仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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選択の時

「……お兄ちゃん、目を覚まさないね」

 

「……そうね」

 

 隣に座る少女に応えながら、玲は彼女の頭を優しく撫でる。くすぐったそうに笑う彼女に不器用な笑みを返すと、玲は未だに眠り続けている謙哉へと視線を移した。

 

「……ごめんね」

 

 口をついて出るのは謝罪の言葉。もっと自分に力があればこんな事にはならなかったと言う思いから生まれる罪悪感が玲の心を責め立てる。

 

「……お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

 視界に映った少女の顔が滲んで見える。そこで初めて自分が涙を浮かべていることに気がついた玲は、それを拭うと出来る限り元気な声で少女に返事を返した。

 

「大丈夫よ、ちょっとナーバスになっちゃっただけ。海里ちゃんが心配することはないから」

 

「そう? なら良かった!」

 

 明るく笑顔を見せる謙哉の妹、海里(かいり)は疑いも無く玲の言葉を信じたようだ。無邪気な彼女の表情に安堵した玲は、再び謙哉の顔を見る。

 

 もう三日も目を覚まさないでいる謙哉。既に葉月ややよいを含めた作戦に参加した生徒たちは、彼を除いて全員が意識を取り戻している。

 残すは彼だけ……だが、その最後の一人である謙哉がいつ目を覚ますのかは、誰にもわからなかった。

 

(ホント、馬鹿よ。こんなに沢山の人を心配させて……)

 

 たまも海里も謙哉の事を心配していた。自分には居ない()()()()()()()()()を持つ謙哉を羨ましく思う一方、こんなにも良い家族を悲しませている彼をほんの少しだけ恨めしく感じてしまう。

 謙哉の両親もきっと彼の身を案じているのだろう。こんな風に心配してくれる人が居ると言うのならば、もっと自分の命を大事にするべきなのだ。

 

 だと言うのに謙哉は自らの命の危険性を周囲に秘匿してオールドラゴンを使い続けた。そうしなければならなかった戦いもあっただろう。だが、その結果がこの様だ。

 無理をして、格好つけて、倒れて……意識不明の重態に陥った。

 

 それが彼の性分だと言うことは玲にも分かっている。自分の命なんか顧みないで誰かを守ろうとするのが虎牙謙哉と言う男なのだ。だが、分かっているからと言って納得できると言うものでは無い。

 もっと良い方法があったのでは無いだろうか? 誰も傷つかずにすんだ方法が、あの時あったのではないだろうか? そう考える度に、玲は自分が強ければ良かったのだと思い悩み、弱い自分に自己嫌悪を抱えていた。

 

「ねえ、玲お姉ちゃん。聞いても良い?」

 

「え……?」

 

 何度目か分からない自己嫌悪に陥ろうとした玲の意識を呼び起こしたのは、自分の事を見つめる海里の一言だった。少し慌てながら、玲は彼女に笑顔を返す。

 

「な、何かしら?」

 

「玲お姉ちゃんってさ……お兄ちゃんの事、好きなの?」

 

「なっ!? げ、げほっ! ごほっ!?」

 

 どストレートに投げかけられたその質問を耳にした玲は、驚きのせいで大きくむせ込んでしまった。もはやその様子だけで質問の答えはわかったようなものなのだが、海里は咳き込む玲の事を心配しつつ彼女に返答を迫る。

 

「ねえ、どうなの!? 教えて教えて!」

 

「う、あ、う……」

 

 純粋な眼差しを自分に向けながら迫ってくる海里に対してなんと返答すべきか悩んでいた玲だったが、無邪気な子供の追及をかわすのは難しそうだ。答えを聞くまで自分のことを見続けてくるであろう海里の様子を見て取った玲は、観念する事にした。

 周囲の様子を伺い、自分たち以外に誰も居ないことを確かめた後で、玲は顔を赤らめながら小さく呟いた。

 

「……ええ、そうよ」

 

「うわ~……! そうなんだ! ねえねえ、お兄ちゃんのどこが好きなの!?」

 

「か、海里ちゃん! 声が大きいから少し静かにして!」

 

 大声で叫ぶ海里を玲は慌てて嗜める。こんな会話を誰かに聞かれたらスキャンダル間違いなしだ、知名度の高いアイドルの恋愛事情など誰かに聞かせられるものでは無い。

 ……それと、単純に恥ずかしい。どちらかと言えば後者の方が理由としては大きい。そんな風に慌てる玲の姿から何かを察したであろう海里は、おおよそ彼女の歳らしいおしゃまな表情を浮かべると人差し指を唇の前に立てて笑って見せた。

 

「……ね、どこが好きなの? 内緒にするから教えて!」

 

「どこ、って言われても……?」

 

 どこであろうか? そういえば、自分は何で彼を好きになったのであろうか? 何か明確な理由が存在していたのだろうか?

 思いつかない理由を無理にあげるならば、()()()()()。何となく優しさに惹かれた。一緒に居て、笑って、戦って……そんな日々の中で、いつしか思いを寄せていた。

 別に大層な理由があるわけではない。ただ、自分に寄り添ってくれた彼の優しさが嬉しかった。傍に居たいと思った。

 探せば劇的なドラマがあるのかもしれないが、玲にとってはそれがすべてで、それで満足していた。もしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思った玲は、気恥ずかしさを隠しながらくしゃくしゃと海里の髪を掻き回す。そして、驚いた表情を浮かべる彼女の目をまっすぐに見つめるとこう言った。

 

「はっきりこれ、って言うのは難しいわね。でも、あえて言うなら……」

 

「言うなら?」

 

「……全部、かしら」

 

 玲のその言葉を聞いた海里は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。そして、彼女の言葉の意味を理解すると非常にいい笑みを浮かべる。

 玲の耳元まで自分の小さな口を運んだ海里は、兄のことを褒められたことに対する喜びの表情を浮かべながら恥ずかしそうな声で玲に対して囁いた。

 

「大好きなんだね、お兄ちゃんの事……」

 

「ええ、自分でも驚くくらいにね」

 

 囁きの言葉に囁きで返す。そうした後、二人はクスクスと笑いながらお互いの顔を見合った。

 ガグマとの戦いに負けて以降、ずっと暗い気持ちでいた玲はこのやりとりで久しぶりに明るい気持ちになった気がした。その事を心の中で感謝しながら、海里へと声をかける。

 

「海里ちゃん、ジュース飲む? 買ってあげるわ」

 

「あ、知ってるよ! これって口止め料でしょ?」

 

「ふふふ……賢いわね!」

 

 軽い冗談を言えるまで気持ちを明るくした玲は笑顔を浮かべると海里の小さな手を握り、二人で自動販売機へと歩き出して行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、病院の外では勇がマリアの父親であるエドガー氏のことを待っていた。彼からホテルに着くまでの話し相手になって欲しいと頼まれた勇は、なし崩し的にそれに同意することになってしまったのである。

 何故自分がとは思ったが、ここでエドガー氏のことを無視するわけにもいかなかった勇は素直に彼が病院から出てくるのを待っていた。

 

(……マリア、フランスに帰るのか……)

 

 彼が来るまでの間、勇の頭の中はマリアが学校を退学して帰国するということで一杯だった。急な話ではあるが、致し方ないだろう。何せ今の彼女は記憶喪失、それも記録的大敗を喫した後の話なのだ。

 今の虹彩学園にはマリアを守れるだけの力は無い。分かっていたことではあるが、ソサエティ攻略に挑む生徒たち全員には危険が伴うのだ。

 きっとエドガー氏はマリアがソサエティの攻略に挑むことを反対していたのだろう。それでも強く娘が望む事だからこそそれを許可し、日本に留学させた。だがその結果、マリアの身には悲劇が舞い降りてしまったのだ。

 

(そりゃあ、心配だよな。連れ帰るって言われたって反対できねえよ)

 

 自分がエドガー氏の立場でもそうするだろう。もうこれ以上、愛する娘の身を危険に晒したくは無い。普通の青春を送り、平和な日々を謳歌して欲しいと願うだろう。

 それを止めて欲しいと願うのはただの我侭だ。だからこそ、勇は光牙を説得して彼を納得させようとした。その努力は無駄に終わりそうだが、それも仕方がない事だと勇は思っていた。

 勿論、自分もマリアと離れることになるのは嫌だと言う思いはある。記憶を失ったまま、彼女に思い出してもらえないままに離れ離れになることを悲しむ気持ちもある。

 だが、自分のそんな感情でエドガーを納得させられないことも勇は分かっていた。

 

 延々とマリアのことを考えていた勇だったが、一度首を大きく振るとその考えを頭から追い出す。もう、考えてもどうにもならないことだ。すでに彼女の帰国は決まっている……ならば、後はそれを見届けるだけだと納得するほか無かった。

 勇がそんな風に無理やりに思考を切り上げた時、ちょうどのタイミングでエドガー氏が病院から出てきた。待たせてしまったことを詫びながら、エドガー氏は勇に近づいて来る。

 

「すまない、待たせてしまったね」

 

「あ、い、いえ……」

 

 緊張気味に言葉を返し、勇はエドガー氏と並んで歩き始めた。病院の駐車場には一台の車が止まっており、エドガー氏はそれを指差しながら勇に言う。

 

「あれでホテルまで行くんだ。さあ、乗ってくれたまえ」

 

「は、はぁ……」

 

 てっきり徒歩でホテルまで行くものだと思っていた勇は気の抜けた返事を口にしながらエドガー氏の言葉に従って車の後部座席に乗り込む。次いでエドガー氏が自分の隣の席に乗り込んで来る姿を見た勇は、自ずと姿勢を正して緊張した面持ちを見せた。

 

「運転手、すでに話してある目的地まで頼む……ああ、すまないが私と彼の会話は聞かなかったことにしてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 座席や今の運転手の態度からして、これは一般のタクシーとは違うのだろう。うまく言えないが、もっと高級な何かである気がする。

 娘を留学させたことや、すでにマリアが帰国するための準備なども手配していることから、勇はルーデンス家は相当なお金持ちなのでは無いかと言う思いを抱いていた。

 

「話し相手になってもらってすまないね、勇くん。君とは少し話がしてみたくてね……」 

 

「いえ、別にかまわないんですけど……なんで俺を?」

 

 当然の疑問をエドガー氏に投げかける勇。自分と彼は初対面のはずだ、ほんの数分顔を合わせただけの自分を何故話し相手に指名したのだろうか?

 勇の問いかけに対し、エドガー氏はちらりと視線を動かして勇の顔を見るとその答えを口にした。

 

「……娘とはよく電話や手紙のやりとりをしていてね、友人や学校での出来事はよく耳にしているんだ。病室に居た彼……光牙くんのことも聞いているよ」

 

「は、はあ……」

 

「数ヶ月前から娘が君の名前を良く口にするようになってね。どんな男なのか気になっていたと言うことさ」

 

「そうだったんですか……」

 

 エドガー氏の答えを聞いた勇は、一応は納得した素振りを見せた。彼の話は筋が通っているし、十分に納得できるものだ。

 だが、勇が気にしている点はそこではなかった。それを口にするのはなんとも気が引けたために黙っているが、エドガー氏は勇のそんな思いを見透かしたような表情で言う。

 

「……君が本当に聞きたいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? では無いかね?」

 

「っっ……!?」

 

 エドガー氏の言うとおりだった。勇が本当に知りたいのは、エドガー氏が同じく病室に居た光牙ではなく、何故自分を指名したのかと言うことであった。

 確かに、先ほどの光牙は冷静ではなかった。すぐに話し合うのは無理だっただろう。しかし、少し時間を置けば彼の頭も冷えたはずだ。

 マリアを帰国させることを納得できていない彼を説得する機会でもああったと言うのにも関わらず、エドガー氏は勇とこうして話すことを選んだ。勇はそれが不思議でならなかったのである。エドガー氏はそんな勇の疑問を解消すべく、その答えを口にする。

 

「その理由は、君と彼の態度の差だ。君と彼とでは、圧倒的に違う点がある」

 

「圧倒的な、差……?」

 

「……彼も君も、どちらも今回の作戦の中心となったメンバーであると言うことはなんとなくだが分かる。詳しいことは知らないが、君たちはこの作戦の失敗に少なからず関わっているのだろう?」

 

「……はい」

 

 エドガー氏のその言葉に勇は俯いて暗い表情を浮かべた。決して責める様な口調では無かったが、マリアの身に起きたことを考えれば彼の言葉を笑顔で受けとめられるはずも無い。

 苦しげな表情を浮かべる勇に対して視線を向けたエドガー氏は、そんな勇のことを指差しながら話を続けた。

 

「そう、それだ。その思いこそが君と彼を分ける最大の差なのだ」

 

「は……?」

 

 突如として投げかけられたその言葉に困惑した表情を見せる勇。褒められているのか貶されているのか、と言うよりもどういう意味で言っているのかも理解出来ない。

 この苦しみが光牙との差とはどういう事なのか? エドガー氏は困惑する勇に対して、その理由を説明する。

 

「君は知らないと思うが、私が娘の病室に入った時、光牙くんは娘と楽しげに談笑していた。穏やかな一時を過ごしているように見えたよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ……」

 

 エドガー氏は言葉の後半を苦々しげに言い捨てる。彼の怒りを見て取った勇は、必死に光牙のフォローをするべく口を開いた。

 

「こ、光牙も悪いやつじゃあ無いんです! 今は本当にいろいろあって、ただマリア……娘さんが無事だった事を喜んでいただけと言うか……」

 

「だが、目の前に居る人物も自分のせいで被害を被った人間に他ならない。相手がそれを忘れているからと言って、あからさまに表情に出すのはいかがなものだと思うがね」

 

「た、確かにそうかもしれないですけど……」

 

 その通りだ。だが、決して光牙は無神経な男では無い。多少問題はあるかもしれないが、良い奴だ。そう考えている勇はエドガー氏の誤解を解こうと良い言葉を考えるが、それよりも早くエドガー氏が口を開いた。

 

「……これは私の個人的な観測だ。もしかしたら君の気分を害するかもしれないが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。間違いなく、自分のせいで苦しんでいる友の事など頭の中に無いと思うよ」

 

「なっ!?」

 

 流石に言いすぎだと勇は思った。ただ少し笑顔を見せただけでそこまで言われてしまっては堪ったものでは無い。

 反論の言葉を口にしようと思った勇だったが、エドガー氏はなおも話を続ける。意外な事にその表情には怒りや憎しみと言う感情は見られなかった。

 

「私は決して彼を憎んでこんな事を言っている訳では無い。ただ、職業柄人の事を良く見るんだ。その人物が何を考えているかを見抜く力はあると自負している。だからこそ言えるんだ。彼は失敗した自覚はある、だからこそそれを次に活かそうと考え、すでに今の失敗を過去のものとしている……分かりやすく言えば、()()()()()()()()と言うわけだ。確かにその資質はリーダーに必要なものなのだろう、だが、人間的にどうかと聞かれれば信用できる人間とは言い難い。ゆえに私は彼を信用しないと言うわけさ」

 

「………」

 

「だが勇くん、君は違う。君は……今も後悔しているね? それも深くだ」

 

 エドガー氏の言葉に何も言えないまま勇はただ前を見る。確かにその通りだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……俺のせいで親友は意識不明の重態になりました。まだ、意識は戻っていません……このまま、取り返しのつかない事態になることも十分考えられます」

 

「君の抱えている後悔はそれだけでは無いはずだ、すべて話してみたまえ」

 

 エドガー氏は淡々と、だが優しさを感じられる声色で勇に語りかける。その優しさに歯を噛み締めながら、勇はもう一つの後悔を口にした。

 

「俺が……俺があの時、マリアを一緒に残すことを許さなければ、こんな事にはならなかったんです……! マリアがあんな事になったのは、俺の、俺のっ……!」

 

 ぐしゃりと服の左胸の部分を掴み、抱えている最大の後悔を口にする。もしもあの時、マリアに撤退を指示していたら……この三日間、勇はその事をずっと後悔していた。

 謙哉の時とは違い、明確にこうしていれば良かったと思える選択肢が存在することがその後悔に拍車をかける。苦しみ続ける勇に対して、エドガー氏は淡々と語りかけてきた。

 

「……君は後悔している。自分の過ちを恥じ、悔やむ心を持っている。君がどんな失敗をしたのかは私には分からない。だが、少なくとも君は自分の出来ることをしようとし、娘もそれに賛同した。違うかね?」

 

「それ、は……」

 

 少なくともその時はそう思った。これが今自分に出来るベストなのだと思い、行動した。だが、その後で別の選択肢が見えたからこそ後悔は生まれる。

 

「ならばその選択を悔やむ事は無い。悔やむなら、己の力が足りなかったことを悔やめば良い。娘もまた君の選択が正しいと思ったからそれに従う選択をした。ならば、責任の所在は君ではなく娘にあるのだからな」

 

 エドガー氏は自分の考えを勇に伝える。そして、真っ直ぐに勇へと視線を向けると、笑みを浮かべながらこう言った。

 

「……君は後悔している。悩んでいる……私は大人だ、若者が悩んでいるのならば、それを導く立場にある……私が君と話したいと思った理由はそこにあるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドガー氏との対話から数時間後、勇は寮の近くにある公園をぶらぶらと散歩していた。ホテルでエドガー氏と別れた後、タクシーで寮まで送ってもらったがそのまま休む気にはなれず、なんとなく近所を彷徨っていたのだ。

 段々と暗くなっていく空を見上げながら、勇は自分がどうするべきなのかを悩んでいた。

 

「……俺は……」

 

 今まで必死になって戦い続けて来た。ひたすらがむしゃらにここまで突き進んで来た。そうするほか無かったから、ただ真っ直ぐに歩んで来た。

 だが、初めて自分の前に分かれ道が現れた。なにがどう繋がっているかわからないまま、勇はこの道の前で立ち止まっているのだ。

 

「俺は、どうすれば良い……?」

 

 道標も何も無い、この道を進んで良いのかも分からない。だが、何らかの道を選んで進むしかない。それが分かっているからこそ、勇は思い悩んでいるのだ。

 もう間違えるわけにはいかない。二度と失敗は出来ない……正しい道を選ぼうとする勇はひたすらに悩み続ける。いつしか空は黒く染まり、月明かりが勇を照らし始めた。

 

 そんな時だった、勇の耳にかすかな声が聞こえ始めたのは。

 

(……の、……です)

 

「は……?」

 

 最初は空耳かと思った。だが、徐々に聞こえる声は大きくなっている。聞き覚えの無い女性の声が耳に届く度、勇は周囲を見回して声の主を探す。

 

(せ……の、時です、勇……)

 

「誰だ? 何処に居る? 何で俺の名前を知っているんだ?!」

 

 若干パニックになりながら叫ぶ勇は、冷静さを取り戻すためにも声の主の姿を探し続けた。だが、すでに大分はっきりとした声が聞こえているにも関わらず声の主の姿は見つからない。

 困惑、恐怖、驚愕……様々な感情を抱きながら周囲を見回す勇の視界が突如明るくなる。まるで大量のスポットライトに照らされた様に明るくなった視界の眩しさに堪らず目を伏せた勇の耳にはっきりとした女性の声が響いた。

 

(選択の時です、勇。あなたは自分の運命を選ばねばなりません……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さむ、勇!」

 

「っっ……!?」

 

 眩しさを感じて目を閉じた勇は、自分を呼ぶ声を耳にして瞼を開く。すでに強烈な光は消えており、勇は周囲の状況をばっちりと見て取ることが出来た。

 そして、自分の名前を呼んだ人間の姿を目にした勇は、先ほどとは逆に目を見開くことになる。今、自分の目の前にいるのは、未だに意識が戻らず病院のベッドの上で眠り続ける虎牙謙哉その人であった。

 なぜ彼が自分の目の前に居るのか? もう体は大丈夫なのか? そんなことを問いかけようとした勇だったが、自分の口から出てくるのはまったく関係の無い言葉であった。

 

「いよいよだな、謙哉……! これで最後だ、本当に、最後なんだ……!」

 

「ああ、そうだよ。この戦いですべてが終わるんだ! 必ず勝とう! そして、世界の平和を取り戻すんだ!」

 

 謙哉の言葉に力強く頷いた自分が一歩前に踏み出す。今、自分の目の前には数多くの若者たちが集まっていた。

 纏う制服がそれぞれ違う彼、彼女たちの姿を見つめる。虹彩や薔薇園、戦国学園の生徒たちの他にも見たことの無い学校の生徒たちの姿も見える。

 勇が背後を振り向けば、そこには謙哉と並んで見知った仲間たちの姿が見えた。葉月、玲、やよい、そして光圀……信頼を感じる眼差しで自分を見つめる彼らに頷きを返すと、勇は生徒たちに向かって叫び声を上げた。

 

「さあ、行くぞ! 世界の未来を勝ち取るんだ!」

 

 勇のその声に応えるかの様に生徒たちは声を上げる。地響きを引き起こすほどの歓声を耳にしている勇がこれは一体どういうことなのかと困惑していると……

 

『くっ……! この、裏切り者め……!』

 

 叫び声に紛れて聞こえる憎しみの篭った声。それが光牙のものだと気がついた勇の視界が歪む。

 勇が次に見たのは、暗くおどろおどろしい広い部屋とその中で自分の前に倒れ付す光牙やA組の生徒の姿だった。

 

「龍堂、勇……! お前さえ、いなければ……っ!」

 

「……お前がそんな言葉を口にするなんてな。まあ、確かにお前の野望の実現の為には俺が居ない方が良かったんだろうけどよ」

 

 勇は自分の口から出た声の冷たさにゾッとした。倒れ、悔しそうに自分を見上げる光牙を蹴り飛ばした勇は、彼のドライバーを足で踏み躙り破壊する。戦えなくなった光牙の周りには、絶望的な表情を浮かべているかつての仲間たちの姿があった。

 

「……諦めなよ、君たちの負けだ」

 

「そして、私たちの勝ち。勝敗は決したわ」

 

 自分の隣から同じ様にドライバーを手にした謙哉と玲が姿を現す。二人は、恐らく相手から奪ったであろうそのドライバーを地面に叩き付けると光牙たちへ冷ややかな視線を向けた。

 

「白峯、これでアンタの野望もお終い! 負け犬はさっさと消えなよ!」

 

「ぐっ! う、うわぁぁぁっっ!?」

 

 光牙が、真美が、A組の生徒たちが、すべて光の粒となって消え失せる。それをすべて見送った後、笑みを浮かべた葉月が抱きついて来た。勇はそれを受け止めると、彼女を抱き寄せて同じく笑う。

 

「……これで、世界はあなたの物。勇が望むままに世界は変わっていく……!」

 

「そうさ! この世界を俺が作り直す! このふざけた世界をな!」

 

 部屋の中にある玉座に腰を下ろした勇は、満足げな表情で笑いながら叫びを上げた。その声には、世界に対する憎しみがありありと感じ取れる。

 瞳の中に黒く燃える炎を燃やしながら勇は吼える。世界の覇者となった彼は、王者としての雄叫びを上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ、今のはっ!? 何なんだよっ!?」

 

 意識が覚醒する。光の中で目覚めた勇は、心の中の思いを叫びにした。

 たった今見た謎のビジョン。夢にしてはリアリティがありすぎるそれは、心を揺さぶる程の衝撃を勇に与えていた。

 今のは何なのか? ここは何処なのか? そして、あの女の声は何だったのか? 勇がそう考えた時であった。

 

(今あなたが見たのは、あなたの未来の可能性……一つは世界を救う英雄として皆の先頭に立つあなたの姿。もう一つは、世界の覇者として君臨するあなたとその仲間の姿です)

 

「だ、誰だっ!?」

 

(あなたは決めなくてはなりません。今、二つに一つを選ぶのです……)

 

「何なんだよ!? お前は誰なんだ!? 俺に何を決めろって言うんだよっ!?」

 

 勇は自分の言葉を無視する声の主に苛立ちながら叫ぶ。選択を迫る謎の声は、自分に何を決めさせようとしているのか? 勇のその疑問に答えるかのように、声の主は単純(シンプル)な二つの選択肢を彼に突きつけた。

 

(選びなさい、勇……このまま戦いを続けるか、それとも逃げ出すか……)

 

「は……?」

 

(これが最後のチャンスなのです。ここで決めたなら、あなたはもう戦いから逃げ出すことは出来なくなる……。長く続く苦しい戦いを最後まで続けなければなりません。あなたが命を落とすか、戦いが終わりを迎えるまで、その苦しみは続くでしょう)

 

「最後の、チャンスだって……?」

 

 うわ言の様に言われた言葉を繰り返す。信じられないと言った表情を浮かべる勇に対して、声の主はただ淡々と話を続けた。

 

(さあ、選びなさい……あなたの運命を……!)

 

 


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