仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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悲劇の訪れ(前編)

<必殺技発動! レーザーレイン!>

 

「ラストナンバーよ! 吹き飛びなさい!」

 

 上向きに構えられたメガホンマグナムの銃口から無数の光線が放たれる。一度天井スレスレまで上昇したその光線はそこで方向を変えると雨の様にエネミーの頭上へと降り注いで行った。

 

「ギャガァッ!」

 

「グギャァァァッ!!?」

 

 10、20と次々に玲の放った必殺技を受けて光の粒へと還って行くエネミーたち、最初の頃から比べると大分数が減った様にも思えるが、同時にこの場で戦い続けている生徒たちの体力も限界に近づいていた。

 

「グルルルガァッ!」

 

「くっ……! いい加減に消えなさいよ!」

 

 もう既に何十体ものエネミーを倒しているが未だに終わりが見えてこない。それでもめげずに引き金を引き続ける玲だったが、一瞬の隙を突かれて接近を許したエネミーに右手を弾かれてメガホンマグナムを取りこぼしてしまう。

 

「しまっ……!?」

 

「ガァァァァッ!!!」

 

 武器を落とした玲を見たエネミーたちは今が好機と言わんばかりに彼女に攻めかかって来た。銃を拾うことを諦めた玲はすぐ近くにいたエネミーに肘打ちを繰り出して距離を取るも、その後ろから迫っていたエネミーに掴まれて押し倒されてしまう。

 

「ぐあっ……」

 

「ギギギギギィィッ!」

 

 床に倒れた玲の下に集うエネミーたちは彼女にトドメを刺そうと牙と爪を光らせて迫りくる。玲は何とか体勢を立て直そうするも、元々のパワーが低い自分のステータスに加えて疲労が溜まった体ではエネミーの腕を払いのけることが出来ないでいた。

 

「ぐっ……うぅっ……!」

 

 必死になって目の前に迫るエネミーの爪を掴んで押し返そうとする。しかし、じりじりとその距離を詰められ、更に二体のエネミーが彼女目掛けて大きく腕を振りかぶって攻撃を繰り出そうとして来た。

 

「くっ……!」

 

 もう駄目だと思った。目を瞑って襲い来るであろう痛みに耐えようとする玲。エネミーたちは身動き出来ない彼女目掛けて容赦の無い一撃を放つ。

 

 鋭い爪での一閃、装甲が薄いディーヴァγがその一撃を受ければ重傷は免れないだろう。エネミーたちは自分たちの勝利を確信しながら玲に攻撃を仕掛ける。

 

 しかし……

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

「てぇぇやぁぁっ!」

 

 三体並んだエネミーの腹部を切り裂く三本の光。自分たちの持つそれよりも鋭く大きな爪での攻撃を受けたエネミーたちはHPを0にして瞬時に消滅した。

 

「水無月さんっ! 大丈夫っ!?」

 

「ええ、助かったわ!」

 

 ギリギリの所を謙哉に救って貰った玲は彼に礼を言いながら取り落とした武器を拾って残る敵へと銃口を向けた。扇状に広がって自分たちを取り囲むエネミーたちを睨みながら玲が攻撃を仕掛けようとすると、謙哉が腕を伸ばしてその行動を止めながら言った。

 

「もう十分だ、後は僕がカタをつける!」

 

 <テイル! フルバースト!>

 

 電子音声が響くと同時に謙哉の腰から生えた巨大な龍の尾に雷光が奔り、力強く光を放ち始めた。

 

 謙哉がその場で半回転し最大まで力を発揮した尾をエネミー目掛けて振るうと、龍の尾はグンとリーチを伸ばして数十体のエネミーを一気に薙ぎ払う大きさへと変貌した。

 

<必殺技発動! タイラントスイング!>

 

 巨大化した尾がエネミーたちを次々と薙ぎ倒して行く。尾に弾かれて吹き飛ばされる者、放たれる雷光に身を焼かれる者、倒れた仲間に巻き込まれて押し潰される者……阿鼻叫喚と言えるエネミーたちの惨状は、謙哉が回転を終えた時には彼らの全滅と言う結末と共に収まっていた。

 

「……制圧完了、だよね?」

 

「そうみたいね。……まったく、何時見ても恐ろしい威力よね、それ」

 

 エントランスに居たエネミーたちを全滅させた事を確認した謙哉と玲は一度大きく息を吐くと変身を解除した。この場に残ってくれた生徒たちが全員無事であるかどうかを確かめながら荒れた息を整える。

 

「どうやら行動に支障が出る怪我を負った人は居ないみたいね。一度体勢を立て直したらすぐに白峯たちの後を追いましょう」

 

 疲労はあるが思ったよりも少ない被害状況に安堵の笑みを見せながら玲が謙哉へと声をかける。先に向かった仲間たちの事を心配している彼ならばすぐに反応を返すだろうと思っていた玲だったが、なかなか謙哉からの返事が無い事を訝しがり、彼の居る方向を見る。

 

「謙哉……?」

 

「っっ……!」

 

 その場に片膝を付き、胸を押さえている彼の様子に違和感を覚えた玲は謙哉の名を呼んで問題が無いかを尋ねようとした。だが、それよりも早く振り返った謙哉は申し訳無さそうに頭を掻きながらいつもと変わらぬ笑みを浮かべて玲へと謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんごめん、ちょっと疲れちゃってさ。息を整えてたせいで話をちゃんと聞いて無かったや」

 

「……そう、ならもう少しだけ休んでから先へ進みましょうか」

 

 いつもと変わらない謙哉の様子を目にした玲は、先ほど自分の感じた違和感をただの杞憂だと思って頭から削除した。自分もまたここでの激しい戦いで大分体力を消耗した事もあり、謙哉の言葉をすんなりと信じたのである。

 

「そうだね、急ぎたくもあるけど、このまますぐに進んでもへろへろのままだしね。少し休憩を取ってから先に進んだほうが……」

 

 玲の言葉に同意を示す謙哉がそう口にした時だった。城の奥から凄まじい振動と衝撃音が響いて来たのだ。咄嗟に腕を交差してその衝撃に耐えた二人は、しばらく後に静寂を取り戻したエントランスの中でお互いに顔を見合わせる。 

 

「今の、もしかしてガグマと戦ってるメンバーに何かあったんじゃ……!?」

 

「どうやら、休んでる暇は無さそうだね」

 

 短い会話の後で二人は駆け出す。先に進んだ仲間たちの無事を祈りながら、謙哉と玲は長く続く廊下をひたすらに走り続けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁっ! わぁぁぁぁぁっ!」

 

 王座の間に光牙の叫び声が響く。まるで子供の様に喚きながら剣を振り回し、憎きガグマたちへと斬りかかって行く。

 

「ふん……!」

 

 しかし、ガグマたちはそんな無茶苦茶な攻撃が通じる相手では無かった。あっさりとクジカに蹴り飛ばされた光牙は変身を解除され、ごろごろと床を転がると真美たちの元へと追い返されてしまう。

 

「あ、あぁぁぁぁっ!!!」

 

 だが、それでも光牙は無謀な突撃を止めようとはしなかった。目の前で親友を手にかけたガグマへの怒りのままに動き、相手を倒そうとしているのだ。

 

 そんな彼の姿を見ていられないとばかりに勇が後ろから光牙を抑えてその行動を止めさせようとする。勇は必死になって叫びながら、光牙に冷静さを取り戻させようとしていた。

 

「光牙、落ち着け! 落ち着くんだっ! このまま戦っても犠牲者が増えるだけだ! 何とかして撤退するんだよ!」

 

「うるさい! 黙れぇぇぇっ!!!」

 

「こ、光牙っ!?」

 

 半狂乱になって叫びながら勇の手から逃れようとする光牙の様子に真美が困惑した声を上げた。A組やこの場に居る生徒たちが動揺している姿を尻目に光牙は大声で叫び続ける。

 

「櫂の仇を取るんだよぉっ! あいつを……ガグマを倒すんだぁっ!」

 

「無茶だ光牙! 頼むから落ち着いてくれ! お前が冷静にならないと全部が終わっちまうんだ!」

 

「俺は冷静だっ! だから戦おうとしているんじゃないか! ガグマを倒すんだ、勇者として、あいつを倒すんだっ!」

 

 じたばたと暴れまわる光牙を必死になって抑える勇はなんとか残っている仲間たちを助けようと必死になって考えを巡らせている。だが、光牙はそんな勇や周りの状況などお構い無しに叫び続けていた。

 

「そうさ、勇者は諦めないんだ……! どんな逆境でも、危機的状況でも、諦めずにそれを乗り越えるんだ……! この絶望的状況を乗り越えてこその勇者なんだよ!」

 

 自分の中の勇者像を思い浮かべ、この危機的状況の中でも必死に心が折れぬ様に自分を励ます光牙。しかし、傍から見ればその行動は狂ってしまった人間のものにしか見えなかった。

 

「頼む……! 頼む、光牙……っ! お前が皆を引っ張らないと全滅だってありえるんだ。櫂がやられて仇を討ちたいって気持ちもわかる。でも、ここは皆のために堪えてくれ!」

 

「なるんだ……! 俺はなるんだ、勇者になるんだ……!」

 

 勇の必死の説得も光牙の耳に届かない。彼に代わって指揮を執るべきであろう真美も櫂を失った事と錯乱した光牙の姿を見た事で冷静さを失っており、とてもそんな事が出来る状況ではなかった。

 

「……ねえ、そんな隙だらけで良いわけ? まだ戦いは続いてるんだよ?」

 

「あっ!?」

 

 長らく動揺し、何の行動も取れないでいたメンバーたちに向かってパルマが呆れた様な口ぶりで注意を促しながら攻撃の構えを取る。彼の両手が開き、周囲にいくつもの光輪が出現した事を見て取った真美だったが、防御行動を指示するにはあまりにも遅すぎた。

 

<必殺技発動! パトリオット・リング!>

 

「み、皆っ! 逃げてっ!」

 

 パルマの元から飛来する無数の光輪。鋭い切れ味を誇るカッターとなって生徒たちを襲うその攻撃から皆を守ろうと葉月とやよいが立ちはだかる。

 

 ロックビートソードで光輪を切り裂き、プリティパイクバトンで打ち落とす。必死になって攻撃を防ごうとする二人だったが、それは無理な話であった。

 

「あっ!? きゃぁぁぁっ!!!」

 

 やよいが打ち漏らした一つの光輪が彼女の脚に当たり、その痛みで床に膝をついた彼女に向かっていくつもの光輪が殺到する。防御行動もままならずに光輪を体に受け続けた彼女は、パルマの攻撃が止むと同時に装甲から火花を舞い散らせながら後ろに倒れこんだ。

 

「やよいぃぃぃぃっっ!!!」

 

「人の心配をしている暇があるのか?」

 

「あっ!?」

 

 親友が倒れる姿を見た葉月が急いで彼女の元へと駆け寄ろうとする。しかし、それを許すまいと動いたクジカが彼女の前に立ちはだかると、両手に持った双剣を光らせて鋭い斬撃を見舞った。

 

<必殺技発動! プライドスラッシュ!>

 

「うわぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 左肩から右腰へと斬り抜ける鋭い一撃を受けた葉月の悲鳴が木霊する。十分にダメージを与えたと言うのにも関わらず、クジカは追い討ちと言わんばかりに葉月の脇腹に回し蹴りを浴びせると彼女を大きく吹き飛ばした。

 

「あ……あ……」

 

「う、あ……」

 

<GAME OVER>

 

 ほとんど同じ場所に倒れた二人は小さく呻いた後で気を失って動かなくなった。櫂に続いて葉月とやよいが敗れた姿を見た生徒たちに恐怖が伝染し、恐慌が始まる。

 

「ど、どうすればいいんだよ!?」

 

「レベル99なんて相手になるわけが無い!」

 

「に、逃げるの!? でも、どうやって!?」

 

 指揮を執る者も居ない。はっきりとした作戦も無い。完全に行動の指針を見失った生徒たちは恐れおののきながらどうすれば良いかと喚き散らしている。

 

 答えが出るわけも無いその叫びと恐慌の姿を愉快そうに見ながら笑うガグマの姿が生徒たちの不安と恐怖に拍車をかけた。完全に戦意を失った彼らはただ泣き叫ぶだけの集団と化してしまっている。このままでは全滅を待つばかりだと判断した勇は、なんとかしてリーダーである光牙に冷静さを取り戻して貰おうと必死になっていた。

 

「光牙っ! 今の俺たちじゃあガグマには敵わないんだ! 退くんだよ! そうしなきゃ全滅しちまうんだ!」

 

「諦めるんじゃない! なんとしてでも勝つんだ! どんな犠牲を出したって勝つんだよ! それが勇者なんだ! それが、俺の取るべき……ぐっ!?」

 

 叫び、喚く光牙の声がそこで途切れた。同時に乾いた音が鳴り響く。必死の叫びを中断させられた光牙は、信じられないと言った表情で顔を前へと向けていく。

 

「な、なんで……? どうして? マリア……!?」

 

「……勇さんの言う事に従ってください、光牙さん」

 

 肩を震わせ、目に涙を浮かべながら光牙の頬を叩いたままの姿勢でマリアはそう告げた。彼女に張られたと言う事実を認識しきれない光牙の耳に続けてマリアの声が届く。

 

「このまま戦っても皆が死んでしまう……ここは退かなきゃいけないんです。戦いを続けるというあなたの判断は、間違っています!」

 

「……ぇ?」

 

 声にならない声が光牙の口から漏れた。マリアの言葉を聞いた瞬間、光牙は自分の足元の地面が音を立てて崩れていく感覚を覚えていた。

 

 自分が絶対の信頼を置いていた彼女が、密かな思いを寄せていた彼女が、自分の事を理解してくれていると思った彼女が……自分を間違っていると言った。自分ではなく、龍堂勇の方が正しいと言った。

 

「まち、がっている……? おれ、が……?」

 

 全てが受け入れられなかった。魔王との戦いに敗北した事も、櫂を失ったことも、マリアに自分を否定されたことも、光牙は全てを受け入れることが出来ないでいた。

 

 だが、そんな彼を放っておいて、マリアは次々に指示を飛ばす。彼女はこの状況を何とかしようと努力する勇の為に必死になって自分の出来る事をしようとしていた。

 

「真美さん、皆さんに撤退の指示を出して下さい! 負傷者をフォローしつつ、戦場からの離脱を最優先で行いましょう!」

 

「え、ええ……わかったわ」

 

「防御チームは盾を展開して少しでも時間稼ぎを! 私たちが踏ん張れた分だけ皆が助かる可能性が上がります! 奮起して下さい!」

 

 自分の率いるチームに指示を出しつつ、自分もバリアのカードを使用して攻撃を防ぐ構えを見せるマリア。真美はその隙に葉月たち負傷者を助け出して生徒たちに指示を飛ばす。

 

「皆、マリアたちの後ろへ! 何とか隙を見つけてここから脱出するわよ!」

 

 撤退命令、実質的な敗北を意味するその命令だが、それでもこれ以上の犠牲を出さない為のこの場における最上の策でもあった。ようやく指揮官からの命令が下ったことで少しだけ冷静さを取り戻した生徒たちは、真美の言葉に従って各自行動を起こす。

 

「ば、バリアを一枚でも多く展開しろ! 攻撃を防ぐんだ!」

 

「逃げる為に使えるカードって何かない!?」

 

「負傷者の治療は!? 何を優先すべきなんだ!?」

 

 まだ恐慌は続いているものの何か行動を起こす為に前を向き始めた生徒たち。だが、そんな彼らの希望を摘み取る様にガグマが攻撃を仕掛ける。

 

「脆い壁だな、まるで薄氷の様だ」

 

 手から放たれる黒い炎、それがマリアたち防衛チームの作り出していたバリアをただ一撃で打ち砕く。自分たちの中でも特に防御に秀でているはずのメンバーの盾がまるで歯が立たないことを見た生徒たちは、絶望と共に再び恐怖に支配されてしまった。

 

「だ、だめだ! あんな攻撃、防ぎようが無い!」

 

「も、もうお終いだぁっ!」

 

「皆! 諦めないで! 諦めちゃ駄目よっ!」

 

 真美の励ましの声も彼らの心には届かない。こうやって全員を鼓舞する真美ですら本当は心が折れかけているのだから当然ではあるものの、生徒たちはガグマとの圧倒的な実力差に萎縮し、どう行動すべきかもわからないまま震えるばかりだ。

 

「……ふん、残るは羽虫ばかりか……興が失せた、お前たちで蹂躙してやれ」

 

「「はっ!」」

 

 そんな彼らを先ほどまでの愉快そうな表情から一変した退屈そうな目で見たガグマが両隣に控えるクジカとパルマに殲滅の指示を出す。その言葉に従って一歩、また一歩と生徒たちに近づく二体の魔人柱の前に勇が立ちはだかった。

 

「……待てよ。まだ俺が残ってるぜ」

 

「ふっ……たった一人で我らに挑むか。無謀な男よ……!」

 

「まあ、そうせざるを得ない今の君の状況には哀れみを感じるけどね」

 

 最後の仮面ライダーになってしまった勇は、この絶望的な状況でも何とか皆を生還させようと必死になっていた。しかし、今のままではどうあがいても勝ち目どころか自分の命すら守れないということも同時に理解していた。

 

(どうする? どうすれば良い!?)

 

 背中を伝う冷や汗が止まらない。先ほど見た櫂が敗れる姿が脳裏にフラッシュバックし、死のイメージをまざまざと自分に植え付けている。

 

 ガグマ、パルマ、そしてクジカ。その三体の強敵を抑えつつこの場を脱する方法を考えていた勇だったが、魔人柱たちはそんな暇を与えないとばかりに勇に攻撃を仕掛けてきた。

 

「お前を倒し、最後の希望を摘み取ってくれよう!」

 

「ぐっ!?」

 

 双剣を構えて接近してきたクジカを迎え撃つ。右の剣が繰り出す横凪ぎの一撃を回避し、左の突きをぎりぎりで受け止める。数歩後ろに押された勇は顔を上げると、二本の剣を振りかぶって上段斬りを繰り出してきたクジカの一撃を何とか受け止めた。

 

「ぐ、うぅぅ……っ!」

 

「やるな! しかし、その必死の抵抗がいつまで持つ?」

 

 じりじりとクジカのパワーに押されていく勇。どれだけ腕に力を込めても双剣を払いのけることが出来ないでいる。なんとかクジカの攻撃を凌ぐことで精一杯の勇は歯を食いしばって踏ん張るも、無慈悲にももう一人の魔人柱がその隙を見逃すはずも無かった。

 

<必殺技発動 ギロチンソーサー>

 

「さて、これで終わりにしてあげよう」

 

 頭上に掲げられたパルマの右手から巨大な光輪が生成されていく。刺々しいそれが回転ノコギリの様に高速で回転しながら空を裂く音を耳にした勇は仮面の下で顔色を青くした。

 

「パルマ! 貴様、我の戦いに水を注すつもりか!?」

 

「うるさいなぁ……お前の戦いなんて僕には関係無いんだよ。あるのはさっさと邪魔者を駆除したいって思いだけさ」

 

 そう面倒臭そうに言ったパルマが右腕を振り、巨大な光の輪を勇目掛けて発射した。クジカとの鍔迫り合いで精一杯の勇にそれを防ぐ術は無く、ただ見ていることしか出来ない。

 

「さあ! 真っ二つになりなよ!」

 

「勇さんっ!」

 

 パルマとマリアの声が響く。自分目掛けて飛来する光輪をどうすることも出来ずにいた勇が覚悟を決めたその時だった。

 

<ファング! クロー! ブレス! ウイング! テイル! フルバースト!>

 

<必殺技発動! オールドラゴン・レイジバースト!>

 

 電子音声が鳴り響くと共に部屋の入り口である巨大な扉が音を立てて吹き飛んだ。そこから飛び出して来た青い影が猛スピードで光の輪に突っ込むと、一瞬のぶつかり合いの後でそれを打ち砕いてなおも前進していく。

 

「はぁぁぁぁっっ!」

 

「何っ!? ぐわぁぁぁぁっ!!?」

 

 自分の必殺技を打ち破りながら突如乱入して来た宿敵の姿に動揺を隠せないでいたパルマは、謙哉の放った強烈な飛び蹴りを受けて後ろに大きく吹き飛ばされた。すぐさま体勢を立て直した彼だったが、同時に乱入して来たもう一人の仮面ライダーが必殺技を発動している姿を見て表情を強張らせた。

 

<必殺技発動! パイレーツカーニバル!>

 

「遠慮はしない! 全部、持って行きなさいっ!」

 

 玲の背後に浮かび上がった巨大な砲台から、それに相応しい大きさの砲弾が次々と発射されていく。狙いは無茶苦茶だが着弾地点に巻き起こる爆発と威力はかなりのものだと見て取った魔人柱たちは、その爆風から主を守るために攻撃を一度中止してガグマの元に集うと剣と光輪で防御の構えを取った。

 

「まだだ! こいつも、食らえぇぇっ!!!」

 

「ここがチャンスだ! 押し込むしかねえっ!」

 

<必殺技発動! グランドサンダーブレス!>

 

<必殺技発動! ディスティニーブレイク!>

 

 玲の必殺技に合わせて勇と謙哉も必殺技を発動した。空中に浮かぶ謙哉は雷光を頭部と両腕から放ち、ガグマたちの真正面にいる勇はディスティニーソードから斬撃型のエネルギー波を放って攻撃を仕掛ける。

 

「ぬ、おぉぉぉぉっっ!!?」

 

「この……小癪な真似を……っ!」

 

 三つの必殺技が巻き起こす強大な衝撃、それは魔人柱すらも身動き出来なくするほどの威力を誇っていた。ギリギリと歯を食いしばりながら衝撃を抑えるクジカとパルマだったが、背後に控えるガグマが見ていられないと言った様子で立ち上がると腕を振るう。

 

「ふんっ……!」

 

 瞬間、巻き起こっていた爆発と衝撃が一瞬の内に消え、部屋の中には静寂が戻った。自分たちが苦戦していた攻撃をあっという間に打ち消したガグマの強さに恐ろしさすら感じるクジカとパルマは、そのガグマが小刻みに震えながら笑い始めた姿を見てゾクリと恐怖に体を震わせた。

 

「……やるな、仮面ライダー」

 

「あっ……!!」

 

 振り返り、先ほどまで大量の生徒がいたはずの場所を見たパルマは驚きの声を上げた。そこにはもう誰もいなかったのだ。自分たちが今の攻撃を防いでいた隙に敵がまんまと逃げ出したことを悟った彼は怒りで拳を震わせる。

 

「この……僕たちをこけにしやがって……!」

 

「いかがしますか、ガグマ様」

 

「無論、追撃だ。お前たちがエネミーを率いて奴らを追え。二度とわしに逆らおうなどと思えんほどに完膚なきまでに叩いて来い」

 

「はっ!」

 

 ガグマの命を受けた二体は影となって姿を消した。一人残ったガグマは玉座に座るとにんまりと笑いながら言う。

 

「……さあ、どうする仮面ライダー? お前たちはこの危機を乗り越えられるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、大丈夫か?!」

 

「なんとか……葉月さんたちも命に別状は無いみたいです」

 

「そうか、良かった……!」

 

 ガグマの城から脱出した勇たちは、近くにあった町で一時の休息を取っていた。間違いなくガグマたちからの追撃が来るとは思っていたが、心身ともに疲弊した生徒たちを無理に進ませるよりも一度どこかで落ち着いた方が良いと判断したのだ。

 

「危ないところだったね。まさか、勇たちがあそこまで追い詰められるなんて……」

 

「ああ、二人が来てくれて助かったぜ」

 

 危ない所を救ってくれた謙哉と玲に感謝の言葉を述べる勇。その言葉に葉月とやよいを診ていた玲が振り返ると、何かに気がついて彼に質問を投げかけた。

 

「……ねえ、城田の姿が見えないんだけれど……」

 

「っっ……!!!」

 

 櫂の名前を聞いた勇の表情が曇る。彼のその表情を見た玲は何かを察した様に俯き、謙哉は信じられないと言った表情を浮かべた。

 

「そ、そんな!? まさか、そんなことって……!?」

 

「……ガグマの必殺技を受けて、消えた。死んだのかどうかはわからないが、ガグマにやられたのは確かだ」

 

「……そう、だったの……ごめんなさい、答えにくい質問をしてしまったわね」

 

「いや、良いんだ。それよりも今はこの窮地をどう脱するかだ」

 

「そうだね……ガグマたちは間違いなく僕たちを追ってくるだろうし、負傷者を抱えたままじゃ撤退のスピードも速くは……ぐっ!?」

 

 勇の言を受け、撤退について話をしていた謙哉の表情が苦しそうに歪む。突然言葉を切った彼は、左胸を抑えるとその場に蹲ってしまった。

 

「謙哉、どうしたんだ!? まさかさっきの戦いでどこか怪我を……!?」

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっと息苦しくなっただけだから……」

 

「んなわけあるかよ! どう考えてもおかしいだろ!」

 

 苦しそうな表情を浮かべる彼の様子に違和感を感じた勇が大声で叫ぶ。強がる謙哉だったが、その顔色は悪く、蒼白になっていた。

 

「……あなた、オールドラゴンを使いすぎたんでしょ? 大文字と戦った時だって、バテバテになってたじゃない」

 

「そ、そうなのか? 謙哉?」

 

「あ、あはは……ごめん、短期間の二回連続発動で、大分体力を持ってかれちゃったみたいだ」

 

 かつて見た光景から謙哉の不調の原因を言い当てる玲。謙哉もその言葉に同意するも、わずかにその答えは間違っていた。

 

 体力の消耗だけでは無い、ガグマと言う強敵から与えられたプレッシャーやこの状況の緊張感、そして連続してオールドラゴンの必殺技を使ったことによって、謙哉の体には彼が思っている以上の負担がかかっていたのだ。

 

 今まで感じたことの無い痛みに耐えながら何とか笑顔を作る謙哉。これ以上、仲間たちに心配事を増やして欲しくないと言う彼の気遣いゆえの行動だったのだが、彼もまた自分の限界が近いことをその痛みから察することは出来ていた。

 

「……謙哉、お前はもうこれ以上戦うな。危険すぎる」

 

「何言ってるのさ!? 残っている戦力は僕と勇と水無月さんだけなんだよ! ここで僕が抜けたら、それこそ……ぐうっ!?」

 

 無理を押して戦おうとする謙哉だったが、もう彼にその力が残されていないことは誰の目に見ても明らかだった。勇は玲と目を合わせ、彼を戦いから外す事を決める。

 

「とにかくお前は戦うな。お前が倒れたりなんかしたら、それこそ何の意味もねえんだ」

 

「でも! ……だったらどうするって言うのさ? 残された戦力をフル活用しないことには、このピンチを切り抜けられないよ!」

 

「……方法ならあるぜ。一つだけな」

 

 勇は謙哉の目を見ながらそう言うと、生徒たちの様子を見ていた真美を呼び寄せた。そして、自分の考えた作戦を全員に告げる。

 

「龍堂、どうするつもり? どう足掻いたって追撃をかわすことは困難よ」

 

「ああ……だから、その追撃を食い止める役目を引き受ける人間が必要だ。そいつが敵を抑えている間に撤退を進めるんだ」

 

「捨て駒を作る、ってこと?」

 

「そんな!? それじゃあ残った人は助からないじゃあないか!」

 

「そうじゃねえよ、あのな……」

 

 勇が作戦の詳しい内容を説明しようとこの周囲の地図を広げる。すると、彼の腕に取り付けられていたゲームギアに通信が入り、画面に天空橋の姿が映し出された。

 

『勇さん、頼まれていたものの計測が終わりました。……本当にやるつもりなんですか?』

 

「ああ、皆で生きて帰るにはもうこれしかねえ。頼むぜ、オッサン」

 

『………』

 

 無言のまま俯く天空橋は勇の広げた地図に幾つかの記号を表示させた。それを見せながら、彼はこの場にいるメンバーに勇の考えを説明する。

 

『……この先にある町で防衛線を張り、そこで追ってくる敵を迎え撃ちます。間違いなく敵の通り道になり、出来る限り狭く、内部が混雑した場所と言うことでこの場所をピックアップしました』

 

「つまり……ゲリラ戦がしやすい場所を選んだってこと?」

 

 真美の言葉に勇が頷く。少数の人間が多数の敵と戦う、ましてや撤退戦をするのならば方法はこれしかない。

 

 物陰に隠れて敵を奇襲し、一度に大勢を相手にしない様に狭い場所で戦う。内部が混雑していれば敵は相手を見失いやすく、それ故に奇襲が何度も行えるようになる。このゲリラ戦法で時間を稼ぎ、相手の進軍を遅くしようと言うのが勇の立てた作戦であった。

 

「……確かにこれなら私と龍堂だけでも十分に時間を稼げるかもしれないわね……やってみる価値はあるかもしれないわ」

 

 そう言いながら勇の顔を見る玲。しかし、勇はそんな彼女の目を見るとゆっくりと首を振った。

 

「いいや、お前は皆と一緒に撤退してくれ。この場所には俺が一人で残る」

 

「!?」

 

 勇のその言葉を聞いた全員が目を見開いて驚きの表情を浮かべた。たった一人でガグマの軍勢を迎え撃つという自殺行為としか思えない行動を起こそうとしている勇に対して、謙哉が体の痛みを堪えながら掴みかかる。

 

「何を言ってるんだよ!? 一人で敵を迎え撃つなんて無茶だ!」

 

「そうよ、虎牙の言うとおりよ! 相手には魔人柱がいるだろうし、もしかしたらガグマが出張ってくる可能性だってあるのよ!」

 

「かもな。でも、水無月を残すわけにはいかねえよ。俺と水無月がいなくなったら、もしもの時に誰が本隊を守るんだ?」

 

「そんなの! 僕が多少の無茶だってするよ! それに白峯くんだって戦えないわけじゃない!」

 

「それこそ無理な話だぜ、謙哉。お前の限界が近いってことも、光牙が今、戦える精神状況じゃないことも一目でわかるさ」

 

「……なら、私が一人で作戦地点に残るのはどう? 遠距離戦が得意な私の方が、多数との戦いには向いているんじゃないかしら?」

 

「それは違うな。お前は装甲が薄くて、接近戦には不向きだ。近づかれたらそのまま押し切られちまう可能性が高い……なら、遠距離戦も近距離戦もこなせる俺が残るのが一番だろ? 大丈夫だって! 俺も死ぬ気は無いからよ!」

 

 謙哉と玲の意見を却下した勇がこの状況に似つかわしくない笑みを浮かべながらこの場にいる仲間たちの顔を見る。死ぬつもりは無い、それは彼の本心なのだろうが、勇に死ぬ覚悟があることもまた事実であった。

 

『……魔人柱二人とエネミー50体が相手だとして、勇さんが無事に生還できる可能性は3%……やはり、無謀です! 他の可能性を考えましょう!』

 

「なんだよ、そんなにあるのか? てっきり1%以下だと思ってたぜ」

 

『勇さん!』

 

「……もう、これしかねえんだよ。皆で生きて帰るにはさ……」

 

『え……?』

 

 勇の無謀な作戦を止めようとする天空橋たちは、勇が小さく呟いたその一言に口を噤んで彼の言葉を待つ。勇は全員に背を向けたまま、自分の思いを語り始めた。

 

「……この作戦に参加する前から嫌な予感はしてたんだ……何とかして止めようって思ってたけど、それも無理だった。ならせめて、一緒に戦って、いざって時に力を貸せればって思って、この作戦に参加した。けど……」

 

 そこで勇は一度言葉を切った。背を向けている為に彼の表情はわからないが、小刻みに震えている肩を見れば、彼がどんな気持ちでいるかはすぐに理解出来た。

 

「……俺は櫂を助けられなかった。目の前であいつがやられる姿をただ見てることしか出来なかった……もう、こんな思いはたくさんだ! 俺はもう、誰も死なせたく無いんだよ!」

 

「でも、それで君が死んだら……!」

 

「大丈夫だ、謙哉。俺は死なない、死ぬつもりも無い……知ってるだろ? 俺は奇跡を起こす男なんだぜ?」

 

 振り返った勇が笑顔を見せながら謙哉に言葉をかけた。ほんの少しだけ赤くなった勇の目を見た謙哉は、彼の心の中の思いを察すると何も言えなくなってしまう。

 

「信じてくれよ。俺は必ず生きて帰る……皆で生き残りたいんだ、だから……俺に戦わせてくれ」

 

 謙哉の、真美の、玲の、天空橋の顔を見ながら勇は語る。自分を信じて欲しいと呼びかける。勇の言葉を聞いたメンバーは、ただ黙りこくることしか出来なかった。

 

「……今更かもしれないけど、あんたに言わなきゃいけないことがあるわ」

 

 その重苦しい沈黙の中、やがて口を開いたのは真美だった。なにか後ろめたそうな口調で、勇から目を逸らしながら独り言の様に語り続ける。

 

「……戦国学園と繋がってるだなんて疑って、ごめんなさい。あんたは、本当に良い奴だったのね」

 

「ほんと今更だな。気がつくのに時間がかかりすぎだろ?」

 

 おどけた様なため息交じりに勇が真美へと言葉を返した。気にしていないと暗に態度で示した彼に対して、真美が少しだけ口元を歪めて笑みを見せる。

 

「……信じるわ。あんたのことを……だから、絶対に帰って来なさいよ」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 力強い返事を真美に返す勇。そんな彼を見ていた玲も、観念した表情を見せた。

 

「もう、覚悟は決まってるんでしょ? なら、私が何を言っても無駄じゃない」

 

「……そうだな。悪い……」

 

「良いわよ、でも……死ぬんじゃないわよ」

 

「ああ! ……皆を頼む。特に謙哉と……光牙に注意してやってくれ、今のあいつは何をするかわからねえからな」

 

 勇の言葉に玲が頷く。突き出した拳と拳を合わせた後、彼女は視線を横にずらして謙哉のことを見た。

 

「……僕も残るって言っても、断るんだろう?」

 

「……ああ、今のお前は足手纏いになる」

 

「そっか……情けないな、君の隣で戦うって約束してこのドライバーを貰ったのに、肝心な時に一緒に戦えないなんて……っ!」

 

 悔しそうにうつむく謙哉。彼のその姿を見た勇も心苦しそうに俯くも、すぐに笑顔を浮かべると握り拳で謙哉の胸を小突いた。

 

「なに暗い顔してんだよ、相棒! お前の親友はこんなとこでくたばる奴じゃないって事はわかってんだろ?」

 

「勇……!」

 

「……絶対に皆で生きて帰るぞ。だから俺を信じろよ、な?」

 

「……うん。わかったよ……必ず、皆で生きて帰ろう。約束だよ!」

 

 二人は約束を交わしながら笑い合う。お互いのことを心の底から信じ合い、無事に帰れることを願いあう。それはこの場にいる誰もが同じであった。勇の無事と、残る全員の無事を祈りながら行動を始めようとした面々だったが、その耳に震える声が届いた。

 

「それ……本気なんですか? 勇さんが一人で残るって……!?」

 

「マリア……」

 

 自分の名前を呼ぶ勇の元に大股で近づこうとするマリア、しかしその腕を一緒にこの場に来ていた光牙が掴んだ。

 

「止めようマリア、今君が何を言っても龍堂くんは聞きやしないよ」

 

「っっ……!」

 

 一瞬、マリアは悲しそうな表情を浮かべてその場に立ち止まると俯いた。じっと固まったまま動かない彼女を見ていた光牙だったが、突然強い力でマリアを掴む腕を振り払われ、その手を離してしまう。 

 

「マリっ……!?」

 

 自分の手を振り払い、勇の所へ駆けて行くマリアの背中へもう一度手を伸ばす光牙。しかし、彼女にその手が届くことは無く、マリアが勇に何かを覚悟した目で語りかけ始める姿をただ見ることしか出来なかった。

 

「……決めたんですよね、残るって……そう、勇さんは決めたんですよね?」

 

「……ああ。ごめん、マリア……俺は、何を言ってもそれを変えるつもりは……」

 

「わかってます。だから……私も一緒に残ります」

 

「!?」

 

 まさかのマリアの一言に勇だけでなくその場に居た全員が驚きの表情を見せた。勇はマリアの肩を掴むと、強い口調で彼女の真意を問いただす。

 

「何言ってんだよ!? 一緒に残るだなんて、何でそんな……?」

 

「私だけじゃありません、勇さんをサポートするメンバーを募集して、決死隊を作るんです。ギリギリまで勇さんを援護して、少しでも勇さんの戦いを手助けするんですよ!」

 

『補助役の参加……! 直接戦闘は出来なくても、それなら十分に役に立ちますよ!』

 

「勇さんの生存確率も少しは上がるはずです……だから、どうか!」

 

「だ、駄目だ……! 駄目だ、そんなの!」

 

 マリアの提案を却下したのは勇では無く光牙だった。彼は二人に近づくと必死の表情でマリアに思い止まらせ様と説得を試みる。

 

「危険だ! 仮面ライダーでも無いマリアが無事で居られる保障は無いんだ! 皆を救おうとする龍堂くんの思いが、それだけで無駄になってしまう可能性だってあるんだぞ!」

 

「……光牙の言うとおりだ。マリア、あんまりにも危険すぎる。ここは俺に任せて、お前も皆と一緒に撤退を……」

 

「いいえ、退きません。何を言われようと、私は勇さんと一緒に残ります」

 

 強い光を湛え、ほんの少しだけ涙を滲ませた瞳で勇の目を見つめるマリア。先ほど彼がそうした様に、今度は勇が説得を受ける番だった。

 

「私は……勇さんのことを一度見放してしまいました……。自分の考えが正しいと思い込んで、勇さんの言葉に耳を貸さないで……それで、そのせいで、櫂さんが……っ!」

 

 彼女の青い瞳から大粒の涙が零れる。親しくしていた友人を目の前で失った心の痛みに胸を抑えながら、マリアは勇に自分の思いを語り続けた。

 

「もしもあの時、勇さんの言葉に耳を貸していれば、力を貸していれば……きっとこんな事にはならなかったんです! 櫂さんも、あんなことにならずにすんだのに……」

 

「それはマリアのせいじゃ無いさ。何も気にする必要は……」

 

「いいえ、私にも責任はあります。この作戦に賛成した人たち全員に責任はあるんです。私も、あの時こうしていればって後悔するのは嫌なんです! もしも……もしもこの作戦で勇さんの身に何かがあったら、私は絶対に後悔します。だから、私も何かしたいんです! 勇さんの手助けをしたい! 一緒に、戦いたいんです……!」

 

「マリア……!」

 

 綺麗な顔をくしゃくしゃにしながら泣きじゃくるマリアを見た勇は、彼女もまた自分と同じ後悔を胸に抱えていることに気がついた。そして、自分が無事に帰れる可能性が低いことも改めて理解する。

 

 もしここで彼女の思いを無下にすれば、自分の身に何かあった時にマリアは再び心を痛めるのであろう。櫂を失った時の痛みと同じか、それ以上の苦しみをもう一度味わうことになるのだ。

 

 突き放すべきだとわかっていた。マリアの安全を思うのならそれが正しい選択だとわかっていた。しかし、マリアの心を思う勇の気持ちと、自分の中にある心細さがその思いに勝ってしまった。

 

「……俺が撤退しろって言ったら、何があってもすぐに逃げる。それを約束できるのなら……残っても構わない」

 

「龍堂くん!?」

 

 気がつけば彼女が残ることを許す言葉を口にしていた。真剣な表情でマリアを見た勇のことを見つめ返したマリアは、力強くただ頷いた。

 

「止めるんだ二人とも! 誰かが残ることが不服なら皆で撤退した方が良い! そっちの方が、きっと……」

 

「光牙さん、これが一番の方法なんです。勇さんの立てた作戦が、皆で助かる可能性のある唯一の作戦なんですよ」

 

「でも……でも……!」

 

「光牙……気持ちはわかるけど、マリアの言うとおりよ。……二人を信じましょう」

 

 自分を落ち着かせる様に語りかけながらマリアとの間に入ってきた真美によってその場から連れ去られていく光牙。波立つ心のままに手を伸ばすも、マリアがその手を掴み返してくれることは無かった。

 

「何で……? どうして……?」

 

 何で自分ではなく、あの男なのか? 何で自分を信じず、あの男を信じるのか? 自分の何が間違っているのか? 光牙の心の中では答えの出ない疑問が渦巻き、ざわついていた。

 

(君は……俺じゃなくてあの男を選ぶのか……?)

 

 信じていた、頼りにしていた、愛していた……だが、彼女はそうじゃなかった。今まで必死になって努力してきた自分ではなく、何処の馬の骨とも知れない男を選んだ。

 

「う、うぅ……うぅぅぅぅ……」

 

 自分のことを理解して、導いてくれる存在だと思っていた。勇者になる自分を支えてくれる存在だと信じていた。

 

 だが、そうではなかった。マリアに裏切られたと思い込んだ光牙は深い失望感と共に崩れ落ち、嗚咽の声を漏らす。誰も居ない部屋の中、たった一人で泣き続ける彼は握り拳を作って地面を叩くと、感情の無い虚ろな瞳で天を仰いだ。

 

「………」

 

 今の光牙は冷静では無かった。様々な出来事で心を打ちのめされ、平静を欠いていた。

 

 魔王との戦いに破れプライドを傷つけられ、親友を失って絶望していた。だから、普段の彼では無かった。重ねて言うが、決して彼は冷静では無かった。

 

 だが、それ故に……初めて彼は、自分の中に眠っていた意思を自覚することが出来た。

 

 父の願いに応えるためでもない。世界を救う勇者になるためでもない。誰かの期待に縛られず、初めて彼は自分のしたいことを自覚し、それを口にする。

 

「ならもう、君は要らない……!」

 

 皮肉な事に……世界のために自分を抑えつけていた勇者は、その全てを失って初めて、本当の自分を知る事になったのであった。

 

 

 

 


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