仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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選び取る運命

『……間もなく、シャルル・ド・ゴール行きの便の搭乗を開始します。搭乗のお客様は、チケットをご確認の上で搭乗口へと……』

 

「そろそろだな。マリア、行くぞ」

 

「……はい」

 

 父親からの言葉に対して、マリアは俯いたまま小さく返事をした。その様子をみたエドガー氏はわずかに良心を痛めたが、娘を守るために心を鬼にしてマリアを連れていく。

 昨日の一件から早十数時間、病院から退院したマリアは、日本の国際空港へと連れ出されていた。無論、父親とともにフランスに帰るためだ。

 

 完全に納得出来ている訳では無かったが、それでも今のマリアには父親を説得する余地は残されていなかった。心配をかけた事への負い目があるマリアは、父の言葉に従って日本を後にすることになったのである。

 

 記憶を失っている為、自分が今まで何をしてきたのかを覚えているわけではない。だが、光牙たちA組の仲間たちと離れることは、マリアにとってとても寂しいことであった。

 

(これで良いんでしょうか……?)

 

 成したいことがある。皆と叶えたい夢がある。だが、今の自分にそれは許されない。悔しい思いを胸に、母国に帰るしか無いのだ。

 光牙たちに迷惑をかけっぱなしのまま国に帰ることに心残りを感じていたマリアは、俯いたまま搭乗ゲートへと進んでいく。

 

「ま、マリアっ!」

 

「!?」

 

 父の背中を追って歩んでいたマリアは、自分の名前を呼ぶ声にはっとして顔を上げた。急ぎ振り返り、声の主を探していると……

 

「良かった、間に合った!」

 

「ギリギリセーフね!」

 

 そこに居たのは光牙や真美をはじめとしたA組の仲間たちであった。彼らに交じって見知らぬ女子たちの姿もある。

 自分を見送りに来てくれた友人たちの姿を見たマリアは、同じく振り返って彼らの姿を見ていた父へと視線を送る。彼女の言わんとしていることを理解したエドガー氏は、少し悩んだ後に小さく頷いて見せた。

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

 父に感謝の言葉を告げたマリアは、仲間たちの元へと駆け出して行った。そして、見送りに来てくれた友人たち一人一人の顔を見ながら頭を下げる。

 

「……すいません、みなさん。こんな形でお別れになってしまうなんて……」

 

「仕方がないわよ、お父さんの決定なんだから……」

 

「寂しくなるけど、ご両親を安心させてあげるといいさ」

 

 真美と光牙がマリアのことを慰める。マリアは、昨日大きく動揺していた光牙がここまで落ち着き払っていることに違和感を感じたが、彼もまた冷静に事態を判断して納得することに決めたのだろうと思い、その考えを頭の中からかき消した。

 

 友人たちとの別れの一時を過ごすマリア。そんな彼女の近くに三人の少女がやって来る。今のマリアには見覚えの無い、初対面だと思える彼女たちは、悲しそうな表情を浮かべながらマリアへと尋ねてきた。

 

「今のマリアっちは、アタシたちのことも忘れちゃってるんだよね?」

 

「顔も、名前も……何も思い出せませんか?」

 

「えっと……すいません……」

 

 申し訳ない感情を覚えながらマリアは三人に詫びる。深々と頭を下げたマリアの姿を見た少女たち……ディーヴァの三人は、それぞれがそれぞれの反応を見せた。

 

「……何も覚えてない相手にこんな事言われても困るかもしれないけど……あなたの幸せを願ってるわ。元気でね」

 

 クールにそう言った玲はマリアへと手を伸ばした。その手を取ったマリアと固く握手を交わすと、玲は友人たちに順番を譲る。

 

「あの、えっと……私、マリアちゃんのこと、忘れませんから! だから、もしも私たちのことを思い出してくれたら、また、日本に遊びに来てね……!」

 

 瞳にいっぱいの涙を浮かべながらやよいが言う。ここまで自分のことを思ってくれる友人のことを何一つとして思い出せないことを悔やみながら、マリアは彼女とも握手を交わした。

 

「……アタシたち、頑張って有名になるよ。いつかディーヴァで海外ライブが出来る様になって、フランスに行くことになったらチケット送るからさ! その時は、絶対に観に来てよね!」

 

 最後に挨拶をしてきた葉月は、前者二人とは違って明るい表情でマリアへと話しかけて来た。だが、彼女の目にもうっすらと涙が浮かんでいることを見て取ったマリアは、葉月が必死に悲しみを押し殺して笑顔を作ってくれているのだと気が付いた

 

(私、何にも思い出せてない……こんなに優しく話しかけてくれてる人たちのことも、()のことも……)

 

 仲間たちと過ごした日々を何も思い出せないマリアは、別れの寂しさとはまた別の意味での涙を流した。そして、どうしても気になっている一人の人物のことを頭に思い浮かべる。

 暗い洞窟の中、自分を見つけ出した彼……勇が昨日見せた悲しそうな表情が頭からこびりついて離れない。彼はあの時、何を思っていたのだろうか?

 光牙からは彼に近づくなと言われていた。彼こそが自分の記憶喪失の原因を作った張本人であり、今のマリアに何をしてくるかわからない人物だと言われていた。

 だが……何故か、彼の姿を見ると胸がざわつくのだ。思い出さなければならないことがある、そんな感情を揺さぶられる気がしてならないのだ。

 

(私は……何もわからないまま、日本を離れても良いの……?)

 

 手遅れだとはわかっていたが、それでもマリアはそう思わざるを得なかった。何か一つでも自分の身に起きた出来事を思い出して、納得してからこの国を離れたいと思っていた。

 仲間たちに囲まれ、ぼんやりと考えことをしていたマリアは、答えを探す様にして天井を見上げる。そんな彼女の姿を見た光牙は、隣にいる真美に対して目頭を押さえながら小さく呟いた。

 

「すまない、真美。少し席を外させてもらうよ……」

 

「ええ、でもあまり遅くならないでね」

 

「わかっている……」

 

 きっと光牙も悲しいのだろう。だが、マリアに涙を浮かべた表情を見られたら、彼女を悲しませてしまう。

 マリアのことを気遣い、泣き顔を見せまいとする光牙の思いを汲んだ真美は、光牙へと頷いて見せた。光牙はそっと仲間たちの輪から抜け出すと近くにあるトイレへと向かう。

 

「……ククク」

 

 その表情には涙ではなく、薄ら暗い笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、謎の女性の声に導かれて光の中へと迷い込んだ勇は、彼女の言葉に対しての疑問を投げかけていた。

 

「どういう意味なんだ、運命を選ぶって!? さっき見たのは何なんだよ!?」

 

 先ほど見た幻は夢の様であり、それでいて現実味を帯びていた。運命を選ぶと言う言葉も相まって、これが何か重大な意味を持っているのではないかという思いを胸に抱く。

 だが、謎の女性の声は勇のそんな疑問には答えず、ただひたすらに選択を押し付けてきた。

 

(勇、選びなさい……戦うのか、それとも逃げるのか……その時は、着々と近づいています)

 

「だからそれはどういう意味なんだよ!?」

 

(……今、あなたは人生の岐路に立っている。そして、この分かれ道の選択次第では、もう取り返しのつかないことになってしまう)

 

「はぁ……?」

 

(戦うことを選べば、あなたを待ち受けるのは長く苦しい運命。沢山の困難と悲劇があなたを襲い、もう逃げだすことは出来なくなる。マリア・ルーデンスに起きた悲劇など、これから先の悲劇に比べれば小さなものなのです)

 

「え……?」

 

 女性の声に勇は目を見開いた。記憶喪失になり、自分のことを忘れてしまったと言うマリアの身に起きた悲劇すら、これから先の苦しい運命と比べれば軽いものだと言うのか? ならば、一体この先には何が待ち受けているのだろうか?

 きっとそれはまさに()()()()()()()()なのだろう。痛みと苦しみを伴う戦いをまだ続けるのかと女性は勇に問いかけているのだ。

 

(……あなたが逃げることを選べば、この戦いの中で掴み取ったすべてを投げ捨てると決めさえすれば、あなたはその苦しみから解放される……平和で穏やかだった日々に戻り、二度と戦わなくて済むのです)

 

「全てってことは……」

 

 勇はこの戦いの中で手に入れた物を頭の中に思い浮かべる。真っ先に思い浮かべたのは謙哉だ。

 虹彩学園に転校してから初めて出来た友人。戦いの中で協力し、時にぶつかり合ってその絆を深めてきた親友。もしもすべてを捨てることになったのならば、彼のと友情も捨てなければならないのだろうか? 

 いや、それだけではないのだろう。光牙や真美、A組のメンバーたちとの絆も、葉月や光圀と紡いできた絆も、すべて投げ捨てなければならないのだ。当然、その中にはマリアも含まれる。

 

 もしかしたら……勇の中にはこんな思いが浮かんでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と……

 マリアは記憶を失った。もう自分のことを覚えてもいない。それにフランスに帰ってしまうのだ。

 謙哉もまだ眠っている。勇のことを引き留める人物など一人もいないのだろう。むしろ、A組の皆は大手を振って喜ぶかもしれない。

 

 そういう意味では、今はこの戦いから身を引く絶好の機会なのかもしれないと勇は思った。そして、これ以上のチャンスはもう二度とやってこないだろうとも思った。

 だとしたら、声の主の言う最後のチャンスと言う言葉も納得できる。これが勇にとって戦いから逃れられるラストチャンスなのだ。

 

(ドライバーを捨てて、何もかもを忘れれば、俺は今までの日常に戻れる……)

 

 虹彩学園に通う前の日々、普通の高校で友人たちと笑い、遊んだあの日々。週末には希望の里に帰り、子供たちと楽しく過ごす平和な毎日……あの日々が、帰ってくるのだ。

 自分には光牙の様な立派な夢や目標はない。ただ巻き込まれてからなし崩し的に戦いを続けていただけだ。

 何時だってこの戦いを止めても良い、その時が来たのかもしれない……そう、勇は思った。

 

(けど、俺は……)

 

 それでも、戦いの中で積み上げてきたものは勇にとって光り輝く宝物の様なものだった。謙哉との友情、仲間と紡いだ信頼、沢山の思い出……それを捨てることは、正直に言って惜しかった。

 戦うか、逃げるか……その二つの考えに板挟みになりながら勇は悩む。この答えはいくら時間があっても簡単に導き出せるものでは無い。

 だが、非情な運命は、勇に悩む時間すら与えてくれなかった。

 

(……選択の時です。選びなさい、勇……)

 

 女性の声と共に目の前が光り輝く。眩しさに目を瞑った勇は、やがて瞼の裏の輝きが収まったことを感じ取り目を開いた。

 すると、目の前には青く輝くゲートが浮かんでいた。ふわふわと漂うそのゲートの中には、現実世界の様子が映し出されている。

 

「なっ!?」

 

 その映像を見た勇は驚きに目を見開いた。沢山の人が居る建物……おそらく空港と思われるそこには、何故か大量のエネミーが出現していたのだ。

 大人、子供、老人……国籍、年齢、性別を関係無しに沢山の人々がエネミーに襲われ、悲鳴を上げている。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した空港の中では、戦いを繰り広げている者の姿もあった。

 

「あれは、光牙か!? それにディーヴァの三人も!」

 

 変身した四人は、それぞれ二名ずつに分かれてエネミーと戦いを繰り広げていた。それぞれの相手を見た勇は、再び驚きに目を見開く。

 

「クジカ……!? それにパルマっ!?」

 

 空港を襲っているのはガグマの手下である魔人柱、傲慢のクジカと怠惰のパルマだったのだ。光牙と葉月がクジカと、玲とやよいがパルマと戦っているが、戦況は芳しくない。四人とも徐々に追い込まれてしまっていた。

 

「なんでだ……? どうしてこんなことに!?」

 

 この光の中に入ってからそんなに時間が過ぎてしまっていたことにも驚いたが、それよりも今は空港で何が起きたのかが気になっている。

 戦いを続ける仲間たちの姿を見ながら、勇がただ立ち尽くしていると……

 

(……もしもあなたが戦いを選ぶのならば、このゲートの中に飛び込みなさい。ですがもし、あなたが戦いから逃れたいと思うのならば……)

 

 その声と共に、今度は勇の背後に新たなゲートが作り出される。中には何も映し出されていない、文字通り通り道であるゲートを見た勇に対して女性は言った。 

 

(そのゲートに飛び込めば、あなたは現実世界の安全な場所に送り届けられる。そしてもう二度と戦うことを強いられなくて済むのです)

 

「マジ、かよ……!?」

 

 前と後ろ、二つのゲートを交互に見比べながら勇は考える。自分がどうするべきなのか、どう行動すべきなのかを……

 制限時間はあまり残されてはいない、焦る勇の思いに拍車をかける様にして女性の声が問いかけて来る。

 

(さあ、選びなさい。あなた自身の運命は、あなたが決めるのです……!)

 

「くっ、うぅっ……」

 

 突きつけられた選択を前に、勇は呻き声を上げながら悩み続ける。答えの出ないこの選択のどちらを選べば良いのかを必死に悩みながら、勇はゲートの中に映し出される映像へと視線を移したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ! どうしてだ? どうしてこんなことに……!?)

 

 必死の戦いを続けながら、光牙は頭の中で何度目かわからないその疑問を思い浮かべた。無論、何度思い浮かべてもその答えは出ないわけではあったが、そう思わざるを得なかった。

 

 この空港にエネミーを出現させ、暴れさせる……それは、光牙が描いていた計画とまるっきり同じであった。だが、ここまで大規模なものは想定していない。

 せいぜいほんの数体のエネミーを出現させ、飛行機の出発を遅らせることが目的だった。あわよくば、マリアの父であるエドガー氏を消せたら万々歳と言った程度のささやかな計画だったはずだ。

 それを実行しようとした光牙は、こっそりと一人になってゲームギアにモンスターカードを使おうとした。自分でエネミーを操り、騒ぎを起こそうとしたわけだ。

 だが、光牙がカードを使おうとした瞬間、空港には非常事態を知らせるサイレンが鳴り響き、同時に人々の悲鳴が聞こえてきたのだ。何が起きたのかと光牙が飛び出してみれば、そこには大量のエネミーを引き連れたクジカとパルマが居たわけである。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

「ふん……動きが鈍いな、人間っ!!!」

 

 疑問を思い浮かべながら戦っていた光牙は、その隙を突かれてクジカに手痛い一撃をもらってしまった。胴を斬られる痛みに呻きながら、光牙は体勢を立て直す。

 

「先日はまんまと逃げられたからな、今回はわざわざ我らがお前たちの息の根を止めに現実世界まで出張って来てやったぞ。覚悟を決め、命を差し出すが良い!」

 

「ぐっ……! 好き勝手言ってくれちゃって……!」

 

「ここで、やられるわけには……!」

 

 吹き飛ばされ、床に倒れこんだ二人は痛みに耐えながら立ち上がると戦いの構えを取る。

 前回と違い、今回は守りの戦いだ。周りには逃げ遅れた人々が不安そうな目つきで戦いを見守っている。

 

 負けるわけにはいかない……ここで負ければ、彼らにまで危害が及んでしまう。それに、二度目の敗北は民衆からの信頼を失う決定的な機会になってしまうだろう。

 己の誇りを懸け、光牙は葉月と共にクジカへと挑みかかった。エクスカリバーを振るって攻撃を仕掛けるも、クジカは難なくその攻撃を防いでしまう。

 

「くっ! このぉっ!」

 

 必死になって剣を振るう光牙だったが、どんなに攻撃を仕掛けてもクジカの余裕が消えることは無い。そのことに苛立ちを募らせた光牙は、更に一歩踏み込んでクジカに立ち向かう。

 

「……ふんっ!」

 

「ああっ!!?」

 

 だが、それは逆効果であった。隊列が崩れたことで葉月との連携が取れなくなり、彼女からの援護が受けられなくなってしまったのだ。

 クジカは片方の剣でエクスカリバーを払い、光牙を丸腰にすると、もう片方の剣で縦一文字に彼を切り裂く。防御も回避も出来なかった光牙はその一撃を受けて堪らず膝をついてしまった。

 

「ぐうぅぅっ……!?」

 

「白峯! 一人で戦おうったって無茶だよ! 連携を取らないと!」

 

「うる、さいっ!」

 

 攻撃を受けた彼の身を案じる葉月を払いのけた光牙は、再び無謀な突撃を繰り返した。当然、その攻撃は軽くいなされ、フォローに入った葉月共々クジカに切り裂かれてしまう。

 

「ぐわぁぁぁっっ!」

 

「きゃぁぁぁっっ!」

 

「ふん……この程度か。技も、力も、連携も未熟と来れば、もう救い様が無いな」

 

「このっ……! 舐めるなぁぁっっ!!」

 

<必殺技発動! ビクトリースラッシュ!>

 

 クジカの挑発を受けた光牙が必殺技を発動して突っ込む。真っ直ぐ、風の様に自分の元へと走る彼を見たクジカは溜息を一つ吐いた後で双剣を握り直した。

 

「くらえぇぇぇっっ!!!」

 

 光り輝くエクスカリバーを構えた光牙が宙へと飛び上がる。落下の勢いを乗せた上空からの振り下ろしを繰り出すも、やはりクジカからは余裕が消えることは無かった。

 

<必殺技発動! プライドスラッシュ!>

 

「ぬぅぅぅぅんっ!!!」

 

 渾身の一撃を繰り出して来た光牙に対し、クジカもまた必殺技を発動する。双剣に光が迸り、鋭く輝き出す。恐ろしいまでの力が籠められたそれを目にも止まらぬ速さで振るったクジカは、目の前にまで迫った光牙の体をX字に斬り裂いた。

 

「がぁぁぁぁっっっ!!?」

 

 体中に走る鋭い痛みを感じながら光牙は大きく後方へと吹き飛ばされる。何枚かのガラスを突き破り、椅子とテーブルを薙ぎ倒しながら空港の床に転がった彼は、許容ダメージを超えたことによって変身を解除されてしまった。

 

「あ、ぐ……」

 

「光牙っ!!」

 

 真美の声を耳にした光牙は何とかして立ち上がろうとした。だが、体中の痛みに耐えきれずに再び床に突っ伏してしまう。周囲の人々も自分のそんな姿を見て、絶望した表情を浮かべていた。

 

「お、おい……仮面ライダーもやられちまったぜ……!」

 

「あんな簡単に倒されちゃうなんて、どうすれば良いのよ!?」

 

 光牙がクジカに成す術も無く敗北した事によって動揺した人々は、空港の中でパニックを起こしてしまっていた。クジカはそんな彼らの姿を鼻で笑いながら見ている。

 

「……どうするも何も、ここに我らが現れた時点でお前たちの運命は決定している。諦めて命の終わりを待つが良い」

 

 地獄の底から聞こえる様な恐ろしい声。それを耳にした人々は恐怖に震え、子供たちは瞳に涙を浮かべていた。

 葉月はそんな人々を守ろうと勇敢に戦いを挑むも、力量の差は明らかであった。

 

「ぐっ! っっ……!」

 

「暇つぶしに遊んでやろう。どうせ外のパルマもじきに掃除を終える。奴が戻って来たら二人掛かりでお前たちの命を絶ってくれよう!」

 

 自分の攻撃を軽く防ぎ、いとも容易く反撃を繰り出すクジカの様子に葉月は奥歯を噛みしめる。どう足掻いても一人では勝てないだろう。だが、それでも戦うしかない。

 自分の後ろには守るべき人々が居るのだ。彼らを見捨てて逃げることなど出来はしない。葉月は無謀だとわかっていながらも、パルマと戦うやよいと玲を信じて少しでも時間を稼ごうと彼に挑みかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 一方、空港の外でパルマと戦うやよいと玲も苦戦を強いられていた。パルマの繰り出す変幻自在の攻撃に翻弄される二人は、攻撃を仕掛けるどころか防御すらままならない状態だ。

 あまりにも一方的な戦いを続けていたパルマも辟易とした様子で倒れる二人を見下している。イライラとした様子で足踏みしたパルマは、怒りの感情を露わにして叫んだ。

 

「あいつは……イージスはどこだ!? お前たちじゃあ相手にならない! イージスを出せ!」

 

 自分に幾度となく屈辱を与えた蒼の騎士、イージスとの決着を望むパルマは、戦場に宿敵の姿が無いことに苛立ちを隠せないでいた。

 今日こそは屈辱を晴らしてやろうと意気込んでいたと言うのにも関わらず、自分の相手は雑魚二人……期待した分だけ失望も大きかったパルマは、光輪を浮かべるとそれを玲達目がけて飛ばして攻撃を繰り出した。

 

「くっ!」

 

 飛来するは三つの光の輪。冷静に狙いを定めた玲は、メガホンマグナムの銃撃でその攻撃を打ち落として何とか防御する。

 体に痛みは感じるが、戦えない程ではない。歯を食いしばって立ち上がった玲は、強くパルマを睨みつけながら彼に言った。

 

「あんまり調子に乗るんじゃないわよ! 私たちが相手にならないって言葉、撤回させてあげるわ!」

 

「ふぅん……まだやるの? どうやらお前も死にたいみたいだね。あの赤い奴みたいにさ……!」

 

「ひっ!?」

 

 パルマの脅し文句を耳にしたやよいは小さく悲鳴を上げて体を縮み上がらせた。同時に頭の中ではガグマの城の中での出来事がフラッシュバックする。

 

 ガグマの圧倒的な力の前に何も出来なかった自分たち、彼の必殺技を受けて呆気無く消滅してしまった櫂……その光景を思い出したやよいは、手から武器を取り落とすとガタガタと震え始めた。

 

「あ、あ、あ……!?」

 

「やよい……? どうしたの、やよい!?」

 

「いや……いやぁぁっ……!?」

 

 まざまざと鮮明に焼き付けられた()()()()()()。それは、か弱い少女であるやよいの心をへし折るには十分な恐怖を持っていた。

 戦うどころの話ではなくなってしまったやよいに対して必死に声をかける玲だったが、パルマがそんな隙だらけの姿を見逃してくれるはずもなかった。

 

<必殺技発動! ギロチンソーサー!>

 

「あっ!?」

 

 電子音声を耳にした玲が振り返った時にはもう遅かった。先ほどの物とは比較にならない程の大きさの光輪が自分たち目がけて飛んで来ている。

 銃弾を当ててもびくともしないそれを必死に両腕を交差させて防ぐ玲だったが、そんな大した防壁にもならない守りでは、パルマの必殺技の威力を殺すことなど出来はしなかった。

 

「あ、あぁぁぁっっ!!?」

 

「いやぁぁぁぁっっ!!!」

 

 爆発、そして轟音……凄まじい衝撃に打ちのめされた二人は、変身を解除されながら地面を転がる。

 

「……ほら、相手にならなかっただろう? お前たちなんか所詮は雑魚なんだよ!」

 

「くっ、うぅっ……!」

 

 またしても自分の力が足りなかったことを悔しがり、拳を握り締める玲。やよいは涙を流しながら震え続けている。

 

「ふん……」

 

<必殺技発動! パトリオット・リング!>

 

 自分と戦う力を無くした二人の姿を見たパルマは、彼女たちに終わりを与えるべくもう一度必殺技を発動した。無数に分裂した光の輪を見た二人はこれから起こる事を想像して恐怖に表情を歪ませる。

 

「……僕に無駄な時間を取らせたんだ、その命で償ってもらうよ。……楽には殺さない、全身をズタズタに切り裂かれ、想像を絶する痛みの中で息絶えると良い!」

 

 10、20と言った数字では数えきれない量の光の輪は、パルマが命令すればすぐに自分たち目がけて飛んで来るのだろう。まさに絶体絶命の状況の中、玲はやよいを抱き寄せると彼女を守る様にして抱きしめる。

 

 無駄な事かもしれない。だが、少しの間だけでも誰かを守りたかった。そんな彼女の姿を見ながら、パルマは呆れた様に笑っている。

 二人の命を掌の上に乗せたパルマは、感じている苛立ちを紛らわせるかの様にして、この状況を楽しんでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉月! 片桐! 水無月っ!!」

 

 光の中で仲間たちが危機に陥っている姿を見た勇は居ても立っても居られないと言う様子で叫んだ。そして、すぐさま空港に続くゲートの中に飛び込もうとする。

 仲間たちの危機を放っておけるはずもない。運命だのなんだのの選択などは忘れて、彼女たちを助けに行かなくてはならない。そう考えた勇のことを女性の声が引き留める。

 

(本当に良いのですか? 一時の感情で、すべての運命を決してしまっても良いのですか?)

 

「そんなもん、今はどうだって良い! あいつらを助けに行かないと……!」

 

(……彼女たちを救わなければならない理由などどこにも存在しません。彼女たちは、彼女たちの意思で戦いを選び、敗れようとしているだけなのですから)

 

「ふざけんな! それを黙って見ていられるか!」

 

(では……あなたは、自分の運命を投げ出すと言うのですね? 一時の感情に従い、自分の運命を捨てて他者の命を選ぶ。その先にどんな悲劇が待ち受けていようとも)

 

「構わない! 葉月たちを助けられるのなら、俺は……」

 

(……ここで死ぬことが彼女たちにとって幸せな道だったとしても?)

 

「!?」

 

 女性の声が告げた衝撃的な言葉に固まる勇。声はそんな勇に対して畳みかける様に話し続ける。

 

(今、この瞬間に彼女たちが助かったとしましょう。しかし、この先の運命で彼女たちが生き残れるなどと言う保証はありません。もしかしたら、もっと残酷で苦しい死を迎える可能性だってあるのですよ?)

 

「だ、だとしても! 俺は……」

 

(……あなたは一度守れなかった。一度失敗した人間は、きっとまた失敗する……その失敗のせいで彼女たちが命を落としたら? いいえ、もっと残酷な運命が待っていたとしたら? それでもあなたは耐えられますか? 彼女たちをここで死なせなかった方が良かったのだと言い切れますか?)

 

「それ、は……」

 

 勇の頭の中にマリアの姿が思い浮かぶ。自分が選択を誤れば、彼女の様に悲劇に見舞われる可能性のある人間が出てくるのだ。そして、その悲劇のせいで命を落とすことだってあり得る。

 

 可愛らしく優しいやよいが死ぬ。人を信じる様になってくれた玲が死ぬ。自分を励ましてくれる明るい葉月が死ぬ……自分が、何かをしくじったせいで死ぬかもしれない。苦しく、辛い死を迎えるかもしれない。その思いが、勇の決断を鈍らせた。

 

『あ、ぐっ……』

 

 目の前のゲートの中では、葉月がクジカに首を掴まれ、持ち上げられていた。片手で葉月を掴むクジカは、もう片方の剣を彼女の腹に突き刺そうとしている。

 葉月にはもう抗う力は残されていない。周りの生徒たちも既にエネミーたちに倒され、援護も期待出来ない。このままでは葉月の命は奪われてしまうだろう。

 

「行か、なきゃ……俺が、助けなきゃ……」

 

(……義務感とその場の感情……迷いを振り切れないままに決断しても何の意味もありません。あなたは、自分の運命に向き合わなければならないのです)

 

「でも葉月が……片桐と水無月が、このままじゃ……」

 

 行かなければならない、だが、その一歩が踏み出せない……迷いが、恐れが、勇の決断を踏み切れなくしていた。

 勇には、何が正しくて何が間違っているのかがわからなくなっていた。葉月たちを守ろうとする自分の思いが正しいのかもわからなくなっていた。

 

「俺は……どうしたら良い……?」

 

 勇の口から出たのは、そんな言葉だった。ここ最近、ずっと胸の中に抱えている思いが自然と声に出てきていた。

 何の為に戦うのか? 自分の思いは正しいのか? この行動の結果、悔いが残ることはないのか? 疑問が次々と浮かび、勇の胸を締め付ける。

 このまま悩み続けることが正解ではないことはわかっていた。だが、自分の中ではっきりとした答えを出さないまま戦いに飛び込んでも、声の主が言うようにもっと悲惨な運命を迎える様な気がしてならなかった。

 

 決断を下せないまま固まる勇。このままでは葉月たちが危ない、だが……そうやって悩み続ける彼が、深い胸の苦しみを感じた時だった。

 

『何をしているんだ!? マリアっ!!!』

 

『そこまでだ、パルマ……!』

 

 自分の耳に届く二人の人物の声に顔を上げた勇は、ゲートの中に映る光景に視線を送った。そして、そこで繰り広げられる戦いに目を奪われる。

 一つ目の声、マリアを呼んだ声の主は、彼女の父親であるエドガー氏の物だ。今、マリアは倒れている生徒の腕からゲームギアを取り、戦いに赴こうとしている。エドガー氏はそれを止めているのだ。

 そしてもう一人……玲とやよいにトドメを刺そうとするパルマを呼び止めた声の主の姿を見た時、大きく開かれた勇の目からは、涙が零れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ、パルマ……!」

 

 自分を呼ぶ声に振り向いたパルマは、今まで感じていた苛立ちが消えていくことを感じていた。ようやく邂逅できた宿敵の姿を見たパルマが彼の名を呼ぶ前に、自分の背後にいる玲が信じられないと言った様子でその名を呼ぶ。

 

「謙、哉……!? あなた、目が覚めて……!?」

 

「ごめん、遅くなっちゃった。起きたら空港が襲われてるってニュースでやってるのを見てね、急いで来たんだ。間に合って良かった」

 

 玲の言葉を受けた謙哉は、いつもと変わらぬ笑顔を見せて彼女に答えた。今の今まで意識を失っていたことを感じさせないその笑顔を見た玲の胸に痛みが走る。

 だが、謙哉はそんな玲の感情を知る由も無い。彼女に向けて浮かべた笑顔を顔から消した謙哉は、自分を待ち受けている宿敵に対して鋭い視線を向けた。

 

「……お前の狙いは僕だろ? 相手になってやる!」

 

「ああ、そうさ……! 僕はこの時を待っていた! 今日こそお前を倒し、今までの屈辱を晴らしてやる!」

 

 歓喜と憎悪、二つの相反する感情がこもった叫びを上げながら腕を振りかざしたパルマは、玲たちに向けて放とうとしていた必殺技を謙哉目がけて発射した。自分目がけて飛来する無数の光輪を見た謙哉は、瞬時に腰のドライバーにカードを通して変身する。

 

「変身っ!!!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

 爆炎と轟雷が謙哉とパルマの周囲に巻き起こる。オールドラゴンに変身した謙哉の背中から生えた翼がはためき、凄まじい突風を引き起こす。パルマが放った光輪はその風を受けて失速し、脆くも崩れ去った。

 

「そうだ、それだ! 僕はその姿のお前を倒さなきゃならないんだ!」

 

 一度ならず二度までも自分を圧倒したイージスオールドラゴンの姿を目にしたパルマは、狂った様な叫び声を上げながら謙哉へと突撃した。

 自分の得意な遠距離戦を捨てて接近戦を挑んできたパルマの狂乱ぶりを見た謙哉は、彼と一気に決着をつけるべく必殺技を発動する。

 

<ドラゴクロー! フルバースト!>

 

<必殺技発動! ギガントクロースラスト!>

 

 巨大な翼を羽ばたかせ、謙哉は宙に浮かぶ。そのまま自分目掛けて突進して来るパルマと同じ様に一直線に向かって行く。

 猛スピードで滑空しながら雷光を纏った爪を振り上げた謙哉は、そのまますれ違い様にパルマの胴を切り裂く一撃を繰り出す。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐっ、ぎぃぃぃぃっっ!!!」

 

 幾つかの光輪を盾の様に展開して謙哉の必殺技を防ごうとするパルマだったが、自分の作り出した光の輪が次々と砕けていく光景を目にして怒りの咆哮を上げた。

 

「なんでだっ!? なぜ僕はこいつに勝てないっ!? 何故、僕はぁっっ!!!」

 

 魔人柱である自分が、ただの人間である謙哉に何故勝てないのか? 疑問と怒りを感じながら叫ぶパルマに対し、謙哉は思い切り腕に力を込めて爪を振りぬく。

 

「せいやぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「ぐぅぅぅぅぅっっ!!??」

 

 最後に残っていた光の輪が消滅したことを見て取ったパルマは急ぎ身を捻って謙哉の必殺技を回避する構えを取った。凄まじいまでのエネルギーを秘めたその一撃を完全に避け切ることは叶わなかったが、致命傷を避けることに成功したパルマは地面を転がる。

 

「勝つ……! 僕の誇りにかけて、勝つんだ……! 次こそは、勝って見せる……!」

 

 痛みに呻きながら立ち上がったパルマは、謙哉を睨みながらうわ言の様にぶつぶつと呟きながら姿を消した。倒したのではなく、何らかの方法でパルマが逃げたのだと悟った謙哉は、大きく深呼吸をした後で変身を解除する。

 

「ぐっっ!?」

 

 戦いを終えて安堵した謙哉だったが、やはりオールドラゴンの副作用によって猛烈な痛みを感じてその場に蹲ってしまった。玲は慌てて謙哉の元に駆け寄ると、その安否を気遣う。

 

「謙哉っ、しっかりして! 薬は!?」

 

「だい、じょうぶ……! まだ、中にはクジカが居るはずだ。早くそっちに向かわないと……!」

 

「何言ってるの!? そんな体でまだ戦うつもり!? 一人で魔人柱を全員片付けようなんて無茶よ!」

 

 玲は怒りと悲しみを込めた叫びを謙哉へと向けた。せっかく目を覚ました彼が、自分の命を軽視していることに我慢が出来なかったのである。

 だが、謙哉は小さく首を振ると玲へとまっすぐな視線を向ける。そして、彼女に対して笑顔でこう言った。

 

「大丈夫、そんなことは考えてないよ。きっと……ううん、勇が必ずここに来る。だから、僕は少しでも時間稼ぎをするつもりさ」

 

「えっ……!?」

 

「沢山の人が危機に陥ってるこの状況を勇が見過ごすはずがない。必ずここにやって来るはずさ! クジカの相手は勇に任せる。僕たちは時間稼ぎと逃げ遅れた人たちを助けよう!」

 

 謙哉の親友への信頼と今の自分に出来ることをしようとする思いを耳にした玲は一瞬だけぽかんとした表情を浮かべた。そして、すぐに思い出す。

 そうだ、これが()()()()()()()()()()()。たとえ自分が意識不明の重体から復活した直後だとしても、誰かを信じて、誰かを守る為に必死になる男なのだ。

 そんな彼に苛立たないわけではない。もっと自分の命を大事にして欲しいと思わないわけがない。だが……自分が好きになったのは、こう言う男なのだ。

 

「……肩を貸すわ。あと、絶対に無茶しないこと! 良いわね?」

 

「うん、わかってるよ。それと、その……」

 

「……何?」

 

「……心配かけて、ごめん」

 

 申し訳なさそうに謝る謙哉の姿を見た玲は、そんな彼の頭に一発の拳骨を食らわせてやった。結構良い感じに決まった拳骨の手応えに満足しながらぶっきら棒に玲は言う。

 

「それでチャラにしてあげるわ。でも、次は無いから。そのことをよ~く覚えておきなさい!」

 

「う、うん……」

 

 痛みに涙目になりながら、謙哉は玲とやよいに支えられて空港の中へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだ!? マリアっ!!!」

 

 エドガー氏は必死になって娘を抑えていた。友人たちがエネミーに倒されていく姿を見たマリアが、近くに倒れている生徒の腕からゲームギアを取って戦いに参加しようとしていたからだ。

 記憶も無く、戦っていた経験も覚えていないマリアにその行動は危険すぎた。娘を思う気持ちのまま、エドガー氏は一心にマリアを説得する。

 

「今のお前に何が出来る!? 記憶も戦いの経験も無いお前が、あの強大な敵を前にして何が出来ると言うんだ!? 何もするな、私の傍に居るんだ! 私がお前を守ってやる!」

 

 エドガー氏はマリアに対して思いの丈をぶちまけた。もう二度と、娘に危険なことをして欲しくなかった。大人しく、可憐で、誰よりも優しい娘を守る為ならばなんだってしようと思っていた。

 たとえ命を捨ててでも娘を守る……そんな思いを胸に、エドガー氏はマリアの腕を強く掴む。絶対に放さないと覚悟を決めたエドガー氏がマリアを引っ張って安全な場所へと避難しようとしたその時だった。

 

「……そうかもしれません。私は、何も出来ないのかもしれません」

 

「何……?」

 

 小さい、だがはっきりとした声でマリアが自分に話しかけて来たのだ。その声を聞いたエドガー氏が固まっていると、マリアは振り向いて覚悟を決めた眼差しを自分へと見せて来た。

 

「私は弱くって、戦っていた時の記憶を失っていて、満足に何かを成すことなど出来ないのかもしれません。ですが……私には、戦う力があるんです!」

 

「マリア……?」

 

「今までずっと、私は世界中の人たちを守る為に訓練してきました! その記憶や戦いの中で積み上げた物は、きっとこの体の中に残っているはずです! なにより……ここで逃げたら、私が今まで日本で学んできたことの意味がなくなってしまう! 私は、みんなを守る為に、戦う為にこの国に来たんです!」

 

 涙を浮かべながら叫んだマリアは、クジカによってトドメを刺されそうになっている葉月へと視線を移した。そして、もう一つ付け加える。

 

「そして、あそこで戦っているのは私の友達です! 記憶がなくっても友達なんです! その友達のピンチを黙って見てることなんて、私には出来ません!」

 

 マリアがエドガー氏の腕を振り払う。唖然とした表情で娘を見る父親に対して、マリアは深々と頭を下げた後でこう言った。

 

「……ありがとう、お父様。今まで私を守ってくれて、私を守ろうとしてくれて、本当にありがとうございます。……これからは、私はお父様を守る番です。世界中の人たちを、お父様を……私が守ります!」

 

 そう言い残すと、マリアは戦いの輪の中へと加わって行った。すぐにカードを使用し、火の玉を作り出すとそれをクジカへと飛ばす。

 

「ぬっ?!」

 

「がはっ! げほっ、げほっ……!」

 

 マリアの攻撃に不意を打たれたクジカは、掴んでいた葉月を放してしまった。急いで彼から離れた葉月は、自分を助けてくれたマリアへと礼を言う。

 

「あ、ありがと、マリアっち……おかげで助かったよ」

 

「いいえ、まだ助かってはいませんよ……勝たなきゃ、そうしなきゃ、ここにいるみんなが死んでしまいます……!」

 

 不意を打つことは成功したが、クジカには全くダメージが入ってはいなさそうだ。ぼろぼろの葉月と戦闘能力が低い今のマリアの二人で彼を倒すことは不可能に思えた。

 だが、それでもやるしか無かった。それが彼女たちに与えられた使命だからではなく、それを彼女が選んだからだ。自分の意志で戦う運命を選んだマリアは、まっすぐにクジカを睨みながら叫ぶ。

 

「私が、守ります……! 友達も、お父様も、ここにいる人たちも、私が守って見せます!」

 

「よく言った! その思いに免じて本気で相手をしてやろう!」

 

 強い意志を秘めたマリアの姿に触発されたのか、クジカは全身から威圧感を放って二人を威嚇した。空気が震え、足元が揺れる感覚を覚えながらマリアと葉月は互いに顔を見合わせる。

 

「やるっきゃない、よね!」

 

「そうです! やるしかないんです!」

 

 緊迫した空気の中で笑いあった二人は、互いにフォローしながらクジカとの戦いを始める。たとえどんなに負ける可能性が高かろうとも、みんなの為に戦う二人は決して諦めることはしなかった。

 その姿を見ている人々の胸に確かな明かりが灯る。弱々しくも必死に戦う少女たちの姿は、見ている者すべての胸を打った。

 

 そう、例えこの場に居なくとも……この光景を見ている人間は、彼女たちの行動に胸を熱くしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謙哉……! 葉月……! マリア……!」

 

 光の中で勇は今見た光景を思い浮かべると目に涙を浮かべた。

 自分のことを信じ、必ず駆け付けると言い切った謙哉。無謀でも誰かを守る為に戦いを続けるマリアと葉月。三人の思いは、迷いを抱える勇の心に熱い鼓動を与えていた。

 

「……戦いを選べばもう逃げられなくなる。だとしても、俺は……!」

 

 迷いが、悩みが、消える。義務感でも一時の感情からでも無い。()()()()()()()()()()を理解した勇の耳に女性の声が響く。

 

(……勇、あなたはどうしますか? あなたは、どんな運命を選びますか?)

 

 その問いかけに瞳を閉じた勇は、改めて自分の中の答えを確認した。そして、目を開くと目の前のゲートをまっすぐに見つめる。

 もう答えは決まった。自分の戦う理由も見つけ出した。迷いは、無い。

 ここまで何度も問われたその質問に対しての答えを思い浮かべた勇は、それを強い覚悟を込めた声で口にした。

 

「俺が選ぶ運命は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ、はっ……!」

 

「くっ……ここまで、なの……?」

 

 クジカに蹂躙されたマリアと葉月は、床に這い蹲りながら呻いた。既に葉月の変身も解除されており、全身傷だらけの二人に戦う力が残っていないことは明白だった。

 

「……良く抗った、素直にそう認めよう。褒美だ、我が全霊の一撃を以て、天に還るが良い!」

 

 戦いの終わりを悟ったクジカが双剣を振り上げる。先ほど光牙を打ち倒した必殺技が発動され、二人に狙いが定められる。

 防ぐ手段どころか立ち上がる力も残っていない二人は、自分たちが死の瞬間を迎えようとしていることを冷静に受け止めていた。

 

「葉月! ルーデンスっ!」

 

 遠くから玲の声が聞こえる。葉月もマリアも、負けたことはわかっていたが諦めはしなかった。

 

「まだ、まだっ……!」

 

「せめて、なにか……!」

 

 傷一つでも良い、ほんの少しで良い、クジカに何か、一つでも良いから手傷を負わせたかった。

 自分たちが諦めなかった証明を、戦った証を刻もうとする二人の姿を見ながら、クジカは静かに笑う。

 

「愚か、だが……嫌いではなかった。さらばだ、勇敢なる少女たちよ」

 

 クジカが双剣を握る手に力を込めた。後はそれが振り下ろされれば斬撃が二人目掛けて飛来し、その命を奪うだろう。

 謙哉たちも間に合わない。この場にいる全員が、マリアと葉月はもう助からないと思い、絶望していた。

 

 だが……彼は、やって来た。最大のピンチ、誰もが絶望したその時に、彼はやって来た。

 

「ぬっ!?」

 

 クジカの背後にあった巨大なガラスが割れ、その破片が彼へと降り注ぐ。とっさに振り返った彼が見たのは、自分の頭上を越えて跳ぶ男の姿だった。

 

「マリア、葉月、大丈夫か?」

 

「あ、なたは……!」

 

 駆け付けた男の姿を見たマリアが驚きの表情を浮かべる。対して、葉月は笑顔を見せると彼の名を呼んだ。

 

「来てくれたんだね、勇……!」

 

「遅くなって悪い、後は俺に任せとけ」

 

 優しく二人の肩を叩いた勇は、懐からドライバーを取り出すとそれを装着しながら振り返った。そして、自分を見つめるクジカとその後ろに控える大量のエネミーを睨む。

 

「……来たか、龍堂勇……!」

 

「ああ、来たぜ。俺は、自分の運命を選び取った……!」

 

「運命だと? それは、どういう物だ? お前は何を選んだ? このクジカと決着をつけることを選んだのか!?」

 

 クジカの叫びに勇は首を振った。そして、この場にいるすべての者に聞こえる様な声で話し始める。

 

「俺は弱い。一度失敗して、大切なものを失いかけて、その怖さに気がついた。このまま戦いを続けたらまた失敗して、この恐怖と痛みを何度も味わうんじゃないかって思うと、戦いから逃げ出したくなった。何のために戦うのかも決められない俺がこのまま戦っても、何の意味も無いんじゃないかって思えて仕方がなかった。でも……!」

 

 言葉を切った勇はマリアを見る。自分に大切なことを教えてくれた彼女を見た後、勇はクジカに向けて叫んだ。

 

「……戦いから逃げたら何も守れない。大切な友達も、たくさんの人たちの命も、未来も……何一つとして守れないんだ! 弱くったって、戦うことは出来る! 誰かの為に戦うことは出来る! 俺には……俺には力がある! 沢山の人を守れる力が! 未来を、夢を、命を守れる力がある! だから、だからっ……!」

 

 覚悟は決めた。戦う理由も見つけ出した。勇は、自分の仲間や敵に対して自分が導き出した答えを告げる。

 

「俺には世界を守ろうと思えるほどの夢は無い。でも、俺には守りたい人たちがいる。俺は、その守りたい人たちを守る。そして、その守りたい人たちが守りたいものも守って行く! 守ってやるさ、全部を! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 びりびりと空気が震える。勇の宣言を聞いたクジカは、低い声で呻く様にして叫んだ。

 

「全ての命を守るだと……? なんと傲慢な考えよ! 己の弱さを自覚しながら、なおも巨大なる夢を掲げるか!?」

 

「夢じゃねえ! そう決めたんだ! 絶対に守ってみせる! どんなに傷つこうとも、俺は逃げないと決めたんだ!」

 

 たとえ弱くとも、傷つこうとも、突き進む。この道の果てに何があるのかもわからない。だが、それでも良い。自分の守りたい人たちを守る為なら、どんな痛みも乗り越えてみせる。

 強い覚悟を胸に、勇はホルスターからカードを取り出す。己で決めた運命の第一歩、それを踏み出す勇の耳に、あの女性の声が響いた。

 

(……あなたのその覚悟は、あなたの道を切り開く……勇、突き進みなさい。 あなたの運命は、あなたが決めなさい!)

 

 その言葉と共に勇の前に光が現れた。銃士、剣士、魔導士の三枚のディスのカードを手に入れた時と同じ感覚を覚えた勇は、その光に手を伸ばす。

 光が消え、掴み取った運命を目にした勇は、新たな力を呼び覚ますべくドライバーへとカードを使用する。

 

<運命乃羅針盤 ディスティニーホイール!>

 

 そのカードが呼んだのは、まるで船の舵の様な形をした輪であった。四つに区切られたスペースを持つその輪は、独りでに勇の左腕へと装着されていく。

 かちりと勇の腕にディスティニーホイールが取り付けられた次の瞬間、ホルスターからは四枚のディスのカードが飛び出して仕切られたスペースへと収まって行った。

 

「あれは、なに……?」

 

「武器なのか? それとも……?」

 

 困惑する謙哉や葉月の声を耳にしている勇には、何故かこの輪の使い方がわかっていた。深く息を吸い、吐く、そして、左腕に取り付けられたディスティニーホイールを掴むと、それを回転させながら叫んだ。

 

「変身っっ!!!」

 

<ディスティニー! チョイス ザ ディスティニー!> 

 

 いつもよりも大きな電子音声を響かせながらドライバーの画面が光る。まるで船の舵を切る様に回転させたディスティニーホイールからは、赤と黒の旋風が巻き起こっていた。

 猛々しく、荒々しいその風は勇を取り囲む竜巻となって吹き荒れる。完全に風の中に隠れてしまった勇の姿をクジカや謙哉、そしてマリアが黙って見つめていた。

 一瞬の様な、それでいてとても長く思える時が過ぎる。やがて勢いを増すばかりの風の中からは、新たな電子音声が聞こえて来た。

 

<舵を切れ! 突き進め! お前の運命はお前が決めろ!>

 

「はぁぁっ!!!」

 

 風の中に光が灯る。同時に竜巻を切り裂く様にして中から伸びた腕が周囲の旋風を払い飛ばした。

 暴風と轟音をまき散らしていた竜巻。それが消え去った後の空港の中は驚くほどの静けさが支配していた。物音ひとつ響かない空間の中、勇が一歩前に踏み出す。

 

「また、新しい姿……!?」

 

「な、なんか、今回はいつもと違わない!? カード四枚だよ!? それに、何あの腕につけられた奴!?」

 

 黒のロングコートに紅が散りばめられた容姿は、今までのどのディスやワールドにも対応している様には思えない。現代的ではあるがそこまで新しくも無い、強いて言うならばそう、あの姿は……

 

「航海士、か……?」

 

 細身の出で立ちに舵の様な輪、そして現代と中世を織り交ぜた様な姿形は航海士に見えなくも無い。だが、謙哉にはそれよりも気になることが一つあった。

 

「勇、武器を持ってないけどどうするつもりなんだ……!?」

 

 今までのディスにはそれぞれ専用武器が存在していた、だが、今回はあの舵がそれに当たるせいか勇は素手のまま戦いに臨もうとしている。

 今までのディスティニーとは確実に違う新たな姿『セレクトフォーム』の登場に困惑を隠せないままの謙哉たち。だが、勇は迷いなく前へと突き進む。

 

 確かな決意を固めた勇は、仮面ライダーとして命を守る為の戦いの中へと突き進んで行くのであった。

 

 


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