仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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男の決闘VS光圀!

 

「よし、皆! 今日も頑張ろう!」

 

 今日の授業の終わりを告げる終業のチャイムが鳴り、それと同時に光牙がA組の生徒たちに向けて鼓舞する言葉をかける。皆は一同にその言葉に笑顔を見せながら頷くと、意気揚々と教室から出て行った。

 

「今日は薔薇園の皆は来れないらしいから俺たちだけで攻略できる範囲を進めよう。真美、場所のピックアップを頼む」

 

「もうやってあるわ。戦力的にはこの辺りが妥当かしらね?」

 

「どこだって良いさ! 全部攻略してやるだけだ!」

 

「おいおい櫂、あんまり調子に乗るなよ?」

 

 威勢の良い櫂の言葉に対して光牙が苦笑しながらその発言を窘めるが、どこかその口調には彼の発言に対しての同意の感情も感じられた。今の乗っている自分たちに自信があるからこそ出る感情だろう。

 

「とにかく今日も油断せずに行こう! 俺たちの力を見せてやるんだ!」

 

「おおーーーっ!」

 

 光牙の下、士気も高く一つに纏まったA組の生徒たち。固い結束を見せる彼らだったが、その輪の中に入れないものも一人だけ存在した。その唯一の生徒である勇は攻略に向かうA組のクラスメイトたちをすり抜けて教室の外へと向かう。

 

「あ……!」

 

 途中、どこか気まずい雰囲気のマリアと目が合ったが、彼女が悲しそうに顔を伏せて勇の横を素通りするだけだった。先日の一件以降ずっとこの調子である彼女との関係に暗い気分を落としつつも勇は一人学校の昇降口へと向かう。

 

『……孤独だな。だが、君は間違ってはいないぞ』

 

「……マキシマか」

 

 制服のポケットから聞こえてきた声にも驚かず、その相手の名を口に出来る位には今の勇は落ち着いていた。落ち込んでいるわけでも無い彼の様子を感じ取ったマキシマは少し意外そうな声を出す。

 

『除け者にされて気が滅入っているのでは無いかと思ったが……杞憂だった様だな』

 

「そうでもねえよ。やることがあるから自分を奮い立たせているだけだ」

 

『なるほど……やはり君は強く優しいな。君の考えを理解出来ぬ級友など捨て置けば良いものをそうしないのだから』

 

「………」

 

 自分が何をしようとしているか見透かした様な口振りのマキシマに対して若干の不快感を持ちながらも、勇は自分のことを理解してくれている存在が居る事に少しだけ感謝した。魔王に感謝するというのも変な話だが、今の孤独な勇にとっては優しさは何よりの薬であった。

 

 そんな彼に近づく男子が一人。親友である謙哉が勇の姿を見つけて駆け寄って来たのだ。いつもと変わらぬ笑顔を浮かべながら謙哉は勇に午後の予定を尋ねる。

 

「おーい、勇! 何処かに行くの?」

 

「ああ、ちょっとな……お前も来るか?」

 

「そうだね。僕も暇してるし、一緒に行こうかな」

 

「おう、んじゃあ行くか!」

 

 理解者は少ないが確かに存在する。その事に少しだけ救われた気分になった勇は、謙哉と共に目的地へと歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここって……!?」

 

「ああ、昨日の内に住所を調べといたんだよ」

 

 一時間ほど後、勇と謙哉はとある場所に到着した。目の前の大きな建物を見ながら謙哉は冷や汗を流す。

 

 立派な作りである建物だが、随所に凹みや大きな傷跡が見える。血の跡と思わしき黒ずんだ壁の染みを見た謙哉は、自分もあの染みの様な跡をつける目に遭いません様にと心の中で祈った。

 

 私立戦国学園……大文字や光圀が通う不良校へとやって来た勇は、この学園が放つ一種の威圧感も気にせずに悠々と中に入って行く。

 

「あん……?」

 

「おう……?」

 

 戦国学園の生徒からしてみれば他校の生徒である二人は大分目立つ存在だ。札付きの悪である彼らに睨まれれば普通の人間ならば縮み上がってしまうだろう。

 

 しかし、そこは日頃エネミーと言う怪物と戦っている二人である。謙哉は多少萎縮している面が見受けられたが、それでも普通に行動できるほどの度胸を二人は持ち合わせていた。

 

「ね、ねえ、勇! ここに何しに来たの?」

 

「ん? ……そういや言って無かったな。実は……」

 

 周囲の生徒たちが自分たちを見ていると言う状況にいたたまれなくなった謙哉のその質問に勇が答えようとした時だった。すぐ近くにあった窓ガラスが割れると同時に人が飛び出してきたのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁっっ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

 その急すぎる出来事と飛び出して来た男子が頭から血を流している事に気がついた謙哉が驚きながらも彼の安否を確かめる。その生徒が気を失っているようだが息をしている事に気がついた謙哉は安心するが、次に気になるのは何故こんなことが起きたのかである。

 

「……ったく、ボケが! 俺に挑むんならもっと強くなってからにせえ! 無駄な時間を使っちまったやないか!」

 

 その答えとも言える声が割れた窓ガラスの向こうから聞こえてくることに気がついた二人は、同時に視線を声のした方向に向ける。そこには、見慣れた革ジャンを身に纏い、サングラスをかけた男の姿があった。

 

「お……!? そこにおんのは勇ちゃんと謙哉ちゃんやないか! 遊びに来たんか!?」

 

「ああ、まあ、そんなところだ」

 

 二人の姿に気がついたその生徒……真殿光圀は笑顔を浮かべて二人に話しかける。足元に血まみれの男が転がっていると言う異質な状況でありながらも勇もまたその挨拶に平然と応えた。

 

「ほうかほうか! そんならこんなとこで立ち話してないでこっち来ぃや!」

 

「ああ、そうさせて貰うぜ……ところで、こいつほっといて大丈夫なのか?」

 

「かまへん、死んでなきゃ自分でどうにかするやろ」

 

「そ、そんな無茶苦茶な……!?」

 

「その無茶苦茶なのがこの戦国学園や、俺はそういう所が好きなんやで!」

 

 唖然とした謙哉の言葉に対し、光圀は笑顔を見せながら堂々と胸を張ってそう言う。責任もへったくれも無いその言葉に、勇と謙哉は顔を見合わせて苦笑いするほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで……俺になんか用なんやろ? 勇ちゃんがただここに遊びに来るわけが無い事くらいわかっとるわ」

 

「察しが良いな。お前に頼みがあって来たんだよ」

 

「頼み……? なんや、言うてみい」

 

 上機嫌に笑いながら勇の言葉を待つ光圀。勇はそんな彼の目を真っ直ぐに見ながら、彼に対する頼みを口にした。

 

「……俺たち虹彩学園の攻略班がガグマと戦っている間、現実世界の防衛を任せたい。お前にしか頼めないことなんだ」

 

「ほぅ……詳しく聞かせてくれや」

 

 笑い顔はそのままに、光圀は真剣な口振りで勇に頼みの詳細を説明する事を求める。勇もまた真剣な顔つきで話を続けた。

 

「……近いうちに光牙たちはガグマとの決戦を迎えるつもりだ。それが良いか悪いかは別として、俺たちがその際に気をつけなきゃならないのは、ガグマたちが手薄になった現実世界に攻撃を仕掛けてくるってことだ」

 

「なるほど、入れ違いになる可能性を考えてるんやな?」

 

「虹彩、薔薇園の戦力をソサエティに閉じ込めている間に現実世界を攻撃する……ありえなくない可能性だろ?」

 

「確かにな……そやけど勇ちゃん、そしたら勇ちゃんが残れば良いやんけ。一人で不安なら謙哉ちゃんも残せばええ。何で俺に頼むんや?」

 

「……俺は光牙たちと一緒に行かなきゃいけねえ。恐らくの話だが……今の俺たちじゃガグマに勝てねえ。負けた時の撤退戦では、俺と謙哉の力が必要になるはずだ。犠牲を出さないためにも、俺たちが残るわけにはいかねえ」

 

 至極もっともな光圀の意見に対してそう答える勇。その言葉を聞いた光圀はしたり顔で頷くと椅子にどっかりと座り直した。

 

「つまり、勇ちゃんは負け戦の尻拭いに行くから残る事はできへん。せやからその役目を俺に押し付けに来たってわけか」

 

「……ま、そう言う事になるな」

 

 あっけらかんと返事をした勇は光圀から視線を逸らして近くにあるベンチへと座った。話したせいで乾いた喉を水で潤す彼を見る謙哉は、勇の本当の狙いが分かっていた。

 

(きっと勇は、この前マリアさんに言われた事を気にしているんだ……)

 

 数日前の繁華街での一件、人通りの多い場所で起きたエネミー襲撃事件で勇とマリアの溝は決定的なものとなった。

 

 これ以上、現実世界に被害を出さない為にも魔王の攻略を急ぐ………マリアの意見も間違ってはいない。何の罪も無く、戦う力の無い人々を思うその思いは、優しい彼女の性格を良く現したものだ。

 

 勇はそんな彼女の思いを理解し、出来る限りの準備をしようとしているのだ。もしもの可能性に備えて現実世界に盾を用意しておき、ガグマたちの侵略を抑える為の準備。その役目を担える人物として光圀を選び、彼に依頼をしに来た。

 

(……でも、辛い所だよな。この事を誰かに言うわけにもいかないし……)

 

 謙哉の思うとおりだった。もしも勇がガグマ攻略の準備をしていると知ったら、光牙たちは何の迷いも無く計画を進めてしまうだろう。勇はあくまで決戦に対しては反対派であり、今している事は念のための準備なのだ。

 

 だから言う訳にはいかない。この事を一番望んでいるであろうマリアにも言ってはならない。彼女がこの事を知れば間違いなく光牙に報告してしまうからだ。

 

 手柄を誇ることも出来ず、仲間はずれにされた状態を維持し続けるほか無い勇。だが、彼はそんな状況でも友達の事を思って行動している。謙哉はその事に衝撃を覚えながら勇の事を見ていた。

 

「……辛いとこやな、勇ちゃん。群れとるとそう言うめんどい事があってかなわん。そんなの俺は絶対にごめんやで」

 

 光圀もまた勇の状況を察したのかおどけた様にして彼に声をかけた。その言葉に軽くため息をつきながら勇は問う。

 

「んで……どうなんだ? 頼みを聞いてくれんのか?」

 

「あ? それなんやけどな……もう、わかっとるやろ?」

 

 そう言った光圀が獰猛な笑みを見せる。その笑みを見た勇もまた楽しそうな笑みを浮かべると、お互い同時に立ち上がった。

 

「俺に言うこと聞かせたいなら……俺に勝って無理にでも聞かせてみせや!」

 

「そう来ると思ったよ……まあ、俺もいい加減にあの日の決着をつけたいと思ってたんだけどよ!」

 

 意見の一致、相対するのは未だに決着のついていない好敵手。とくれば、する事は一つしかない。

 

「ほな、勝負といこか!」

 

「ああ、上等だぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦国学園、修練場………ただっ広いその場所で向かい合って戦いの構えを取る男が二人。そのどちらもが楽しそうな笑みを浮かべている事までが共通しており、戦いへの期待と高揚感を隠せないでいた。

 

「準備はええか、勇ちゃん!」

 

「ああ、いつでもOKだ!」

 

 互いに声を掛け合った後でドライバーを構える。鋭く、それでいて子供の様な輝く目をした二人は、同時にドライバーにカードを通した。

 

「「変身っっ!」」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

<キラー! 切る! 斬る! KILL・KILL・KILL!>

 

 ディスティニー・サムライフォームと蛇鬼、初めて戦った時と同じ姿になった二人は武器を構える。勇は二刀流モードにしたディスティニーエッジ、光圀は愛用の妖刀・血濡れを手にすると、一気に距離を詰めて激しい剣戟を繰り広げ始めた。

 

「うっしゃぁぁっ!」

 

「きえぇぇぇあぁぁぁっ!」

 

 勇と光圀による激しい戦い。合計三本の刀が乱れ舞う戦いの中で有利なのは、以前の戦い同様勇だった。

 

「ふっ、おらぁっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 光圀の繰り出した一撃を右手の刀で止め、左手の刀で反撃に移る。それをなんとか防いだ光圀だったが、今度は先ほど防御に使われていたはずの右の刀が攻撃を繰り出してきた。

 

「がぁっっ!?」

 

 無防備な胴体に直撃しそうになるそれを何とかバックステップでかわす。しかし完全には避け切れず、刀の切っ先が蛇鬼の鎧を火花を舞い散らせながら切り裂いて行った。

 

「くかか……! やっぱやるのぉ、勇ちゃん。そやけど、俺も前と同じ手でやられるほど甘くはないで!」

 

<連!>

 

 劣勢に追い込まれた光圀だったが、それすらも楽しむ素振りを見せるとホルスターからカードを取り出した。それを妖刀・血濡れへと使用すると紫色の光が刀を包む。

 

「さぁ、こっからやでぇっ!」

 

 叫びを上げながら突っ込んでくる光圀を迎え撃つ勇。しかし、その攻撃は先ほどよりも苛烈を極めていた。

 

 斬撃速度上昇のカードを使った光圀。そのカードの効果は覿面で、勇が二本の刀で防御しても間に合わないほどの攻撃を繰り出せるようになっていた。

 

 元々攻め全振りの戦いを展開する光圀と抜群の相性を誇るカードの登場に勇は一転して劣勢に追い込まれていく。ぎりぎりで光圀の攻撃を捌いて反撃の隙を見つけ出そうとするも、彼ほどの強者を相手にそれをするのは非常に難しいことであった。

 

「どないしたんや!? そんなもんか、勇ちゃん!?」

 

「うるせえ、すぐに巻き返してやっから見てろよ!」

 

 何人にも割り込む事の出来ない本気の戦い。真剣勝負そのものであるそれを繰り広げながら、二人は仮面の下で楽しそうに笑っていた。

 

 厄介なしがらみも心を縛る鎖も無い、ただ目の前の相手と全力でぶつかりあうだけの純粋な勝負。対するは以前の戦いで力を認めながらも決着をつけることが適わなかった相手。これを楽しまない道理など存在しないだろう。

 

 互いの攻撃をかわし、刀同士をぶつけ合い、全力で行う鍔迫り合いの楽しさは二人に最高の時間を与えてくれていた。火花を散らせながら刀を振るう二人は勝利を求めて貪欲に戦い続ける。

 

 相手が憎い訳でも勝たなければならない理由があるわけでもない。強さを認めた相手だから、ライバルだから絶対に負けたく無い、ただそれだけだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 

「なにぃっっ!?」

 

 鋭い連撃を繰り出した光圀に対して、勇は防御を捨てて二本の刀で同時に攻撃に出ると言う手段を取った。その行動に面食らった光圀だったが、負けじと攻撃に全力を注いで刀を振り抜く。

 

「ぐうっっ!」

 

「がぁっ!」

 

 互いの体にぶち当たる刀、同時によろめき後退する両者。痛みを感じながらも楽しげに笑った二人は、もう一度武器を構えた。

 

「楽しいのぉ、勇ちゃん! こうしてずっと戦ってたい位や!」

 

「奇遇だな、俺もだよ! だが……」

 

「ああ、そやな……そろそろ白黒つけよか!」

 

 二人が構える刀に光が灯る。ディスティニーエッジには黒と紅の光が、妖刀・血濡れには紫色の光が灯り、刀身を包んでいく。

 

 戦いの決着をつけるべく全霊の技を繰り出そうとする二人の間には緊張感と共に相手に対する敬意が感じられた。勝っても負けても悔いは無い、しかし絶対に勝ちたい。矛盾した様でいて理に適っているこの考えを一言で現すならば「意地」だろう。意地の張り合いと戦いを楽しむ両者は刀の柄を強く握り締めると、同時に相手目掛けて駆け出した。

 

<必殺技発動! テンペストオブエッジ!>

 

<必殺技発動! 血風・五月雨斬り!>

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 

「でぇりゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 発動する必殺技、巻き起こる刃の旋風。凄まじい衝撃を放ちながらぶつかり合う二人は刀を振るう腕に力を込めて相手を押し切ろうとする。

 

「まだや! まだまだぁっ!」

 

「もっとだ! もっと、俺は……っ!」

 

 勝利への執念を曝け出してぶつかる二人を爆発が包む。強力な技同士のぶつかり合いに空気が耐え切れず、振動を起こしたのだ。

 

 最後の最後まで相手を倒すことだけを考えて突き進む二人はその爆発に飲み込まれ、そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、くっそ! 勝てなかった!」

 

 戦国学園の校門前を歩きながら勇が悔しそうに叫ぶ。だが、口ぶりに反してその表情には清々しさを感じさせるものがあった。

 

「でも良かったじゃない! 負けてもないし、光圀さんも勇の頼みを受けてくれることになったしさ!」

 

「それはそうだけどよ。やっぱ勝ちたかったんだよなぁ……」

 

 久方ぶりの光圀との勝負は引き分けに終わった。必殺技のぶつかり合いで起きた衝撃の余波によって変身を解除されることになったからだ。

 

 全力を出して戦って勝てなかったのならば仕方がない。そう素直に思えはするものの、やっぱりどこか勝ちたいと願っていたことは本当だった。

 

「……ちくしょう、次は絶対に勝ってやるからな!」

 

「あはは、まだやるつもりなんだ」

 

「当然だ! 引き分けいつか絶対に決着をつけてやるぜ!」

 

 ぼろぼろの体を謙哉に支えられながら宣言する勇。謙哉もまたそんな彼のことを困ったような、それでいて楽しげな目で見ている。

 

 とにもかくにも目的を達成できた二人は、橙色に染まった空の下で仲良く並んで帰路について行った。遠く伸びる二人の影を戦国学園の屋上から見つめていた光圀は、今日の心躍る戦いを思い出して満足気な笑みを浮かべていたが、はたと何かを思いついてしまったと言う様な表情を見せる。

 

「しもた、勇ちゃんのお願いを断っときゃまた戦えたやんけ!」

 

 惜しいことをしたと口では言いながらもそんなことを言うつもりは毛頭無い。食事と一緒だ、どんなに美味い料理も何度も食べていたら飽きが来る。

 

 思い出した時に、戦いへの飢えが高まった時にまたやり合えば良い。たまにしか戦えないからこそその決闘は何よりも楽しめるものになると言うものだ。

 

「さて、明日から忙しくなるの……」

 

 勇同様にぼろぼろになった体を引きずりながら、光圀は一言だけ呟きを残すと屋上のドアを開けて校舎の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、勇は結構上機嫌で登校した。A組ではまた空気の様に扱われるのだろうが、元々扱いが悪かったのでそこまで気にはならない。むしろ前日の光圀との戦いの高揚感を胸にしたままの彼はそんなことを気にせずにいた。

 

 だが、勇が教室に入った瞬間にクラスメイトたちが一斉に自分の方向を見て来た時には流石に驚いた。しかも何だか睨む様な視線である。

 

「……おいおい、何だよ? そんな恐い顔するなって」

 

 理由はわからないが自分はクラスメイトたちから敵視されている。まさかガグマとの決戦に反対したからと言ってここまでの扱いを受ける言われは無いだろう。

 

 一体何が原因なのか? その答えは大股で自分へと近づいてきた櫂が教えてくれた。

 

「てめえ、昨日戦国学園に行ったらしいな? 一体何をしてきやがった!?」

 

「はぁ? それが何だってんだよ?」

 

 昨日の自分の行動を何故彼らが知っているのかと言う疑問が生まれたが、それ以上にそのことで何故櫂たちがこんなにも怒りを露にしているのかがわからない勇。そんな彼に対して櫂が口にしたのは思いもしない内容だった。

 

「当ててやろうか? お前、俺たちのことを戦国学園に売ろうとしてんだろ!?」

 

「はぁっ!?」

 

 予想外、と言うよりも考えもしなかった事に関する容疑をかけられている事に驚きの声を上げる勇。そんな彼に対して櫂は鼻息も荒く詰め寄る。

 

「俺たちと意見が合わないからって戦国学園に鞍替えするつもりか? 流石転校生様はやる事が違うぜ!」

 

「おいおい……何わけの分からないことを言ってんだよ? 俺はそんな事してねえっての」

 

「嘘をつくんじゃねえ! だったら何で戦国学園に行ったんだよ!?」

 

 何の証拠も無いと言うのにこの言われ様、流石の勇も怒りを通り越して呆れを感じてしまう。しかし、周りのクラスメイトたちが櫂と同様の怒りと疑惑を孕んだ目で自分を見ている事に気がつくと表情を曇らせる。

 

 櫂だけではない、光牙も真美も勇の事を険しい表情で見ている。この場にいる全員が勇の事を疑っているのだろう。

 

(……ったく、そこまで信用無いのかよ)

 

 唯一の救いはこの場にマリアが居ない事だろう。彼女にまでこんな視線を向けられたら完璧に心が折れていたなと勇は自嘲気味に笑った。

 

「龍堂! てめえ、何がおかしいっ!?」

 

「ぐっっ!」

 

 勇の浮かべたその笑みが気に入らなかったのであろう。櫂が激高すると同時にその太い腕を振り抜いて勇の頬を殴った。鈍い痛みを感じながら派手に吹き飛んだ勇は、背後にあった机をなぎ倒しながら教室の床に倒れこむ。

 

「答えやがれ、お前は昨日、何をしてやがった!?」

 

「……何って、お前たちに仲間外れにされたから光圀に会いに行ったんだよ。腕が鈍っちゃいけないからな」

 

「訓練だったらソサエティでも出来るだろうが! 何でわざわざ戦国学園まで行ったんだって聞いてるんだよ!」

 

「だーかーら! 光圀に会いに行っただけだって言ってんだろ? それとも何か? 俺がお前たちを売ったと言わなきゃ気が済まねえのか?」

 

「ふざけやがって……!」

 

 眉間に青筋を立てた櫂が再び勇を殴る。先ほど殴られた頬とは反対側を殴られた勇は今度は覚悟をしていたために吹き飛ぶような事はなかったが、それでも二、三歩後ろによろめくことは避けられなかった。

 

「……誰もこの筋肉ダルマを止めないって事は、俺が悪いと決め付けられてるってわけだ? 俺もずいぶんと嫌われたもんだな」

 

 再び自嘲気味に笑った勇だったが、内心では深く傷ついていた。転校して来た時から余所者扱いされていたことは分かっていた。それでも、自分とA組の生徒たちは一緒に戦う仲間だと、友達だと思っていた。

 

 だが、実際はこれだ。ちょっとしたすれ違いからありもしない疑いをかけられ、誰も自分の話を信じてくれないまでに嫌われていると知った勇は歯を食いしばって心の痛みに耐える。

 

「………」

 

 その途中、光牙と目が合った。彼も勇の事を見つめていた。

 

 光牙の目には勇を見下した様な色があった。いつものリーダー然とした彼の目には映らないはずのその感情を初めて見て取った勇は彼に対して危機感を持つ。

 

(ああ、そうか……こいつ、自分が間違ってるって欠片も思ってねえんだ……)

 

 自分は正しい事をしているから罪悪感を感じない。光牙にとって勇は自分たちを裏切った悪であり、櫂はそれを裁いているに過ぎないのだ。

 

 彼がそう思ってしまうのは、光牙だけが悪いわけでは無かった。周りの誰も彼を止めないから、誰も彼の間違いを指摘しないから、光牙は自分の失敗に気がつけないのだ。

 

 誰かが……いや、自分が止めなくてはならない。光牙が取り返しのつかない失敗をする前に……そう思った勇が彼に向けて口を開こうとした時だった。

 

「なに光牙を睨んでやがるっ! 自分のした事を棚に上げやがって!」

 

「がはっ!?」

 

 ボディに叩き込まれた大きな拳の衝撃で呻き声がもれる。まったく予期していなかった一撃を受けた勇はその場に膝から崩れ落ちた。

 

「てめえの事は前から気に入らなかったんだ。いつか何かをやらかすと思ってたぜ!」

 

「ぐっ……!」

 

 櫂は勇の胸倉を掴んで無理やり立たせると拳を振り上げる。何度目か分からない暴力を受ける事を覚悟して勇が目を瞑った時だった。

 

「がっ!?」

 

 突然、自分を掴んでいた櫂の手が離れた。代わりに肩を支える様にして誰かの手が勇を掴む。驚いて目を開けた勇が見たのは、床に倒れている櫂と自分を支えてくれている謙哉の姿だった。

 

「謙哉……!?」

 

「……君たち、何やってるんだい?」

 

 静かにクラスメイトたちに問いかける親友の口調には確かな怒りが篭っていた。櫂の様に激しく燃え上がる炎というよりか、青い炎が徐々にその温度を上げていく様な怒りの表し方にとてつもないプレッシャーを感じる一同に対し、謙哉は再び口を開く。

 

「こんな真似して恥ずかしくないのかい? 城田くんも自分が何をしているのか分かっているの?」

 

「うるせえ! D組のお前は部外者だ! 何もわからねえ癖に口出ししてくんじゃねえ!」

 

 怒りの対象を勇から謙哉に変えた櫂が詰め寄ってくる。今度は謙哉を掴もうとしたその手は彼を掴むことなく謙哉によって捻り上げられた。

 

「ぐうっ!?」

 

「……分かりたくも無いさ。無抵抗の相手に暴力を振るう様な奴の気持ちも、それを黙って見てる人たちの気持ちもね!」

 

 櫂の手を振り払った謙哉が勇を支えながら教室を出て行く。扉に手をかけ、それを開いた後、謙哉は最後に教室にいる全員に聞こえる声でこう言った。

 

「……僕は君たちを心の底から軽蔑する。そして、僕の友達を傷つけた事は絶対に許さない……絶対にだ」

 

 その言葉を残して謙哉は去って行った。教室に残った生徒たちはその言葉に圧され、ただ黙ってその背中を見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪ぃ、謙哉。手間かけさせたな」

 

「何言ってるの! そんな事言ってる場合じゃ無いよ!」

 

 保健室に向かう道すがら、勇は小さく謙哉に詫びた。優しい親友は勇の謝罪の言葉に対して憤慨した声をあげる。

 

「A組の皆はおかしいよ! 白峯くんも城田くんも……ううん、全員が異常だ。こんな事許されるわけが無い」

 

「止せよ、あいつらも神経が過敏になってるだけさ。俺が嫌われてるのは元からだっただろ?」

 

「でも……!」

 

「……勇さん?」

 

 A組の生徒たちを庇う言葉を口にし続ける勇に謙哉が何かを言い返そうとした時だった。廊下の向かい側からマリアが姿を現したのだ。

 

「ど、どうしたんですか、その怪我!? い、一体何が……?」

 

「マリアさん、実は……」

 

 ただならぬ様子の勇を見たマリアが慌てた口調で勇に問い掛ける。彼の事を心配しているその様子を見て取った後、謙哉は先ほどの出来事を彼女に説明しようとしたが……

 

「なんでもねえよ。ちょっと転んじまっただけだ」

 

「勇!?」

 

 勇はそんな謙哉の言葉を遮るとマリアに真実を告げずに嘘をついた。その行動に驚いた謙哉が彼を責めようとするも、勇はそれを制して保健室へと歩き出す。

 

「ほんとに何でもねえからよ。そんな心配するなって、な?」

 

「あっ……!?」

 

 笑顔を見せて自分から遠ざかって行く勇の事を見送るマリア。彼女の視線を背にしながら謙哉が勇に追いつくと早い口調でまくし立てる。

 

「勇! なんでマリアさんに本当の事を言わなかったんだ!? さっきの事を言えば彼女だって勇の味方に……」

 

「……良いんだよ謙哉。今、余計な事をしてチームの結束にひびを入れるわけにはいかない。ガグマとの決戦を前にしてチームがバラバラなんて最悪の状態じゃあ、敗北どころか全滅もありえるからな」

 

「っっ……!?」

 

「……水無月にも言うなよ。あいつに言ったら葉月どころか薔薇園全体に話が広まっちまうからな」

 

 そう言って歩き出した勇の背を見ながら謙哉は歯がゆさを感じていた。誰よりも友達の事を思い、行動する彼が何故ここまで理解されない事が何よりも悔しかった。

 

「勇……君が皆を率いるべきなんだ……君こそが、真に勇者に相応しい人間だと言うのに……!」

 

 ぼろぼろで孤独な勇の背中、しかし、謙哉にはその背中がとても大きく見えた。

 

 とても大きく、広い勇の全てを誰もが一部しか見ることが出来ないから理解されない。大きすぎる故に孤独である彼の横にせめて自分だけは寄り添おうと決めた彼は、よろよろと歩く勇の肩を支えて再び歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……彼女に悲劇が舞い降りるまであと14日

 

 

 

 


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