仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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喪失

 ソサエティ攻略の名門校、虹彩学園がガグマの討伐に挑み、そして敗北したと言うニュースは、同じくソサエティの攻略を目指す日本中の学校に瞬く間に広がった。

 ドライバー所有者を数多く有し、またディーヴァを擁する薔薇園学園との連携をもってしてもガグマを倒せなかったと言う事実は数多くの生徒や教師たちを震え上がらせたが、それ以上に一部の学園の中ではある動きが目立ち始めていた。それは、ガグマとの戦いに敗れたことによって戦力と威厳を失った両校に代わり、自分たちの学園がソサエティ攻略の最前線になろうとするものであった。

 

 中堅、もしくは虹彩学園の後塵を拝していた名門校の数々がこぞって積極的にソサエティの攻略に乗り出し、日本政府に自分たちの活躍をアピールする。政府からの支援を受けられれば、もしかしたら次に量産されたドライバーを受け取れるかもしれない……そんな考えを持った各学園の試みは日本中で行われていた。

 

 それに対して虹彩学園側はこの戦いで得たガグマの貴重な情報を開示することで決してこの戦いが無意味ではなかったということをアピールしようとした。ガグマのレベル、そして「譲渡」の能力がわかったことは、非常に大きな戦果であったと主張したのだ。

 しかし、それをもってしてもギアドライバー一機を失ったことによる損害と生徒たちの受けた被害を帳消しにすることは出来なかった。少なくとも、今の虹彩学園にはソサエティ攻略校の日本代表という看板を掲げるには疲弊しすぎていた。

 

 生徒も学園も大きな損害を受けたこの戦いから三日が経ったが、未だにガグマから受けた傷はその爪痕を深々と残している。肉体的、精神的に大きな傷を負った生徒たちはその傷を癒すことを優先としていた。

 だが、現状の虹彩学園の中で唯一まともに戦える仮面ライダーである勇は、休息を取る事も無く連日ソサエティへと繰り出していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 ゲートを潜り抜けて虹彩学園に戻って来た勇は荒い呼吸を繰り返しながらポーチからペットボトルを取り出した。入っていた少ない量の水を飲み干し、暫し呼吸を整える為にそのまま静止する。

 ほんの少しだけの休憩を取った勇は振り返ると今しがた自分が通って来たゲートを睨む。そして、再びソサエティへと突入しようとした。

 

「待って下さい、勇さん!」

 

 だが、その行動を駆けつけた天空橋が止める。事後処理に追われている彼の顔には疲れの色がありありと浮かんでいるが、それでも今の勇よりかはましに見えた。

 

「もう三日間ぶっ通してソサエティに潜っているじゃあないですか! 気持ちはわかりますが無茶です! 少しは休んでください!」

 

 勇の腕を掴み、彼の無茶な行動を咎める天空橋。彼の言うとおり、勇はあの激しい戦いが終わってから休みもせずに延々とソサエティに入り浸っていた。

 間違いなく誰よりも疲弊し、傷ついているであろう勇がそうまでする理由がわからないわけでは無い。だが、それで彼まで倒れたら無事に帰ってこられた意味が無いのだ。

 

 天空橋は必死になって勇の説得を試みる。だが、当の勇はそんな彼の手を振りほどくと短い言葉でそれを拒絶した。

 

「うるせえ、ほっといてくれ」

 

「勇さん!」

 

 天空橋の叫びも無視してゲートを潜った勇は、再びソサエティの中へと姿を消してしまった。そんな彼の背中を見ていることしか出来なかった天空橋の背後からスーツ姿の女性が近づいてくる。

 

「彼は聞く耳を持たないみたいだな」

 

「命さん……! ……ええ、誰の話も聞いてくれないんです」

 

「……もう三日か、彼は今までずっとあの調子で?」

 

「……はい、ずっとマリアさんを探しているんです」

 

 マリアの名前が出た途端、命の表情が曇った。攻略班の中心メンバーであり、慈愛に満ち溢れた彼女の笑顔を思い出した命は彼女の安否を気遣う。

 この戦いで行方不明になった彼女がどうなったかはまるで分かっていなかった。彼女の身に何が起きたのか? それを探ろうにも情報が足り無すぎたのだ。

 

 エネミーに襲われたのか、道に迷っているだけなのか、はたまた負傷して動けないのか……天空橋がマリアの着けていたゲームギアの信号を辿ろうとしたが、その信号はあまりにも微弱でなかなか位置が特定出来ないでいた。

 

「……天空橋、彼女は生きていると思うか?」

 

「……いいえ、残念ですがその可能性は低いかと……」

 

「そう、だな……」

 

 天空橋の現実的な意見に同意しながら命は言葉に詰まる。だが、その考えは命も同じであった。

 もしも負傷したり遭難しているのだとしたら、真っ先にゲームギアを使って本部と通信を取ろうとするだろう。それをしないと言うことは、マリアが通信出来ない状態であることを示している。

 丸三日間、通信の無いままソサエティで過ごしている。その事実から考えてみれば、マリアの生存が絶望的なのは明らかだった。

 

「……ですが、勇さんはそうは思ってないみたいです。すぐにマリアさんを見つけてあげないといけないと言って、あの調子なんですよ」

 

「もしかしたら龍堂は、自分のせいで彼女が行方不明になったのだと思っているのかもしれないな……」

 

 自分と共に残り、味方の撤退を支援したマリアが生死不明の状況になったことで、勇は自分自身を責めているのかもしれない。そんな考えを思い浮かべた命は、それはまったくの見当違いだと思った。

 この戦いにおける最大の殊勲者は間違いなく勇だ。彼がいなければもっと多くの犠牲が出ていただろう。それは間違いない。

 だから彼が自分を責める必要はまるで無い……だが、そんな言葉を送っても、勇が自分を許せるわけが無いと言うことも分かっていた。

 

「……信号をキャッチしたらすぐに教えてくれ、捜索部隊を送る」

 

「……わかりました」

 

 すでにマリアは生きていないだろうと考えている二人は、勇が彼女の亡骸を一人で見つけ出した時の事を想像し、同じ結論を出した。少なくとも彼を現場に立ち合わせることはしない方が良いだろうと考え、秘密裏に行動を終わらせようとする。

 それは勇の事を思っての行動であったが、傷ついた彼に隠し事をすると言うことに対してほの暗い罪悪感を抱えた大人二人は、何も言うことも無く目の前のゲートを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勇さん』

 

 瞳を閉じれば瞼の裏に笑顔が浮かんで来る。優しくて輝く様なその笑顔を思いだしながら、自分の名を呼ぶマリアの姿を思い浮かべる。

 

「マリア……!」

 

 行方不明になってしまった彼女の名前を呼びながら、勇はあの時マリアが自分と共に残ることを許してしまったことを後悔していた。

 自分の無茶な作戦に付き合わせたせいでマリアは行方不明になってしまった。あの時、光牙たちと一緒に撤退させていればこんな事にはならなかったかもしれない……そんな後悔を抱えた勇の脳裏には、また別の言葉が浮かんでいた。

 

『君の自己満足が招いた結果だ、何が奇跡を起こすだよ……そんな事、出来やしないくせに!』

 

「くっ……!」

 

 光牙に言われた言葉が勇の胸を締め付ける。その言葉は、自分のせいでマリアが苦しんでいるのだと勇に思わせるには十分な威力があった。

 

「……ああ、そうだよ。俺のせいさ……だから、その責任は果たさないとならねえんだ……っ!」

 

 苦しげに呟いた勇は森の中を歩み続ける。慰めも労わりも無いまま自分を責め続けながら、勇はマリアの捜索を続けていた。

 

「……ここ、は……!?」

 

 茂みを抜け、少し開けた場所に出る。勇の眼前には、あの崖が広がっていた。

 

「……この下、まだ調べてねえな」

 

 崖下に広がる闇を見つめながら勇が呟く。彼の心の中では、この後どうするかなど既に決まっていた。

 

「……行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ……!」

 

 カードを使って浮遊効果を得た勇は、変身したまま崖の下へと降下して行った。浮遊と言ってもごく僅かな効果である為、しっかりと移動する場所を考えねばならない。

 自分が立っている足場が崩れたことに小さく呻いた勇は、すぐに次の足場へと飛び移ると下方向を見る。だいぶ降りてきたもののまだ先は深そうだ。

 

「ん……?」

 

 不意に勇の耳が何かの音を捉えた。水の流れる音に似ていると思った勇は、耳を澄ませてその音を聞き取る。

 

「……やっぱり水の音だ。ってことは、この下は川になっているのか?」

 

 下に降りて行くごとにその音は大きくなっている。あまり激しくない流れの音を聞きながら崖下へと向かって行った勇はついに一番下が見える場所まで辿り着いた。

 

「やっぱりそうだ! 川になってやがる!」

 

 緩やかに流れる川の姿を見て取った勇は自分の予感が正しかったことを喜んだ。見た感じだと深さもかなりありそうだ。その事に気がついた勇の表情に笑みが浮かんだ。 

 

 もしも何らかの理由でマリアが足を滑らせ、この崖の下に落ちて行った場合……この川に落下したのならば、十分に生存の可能性はある。

 着水し、落下の衝撃で気を失ったマリアはそのまま流されて行ったとしたならば、この先にもしかしたら彼女が居るかもしれない……そんな考えを思い浮かべた勇は川の下流へと視線を移す。

 

「……水泳の時間だな」

 

 意を決して水中へと飛び込んだ勇は川の流れに従って下流へと泳いで行く。この先にマリアが居ることを信じながら、勇は冷たい水の温度に耐え続けて先へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 川の先は洞窟だった。真っ暗で何も見えない洞窟の中を見た勇はホルスターからカードを取り出すとそれを使用する。

 

<フラッシュ!>

 

「よし! これで……」

 

 ドライバーから光が放たれ、周囲の闇を明るく照らし始めたことを見た勇は洞窟の先へと進んで行く。周囲を確かめ、マリアの姿が無いか目を凝らしながら先へと進む彼の目にそれは映った。

 

「あっ……!!!」

 

 ライトが照らし出したピンクのポーチ。それは、マリアが装備していた物とそっくりだった。

 多少汚れてはいるが、彼女の持っていた物に間違いないと思った勇は確信を強める。間違いなくこの先にマリアが居るのだと思いながら勇は洞窟の奥へと駆けて行く。

 

 そしてついに……勇は、ずっと探し続けていた彼女の姿を見つけ出すことが出来た。

 

「あ、あ……!」

 

 洞窟の中、少しだけ広くなったスペースの中に体を丸める様にして寝そべる彼女。金色の髪は薄汚れ、体や顔に痛々しい傷はあるものの命に別状はないようだ。

 

「マリア! マリアっ!」

 

 マリアの名を叫びながら彼女に近寄った勇はその体を揺らして彼女を起こそうとした。服は水に濡れ、体温の低下を招いているが、確かに彼女の体には熱がある。マリアは生きているのだ。

 

「ん……」

 

「っっ……! マリアっ!!!」

 

 ゆっくりと、勇の目の前でマリアが目を開いた。青色の瞳の中に映る自分の顔を見た勇は笑みを浮かべたまま彼女を見つめる。

 マリアが生きていたことを喜ぶ勇だったが、自分を見る彼女が何も言わないままでいることをおかしく思った勇は笑みを浮かべたままもう一度彼女の名を呼んだ。

 

「マリ、ア……?」

 

 意識は覚醒しているのだろう、自分を見る彼女の目には光が灯っている。だが、そこにはどこか怯えの色も見て取れた。

 何故自分のことをそんな目で見るのだろうか? そんな疑問を浮かべた勇が聞いたのは、信じられない一言だった。

 

「あなたは……誰、ですか?」

 

「え……?」

 

 笑顔が凍り付く、何かの冗談だろうとマリアのことを見つめる。

 しかし、マリアの表情には一切のふざけた様子は無く、恐怖の色を見せながら勇に対して話を続けていた。

 

「何で私のことを知っているんですか? ここはどこなんですか? 私は……私に何が起こったんですか!?」

 

「え? え?」

 

「わからないんです……。気がついたらここに居て、寒くて、苦しくて、恐くって……ポケットの中に食料があったから生きて居られましたけど、でも、なんでこんな事に……?」

 

「わから、ない……?」

 

「帰りたい、帰りたいです……! 光牙さん、真美さん、櫂さん……A組の皆に会いたいよぉ……うわぁぁぁぁん……」

 

 ぽろぽろと目から涙を流して弱音を口にするマリアの姿を見た勇は、頭をハンマーか何かで殴られた様な衝撃を感じていた。

 光牙やA組のことは覚えているのに自分のことや直前の出来事は覚えていない……一体マリアの身に何が起きてしまったのか? 疑問を浮かべた勇だったが、周囲に気配を感じて後ろを振り向くとそこには数体のエネミーが二人を取り囲む様にして姿を現していた。

 

「グロロロロ……!」

 

「き、きゃぁぁぁっっ!!!」

 

「マリアっ!?」

 

 エネミーの姿を見たマリアが悲鳴を上げるとぐったりと動かなくなった。気を失った彼女のことを心配する勇だったが、マリアの声に興奮したエネミーが飛び掛ってきた為にそちらの相手を優先せざるを得なくなってしまった。

 

「くそっ! 邪魔すんじゃねえっ!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 瞬時に変身、飛び掛ってくるエネミーの胴を剣で斬り裂いて一刀両断にすると、勇はまだ残っているエネミーへと視線を向けた。

 

「グ、グルルルルゥゥ……!」

 

「……来るなら来いよ。ただし、手加減は出来ねえぞ」

 

 威圧感を放ちながらそう告げる勇に対し、エネミーたちは怯んだ様な素振りを見せた。それでも闘争本能を抑え切れなかった一体が勇へと襲い掛かるも、攻撃を仕掛ける前に勇の一撃が炸裂する。

 

「おらぁっ!!!」

 

「グギャァァァッッ!!?」

 

 まるで手も足も出ない、そのことを理解したエネミーたちは蜘蛛の子を散らす様にその場から逃げ出して行った。

 あっけない戦いの終わり、それを確認した勇はすぐさまマリアに近づくと彼女の体を抱え上げる。

 

「……心配すんな、もう大丈夫だから……!」

 

 気を失った彼女に自分の言葉など届いていないと分かっていながら、勇はマリアに対する言葉を止めることは出来なかった。思いが言葉となって溢れ、心を締め付ける。

 

「大丈夫だ、お前を傷つけようとする奴はもう居ないから……! もう安心して良いからな、マリア……!」

 

 洞窟の出口へと歩き出しながら、勇は覚悟を決めていた。一度マリアの顔を見つめると、勇は小さく呟く。

 

「お前は誰にも渡さない……! もう誰にもお前を傷つけさせない……! お前は、俺が守るから……!」

 

 決意の言葉を口にしながら歩き出す勇。そんな彼が知る由も無いことだが、今の彼の姿は、かつて光牙が予知で見た光景とまったく同じものだ。

 そのことは勇にもマリアにも、この場にいない光牙にも分かる訳が無い。だが、またしても光牙の見た光景が現実となったことだけは確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶喪失……?」

 

「ええ、そう言う事になると思われます」

 

 勇によって発見され、虹彩学園係りつけの病院に担ぎ込まれたマリアはすぐにそこで医師の診察を受けた。

 その結果、彼女はおよそ一年ほどの記憶を失っているという診断が下ったのだ。その事実を医師から聞いた勇はショックを隠せないでいた。

 

 ここ一年の記憶を失っているとするならば、自分がエネミーと戦い始めたと言うことも二年生に進級したと言うことも覚えていないのだろう。当然、数ヶ月前に出会った勇のことなど記憶にあるわけがない。

 勇はマリアの中から自分の存在が消えてしまったという衝撃的な現実を必死になって受け止めようとしていたが、やはりショックが大きすぎた。顔色を蒼白にした彼のことを気遣いながらも医師は説明を続ける。

 

「落下の際の衝撃が原因か、はたまた精神的なショックが原因かはわかりませんが……今の所、それ以外には問題点が見つからない点が不幸中の幸いですね」

 

「……記憶が戻る可能性はあるんですか?」

 

「難しいとしか……全てを完璧に思い出すと言うのはまず無理でしょう」

 

「そう、ですか……」

 

 医師の言葉を聞いた勇はがっくりと肩を落とした。もしかしたらマリアは二度と自分のことを思い出してはくれないのかもしれない。そんな恐怖を感じて胸をぐっと抑えた勇は、背後の扉が開く音に気がついて振り返った。

 

「そこから先の話は俺が聞きます」

 

「こ、光牙!?」

 

 開いた扉の先にいた人物を見た勇は驚きの声を上げた。光牙はそんな勇の声を無視して部屋の中に入ってくると一度勇の顔を見てから医師に話の続きを促した。

 

「彼は患者と数ヶ月前に出会ったばかり、当然彼女の記憶の中に彼は存在していません。ですが、俺は違う……俺なら、彼女の記憶を取り戻す手伝いが出来る」

 

「待てよ光牙! いきなり出てきて何を……!?」

 

 自分のことを無視した光牙に食って掛かる勇だったが、思い切り腕を後ろから引っ張られてその動きを止めた。

 驚いて振り返った勇が見たのは、申し訳なさそうな表情で自分の腕を掴む真美の姿であった。そのまま彼女に引っ張られて部屋の外へと連れ出されて行く勇を見送った光牙は、満足そうに微笑むと医師に言う。

 

「さあ、治療方法を話し合いましょう。俺に出来ることならば何でもしますから……!」

 

 医師は多少の戸惑いを見せたものの光牙の持つ清廉潔白な雰囲気と真剣さに押されてしまった。

 勇に取って代わった光牙はそんな医師と会話を続けながら、心の中で黒い笑みを浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い龍堂! 光牙にマリアを任せてあげて!」

 

「お、おい!? 顔を上げろって!」

 

 同じ頃、別の部屋では真美が床に手を着いて勇に懇願の言葉を口にしていた。プライドの高い真美のそんな姿を見た勇は戸惑いながらも彼女にそれを止める様に言う。

 

「止めてくれよ、なんでお前がそんな真似を……!?」

 

「……光牙は今、精神的におかしくなってるわ。意気込んでいたガグマとの戦いに敗れ、親友の櫂も失ってしまった……光牙には支えが必要なのよ!」

 

「あいつの気持ちもわかるさ。けど、何でそれがマリアをあいつに任せる事に繋がるんだ?」

 

「……あなたは気がついてないかもしれないけど、光牙はマリアに思いを寄せているのよ。マリアの力になって彼女から頼られれば、きっと光牙も精神的に持ち直すわ」

 

「ちょっと待てよ! それってマリアを利用することになるんじゃねえのか!? 今一番しんどいのはマリア本人のはずだ、あいつを振り回すわけにはいかないだろ!?」

 

 やや身勝手にも聞こえる真美の言葉に反発する勇。しかし、真美は瞳に涙を浮かべたまま勇へと懇願を続ける。

 

「わかってるわ! でも、今は光牙が持ち直せるかどうかの瀬戸際なの! もしも光牙がこのまま潰れてしまえば虹彩学園は終わりよ! そうならない為にも出来る事はしてあげたいの!」

 

「けど、けどよ……!」

 

「それに……私たちはマリアの事をあなたよりもよく知ってるわ。マリアだって、記憶にないあなたよりも光牙の方を信頼してるんじゃないかしら?」

 

「っっ……!?」

 

 真美の言葉に勇がたじろぐ。洞窟の中でマリアが口にした言葉を思い浮かべた勇は、再び自分はもうマリアの中には存在していないという事実を痛感した。

 

『光牙さんに会いたいよぉ……』

 

 子供の様に泣きじゃくり不安を口にしたマリアが頼ったのは光牙だ。自分では無い。

 そして真美の言うとおり、光牙は自分の知らない昔のマリアを知っている。それらの事実を考えれば、どちらがマリアの傍に居るべきかは一目瞭然だった。

 

「お願い龍堂……! 光牙の好きにさせてあげて! もちろん、マリアがあなたの事を思い出す様に努力はするわ! だから……」

 

 もう一度真美が床に頭をつけて土下座をする。俯いてその姿を見ていた勇だったが、やがて搾り出す様な声を出して震えながら返事をした。

 

「……わかった。お前たちに任せる」

 

「あ……!」

 

 勇の返事を耳にした真美は表情を明るくさせて顔を上げた。勇にお礼を言おうとした彼女だったが、彼は既に部屋から出て行こうとしている。

 

「ありがとう龍堂! 必ず、あなたの期待に応えてみせるわ!」

 

 どこか小さく見えるその背中に向かって叫ぶ真美だったが、勇は振り返ることなく部屋から出て行ってしまった。多少の申し訳なさを感じながらも真美は全てが上手く行っていることに安心感を得る。

 まだ自分たちは持ち直せるはず……部屋の中にあった椅子に座った彼女は心の中でそう繰り返すと、小さく目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 無言でただ歩く勇。足取りは重く、どこかおぼつかないでいる。階段を上って屋上まで辿り着いた彼は、そのままフェンス際までやって来た。

 

「……俺、は……」

 

 この決断は正しかったのだと自分に言い聞かせる。今の自分に出来る最良の選択をしたのだと思い込もうとする。

 だが……確かに感じる胸の痛みがそれを許してはくれなかった。

 

「俺は……」

 

 マリアを失ったと思い傷つき、マリアが自分を忘れている事に傷つき、マリアに必要とされていないことに傷ついた。

 それでも、彼女を守ろうとした。そう決意したはずだった。

 

「俺は……っ!」

 

 だが、それも許されなかった。周囲の人々は自分よりも光牙がマリアの傍に居るべきだと思っているのだろう。勇もマリアに余計な不安や恐怖を与えないためにもそれが良いのだと言うことは理解していた。

 そう、理解はしていた……理解はしていたが、心がそれを納得できるかは別の話ではあった。

 

『勇さん』

 

 自分を呼んで笑うマリアの姿が瞼の裏に浮かんでは消える。もう二度と、あの笑顔は見る事は出来ないのだろう。もう自分は、マリアと元の関係に戻れないのかもしれないと勇は思った。

 

 ぽっかりと心の中に空いてしまった穴。それを埋める方法はわからず、ただ空虚さと痛みが胸を締め付ける。

 マリアが記憶を失った様に自分もまた何かを喪ってしまったのだと思いながら、勇はその場に崩れ落ちた。

 

「俺は……どうすれば良い……!?」

 

 何のために戦っているのか? 何のために戦えば良いのか? もう勇にはわからなくなってしまった。自分が何をすべきなのかもわからないでいる。

 苦しむ彼にその答えを教える者は、誰も居なかった。

 

 

 


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