仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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包囲網を突破せよ!

 

「光牙、櫂、水無月……復帰、おめでとう!」

 

 虹彩学園の一室、ソサエティ攻略の中心メンバーが集ったその部屋の中では、怪我が治り退院した光牙たちの復帰祝いが行われていた。

 

 たいした催しも無いささやかなものであったが、それでも光牙たち三人は嬉しそうに仲間たちの祝福を受け入れる。

 

「ありがとう、皆……本当に迷惑をかけたわね」

 

「そんなの良いんだよぉ……。また玲ちゃんと一緒にいられるだけで、私、私……っ!」

 

「こらこら、泣いちゃ駄目でしょやよい~。今日はめでたいお祝いの席なんだからさ!」

 

「う、うん……っ!」

 

 玲の復帰を喜ぶやよいは涙目になりながらも必死でそれを零さないように耐えている。葉月は笑顔で戻ってきた玲を迎え入れながら、いつも通りにやよいに突っ込みを入れていた。

 

「……本当、ありがとうね。私一人じゃどうしようもなかった……皆がいてくれてよかったと心から思っているわ」

 

 親友たちの優しさに目頭を熱くしながら玲は呟く。そして、もう一人の感謝の気持ちを伝えたい人物へと向き直った。

 

「あなたにも感謝してるわ、謙哉。あなたに迷惑をかけた分、これからの活躍で返させて貰うから……」

 

「迷惑だなんて思ってないよ。僕も水無月さんが大切だから頑張ったんだからさ」

 

 ふわりと笑みを浮かべた謙哉が言い放ったその一言に胸をときめかせる玲。謙哉が自分のことを大切だと言ってくれた事に頬を赤く染めていたが……

 

「なんてったって、水無月さんは僕の大切な友達だからね! 友達を助けるのは当然のことでしょ?」

 

「……ああ、そうよね。うん、わかってた……」

 

 謙哉の一言で今度は肩をがっくりと落とした。やはり彼は自分のことを特別には見ていないのだ。わかりきっていたことだが、その鈍さに若干腹立たしさを覚えてしまう。

 

(……そう言う所も好きなんだけどね)

 

「……あれ? 水無月さん、何か怒ってる?」

 

「……なんでもないわよ」

 

 今の玲の気持ちを知ってか知らずか、やや無神経とも取れる謙哉の言葉に頬を膨らませた玲はわずかな制裁として軽く彼の胸を小突いた。その行動にやっぱり怒ってるんじゃないかと言いながら彼女の不機嫌の理由を探そうとする謙哉に対してマリアの呆れた視線が突き刺さる。

 

「……謙哉さん、流石にあれは無いですよ……」

 

「……おい、マリア。あの二人いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」

 

 自分に向けて発せられた言葉に振り返ったマリアは、怪訝な表情で二人のやり取りを見守っている櫂へと視線を移す。そして、クスリと笑うと、彼が入院している間にあった出来事を話し始めた。

 

「お帰り、光牙……待ってたわよ」

 

「ああ、待たせてすまなかった」

 

 一方、部屋の中心では光牙が真美へ謝罪と感謝の意を示していた。彼女への感謝の言葉を告げた光牙は、続いてもう一人の殊勲者へと視線を移す。

 

「……龍堂くん、君にも迷惑をかけた。俺がいない間、皆を引っ張ってくれてありがとう」

 

「気にすんなよ、困ったときはお互い様だろ? ……こっから先のお前の活躍に期待してるぜ、リーダー!」

 

 ぽん、と光牙の肩を叩きながら笑顔を見せる勇。ようやっとリーダーの重圧から解放された彼は、おどけた言い方で部屋に集まるメンバーへと声をかけた。

 

「さてとお前ら、本家リーダー様が帰ってきたから俺はお役ごめんだ! ……今まで手を貸してくれてありがとうな!」

 

 勇の謝辞の言葉に対し、今まで彼に着いてきたメンバーが拍手を送る。その拍手に対して恭しく礼をした後、勇は光牙へと声をかけた。

 

「……さ~て、そんじゃ早速帰ってきたリーダーに今後の方針を発表してもらうとするか! ……もう決めてんだろ、光牙?」

 

「ああ……真美とも話し合って、今後の方針はすでに決めてある。まずは皆と差が出来てしまった俺と櫂、水無月さんのレベルを同格に戻すことから始めたいと思っている」

 

「確かに、魔人柱二人分の経験値はでかいからな。その分の差を埋めて、足並みを揃えるのが先決か」

 

「ガグマとの決戦を迎える為にも、まずはそこから手をつけたい。皆には悪いが、手を貸して貰えないだろうか?」

 

「喜んで! 玲ちゃんのレベルも上げなきゃいけないと思ってたし、丁度良い機会だよ!」

 

「うんうん! まずは皆仲良く同じ強さにしなくちゃね!」

 

「ありがとう! ……そして、それと平行してある作戦を進行していきたい。その為には……」

 

 光牙の提案に頷いたディーヴァの二人を始め、集まったメンバーは全員その作戦に同意した。そのことを確認した光牙は、礼の言葉を言いながら話を続けようとする。

 

 だが、その言葉を遮る様にして部屋に入ってきた人物が一人居た。扉の開く音に気がついて視線をそちらに向けた光牙につられて他の生徒たちもその方向を見る。沢山の生徒たちに見つめられながら、ばつの悪そうな表情をしたその人物は頭を掻きながら彼らに謝罪した。

 

「あはは……。すいません、お話の邪魔をしてしまったみたいですね……」

 

「オッサン……まったく、空気読めよな!」

 

「すいません、まさか大事な話をしているとは思ってなくて……」

 

 申し訳無さそうな表情をした天空橋に溜息をつきながら、勇は彼へと疑問を投げかける。当然、彼が何をしに来たのかを確認するためだ。

 

「んで、オッサンは俺たちに何の用だよ?」

 

「あ、ああ……ちょっと謙哉さんをお借りして良いですか?」

 

「え? 僕、ですか?」

 

「はい、ちょっと確認しておきたいことがあって……」

 

「……わかりました。では、行きましょうか」

 

「ありがとうございます。……と言う訳で少し謙哉さんをお借りしますね、水無月さん」

 

「……何で私に確認を取るのですか? そんな必要はありません」

 

「え……? いや、私はてっきりお二人が……」

 

 付き合っているものかと、そう言おうとした天空橋だったが、玲の鋭い視線に制されてその言葉が口から出ることは無かった。

 

 女子高生に気圧される大人と言うのもどうかと思うが、無理に彼女の機嫌を悪くする必要は無いと判断した天空橋は適当に笑いながらその場を後にする。

 

 彼の後ろでは、何も分かっていない顔をした謙哉が不思議そうに二人を見比べて居たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、僕になんのお話でしょうか?」

 

 廊下を歩きながら謙哉が天空橋に問いかける。その言葉を受けた天空橋は、周囲に人の姿が無いことを確認した後で真剣な表情になり、謙哉へと向き直った。

 

「単刀直入に言います。謙哉さん、もう二度とあの姿にはならないで下さい」

 

「あはは……やっぱり、あなたにはバレてましたか」

 

 天空橋の言葉に、先ほどの彼と同じくばつの悪そうな笑顔を浮かべた謙哉が困った様に口を開いた。その笑みを見ながら、天空橋は話し続ける。

 

「笑い事ではありません、謙哉さんだって気がついているでしょう!?」

 

「……ええ、まぁ、そうですね……」

 

 事も無げに話す謙哉の表情を見た天空橋は苦しげに表情を歪ませた。それは彼がまだ若い謙哉に対して危険を背負わせている事への罪悪感であったり、自分が背負ったリスクを平然と受け止められる謙哉への一種の苛立ちから来る感情であった。

 

「……前にも話しましたが、ディスティニーカードはリアリティに感染している……それを自身の体に使うことは、多かれ少なかれその体に負担を強いる事になります。ゲームギアとギアドライバーである程度はその負担を軽減出来ますが……それでも最大で3枚のコンボまで、5枚ものカードの効果を長時間自分の体に与え続けるなんて正気の沙汰では無いんですよ!?」

 

「……わかっています。僕も自分の体で経験しましたから」

 

「では何故そんな平然としていられるんですか!? マリアンとの戦いであなたは長時間あの姿になり、その上全ての力を最大限に発揮する必殺技を発動した! その反動で受けた痛みは、地獄の苦しみにも近いはずだ。なのに、何故……?」

 

「……僕は、それで納得しているんです」

 

「え……!?」

 

 静かに、だが力強く話す謙哉のその言葉に顔を上げた天空橋は彼の表情を見る。そこには、確かな決意を固めた男の姿があった。

 

「……あの時、もしもオールドラゴンの力を使っていなかったら、水無月さんは戻って来れなかった……例え僕の体がどうなっても、僕は彼女を助け出したかったんです」

 

「ですが、そんな事を続けていたらあなたの命が……!」

 

「わかっています。だから、出来る限りオールドラゴンは使わないようにします。でも……二度と使わないって約束は、出来そうにありません。もしも皆の命が危なくなったら、僕は間違い無くあの力を使います。皆を守るためになら、僕は自分の命なんて惜しくないんです」

 

 そう言いながら自分をまっすぐに見つめる謙哉の目を天空橋は見つめることが出来なかった。あまりにも真っ直ぐ過ぎて、痛々しすぎたその瞳は、見る者全ての心を苦しめるからだ。

 

「大丈夫ですよ。こう見えて体は丈夫なんです。それに、自分の体の事は自分が一番分かりますから、ちゃんと超えちゃいけないラインは理解してるつもりです」

 

「くっ……!」

 

 笑顔を浮かべた謙哉を見ながら、天空橋はきっとこうなるだろうと予想していた結果になってしまった事に胸を締め付けられる様な痛みを感じた。謙哉を説得出来なかった事への心苦しさを感じながら、着ている服のポケットから包みを取り出す。

 

「……痛み止めと、特別に調合した体への負担を抑える薬です。オールドラゴンを使用した後は、必ずこれを服用してください」

 

「はい……お心遣い、感謝します。では……」

 

 天空橋から薬を受け取った謙哉は小さく礼をした後で先ほどの教室へと戻って行った。その背中を見ながら自分の無力さを悔やむ天空橋が呟く。

 

「……私はまた、何も出来ないんでしょうかね……? 私はどうするべきなんでしょうか? 教えてくださいよ、妃さん……」

 

 天を仰ぎながら、天空橋は必死に涙を堪えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てぇやぁっっ!」

 

 光牙の雄たけびと共に繰り出された一撃がエネミーを切り裂く。ブランクを感じさせないその動きに感心しながら、勇は彼に声をかけた。

 

「やるな光牙、こりゃあ余計な心配は無用だったか?」

 

「君にそう言って貰えると安心するよ。けど、俺はまだまだだな……」

 

 そう言って変身を解除した光牙が視線を先に向ける。まっすぐに伸びる道の先に見える小さな町を見つめた光牙は、後ろに並ぶ仲間たちに指示を出した。

 

「あの町が目的地の一つだ! あそこにはガグマの軍勢が居る! それを排除して、村の平穏を取り戻すことが今回のクエストの目的だ。皆、戦闘準備をしながら進むんだ!」

 

「おーーっ!」

 

 光牙の号令に叫び返した生徒たちが足並みを揃えて目的地へと向かう。その光景を見ながら、勇は光牙との会話を続けた。

 

「まさか事前に情報を集めてたとはな……クエストをこなしながらレベル上げもすれば効率は倍、よく準備してたもんだよ」

 

「ベッドで寝る事しか出来なかったからね。真美に頼んで情報は逐一チェックして貰ってたんだ。だから、褒められるなら真美の方さ」

 

 自分への賞賛の言葉を否定した後、光牙は駆け出すと歩く生徒たちの先頭に立つ。横に立つ櫂と何かを話しながら、町へと進むメンバーの先頭に立って歩き続ける。

 

 ソサエティのファンタジーワールドには、ガグマの操るエネミーたちに侵略され、支配されてしまった町がいくつもある。光牙はそう言った町を開放し、新たな活動拠点を得ようとしていた。

 

 それに加えて戦闘によって得られる経験値でレベルを上げ、さらにガグマの戦力も削ぐ事の出来るこの作戦は一石三鳥と呼べるものだ。負傷によって忌まれてしまったビハインドを取り返すべく、光牙は他の生徒たちよりも張り切って戦いに臨む。

 

「……復帰戦だからってあんま気張るなよ、光牙。俺やA組の皆もついてるんだからな」

 

「ありがとう、櫂。でも、皆をいつまでも俺たちのレベル上げに付き合わせるわけにはいかないさ。早くレベルを上げて、ガグマとの戦いに備えよう」

 

 櫂へと感謝の言葉を述べながら自分の決意を表明する光牙。目前まで迫った町の光景を見ながら、光牙は生徒たちを率いてその中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて酷い、ここまで荒らされているなんて……」

 

 町に入り、その様子を目にしたマリアの第一の感想はそれだった。民家は壊れ、草木は枯れ、至る所に瓦礫が散乱している。

 

 荒廃しきったその町の中で闊歩するのは獣型のエネミーだ。彼らは好きな様に町を壊し、それを楽しんでいる。

 

「ガグマの手からこの町を開放するには、あいつらを掃除しなきゃなんねぇみたいだな」

 

「ああ……! 全員、戦闘準備! エネミーの掃討にかかるぞっ!」

 

 櫂と頷き合った光牙が後ろに並ぶ生徒たちに号令をかけると、そのままエネミーの群れへと突撃して行った。櫂やA組の生徒たちもそれに続き、エネミーたちと激しい戦闘を開始する。

 

<ウォーリア! 脳筋! 脳筋! NO KING!>

 

「うおっしゃぁぁぁっ!」

 

 先頭を走る櫂がウォーリアへと変身しながら敵の真っ只中に突っ込む。今まで休んでいた分の鬱憤を晴らすかの様に暴れながら、エネミーたちを殲滅していく。

 

 櫂の拳が唸り、叫びが木霊する。野獣の如き戦いぶりに気圧されたエネミーたち目掛けて、A組の生徒たちの援護射撃が飛んで行った。

 

「そうだ、それで良い! 敵に余裕を与えるな、一気に攻め潰すんだ!」

 

 久方ぶりの戦闘、そして、久方ぶりの光牙の指揮を受けたA組の生徒たちは勢いのままにエネミーを叩く。先へ、もっと先へと進軍していく彼らの勢いは、まさに破竹の勢いだ。

 

 だが、その姿を見ていた勇は危機感を感じていた。一塊になって進軍していくA組の生徒たちのせいで、生徒全体の隊列が長く伸びきってしまっていたからだ。

 

(……ちょっと待てよ。俺がエネミーの側なら、この状況で打つ手は……)

 

 冷静な思考で敵の打つ手を計算する勇。今までのリーダーとしての経験をフルに活かして計算をしていた彼は、ある可能性に思い当たると全力で最後列の生徒たちに向かって叫んだ。

 

「皆、後ろだっ!」

 

 その叫びを受けた最後方の生徒たちが何事かと疑問を浮かべていると、彼らの後ろから勇の考えどおりにエネミーたちが姿を現したでは無いか。突如出現した敵の姿に恐慌状態に陥った生徒たちがその対応に遅れる中、真っ先に動いた葉月たちがドライバーを腰に当てて変身しながら戦いの構えを取る。

 

<ディーヴァ! ステージオン! ライブスタート!>

 

「やよいっ! アタシがエネミーを食い止めるから皆を守りながら先に進んで!」

 

「わかった! 急いで光牙さんたちと合流しなきゃ!」

 

「援護するわ! 二人とも無理はしないで!」

 

 迫り来るエネミーたちを葉月が切り払う。単独で戦いながら生徒たちに襲い掛かろうとするエネミーを牽制する彼女の後ろでは、玲が銃を構えて的確な援護射撃を飛ばしていた。

 

「みんな落ち着いて! 慌てず確実に相手を倒しながら先に進むの!」

 

 やよいが生徒たちを落ち着かせながら敵を撃破する。危うく恐慌状態のまま戦闘に入る所だった生徒たちは、ディーヴァの三人のナイスフォローによって持ち直した。

 

「助かったぜ葉月! そのまま後方の敵を頼む!」

 

「あいあい、頼まれたよっ!」

 

 頼もしく返事をしながら敵を倒す葉月から視線を前へと移した勇は、今の敵の動きのせいで大きく離れてしまったA組との距離を測っていた。そんな中、マリアが彼の隣に並ぶと慌てた様子で意見してくる。

 

「勇さんっ! 私、光牙さんにこのことを伝えてきます! 連携の取れないまま挟み撃ちを続けられたら……」

 

「駄目だっ、行くなマリアっ!」

 

「えっ……!? で、でも、このことを伝えないと全滅してしまいます!」

 

「違う! まだ敵の作戦は終わってない! ここからが本命の行動なんだ!」

 

 必死になりながら敵の策を読みきった勇が対策を取ろうとする。そう、ここで敵の行動が終わる訳がないのだ。

 

 ただのエネミーがこんな作戦を立てるはずがない。挟み撃ちを仕掛けるタイミングや、戦力の分配方法などがほぼ完璧と言えるこの作戦には、彼らを操る指揮官が必要なはずだ。

 

「光牙、戻って来いっ! このままじゃ不味い!」

 

 ゲームギアの通信機能を使って光牙へと連絡を取ろうとする勇。しかし、その叫びに光牙が応えることは無く、ただ焦燥だけが募って行く。

 

「やっぱり私が光牙さんに直接状況を……」

 

「いや……もう手遅れみたいだぜ……」

 

「え……?」

 

 勇の呟きを聞いたマリアは彼が見ている上空へと視線を向ける。そこには、自分たち目掛けて落下してくる緑の光があった。

 

「きゃぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 その光が地面に着地した時、大きな地響きと共に衝撃が舞った。その強さに悲鳴を上げながらしゃがみこんだマリアの耳に、自分たちを嘲る声が聞こえてくる。

 

「まったく……単純と言うか、浅はかと言うか……自分たちが罠にかかっていると言う可能性をまったく考慮してないみたいだね」

 

「お前は……パルマっ!」

 

「やぁ、諸君。ミギーとマリアンが世話になったね。敵討ちなんて柄じゃないからしないけど、お前たちごときに調子に乗られるのも嫌だから、ちょっと苦しめに来たよ」

 

 そう言いながらパルマは自分の指先から小さな光の輪を作り出し、それを勇たち目掛けて発射した。高速で回転しながら飛来するそれはまるで回転ノコギリの様に木々や建物を切り裂きながら生徒たちを襲う。

 

「やっぱりそう来やがったか!」

 

 舌打ちをしながらまんまと敵の策略に嵌ってしまった事を勇は悔やんだ。

 

 自分たちのテリトリーに攻め入った光牙たちを調子付かせ、勢い良く進軍させる事によって戦線を伸びきらせる。その状況で背後からの奇襲を行い、先頭と後方の生徒たちの距離を開かせ、分断する。

 

 後は出来てしまった距離の中にパルマを中心とした少数精鋭の戦力を送り込ませることによって完全に前方と後方を分断し、確実に両方の生徒たちを撃破して行く。それがパルマの立てた作戦だった。

 

「ふ~ん……君は僕の作戦を読んでたみたいだね。流石はガグマ様が認めた人間なだけはあるよ。……でも、これは読めたかな?」

 

 素直に勇を褒め称えたパルマだったが、その後でニヤリと黒い笑みを浮かべる。意味ありげなその笑みに勇が何か悪い予感を感じていると、自分たちの遥か前方で大きな爆発が起こった。

 

「な、なんなんです、今の爆発は!?」

 

「……まさかっ!?」

 

 最悪の事態を想定した勇の顔色が変わる。一体何が起きているのか想像がつかないマリアは心配そうな表情で勇とパルマを交互に見ることしか出来ない。

 

 自分の作戦通りに事が運ばれている事に満足しながら、パルマはもう一度ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか勝てるとでも思っていたか? 浅はかなり、傲慢なり、人間……!」

 

「くっ……うっ……!」

 

 爆発の衝撃を受け、呻き声を上げた光牙が立ち上がる。何が起こったのかを理解出来ないでいる彼の胸に、鋭い突きが繰り出された。

 

「ぐはっ!?」

 

 鎧から火花が飛び散り、衝撃が体を突き抜ける。大きく吹き飛ばされた光牙が見たのは、黄色に輝く体をした魔人の姿だった。

 

「ご、傲慢の、クジカ……!?」

 

「左様、貴様らの息の根を止めにわざわざ出向いてやったぞ」

 

 ポキポキと拳を鳴らしながらA組の生徒たちを威嚇するクジカ。いきなりの強敵の出現に浮き足立つ面々を何とか落ち着かせようとした光牙だったが、そんな彼に悲鳴にも近い仲間の叫びが聞こえてきた。

 

「か、囲まれてる……!? 逃げ場が無いじゃないか!?」

 

「そんな!? 後続部隊は何をしているの!?」

 

 驚いた光牙が振り向いてみると、そこに見えたのは後ろに付いて来ている仲間たちの姿ではなく、獰猛なエネミーたちの姿であった。先ほどまで一緒に行動していたはずの仲間たちはどこに消えてしまったのかと愕然とした光牙に対し、クジカが呆れた様な声で語りかける。

 

「……この状況になっても自分たちがどうなっているのかわからんのか? なんとも愚かなことよ……」

 

「まさか……俺たちは、誘い込まれたのか……!?」 

 

「ようやっと気がついたか、しかし、もう遅いがな」

 

 クジカのその言葉にA組の生徒たちは完全にパニックに陥った。完全に相手を圧倒していたと思っていた自分たちが、実は相手の掌の上で踊らされていたに過ぎないと知った時のショックに加えて、今の絶望的な状況が彼らの精神に追い討ちをかけたのだ。

 

「お、落ち着くんだ! 何とか耐え凌いで、救援を……」

 

「……無理だと思うがな。お前たちだけで何分凌げる? その間に救援が来る可能性はどれ程ある? 後ろに控えているお前たちの仲間は、パルマの相手をしているのだぞ?」

 

「なっ……!?」

 

 周到に用意された罠にかかり、絶体絶命の状況に追い込まれたと知った光牙は言葉を失った。鈍った戦術眼のままに指揮を執った結果がこれとは、あまりにも不甲斐無さ過ぎる。

 

「……まあ、好きにしろ。粘れるだけ粘るが良い。我らはお前たちを蹂躙するだけだ」

 

 狂乱に陥るA組を尻目にクジカが指示を飛ばす。その合図を受けたエネミーたちが次々と光牙たちに襲い掛かる。

 

 四方から攻め来るエネミーたちを相手に、光牙は必死になって抵抗を続ける他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、光牙さんたちが、囲まれている……? そんな、魔人柱を相手にするだけでも絶望的なのに、大量のエネミーまで……!?」

 

「まあ、自業自得だよね……。愚かなリーダーと、それに付き従ってしまった者たちが受ける因果応報とでも言うべきかな?」

 

「い、急いで助けに向かわないと……勇さん! 急いで助けに行かないと、光牙さんがっ!」

 

 マリアの叫びを耳にする勇にもその危機的状況はわかっていた。しかし、この包囲網を突破する方法が見つからないのだ。

 

 目の前に居るパルマは簡単に攻略出来る相手では無い。この作戦を考えたのが彼であるのなら尚更だ。

 

 だが、彼を突破しない限りはA組の救援にも行けない。しかし、パルマに戦力を割き過ぎればA組の救援に向かった所で、共にクジカに敗れ去る危険があるのだ。

 

 少なすぎればその逆、パルマは残った部隊を殲滅してからクジカたちと合流し、勇たちは全滅させられてしまう。その戦力の分散をどう判断するかでこの戦いの明暗が分かれるのだ。

 

「……どうする?少なくとも君たちだけなら何とか逃げ出せると思うよ? 前に行った部隊を見殺しにすれば、君たちは助かるけど……」

 

「そんなこと出来ませんっ! 光牙さんやA組の皆を見捨てる事なんて、出来るはずが……」

 

「じゃ、全滅する? 時にはそういう非情な決断も必要なんだけどね」

 

 パルマの言葉は正しい。もしもこの場の指揮を執るのが光牙だったなら、間違いなく多くの命を守る為に撤退を指示していただろう。

 

 だが、ここに居るのは光牙では無い。この場で皆の命を預かる役目を受け持っているのは勇だ。そして、彼が仲間を見捨てると言う選択をしないことは生徒たちの誰もが知っていた。

 

「……さて、お喋りはここまでにしようか。何時までも君たちに考える時間を与えるほど僕は優しくないしね」

 

「くっ……!」

 

 パルマが再び戦いの構えを見せる。魔人柱である彼と戦うのは普通の生徒では難しい。仮面ライダーである自分が戦わなくてはならないだろう。

 

 パルマと戦う戦力、光牙たちを助けに向かう戦力、そしてこの場で持ちこたえる為の戦力を今の内に計算しないと敗北は必至だ。頭脳をフル活用してその答えを探そうとした勇だったが、その肩を誰かに叩かれ、顔を上げると隣に居る人物の顔を見る。

 

「……今は間違い無く緊急事態、だよね?」

 

「謙哉、お前……」

 

「……パルマは僕に任せて、勇は白峯くんたちの救援をお願い!」

 

 そう勇に言い残した謙哉がパルマ目掛けて駆け出す。同時にドライバーを装着した彼は、サンダードラゴンのカードを構えた。

 

「変身っ!!!」

 

<RISE UP! ALL DRAGON!>

 

 ドラグナイトイージスからオールドラゴンへと一気にフォームチェンジした彼は勢いに乗って空へ飛び立つ。たった一人で自分と戦うと言い切った謙哉に対して苦々しい感情を覚えながら、パルマは彼へと吐き捨てた。

 

「ふっ……まさか僕とたった一人で戦うつもりかい? それはあまりにも無謀………っっ!?」

 

 謙哉を嘲る言葉を吐いていたパルマの表情から余裕が消える。まさに一瞬の間に空中から自分の元へと接近した謙哉の動きにまったくついていけなかったからだ。

 

「がぁっ!?」

 

 蒼の弾丸と化した謙哉の体当たりを受けたパルマが呻き声を漏らす。そのまま謙哉に捕まったパルマは共に空へと飛び立つと、戦線からほど離れた位置に投げ出された。

 

「ぐ、おおっ……! お前、なんだその力は……!?」

 

「……悪いけどお喋りしてる時間は無いんだ。勇が白峯くんを助け出すまでに、お前を倒してやる!」

 

「ちっ……! 調子に乗るなと言いたい所だけど、それだけの力を持っている事は確かか……!」

 

 素直に謙哉の強さを認めたパルマは、この予想外の戦力の登場で自分の策が崩れ始めた事を理解していた。どうやら謙哉は自分がもう一度戦線に復帰する事を許してはくれなさそうだ。

 

 となれば、後はクジカが光牙たちを殲滅するのが先か、それとも勇たちの救援が間に合うかの勝負になる。その強さは認めている同じ魔人柱の活躍に期待しながら、パルマは謙哉との戦いに集中し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア! お前はこの場に残って皆を指揮してくれ! 葉月たちと一緒に戦って、出来る限り光牙の方へ移動してくれ!」

 

「わかりました!」

 

「動ける奴で足の速さに自信がある奴は俺と一緒に来てくれ! 光牙たちのピンチを救って、皆でこの危機を乗り切るぞっ!」

 

 ドライバーを装着し、カードを取り出した勇が生徒たちに指示を飛ばす。目の前に迫ったエネミーを蹴り飛ばすと、勇はカードをドライバーへと通して変身した。

 

「変身っ!!!」

 

<ディスティニー! チェンジ ザ ディスティニー!>

 

 手にした剣でエネミーを切り払い、道を拓く勇。大きく剣を掲げた後、仲間たちに聞こえる様な大声で叫び、発破をかける。

 

「謙哉の作ってくれたチャンスを無駄にするなっ! 皆、行くぞっ!」

 

「おーーーっ!!!」

 

 生徒たちは勇のその言葉に奮起し戦いを続ける。この士気の高さが継続している間に決着を着けなければならないと判断した勇は、自分に付いて来てくれた生徒たちを率いながら光牙たちの元へと急ぐ。

 

(待ってろよ光牙! 今助けに行くからな!)

 

 危機に陥った仲間を救う為の救出作戦が、今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、そうするか。その判断を小を見捨てぬ優しさと取るか、犠牲を出すことを恐れる臆病さと取るか……」

 

 いくつものモニターが設置された部屋の中で一人の男の声が響いた。今、必至になって光牙を救うべく戦う勇の姿が映し出されたモニターを見ながら、その人物は呟く。

 

「まだ早い、早いのだ勇……。お前はまだ、戦いの運命の中に飛び込んではいけないのだ……」

 

 プツリ、とモニターの映像が途切れる。それを見た後で男は座っていた椅子から立ち上がると、どこかへ向かって歩き始めた。

 

「……お前はこの危機を乗り切るだろう。運命はそれを指し示している……なれば、私もお前の元に向かわねばなるまい」

 

 がちゃり、がちゃりと、男が足を進める度に金属が動く音がする。部屋から出た男は、空高くそびえる摩天楼の中から外の世界を見ると、深く溜息をついた。

 

「……運命が変わるとも思えぬ。しかし、それに抗う事を諦めきれぬのは、私が愚かであるからなのだろうか……?」

 

 機械で出来た手を握り締めながら、男は小さく呟いた。

 

 


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