仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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<ゲームクリア! ゴー! リザルト!>

 

 軽快な電子音声が鳴り響き、戦闘の終わりを伝える。それを耳にした生徒たちの表情からは緊張の色が消え、代わりに勝利の喜びが浮かび上がってきた。

 

「特に問題点は無し……苦戦も無く、順調に戦いを終えられたね!」

 

「これで5つ目! うーん、波に乗ってるね、アタシ達!」

 

「そうね。でも、油断は禁物よ。いつ魔人柱が来るかもわからないんだから」

 

「はっ! そうびびることなんざねえよ!」

 

 ディーヴァの三人の会話に割り込んで来たのは櫂だ。今日の戦闘で目覚しい活躍をした彼は、どこか得意げな表情で彼女たちに自信の程を語りだす。

 

「俺たちも大分レベルアップした。途中離脱した俺や光牙もお前たちに追いついてレベル50だ! もう恐いものはねえよ!」

 

「そんな短絡的な……って言いたいけど、確かガグマのレベルって40後半位って話じゃなかったっけ?」

 

「そうだったね……ってことは!?」

 

「そう! 俺たちはガグマより強くなってるってことだ! これなら負けるはずがねえだろ!」

 

 櫂のその言葉に周囲の生徒たちから小さな声があがった。同時に葉月とやよいの顔には笑みがこぼれ、表情が明るいものになった。

 

「そっか……! そう言えば、アタシたちのカードも50レベルで強化が打ち止めになってるし……」

 

「もしかして私たち、すごく強くなったってことなんじゃないですかね!?」

 

「そうに決まってるぜ! なにせ俺たちはレベルがMAXになったんだからな!」

 

 大声で笑う櫂につられ、たくさんの生徒たちが笑い始めた。自分たちが一つの到達点に辿り着いた事を知った達成感がその笑顔には滲み出ていた。

 

「……櫂、そう油断はしてはいられないよ。同じレベルだとしても、ステータスには大きな差がある可能性が高い。決して油断はできないはずさ」

 

 浮ついた空気の中、それを引き締める様にして注意を呼びかけながら光牙が姿を現した。復帰戦から一転、見事な指揮で戦いを勝利に導いた彼に生徒たちからの信頼が込められた視線が集中する。

 

「ガグマは強敵だ……。しかし、俺たちも強くなった。油断せずに行けばきっと勝てる! もう少しで魔王を倒せるところまで俺たちは来ているんだ!」

 

「おーーっ!」

 

 生徒たちを鼓舞する光牙の言葉に大きな歓声が上がる。その声を聞きながら、光牙は堂々とした演説を続けた。

 

「もう少しだ! もう少しで俺たちは世界を救える! 今まで誰も成し遂げられなかったことを、俺たちがやってのけるんだ!」

 

「そうだ! 光牙の言う通りだぜ!」

 

「皆! どうか俺に力を貸して欲しい! 俺と一緒に魔王を倒して、世界を救おう!」

 

 拳を振り上げながら熱く語る光牙の演説に生徒たちは尊敬と感嘆の視線を向ける。リーダーとしての絶対の信頼がそこにはあった。

 

 櫂は大きく頷きながら拳を握り締め、真美は嬉しそうに笑っている。そしてマリアは、光牙に向けて惜しみない拍手を送っていた。

 

 葉月ややよいもその演説に心強いものを感じ、今後の攻略活動に対する意気を大きく上げたが、一方でこの空気を危険視している者も居た。

 

「……良い雰囲気、なんだよね? これ……」

 

「……そう感じていなさそうな表情ね、謙哉」

 

「そう言う水無月さんもそうじゃない? なんだか足が地に着いてない感じがして僕は嫌だな……」

 

「……私もよ。上手く行き過ぎて皆が調子付いてるわ。良い事でもあるけど、油断は命取りよ」

 

 盛り上がる生徒たちを尻目に、二人だけで小さく話し合いながら謙哉と玲がこの状況を危惧していた。全体から一歩引いた位置で見守る事が多い二人だからこそ感じられた危機感、しかし、二人にはこの空気を壊してまでその危機感を皆に告げる決断は出来なかった。

 

「それに……少し気になってる事もあるんだ」

 

「え……?」

 

 謙哉がホルスターからカードを取り出して呟く。『見習い騎士 サガ』のカードを玲に渡した謙哉は、そのカードの情報をゲームギアから呼び出して感じている疑問を玲に告げた。

 

「本当にレベルの上限は50なのかな……?」

 

「どういう意味?」

 

「そのカード……『見習い騎士 サガ』のレベル上限は15だったんだ。低レアリティのカードだから当然なんだろうけど、と言うことはカードのレアリティ毎にレベルの上限って違うんじゃないかな?」

 

「私たちが勝手に最大レベルが50だと思っているだけで、本当の上限はもっと上の数字なんじゃないかって考えているって事?」

 

「うん、そういう事なんだけど……」

 

 そう言いながら謙哉はこの考えが正しかった時の事を考えて身震いした。ただでさえ魔人たちは自分たちより能力が高いのだ。現状、自分は魔人柱と互角以上に戦えているが、それでも一対一の話である。

 

 もしもレベルの上限が50以上であり、ガグマたちがそのレベルまで到達していたとしたら、自分たちとの戦力の差は決定的なものになる。そうなった場合、勝利のイメージがまったく沸いてこないことは確かだ。

 

「……確かにその可能性はあるわね。でも、そこまで気にする必要は無いんじゃないかしら? だって、ガグマのレベルは40後半で間違いないんでしょう?」

 

「……それもそうだね。僕の考えすぎかな」

 

 玲が言ったその言葉に謙哉は納得の意を示した。ガグマの推定レベルが40台であると言う事実がある以上、そこまでレベル上限の事は気にしなくて良いのだろう。まさかガグマがせっせと配下のエネミーを倒してレベル上げなどするまいと考えた謙哉は、自分の考えていた疑問を頭から払いのける。

 

「でも、油断できる状況じゃ無い事も確かよ。せめて私たちだけでも気を引き締めないと」

 

「うん、そうだね……ねえ勇、君はどう思う?」

 

「えっ!?あ、ああ……そうだな……」

 

 玲の言葉を受けながら親友に話を振る謙哉。彼ならばいつも通りの的確な意見を述べてくれると思っての行動だったが、珍しい事に勇は口篭りながら謙哉に対して視線を向けるだけだった。

 

「ま、まあ、光牙たちの気持ちもわかるしよ。ちょっと様子を見ながらやばいと思ったら俺たちが言えば良いんじゃないか?」

 

「……そうだね。そうしようか」

 

 珍しくやや漠然とした意見を述べた勇に対して怪訝な表情を向ける謙哉。しかし、偶にはこんな事もあるかと納得して玲との会話に戻っていく。

 

 その背後で冷や汗を流しながら仲間たちを見つめる勇は、先日受けた忠告を思い返しながら自分たちがまずい状況に向かって行っているのでは無いかと言う不安感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガグマと戦うな……だって?」

 

『ああ、少なくとも今は戦っては駄目だ。君たちに勝ち目は無い』

 

 数日前、『機械魔王 マキシマ』を名乗る人物からの接触を受けた勇は彼の言葉をどこまで信用したものかと悩んでいた。

 

 まずこの相手が本物のマキシマである証拠は無い。あったとして、魔王である彼が何故こんな事をするのかが不明だ。

 

 勇がそんな疑問を浮かべている事はマキシマも承知のはずだ。この状況で彼が何を話すのか興味があった勇は、とりあえず最後まで彼の話を聞いてみようと決心した。

 

『君が私のことを信じられなくともそれは当然のことだ。しかし、私は真実を話している。証拠は何も無いがね』

 

「……お前、本当にマキシマなのか? ただの悪戯って可能性もあるわけだが……」

 

『ふむ……限られた人間しか知らない名を名乗り、今君にしか知られない様にコンタクトを取ったと言うことは証明にならないだろうか?』

 

 マキシマを名乗る人物のその言葉に勇は小さく頷く。この行動をやってのけた時点で相手が只者では無いことは確かだ。携帯電話も通話状態と言うわけではなく、それを媒介にして話をしているという感じでもある。

 

『時間を貰えれば何か君だけにわかる合図でもして見せるのだが……残念ながら今は時間が無い、この会話もいつまで続けられるか分からない』

 

「……わかったよ。とりあえずお前の話を聞いてやる。で? ガグマの能力ってなんなんだ?」

 

『すまないが、それは言えない。我々魔王の間には一種の協定が結ばれている。その内容に、相手の不利益になる行動はしないと言うものがあるのだ。それを破るとほかの魔王たちに攻撃を受けることになるからな』

 

「おいおい、それじゃあ意味無いじゃねえかよ。どんな能力か分からない以上、それを知る為にも一度戦ってみるしか……」

 

『……無論、君になんのメリットも無くこんな話をするわけでは無い。私の能力を君に教えよう』

 

「は……?」

 

『私の能力は『エネミーを作り変える』能力だ。『改造』の能力と言えば分かりやすいかもしれないな』

 

 事も無げに自分の手の内を曝け出して見せたマキシマに対し、勇は驚愕の表情を浮かべた。先ほどから思っていたが、なぜこんなことをするだろうか?

 

 普通に考えて全てがデタラメだと言う可能性が一番しっくり来る。全てが嘘ならばなんとでも言えるからだ。

 

 だが、わざわざ嘘を吐いてまで勇にコンタクトを取ってきた理由は何なのか? ガグマを倒しに行け、と言うのならまだ分かる。実際は勝ち目の無い戦いを勧める事で勇たちを全滅させようとしていると考えられるからだ。

 

 しかしマキシマの言っている事はその逆……ガグマと戦うな、だ。この言葉の真の意味は何なのか? 追い詰められているガグマを助ける為に時間稼ぎをしようとしているのだろうか?

 

「……改造の能力って、どういう事だ?」

 

『私のソサエティは見たな? あそこに居るのは全てが機械系のエネミー、つまりはロボットだ。私はそれを改造し、強化することが出来る……以前、君たちが戦ったガンゼルもその改造されたエネミーなのさ』

 

 マキシマの口からあの巨大ロボットの名前が出てきた事に勇は軽く目を開いて反応した。あのロボットの名前を知っている人間はかなり限られている。と言うことは、この会話の相手はやはりマキシマなのだろうか?

 

『そして……あのソサエティに生息する以上、私もロボットである事は想像に容易いだろう。つまり、私は自分の体も強化する事が出来る』

 

「なっ!?」

 

『私はレベルを上げる必要は無い。元々の高いレベルに加えて、自分で自分を強化改造出来るのだからな……これが私の能力だ』

 

 ゴクリ、と勇は息を飲み込んだ。まさかレベル以外でのステータスの強化方法があったとは……そう考えた後、大きく頭を振る。

 

(いや、逆だ。普通はそう言った方法があるはずなんだ! だってソサエティはゲーム空間、強化方法なんていくらでもある!)

 

 そう、その通りだ。スキルの習得、アイテムの使用、装備を変える事だってそうだ。ゲームである以上、レベル上げ以外でも強くなる方法なんていくらでもある。そもそも、レベルと言う概念が無いゲームだってあるのだ。

 

 ソサエティは自分たちが思っている以上にゲームとしての体制を整えている。これから先、現実離れした能力を持つ敵がいつ出てくるかも分からない。そして、その現実離れした敵の筆頭が、ガグマを始めとする魔王たちなのだ。

 

 そこまで考えた勇の背中に冷たいものが走った。今、自分たちは魔人柱たちを倒し、勢いづいてはいる。このままガグマとの戦いに向けてひた走ろうとしている。

 

 しかし、予想もつかない能力を持っている可能性が高い相手と無策で戦うと言うことは、滅びの道を突き進んでいると言うことでは無いのだろうか? 自分たちはガグマを押しているのではなく、ガグマにおびき寄せられているのではないのだろうか?

 

『……やはり、君は賢いな。今の自分たちの状況を的確に判断したか』

 

 感心した様な、それでいてこうなると予測していた様なマキシマの言葉に勇は我に返った。自分の携帯電話をまっすぐに見つめながら、勇は問いかける。

 

「……なんでこんな真似をする? 俺たちに味方する理由なんて、お前には無いはずだろ?」

 

『ふふ……その理由は2つある。1つは、私は自分のソサエティがあればそれで良い。現実世界の侵略など考えてはいない。だから、君たちと敵対する理由も無いのさ』

 

「……もう1つは?」

 

 マキシマが勇に忠告をする理由のうち、一つを聞いた勇が続けて問う。マキシマが進んで現実世界と敵対する気が無いと言う事は分かった。しかし、勇たちに協力する理由があるわけでもないのだ。

 

 どんな思惑があって勇にこんな事を話しているのか? マキシマの策を見抜く為に集中していた勇は彼の返事を待つ。しかし、返って来たのは予想外の言葉だった。

 

『……私は魔王、人類の敵として認識されている存在だ。私も人間たちの事を敵とは思わなくとも、味方では無いと思っている。しかし……君個人に関してならば私は味方と言えるのだよ、勇』

 

「は……?」

 

 要領を得ない、抽象的な返答。何かをごまかそうとしているとしか思えないその言葉に勇は戸惑う。それは、相手の思惑が計り知れなかったからでは無い。

 

 ほんの数秒、ほんの少しだけの言葉……しかし、その言葉の中には、確かな温もりが感じられたからだ。

 

 何か、大切な存在に語りかける時の様な温かさを帯びたその一言が、なぜ魔王の口から自分へと放たれるのか? データの集合体であるはずの魔王がこんな温かな感情を持っているのだろうか?

 

 疑問は尽きない、元々の考えを忘れて混乱する勇に対して、マキシマは短く最後の言葉の告げた。

 

『ここまでだ、またいずれ会う事もあるだろう。……ガグマとはまだ戦うな、運命の歯車を動かしてはならない……分かったな、勇』

 

「あっ! お、おいっ!」

 

 携帯電話のディスプレイから光が消える。その後、勇が何度も声をかけてみても、もうマキシマは何も答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も絶好調だったな、光牙!」

 

「はいっ! 櫂さんの言うとおりですよ! 今の私たち、勢いに乗ってます!」

 

「こらこら、二人とも油断は禁物だぞ?」

 

 調子に乗ってはしゃぐ櫂とマリアを窘めながら、光牙も内心では心を躍らせていた。最初の失敗を経験した後、気合を入れなおして指揮を執り続けた結果、連戦連勝でここまで来る事が出来た。

 

 自分たちの成長と勢いを実感出来ているこの頃、光牙はようやく自分が前に進んでいる様な気がしていたのだ。

 

「……まだガグマとの戦いは残っている。魔人柱も二人いる……。油断するのはまだ早いさ」

 

「でも、この勢いに乗れば魔人たちも恐くないですよ! 現に何度か戦って、退けているじゃないですか!」

 

「マリアの言うとおりだぜ! 少しは調子に乗らせろよ、光牙!」

 

 櫂の返事にしょうがない奴だなと笑みを浮かべながら光牙は思う。今こそ、思い切った行動を起こす時なのだ……と

 

 その思いに呼応する様に教室へと入ってきた真美が、光牙に束になった紙を渡しながら報告をしてきた。

 

「光牙、頼まれてたガグマの戦闘データの資料、天空橋さんから貰って来たわよ」

 

「ああ、ありがとう。真美!」

 

「ガグマの戦闘データ……ってことは、もしかして……!」

 

「光牙さん、ガグマと本格的に戦うおつもりですか!?」

 

「……ああ、この戦いも大詰めだ。今、ガグマの戦力は大きく削がれている。チャンスを見つけ次第、俺はガグマとの最終決戦に移るつもりだ! ……みんなは、どう思う?」

 

 光牙は自分の意思を継げた後、心配そうにマリアたちの様子を覗った。果たして仲間たちは自分のこの意見に賛成してくれるだろうか? そんな心配を浮かべていた光牙だったが、その思いに反して櫂は強く彼の背中を押しながら賛成の声を上げた。

 

「あったりまえだろうが! この勢いのままガグマをぶっ飛ばしてやろうぜ!」

 

「ええ! 今の私たちなら行けるわよ!」

 

「私も……その意見に賛成です! 光牙さんならきっと、ガグマを倒せますよ!」

 

「皆……!」

 

 信頼する仲間たちに背を押された光牙は自分の考えが間違っていなかった事に安心し、三人に感謝の気持ちを持った。自分の気持ちを尊重してくれる素晴らしい友人の事を誇らしく思っていた彼が、感謝の気持ちを口に出そうとした時だった。

 

「……それ、マジか?」

 

「え……?」

 

 聞こえたのは自分の考えを批難する様な男の声、その声の持ち主に心当たりのあった光牙は振り返ると同時に彼の姿を見る。

 

「光牙、お前本気でガグマと戦うつもりか?」

 

「……ああ、そのつもりだが……龍堂くんは不服かい?」

 

 ここで気後れしてはならない。そう強く自分に言い聞かせて勇へと問いかける光牙。勇は迷った様な表情を浮かべた後で口を開く。

 

「な、なあ、もう少し様子を見ないか? まだガグマと戦うのは早いんじゃねえのか?」

 

「何言ってんだよ龍堂!? さてはお前、びびってんだな!?」

 

「そうじゃねえよ。けど、そんなに急ぐ必要は無いだろ? まずは落ち着いて、腰を据えてから大ボスの攻略に取り組むべきなんじゃないのか?」

 

「今の勢いと良い流れを断ち切ってまでそうする必要はあるの? むしろ勢いに乗った今だからこそ出来る事があるんじゃない?」

 

「勢いと流れだけじゃ戦いは出来ねえよ。そんなものに頼らないで、確実な戦いをだな……」

 

「なら、龍堂くんは今の俺たちになにが足りないと思うんだい? レベルはマックス、連携も上々、情報だってある……むしろ、勢いがあれば完璧なんじゃないかな?」

 

「そ、それは……」

 

 光牙の言葉に言い淀む勇。何か反論をしようとしているのだろうが、その前にマリアが口を開いた。

 

「私も光牙さんの作戦に賛成します。勇さんの考えも分かりますが……今は一刻も早く魔王を倒して、世界に平和を取り戻すことが優先では無いでしょうか? その機会が目の前にあるのなら、それに手を伸ばしましょうよ」

 

「っっ……!」

 

 マリアのその言葉に勇は表情を曇らせ、俯く。いつも味方をしてくれていたマリアの言葉は、彼に大きなショックを与えた様だ。

 

 対して光牙は、マリアが勇ではなく自分の事を肯定してくれた事に大きな喜びを感じていた。勇に対する嫉妬心がその喜びに拍車をかけ、胸を高鳴らせる。

 

「……お前たちの意見は分かったよ。でも、俺は反対だ。その事を覚えておいてくれ」

 

 意気消沈した勇はそう言い残すと教室から出て行った。彼の足音が完全に遠ざかった事を確認した後、櫂が苛立ち混じりに勇への不満を吐き捨てる。

 

「なんだよあいつ、せっかくの良い流れをぶちこわす様なこと言いやがってよ!」

 

「でもなんだか勇さん、いつもと様子が違った様な……」

 

「もしかしたら……龍堂は焦っているのかもね。光牙が手柄を立てて、せっかくの自分の評価が落ちてしまうことを危惧しているんじゃない?」

 

「い、勇さんはそんな人じゃありません! 言い過ぎですよ、真美さん!」

 

 真美の言葉に憤慨したマリアが抗議の声を飛ばす。しかし、櫂と光牙は心の中で彼女の意見に同意してしまっていた。

 

 特に光牙は初めて勇より上位に立てたと言う思いを感じ、心を躍らせていた。あの龍堂勇が自分に嫉妬している……その事が、やたらと嬉しかった。

 

 総じて、彼らはこの時点では勇の言葉を深く考えずに忘れてしまっていた。勇がもっと上手く彼らを説得するか、あるいは彼らに勇の言葉を聞く耳があれば、この先の未来は変わったかもしれない。

 

 誰が悪いと言う訳では無い。勢いに乗り、調子付いてしまった光牙を諌める事は至難の業だっただろうし、信頼できるかどうかも分からない魔王の言葉を仲間たちに伝えるべきか悩んでいた勇が上手く弁が立たなくとも仕方が無かった。

 

 マキシマの言葉を借りるなら、すでにこの時点で運命の歯車は回り始めていたのだ。止め様の無い悲劇のカウントダウンは、もう始まっていたのである。

 

 そんなことにも気がつかないまま、彼らは今日と言う日々を過ごし、明日も何一つ変わらない一日が送れると信じ切っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女に悲劇が訪れるまで、あと24日

 

 


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