしながら……真美はやはり、溢れ出る悔しさのままに涙を零したのであった。

 

 


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