仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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不協和音

 

「ガグマとの決戦、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 虹彩学園の会議室では、今後の活動方針を決める作戦会議が行われていた。部屋の前方では光牙が緊張した面持ちで自分の考えを話している。

 

「以前話した通り、俺たちはガグマとの戦いに向けて十分な力がついてきたと思う。そして今、俺たちはガグマの勢力を攻め、その戦力を殺ぐ事に成功している。この勢いに乗って、俺はガグマとの最終決戦に挑みたいと考えているんだ!」

 

 ぐっと拳を握り締め、叫ぶ様にして集うメンバーに語りかける光牙。そんな彼の言葉に真っ先に同調したのは櫂だった。

 

「おう! やってやろうぜ、光牙!」

 

 席から立ち上がり、興奮した口調で光牙の意見を盛り上げる様にして同意を示す。それに続いて、やよいと葉月もそれぞれの意見を述べた。

 

「つ、ついにその時がやってきたんですね……!」

 

「魔王との最終決戦かー! なんかこう、燃えるものがあるよね!」

 

 彼女たちもまた自分の意見に同意してくれているのだと理解した光牙は笑みをこぼすと後ろを振り向く。そこにいるマリアと真美へと頷くと再び集まっているメンバーの目を見ながら演説を再開した。

 

「まだガグマと戦う算段がついているわけでは無い。でも俺は、機会を見つけ次第最終決戦に挑むつもりだ! 皆もその覚悟を決めておいてくれ!」

 

 強い口調で堂々とそう言い切った光牙に数多の視線が注がれる。尊敬と羨望が込められた視線を浴び、自分が彼らの目に勇者らしく映っていることを誇らしく思っていた光牙だったが……

 

「……反対だ、まだ早すぎる」

 

 会議室の一角から放たれたその言葉を受けた光牙は彼の顔を見る。反対意見を口にした勇もまた、光牙のことをまっすぐに見つめ返しながら自分の意見を伝える。

 

「光牙、事が急すぎるぜ! そんなに急いでも良い事はなにも無い、もっと慎重になるべきだ!」

 

「逆だよ龍堂くん、敵の戦力と体勢を崩せている今だからこそ迅速に攻撃を続けるべきなんだ! 敵に休ませる暇を与えてはならない!」

 

「そうだぜ! 魔人柱たちも数を減らして来ている今の機会を逃す手はないだろ!」

 

「時間をかけるとまた魔人柱たちが復活するかもしれませんし……」

 

「なにより、乗ってる時にガンガン攻めちゃった方が良いんじゃないの?」

 

 反対意見を口にした勇に対し、櫂たち決戦派の生徒たちのこうすべきだと言う意見が飛んだ。1対4の状況に加えて黙っているマリアと真美も光牙に賛成している立場なのだ。勇に味方する者はいないと考えられたが、黙っていた謙哉と玲が彼を援護する様にして口を開く。

 

「待ってよ、僕も勇と同意見だ。まだまだ不確定要素が多すぎる、それを解決しないで決戦を挑むのは危険だよ」

 

「勢いに乗っているって言うのは、言い換えると足元をすくわれやすくなっているって事よ。大きな戦いを前にした時ほどクールになるべきなんじゃなくて?」

 

「日和見してる暇はねえ! 敵を叩き潰す機会をみすみす逃すつもりかよ!?」

 

「今勝っているからって次の戦いに勝てるって保障は無いんだ。皆、冷静になれよ!」 

 

 ガグマとの決戦に賛成派と反対派の二つの派閥に分かれて討論しあうライダー達。会議室の中には不穏な空気が立ち込めていた。

 

「せっかく減らした魔人柱を復活でもされたらまた攻略はやり直しだ! そのことをわかってんのか!?」

 

「一度倒した敵だ、相手の能力はわかっているんだから対策もしやすい。それよりも忘れてないか? まだ俺達が見た事の無い相手が残っているんだぜ?」

 

「……憤怒の魔人は姿を見せて無いわ。どんな能力をもっていて、どれほどまでの強さを誇っているのかもわかっていないのよ」

 

「まだまだわからないことが多すぎるよ。もっと情報を集めて作戦を練ろう、それからガグマとの決戦に挑んでも遅くはないはずさ」

 

 勇、謙哉、玲の意見は変わらなそうだ。これ以上話しても無意味だろうと考えた光牙は溜め息をつくと三人を見ながら言った。

 

「……君達の意見はわかった。でも、俺もこの意見を変えるつもりは無い。だから……三人にはよく考えて欲しいんだ」

 

「考えて欲しいのはこっちの方だ。なあ光牙、お前のその決断が本当に正しいのか良く考えてくれ!」

 

「……俺が間違っているって言いたいのか?」

 

 勇の言葉に話し合いが始まって初めて不機嫌さを露わにした光牙が彼を睨む。ピリピリとした緊張感が集まった面々を包む中、先に口を開いたのは光牙だった。

 

「……そこまで言うのなら仕方が無い。間違った意見の俺についてくるのも嫌だろう? 龍堂くん、君は攻略メンバーから外れて貰ってもかまわないよ」

 

「えっ!?」

 

「……わかった。俺は一度抜けさせてもらうぜ」

 

 リーダー直々の脱退勧告を受けた勇は悲しそうな顔を見せてから会議室を後にした。マリアはそんな勇と光牙を交互に見ながらどうすれば良いのかわからないでいる。

 

「虎牙くんと水無月さんも不満があるなら抜けて貰っても構わないよ。ガグマの攻略は残ったメンバーで行う」

 

「……白峯くん、君は本気で勇を追い出すつもりなの? 強敵との決戦を前にして、こんなガタガタのチームワークで大丈夫だと本気で思っているの?」

 

「同じビジョンを持った人間が集まったなら、その結束は強固なものになる。俺は皆と違う方向を見ている人間を排除したに過ぎないよ」

 

「……そう、わかったよ」

 

 光牙の言葉を聞いた謙哉がぐっと拳を握り締める。諦めの感情が浮かぶ表情で光牙の意見を受け止めると、彼をまっすぐに見ながら言った。

 

「僕は君のやり方は好きになれない。自分の意見以外は認めないってやり方、勇はしなかった。みんなが違ってそれで良いって言ってくれる勇の方が僕は好きだ」

 

「なら、彼に着いて行くと良い。止めはしないよ」

 

「……そうさせてもらうよ」

 

 勇に続いて部屋を出て行く謙哉、反対派の中で唯一残った玲もまた不機嫌そうな表情を浮かべている。そんな彼女をからかう様にして櫂が口を開いた。

 

「旦那は出て行っちまったぜ、お前はどうするんだよ?」

 

「……黙りなさいよ、金魚の糞。アンタ、性格も頭も悪いのね」

 

「んなっ!?」

 

 バッサリと櫂を切り捨てて部屋の出口へと向かう玲。ドアノブに手を伸ばした彼女はそこで動きを止めると振り返って友人達に目を向ける。

 

「やよい、葉月……あなたたちも良く考えて頂戴。こんな風にバラバラになっているのに本当に決戦を挑むつもりなの? 私は、今の状況じゃどう足掻いたって勝てるとは思えないわ」

 

「玲ちゃん……」

 

 親友達に忠告を残した玲もまた部屋から出て行く。残ったメンバーが寂しさと後味の悪さを感じていると、それを払拭する様にして光牙が全員に号令をかけた。

 

「……龍堂くんたちが考え直してくれるまでこのメンバーで戦うことになる。ガグマと戦うと強く決心したこのメンバーなら奴にも勝てると俺は信じている。だから、その為の戦術と作戦を磨いていこうじゃないか」

 

「三人が居なくなったのは痛いけど、戦力としては十分なものが揃っているわ。まずはこのメンバーの戦闘能力を高めましょう」

 

「へっ! あいつらが居なくたって何の問題も無いってことを教えてやるぜ!」

 

(……これで、本当に良いんでしょうか……?)

 

 どこか強がりにも聞こえる光牙たちの言葉を聞きながら、マリアは初めて友人達の言葉に不安感を覚えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わりぃな、謙哉。俺のせいでお前まで攻略班から追い出されちまった」

 

「ううん、僕は自分でチームを抜けることを選んだんだよ。勇が引け目を感じる必要は無いって!」

 

 繁華街近くの公園、人通りがまばらなそこで勇と謙哉は話をしていた。会議から数十分の時間を空けて待ち合わせをした二人は、缶ジュースを片手に現状の確認をしている。

 

「……光牙の意見が間違っていると思ってるわけじゃねえんだ。けどよ……」

 

「わかるよ、あまりにも急すぎる……迅速な行動は賞賛すべきところだと思うけど、早すぎるのも問題だよね」

 

 自分の意見に同意してくれる謙哉に頷く。そうした後、勇は頬を掻きながらマリアの事を思った。

 

(……止めてくんなかったな。今まで光牙もマリアも俺がA組から追い出されそうになった時は庇ってくれたのになあ)

 

 光牙は少し変わっているところもあるが良い奴だと勇は思っていた。使命に燃え、世界の平和を願う勇者に相応しい男だと信じていた。

 

 そしてマリアには大きな信頼を寄せていた。自分の考えを理解して、彼女も自分に信頼を寄せてくれていると信じていたのだ。

 

 しかし……その二人が自分を要らない存在だと排除した事に勇はショックを受けていた。同時にあの二人がそこまでするのだから、間違っているのは自分なのでは無いかと不安にもなる。

 

「ああ、ちっくしょう!」

 

 空になった缶をゴミ箱に投げ捨てながら言いようのない不安もまたどこかに放り投げようとする勇。そんな彼の事を謙哉が不安そうな目で見ている。

 

「元気だしなよ。きっと皆もわかってくれるって」

 

「……ありがとな、謙哉」

 

 ぼそりと感謝の言葉を呟くと、頼れる親友は自分に対して笑顔を向けてくれた。味方をしてくれる人間が居ると言う事は本当に救われると思いながらベンチから立ち上がった勇は、先ほどまでの暗い考えを切り替える。

 

「うっし、今日はソサエティの事なんか忘れていっぱい楽しむぞーっ! って言うか、こっちの方が学生らしいことなんだよな!」

 

「あはは! 確かにそうだね」

 

 ようやっと明るい気分を取り戻した勇は履いてきたジーンズの尻を払いながら時間を確認した。時刻は3時過ぎ、放課後の高校生が遊ぶのに丁度良い時間だ。

 

「どこ行くかな~? 秋物の服を見に行くにはまだ早いしな~……」

 

「もう七月かぁ、早いもんだねぇ……」

 

「だな、考えてみれば戦いばっかで遊んでる暇が無かったからな。こんな日があっても良いだろ」

 

 謙哉の言葉に同意しながら、せっかくの機会を有意義に使おうと決めた勇はこの後どうしようかと考える。まあ、謙哉と二人ならば適当にぶらぶらするのも悪くないのだが、そう言ってられない理由もあるわけで……

 

「……お待たせ、遅くなって悪かったわね」

 

 勇がそこまで考えた時、その『理由』が待ちあわせ場所にやってきた。水色のTシャツに黒のミニスカートを合わせ、更に黒のハイソックスを履いている。胸元に輝くネックレスや帽子などの小物にもセンスが出ているなと思いながら、勇は彼女に手を振った。

 

「いやいや、あんま待ってねえよ。そんな気にすんな」

 

「そう、なら良いのだけれど」

 

 クールにそう言って帽子を被り直る玲。まさか現役アイドルとお出かけする日が来ようとは、人生何が起こるかわからないものである。

 

「……で、お二人さん? 何か無いのかしら?」

 

「へ……?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる玲をきょとんとした顔で見つめる謙哉。彼女の言っている意味がわからないのだろうと鈍い親友に心の中で苦笑を浮かべながら、勇は彼がどうするかを楽しむ事に決めた。

 

「何かって……なに?」

 

「……ふ~ん、へ~、ほ~……」

 

「……く、くくく……っ!」

 

「え? え? い、勇は水無月さんが何を言ってるかわかるの?」

 

 玲にジト目で睨まれて慌てる親友の姿が面白くてつい笑ってしまった勇。そんな彼に対して謙哉がこれまた慌てながら質問をしてくる。

 

 そろそろ意地悪もやめてやろうと思った勇は、玲が望んでいるであろう言葉を口にした。

 

「似合ってると思うぜ、可愛い可愛い」

 

「あ……!」

 

「……はい、合格。それに比べて……あなたって本当に鈍いのね」

 

「う、うぅ……ごめん……」

 

「謙哉はもうちょい女心を学んだ方が良いな。ウラタロスにも言われてたろ?」

 

「……うん、その忠告を受け止めるよ……」

 

 がっくりと肩を落とす親友とちょっと不満げに彼の事を見るアイドルの事を見比べた後、勇はニヤリと明るい笑みを浮かべた。二人の手を取って歩き出すと元気いっぱいに声を出す。

 

「さあ、除け者同士今日は楽しもうぜ! たまには息抜きしてもバチは当たらねえだろ」

 

「こうやって遊ぶのは初めてだしね。僕、結構楽しみだなあ!」

 

「……あんまり騒がないでね。バレたら厄介な事になるから」

 

 思い思いの言葉を口にしながらも表情は全員楽しげだ。三人は揃って歩きながら、今日はどこに行こうかと話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!? ちょ、待てっ! これ敵が多すぎ……どえぇっ!?」

 

 湧いてきた敵キャラクターの攻撃を受けてHPが0になる。GAMEOVERの文字が躍る画面を見ながら、勇は軽く舌打ちをした。

 

「難易度高すぎだろ……どうなってんだよ、これ?」

 

「ふふふ……ありがとね龍堂、あなたのおかげで大体のパターンはわかったわ」

 

「あっ! 水無月、卑怯だぞ!」

 

「なんとでもどうぞ。あなたはそこで私がゲームをクリアするのを見てなさい」

 

 クスリと笑いながら財布から100円玉を取り出した玲がそれを筐体に入れる。銃型コントローラーを手に取ると、それを大きな画面に向けた。

 

<バンバンシューティング!>

 

「くっそー……敵が無限湧きだなんて聞いてねえぞ……」

 

 バンバンシューティング………超高難易度のガンシューティングゲームであるそれのアーケード版が最近稼動したと聞いた勇たちは、興味本位でこれをプレイするためにゲームセンターにやって来ていた。プライベートでもゲームに関わるのかと苦笑したが、純粋に楽しめるのならば問題なしだ。

 

「これ、二人プレイも出来るのね……謙哉、あなたも一緒にやる?」

 

「え? でも僕、射撃苦手だよ?」

 

「構わないわよ。丁度良いハンデになるわ」

 

「えっと、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 玲の誘いに乗った謙哉は彼女の横にあるガンコンを取ると100円をゲーム機に挿入した。軽快な音楽と共にゲームが始まり、早速激しい銃撃戦が繰り広げられる。

 

「わっ!? ちょっ!? 敵が多すぎないっ!?」

 

「さっき龍堂がそう言ってたでしょ? 聞いてなかったの?」

 

「いやあ、僕あっちで『太鼓マスター響鬼』ってゲームやってたから……って、また来たぁっ!?」

 

 慌しく銃を構える謙哉と彼をフォローしながら的確に敵を倒していく玲、そんな二人は共通してとても楽しそうにゲームをプレイしている。

 

 はたから見ればカップルにしか見えないなと思いながら二人を見守っていた勇は、同時にゲームとはやっぱり楽しむためにあるものだとも考えていた。

 

 先ほど自分はゲームクリアに失敗してゲームオーバーになった。しかし、100円玉を消費しただけでそれ以外の損害はまるでない。ゲームなのだから当然なのだろうが、ソサエティと言う究極にリアルなゲーム空間を知っている勇にとっては、それは何だか不思議な事に思えた。

 

 ソサエティでの戦い……エネミーとの戦いは敗北は許されない。ゲームオーバー=死を意味するのだから当然だろう。

 

 あのもう一つの現実とも言えるゲームをクリアしないと世界に平和が戻る事は無い。数奇な運命を辿ったとはいえ、多少の危険は承知の上で勇も戦い続けてきた。きっとこの戦いは自分が虹彩学園を卒業するかソサエティを攻略し終えるまで続くのだろう。

 

 もしくは、自分が死ぬまでかだ。そう考えた勇は身震いした。改めて死と言う概念がすぐそこにある学園生活を送っていることに気がついたからだ。

 

 命は一つしかない。人生にコンティニューは無い。だからこそ、勇たちは慎重に戦いを続けなければならない……リスクを出来る限り排除しようとする自分の考えは決して間違っていないはずだと思いながら、勇は光牙たちの事が心配になった。

 

 なんと言うか、光牙たちは向こう見ずな感じがしてならない。今までソサエティを攻略するために努力を積んできた彼らは、もしかしたら勇の感じられないガグマに勝利できる確信があるのかもしれない。

 

 だが、それでも彼らの行動は危険すぎるとしか勇には思えなかった。同時に今、ソサエティで戦っている光牙たちは無事だろうかと思いを馳せる。

 

 こうして勇たちが遊んでいる間に彼らはピンチに陥ったりはしていないだろうか? 光牙や葉月、マリアは無事で居てくれるだろうか……?

 

(……もう少し話してみるべきだったかもな)

 

 魔王であるマキシマの話を聞いて、信用している仲間達の話をちゃんと聞かないと言うのもおかしな話だ。もう少し彼らの話を良く聞いて、自分の意見にも耳を貸して貰うべきだったかもしれないと反省する勇。

 

 

(明日、ちゃんと話をしてみるか……)

 

 櫂や真美は無理でもマリアや葉月なら自分の話に耳を傾けてくれるだろう。光牙だって悪い奴じゃない、本気で話をすればちゃんと応えてくれるはずだ。

 

「勇、見て見て! 初めてのゲームクリアの景品で商品券もらっちゃった!」

 

 と言う事を考えていた勇の耳に親友の声が聞こえてきた。顔を上げてみれば嬉しそうに手を振る謙哉と得意げな玲の姿が見える。

 

 良かったじゃないか……そう口にしようとした勇は、二人の表情が驚きに変わった事を見てその言葉を飲み込んだ。

 

 謙哉と玲は自分の後ろを見ている。そこにある何かに驚いているようだ。

 

 一体何なのだろうか? そう思いながら振り向いた勇もまた、彼らと同じ表情を浮かべる事になった。

 

「……マリア? なんでここに……?」

 

 振り向いた視線の先、自分の事を見ている少女の姿を見とめた勇は驚きと共に彼女に尋ねる。やや後ろめたさそうな表情をしたマリアは、勇に近づくと深く頭を下げた。

 

「あの、勇さん……すいません、でした。私、何も言えなくて、その……」

 

「お、おいおい、落ち着けよ。別に気にしちゃねえからよ」

 

 泣き出しそうな顔のマリアを慰めながらどうしたものかと思案する勇。そんな彼に対して、難しい表情をした玲が提案をしてきた。

 

「……しばらく二人になったらどう? 私と謙哉は席を外すから、ちゃんと話し合って来なさいよ」

 

「……おう、そうさせてもらうわ」

 

 玲の提案をありがたく受けさせて貰うと、勇はマリアの手を引いてゲームセンターの外へと歩き出す。確か近くに喫茶店があったなと思いあたった勇は、そこにマリアを連れて行こうと歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勇とマリアさん、大丈夫かな……?」

 

「信じてあげなさいよ。親友なんでしょ?」

 

「……うん」

 

 謙哉と玲もゲームセンターから出て繁華街をぶらぶらと歩いていた。二人の事は気になるが、ここは勇の事を信じるしかないだろう。

 

 勇からの連絡待ちとなった二人は、とりあえずバンバンシューティングの景品である1000円分の商品券を使ってしまおうと決めて色々な店を回っていたのであった。

 

「……こう考えてみると1000円って予算はなかなか難しいね」

 

「しかも二人でだから余計にね……一人頭500円の物ってそうそう無いわよ」

 

 予算内で買える物と言えば文房具かちょっとした小物か……そう考えた二人はその辺りの店を重点的に回って中を覗いてみる。買い物をしなくともただ店の中で面白そうなものを見つけてはしゃぐこの時間はとても楽しかった。

 

「なかなか決まらないね。もういっそクレープでも買って食べる?」

 

「そうね、その辺が妥当かしらね」

 

 結構な時間が過ぎたと思うがまだ商品券の使い道は決まらない。消え物になってしまうのは何だかもったいない気がするが、気軽に食べられるものでも買って食べてしまうのが一番良いのかもしれない。

 

「それじゃあお店を探そうか、きっと近くにあるよ」

 

 自分の横に並んで歩く謙哉の笑顔に玲は胸をときめかせる。さりげなく人ごみから自分を庇ってくれたりだとか、車道側は彼が歩くだとかの気遣いを嬉しく思いながら、やれば出来るのでは無いかと感心していた彼女はとある事に気がついた。

 

(……待って、これってデートじゃないの?)

 

 二人でお店を回り、クレープ片手にお喋りするなんて正に王道のデートだ。ドラマや少女マンガでお決まりのデートを今、自分がしている事に気がついた玲は顔を真っ赤にした。

 

「……水無月さん、どうかした?」

 

「へっ!?」

 

 どうやら衝撃のあまり自分の足は止まっていたらしい。いきなり立ち止まった玲の事を心配してくれた謙哉に対して、玲は間抜けな声を上げてしまった。

 

「……もしかして疲れちゃった? 最近暑くなってきたし、日が沈んで来たとは言え体力持っていかれるよね」

 

「え、ええ! そうよね!」

 

 どうやら謙哉は真っ赤になった玲の顔を見て勘違いをしてくれたらしい。いつもは少し恨めしい彼の鈍さに感謝しながら、玲は必死に自分を落ち着かせようとした。

 

(落ち着きなさい私、冷静になるのよ。大丈夫、普通にしてれば良いのよ!)

 

 困った様に笑う謙哉を見ていると悔しくなる。自分だけが意識している事が悔しくて恨めしくて仕方が無い。

 

 でも、どこかこの胸の高鳴りも心地良く感じてしまうのだなと思えばまた心臓が騒ぎ始めてしまう。余計な事に感づいてしまった自分自身に若干苛立ちながらなんとか立ち止まっている理由を見つけようとしていると……

 

「あっ!」

 

「ん? どうしたの? ……おや、これは……」

 

 振り向いた先にあったポスターを見つめる二人。小さなカードショップであるその店のガラスに貼ってあるポスターには、「ディスティニーカードSPブースター本日発売!」の文字が書かれていた。

 

「人気のカードグループである<騎士サガ>と<歌姫ディーヴァ>のサポートカードを多数収録したスペシャルパック……」

 

「一パック15枚入り、税込み500円で販売……」

 

 ポスターに書かれていた文字を音読した後で顔を見合わせる。もはや運命だとしか思えない組み合わせに噴き出した二人は、その店の中に入って商品券でカードパックを2つ購入した。

 

「偶然にしては出来すぎだと思わない?」

 

「本当だね! でも、商品券の良い使い道があって良かったよ!」

 

 驚くほどの偶然に笑いながら近くのベンチに座った二人は、早速購入したカードパックを開けて中身を確認し始めた。自分達の使っているカードと相性が良い物が揃っているのだから戦力の向上に役立つはずだと思いながら一枚ずつカードを見ていく。

 

「あ、射撃系のカードだ! これ、水無月さんの役に立ちそうじゃない?」

 

「本当? 光ってるってことは、レアなカードなんじゃないかしら?」

 

 謙哉が差し出したカードを見た玲は、カードパックに入っていた灰色の紙へと視線を移す。そこにはこのSPパックに収録されているカードの一覧が記載されており、何がどのレアリティなのかも確認できるようになっていた。

 

「えっと……ほら、やっぱりそうよ。スーパーレアですって」

 

「へえ~、じゃあ僕、結構ラッキーだったんじゃないかな?」

 

「ふふふ……そうね、かなりツイてたんじゃない? ……あら?」

 

 何気なく読んでいたカードリストを裏返してみると、そこには細かい文字でなにやら物語が描かれていた。「① 始まりの歌」と振られたタイトルを目にした後、玲はその物語を読み進める。

 

「始まりの歌……その日、少年と少女は出会った。世界が分かれる前ののどかな森の中、騎士を目指す少年と歌姫を目指す少女は出会った」

 

「……それ、カードの背景ストーリーかな? 騎士を目指す少年って、もしかしてサガの事?」

 

「そうじゃないかしら? ふふ……でもこういうのをあの天空橋さんが考えてるって思うと、ちょっと笑っちゃうわね」

 

 なんともむずかゆい感覚を覚えながら玲は再び背景ストーリーが書かれた紙へと視線を戻す。そして、続きを読み始めた。

 

「森の中に響く歌声、それを耳にした少年はその歌を口ずさむ少女の元へとたどり着いた。静かな花畑の中で歌う可憐な少女に目を奪われながら、彼女もまたやってきた唯一の観客に視線を注ぐ」

 

 この文から読み取るに、サガは森の中で歌姫の誰かと出会ったらしい。そこで二人は運命的な出会いを果たしたと言うことだ。

 

「その日、少年は誰かを守りたいと言う気持ちを知った。少女は誰かのために歌うと言う喜びを知った。たった一度の出会い、お互いがお互いの名前を知るまでには、長い月日が過ぎる事となる」

 

 そこで物語は途切れていた。第一章を読み終わった玲に代わって、今度は謙哉が口を開く。

 

「② 蒼の騎士と蒼の歌姫……長い月日を経て、立派な騎士へと成長したサガは運命の青年と共に電子の都に辿り着いた。そこは魔物たちと戦いながら人々を笑顔にする歌を歌う女性達、<ディーヴァ>が活躍する世界だった」

 

「蒼の歌姫……?」

 

 とある事を思い至った玲は自分のホルスターから変身に使っているカードを取り出した。「蒼色の歌姫 ファラ」……どこか自分と似た雰囲気を持つ少女が描かれたそのカードを見ながら玲は謙哉の語る物語を聞き続ける。

 

「サガはそんな歌姫の中でも一際美しい歌を披露するファラに惹かれる。ファラもまた優しさと気高さを併せ持つサガに戦いの中で心惹かれていく。二人は気がつかない、こうして想い合っている相手が、あの日に自分に大切な思いを教えてくれた存在だと言うことに……」

 

 そこまで読んだ謙哉が口を閉ざす。どうやら物語の2章はここで終わりらしい。出会いと再会を描いた物語を読んだ二人は思い思いの感想を言い合った。

 

「ちゃんと背景ストーリーも考えられているんだね。驚いたよ」

 

「そうね……でも、このカードゲームって元々ゲームを題材にしてたんでしょ? なら不思議なことじゃないわよ」

 

「それもそうか。にしても……お前、恋してたんだなぁ……!」

 

 いつの間にかホルスターからカードを取り出していた謙哉が笑いながら「護国の騎士 サガ」のカードを見つめた。相棒をからかうような口調をしつつ、楽しげな表情を見せる。

 

「なんだかぐっと人間臭さが増したと言うか、親しみが増したと言うか……」

 

「気持ちはわかるわね。でも、あんまり想い人の前でからかわないであげたら?」

 

 玲もまた悪戯っぽい笑みを浮かべながらファラのカードを謙哉に見せつけた。淡い恋心を抱く二人を描かれたカードを交互に見ながら謙哉は微笑む。

 

「……好きな人と一緒に戦えて、二人は喜んでるかな?」

 

「さぁ? 所詮はお話だし、カードに意思があるとは思えないけど……でも、もしかしたら好きな人の傍に居られることを喜んでるかもしれないわね」

 

 少し捻くれながらも感じた事を口にする玲。その答えに満足した笑みを見せる謙哉を横目で見ながらそっと自分の相棒に微笑む。

 

(わかる気がするわ、あなたの気持ち……きっと、あなたの好きな人もこんな人なんでしょう?)

 

 少し不器用で鈍いけど、優しくて傍に居ると温かい気持ちになれる男の人……自分の相棒が好きになった人は、きっと自分の好きな人に良く似ているはずだ。

 

 どうか彼女の恋が実りますようにと思いながら玲は自分の当たったカードの中から一枚のカードを取り出すと謙哉に差し出した。

 

「……交換よ。さっきのカードとこれを交換。良いでしょ?」

 

 ストーリーの第一章の名前と同じカード『始まりの歌』を謙哉に手渡す玲。レアリティや価値は断然下のはずなので普通なら交換は成立しないが、謙哉はそれでも嬉しそうに笑った。

 

「わぁ……! ありがとう、水無月さん!」

 

「別に、ただカードをもらうだけじゃあ気が引けるから渡しただけよ。感謝されるいわれは無いわ」

 

 軽いツンを見せながらも隠しきれないデレ、玲はついついにやける頬を必死に抑えながら立ち上がる。

 

「さ、こんな所でいつまでも油を売ってないで龍堂たちを探しましょう。そろそろ話も終わった頃でしょうしね」

 

「そうだね。そろそろ行こうか!」

 

 立ち上がって歩き出した謙哉の横に並びながら、玲はあともう少しだけこの時間が続いて欲しいと願ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、喫茶店に入った勇とマリアの二人は静かに話をしていた。と言っても、ドリンクを飲みながら和気藹々ととはいかず、ぽつぽつと語るマリアの話を勇が聞き続けているだけである。

 

「……わかっているんです。勇さんが皆のことを考えて安全性の高い作戦を選ぼうとしてるって……でも、やっぱり光牙さんの意見も間違っていないとは思うんです」

 

「……確かにな」

 

 小さく同意の呟きを漏らした後、注文したアイスティーを一口飲む。やや迷った表情を見せた勇は、意を決した様子でマリアに切り出した。

 

「マリア、俺の話をよく聞いてくれ。それで、その上で俺と光牙のどちらが正しいと思うかを決めてくれれば良い。俺は一度しっかり自分の意見を話しておくべきだったんだ」

 

「……はい、わかりました」

 

 伏し目がちだがはっきりとそう言ってくれたマリアに対して頷いた勇は、彼女の目を見ながら話し始める。その口調にはどうか自分の思いを理解して欲しいと言う願いが篭っていた。

 

「……この戦いはゲームじゃない。失敗して死んだりしたら取り返しがつかないんだ……光牙が世界に平和を取り戻したいって思ってるのは理解してるけど、その為に沢山の人の命を危険に晒すことは間違っていると俺は思う」

 

「……皆さんが命を落としても惜しくないと考えていてもですか?」

 

「命を落としてもかまわないと思っているのと実際に死ぬのは別だ。リーダーになった奴は皆を死なせない様にする義務があると俺は思う」

 

 一度その役目を担った勇だからこそ言えるその言葉、誰かの上に立つと言うことはその人たちの命を背負うと言うことなのだ。

 

 危険を顧みず戦わなくてはならないこともあるだろう。命を懸けてやり遂げなければならないことも世の中にはあるだろう。しかし、だからと言ってそれを達成しようとする人間が全員死んで良いはずが無い。

 

 リーダーの一番重要な役目は、ついてくる人々の命を守る事だと勇は思っていた。誰一人死なせない為に皆を纏め、目的意識を共有させる。一つの目標を達成しようと協力しあうから、チームにはお互いを助け合おうと言う意識が生まれる。それが勇の思う理想のチームの形だ。

 

「……でも、今の光牙やA組の奴らを見てると思うんだ。なんだかあいつらは倒れた仲間を踏み越えて勝つために前進しそうだって……もしくは、自分たちが死ぬっていう可能性を考えてないんじゃないかって思っちまうんだよ」

 

 勇が見る限り、今のA組には自分たちの命というものが見えていない気がした。それが危険を承知で自分たちの命など捨て石にしようとしているのか、それともただ単純に舞い上がって危険が目に映っていないのかのどちらかなのかは勇には判断がつかない。だが、どちらにせよ良い状態でない事は確かだ。

 

「だからマリア、俺と一緒に光牙を説得してくれ。お前の言う事なら光牙だって耳を貸すだろう。俺は皆を死なせたくないんだ、だから……!」

 

「勇さん……」

 

 心の奥底からの思いをマリアにぶつける勇。今ならまだ光牙を止められるかもしれない、危険に飛び込もうとしている彼らを止められるかもしれないのだ。

 

 その為にはマリアの力が必要不可欠だった。所詮よそ者の自分や謙哉には無い光牙からの信頼がマリアにはある。彼女の言葉なら、光牙にあるいは届くかもしれない。

 

 いつも自分の味方をしてくれていたマリアならばきっとこの思いを理解してくれる。そんな信頼を込めた視線を彼女に送りながら、勇はマリアの返事を待った。

 

 やがて目を閉じて何かを考え続けていたマリアがゆっくりと瞳を開いて勇の事を見つめ返してきた。自分の考えを纏めた彼女が勇に対してそれを話そうと口を開いたその時だった。

 

「ギャガァァァァァッ!」

 

 獰猛な獣の叫びとガラスの割れる音が店内に鳴り響く。驚きと共に音がした方向を見た二人の目にエネミーの姿が飛び込んできた。

 

「え、エネミー!? どうしてここに!?」

 

「まさかゲートが出現したのか!?」

 

 割れたガラスの向こう側、繁華街の大通りを見た勇はその考えが正しいことを確信した。そこには数え切れないほどのエネミーが群れを成して通行人に襲い掛かると言う地獄絵図が広がっていたのだ。

 

「マリアっ! お前はここに残って応援を呼んでくれ!」

 

「わ、わかりましたっっ!」

 

「よし、行くぜっ! 変身っ!」

 

 ドライバーを取り出しながらマリアに指示を送った勇はそのまま店内に乱入してきたエネミーへと駆け出すとディスのカードをギアドライバーに通す。今にも店員や店の客に襲い掛かりそうなエネミーに対して飛び掛るとそのまま店の外まで放り投げた。

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

「へっ、かかって来いよ! まとめて相手してやらぁ!」

 

 通りに鳴り響いた電子音声を聞きつけたエネミーたちが勇に視線を集中させる。ディスティニーソードを呼び出した勇は店から追い出したエネミーを切り捨てるとエネミーの大群へと啖呵を切った。

 

「ギッ! ゴッ! ギギィッ!」

 

 威嚇を受けた野獣型エネミーの数体が勇へと襲い掛かった。爪と牙を光らせながら突撃してくるそのエネミーを前にした勇は慌てる事無くホルスターからカードを取り出し、それを剣へと使用する。

 

<フレイム!>

 

「おおっしゃぁっ!」

 

 燃え盛る剣を片手にエネミーを迎撃する勇。一番近くの敵の胴体を切り裂くと同時に次のエネミーに前蹴りを食らわせて体勢を崩す。よろめいた相手にめがけてもう一度剣を振るえば、炎のダメージを追加された強力な斬撃の威力に耐え切れず、そのエネミーは光の粒へと還っていった。

 

「ガガッ! ガッ! ガガガッ!」

 

「ちっ! どんだけいやがるんだよ!」

 

 叫び声をあげて勇へと殺到するエネミーたち。一体ずつそれを切り伏せて行く勇だが、流石に数の多さには勝てずに弱音が漏れた。だが、諦める訳にはいかない。横一線に剣を振り抜きながらエネミーを斬り倒し、勇は再び剣を構えた。

 

「ガルルルゥゥゥゥ……!」

 

 一体や二体倒した程度では減った様に見えない数のエネミーたちが勇との距離を詰めていく。狩りの獲物を追い詰める様な連携で勇を狩ろうとしていた彼らだったが、そんな彼らの頭上から青いエネルギー弾が雨の様に降り注いだ。

 

「龍堂! 今のうちに離脱しなさい!」

 

<ラピッド!>

 

 自分に向けられた声に顔を上げた勇は建物の上から援護してくれている玲の姿を見つけて安堵した。数歩助走をつけて空中へと跳んだ彼女は着地地点のエネミーたちに向けて銃口を向けると連続して引き金を引いた。

 

「グギィィィィッ!!!」

 

 連射力が強化された銃から放たれる弾丸の雨を受けたエネミーが断末魔の悲鳴を上げながら消滅して行く。そのまま着地した玲は自分に接近しようとするエネミーから優先して狙い、それを撃破していった。

 

「まったく、数ばっかり多くて嫌になるわね!」

 

 右から迫るエネミーを迎撃、空中に一体跳び上がったことを確認しながらバックステップを踏んだ玲は愚痴をこぼしながら向かってくる敵を撃ち抜く。その攻撃を受けたエネミーは地面に足を着く事無く空中で消滅した。

 

「ギ、ギギギギギギッ!」

 

「っっ! おい水無月! お前が狙われてるぞっ!」

 

 次々と仲間たちを撃ち倒していく玲の事を苦々しく思ったのか、エネミーたちは勇から玲へと攻撃の対象を変えて攻撃を仕掛けて来た。先ほどよりも数の増したエネミーたちを迎撃する玲だったが、じりじりと追い詰められていく。

 

 ついには壁を背にした状況でエネミーたちに囲まれてしまった。ギラギラと爪を光らせながら先ほどまでのお礼をしたやると言わんばかりに興奮して毛を逆立てるエネミーたちが一斉に彼女に襲い掛かる。

 

 しかし、玲は焦る事無く銃を構えると自分に攻撃を仕掛けてきているエネミーではなく、遠距離にいるエネミーを狙撃しながら小さく呟いた。

 

「さ、ちゃんと守ってよね」

 

<ドラゴテイル!>

 

 エネミーたちの耳に電子音声が響いた次の瞬間、彼らは青い龍の尾を模したエネルギーに薙ぎ払われて瞬時に消滅した。巨大な尾はそのまま一回転し、多数のエネミーを巻き込む。

 

「ごめん勇、遅くなった!」

 

「ったく、俺一人にこの数の相手をさせんじゃねえよ!」

 

 遅れて登場した謙哉の背を叩いた勇は再びエネミーの大群へと突貫して行く。謙哉もそれに続いて突撃し、玲はそんな二人を援護すべく引き金を引き続ける。

 

「どらっ! うっしゃぁっ!」

 

 切れ味抜群のディスティニーソードを振るってエネミーを退治して行く勇。彼を背後から襲いかかろうとするエネミーもいたが、謙哉によってカバーされた勇の死角を突く事は非常に困難になっていた。

 

 目の前の一体に回し蹴りを決めた勇が数歩踏み込んで別のエネミーを切り裂く。最初に蹴りを食らったエネミーは体勢を立て直して勇に襲い掛かろうとしたが、その体を謙哉に貫かれて消滅して行った。

 

「龍堂! 謙哉! 決めるからそこから離れてっ!」

 

 残っているエネミーが二人の周囲に居るものだけだと見て取った玲が叫ぶ。同時に先ほど謙哉から受け取ったカードをメガホンマグナムにリードして必殺技を発動した。

 

<ホーミング! レーザー!>

 

<必殺技発動! レーザーレイン!>

 

「はぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 銃口に集う青の光、それが最大限に高まった瞬間に玲は引き金を引く。放たれた光は空中で炸裂するとエネミーたちを追尾する光の雨として空から降り注いだ。

 

「ギャァァァァァッ!!!」

 

 避けようとするもの、防ごうとするもの、何も出来ずに攻撃を受けるもの………その反応は様々であったが、皆一様に攻撃を受けて消滅するという結末だけは変わらない。空中から降り注いでいた光が消え去った時、大量のエネミーたちはその姿を完全に消し去っていた。

 

<ゲームクリア!>

 

「終わった……か」

 

「勇、怪我は無い!? 被害状況は!?」

 

 戦いの終わりを告げる電子音声を耳にした勇たちは変身を解除した。予想外の敵の襲来に対して迅速に行動できた事は良かったが、それでも被害を0にすることは出来なかった様だ。

 

「……大丈夫、エネミーが出現したのはこの辺りだけみたいね。他の地域は無事みたい」

 

「良かった……! これ以上は僕たちだけじゃカバーしきれない、人が集まっている場所とはいえ、小規模な攻撃で終わって本当に良かった」

 

 ゲームギアの情報を読み取った玲の一言を聞いた謙哉が安心した表情を見せる。そんな二人を背にした勇は、先ほどまでくつろいでいた喫茶店の中に入るとマリアの姿を探して声をかけた。

 

「マリア、もう大丈夫だ。エネミーは倒し終わったぜ」

 

「………」

 

 彼女に安心して貰おうと明るく声をかける勇。しかし、マリアは彼のその言葉に反応せずに俯いたままだ。

 

「マリア……?」

 

 何かあったのだろうかと不安になった勇が彼女に近づく。勇が彼女の事を気遣いながらその様子を伺っていると、マリアは唐突に顔を上げて勇の目をまっすぐ見ながら口を開いた。

 

「勇さん……私やっぱり、光牙さんの意見に賛成します」

 

「えっ……!?」

 

「……今回は偶々、勇さんたちがここに居たから迅速に対応出来ました。でも、次がこうなるとは限りません……こんな人通りの多い所でエネミーが暴れたらどれだけの被害が出るか想像も出来ないんです! ですから一刻も早く魔王を倒さないと!」

 

「ま、待てって……! 慌てても仕方が無いんだ、着実に情報と戦力を集めないと俺たちだって危険に……」

 

「その間にどれだけの人が犠牲になるかもわからないんですよ!? のんびりしている暇は無いんです! だったら、多少の危険は承知で攻勢に出た方が良いに決まっています!」

 

「俺たちにはその危険が多少で済むのかどうかも分かって無いんだぞ? 判断材料がほとんど無いってのに攻撃を仕掛けるのは無謀としか言い様が無いんだ! なんで分かってくれないんだよ、マリア!」

 

「分かってないのは勇さんの方です! これはゲームじゃ無くて本当の戦いなんですよ!? 時間をかけている間に消える命は、本物の命なんです!」

 

 段々と話す二人の声が大きくなる。激しさを増す話し合いの中、二人の間には大きな溝が出来ていく。

 

 A組や攻略に携わる生徒たちを思う勇と世界中の全ての人を思うマリア。どちらも多くの人の事を思っている事は同じなのに意見が合わずに考えがすれ違うばかりだ。

 

「私は光牙さんが正しいと思います。失敗するかもしれませんが、とにかくやってみなくちゃわからないじゃないですか!」

 

「マリア、やっぱりお前はなんにも分かっちゃいねえ! 俺の話をちゃんと聞いてくれよ!」

 

 ほとんど絶叫に近い二人の声、我慢なら無くなった勇はマリアの肩を強く掴んでもう一度自分の考えを彼女に伝えようとする。

 

 しかし、マリアはその手を振り解くと勇から離れてしまった。彼女からはっきりと拒絶された事にショックを受ける勇に対し、マリアが追い討ちをかける。

 

「……もう勇さんと話す事はありません。私が勇さんと話す時が来るとしたら、勇さんがガグマの討伐に協力してくれる気になった時でしょう」

 

「っっ……! なら、もう好きにしろよ。俺が何を言っても聞いちゃくれないんだろ?」

 

「………」

 

 勇の苦しげな言葉に肯定も否定もしないまま無言で離れて行くマリア。そんな彼女の事を玲が見ている。すれ違う寸前、わずかに目を合わせた二人は動きを止めてお互いを見つめ合う。

 

「……本当にそれで良いの?」 

 

「ええ……きっと勇さんも分かってくれると思います」

 

 たったそれだけの短い会話を終えたマリアが再び歩き出す。玲は立ち去ろうとする彼女のその背に向かって若干の苛立ちを孕んだ声をぶつけた。

 

「……ルーデンス、あなたは自分の事を理解してくれない人間の事を理解しようと思えるの? 私には無理よ。少なくとも今のあなたたちの事を理解しようとは思えないわ」

 

 玲のその言葉は確かにマリアの耳には届いていたが、彼女は何も言う事無くそこから立ち去ってしまった。その背中がどこか寂しそうで、辛そうであったなと玲は心の中で思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ!」

 

「勇……」

 

 マリアが立ち去った後の喫茶店の中で目の前にあるテーブルに拳を叩きつけながら勇が呻く。大きなショックを受けた彼の事を心配する視線を送る謙哉だったが、今の勇になんと言って声をかけたら良いのか分からずに立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「お前が……お前が言ったんじゃないかよ……これはゲームじゃ無いって……そこまで分かってるんじゃないかよ……!」

 

 もう話す事は何も無い、そう言ったマリアの声が頭の中で何度も繰り返し響いている。勇は最後に彼女に言おうとして言えなかったその言葉を誰も居ない虚空に向けて口にしていた。

 

「とにかくやってみて、失敗して……またやりなおせるって保障がどこにあるんだよ……? 失敗して、そのまま死んじまう……そうなる可能性だってあるってのになんで……? なんでなんだよっ!?」

 

 はっきりとした怒りと苛立ちを含んだ叫びと共に拳をテーブルへと振り下ろす。皮が破けて血が滲んでいるが、その拳の痛みにも気がつかないほどに勇は心を痛めていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女に悲劇が舞い降りるまで、あと19日……

 

 


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