仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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悲劇の始まり

(……このままで良いんでしょうか?)

 

 放課後の教室、クラスメイトたちが急いでソサエティ攻略に乗り出す準備をしている中、マリアは一人物思いに耽っていた。気になっているのは今の状況、ガグマ攻略に向けて動く自分たちのことだ。

 

 ガグマを倒すために全力を注ぐ、それはマリアも大賛成だった。勝機を見逃さずに戦い、世界に一刻も早く平和をもたらす事をいつもマリアは夢見ていた。

 

 その夢が叶うかもしれない……ドライバーやチーム間の連携と言った力をつけ、情報も手に入れた。今の自分たちには勢いもある。だが……

 

(……勇さん)

 

 主の居ない椅子に目を向けるマリア。数日前から、教室の中で勇を取り巻く空気が一変した事を彼女は感じ取っていた。

 

 その日の朝、怪我をした勇が謙哉と共に廊下を歩いていた姿をマリアは見ていた。勇はなんでも無いと言っていたが、マリアにはとてもそうとは思えなかった。

 

 そして教室の中に漂っていた不穏な空気、苛立ちと罪悪感が入り混じったクラスメイトたちの表情を見れば、賢い彼女にはおおよそこの場で何があったのかを察することが出来た。

 

(本当に今の私たちは正しいのでしょうか……?)

 

 何もかもが順調だと思った。きっと作戦は上手く行くと思っていた。

 

 だが、ここに来て初めてマリアはA組の抱える問題点に気がついた。気がついてしまったのだ。

 

「今の俺たち、波に乗ってるよな!? 連戦連勝だし……!」

 

「光牙さんに任せておけば間違いないって!」

 

「龍堂も馬鹿だよな。皆の士気を下げる様な事を言いやがってよ……」

 

 級友たちの会話を耳にしながらマリアは身震いした。そう、自分が思ったとおりだ。彼らは、考える事を放棄している。

 

 光牙が、真美が、櫂が言ったから………だから正しいと思い込んで、それ以上の思考を放棄しているのだ。それが本当に正しいかどうかなんて、彼らはわかっていないのだ。

 

 危険かもしれない、でも何とかなるだろう。だって光牙が言っているから……そう考えて全てを光牙任せにしてしまっているクラスメイトたちの事が恐ろしくてたまらなかった。転校してきて初めて、マリアはこのクラスの問題点に気がついたのだ。そして、同時に今のチームの中心となっている人物で、この攻略の先を考えている者が何人いるか数えてみた。

 

 葉月は駄目だろう、彼女は考える事が苦手だ。直感的な物は優れているが、思考能力は微妙に足りない。

 

 やよいは意志が弱い。多少の不安があっても、周りの雰囲気に流されてその事を言い出せない人間だ。

 

 櫂は光牙に賛成する以外の意見を口にしないだろう。真美は頼りになるが、なんだかんだで光牙に甘い。彼が本気を出して説得したら折れてしまう可能性が高いだろう。

 

(誰も……誰も光牙さんを止められない……!?)

 

 その通りだった。光牙の独裁を止められる人間が今の自分たちには居ないのだ。そして、光牙は自分の行動を正しいと思っているから変える訳が無い。その行動を皆が支持するから間違っているとしても気がつかない。

 

 今の自分たちには決定的に足りない物がある。その事に気がついてしまったマリアの胸中には次々と不安が浮かび上がっていった。

 

 本当に今の戦力でガグマたちに勝てるのだろうか? 勇と謙哉と言う主力を欠き、ディーヴァも玲がいない以上100%の力を出せるとは思えない。万が一、ここから勇たちが加入してくれたとしても、チームワークはガタガタにならないだろうか?

 

 勇の言う通り、自分たちがガグマと戦うのはまだ早いのでは無いだろうか? しかし、もうそんな事を言える段階はとっくに過ぎていた。

 

(あの時、私が勇さんの意見に賛成していれば……!)

 

 ガグマとすぐに戦う事を反対し、光牙を説得する。自分と勇が協力すれば、光牙だって耳を貸してくれたはずだ。

 

 D組を始めとした他のクラスの生徒たちに支持される謙哉もいる。薔薇園の生徒やディーヴァの二人は玲が説得してくれるだろう。

 

 あの時、もしも自分が勇の意見に賛成していれば……マリアがそう後悔した所で後の祭り、何もかもが遅すぎた。

 

『……もう勇さんと話す事はありません。私が勇さんと話す時が来るとしたら、勇さんがガグマの討伐に協力してくれる気になった時でしょう』

 

 あの日、自分が勇に言ってしまった言葉を思い返したマリアはぐっと拳を握り締めた。この言葉を投げかけられた勇の悲しそうな表情がまぶたの裏に焼きついて離れないでいる。

 

 勇は光牙に手柄を取られてしまう事を恐れた訳では無い。光牙を嫌いだから困らせてやろうと思ったわけでもない。ただ、自分たちA組の事を真剣に考えてくれていただけだったのだ。

 

 A組の皆を、光牙を大切な友人だと思っているから、勇は真剣に反対した。光牙が何を思って、何を考えているか知りたかったからぶつかろうとした。

 

 それを拒否したのは紛れも無く自分たちの方なのだ。勇たちの言葉に聞く耳を持たないで、自分たちこそが正しいと思い込んで……彼を除け者にし、暴力まで振るってしまった。

 

 謝りに行くべきだろうと何度も思った。そしてもう一度自分たちに力を貸して欲しいと頼むべきだと頭の中ではわかっていた。しかし、自分が勇に対してしてしまった事を思うと行動に移せないでいた。

 

 嫌われてしまっただろう、憎まれてしまっただろう。もしかしたら、もう二度と話して貰えないかもしれない。そう恐れたマリアは勇と話が出来ないまま何日も過ごしていた。

 

「勇……さん……」

 

 ぽつりと名前を口にする。もう一度、話がしたかった。あの笑顔を見せて貰って、この不安を吹き飛ばしたかった。

 

 だが、あまりにも都合が良過ぎるとその考えを自分で戒め、マリアは立ち上がる。もう自分は、自分の出来る事をするしかないのだ。勇の手を借りずに、やるだけのことをやるしかないのだ。

 

 心の中の不安を押し込め、マリアは教室から出る。今日もガグマの領地を攻略しに行くのだからと気合を入れ直すと、彼女は廊下を一歩一歩強い足取りで歩んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫂、手筈通りにやれよ」

 

「わかってるって!」

 

 一時間後、ソサエティへと繰り出した攻略チーム一行は、今までの開放戦の中で最大規模の戦いに望もうとしていた。

 

 隣接した都市の中心部、ここを制覇できれば周囲の街も簡単に落とせるであろう場所に狙いを定めた光牙が持てる戦力を全て投入して戦いを挑んだのだ。彼の胸中にはこれをガグマとの戦いの前哨戦としようとする思いもあったのだが、それに気がつくものは誰もいなかった。

 

<ホークアイ!>

 

「良し、攻撃開始だ!」

 

 視界強化のカード、『ホークアイ』を使用した光牙が全軍に指示を出す。上空から自分たちを見下ろす様な視界が取れるこのカードは戦いの指揮を執ることに大きく役立っていた。加えて、ビクトリーブレイバーの演算能力とも相性が良い。自身の能力をフルに活用出来るようになるこのカードを使いながら、光牙は多くの生徒たちに指示を飛ばしていった。

 

「A班は櫂に続いて攻撃を! B班、東から敵が接近しているぞ! C班はディーヴァのメンバーと共にそこで敵を迎撃! 全員、自分の仕事をきっちりこなせよ!」

 

「……流石ね、光牙。堂々とした指揮よ」

 

「ホークアイと勝利の栄光のカードのお陰さ。さて、俺たちものんびりしてられないぞ!」

 

 自分を褒める真美に軽く手を振って応えた光牙は、そのままエクスカリバーを手にして駆け出して行く。先ほど見た映像から計算してタイミングを見計らった光牙は一気に飛び出すと、目の前に現れたエネミーを一刀両断して叫んだ。

 

「さあ、いくらでもかかって来い! 俺が相手になってやるぞ!」

 

 自分たちを挑発するその声を聞きつけたエネミーたちが光牙へと殺到する。勢い良く、殺気を漲らせて自分に迫り来るエネミーたちを前にした光牙だったが、非常に落ち着いた雰囲気を放ちながらそれに対応していった。

 

「ふぅ……せやぁっっ!」

 

 軽く息を吐いて呼吸を整えた後、エクスカリバーを振るう。演算能力が指し示した向きに剣を振るうと、目の前にいたエネミーが火花を散らして後ずさった。

 

「たぁぁぁっ!」

 

 続く二撃目、先ほどの勢いを逃さぬ様にして再び剣を振るう。横薙ぎに繰り出されたその一撃は、多数のエネミーを巻き込んで斬り飛ばした。

 

「光牙だけに戦わせるつもり? 私たちも行くわよ!」

 

「おおーっ!」

 

 背後から聞こえる真美の号令と鬨の声を聞いた光牙は仮面の下で微笑んだ。同時にエネミー目掛けて飛来する攻撃魔法の数々を見ながら彼は思う。

 

(そうさ……これこそが勇者だ! 俺の目指していたものなんだ!)

 

 仲間たちを率い、悪しき存在に立ち向かう存在……自分が思い描いていた勇者像と今の自分がリンクしていることに満足げに笑った光牙は再びエネミーたちとの戦いに戻る。もっと勇敢に、もっと力強く……誰もがついて行きたくなる様な勇者になるべく、彼は剣を振るい続ける。

 

「ギャガォォォッッ!」

 

「……ボスの登場か、面白い!」

 

 目の前に現れる色違いのエネミー、こいつがこの街のボスだと判断した光牙は勇んで敵に挑みかかった。エクスカリバーを握り締めながら駆ける光牙は、ビクトリーブレイバーの演算能力が敵の攻撃を察知したこともお構い無しに突っ込んで行く。

 

「ギゴォォォッ!」

 

「てやぁぁっ!」

 

 繰り出される爪での一撃、それをギリギリで回避しながらエネミーの横を斬り抜ける。確かな手応えを感じながら振り返った光牙は、相手の胴目掛けて思い切り剣を突き出した。

 

「やぁぁぁっ!」

 

「ギャォォォォッ!!!」

 

 再びヒット、火花が散る。胴体に剣での刺突を受けたエネミーは数歩後退しながらよろめくも、まだ致命的なダメージを受けるには至っていない様だ。

 

「グギギ……! ギイィィィッ……!」

 

 戦いは光牙の優勢で進んでいた。しかし、状況を不利と見たエネミーが唸り声を上げると、周囲から数体のエネミーが姿を現したではないか。

 

「くっ、増援を呼んだか……小賢しい真似をっ!」

 

 一気に不利な状況へと追い込まれてしまった光牙だったが、慌てずに戦いの構えを取りながら敵を睨んでいた。こんな不利な状況でこそ冷静にならねばならない……そう考えながら敵を見据える彼の真横を何かが通り抜ける。

 

「援護するぜ、光牙っ!」

 

「櫂っ!!!」

 

 櫂の必殺技、『ブーメランアクス』が雑魚エネミーたち目掛けて飛んで行ったのだ。一度に二体のエネミーを切り裂いた斧は反転すると持ち主である櫂の手の中に帰って行く。勢い良くエネミーにタックルを繰り出しながら光牙の危機に駆けつけた櫂は、光牙の肩を叩きながら言った。

 

「雑魚は俺に任せろ! お前はボスを仕留めるんだ!」

 

「ああ……そうさせて貰うさっ!」

 

 有象無象の雑魚を櫂に任せた光牙はボス格のエネミーへと再度挑みかかって行った。一気に距離を詰めて剣で叩き斬るというシンプルだが有効的な攻撃がエネミーへと加えられ、その一撃を受けたエネミーは悲鳴を上げて仰け反った。

 

「まだまだぁっ!」

 

「グギャオォォッ!?」

 

 怒涛の連撃、相手の反撃を許さない光牙の攻撃が容赦無くエネミーへと加えられて行く。一撃ごとに火花が舞い、剣に切り裂かれるエネミーの悲鳴が響き渡る。

 

「良し、決めてやる!」

 

 優位に戦いを進める光牙は渾身の一撃を繰り出してエネミーを大きく吹き飛ばすと、ホルスターからカードを取り出した。そして、体勢を立て直して自分に襲い掛かろうとしているエネミー目掛けて必殺技を発動する。

 

<フォトン! スラッシュ!>

 

<必殺技発動! プリズムセイバー!>

 

「はぁぁぁぁぁ……っ! せやぁぁっ!」

 

「グロォォォォッォッ!」

 

 光り輝く聖なる剣を手にした光牙が前へと駆け出す鋭い爪を振りかざして攻撃を仕掛けに来たエネミーと交錯するその一瞬、お互いがお互いに向けて必殺の一撃を繰り出した。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 エネミーの爪は光牙の胴の装甲を掠って振りぬかれる。致命的な一撃を回避した光牙は、エクスカリバーを大きく振りぬいてエネミーの体を両断しながら駆け抜けた。

 

「グギャァァァァァァッッ!?」

 

 斬り抜かれた部分が大きく光り、段々とその光が大きくなる。まるで爆発するかの様な激しい光を放ったエネミーの体は、次の瞬間には爆発四散していた。

 

「へっ! そんじゃあ、こっちも決めてやるぜ!」

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

「おーらよっ!」 

 

 光牙とボスエネミーの戦いが終わった事を確認した櫂もまた戦いを終わらせるべく必殺技を発動した。高速回転しながら飛ぶ斧の一撃は次々とエネミーを切り裂いて行く。最後の一体を倒したグレートアクスが櫂の手に戻った時、戦場に電子音声が鳴り響いた。

 

<ゲームクリア! ゴー、リザルト!>

 

「よし! このエリアの開放も成功だ!」

 

「ええ! 大成功よ!」

 

 光牙と真美の勝利を喜ぶ声に続いて生徒たちの歓声が上がっていく。大きな戦いを何の問題も無く勝利することが出来た事に感激していた彼らは、今の自分たちの勢いを再確認していた。

 

「このまま行けば本当にガグマも倒せるんじゃないか!?」

 

「やれるわよ! 今の私たち、絶好調じゃない!」

 

 A組の生徒だけでは無い。他のクラスの生徒も、薔薇園学園の生徒たちもここに至るまでの戦いの結果から自分たちの力に自信を持っていた。彼らのもはやただのエネミーなど相手にもならないと言わんばかりの自信に満ち溢れた表情を見た光牙もまた、自分たちの強さが本物である事への確信を強めていた。

 

「櫂、このまま周囲のエリアの開放戦に向かおう! 今の勢いなら必ず勝てる!」

 

「ああ! 戦力を整えたらまた進軍開始だ! 今日中にこの辺のエリアを開放しきっちまおうぜ!」

 

 親友に声をかけ、戦いを続ける事を提案する光牙。その判断に快く応えながら櫂もまた戦いへの意欲を見せる。

 

(行ける……! 行けるぞ! 俺たちは今、世界を救えるだけの力を持っている! 皆の期待と希望に応えられるだけの力があるんだ!)

 

 勇者として仲間を引っ張り、世界を平和に導く…………連戦連勝を続ける光牙は、自分の力に若干の自惚れを抱いていた。

 

 勇者に相応しい実力を身に付け、仲間たちの信頼も得た。後はそれに相応しい活躍をするだけ……そう、魔王を倒すだけなのだ。

 

(やってやる! やってやるぞ! 俺は勇者になるんだ!)

 

 羨望と期待の眼差しを受けながら、光牙は次の戦いへと乗り出して行く。自身の強さを証明し、使命を果たす為に、彼は仲間たちを率いて歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頃合だな」

 

「ガグマ様、では……!?」

 

 薄暗い部屋の中、荘厳な雰囲気の玉座に座す魔王ガグマは一言そう呟いた。その言葉に反応した魔人柱、パルマとクジカはとうとうその時が来たのかと緊張した面持ちを見せる。

 

「ああ、奴らも頑張っている。そろそろわし自らが相手をしてやらねばな」

 

「そうですか……とうとう奴らに絶望を見せ付ける時が来たのですね!」

 

「これこれ、そう言うな。案外わし達が負ける可能性だって無くも無いのだからな」

 

 ほんの少しだけ愉快そうな声色を出しながらガグマは言った。しかし、その謙虚な言葉の裏には絶対的な自信が感じられる。

 

 負けるわけが無い、ほんのお遊びに付き合ってやろう。大人が子供にそうする様に、微笑ましい子供の努力を称えるかの様に、ガグマは光牙たちを相手してやるつもりなのだ。

 

 それが慢心ならば突く隙も生まれよう。しかし、そうではない。ガグマにははっきりとした勝利のビジョンが見えているのだ。

 

「さて、勇者たちをお迎えするとしよう。向こうがこの誘いに乗るかどうかはわからんがな」

 

 絶対に乗る、暗にそう言いながらガグマは喉を鳴らして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに……ついに来た! この時が!」

 

 興奮気味に光牙が叫ぶ。彼だけでは無い、教室にいる生徒達もまた興奮を隠せない表情で教室の前方に注目していた。

 

「……昨日、情報管理局に寄せられた情報よ。ファンタジーワールドに突如巨大な建造物が出現、城の様なそれは、おそらくガグマの居城……! ついに決戦の時が来たのよ!」

 

「ああ! 奴さん、俺達の勢いに負けて姿を現しやがったんだ!」

 

「一気にガグマの勢力圏を開放した事がきっかけみたいね! 向こうも痺れを切らしたってわけでしょ」

 

 真美が、櫂が、光牙と同じ様に興奮気味に叫ぶ。自分達がボスを追い詰めていると言う実感を胸にした事が、普段冷静な真美すらも熱狂させているのだ。

 

「で、でも、やっぱりガグマも本気で相手をしてくるんじゃないかな……?」

 

「向こうにしてみれば後が無いわけだしね~……こりゃ、かなりきつい戦いになりそうなんじゃない?」

 

 ガグマとの戦いを前にして浮かれ気味になっているA組の面々を嗜める様にして意見を口にするやよいと葉月。そんな彼女たちの言葉に頷きながら、光牙も自分の意見を口にした。

 

「勿論そうだろう、この戦いは今までで最も苦しい戦いになる……だが、決して避けて通れない戦いなんだ! なら、逃げずに戦おうじゃないか!」

 

「おおーーっ!」

 

 仲間達を鼓舞するその言葉は、A組を始めとする攻略メンバーの活気に更に火を着けた。盛り上がる仲間達を見た葉月たちもまた笑みを見せて戦いへの思いを口にする。

 

「ま、その通りだよね! どーんとぶつかってみよう!」

 

「皆と一緒ならきっと勝てるよ!」

 

「ああ、その通りだ! 俺達ならやれる! 自分達を信じるんだ!」

 

 リーダーを始めとする中心格のメンバーの強気な発言に更に盛り上がりを見せる教室の中では、誰もがガグマとの戦いについての想像を巡らせて話をしていた。しかし、そんな中でたった一人だけこの騒ぎを静観している人物もいた。

 

(……何も具体的な話が出ていない……本当にこれで大丈夫なんでしょうか?)

 

 そんな不安が頭の中をよぎる。湧き上がっている懸念はこの状況を見て更にその形をはっきりとしたものにしていた。

 

 今は仕方が無いのかもしれない、強敵との決戦を前にして皆が浮き足立っているのだから具体的な話が出来なくても仕方が無いのだろう。しかし、この空気は何時薄まるというのだろう?

 

 決戦が近づけば皆は冷静になってくれるのだろうか? マリアにはそうは思えなかった。むしろ決戦が近づけば近づくほどに冷静さが失われるのでは無いかと思えているのだ。

 

(このまま戦うの? 勢いに任せて、はっきりとしたビジョンも無いままに戦って本当に大丈夫なの?)

 

 そう自分自身に問いかける。本当にこれで良いのかと、大丈夫なのかと……その答えはNOだった。 

 

 止めるべきなのでは無いのだろうか? 一度冷静になるべきだと言うべきなのでは無いだろうか? 勇の意見に耳を貸そうと提言すべきなのでは無いだろうか? 今、この場で冷静さを保てている自分こそが、その意見を口にすべきなのでは無いだろうか?

 

 誰かがこの流れを止めなければならないのならば、それは自分の役目では無いのだろうか? この空気に違和感を感じている自分こそが、それをなすべきなのではないのだろうか?

 

 頭の中ではそう思えてはいた。しかし、マリアにそれを実行できるかと言われればそれもNOだった。自分の感じている漠然とした不安だけで判断して、本当にこの勢いを殺すことになってしまう事が恐かったのだ。

 

 だから何も言えなかった。不安を抱えていても何も言えなかったのだ。だが、その代わりに教室のドアが開いて人影が教室の中へと入ってきた。その人物の姿を見とめた時、A組の生徒達が静まり返った事をマリアは感じていた。

 

「……ガグマの城が出現したってのは本当か?」

 

「勇、さん……!」

 

 その言葉を発したのは、今、マリアが最も力を貸して欲しいと願っていた人物……勇であった。水を打ったかの様に静まり返った教室の中、勇の言葉に真っ先に反応したのは、彼に反感を持つ櫂だった。

 

「今更何の用だよ? 俺達が手柄を立てそうになったから焦ってんのか?」

 

「君には何も聞いて無いよ。関係ない発言は遠慮して貰えるかな」

 

 櫂の攻撃的な言葉にも負けない刺々しい言葉を発しながら謙哉が教室へと入ってきた。普段の彼が絶対に口にする事の無いであろうその言葉と確かな怒りの色を窺わせる表情に生徒達が気圧される。櫂もそれは同様で、謙哉の姿を見た途端に一瞬だけ体を強張らせていた。

 

「……白峯、ガグマの城が出現したって言うのは本当なの?」

 

「……ああ、その通りだ」

 

 最後に教室に入ってきた玲は、勇がした質問と同じものを相手を光牙に限定して尋ねた。光牙はその質問に答えると今度は逆に三人に向かって尋ねる。

 

「それで? 君達は何のためにここに来たんだい? まさか今の質問をするためだけじゃないだろう?」

 

「……光牙、ガグマと戦うって言う意見を曲げるつもりは無いのか?」

 

「龍堂くん、俺の質問に答えてくれるかな?」

 

 質問を質問で返した勇に対し、光牙は若干の苛立ちを含ませた言葉を返した。その対応には勇の質問に対する答えも含まれており、光牙自身がガグマとの決戦を避けるつもりが無い事を告げていた。

 

「……お前がガグマと戦うつもりなら、俺はそれを止めるつもりだった。けど……もう遅いんだな」

 

「遅いも何も、俺達は最初からガグマと戦うと明言しているんだ。最初から決まっていた事なんだよ」

 

「……そうか、なら……」

 

 そこで勇は一度言葉を切った。そして、教室に居る生徒達の顔をゆっくりと見つめていく。

 

「っっ……!」

 

 途中、彼と目が合ったマリアは、なんとも言えない罪悪感に胸を締め付けられて目を逸らしてしまった。その事に対して勇は寂しそうな表情を浮かべると、光牙へと向き直って言葉の続きを口にした。

 

「……俺も同行する。ガグマとの決戦、乗らせてもらうぜ」

 

 どよめきと、わずかな歓声が教室に響く。勇のその言葉を聞いた生徒達の反応は、喜ぶ少数と何を今更と不快感を露わにする大多数に分かれた。

 

「……驚いたな。君はガグマとの戦いに反対していたんじゃ無かったのかい?」

 

「ああ、今でも反対だ。だが、もう事態はどうしようもない所まで来ちまった……なら、俺もやれる事をやるだけだ」

 

「つまりお前は、俺達の尻拭いをする為に着いて来るってわけか? あんまり俺達を舐めるんじゃねえ!」

 

「櫂、よしなさいよ!」

 

 あくまで喧嘩腰な櫂を真美が抑える。しかし、A組の生徒達の本心は櫂のその言葉が表していた。

 

「好きに思えよ。俺は例え邪魔だって言われても着いて行くぜ」

 

「いや、龍堂くんの実力は頼りになる。君が協力してくれて心強いよ」

 

 そう言いながら笑顔を見せた光牙が勇に手を差し出す。勇はその手を一応と言った様子で掴むと、光牙と握手を交わした。

 

「……同じく、私も参加させて貰うわ。ディーヴァは3人で1チーム……私が抜けるわけにはいかないでしょ」

 

「玲ちゃん……!」

 

 玲の決意表明にやよいが嬉しそうに顔を綻ばせた。長らくチームから離れていた玲が戻って来てくれた事が喜ばしいのだろう、葉月もまた嬉しそうに玲の事を見ている。

 

「と言うことは……虎牙くんも作戦に参加してくれるのかい?」

 

「……そのつもりだよ」

 

「ありがとう! 本当に嬉しいよ!」

 

 光牙は謙哉にも握手を求めて手を差し出した。しかし、謙哉はその手をちらりと見ただけで握手を拒否する。

 

「……僕は君やA組の皆を許したわけじゃない。僕がこの戦いに参加するのは、勇や水無月さんのためだ。その事を忘れないでもらえるかい?」

 

「謙哉、よせ」

 

 嫌悪感を剥き出しにした謙哉を勇が嗜める。親友の言葉に対して口を噤んだ謙哉だったが、光牙や真美、そして櫂に対する鋭い視線は変わる事は無かった。

 

「……とにかく、これで戦力は揃った! ガグマとの戦いに向けて準備は万端だ!」

 

 やや沈んでしまった教室の空気を盛り上げようと光牙が集まった生徒達に声をかける。リーダーのその言葉に活気を取り戻した生徒達は、光牙の次の言葉を待ちながら彼に視線を注いでいた。

 

「後は入念に準備するだけだ! 学校もそろそろ夏休みに入る、それを機にガグマとの戦いに乗り出そうじゃないか! それまで皆は情報を集め、準備を整えつつ、英気を養って欲しい!」

 

 光牙の声を聞く生徒達に見る見る活気が蘇って行く。力強いリーダーの言葉を耳にしながら、生徒達は胸を高鳴らせていく。

 

「……決戦は一週間後だ! そこでガグマを倒し、世界の平和を取り戻すんだ! 皆、やってやろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……決まって、しまった……)

 

 寮からほど離れた公園の中、マリアはとうとう決まってしまったガグマとの戦いに対して不安を募らせていた。

 

 本当に勝てるのか? この判断は正しいのか? 今はもう、そんな事を考えていても仕方が無い事はわかっている。全てはもう、決まってしまったのだから

 

(もしあの時、私が勇さんに協力していれば……)

 

 こんな不安を抱えたまま戦うことは無かったのかもしれない。そんな事を考えながら暗い表情を浮かべていたマリアの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

「お? マリアちゃんやないか!? どないしたんや、そんな暗い顔して?」

 

「あ……光圀さん……」

 

「辛気臭い顔してると幸せが逃げてくで~! 俺を見てみぃ! いつでもニコニコしとるから幸せいっぱいや!」

 

 自分を元気付けようとしてくれている光圀に対して微笑みを返すマリアだったが、どこか暗い雰囲気は拭えないでいた。そんな彼女の様子を見て取った光圀は心配そうな表情を浮かべるとマリアに言う。

 

「そんな暗い顔しとると勇ちゃんも心配するで、心配事があんなら俺に話してみるか?」

 

「いいえ……大丈夫です。それに、勇さんも私の事を心配するわけないでしょうし……」

 

「なんでやねん! 勇ちゃんがマリアちゃんを心配せんわけ無いやないか!」

 

「いや、その……この間から気まずい雰囲気になってしまったと言うか、酷い事を言ってしまったと言うか……それで、嫌われてしまったと、思うんです……」

 

 マリアの口からぽろりと本音が零れる。罪悪感と不安を胸に抱えたままの彼女がそれを拭い去れない理由を察した光圀は、少しだけ悩んだ後で涙目になっている彼女の言葉を否定した。

 

「……んな事無いで、勇ちゃんはマリアちゃんの事を嫌いになってなんかおらんよ」

 

「でも、私は勇さんに酷い事を……勇さんもショックを受けていましたし、それで……」

 

「嫌いになってなんかあらへんて! だって、こないだな……」

 

 光圀は語る。戦国学園に勇がやって来た事、自分に現実世界の防衛を頼みに来た事、それがマリアの不安を払拭してやりたいと思っての行動だと言う事を……

 

「……え?」

 

 それを聞いたマリアの目が大きく見開かれ、涙が零れた。彼女の心の中では、様々な感情が入り混じって暴れていた。

 

 勇が自分の事を思って行動してくれた事への喜び、嫌われていなかった事への安心感、そんな勇に対する罪悪感などの感情が入り混じり、複雑な模様を呈している。だが、この真実を知れた事でマリアの中にあったつかえが取り除かれるきっかけが出来た。

 

「……光圀さん、ありがとうございます」

 

「ううん、俺はなんもしとらんよ。それよりも、次に勇ちゃんに会う時には可愛い笑顔を見せたるんやで! そしたら勇ちゃんもイチコロや!」

 

「ふふふ……! 光圀さんも面白い事を言いますね」

 

「冗談じゃあらへんよ? マリアちゃんが笑ったらものごっつ可愛いんやから、自信持ってや!」

 

 光圀との会話でようやく笑顔を取り戻したマリアは目元に涙を浮かべながら思う。明日、勇にちゃんと謝ろうと……友達に戻るための努力をしようと、心に決めた。

 

(きっと大丈夫! 勇さんと一緒なら、どんなピンチも乗り越えられるはず……!)

 

 快活で見ていると明るくなれる勇の笑顔を思い浮かべながら、マリアは涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女「マリア・ルーデンス」に悲劇が訪れるまで、あと7日……

 

 


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