仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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憤炎 アグニ

 燃える炎、崩壊した建物……その中で苦しむ生徒たちが多数。そして、彼らが呻き、苦しむ姿を見下ろす人影が一つ。

 

「こんなもんかよ……その程度で虹彩学園なんざ大したことねえと息巻いてたのか? ああ!?」

 

「う、ぐ……」

 

 人影は一人の生徒の胸倉を掴んで無理矢理引き起こすとその生徒に怒声を浴びせた。

 怒りの感情をそのまま声に出す相手に対して、恐怖を感じた生徒は身動き一つ出来ずにいる。

 

「……ああ、むかつくぜ。なんでこんなにも舐められてるんだ、俺たちがよ……!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 人影は掴んでいた生徒を放り投げる。瓦礫に頭から落下した生徒は、その衝撃で気を失って動かなくなってしまった。

 つい十分ほど前には普通に談話していた学校が瓦礫の山になってしまったことにショックを受けながら、生徒たちはこの地獄絵図を作り出した男の姿を見つめる。

 燃える様な赤の鎧に身を包んだその男は、自分に集まる視線を感じながら苛立ち紛れに吐き捨てた。

 

「……苛立つ、腹が立つ、怒りが収まらねえ! こうなったのも、すべてあいつらのせいだ!」

 

 咆哮、その表現が相応しいだろう。男は天に向かって吠え立て、怒りの感情を露わにする。

 その音量と威圧感に顔を伏せた生徒たちが再び視線を前に戻した時、今まで相対していた男の姿は消え失せていた。

 

 助かった、そう思うと同時に暗い感情が胸の中に過る。これで自分たちも()()()()の被害に遭ってしまったのだと自覚した彼らは、廃墟と化した母校の中でただ茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名門狩り、ですか?」

 

「ああ、そうだ。最近そう言う事件が多発してるんだよ」

 

 茹だる様な夏の暑さの中、宿泊しているホテルまでマリアを迎えに行った勇は、学校までの道すがら今回の収拾の原因を彼女に語っていた。

 空港での事件の後、暫くの間事件の発生現場である空港は運航を取り止めることが決まった。

 一応、別の空港で国際線も運航しているのだが、マリアはエドガー氏に無理を言って夏休みの間は日本に居られる様に頼み込んだのだ。

 何か思うことがあったのか、エドガー氏は娘のその要求を飲み、8月の末までは日本に滞在することを許可した。

 もうしばらくの間だけだがマリアと一緒に居られることを喜んだ勇は、エドガー氏に娘の世話役を任されたのである。

 

(これって役得、だよな……?)

 

 学校の寮ではなく親子で宿泊しているホテルまで送り迎えし、何かあったら一緒に出掛ける。マリアと共に他愛のない日常を過ごせることが、勇はとても嬉しかった。

 だが、そんな中でも事件は起こる。それが先ほど話題に出た『名門狩り』と言うことだ。

 

「空港での一件から数日、その間に幾つもの学校が襲撃されてる。そのどれもがソサエティ攻略の名門校ばかりだ」

 

「そんなことが……!? それで、犯人の手がかりは何かあるんですか?」

 

 マリアの言葉に勇は声を詰まらせた。

 少しばかり彼女に対してこの情報を告げることを躊躇ったが、正直にすべてを話すべきだろうと判断した勇は、被害に遭った学校の生徒たちから聞いた情報を口にする。

 

「襲撃を受けた学校の生徒たちは全員……赤いライダーを見た、と言っていた」

 

「赤い、ライダー……? それって、まさか……!?」

 

 マリアが言わんとしていることはわかる。自分たちの中で、赤を基調としたライダーは一人しかいない。

 いや……いなかった、と言うべきだろうか? 彼はもう、ここにはいないのだから……

 

(まさかお前なのか? 櫂……)

 

 ガグマとの戦いに敗れて消え去ったクラスメイトの顔を思い浮かべながら、勇とマリアは虹彩学園へと続く道のりを黙って歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことはありえない、絶対にだ」

 

 机を叩きながら立ち上がった光牙は勇に向ってそう告げた。

 拳を強く握り、鋭い目つきで勇を睨みながら彼は話を続ける。

 

「櫂は……俺たちの前でガグマに倒された。それは君だって見ただろう?」

 

「それはそうだけどよ……」

 

「なら、櫂が噂の赤いライダーであるはずがない! 死んだ者は蘇ることは無いのだから……」

 

 今日の会議の第一の議題、()()()()()()()()()()()()()()()? と言う勇の意見を真っ向から否定する光牙。彼の表情には多少なりとも心苦しさが見受けられた。

 消え去った親友のことを思い出した事とその親友が犯罪者の候補として名前が挙がっていることが許せないのだろう。そう考えた勇は口を噤むと光牙に詫びる。

 

「……そうだな、不謹慎なことを言って悪かったよ」

 

「でもその場合、名門狩りを行っているライダーは誰なんだろうね?」

 

「……心当たりが無いわけでも無いでしょう? 一つ、可能性が残っているはずよ」

 

 浮かび上がった疑問に対し、冷静な口調で意見を述べた玲に全員の視線が集中する。

 玲は自分のドライバーを取り出すと、それを全員に見せつけながらある可能性について話し始めた。

 

「……あの戦いの後、城田のドライバーはガグマの城に残ったわ。なら、奴らがそれを回収していて当然と考えるべきでしょう?」

 

「ちょっと待って、ってことは……まさか、ガグマがドライバーを使って変身を!?」

 

「馬鹿、そんなわけないでしょう。ガグマのレベルは99、対してあのドライバーを使った城田のレベルは50……使ったらレベルが下がっちゃうじゃない」

 

「あ、そっか……」

 

 謙哉に突っ込みを入れた玲は腕を組むと椅子の背もたれに寄り掛かる。そして、軽く伸びをしながら話を続けた。

 

「……でも、少なくとも謎のライダーは魔王側の人間であるはずよ。正確にはエネミーっていうべきなのでしょうけど……」

 

「いや、それもありえない」

 

 名門狩りの黒幕はガグマ……そう結論付けようとした玲の言葉を光牙が強く否定する。

 自分の意見を否定されたことに怪訝な表情を見せた玲は、光牙にその根拠を説明する様に求めた。

 

「随分と自信がありげだけど……なんでそう言えるのかしら?」

 

「簡単だよ。櫂のドライバーは俺や龍堂くん、そして虎牙くんと同じ初期生産型だ。この4つのドライバーには、変身者設定が施されている。俺たち以外の人間には扱えないはずなんだ」

 

「光牙さんの言う通りです。私のプログラムは完璧なはず……ガグマたちが設定をリセットすることなど、到底不可能でしょう」

 

「……そう、ならもう手がかりは0ってことね。犯人に繋がる情報が無い以上、この話はお終いにして次に行きましょうよ」

 

「ああ、そうしよう。名門狩りのことは気になるけど、今はもう少し情報を集めようじゃあないか。で、だ……出来れば、皆にはこのイベントに顔を出して欲しい」

 

 天空橋にまで自分の意見を否定された玲は、若干憮然とした表情を見せると投げやりに話題をうっちゃった。光牙もそれに乗っかり、議題を切り上げる。

 そうして次の議題に移ると、光牙は数枚のプリントを出席者に手渡して自分もまたそれを手に取った。勇はそのプリントに刻まれている文字を口に出して読み上げる。

 

「月英学園、軍事演習会開催のお知らせ? なんだこれ?」

 

「……龍堂くんは知らないかもしれないけど、月英学園と言えばこの虹彩学園に続くソサエティ攻略の名門校だ。その月英学園が今度、大規模な軍事演習を行うらしい」

 

「おそらくだけど、ガグマ討伐に失敗して衰退している虹彩学園に取って代わってやろうとしてるのよ。大々的なアピールを行って、政府からの支援を受けようと目論んでいるわけね」

 

「……ソサエティとの戦いもあるけど、学校同士の戦いもしっかり続いているってことね。ホント、嫌になるわ」

 

 名門校同士のプライドのぶつかり合いに辟易とした表情を見せる玲。かねてより大人同士の醜い争いがあることを理解していた彼女がうんざりとした表情を浮かべると、隣の葉月が口を開く。

 

「で? アタシたちは敵情視察ってことですかね?」

 

「そういうことになるね。ドライバーは無いとは言え、俺たちのライバルと言える学校だ。しっかりとその実力を見ておきたい」

 

「日にちは明日か……まあ、そう言うことなら俺はOKだ」

 

「あ、僕も行けるよ」

 

「わ、私もご一緒します」

 

「……残念だけど明日は仕事が入っているから私たちは無理ね」

 

「アタシとやよいが入院してた分を取り戻さないといけないから余裕が無くってね~……ごめん!」

 

「気にすんなよ。お前たちにも事情ってのがあるからな」

 

 手を合わせて謝罪する葉月を気遣った勇は笑みを浮かべて彼女たちにそう告げた。ディーヴァの三人は申し訳なさそうにしているが、仕事ならば仕方が無いだろうと全員は納得している様だ。

 予定が入っている三人を除くメンバー、つまりは勇と謙哉とマリア、そして光牙と真美を加えた五人が翌日の出席メンバーとなる。

 伝えたいことをさっさと伝えた光牙が席に座ると、今度は天空橋が手を挙げて話し始めた。

 

「あ~……最後に私から一つご報告があります。まだ詳しくは話せませんが、ディスティニーカード第三弾のブースターパック発売が決定しました。パック名は『暗黒の魔王と創世の歌声』……と言っても、まだ仮の物ですけどね」

 

「お!? 新カードの登場か! これで戦力を補強できるぜ!」

 

「歌声ってことは……もしかして、アタシたちの強化カードもあったりするの!?」

 

「ご用意してますよ! ディーヴァ系統のカードだけでなく、皆さんの使っているカード全般を強化出来る内容になっています!」

 

 天空橋の発表を受けた一同は大いに色めき立った。激化する戦いの中で戦力の強化は必須事項だ。その足掛かりとなる新しいカードの登場は純粋に嬉しいものがある。

 

「よーし! 勇っちのレベル80に追いつくぞ~っ!」

 

「……もう、自分の弱さに悔やみたくない。そのためには……!」

 

 葉月も玲も、それぞれが強くなりたい理由を胸に意気込んでいる。二人とも、これからの戦いの為に強くなろうと必死なのだ。

 だが……

 

「………」

 

 そんな中でたった一人、やよいだけが暗い顔をしたまま俯いていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい、例のカードを園田さんに届ける様にお願いします。ええ、三枚です。はい、では……」

 

 夜、自分の研究室で電話を終えた天空橋は軽く溜め息をついた。

 ディスティニーカードの開発も一段落したとは言え、まだまだやることは沢山ある。ほんの少しの休息を終え、自分の仕事に戻った天空橋が取り掛かったのはある映像の解析だった。

 

『うわぁぁぁぁぁっっ!!!』

 

『か、櫂ーーーっ!!!』

 

 天空橋が今見ている映像、それはガグマ討伐作戦にて、光牙の視点から見た櫂の最期の姿であった。

 ギアドライバーには戦闘データ解析の為の映像録画機能がついている。それによって記録されたこの映像を見ていた天空橋は、手元のPCの画面と流れる映像を見比べながらデータを計測していった。

 ガグマの必殺技の威力、属性、対抗策……櫂の犠牲によって生み出されたこの手掛かりから少しでも情報を得ることが、彼に対する供養になるはずだと考えた天空橋は必死になって解析を続ける。そんな中、彼はふととある異変に気が付いた。

 

「これは……?」

 

 時間にして一秒足らず、ほんの一瞬と言える時間だが、櫂がガグマの必殺技を受けて姿を消すまでの間に謎のノイズが走っているのだ。

 これは一体何なのか? ノイズの情報を解析しても、今までのどのデータとも一致しない物だ。なら、これは未知のデータと言うことになる。

 

「……まさか、これは……!?」

 

 いくつかのデータとノイズのデータを照合していた天空橋は、()()()()()を思いついて顔色を変えた。そして、すぐに計算を始める。

 もしもこの考えが正しかった場合、様々な疑問が解消される。そして、名門狩りの犯人である赤いライダーの正体にも辿り着けるかもしれない。

 天空橋は必死になって自身の考えの裏打ちを探して膨大なデータを探し始める。この考えが間違っていて欲しいと思わないわけではない。だが、もしもこの考えが正しかったならば、彼はまだ助かるかもしれない。

 絶望と希望が入り混じった複雑な思いを抱えながら、天空橋は日が昇っていることにも気は付かない程の集中力で計算を続けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空橋が計算を続けている頃、勇はマリアをバイクの後ろに乗せて月英学園へと向かっていた。当然、昨日の会議で決まった演習会を見学するためだ。

 マリアを迎えに行った為、他のメンバーより少し到着は遅くなってしまうだろう。それでも十分に開催時間には間に合うことを確認した勇は、信号待ちの時間を利用してマリアに話しかけた。

 

「もう少しで目的地に着くぜ。そうしたら光牙たちを探して合流しよう」

 

「はい、わかりました」

 

 エンジン音に紛れて聞こえたマリアの返事を耳にした勇は小さく頷くと視線を前に戻した。

 信号が変わるまでもう少しだけ時間がかかりそうだなと考えていた勇は、自分の肩が叩かれていることに気が付いて再びマリアの方向へと振り向く。

 

「マリア、どうかしたのか?」

 

「いえ、あの、その……」

 

 何か自分に用かとマリアに尋ねる勇。しかし、肝心のマリアは歯切れ悪くもじもじとしているばかりだ。

 一体どうしたのだろうか? もしかしてトイレにでも行きたいのか……? 勇がそんな考えを浮かべる中、多少気まずそうな表情をしたマリアは少し俯きながらぽつりと言葉を発した。

 

「……勇さんの知る私って、どんな人でしたか?」

 

「え……?」

 

 予想外の質問を受けた勇は目を丸くしてマリアを見つめた。その時、信号の色が青に変わり、周りの車が次々と動き出す。

 勇は慌ててエンジンを吹かしてバイクを走らせると、マリアの質問に対して質問で返した。

 

「なんでそんなことを聞きたいんだ?」

 

「……気になるんです。私の知らないあなたが、私のことをどんな風に見ていたのかが……」

 

「だから俺の話を聞きたいってことか?」

 

「はい。光牙さんや真美さんじゃなく、あなたが見た私と言う人間の印象を聞いてみたいんです。お願い出来ますか?」

 

「………」

 

 運転をしている為、振り向くことは出来ないが、声を聞けば今のマリアが真剣な表情をしているであろうことは簡単に想像できた。

 勇は暫し悩んだが、マリアの為になるのならばとこれまでの学園生活の中で見てきた彼女の印象を語りだす。

 

「……俺が転校して来た時、A組の奴らは殆ど良い感情を抱いて無かったみたいだが……お前だけは違ったよ。色々と面倒見てくれて、気を遣ってくれた。今思えば、マリアがこの学校で俺に初めて出来た友達だったんだな」

 

「それで、他には?」

 

「……色々あったぜ。キャンプの時は何だか怖かったし、ドーマって言う魔人柱の住処に行った時は、暗い洞窟のことを滅茶苦茶怖がってたし……そうそう、試験の時とその後の臨海学校では沢山遊んで、楽しかったなぁ! ……本当、楽しかったんだ」

 

 その一つ一つを口にする度に思い返されるマリアとの思い出が勇の胸を締め付ける。

 こんなにも色鮮やかに刻み込まれている思い出は、マリアの中には存在していないのだ。楽しかったあの日々をマリアは覚えていないのだ。

 笑ったことも、怒ったことも、泣いたことも……この数か月の思い出はマリアの中から消え去ってしまった。勇は、それが悲しくて仕方が無かった。

 

「……謙哉と喧嘩した時も励ましてくれて、すげー力になってくれた。何時だってマリアは俺の味方でいてくれると思ってた。でも……」

 

「でも?」

 

「……一度だけ、俺とお前の意見がぶつかったことがあったんだ。その時に大喧嘩して……それで、暫く話さなくなっちまった」

 

「そう……なんですか……」

 

「……もしあの時、もっと別の道を選んでいたら……こんなことにはならなかったかもしれないんだ。マリアも記憶を失わなかったかもしれないし、櫂の奴だって……!」

 

 悔やんでも悔やみきれない思い出に勇は歯を食いしばる。もしもあの日、マリアともっと意思の疎通が出来ていたならば、自分を取り巻く環境は大いに変わっていたかもしれない。

 マリアと協力出来ていたら、光牙を説得することが出来たかもしれない。あの無謀な作戦自体を止めて、ガグマとの戦いを回避できたかもしれない。

 そうしていれば……櫂は死なずに済んだし、マリアも記憶喪失にならずに済んだかもしれなかったのだ。

 

 今更悔やんでももう遅いことはわかっている。だが、いつになってもこの後悔は消えはしないのだろう。

 勇は話す口を噤むと押し黙ってしまった。そんな彼に対して、マリアが口を開く。

 

「あの、勇さん……」

 

「あ、ああ、悪い! なんか重くなっちまったな! ゴメンゴメン! なんかもっと明るい話の方が……」

 

「い、いえ、そうじゃなくって、あれを見て下さい!」

 

「え? あれ、って……っっ!?」

 

 驚き、鬼気迫る声である方向を指さすマリアに釣られてそちらの方向を見た勇は目を見開いた。そこには、空へ濛々と湧き上がる黒煙がどんよりと浮かび上がっていたからだ。

 火事か、それとも何かの事故か……そんなことを考えるよりも早く、勇はある事実に気が付く。どうやらそれはマリアも同じだった様で、慌てた口調で勇へと尋ねて来た。

 

「た、確かあっちの方向って月英学園がある場所じゃあ……!?」

 

 マリアの言う通りだった。距離、方角的に黒煙の上がっている空の下にあるのは月英学園で間違いないだろう。つまり、そこで何かが起こったのだ。

 では、何が起きたのだろうか? 勇とマリアの頭の中に浮かんだのは、()()()()の一言だった。

 

「……マリア、一度ここで降りてくれ。何があったか確認して来る」

 

「は、はい!」

 

 勇はバイクを路肩に停めるとそこにマリアを下ろした。何が起きているかわからない危険地帯にマリアを連れて行くのは危険だと思ったからだ。

 

「ここに居てくれ、安全が確認出来たらすぐに迎えに来るから!」

 

 その一言を残した勇は猛スピードでバイクを走らせて月英学園へと向かう。先についているであろう光牙たちの身を案じながら、勇は一秒でも早く現場に辿り着くべくバイクで駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘だ」

 

 光牙は、目の前で起きている光景が信じられないと言った様子で首を振った。

 

 虹彩学園のメンバーの中で真美と二人で月英学園にやって来た光牙は、開会式を最前列で見るべく席を確保して月英学園の生徒たちを観察していたのだ。

 流石は虹彩学園に続く名門校と言うべきか、月英学園の生徒たちも十分に訓練を積んでおり、体も鍛え上げられていた。そんな彼らの姿を見た光牙は、まだ手強いライバルが人間側にもいるのだと警戒を強めたものである。

 だが、そんな月英学園の生徒たちは、突然起きた地響きに動揺した隙に大半が吹き飛ばされていた。ほんの一瞬の出来事に困惑する光牙たちの目の前で、奴が姿を現したのだ。

 

 名門狩りの犯人、赤いライダー……赤と橙のカラーリングの戦士は、まるで煮え滾るマグマの様であった。

 赤いライダーは、突然の襲撃に驚く月英学園の生徒たちを次々と打ち倒していった。訓練された生徒たちが抵抗を仕掛けても無駄、全て薙ぎ払われて返り討ちに遭うだけだ。

 襲撃からものの数分、たったそれだけの時間で月英学園の精鋭たちは全滅し、校舎は半壊させられてしまったのだ。

 

「嘘だ、あ、あれは……!!?」

 

 赤いライダーによる暴虐の一部始終を目の前で見ていた光牙は、もう一度現実を認められないと言う様に首を振った。正確には、認められないと言うよりも()()()()()()、が正しいのだろう。

 赤いライダーの戦い方や動きを見ていた光牙には、彼の正体が何者であるかがわかっていた。今までずっと見て来たその動きを見間違えるわけが無い。

 

「な、なんで……? どう、して……!?」

 

「……なんで? どうして? ……それはこっちの台詞だぜ、光牙」

 

 その思いを裏打ちする様に赤いライダーが光牙の声に反応を示す。自分の名を呼んだ彼の声を耳にした時、光牙の中の思いは確信へと変わった。

 

「あ、あ……!?」

 

 目の前で赤いライダーが変身を解除する。鎧が消え、その下から姿を現した人間の顔を見た光牙は、茫然とした表情のまま彼の名を呼んだ。

 

「か、櫂……!?」

 

「……ああ、そうだぜ。久しぶりだなあ、光牙」

 

 赤いライダーの変身者は、紛れも無く櫂であった。喋り方も、動きも、その姿も、何もかもが自分の知る彼そのものだ。

 ただ一つ違う点があるとすれば、それは彼の瞳だ。自分を見つめる瞳の中には激しい炎が燃え盛り、轟々と憎しみが浮かび上がっている。

 

「な、なんでだ……? き、君は、ガグマに倒されて……!?」

 

「死んだはずだって言いたいのか? はっ! まあ、その通りだろうな。だが、俺は生きてる……そして、こうやってお前に会いに来たってわけだ!」

 

 叫ぶ様な大声で光牙へ向って吠えた櫂は、ドライバーのホルスターからカードを取り出すとそれを構える。

 そして、真っすぐに光牙を見つめながら、彼に対して言葉を投げかけた。

 

「さあ、構えろよ光牙……! 俺は、お前を倒しに来たんだぜ……!」

 

「ま、待ってくれ! 俺は、君と戦いたくなんか……」

 

「……そうか、お前は俺と戦いたくないか、なら……!!!」

 

 戦いを拒否しようとする光牙の言葉に無表情になった櫂は、一瞬だけ構えを解いた。

 その動きに櫂が戦いを止めてくれようとしているのでは無いかと期待した光牙だったが、櫂はそんな彼に向けて憤怒の表情を見せると大声で吠える。

 

「なら……そのまま黙って俺に殺されるんだなぁっ!!!」

 

 ビリビリと空気が震え、足元の地面がぐらつく。手にしたカードをドライバーにリードした櫂の体に燃え滾る炎が纏われていく。

 

「変身……っっ!!!」

 

<アグニ! 業炎! 業炎! GO END!!!>

 

 低く唸る様な電子音声がドライバーから発せられると同時に櫂の纏っていた炎が大きく弾けた。その中から姿を現した赤いライダーは、拳を唸らせながら光牙に迫る。

 

「光牙ぁ……! 俺は、お前を、ぶちのめすっっ!!!」

 

「くっ! や、やるしかないのかっっ!?」

 

 周囲の温度を跳ね上げるほどの熱と怒りのオーラを纏いながら突進して来る櫂の姿を見た光牙は、迷いながらも覚悟を決めるとブレイバーへと変身した。

 すぐさまエクスカリバーを振るい、櫂を傷つけない様に注意しながら戦いを挑むが……。

 

「温い! 温いんだよぉっ!! お前はその程度の男なのか!? ああんっ!?」

 

「くっ!?」

 

 パワフルな櫂のボディにいくら攻撃を仕掛けても一切ダメージを受けている様子は見られない。それどころか、攻撃を仕掛けているこちらの方が熱で体力を奪われている始末だ。

 

「甘い、温い、弱いっっ!!! やっぱりお前はその程度の人間なんだよっ!!!」

 

獄炎斧(ごくえんふ) イフリートアクス!>

 

 何度かわざと光牙の攻撃を受けていた櫂であったが、その行為に辟易した様子を見せると武器を召喚した。

 人の頭蓋骨をあしらった装飾を付けた紅蓮の斧……かつてのウォーリアが使っていたグレートアクスよりも一回り大きいそれを掴んだ櫂は、一直線に光牙へと襲い掛かる。

 

「くっ、来るっっ!!!」

 

 重機関車の様に突進して来る櫂の姿を見た光牙は、とっさに剣を前に構えて防御の姿勢を取った。

 唸りを上げて襲い来る斧の一撃を防ごうとした光牙であったが、金属音が響くと共に体が浮き上がる感覚を覚える。

 

「なっ!?」

 

 余りにも重く強烈な櫂の一撃は、防御の上からでも十分な衝撃を光牙に与えていたのだ。手と腕が痺れていることを感じた光牙の体は、地面から数十センチほど浮かび上がっていた。

 

「おらぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐっ、ぐわぁぁぁぁっっ!!?」

 

 宙に浮かび上がり、踏ん張りの効かない光牙の体に叩きつけられる紅蓮の斧。防御を打ち砕いて繰り出されたその一撃を受けた光牙は傷口が燃え上がる様な感覚に襲われていた。

 

「あぐっ! あ、がぁっ!!!」

 

 たっぷり数メートル後ろに吹き飛ばされ、背中から地面に落下した光牙は痛みに呻きながら地面を転がり続ける。

 灼ける様な体の痛みと全身を走った衝撃に苦しむ彼の姿を見た櫂は、憐れみとも侮蔑とも取れる言葉を吐き捨てた。

 

「はっ……! 無様だな、光牙。てんで俺の相手になりゃしねえ」

 

「か、櫂……なん、で……!?」

 

「……なんで? なんでだと? それはこっちの台詞だろうがぁっ!!!」

 

 何故、こんなことをするのか? 光牙が投げかけようとした言葉は、櫂の叫びによって打ち消された。

 地面に斧を突き刺し、光牙への怒りを露わにする櫂は溜まりに溜まった怒りを爆発させる様にして叫び続ける。

 

「何で虹彩学園が舐められることになった? 何でA組の奴らは今にも死にそうな顔をしてやがる? そして……何で俺はこうなった!? 答えられるか、光牙ぁっ!!?」

 

「そ、それは……」

 

 櫂から発せられる威圧感に怯んだ光牙は、答えに詰まって口を閉ざしてしまった。

 今、目の前に居るのは本当にかつての親友なのだろうか? そんな逃げの感情を持った光牙に対し、櫂は苛立ちをぶつけるべく口を開く。

 

「お前が答えられないなら俺が答えてやるよ。それはなぁ……全部、お前のせいだろうが!」

 

「っっ!!??」

 

「お前が無茶な作戦を立て、引き時を見失い、多大な損害を出したから、だから虹彩学園は弱体化した! 敗戦に打ちのめされた精鋭たちは自信を失い、更なる負の連鎖を生み出している! 全部全部、リーダーのお前の責任だろうが!」

 

「そ、そんな……お、俺は……っ!!」

 

「……お前が弱いから、俺はガグマにやられたんだろうが。そのせいで、こんなことになっちまったんだろうがよ!」

 

「!!!???」

 

 親友からの否定の言葉に光牙の心が打ちのめされる。認めたくなかった事実を突きつけられ、彼は目の前が真っ暗になってしまった。

 

「そんな俺がお前を憎んで何が悪い!? 俺が怒り、狂い、猛ったとして誰が責められる!? この憤怒の感情のままに、すべてを打ち砕いて何が悪いって言うんだぁぁぁっっ!!??」

 

 狂った叫び声を上げながら、櫂が光牙へと突っ込んで来る。光牙がそれに気が付いた時には、もう既に手遅れであった。

 

<必殺技発動! レイジ・オブ・インフェルノ!>

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 豪炎を纏った櫂の拳が光牙に迫る。とっさに腕を前に出して防御しようとした光牙だったが、そんなものは何の意味も成さなかった。

 

「ぐうっっ!?」

 

 右のフックが頬を叩き、衝撃に脳が揺さぶられる。そのダメージが去らない間に鳩尾にストレートを決められた光牙は、体をくの字に折り曲げながら苦しみに呻いた。

 

「ごおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「がっ、あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」

 

 折れ曲がった体、がら空きになった顎を打ち上げる櫂渾身のアッパーカット。衝撃が脳天を貫き、一瞬光牙の意識が途絶える。

 だが、すぐにその意識は覚醒された。打ち上げられた自分の体が炎を纏い、燃え始めたからだ。

 パチパチと小さな音を立てたことを皮切りに徐々に大きくなっていった炎は光牙の全身を包み、轟音を響かせて大爆発を起こした。

 

「あ、あがっ……が、はっ……!」

 

<GAME OVER>

 

 パンチと爆発の衝撃を受けた光牙が地面を転がる。変身を解除され、戦闘不能になった彼の姿を見下ろしながら、櫂は叫んだ。

 

「まだだ! まだ足りねぇっ! もっと、もっとだ! 光牙だけじゃねぇ! 真美もマリアもディーヴァの奴らも、全員ぶちのめさねぇと気が済まねえっ!」

 

「がふっ!!!」

 

 光牙の体を思い切り踏みつけながら櫂は叫ぶ。何度も何度も足を光牙の体に下ろして彼を踏みつける櫂は、一向に消えない苛立ちに心を乱されていた。

 

「あいつだ……! あいつは、どこに居る!? あいつを倒さないことには、この苛立ちは消えやしねぇっ!!!」

 

 自分の倒すべき敵の姿を探し、櫂は周囲を見渡す。動くものなら何でも良い、この苛立ちを紛らわせる術が欲しいと願う彼の目の前に格好の獲物がやって来た。

 

「こ、光牙っ!!!」

 

「く、ククク……! ようやく、ようやく会えたなぁっ!!!」

 

 光牙の名前を叫びながら現れた二人の人物を見た櫂は歓喜の雄叫びを上げた。そして斧を握り締め、獲物の姿を再度見つめる。

 姿を現した二人の内の一人、真美は踏み躙られている光牙を見て衝撃を受けていた。彼女も報復の対象だが、今はそれよりも優先しなければならない相手がいる。

 

「お前、その声……まさか!?」

 

「ああ、そうだ……! 俺さ! この俺が、帰って来たんだよ!」

 

 目を見開き、真美とは違った意味で衝撃を受けた表情をしている勇に対して叫ぶ。ほんの少しだけ踊った心は、彼の姿を見るや否や再び憤怒に塗り潰された。

 

 憎い、許せない、潰したい……そんな怒りの感情を爆発させながら櫂は叫ぶ。宿敵とかつての友を前にした彼は、喉が千切れんばかりに叫び声を上げた。

 

「俺の名はカイ! 魔人柱の最後の一人、憤怒のカイ! またの名を()()()()()()()()()! この怒り、憎しみ、狂気……お前たちにぶつけさせてもらうぜぇっ!!!」

 

 


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