仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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アギト編

(本当にこれで良いんだろうか?)

 

 日曜日の昼下がり、街を歩きながら勇は唐突にそう思った。

 

 虹彩学園はガグマとの戦いを目前にして浮き足立っている。光牙主導の下、戦いに向けての準備を着々と行っているのだ。

 

 今もそうだろう。勇は除け者にされているが、光牙たちは学校が休みであるにも関わらず集合してソサエティへと出向いていた。戦果は上々、まさに快進撃と言って良いであろう活躍をしている。

 

 現状は非常に順調に見える。勇や謙哉と言った一部の生徒たちが反対していることを除けば、何もかもが順調だ。

 

 しかし、勇の胸の中には漠然とした不安が渦巻いていた。上手くは言えないが、何かが不安なのだ。

 

 全てが上手く行き過ぎている気がする。A組の仲間たちを見ていると調子に乗っていて緊張感が無いように見受けられるのだ。勿論、真美やマリアと言った気を引き締めている生徒も少なからずいる。しかし、全体的に見て全てを楽観視している様な気がしてならないのだ。

 

 そして、自分や謙哉と言った決戦反対派の生徒たちとの溝が深まっていることも気になっていた。先日の一件でとうとうその溝は決定的なものになってしまったのだ。

 

 今の学園中の流れから見れば間違いなく悪いのは勇たちなのだろう。勢いを削ぐ行動をする不穏分子と見られている以上、その評価を覆すことは出来はしない。

 

 勇は自分がどう思われようとも気にはしない。自分に出来ることをして、その結果、誰かが助かればそれで良いと考えていた。

 

 しかし………ここに来て、不意に思ってしまったのだ。本当にそれで良いのかと……

 

(……裏方で出来る事をするってのは間違いでは無い。でも、それが本当に正解なのか?)

 

 今の自分に出来る事などたかが知れている。せいぜい決戦になってしまった時の保険をかけること位のものだ。それをした所で何かが劇的に変わるわけでは無い。

 

 もし本当に勇が何かを変えたいと思うのならば、そのためには大きな行動を取る他無いだろう。例えば、光牙からリーダーの座を奪取するとかだ。

 

 光牙がリーダーをしている限りガグマとの決戦は避けられないだろう。そして、光牙を止める事の出来る人物は誰もいない。櫂も真美も、そしてマリアも彼の味方をしているのだから。

 

 ならば残された手段はたった一つ、彼をリーダーの座から引きずり下ろすしか無いのでは無いだろうか?

 

 光牙や櫂、マリアたちから恨まれたとしても彼らの命を守りたいと思うのならばそうすべきだ。結果的に見て好判断だったとなればそれで構わない。

 

 そしてその為の方法も無くも無いのだ。勇と謙哉で光牙と櫂を倒してしまえばそれでA組のメンバーは制圧出来るだろう。ドライバーを取り上げて、彼らが冷静になるまで預かってしまえばそれでお終いだ。

 

 どうせ嫌われていると言うのならばそこまでしてしまっても良いのでは無いだろうか? 全員に恨まれたとしても、皆の命を救えるならばそれで……

 

(……って、何考えてんだ俺? そんなの駄目に決まってんだろ)

 

 思い浮かべた答えを自分で否定して打ち消す勇。そんなクーデター紛いの事をすれば本当に結束も何も無くなる、決戦前にそんな事をしてしまえば状況は最悪になってしまうではないか。

 

「無し無し。あー、危ない所だった……!」

 

 苦笑しながらそう呟く勇だったが、心の中では今の答えも間違いでは無いのでは無いかと言う思いがあった。確かに正解ではないのだろう。だが、決して的外れな意見でも無いはずだ。

 

 このまま今の自分に出来る事をし続けるか? 光牙からリーダーの座を奪ってしまうか? はたまた今からでもガグマの攻略に加わるべきだろうか? そのどれもが正解であり、間違いでもあるのだ。

 

「くそっ……わけわかんねぇ、誰か答えを教えてくれよ……」

 

 勇が苛立ち紛れに呟く、世界の運命と自分たちの命と友達との関係が複雑に絡み合ったこの問題の答えは一向に見えてこない。誰かに導いて欲しいと言う願いが言葉になって口から漏れたその時だった。

 

「教えてあげましょうか?」

 

「えっ……!?」

 

 聞き覚えのある声のした方向に顔を向ければ、暗い路地裏に立っているマリアの姿が目に映った。真っ直ぐに勇の事を見つめてくる青い瞳の圧力に少し気圧される勇に対し、マリアはとても距離が離れているとは思えないほどのはっきりとした声で語りかけてくる。

 

「私たちと一緒に行きましょう。共にガグマと戦うのです」

 

「お、おい! マリアっ!?」

 

 そう言ったマリアが暗い路地裏へと消えていく。その姿を追って路地裏に飛び込んだ勇の背後から、また別の声が聞こえた。

 

「……騙されちゃいけないよ、勇。君はそのままであり続けるべきなんだ」

 

「謙哉……!?」

 

「戦ってはいけない、そうすればきっと君は後悔する……大いなる災いが君を待ち受けているんだ、だから……」

 

「大いなる災い……? なんなんだよ、それは!?」

 

「勇っちが知る必要は無いよ。もう、決まってしまった事なんだから」

 

 次いで聞こえる女性の声、それが葉月の声だと理解した勇のすぐ近くにはディーヴァの三人が姿を現していた。

 

「運命は覆らない、悲劇は避けられない……あなたに出来る事はたった一つよ」

 

「誰を救い、誰を見捨てるか……あなたの行動で消える命が決まるんです」

 

「……ねえ、勇は誰を救うの? アタシ? それとも他の誰か?」

 

「ま、待てよ……どういう意味なんだよ? 俺が何を決めるって言うんだ!?」

 

「この悲劇の行く末……ですよ」

 

 暗転、そして世界が歪む。勇が次に目を開けた時、目の前にはマリアがいた。

 

「もう一つ目の悲劇は決まってしまいました。それは避けようがありません、そこから続く悲劇もです。しかし……その悲劇の内容を決めることなら出来ます」

 

 再び暗転、光が消える。暗闇に残された勇の周りに次々と光が灯っていく。その中には見知った人々が悲劇的な結末を迎えていた。

 

『お、俺は……俺のせいで……俺の……』

 

「こ、光牙……!?」

 

 スポットライトに照らされる様にして姿を現わした光牙は膝を抱えて蹲っていた。彼に何があったのか? 問い掛けようとした勇の背後で再び光が灯る。

 

『………』

 

「は、葉月……? やよい……?」

 

 次に現れたのは葉月とやよいだった。しかし、二人とも何も言わずにいる。傷だらけの体を横たえ、身動き一つせずにいるのだ。

 

 勇はすぐさま二人に駆け寄ろうとした。彼女たちの無事を確かめたかった。だが、そんな彼の耳に狂った様な女性の鳴き声が響く。

 

『謙哉! 目を開けて! 何か言ってよ! お願いだからっ! 謙哉ぁぁぁっ!』

 

「水無月……? けん、や……!?」

 

 振り返った勇が目にしたのは、未だかつて見たことも無い表情で泣き叫ぶ玲と彼女に体を揺すられる謙哉の姿だった。倒れた謙哉の表情は窺い知れないが、彼もまた葉月たち同様に……いや、彼女たちよりもひどく生気の無い姿をしていた。

 

「なん、なんだよ……? これは、何なんだよっ!?」

 

『これがあなたの選ぶ運命……あなたの選択次第でこの悲劇は起きてしまう。けど、あなたの選択次第で避けられる悲劇もあるんです』

 

 最後に現れたマリアがそう言いながら勇を見る。彼女の姿を見た時、勇の体にはとてつもない震えが起きた。

 

『……あなたは間違うことは出来ない。あなたが失敗すれば、全てが消えて無くなってしまうから……!』

 

「マリ……ア……」

 

 一歩、また一歩とマリアが勇から離れていく。後ずさる彼女の背後に広がる暗闇を見た勇は目を見開いて彼女の元へと駆け出して行く。

 

「マリアっ!」

 

『……さあ、どうしますか? あなたは誰を救い、誰を殺しますか? 決められるのはあなただけですよ』

 

 その言葉を最後にマリアは広がる闇の中へ消え去って行った。周囲に灯っていた光も消え、仲間たちの姿も消える。勇は暗闇の中で一人取り残されながら、今言われた言葉の意味を考えていた。

 

「皆を救う? 殺す? それを決めるのは俺? どういう意味だ?」

 

 唐突に突きつけられた言葉を理解しきれずに困惑する勇。たった今見せられた映像は何を意味しているのか? あれは現実なのか幻なのかもわからないでいる。それでも先ほどの言葉には勇が無視出来ない威圧感のようなものが感じられた。

 

「……知りたいか? 正しい答えが……」

 

「だっ、誰だっ!?」

 

 背後から聞こえる声、今までと違って聞き覚えのないその声に反応して勇は叫ぶ。声が吸い込まれた闇の先からは、足音と共に電子音声が響いて来た。

 

<アンノウン……!>

 

「お前に間違えることは許されない。お前が選択を誤れば、それはすなわち悲劇の連鎖を意味するのだから」

 

「何を言っている……? お前は何を知っているんだ!?」

 

「それをお前が知る必要は無い。お前は我が導きに従っていれば良い……お前にとって一番幸せな結末を迎えさせてやろう」

 

 優しげな甘い言葉を囁く怪人は徐々に勇に近づいてくる。身構える勇を見つめながら、怪人はなおも話を続けた。

 

「人は過ちを犯すもの……なれば、その判断を他の誰かに任せれば良い。そうすれば絶対的な安心感と正しさを得ることが出来るぞ」

 

 まるで甘い毒の様なその囁きは、普通の人間が聞けばそれだけで溶けてしまいそうなものだった。言い成りになる事を躊躇わせない誘惑を口にしながら怪人は勇に迫る。だが……

 

「……お断りだ。お前の言う事なんか聞かねえよ」

 

「何……!?」

 

 はっきりとした強い口調で勇は怪人の誘いを断る。そして、光が灯った瞳で相手を見返しながら言った。

 

「誰かに自分の判断を任せりゃあ楽だろうよ。だがな、それは逃げてるだけだ。自分の責任を放棄して逃げる真似はしたくねえんだよ」

 

「それの何が悪い? 失敗して泣き叫ぶよりも逃げてより良い未来を掴んだほうが利巧と言うものだろうが!?」

 

「泣いても、叫んでも、逃げても……今は嘘にはならねえよ。これから先の自分に対して誇らしくある為にも、今の自分に胸を張れる様に生きていくしかねえんだ」

 

「愚かな……! その判断こそが間違いだという事になぜ気がつかない!?」

 

(……いいや、君は間違っちゃいないさ)

 

 頭の中に響く声を感じながらドライバーを構える。強く優しいその声は、勇の出した答えをしっかりと肯定してくれた。

 

(何かを考えて、それを行動に移す。それは人に与えられた自由なんだ、その自由を奪うことなんて誰にも出来ない。たとえ失敗したとしても、間違えたとしても、自分に胸を張れる決断をしたのならばそれで良いのさ!)

 

 手の中に灯る光、温かな光と共に生み出されたカードを構えた勇は目の前の相手を見据える。

 

(そしてなにより……その決断が間違いになるかどうかは君次第なんだ! 自分の運命を切り開くために、俺の力を使ってくれ!)

 

「運命を決められるのは俺だけ……そうさ、その通りだ。俺の運命を決められるのは俺だけに決まってるじゃねえか!」

 

 自分の人生、運命、生き方……それを決められるのは他ならぬ自分自身だけだ。その当然の権利を奪い取ろうとする者が居るとするならば、断固として戦わなければならない。自分には力がある。誰かの自由を守れる力があり、それをどう使うかも自分の意思で決められるのだから。

 

「誰も……他の誰かの運命を決めるなんて事をしちゃいけねえんだ! もしお前の手の中に誰かの運命があるって言うのなら、俺がそれを奪い返してやる!」

 

<アギト! READY TO GO! COUNT ZERO!>

 

 叫び、手に入れたカードをドライバーに通す。電子音声が鳴り響いた後に展開されたのは、黄金に輝く鎧だった。

 

 額に輝く金の角、赤い複眼と銀のクラッシャーを持つ仮面。黒と金に彩られた装甲を身に纏った勇の体は、力強い戦士の姿に変身していた。

 

「……はぁっ!」

 

 体中に漲る力を感じながら勇は駆け出す。武器は必要ない、この体一つで十分だ。

 

 怪人に接近した勇は握り締めた拳での一撃を繰り出す。鈍い感触と衝撃が拳に伝わると同時に目の前の怪人が吹き飛んだ。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 圧倒的な力、振るわれる拳、脚が必殺の一撃と言われても遜色ない威力を持って襲い掛かってくる。怪人は大いに焦りながらも必死になってそれを防いでいたが、下方向から繰り出されたアッパーカットを受けて防御の腕が弾き飛ばされてしまった。

 

「っしゃぁぁぁっ!」

 

「ぐぉぉっ!!??」

 

 その隙を見逃す勇では無い。次いで繰り出された右のストレートが怪人の顔面を捉えた。大きく吹き飛んだ怪人は背後にあった壁にぶつかるとそのままそこにめり込む。激痛に動かない体を動かそうとした彼の目の前では、勇が必殺の一撃を放つ構えを見せていた。

 

「ま、待てっ! 必ず後悔するぞ! お前は、自分の過ちを……!」

 

「……それでも、俺は進むさ。苦しんだとしても、自分が選んだ道を進み続ける!」

 

<必殺技発動! ライダーキック!>

 

 額の角が開く、足元の地面には輝く紋章が浮かび上がり、それがまるで力を注ぎ込む様に勇の右脚へと収束していった。

 

「はぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 大地の力が込められたその脚で勇は跳んだ。無駄の無い美しいフォームで跳び上がった勇は、標的である怪人目掛けて右脚を突き出す。

 

 まっすぐ落下する様にして繰り出された跳び蹴りを受けた怪人は、背後にあった壁を打ち砕きながら吹き飛んでいった。

 

「お、愚か、もの、め……!」

 

 頭頂部に天使の輪の様な物体を出現させた怪人は、その言葉を最期に爆発四散した。怪人の最期の言葉を耳にした勇は、何も言わずにただ燃え上がる炎を見つめ続ける。

 

 これから先に待っている苦難を想像しながら……それを乗り越えていく覚悟を固めた勇は路地裏から去ると、街の喧騒の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――NEXT RIDER……

 

 

「……努力は一日にして成らず。続けることが大事なんだよ」

 

「やってて良かった、『太鼓マスター響鬼』……!」

 

次回 『守る鬼』

 


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