仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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悲劇の訪れ(後編)

 ソサエティの大地を多くのエネミーたちが駆ける。ガグマとの戦いに敗れ、撤退して行く虹彩、薔薇園学園の生徒たちを殲滅すべく風の様なスピードで追撃を行っているエネミーたちの集団の中心では、魔王ガグマから直々に命令を下された二人の魔人柱たちが視線を前に向けながら話し合っていた。

 

「計算によればそろそろ奴らに追いつく頃だ。負傷者を抱えたままではまともに撤退も出来ないだろうからな」

 

「僕なら足手纏いは切り捨てて逃げるけど……さて、あいつらはどんな策を選ぶのかな?」

 

 クジカとパルマは余裕の雰囲気を見せながら先へと進む。この一ヶ月ほどで光牙たちに奪還された街の中を悠々と進みながらその支配権も取り戻す二人。たった一日で勢力図を元通りにした魔人柱たちは、やがて中央区間の最後の街へと辿り着いた。

 

「ここで城の周囲の土地は最後だ。奴らの努力も無駄なものだったな」

 

「本当、頑張って手に入れた土地をあっという間に取り戻されちゃうなんて笑い話にもならないよね」

 

 呆れた様な、それでいてこうなる事はわかり切っていたとでも言う様な声で二人は笑う。自分たちの主を敵に回した時点で光牙たちの敗北は決まっていた。ならば、この展開も二人にとっては予想通りと言うものである。

 

 勝てるはずのない戦いに挑み、敗れたのだから全てを奪われるのは当然の事だ。勝者が敗者の全てを手に入れる事など大昔から決まっている。

 敗者である光牙たちが迎える末路は、徹底的に蹂躙され、全てを奪われた上で惨めに消される……この追撃戦で命まで奪われて彼らの短い人生は幕を下ろすのだと、二人は思っていた。

 

 正確には「思う」のではなく、そうすると心に決めていたと言う方が正しいのだろうが……とにかく、光牙たちを容赦なく潰すとだけは決めていた二人はエネミーを引き連れて街の中を突き進む。彼らが狭い道を通り、街の外へと続く関所の門を潜ろうとした時、それは起こった。

 

<必殺技発動! バレットサーカス!>

 

「!?」

 

 自分たちに向かって右側の建物から黒い影が顔を出す。建物のテラスからディスティニーブラスターを構えながら飛び出してきた勇は、大量のエネミーたちに向けて無数の黒い弾丸をばら撒きながら叫んだ。

 

「こっから先には行かせねえっ!」

 

 叫びを上げながらガトリングガンよろしく銃弾を乱射する勇。必殺の威力を持ったエネルギー弾を体に受けたエネミーたちは、断末魔の悲鳴を上げながら光の粒になっていく。

 予想外の奇襲を受けて面食らったエネミーたちが混乱している姿を見ていたクジカとパルマは、苛立った様に舌打ちをすると大声で軍団に向けて指示を飛ばした。

 

「何をもたもたしてるんだ! 敵はたった一人だぞ!?」

 

「全員、一斉射撃で建物ごと潰してしまえ!」

 

 リーダーである魔人柱たちの号令を聞いたエネミーたちはすぐさま行動に移った。遠距離攻撃が出来る者がそうでない者を盾にしながら攻撃の準備を整え、一斉に勇の居る建物目掛けて攻撃を開始したのだ。

 

「やっべっ!?」

 

 慌てて建物の中に逃れる勇。しかし、時すでに遅しと言った所で、何十と飛んでくる火の玉や真空波と言った遠距離攻撃を受けた建物はそれに耐え切れず、轟音を立てて脆くも崩れ去ってしまった。

 

「ふん、他愛無い! 後は瓦礫の下敷きになっているあの男にトドメを刺せば良いだけの話よ」

 

 あっさりと決着がついた事を鼻で笑うクジカ。この軍勢相手にたった一人で立ち向かったその勇気は賞賛に値するが、それはやはり無謀と言うものだ。

 おそらく虫の息となっているであろうライバルの事を考えたクジカは、最後に勇にトドメを刺すことで先に受けた屈辱を返そうとしたが……

 

「おいおい……どこ見てるんだ?」

 

「何……っ!? ぐおぉっ!!?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くクジカ、その顔面に飛んできた火の玉を受けて痛みと熱さに悲鳴を上げる。そんな彼の姿を見た勇は、仮面の下で得意気に笑うとディスティニーワンドにカードを使用した。

 

<フレイム! フレイム!>

 

<マジカルミックス! ギガフレイム・ビックバン!>

 

「おっしゃ! これでも食らえぇっっ!!!」

 

 勇の頭上に生成される巨大な火球。それは十分に距離が離れているクジカたちの所にまでも炎の熱さを伝え、激しく燃え盛る。

 一瞬にして自分たちの背後に出現した勇の行動に対して完全に不意を突かれた形となったエネミーたちはその強力な攻撃を前にして何もする事が出来ず、ただ勇が杖を振って自分たち目掛けて必殺技を飛ばして来る姿を見ることしか出来なかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……作戦第一段階、見事成功! 連続での奇襲で敵の戦力を大きく削ぐ事に成功しました!」

 

 勇が戦う街の中心部から少し離れた茂みの中。双眼鏡を使って勇の戦いを見守っていたマリアは勇が作り出した火球がエネミーの軍団に見事炸裂した事を見て取って共に残った決死隊に向けて通信を飛ばした。

 敵にバレないように位置を少しずつ変えながら勇の援護をこなす彼女たち決死隊は、能力強化のカードを勇へと使用しながら慎重に戦いを見守る。

 

「勇さん、『ポータル』のカードを見事に使いこなしてくれたみたいですね」

 

 独り言を呟いたマリアは、優秀だが使い所が難しいポータルのカードの事を頭に思い浮かべる。

 二枚で一組、離れた位置と位置を結んで瞬間移動が出来る門を作り出せるそのカードは、中々に便利そうな効果を持つものの今まで使われる機会が見出せずに居た。

 何を隠そう、ポータルで移動できる距離がほんの数メートルしかないのだ。瞬間移動が出来ると言ってもこれでは狭すぎる。しかし、勇はそんなポータルのカードの出入り口を「通りを挟んだ別々の建物に置く」ことで見事に使いこなして見せた。

 

 最初に姿を見せて建物の中から先制攻撃を食らわせた勇は、相手が反撃を試みていると見るやすぐに設置しておいた一つ目のポータルの中へと入る。

 そして出口に設定しておいた反対側の建物の中へ移動すると、先ほどまで自分が居た建物の残骸を漁るエネミーたちを背後から急襲したのだ。

 

 連続の奇襲攻撃は予想以上の成果をもたらした。だが、火球が消え、煙が晴れた街の中からはまだまだ大量のエネミーが残っている。

 その全てが勇に対して敵意を剥き出しにして襲い掛かってくる。ここから先は仕掛けておいたトリックは無い。隠れ、不意を突き、確実に敵の数を減らしながら戦うしかないのだ。

 

「皆さんは出来る限りの支援を! もしも敵に見つかったと思ったら、すぐに離脱して先行隊の後を追って下さい!」

 

 マリアはこの戦いの真の目的を思いながら仲間たちにそう告げる。

 この戦いの目的は相手を倒すことでは無い、皆で生き延びる事だ。

 誰一人として欠けずに虹彩学園に戻る事、それを再度仲間たちに意識させた彼女は、支援用のカードを手に強い視線で勇を見守る。

 

「誰も死んではいけません……そして、誰も死なせてはいけません! 助け合って、このピンチを乗り越えるんです!」

 

 通信越しに伝わる仲間たちの強い覚悟を感じながら、マリアはこの正念場を乗り切る為の戦いを始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、勇たちが戦っている街の前方では、真美が生徒たちを率いて撤退を進めていた。

 周囲の安全を手早く確認しながら先へと進む彼女は、左腕に取り付けられたゲームギアで天空橋と通信を行って逐一情報を仕入れていた。

 

「……どうやら勇さんたちが敵と戦闘を始めたみたいです。出来る限り抑えると言っていましたが……」

 

「完全に抑えられるだけの余裕は無い、もしかしたら龍堂たちの防衛網をすり抜けてエネミーたちが私たちを追いかけてくるかもしれない……後方にも注意をしながら進まないといけないわね」

 

 隊列の後方を一目見た真美は疲れきった表情を浮かべて首を振った。

 前と後ろ、左右も確認しながら先に進まなければならないが、それが出来るだけの戦力が揃っていないのだ。怪我をしたり疲労で戦闘が出来ないでいる生徒たちを率いてここまで来るだけでも、真美は相当神経を磨り減らしていた。

 

「頑張ってください、真美さん。あともう少しでこちら側に残った生徒たちが確保してくれている安全圏内に入れます。そこまで行ければ安心です」

 

「はい……。怪我をした皆の治療も、心を休ませる時間も必要です。苦しいですが、皆にも最後の力を振り絞って貰わないと……」

 

 今、自分たちに残されている戦力はごく僅かだ。仮面ライダーの中で戦える者は玲だけ、他の生徒たちも少なからず傷を負っており、満足に戦闘を行える者などほんの一握りだ。

 

 だから戦闘になるのは非常に不味い。どんなに苦しかろうが今は持てる力の限りに進んだ方が良いのだ。

 戦闘になれば大きな被害が出るだろう。追いつかれる前に早く安全地帯に辿り着きたい……そんな小さな祈りを心の中で唱えた真美だったが、現実は容赦なく彼女たちに牙を剥いて襲い掛かって来た。

 

「っっ!?」

 

 ゲームギアの画面に映し出される敵の反応。一つや二つでは無い、集団になって自分たちの進路を塞ぐ様に位置する敵の配置を見た真美は苛立ちと同時に絶望感にも襲われた。

 

(あともう少しだって言うのに!)

 

 ぎりぎり希望に手が届きそうな所で、そうはさせないとばかりに自分たちに伸びて来る魔の手。深い絶望の闇の中に真美たちを引き入れるべく、絶望と共に襲い掛かってくる。

 

「こちらも戦力を向かわせます! 真美さんたちも何とかして突破を!」

 

「ええ!」

 

 天空橋との通信を切り、真美は生徒たちと共に駆け出す。ここでもたもたしていて挟撃されれば、それこそ自分たちに助かる道は無い。

 ならば、先に進むしかないだろう。敵の防衛線を突破し、安全圏へと逃げ延びるのだ。

 

「ここが正念場よ! 全員、気合を入れなさい!」

 

 開けた視界の先にエネミーたちの姿を見つけた真美は、数少ない戦力である生徒たちに発破をかけると自分も戦いの中へと身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<必殺技発動! テンペストオブエッジ!>

 

「うおぉぉぉぉっっ!!!」

 

 サムライフォームへと姿を変えた勇が両手に持つ剣でエネミーたちを斬り裂きながらその集団の中を駆け抜ける。

 赤い斬光を纏った刃で一撃。斬り付けられた敵を蹴り倒し、一歩踏み込んでもう一撃。三体の敵が並んで襲い掛かってくる姿を見た勇は、最後に両手の剣をXの軌跡が残る様にして振るい、立ち並んだエネミーたちを同時に斬り倒した。

 

「すいませんマリアさん、敵に位置が悟られました!」

 

「すぐに撤退を! その際、敵に見つからない様に慎重に逃げて下さい!」

 

 近くの茂みの中で勇の補助を行う決死隊の生徒に逃げるよう指示を送ったマリアは、自分もまた相手に位置を悟られぬ様にこっそりと場所を移動し始めた。

 もうこの場に残っているのは自分と勇だけだ、他の生徒たちが無事に真美たちと合流出来たかどうかは気になるが、今はそんなことを考えている余裕は無い。

 

「ぜぇっ……! はぁっ……!」

 

 遠巻きに見ても勇の体力が限界に近いことはすぐにわかった。マリアは体の傷を癒す力を持つカードを使用するも、大した効果は得られなかった様だ。

 

 攻撃や防御の補助も、危ない所を防ぐ盾の展開も、敵を分断する手助けもした。勇もディスティニーの全ての力を持ってエネミーや魔人柱と戦い、この多くを撃破した。

 だが……それでも敵の数が尽きる事は無かった。たった一人で全力の戦いを長い間続けている勇は、もういつ倒れてもおかしくないはずだ。

 そうならないのは単に彼の精神が強いからに他ならない。勇は今、気合と信念で限界を迎えている体を動かしているのだ。

 

(勇さん……! もう、これ以上はっ!!!)

 

 もう撤退すべきだとマリアは思った。これ以上の時間稼ぎは危険が過ぎる。もう撤退すべきなのだ。

 しかし、勇にその様子は見られない。まだ時間稼ぎが不十分だと感じて、仲間のためにここで追撃を食い止めるつもりなのだろう。肩で息をしながら戦う彼は、目の前に迫ったエネミーの顔面目掛けてディスティニーソードを叩き付けた。

 

「ぐっ……らぁぁっっ!!!」

 

 エネミーの顔面から火花が舞い、ヒットエフェクトの後で小さな爆発が起きる。疲れのピークを迎えている勇はそのまま剣を地面に突き刺すと、杖代わりにして暫しの休息を取りながらマリアへと通信を飛ばす。

 

「マリア、聞こえてるか……?」

 

「はいっ! 聞こえています!」

 

「……そろそろ限界だ、引き上げるぞ。お前は先に逃げて、光牙たちと合流するんだ」

 

「だ、駄目です! 勇さんも一緒に逃げましょう! 今の勇さんを一人で残すなんて、とても……」

 

「ばーか、俺にはバイクがあるから多少遅れたって問題は無いんだよ。だからお前は先に行って、距離を稼いで来い」

 

「で、でも……」

 

「最初に約束したろ? 俺が撤退を指示したら、すぐにそれに従えってさ………大丈夫だから先に行けよ。必ず追いつくから」

 

「くっ……!」

 

 息も絶え絶えですでに体力が尽き様としている勇の声を聞いたマリアが胸を抑える。ここは勇を信じて先に逃げるべきなんだろう。だが、疲れきった彼を一人で置いて行くことなど出来なかった。

 

「やっぱり駄目です! 一緒に逃げましょう! 私、撤退の援護もしますから! だから……っ!」

 

 不思議な予感がしていた。このまま勇と別れたら、もう二度と会えなくなってしまう様な寂しい予感をマリアは感じていた。

 だから離れたくなかった。一緒に逃げたかった。しかし、勇はマリアのその願いを許してくれはしなかった。

 

「良いから行け! 俺は大丈夫だから先に行くんだ! 必ず生きて帰る! 約束だ!」

 

 ゲームギアの通信越しにそう告げられたマリアが首を振りながら勇の居る方向を見る。

 自分に対して背中を向けたままの勇の周囲をエネミーたちが取り囲もうとしている様子を見たマリアが彼の元へと駆け出そうとした時、どこにそんな力が残っていたのだろうかと思う程の声で勇が叫んだ。

 

「行け! マリア! 俺を信じろっ!」

 

「う、うぅぅぅぅっっ……!」

 

 もう自分が足手纏いにしかならないことを悟ったマリアが涙を零しながら駆け出して行く。マリアのゲームギアの反応が徐々に遠ざかって行く事を確認した勇は、絶体絶命のピンチの中で小さく笑い声を上げた。

 

「ふ、ふふ……!」

 

「……何がおかしい? ついに気が狂ったか?」

 

 勇の口から漏れた笑い声に対してクジカがやや苛立った声を上げる。地面からディスティニーソードを引き抜きながら前を向いた勇は、仮面の下でふてぶてしく笑いながら自分を取り囲む敵の姿を見た。

 

「おーおー、皆さんお揃いで……!」

 

 必殺技の連発でかなりのエネミーを倒したはずだ。しかし、まだまだ周囲には10や20では足りない程の数のエネミーが居る。

 それに加えて二人の魔人柱も居るのだ。この疲弊した体では勝負にならないと分かりきっていながら、それでも勇は笑みを浮かべた。

 

「ここまで付き合ったんだ。もう少し時間を寄越せよ」

 

 これが最後と自分に言い聞かせて強く剣を握る。体に残った最後の力を振り絞り、強い意志を持って戦いの構えを見せる。

 とうに限界を迎えているはずの人間とは思えない程の堂々とした姿を見せた勇からは重い威圧感が放たれ、エネミーたちの中にはそれだけで後ろに後ずさる者も居た。

 

 ハッタリ、虚勢、ブラフ……もう、なんでも良かった。あと少しだけ時間を稼げれば良いと勇は思っていた。だから、クジカが恨みと怒りを込めた言葉を自分に向けて来た時にはありがたく思いながらそれを利用する。

 

「貴様の悪足掻きにいつまでも付き合ってやるほど暇では無い。さっさと討ち取らせて貰おう!」

 

「おいおい、せっかちすぎてもつまんねえぞ? お前たちが有利な状況なんだから、もう少し余裕って物を見せろよ」

 

 軽口交じりに会話を引き伸ばし、時間を稼いでいく。もう少し、あと少しだけで良い。マリアが遠くに逃げられるだけの時間を稼げれば、それで良いのだ。

 

(……悪い、皆。やっぱ帰るのは無理そうだわ)

 

 心の中で諦めの言葉を呟く勇。仲間たち一人一人の顔を思い浮かべた彼は、最後にマリアの泣き顔を思い浮かべて罪悪感に胸を痛めた。

 自分を信じろ、絶対に帰ると約束しておきながらこの様だ。守れない約束を口にして、彼女を騙した事だけが心残りだった。

 

「……まあ、今更か」

 

 そう言いながら浮かべた笑みは自嘲の意味を持っていた。どこかでこうなることがわかっていながらこの道を選んだのだ、皆を騙す事になると言うことはわかっていた。

 

 だがそれでも……友達を守りたかった。大切な仲間たちを守りたかった。もうこれ以上誰にも消えて欲しくなかった。

 その目的を達成するために前を向く。圧倒的不利な状況で、勇は剣の切っ先を敵に向けながら叫ぶ。

 

「さあ、かかって来い! 最後まで相手してやるよ!」

 

 言うが早いが敵の集団目掛けて駆け出し、宙へ跳ぶ。敵のど真ん中へと落下しながら、勇は命を燃やして戦いの渦の中へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し……! あと少し、なのにっ!!!」

 

 苦々しげに目の前から迫るエネミーたちを睨む玲。連戦の影響で腕は疲れ、銃を構えることすら困難になっているが、それでも必死になって戦いを続けていた。

 

 撤退中にエネミーと遭遇し、戦い始めてからどれだけ時間が経っただろうか? 長く戦っているような、そうでもないような不思議な感覚を覚えるのは、全て疲労のせいなのかもしれない。

 

 あとわずかで安全圏内にたどり着けると言うこともあり、玲を初めとする戦闘担当の生徒たちは最後の力を振り絞る勢いでエネミーとの戦いを開始した。待ち受けていたエネミーたちのレベルが低かったことや、エネミーの背後から虹彩学園に待機していた生徒たちが攻撃を仕掛けてくれたことで戦闘は有利に進められたが、それでも戦いが続くにつれて皆は限界を迎え始めていた。

 

 武器や魔法を使って戦う者は体力が続かなくなった。エネミーを召還して戦う者は精神的に疲弊し、使えるカードがなくなっていった。

 気がつけば戦っている生徒の数は玲を入れてほんの一握りにまでなっていた。まともに戦えているのは自分ひとりだけなのだろうと思いながら玲はメガホンマグナムの引き金を引き続ける。

 

(あと10体くらいなのに……たったそれだけなのに、それが遠く感じる……)

 

 決して口には出せない弱音を心の中で零す。万全の状態で戦えれば何の問題もない相手だ、万全の状態で戦えたならば……

 だが、今はそうでは無い。疲弊しきった体で、援護も期待出来ないこの状況で、皆を守りながら戦わねばならないのだ。

 苦しすぎると言わざるを得ないがそれでも玲は自分に出来ることをしようと必死だった。

 

(私しかいないの……! 皆を守れるのは、私しか……っ!)

 

 ガグマたちから全員を逃がすため、勇やマリアたちは危険な場所に残った。今も自分たちの撤退を手助けする為に戦っているのだろう。

 謙哉も体力の消耗を承知でオールドラゴンを使い撤退を援護した。彼らは自分の出来ることをやってのけたのだ。

 

 なら、自分もそうするしかない。自らの誇りにかけて大切な仲間を守りきることが自らに課せられた使命だと判断した玲は、今また数体のエネミーを必殺技で撃破して息を吐いた。

 

「あと、何体よっ!?」

 

 来るなら来い、若干やけっぱちさになりながら心の中でそう叫ぶ。そうした後、周囲を見回して次の相手を探そうとした彼女は、自分ではなく後ろの生徒たちに向かおうとしているエネミーの集団を見つけて彼らに狙いを定めた。

 

「行かせるわけないでしょっ!」

 

 走りながら銃の引き金を引く。ざっくりとした狙いしかつけられなかったが乱射された弾丸がエネミーたちの体に当たり、玲は彼らの気を引くことに成功した。

 

「来なさいよ……私はまだ戦えるわよ!」

 

 一定の距離を保ち、弾丸の雨を浴びせる。敵の動きに注意し、絶対に接近も離脱もさせない様に玲は戦いを繰り広げる。

 

「グガァァァァッ!!?」

 

 苦しげなエネミーの悲鳴を聞きながらも攻撃の手を休めることは無い。絶対に、確実に、この敵を倒すのだと思いながらなおも引き金を引き続ける。

 

「あっ……!?」

 

 だが、その動きが乱れた。腕に走った痛みと共に銃を取り零した玲は、短い悲鳴を上げながら自分の手から落ちていく銃を視界に移す。

 

「グルフフゥゥッ……!」

 

「しまっ……!」

 

 玲を嘲る様な笑い声を上げるエネミー。気配を消して接近して来ていたのだろう、目の前の敵に対して集中しきっていた玲はその動きに気がつかず、まんまとしてやられてしまったのだ。

 

「グラァァァァッッ!!!」

 

「きゃぁぁっ!!?」

 

 銃を落とし、抵抗の術を失った玲をエネミーたちが取り囲む。先ほどまで受けた痛みと屈辱を晴らしてやらんとばかりに殺気立って攻撃を仕掛けて来たエネミーたちの強烈な一撃を受け、玲は悲鳴を上げながら地面を転がっていく。

 

「あっ……がぁっ!!!」

 

「ギググルルルルッッ!!!」

 

 立ち上がろうとした体を踏みつけられ、伸ばした腕も踏みつけられる。身動きが出来なくなった彼女を総勢五体のエネミーが見下ろす様にして取り囲んだ。

 

「離せっ! 離しなさいよっ!!!」

 

 形勢逆転、完全に取り押さえられた玲は、それでも抵抗を諦めなかった。必死になって叫び、身を動かしてこの状況から脱しようとする。

 

「あ……っ!?」

 

 しかし、あるものを見た玲はその動きを止めてしまった。彼女が見たもの、それは、後方に控える生徒たちの集団に向けて襲い掛かろうとするエネミーたちの姿であった。

 

「止めろっ! 止めてぇぇぇぇっっ!」

 

 あそこにはもう負傷者しか居ない。戦える者も抗う者も居ないのだ。たった数体でもエネミーの攻撃を受ければ甚大な被害が出てしまうだろう。

 そしてなにより、あの場所には気を失っているやよいと葉月も居た筈だ。このままでは彼女たちも攻撃の被害に遭ってしまう。

 

「くそっ! 離しなさいよ! 私と戦いなさいっ!」

 

 動きを再開した玲は先ほどよりも激しい抵抗の色を見せる。しかし、疲れた体に加えて多勢に無勢のこの状況では、それはなんの意味も成さなかった。

 

「グルルルルルゥゥッ……!」

 

 勝者の余裕を感じているのか、エネミーたちは満足げな唸り声を上げて玲を見下している。すぐには彼女にトドメを刺そうとしない彼らは、もしかしたら玲に仲間たちがやられていく姿を見せつけようとしているのかもしれない。

 

「このっ……! このぉぉっ!」

 

「グッフッフッフッフ……!」

 

 生徒たちの悲鳴を耳にした玲がなおも体に力を込めて立ち上がろうとする。しかし、それを可愛い物だと言わんばかりに笑いながら、エネミーたちは彼女を踏む足に力を込めた。

 

「ぐ、あぁっ……」

 

「グギギギギギギッ!!!」

 

 腹と腕を強く踏まれ、痛みに喘いだ玲をエネミーたちが嘲笑う。

 玲は屈辱や痛みよりも、自分のすぐ近くで仲間たちが倒されようとしているのに何も出来ない自分の不甲斐無さに歯を食いしばった。

 

「く、うぅ……っ!」

 

 何も出来ない、誰も守れない……大切な親友も、大好きな人も、自分は守れないでいる。それが何よりも悔しい。

 気がつけば目からは涙が零れていた。仮面の下で泣きじゃくりながら、玲は自らの不甲斐無さを仲間たちに詫びる。

 

「ごめん、葉月、やよい……! ごめんなさい、龍堂……! 私、皆のことを守れなかった……」

 

 仲間たちの悲鳴とエネミーたちの笑い声を耳にしながら玲は呟く。その目からは止め処無く涙が流れ、彼女の頬を濡らしていった。

 

「グラララララァァッ!!!」

 

 涙する玲の耳に届く一際大きなエネミーの声。それが自分を足蹴にするエネミーたちでは無く、負傷者たちを襲っているエネミーたちから発せられたものだと悟った彼女は最悪の事態を想像した。

 直後、大きな爆発が起きる。その光景を見ていたエネミーたちが大騒ぎする姿を見た玲は、彼らのその姿に反して唇を噛み締めた。

 

「ごめんなさい……謙哉……!」

 

 搾り出す様に呟く玲。震えたその声は誰の耳に届くわけも無く、ただ空虚に消えていく。

 あともう少しだったのに……そんな後悔を抱え、涙に暮れていた彼女は悔しさに打ち震えている。

 

 だが、彼女はあることに気がついた。それは、自分を踏みつけているエネミーたちの騒ぐ声が徐々に戸惑う物に変わっていくと言うことだった。

 目を開き、視線を上に上げる。玲の目に映ったのは、明らかに動揺しているエネミーたちの姿だった。

 

「一体、何が……?」

 

 視界がエネミーたちの体で塞がっている為に何が起きているか理解出来ない玲。エネミーたちは自分ではなく、先ほどまで彼らの仲間たちが暴れていたであろう場所を見つめている。

 震え、何かを恐れている彼らの姿を見て取った彼女は、次の瞬間に今最も聞きたくて、同時に絶対に聞きたくない音声を耳にして、何が起きているかを理解した。

 

<ブレス! フルバースト!>

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

 聞きなれた電子音声の後に起きる爆発。地面を揺るがすその爆発が治まった時、エネミーたちは玲の上から足を退け、自分たちに迫る脅威に対処しようとしていた。

 

「グロロロロォォッ!!!」

 

「ガギャァァァッ!!!」

 

 ある者は爪を光らせ、またある者は武器を振りかざしてそれに襲い掛かる。徐々に開けていく視界の果てに、玲は蒼い龍騎士の姿を見た。

 

<クロー! フルバースト!>

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……っっ!」

 

 巨大な爪が雷光を纏い、更なる鋭さを宿す。遠く離れた距離に居る玲にもバチバチと電撃が弾ける音が聞こえることがその威力を物語っていた。

 

<必殺技発動! ギガントクロースラスト!>

 

「はぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 気合の雄叫びと共に謙哉が動く。地を滑る様に滑空して最も近い敵へと接近した彼は、雷光纏う爪を振るいその敵を撃破した。

 謙哉はそのまま二体目の敵へと接近、同じく爪を振るってそれを仕留める。三体目は爪を突き刺して胴を穿ち、四、五体目は左右両方の爪で同時に引き裂く。

 

「グギャァァァァァッッ!!?」

 

 時間にしてほんの一秒か二秒の間の出来事。その短い時間で致命傷となる必殺技を叩き込まれたエネミーたちは、断末魔の悲鳴を上げながら同時に消滅していった。

 

「……敵の全滅を確認。皆、次が来る前に急いで撤退して!」

 

 変身を解除した謙哉がまだ動ける生徒たちにそう指示した後で未だに倒れている玲へと近づいてきた。戦いの終わりを悟って彼と同じく変身を解除していた玲は、謙哉に見えない様に涙を拭ってから彼に詰め寄る。

 

「謙哉! あなた、無理はするなとあれほど言ったでしょう!?」

 

「大丈夫だよ。水無月さんが頑張ってくれたから元気になったし、戦ったのも短い時間だからさ」

 

 平然とそう言って笑顔を見せる謙哉。玲はそんな彼にきつい口調で接しながらもその身を案じていた。

 

「水無月さんこそ大丈夫? 手酷くやられてたみたいだけど……」

 

「……恥ずかしい所をみられちゃったわね。大丈夫よ、少なくともどこぞの半病人よりかはましなはずだから」

 

 体は痛むが、その痛みを隠して強がりを見せた玲は体を起こして立ち上がろうとする。しかし、やはりと言うべきか鈍い痛みが体を襲い、その痛みに顔をしかめて動きを止めてしまった。

 

「やっぱり痛むんじゃないか! ほら、手を貸すから……」

 

「いいわよ別に……でも、ありがとう」

 

 まるっきり立場が逆ではないかと思いながら顔を背ける玲。気遣われたり、女の子扱いされて嬉しくないわけではないが、今の謙哉に心配されると言うのは悔しいものがある。

 先ほどまで感じていた不甲斐なさも重なり、玲は再び胸の中に芽生えた悔しさを感じていた。

 

(何にも出来なかった……。また守られて、無理をさせて……)

 

 素直に悔しかった。限界が近いのは自分よりも彼のはずなのに、そんな彼が自分を守るためにまた無理をしたと言うことが悔しくて堪らなかった。

 俯き、肩を震わせる玲。動かなければならないのはわかっているが、今は謙哉と顔を合わせたく無い。

 

「ひゃっ……!?」

 

 そんな風に固まっていた玲だったが、突如として自分の肩と腰に謙哉の手が触れたことに驚いて可愛い悲鳴をあげてしまった。気恥ずかしさと共に何事かと顔を上げた彼女の耳に謙哉の声が届く。

 

「……良かった、水無月さんが無事で……」

 

「謙、哉……?」

 

 そっと、自分によりかかる様に体重をかけてくる謙哉。すとんと胸の中に彼の顔が納まり、それを受け止めるために彼の背中に手を伸ばした玲は、自分たちが今「抱き合っている」と言う状態であることに気がついて顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ちょっと!? 何してるのよ謙哉?」

 

 嬉しさと気恥ずかしさに顔を赤くしながら玲が叫ぶ。謙哉に心配され、抱きしめられるなど想像も想像もしていなかった彼女は、人の目があるこんな場所で行われた大胆な行為に困惑していた。

 

「恥ずかしいじゃない! そ、それに、女性の胸に顔を埋めるなんて、マナー違反にもほどがあるわよ!」

 

 別に嫌ではないが、の一言を飲み込みながら玲は謙哉に注意を続ける。何も言わない彼が何を考えているのかわからないでいた玲は、自分が叫ぶことで周囲の視線を集めてしまうのでは無いかと思って声を小さくして彼に話しかけた。

 

「ね、ねえ、もうわかったから離してよ。私の無事を喜んで貰えるのは嬉しい、け、ど……?」

 

 少しずつ、玲は違和感に気がついた。それは何も言ってくれない謙哉の態度だとか、彼が先ほどから動きもしないことだとか、いつもなら考えられない大胆な行動を起こされたことなどから感じていた微々たる違和感が元になったものだ。

 だが、今、感じているそれはそんなに小さなものでは無い。何かがおかしい、決定的に、何かが変だとわかる。だが、頭がそれに気がつくことを拒否している……一刻も早く気がつかなきゃいけないのに、気がついたら終わりだと思わせるそれの原因を探っていた玲の目が、大きく見開かれた。

 

「あっ……!?」

 

 玲は気がついた。気がついてしまった。自分の触れている彼の背中、丁度謙哉の心臓の位置を反対側から触れているその手が、何の振動も感じていない事に……

 

 それに気がついた途端、自分の背と肩に触れていた謙哉の手がだらりと地面に落ちた。力無く崩れた謙哉の体にもう一度触れながら玲はうわごとの様に呟く。

 

「ねぇ……嘘でしょ? そんな事、あるはず無いわよね……?」

 

 自分の勘違いだと思いたかった。何かの間違いだと信じたかった。

 だから、玲はもう一度謙哉の左胸に触れた。今度は正面から、間違いなく心臓のある筈の場所に触れて、その鼓動を確かめようとして、そして……

 

「……いや、いやぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 彼の心臓が止まっていることを確かめ。絶叫した。

 

「い、医療班! 早く来てっ! 大変なの!」

 

 いつもは冷静な彼女が取り乱して叫ぶ。だが、周りの生徒たちも自分たちの事で手一杯で、玲の叫びに気がつくことはなかった。

 

「嘘よ……! こんなの嘘よ! そうでしょ謙哉? 何か言ってよ!」

 

 ぐったりとしている謙哉の体を揺さぶり、彼に問いかける玲。その瞳から乾いていた涙がもう一度溢れ、謙哉の顔にぽたぽたと零れ落ちる。

 だが、その涙を拭ってくれるはずの彼は何も言わず、動いてもくれなかった。

 

「謙哉! 目を開けて! 何か言ってよ! お願いだから! 謙哉ぁぁぁっ!」

 

 玲の叫びが木霊する。優しい笑みを浮かべてくれるはずの愛しい人の名前を呼びながら叫び続ける。

 だが、どんなに彼女が叫んでも、謙哉が瞳を開ける事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっっ……はぁっ……っっ」

 

「……良く粘った。そう素直に認めよう、しかし……!」

 

 ほんの数センチ先に剣の切っ先がある。そこから目を離せないでいる勇は、それでも体を起こして立ち上がろうとする。

 しかし、その動きを察知したクジカに脚を払われ、勇はもう一度地面に崩れることになってしまった。

 

「ぐっ……!」

 

「本当に貴様は良くやった。たった一人でここまで持ちこたえ、仲間が逃げる時間を稼いだのだからな……。おかげで我々の追撃は失敗、さしたる戦果を挙げることも敵わないだろう……しかし!」

 

 怒気と賞賛を孕んだクジカの声を耳にしながら勇は顔を上げる。もうすでに変身は解除されており、戦う力も残っていない。

 そんな彼の姿を見ながらも一切の油断をしないまま、クジカは右手に持った剣を大きく上へと振り上げた。

 

「……せめて貴様の首だけは持ち帰らせて貰おう。この様な決着になったことは遺憾だが、再戦の機会を与えるほど我は甘くないのでな」

 

「ちっ……! そこは甘さを見せろよ。こんなんでお前の気が晴れるのか?」

 

「無理だろうな。しかし……我はガグマ様の命令に従うのみだ。追撃を命じられた以上、得られる限りの成果はあげてみせよう」

 

「……ああ、そうかよ」

 

 武人としての誇りよりもガグマへの忠義を取ったクジカの返答を聞いた勇は地面へと倒れこんだ。そして、大きく息を吐く。

 

「あー……つっかれたぁ……」

 

 自分は十分に良くやった。これほど時間を稼げば、皆も先ほど逃げたマリアも十分に安全圏内に逃げ込めただろう。

 時間稼ぎには成功した。あとは勇もこの場から離脱するだけなのだが……それは到底叶いそうに無かった。

 

「言い残す言葉はあるか?」

 

「ねえよ。あったとしてもお前には頼まねえ」

 

 剣を振り上げたまま近づいてくるクジカにそう答え、勇は目を閉じた。約束を果たせなかったことを心の中で皆に詫びながら、その時を待つ。

 

「……そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」

 

「あ?」

 

「お前の名を聞かせろ、我が宿敵よ。せめて心の中にその名を刻み付けたい」

 

「……勇、龍堂勇だ」

 

「……勇、か……その名、確かにこの傲慢のクジカの心に刻まれたぞ。誇りに思うが良い」

 

 最後の会話がこれかと思いながら勇は笑った。まんまゲームの中のイベントだなと苦しげに笑う彼の表情を見たクジカは、そのふてぶてしさに心の中で賞賛を送っていた。

 強さだけではない。知恵と勇気、そして仲間を救う為に己の命を投げだすその思いの深さに敬意を示しながら、クジカは剣を支える右腕に力を込める。

 

「では、さらばだ龍堂勇! 我が認めし人間の勇者よ!」

 

 死を目前としながらも笑う勇目掛けて剣を振り下ろす。その一撃は勇の首を刎ね、彼の命を摘み取る……はずだった。

 

「ぬうっ!?」

 

「えっ!?」

 

 ガキィン、と言う鈍い金属音がした。同時にクジカの剣が止まり、勇は九死に一生を得る。

 何が起こったのかわからなかった勇が目を開けると、自分とクジカの間に入り込んだ銀色の物体がその目に映った。

 

「な、何だこいつは!?」 

 

「………」

 

 物言わぬ銀色の物体は間違いなくエネミーだった。しかし、このファンタジーワールドに生息する獣や蛮族と言ったタイプとは似ても似つかないそれは、クジカの動きを止める様にして彼に絡み付いていく。

 

「ぐっ!? ど、どういうことだ!? こいつらは何なんだ!?」

 

 気がつけば銀色のエネミーは群れを成してクジカたちに襲いかかっていた。正確には襲いかかると言うよりも勇との間に入り込み、集団で彼を守ろうとしているように見える。

 この予想外の援軍に驚いた勇は、目の前にいるエネミーの姿を観察して誰がこんな事をしているのかを考え始めた。

 

「この……小癪なぁっ!!!」

 

 クジカが怒声を上げながら自分に絡みつくエネミーを引き千切る。だが、エネミーの体は光の粒に還る事は無く、千切れた体から火花を舞い散らせながらなおも彼に組み付いていく。

 

(……火花?)

 

 その姿を見た勇は、目の前にいるエネミーたちが機械であることに気がついた。

 機械のエネミー、つまりロボット。それが自分に味方している……そこまで考えた時、勇はとある可能性へと行き着いた。

 

「まさか、マキシマが俺を!?」

 

 勇に目をかけ、忠告を残すなどの支援を行ってくれた「機械魔王 マキシマ」の存在を思い当たった勇はもう一度ロボット兵たちに視線を向けた。

 勇を守る様にして戦う彼らがマキシマの手下である可能性は大いにある。もしかしたらこのロボットたちは、マキシマが勇の命を救う為に送ってくれた援軍なのかもしれない。

 

「そうと分かればやる事は一つだ!」

 

<マシンディスティニー!>

 

「ま、待てっ!!!」

 

 ロボットたちがクジカやパルマの身動きを封じてくれている今がチャンスと踏んだ勇は、自分のバイクを呼び出すとそれに跨る。エンジンを噴かして急ぎその場から立ち去って行く彼の後ろ姿を見たクジカが叫ぶも、ロボット兵に組み付かれたままの体では勇を追うことも出来なかった。

 エンジン音と共に遥か彼方へと逃げ去っていく勇。クジカは宿敵を逃した事に苛立ちながらロボット兵を斬り捨てる。

 

「このっ! 雑兵どもがぁっ!!!」

 

 ロボットたちに苛立ちをぶつけるクジカ。しかし、追撃戦で何一つとして成果を挙げられなかったことへの怒りは消えることなく彼の中で燃え上がっており、クジカはロボット兵たちが動かなくなるまで延々とその体を切り刻み続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……! あと、少しで、皆さんと合流できるはず……!」

 

 同時刻、森の中を必死になって走るマリアは、安全圏内まで後少しと言う所までやって来ていた。

 残してきた勇の事を心配しつつも彼を信じるマリアは、きっと先に進んだ生徒たちも無事であると信じて先へと急ぐ。

 

(皆で生き残るんです……! 絶対に、皆で……!)

 

 勇との約束を果たす、それだけを考えて先へと進むマリア。木々が生い茂る森を抜けた彼女は、森の中でも木が少ない見晴らしの良い場所に辿り着いた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 ここなら敵が来てもすぐに気が付くだろう。そう考えたマリアは呼吸を整えると、少しだけここで休息を取る事に決めた。

 ポーチから水を取り出してそれを口に含む。乾いた喉に潤いが戻り、文字通り生き返った気分になった彼女が深呼吸をした時だった。

 

「……やっと来たんだね、マリア」

 

「えっ!?」

 

 自分の名前を呼ばれた事にとっさに身構えるマリア。だが、視線の先にいた人物を見てすぐにその警戒を解いた。

 

「光牙さん! 迎えに来てくれたんですね!」

 

「ああ、君を待ってたんだ。この場所でね……」

 

 そこにいたのは光牙だった。マリアは彼が自分を迎えに来てくれたのだと思い、安堵の表情を見せる。

 彼がここにいると言うことは、先に行った部隊も無事に安全地帯に辿り着けたと言うことだろう。その事を喜ばしく思っていたマリアに対し、光牙が一歩近づいてくる。

 

「皆さんは無事なんですか? 葉月さんたちの怪我の具合は……?」

 

「………」

 

「あ、あの……光牙、さん……?」

 

 ゆっくりと自分に近づく光牙に質問をするマリア。だが、光牙はそれには答えずにただ近づいてくるばかりだ。

 その反応に不気味なものを感じて一歩後ずさるマリアに対し、ようやく光牙が口を開いた。

 

「……俺はね、君こそが俺を導いてくれる存在だと思っていたんだよ」

 

「え……?」

 

「俺が勇者になるための道を指し示し、俺の傍で俺を支えてくれる存在だと思っていた……そう、信じていたんだよ……!」

 

「こ、光牙、さ……?」

 

「でも……違った。違ったんだね。だって君はあの男を選んだ。俺じゃなく、あいつを選んだんだ……!」

 

 何かが変だ。光牙の様子に違和感を感じたマリアが彼から距離を取る様に後ずさって行く。光牙はそんな彼女の行動などお見通しだと言う様にして、装着したドライバーにカードを通した。

 

「……変身」

 

<ブレイバー! ユー アー 主人公!>

 

 ブレイバーに変身し、マリアへと近づいてくる光牙。彼のただならぬ様子を見て取ったマリアは咄嗟に彼に背を向けて走り出す。

 

(あの雰囲気、ただ事じゃあありません。光牙さんに一体何が!?)

 

 光牙から逃げながら彼の異変の原因を探るマリア。だが、その答えを見つける事は出来ず、ただ困惑するばかりになってしまう。

 森の中を闇雲に逃げまわっていた彼女は、木々を抜けた先が崖になっている事に気が付いて脚を止めた。

 

「うぅっ!?」

 

 視線の先にぽっかりと広がる闇に気を取られ、次の行動を迷っていた彼女は、いつの間にか自分に近づいていた光牙に首を絞められ、持ち上げられてしまった。

 

「ぐ、あ……光牙、さ……何、で……?」

 

「………」

 

 自分の問いかけに何も答えない光牙に対して涙を浮かべながら視線を向けるマリア。視界が滲み、光牙の姿が歪んでも、その目を逸らす事はしなかった。

 

「……さよならだ、マリア」

 

「……あ」

 

 不意に、自分を掴む光牙の手が離れた。支えるものが無くなったマリアの体はそのままゆっくりと崖の下へと落ちていく。

 

「こうが、さ……」

 

 耳を劈く悲鳴も、泣き叫ぶ声も無かった。あったのは、信じられないと言う表情を見せ、小さな声で自分の名を呼ぶマリアの声だけだった。

 そう、それだけを残して……マリア・ルーデンスは崖下に広がる闇の中へ堕ち、その姿を消してしまったのだ。

 全てを終えた後、しばしの間その場で立ち尽くしていた光牙だったが、突如として狂った様に笑い始めた。 

 

「……ククク……ク、アハハハハハ! 予知で見た通りじゃないか! なんてすごいんだろう!」

 

 光牙はビクトリーブレイバーに変身した際に見たあの幻を思い出していた。

 光牙が見たのは、自分の名を呟きながら闇へと飲み込まれていくマリアの姿……そう、この光景そのものだったのだ。

 

「……安心してよ、マリア。君の犠牲は無駄にはならない……俺にとっても、あの男にとってもね……!」

 

 仮面の下でドス黒い笑みを浮かべた光牙はそう一言だけ呟くと、来た道を戻って安全地帯へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリアが戻って来てないだって!?」

 

「……ええ」

 

 クジカとパルマの追撃を凌ぎ、命からがら安全地帯まで辿り着いた勇が聞いたのは、にわかには信じられない言葉だった。

 自分より早く離脱したはずのマリアがまだここに戻って来ていない……真美からそう告げられた勇は血相を変えて彼女に詰め寄る。

 

「ど、どういうことだよ!? マリアは俺よりも早く戦闘から離脱したんだ! その後、十分に時間だって稼いだ! ここに戻って来られてないはずが……」

 

「それなら……きっと、ここに戻ってくるまでの間に何かがあったのよ。エネミーに襲われたとか……」

 

「そ、んな……!?」

 

 勇はその光景を想像し、絶望した。疲弊しきった体で逃げ延びているマリアに伸びる魔の手。それに捕まったマリアが傷だらけになっている光景を想像した勇は我慢出来なくなり、マリアを探しに行こうと立ち上がるが、真美に止められてしまった。

 

「龍堂! 後から戻って来たあなたがマリアを見てない以上、撤退ルートにマリアはいないって事になるわ。今から闇雲に探しても、あなたまで行方不明になる可能性が高いのよ!」

 

「くっ……!」

 

 分かっていた。自分の体も傷ついている、エネミーに襲われれば一たまりもないだろう。

 その事を理解した勇は悔しさと心の中の激情を抑えて歯を食いしばる。そして、他にも生死が分からなくなっている生徒はいないか真美に確認を取った。

 

「……他に、行方不明者はいないのか?」

 

「ええ……行方不明者はマリアだけよ。負傷者たちも大半は平気だけど……」

 

「だけど? おい、誰かがやばいのか?」

 

「……虎牙よ」

 

 再び自分に詰め寄って来る勇に対し、やや迷った表情を見せた後で真美はそう告げた。

 一番の重傷を負った人間が自分の親友だと知った勇は、先ほどと同じくらいの動揺を見せながら彼女に問いかける。

 

「謙哉はどうしちまったんだよ!? エネミーに襲われたのか!?」

 

「……撤退途中にエネミーが出て、水無月一人じゃ対処が追いつかなかったの。それでまた、オールドラゴンになって……」

 

「あの……馬鹿野郎! なんで無茶したんだよ!?」

 

「虎牙は正しい判断をしたわ。あそこであいつが戦ってくれなきゃ全滅もありえた……そう責めないであげて」

 

 机に拳を叩き付けて叫んだ勇を真美が嗜める。しばし肩を上下させて荒い息を繰り返していた勇だったが、ゆっくりと顔を上げると真美に謙哉の容態を聞いた。

 

「それで、謙哉の容態は……?」

 

「……意識不明の重態よ。一時心停止にまで陥ってたみたい。いつ目が覚めるかも分かってないって……」

 

「そんな……謙哉……」

 

 予想以上に悪いその報告を受けた勇はその場にがっくりと膝から崩れ落ちた。悔しさに拳を握り締めることも無く、ただ呆然とした表情を浮かべている事しか出来ないでいる。

 そんな時だった、彼を責める声が聞こえてきたのは……

 

「……だから言ったじゃないか、皆で撤退しようって……!」

 

「こ、光牙!?」

 

「皆で撤退していれば、マリアだってこの場にいたかもしれない! 虎牙くんだって無理をする必要は無かった! この事態は、君の判断ミスが引き起こしたものなんだぞ!」

 

「何を言ってるの光牙! もう止めなさい!」

 

「俺の……せい……?」

 

 慌てて真美が光牙を止めるも、時すでに遅し。光牙の言葉は勇の傷ついた心を抉り、彼を苦しめるのには十分だった。

 

「君の自己満足が招いた結果だ、何が奇跡を起こすだよ……そんな事、出来やしないくせに!」

 

「光牙、もう止めてっ!」

 

「お、俺が……俺の、せいで、二人は……!」

 

 手が震え、吐き気がしてくる。己のせいで友人が死に掛けていると言う事実が、勇の心を激しく揺さぶる。

 本当は一切彼に責任はないはずだ。彼は出来る事をし、見事に全員の撤退を手助けして、自らも生還した。十分過ぎるほどの戦果だと言えるだろう。

 

 だが、今の勇にはそれを冷静に判断する余裕が無かった。心の傷は深く、それを慰めてくれる友人たちもこの場にはいない。全ては自分の責任だと頭を抱え、苦しみのままに叫ぶことしか勇には出来なかった。

 

「あ、ああ……うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 地面に突っ伏し、泣き叫ぶ勇。そんな彼の姿を光牙が薄ら笑いを浮かべて見下ろしている。

 

(……ありがとう、マリア。やっぱり君の死は無駄では無かったよ。この男の心を追い詰めるのに十分に役立ってくれたね……!)

 

 その心の中を見透かせるものなど誰にもいない。だが、彼のすぐ傍では、真美が今の彼の事を不審に思いながらその笑みを見ていたのであった。

 

 

 


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