仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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お父さんがやって来た!?

「………」

 

 人もまばらな病院の廊下、個室病棟の一室の前に立つ勇はネームプレートに書かれた<虎牙謙哉>の名前を見て小さく俯いた。

 マリアのことに注力し過ぎたせいで今までここに来れなかった事に対して、勇はほんの少しの罪悪感を感じながらドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開く。

 

「……よう」

 

「……随分と遅かったじゃない。ルーデンスのことはもう良いの?」

 

「……悪い」

 

 中にはベッドで眠る謙哉と彼を見守る玲の姿があった。振り返らず、背中を見せたまま彼を責める様な言葉を投げかけた玲の返事に勇はばつの悪そうな顔をして素直に謝罪した。

 

「別に責めてるわけじゃないのよ。あなたが思いつめてることはわかってたから、本当に大丈夫なのか聞いただけ」

 

「……そうか」

 

「……座ったら? 見舞いに来たんでしょう?」

 

 短い会話の後で玲に促され、勇は彼女が差し出した椅子へと腰を下ろした。そして、目の前で眠り続ける親友の顔を見る。

 

「謙哉……!」

 

 もう三日もの間、謙哉はこうして眠り続けている。一応、天空橋から彼の状態は聞いたが、あまり芳しく無い様であった。

 命の危機は越えた。しかし、いつ目が覚めるかわからない。相当の負担がかかっていた体が回復するまでどの位かかるのかは、医者ですら判断できないと言うのだ。

 

「馬鹿よ……! 何でオールドラゴンのデメリットを教えてくれなかったのよ……!?」

 

 隣に座る玲が小さく呟く。その声には、彼女の苦しみが深く表れていた。

 

「何で……そんな無茶ばっかりするのよ? 死ぬかもしれないってわかってたでしょうに、なんでここまで……!?」

 

 謙哉に対して苦しげな声で言葉を投げかける玲。だが、謙哉がその声に反応を見せる事は無い。

 玲もそれはわかっているのだ。しかし、そうであっても彼にこう言わざるを得なかった。

 

「……俺の、せいだ」

 

「えっ……!?」

 

「俺が……謙哉の負担に気がついていれば、こんなことには……!」

 

 そんな玲の様子を見た勇は、自分を責める様にして拳を握る。堪らない悔しさを胸にかかえたまま、勇は自分の後悔を口にした。

 

「謙哉はいつだって俺の事を気にかけてくれていた……。俺がA組で孤立した時だって、代理でリーダーになった時だって、いつだって味方で居てくれた……! なのに、俺は自分のことで精一杯で謙哉の不調に気がついてやれなかった……。俺がもっとお前の事を見ていてやれれば、こんな事には……!」

 

「違う! 違うわよ! ……あんたは自分のやれる事をやった。あんたが居なければ、もっと甚大な被害が出ていたはずよ」

 

「だが、そのせいで謙哉もマリアも……!」

 

 玲の慰めに対して、勇は苦しげな声で反論しながらその言葉を詰まらせる。自分の味方をしてくれた二人を傷つける結果になってしまった己の行動を恥じ、ひたすらに自分を責める。

 後悔を抱えながら自分を責め続ける勇……彼の隣に座る玲は、そんな勇へと視線を向けると俯いて自分の胸の内を語り始めた。

 

「……あんたは悪くないわよ。悪いのは、他の奴らよ……! 相手の力量もわからないで作戦を決行する事を決めた奴とそれに賛成した奴らなのよ!」

 

 ぐしゃり、と玲はスカートの端を握り締めながら呟く。その表情には、仲間たちへの怒りが映っていた。

 

「白峯も美又も城田も……私たち反対する人間を除け者にして、無理に作戦を進行した。葉月もやよいも、それに賛成して何も言わなかった……! そのせいでこんな事に……!」

 

「水無月、そんな事を言うもんじゃ……!」

 

「いいえ! ここで言わないでいつ言うのよ!? 誰のせいでみんなは、謙哉は、こんな目に……っっ!」

 

 自分を窘める勇の言葉を跳ね除け、玲は仲間たちに対する恨みの言葉を口にし続ける。その瞳には怒りの炎が燃えていた。

 

「私、皆を許せない……! 作戦の指揮を執っていた白峯や美又、賛成していた葉月ややよい! 他の皆を許すことはできない……! でも、でも……っ!」

 

 仲間を、友人を恨む玲。だが、途中で言葉を途切れさせるとスカートを握っていた手を開いた。

 腕は脱力し、だらりと椅子の下へと垂れ下がる。先ほどまで怒りの炎を燃えさせていた瞳からはそれが消え失せ、代わりに大粒の涙が溢れた。

 

「今、一番許せないのは自分自身よ……! 私が、もっと強ければ……! 一人で撤退を援護することが出来ていたら……!」

 

「水無、月……」

 

「いつだってそう! 私は守られてばっかりで、強がっても一人じゃ何も出来なくて……謙哉に無理ばっかりさせて……そのせいで、謙哉は……!」

 

 涙を零しながら自分を責める玲。そんな彼女の姿を見た勇は彼女もまた自分同様に後悔を抱えている事に気がついた。

 もっと強ければ、もっと良い方法を思いつけていれば……そんな後悔を抱えながら、玲もまた自分を責めているのだ。

 

 勇は涙を流す玲をどう慰めれば良いかわからず、黙って俯いていた。自分が何を言っても虚しいだけだろうとわかっていたからである。

 重苦しい沈黙が部屋の中に漂う。ただ俯き、自分を責め続ける二人は悔しさに震えるばかりだ。

 

 そんな時だった。二人のの背後から声が響いたのは

 

「そんな事を言うもんじゃありませんよ」

 

「えっ……!?」

 

 突如として自分たちに投げかけられた言葉を聞いた二人は、驚いて顔を上げて振り向く。病室の入り口、開いた扉……そこに声の主は立っていた。

 

「そんな風に自分を責めるものじゃありません。それに、女の子が泣いてちゃあ可愛い顔が台無しじゃない」

 

「あなたは、もしかして……?」

 

 部屋の中に入ってきた老婆は、鞄からハンカチを取り出すとそれで玲の涙を拭った。そうした後で笑う彼女の表情を見た勇は、彼女のその笑顔に見覚えがあることに気がつく。

 今、自分たちのすぐ後ろで眠っている謙哉。彼が笑った時と良く似た笑顔を見せた老婆は、ぺこりと頭を下げて二人に挨拶した。

 

「はじめまして、虎牙たまと申します。謙哉の祖母です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。あの子、そんなことを……」

 

「すいません、俺たちにもっと力があれば……」

 

 病室に現れた謙哉の祖母、たま。彼女にことのあらましを詳しく説明した勇は己の不甲斐なさに俯きながら謝罪の言葉を口にした。

 もっと自分が良い方法を取っていれば……そう考えて自分を責める勇だったが、その肩を優しく叩かれて顔を上げた。

 

「大丈夫、あなたたちは何も悪くないわ……。自分を責める必要なんて、どこにもないのよ」

 

「でも、俺たちのせいで謙哉くんは……」

 

「いいえ、この子がこうなったのはこの子が選んだ道を突き進んだからよ。この子は、自分の選択に後悔はしていないはず。だから、あなたたちが気に病む必要なんてないの」

 

 優しく勇と玲を慰めるたま。玲は、そんな彼女に一つの質問を投げかけた。

 

「あの、謙哉……くんは、自分が仮面ライダーだってことご家族には言っていたんですか?」

 

「……いいえ、何も聞いてなかったわ。でも、そうなんじゃないかって思ってたのよ」

 

 そう言いながらたまは眠る謙哉の傍へと近づく。彼の横顔を見つめるたまの口元には、悲しみと優しさの篭った微笑みが浮かんでいた。

 

「テレビで青い仮面ライダーのニュースを見るとね、なんだかこの子の事を見ている気分になったの。不器用だけど誰かの事を守るために必死なこの子そっくりだなあ、って思っちゃってね……それにこの間、この子が悩んで帰って来たことがあったのよ。その時のこの子の顔、戦っている人間の顔だったわ。だから、この子が仮面ライダーなんじゃないか、って薄々感づいてはいたのよ」

 

 そう言いながらたまは謙哉の頭を撫でる。愛しい孫の眠る姿を見ながら、彼女は何を考えているのだろうか?

 勇も玲もそんなたまの事を黙って見ていると、今度は逆に彼女の方から二人へと質問が投げかけられた。

 

「……お二人から見て、この子はどんな子かしら? 良い子? それとも悪い子?」

 

「……自慢の親友です。俺の事をいつでも気にかけてくれて、しんどい時は励ましてくれて……でも、俺はそんな謙哉を守る事が……」

 

 たまの質問に答えながら、勇は瞳に涙を浮かべた。今までずっと謙哉は体に負担のかかるオールドラゴンを使い続けて来た。その際に彼の不調に気がつけていればこんな事にはならなかったかもしれないのだ。

 またしても自分の事を責める勇。そんな彼の耳にたまの声が届く。

 

「あなたは何にも悪くないわ。悪い子がいるとしたら……それはきっと、この子自身よ」

 

「えっ……!?」

 

「人間ってね、自分以外の人間の運命を変えることは一人では出来やしないの。だって、どんなに頑張ってもその人の意思一つですべてが決まってしまうから……人が、自分以外の人の意識をコントロール出来ない様に、他の人間の運命をコントロールすることなんて出来やしないのよ」

 

「運命は、変えられない……? だとしたら、俺は……」

 

 たまの言葉に勇は自分の戦ってきた意味を考える。自分が戦ったおかげで誰かが助かったとしたなら、そこに意味があると考え続けてきた。

 だが、自分が戦っても何の運命も変えられないとしたら? 悲劇は舞い降りると前もって知っておきながら、自分はそれを変える事は出来なかった。だとすれば、自分の戦いに意味はなかったのでは無いだろうか?

 

(俺は、何も変えられなかったのか……?)

 

 今までの戦いも、これからの戦いも無意味なものだったのだろうか? そんな勇の考えを見通したかの様にたまは首を振ってそれを否定した。

 

「最後まで話を聞いて頂戴。確かに人は誰かの運命を変える事は出来ないわ。でも、それは大きな運命の流れに関しての話、小さな運命ならばいくらでも変えられるの」

 

「小さな、運命……?」

 

「そうよ、誰かが傷つくと言う運命はどうあがいたって変えられないかもしれない。でも、そこで誰がどの位傷つくのかを変えることは出来るかもしれない。あなたたちがそうした様にね」

 

「俺たちが……?」

 

「……もしもあなたたち三人がこの作戦に参加しなかったら、被害はもっと甚大なものになったんじゃないかしら? たくさんの子供たちが命を落として、もしかしたら誰も帰還することは叶わなかったかもしれない。それが、行方不明者一名と意識不明の重体が一名……これは、あなたたちが運命を変えたって言えるんじゃないかしら?」

 

「……私たちが負けると言う運命は変えられなかった。でも、そこから先の行動で、負けた後のみんなの運命を変えたってことですか?」

 

 玲の発言にたまは微笑みながら頷く。そして、二人の顔を見ながら話を続けた。

 

「あまり思い上がってはいけないわ。どんなに強い力を得た所で、人が一人で変えられる運命なんてたかが知れてるもの……大きな運命のうねりは、そう簡単には止められないのよ」

 

「だとしたら、俺たちは何のために……」

 

「……この話で一番大事なことはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのよ」

 

「えっ……!?」

 

「人は、他人の運命を簡単に変えることは出来ない……でも、自分の運命ならば自分の選択一つで変える事が出来るわ。あなたたちが戦う理由は、自分の運命を決めるためにあるんじゃないかしら?」

 

「俺の、運命……」

 

 たまの話を聞いた勇は、左胸を抑えながら呟いた。今まで自分は、自分自身の運命を決めるために戦って来たのだろうか?

 誰かのためにと戦い続けてきたこの数ヶ月。その間、自分はどんな運命を選択して来たのだろうか?

 

「……でも、この子はその選択を間違えちゃったみたいね。あなたたちみたいな良いお友達を悲しませるなんて、本当に馬鹿な子よ……」

 

 勇が最後に見たのは、そう言いながら謙哉の頭を撫でるたまの寂しそうな横顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、だったんですか……そんなことが……」

 

「ああ、すべてはあの男……龍堂勇のせいなんだ」

 

 マリアへ憎々しげな表情を見せながら光牙はそう吐き捨てる。そして、彼女に対して話を続けた。

 

「彼が手柄を立てようと無茶な足止め作戦を立案し、君を巻き込んだせいでこんなことになったんだ……大人しく俺たちと一緒に撤退していれば、こんなことには……」

 

 そう言うと光牙は少し悲しげな表情を見せた。俯き、首を振りながら自嘲気味に呟く。

 

「……いや、俺の責任だ。俺が奴の手からマリアを守れていれば、記憶喪失になんかならなくて済んだのに……!」

 

「そんな……! 光牙さんの責任ではありませんよ! 櫂さんが倒されて、光牙さんだって動揺してたんでしょう!? 冷静な判断が下せなくっても仕方がありませんよ!」

 

「マリア……ありがとう……!」

 

 瞳に涙を浮かべながらマリアの手を取る光牙。彼女の目をまっすぐに見ながら、力強く語りかける。

 

「約束する……! 俺は、今度こそ君を守ってみせる! こんな悲劇を二度と繰り返さないことを君に誓うよ!」

 

「光牙さん……!」

 

「……だから、君も龍堂勇には気をつけるんだ。奴と接触すると何をされるか分からないからね」

 

「……はい、そうですね。出来る限り二人きりにならない様にします」

 

「ああ、それが良い! そうだ、真美が言っていたんだけどね……」

 

 マリアの返答に笑みを浮かべると光牙は明るい話題へと話を変えた。自分の話で笑顔を見せるマリアを見ながら心の中で彼は思う。

 

(……上手くいった。これで、計画は完璧だ……!)

 

 マリアが発見されたと聞いた時、光牙はかなり焦った。自分がマリアを突き落としたと知られれば、文字通り自分はお終いだ。勇者どころか犯罪者になってしまうだろう。

 だが、神は光牙に味方した。都合良く記憶喪失になったマリアは、自分が光牙に陥れられたと言う記憶を失っていたのだ。それどころか、目の上のたんこぶである勇との記憶を失っていた。

 

(今のマリアはあの男のことを覚えていない! まだあの男に狂わされていないんだ!)

 

 勇と出会う前のマリア。光牙のことを慕い、信頼を寄せていてくれたマリア。

 今のマリアはあの頃の彼女だ。光牙のことを疑いもせず、彼の話をすんなりと信じてくれている。

 光牙はこれを神の啓示だと受け取った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いつだって自分の傍に置き、彼女を監視する。都合の悪い情報は与えず、光牙を崇める存在へと育て上げる。勿論、勇と接触させるなどあってはならない。彼に何を吹き込まれるかわからないからだ。

 こうして今度こそ、マリアを自分の理想の女神へと育て上げるのだ。これは、勇気を出して彼女を突き落とした自分へ与えられた神からの褒美……でなければ、こんなにも自分にとって都合の良い展開が起きるわけもない。

 

 現実はゲームとは違う。一度きりの人生、リセットは利かない。だが、今回は違う。マリアは、()()()()()()()()()

 ここからまたリスタートすれば良い。そう、自分の勇者への道の第一歩は、ここから始まるのだ。

 

(上手くいく、上手くいくさ……! これもまた、試練なんだ……!)

 

 光牙はそう自分に言い聞かせた。二度と同じ失敗はしない。敗北を糧に成長することが重要なのだと言い聞かせた。

 新たなる自分の物語の始まりを感じ、胸を高鳴らせていた彼であったが……不意に現れた乱入者によって、その高鳴りは打ち消されることになる。

 

「……ん?」

 

「光牙さん、どうかしましたか?」

 

「いや、部屋の外から声がした様な……?」

 

 マリアの個室の出入り口である扉の外から声が聞こえた気がした光牙は、その方向へと視線を向けた。すると、それと同時に扉が開き、一人の男性が姿を現す。

 部屋の中に入って来たのは、スーツを着た中年の紳士であった。彼の顔を見た光牙は、はっと息を呑む。

 金色の髪と青色の眼……自分の隣にいるマリアと同じ特徴を持つ彼の顔を見た時、光牙は紳士が何者であるかに気がついた。

 

「おお……マリア……! 良くぞ無事で……!」

 

「お父、様……!? どうしてここに!?」

 

 マリアの声を聞いた光牙はその予感を確信へと変えた。やはり彼は、マリアの父親だったのだ。

 そんな風にいきなりの親の登場に面食らっている光牙を置いて、ルーデンス親子は嬉々とした表情で会話を始めた。

 

「ドクターから聞いたぞ、記憶喪失らしいな……。だが、私の顔を忘れていなくて本当に良かった!」

 

「ご心配をおかけしました。ですが、記憶喪失以外は特に目立った後遺症も無く、その内無事に退院出来そうです」

 

「そうか! それは良かった!」

 

 完全に置いてきぼりを食らった光牙の横で親子の会話を繰り広げる二人。そんな彼らに対してどうすべきか光牙が困惑していると、マリアの父が彼の顔をちらりと見てから娘に問いかけた。

 

「ところで……さっきから気になっていたのだが、彼は誰かね? まさかお前のボーイフレンドか?」

 

「ち、違いますよ! 彼は、白峯光牙さんと言って、虹彩学園に転校して以来、私のことを気にかけてくださっている方です! ソサエティ攻略のリーダーで、仮面ライダーでもあるんですよ!」

 

「ほう……そうか、彼が……」

 

 誇らしげに光牙を紹介するマリア。娘からの話を受けたマリアの父親は、光牙に対して難しい表情を向ける。

 

「光牙さん、紹介しますね。 私の父親のエドガー・ルーデンスです。フランスからわざわざ来てくれたみたいで……」

 

「マリア、もう結構だ。……光牙くんと言ったね? 君がソサエティ攻略のリーダーと聞いたが、つまりは娘をこんな目に遭わせた責任は君にあると言うことかな?」

 

「!?」

 

 マリアの言葉を遮ったエドガー氏は、光牙に対して辛辣な言葉を発した。その表情にはさきほどまで娘と話していた時のにこやかさは無く、静かな怒りが燃えている。

 

「……そう、なります」

 

「歯切れの悪い回答だな。自分のせいで誰かが苦しんでいると言う自覚はあるのかね?」

 

「お父様! 光牙さんを責めるのはやめてください! 光牙さんは十分に頑張って……」

 

「その結果がこれだ。頑張ったから責めないでくれなどと言う甘っちょろい考えは通用しない。特に、命の懸かっている戦いの場ではね」

 

 エドガー氏は光牙を追い詰めていく。一歩間違えれば娘が命を落としていたのだから、彼のこの行為は当然だろう。光牙もマリアも、彼の剣幕に対して何も言えなくなってしまった。

 

「……マリア、私が日本に来たのはお前の見舞いのためだけでは無いんだ」

 

「えっ……!?」

 

「お前をフランスに連れ帰る。もうこんな危険なことにお前を関わらせるわけにはいかないからな」

 

「そ、そんなっ!?」

 

 エドガー氏の突然の宣告に驚きを隠せない光牙とマリア。困惑する二人を無視して、エドガー氏は話を続ける。

 

「飛行機は明日の便を予約してある。フランスの大病院にもベッドを取った。明日、お前は私と一緒に国に帰るんだ」

 

「待ってください! そんな急に言われても、私は……」

 

「急に、と言うのなら、それはこっちの話だ。お前が行方不明になったと聞かされて私と母さんがどれだけ心配したと思う?」

 

「っっ……!」

 

 両親に心配をかけてしまったと言うことを聞いたマリアは、それだけで何も言えなくなってしまった。黙り込む彼女に向けて、エドガー氏は瞳に涙を浮かべたまま語りかける。

 

「……やはり、お前を日本に留学などさせるのでは無かった。世のため人のためとソサエティの攻略を志したお前に憎まれてでも止めるべきだった。そうすれば、こんな事には……」

 

「で、ですが、私は……」

 

「私はお前の命がある内にフランスに連れ帰りたいんだ! 今回は幸運にも命は助かった、しかし、次はこうなるとは限らん! ……不快かもしれんが、彼が指揮を取り続ける以上、私たちはまた娘が傷つくかもしれないと不安を抱えることになるんだぞ?」

 

「光牙さんを悪く言うのはやめてください! 光牙さんだって、今回のことは反省して次に活かしてくれるはずです!」

 

「一度失敗した者は、そういうレッテルを貼られるのだ! 犯罪を犯した者と同じ、どんなに反省しても周囲の目は変えられない! 彼もそれは分かっているはずだ!」

 

「くっ……!」

 

 光牙は悔しさに歯を食いしばった。エドガー氏の言うことは正論だ。自分は失敗した人間で、これから周囲もそう言う目で光牙のことを見るのだろう。

 しかし、ここで引くわけにはいかなかった。マリアをもう二度と手放すわけにはいかないのだ。

 

(何か、何かを言わないと……)

 

 何でも良い、何とか話を続けて、エドガー氏の気持ちを変えさせなければならない……そう考えた光牙が口を開こうとした時であった。

 

「いいんじゃねえか、それが」

 

 部屋の外から聞こえてきた声。入り口へと視線を向けた三人が見たのは、真剣な表情でこちらを見る勇の姿であった。

 

「君は……?」

 

「娘さんと同じクラスの生徒で、龍堂勇と言います。話を盗み聞きするような真似をして、すいません」

 

 勇はエドガー氏に頭を下げると彼の横を通って光牙の真正面にやって来た。そして、彼の目を真っ直ぐに見ながら言う。

 

「光牙、マリアを親御さんに預けよう。それが一番の方策だ」

 

「な、何を言ってるんだ、龍堂くん……?」

 

「……俺たちはマリアを守れなかった。なら、せめてマリアを安全な場所に送ることはしてやろうじゃねえか。家族を失う痛みは、お前もわかってんだろ?」

 

 勇は光牙へと語りかけながら、彼の肩を掴む。そして、言い聞かせる様にして話を続けた。

 

「マリアのことを大切に思うなら、あいつの安全を第一に考えるべきだ。俺たちじゃマリアを守りきれない、だったらもう、戦いから遠ざけるべきなんだ」

 

「う、っ……!」

 

「光牙、わかるだろ? 俺たちじゃ無理なんだよ。だから……」

 

「うるさい! 黙れっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 勇の話を聞いていられないとばかりに叫んだ光牙は、勇を突き飛ばすと部屋の外へと駆け出して行ってしまった。その姿を見送る勇に対して、手が差し伸べられる。

 

「……大丈夫かね?」

 

「あ……! す、すみません……」

 

 差し出されたエドガー氏の手を取り、勇は立ち上がる。再び彼に頭を下げた勇に対して、エドガー氏は微笑みを見せた。

 

「娘のことを第一に考えてくれてありがとう。だが、君は彼に恨まれてしまったのでは無いかね?」

 

「……良いんです。元々、あまり良い関係とは言えませんでしたし」

 

 そう言いながら勇は強がって笑みを見せる。エドガー氏はそんな勇とマリアを見比べた後で、小さく彼に囁いた。

 

「……すまないが、この後少し付き合ってくれるかね? ホテルまでの道のりを一人で歩くのは味気なくてね」

 

「えっ!? あ、はぁ……」

 

「ありがとう。では、少し娘と話をするから部屋の外で待っていてくれ」

 

 勇の気の抜けた返事を了承と取ったエドガー氏はそのまま彼を部屋の外に出るように促した。勇はそれに従い、部屋の出口へと足を向ける。

 

「………」

 

「……っっ」

 

 途中、マリアと目が合ったが、すぐに彼女は目を逸らしてしまった。マリアのその態度に胸を痛めた勇もまた彼女から視線を逸らして病室を後にする。

 扉の外で悲しみを堪えながら、勇はぐっと悔しさに拳を握り締めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこうなる? どうしてみんな、俺の邪魔をする……?」

 

 誰もいない病院の屋上で一人、光牙は小さく呟いた。フェンスを掴み、憎しみを込めて拳を叩きつける。

 

「やり直せると思ったのに! どうして邪魔が入る……!? どいつもこいつも、何で俺の邪魔をするんだ!?」

 

 憎しみと怒りを込めた叫びを上げた光牙は、荒い呼吸を何度も繰り返しながらフェンスに拳を叩きつけた。やがて、その手に血が滲み始めた頃、唐突に動きを止める。

 

「……く、ククク……あはははははは!」

 

 先ほどまでの様子から一変、狂った様に笑い出した光牙は目元を手で押さえておかしくて堪らないと言う様に笑い続けた。

 そして、その笑みもまた唐突に途切れる。夕焼けに染まる空を見つめながら、彼は呟く。

 

「そうだよ、なんでこんなことに気がつかなかったんだろう? 邪魔者は消せば良いだけじゃないか……!」

 

 マリアにそうした様に、また同じことをすれば良いだけだ。こんな簡単なことになぜ気がつかなかったのだろうと思いながら、光牙は再び狂った笑いを浮かべる。

 その目に映る空の色は、血の色をしていた。

 

 


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