「ただいまー!」
子供の頃から見慣れた扉を開けて家の中へと入る。久方ぶりの我が家はどこか懐かしく感じられた。
「兄ちゃん! おかえりなさい!」
「父さん、母さん、兄さんが帰ってきたよ!」
リビングから顔を出した弟と妹に笑顔で応えた後、そのまま別の部屋に入る。そこに置いてあった仏壇の前に正座すると、謙哉は手を合わせて呟いた。
「……おじいちゃん、久しぶり……。今、帰りました」
「……学園長、どうするおつもりですか?」
「………」
謙哉が自宅に帰省した時を同じくして、薔薇園学園では葉月とやよいが園田と話し合っていた。話の内容は当然、玲のことだ。
「玲ちゃん、本当に私たちのせいでマリアンに捕まっちゃったのかな……?」
「そんなこと! ……あるわけ、ないよ……」
やよいの弱気な一言を一蹴しようとした葉月だったが、彼女の言葉にもまた覇気が無かった。二人とも、何処か心苦しい部分があるのだ。
玲のことを理解してあげられなかった事、彼女が苦しんでいる時に手を差し伸べられなかった事……後悔と共に彼女に撃たれた時の痛みを思い出した二人の顔には、いつもの明るさは無かった。
「……お前たちが責任を感じる必要は無い、全ては私の責任だ。私は学園長としても、お前たちの所属する事務所の社長としても……玲の親としても、あいつに何もしてやる事は出来なかった」
冷静に淡々と話していた園田もまた、その言葉の途中で声を詰まらせる。玲の抱えていた闇をどうすることも出来なかった自分に激しい憤りを感じていた。
「どうにかして玲を救い出さねばならない。あのままではマリアンに何をされるかわかったものではないからな」
「やっぱり、マリアンを倒さなきゃいけないんでしょうか?」
「それが手っ取り早い方法だよね。でも、その為には玲と戦わなくちゃならないだろうし……」
そうなのだ。マリアンは玲を最大限に活用しようとしている。ということは、葉月たちとの戦いの時に玲を使わないはずが無いのだ。
盾にするか駒にするかはわからない。しかし、玲が傀儡にされているということは間違いなくライダー側にとってのウィークポイントになるだろう。
一つ、不幸中の幸いを挙げるとすれば、それは勇が虹彩学園のリーダーを担っていることだった。彼でなく光牙が指揮を執っていた場合、玲が見捨てられる可能性は非常に高い。
第二次の内乱が起きる可能性が排除されていた事だけが、今回の幸運であった。
「……マリアンは非常に狡猾だ。人の心の弱みに付け込み、勝てない戦いは絶対にしない……そんな奴の手から、玲をどうやって救い出せば良いんだ……?」
園田のその言葉はもっともであった。緊急事態だと言うのに何の策も思いつかない三人の間に重苦しい沈黙が流れる。
そんな時だった
『お困りのご様子ね。と言っても、その原因は私とこの子なんでしょうけど』
「!?」
聞き覚えのある女の声に驚いた三人が顔を上げれば、園田のPCの画面にマリアンと玲の姿が映っているではないか。
ハッキングかあるいはまた別の手段を用いての方法かはわからないが、何らかの目的を持って園田たちに接触してきたマリアンに対して三人は警戒心を強める。
『そう怯えないで……私はあなたたちにチャンスを与えようとしているのよ?』
「チャンスだと……?」
『……今夜0時、埠頭にある第18番倉庫にディーヴァの二人だけで来なさい。手土産として、ギアドライバーを持ってね……』
『もし私の言う事に従ったら、その勇気に免じてこのお人形は開放してあげる。でももし、あなたたちが来なかったり、約束を違えたりしたら……』
マリアンの指が立ち尽くす玲を指し示す。目に光の灯っていない玲は、その行動に応える様にして自分のこめかみに銃を突きつけた。
「れ、玲っ!?」
『バーン! ってわけ……良く考えなさい、この子を取るか、はたまたギアドライバーを取るか……期限はさっきも言った通り、今夜の0時までよ』
言いたい事を言い切ったマリアンはその言葉を最後に通信を切った。映像の途切れた後、ブラックアウトしたPCの画面を覗きこんでいた三人だったが、不意に園田が口を開いた。
「……行くな。どう考えても罠だ」
「で、でもっ! 行かないと玲ちゃんが……!」
「ギアドライバーはソサエティと戦う人類の希望だ、それをむざむざ失うわけにはいかない。玲の命は諦めざるを得ないだろう」
「何でですか!? 学園長は玲がどうなっても良いって言うんですか!?」
思い切り机を叩きながら叫ぶ葉月、しかし、彼女は視線を下ろした時に気がついた。
机の下で握り締められた園田の拳は強く握り締められ、震えていた。彼女自身の悔しさと、それを封じ込めてでも下さなければならない決断を告げた事による苦しさがそこには表れていた。
「……このままマリアンの手の上で踊らされるわけにはいかん。だから、今打てる最良の手を打つ」
「……どうするおつもりですか?」
「決まっているだろう、マリアンの提案には乗らん。だが、玲は返して貰う。すぐに虹彩学園に連絡を取れ、対マリアンの作戦を考えるぞ」
園田の言葉に葉月たちも力強く頷く。急ぎ学園長室から出て行った二人を見送った後、園田は深くため息をついた。
「……待っていろ、玲」
必ず救い出す。その言葉を飲み込みながら、園田は今取れそうな策を必死になって考え始めたのであった。
「………」
家族揃っての夕食を終えた後、謙哉は祖父の遺影の前で手を合わせていた。すでに十数分もの間こうしている彼は、ずっと黙ったままだ。
「……何か悩み事かえ、謙哉?」
「あ、おばあちゃん……」
「おまえは何か悩むといつもお爺さんの仏壇の前で考え込むからねぇ。すぐにわかったよ」
「あはは……。お婆ちゃんには敵わないや」
祖母に笑みを見せた後、真剣な表情に戻った謙哉は再び祖父の遺影に向き直った。そして、小さな声で語り始める。
「……大切な友達が居るんだ。その人はずっと一人ぼっちになろうとしてて、でも、本当は寂しがりやな人だったんだ」
「僕は……その人に一人になって欲しくなかったんだ。その人に、寂しい思いをして欲しくなかったんだ……」
「でも……僕が無理矢理人の輪の中にその人を連れ込んだせいで、その人は弱くなったって言われて……そうなのかもしれないって、思っちゃったんだ……」
ぽつぽつと語り始めた謙哉の話を黙って聞いていた祖母だったが、一度彼の言葉が途切れた事を見て取ると口を開く。
「……謙哉、お前は今までその子にしてきた事が間違いだったと思っているのかね?」
「ううん、思ってないよ。でも、僕のせいでその人が弱くなったとしたら……」
「……確かにそうかもしれないね。でも、それだけじゃないと私は思うよ」
「え……?」
顔を上げた謙哉が祖母の顔を見つめる。ふわりと笑った彼女は、自分の孫の為に語り始めた。
「勘違いしちゃいけないよ謙哉。人は強くだけなることも弱くだけなることも出来やしないんだ」
「えっ……!?」
「……一人ぼっちの人間が誰かと繋がれば、その人は誰かと力を合わせる素晴らしさや絆の強さを知るだろう。でも、同時に人に裏切られる恐怖も生まれる……強くなるって事は、弱くなるってことでもあるのさ」
「強さと弱さは表裏一体……強さを知れば同時に弱さが生まれる。でも、弱さを知らない者は絶対に強くなれない……きっとその子も気がついているはずさ、弱さを知る者だけが強くなれると言うことをね」
「弱さを知る者だけが、強くなれる……」
祖母の言葉を繰り返しながら、謙哉は一枚のカードの事を思い浮かべていた。
『サンダードラゴン』……玲と共にクリアしたクエストの報酬であり、二人で手に入れた力であるそのカードは謙哉に新たな強さを与えてくれた。
だが、同時に今、謙哉がこうして悩むほどの弱さを生み出してもいた。玲との繋がりが強さにも弱さにもなる事に気がついた謙哉は、はっと息を呑む。
「……謙哉、お前が本当にその友達の事を大切に思っているならわかるはずさ。『その子は自分の中に生まれた弱さに負けてしまう子』なのかい?」
祖母のその言葉を受けた謙哉はそっと目を閉じる。そして、今まで玲と過ごした日々を思い返した。
初めて会った時の憎しみをぶつけられたこと、合宿で彼女に思いのたけをぶつけてチームを組むと宣言した時のこと
ドラゴンワールドで一緒にドラ君を育てた時のこと、皆と協力して悠子を救い出した時のこと
怒った顔、悲しんだ顔、楽しそうな顔、照れた顔……一つ一つを思い出していった謙哉は最後に玲の笑顔を思い出した。
―――謙哉
笑ってくれるようになった。自分の名を呼んでくれるようになった。暗く辛い過去を乗り越え、玲はもう一度誰かを信じられるようになった。
その玲が弱いはずが無い。弱さに負けてしまうような人である訳が無い……答えを見つけ出した謙哉が目を開くと、そこには祖母の笑顔があった。
「……答えは見つかったみたいだね」
「うん……ありがとう、お婆ちゃん! それと……」
くるりと振り返って遺影を見る。写真の中の祖父は、自分の事を後押ししてくれている気がした。
「……お婆ちゃん、僕、行かなきゃいけない所があるんだ」
「ええ、わかってますとも。お行き、お爺さんもきっとそう言ってるわよ」
祖母の言葉に笑顔で頷く。制服のボタンを留めると、謙哉は外へと駆け出した。
埠頭へと走る彼を月が優しく見守っていた。
「約束の時間ね。どうやらちゃんと来てくれたみたいね」
深夜0時、第18番倉庫にはマリアンと彼女に対峙する葉月とやよいの姿があった。
「……玲はどこ?」
「ふふふ……そう慌てないで、ちゃんと姿を見せて上げるわ」
マリアンが合図のように指を鳴らすと、物陰から玲が姿を現した。うつろな目をしたままの彼女の手には、やはり銃が握られている。
「……本当に玲を返してくれるの?」
「ええ、本当よ……さぁ、ドライバーをお渡しなさい」
マリアンの事を睨みながら葉月がアタッシュケースを差し出す。それを受け取ったマリアンが中身を検め、それを見て満足するともう一度指を鳴らした。
「……変身」
その合図を受けた玲がドライバーを装着し変身する。ディーヴァγへと変身した彼女を見た葉月はマリアンに対して大声で叫んだ。
「なんのつもりよ!? 玲は解放する約束じゃない!」
「あはははは! まさか本気で信じたの? そういう所はおこちゃまね~!」
「騙したの……? 最初から玲ちゃんを解放する気なんてなかったの!?」
「当然じゃない。でも安心なさい、ディーヴァは再結成してあげるわ。あなたたち二人も玲と同じく私の人形にしてあげる!」
浮遊したマリアンはそのまま倉庫の荷台の上に飛び乗ると玲たちを見守る姿勢を取った。じりじりと距離を詰めて葉月たちに近寄る玲を楽しそうに見つめる。
「三人仲良くガグマ様と私の駒にしてあげるわ。泣いて喜びなさい」
「……へぇ、そうかい。そんな面白い事を考えてたのか」
クスクスと笑いながら葉月たちを見守っていたマリアンだったが、突如聞こえてきた声に驚いて動きを止める。
その瞬間を見計らっていたかの様に玲の体には鎖が絡みつき、マリアンには二人の人影が飛び掛った。
「くっ!?」
とっさに飛び退いて繰り出された攻撃をかわすマリアン。ギリギリの所で避け切った攻撃を繰り出してきた相手の姿を確認すると苦々しげに呟く。
「……どうやらそっちも素直に約束を守るつもりは無かったってわけね」
「当然だろ? お前の事なんか誰が信じるかよ」
ディスティニーソードの切っ先をマリアンに向けた勇が戦いの構えを見せながら言う。その隣にはドラゴナイトイージスに変身した謙哉の姿もあった。
「水無月さんへの拘束を全力で行ってください! なんとかマリアンを退却させるまでの時間稼ぎを!」
「全員、力を集結させるんだ!」
補助部隊を率いるマリアが生徒たちに叫ぶ。薔薇園と虹彩の両校の生徒を指揮するのは園田だ、この危険な状況にも臆さずに現場へと足を運んだ彼女に生徒たちは大いに励まされていた。
「……なるほど、玲を拘束している間に私を退却させて彼女を解放するって算段ね……でも、正直……私を舐めてるんじゃないかしら?」
「何っ!?」
「う……あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
倉庫の中に玲の叫びが木霊する。激しく暴れる彼女は絡みついた鎖を振り払うと、周りの生徒たちに無差別に銃弾を放ち始めた。
「れ、玲っ!」
「あはは! 玲は今、私の呪いで強化されてるのよ? あんな拘束なんて有って無い様なものよ!」
「くそっ! まさかこんなに早く拘束が破られるなんて……!」
「謙哉、マリアンは俺が相手をする! お前は水無月を止めるんだ!」
「わかった!」
勇の叫びを受けた謙哉は、親友に後を任せて玲の元へと駆け寄る。そして、彼女を抑えつけながら叫んだ。
「水無月さん、僕だよ! しっかりするんだ、君はあんな奴に負けてしまう人じゃないだろ!」
「あ、あぁ……あぁぁぁぁっ!」
「ぐうっ……っ!」
激しく暴れる玲は謙哉に容赦なく攻撃を仕掛ける。拳を見舞い、銃を拙射し、何とか謙哉を引き剥がそうとする。
しかし、どれほど玲が攻撃を加えても謙哉が彼女から離れる事は無かった。
「君は、強い人なんだ……! 君が自分を取り戻すまで、僕は君から離れない!」
「う……あっ……!」
玲の動きが徐々に大人しくなっていく。激しく動いた反動が来たのか、はたまた謙哉の説得に心が動いたのかは分からないが、園田たちがその光景に勝機を見出した時だった。
「ぐわぁっ!!!」
「……何をやってるの玲。早く邪魔者を掃除しなさい」
「う、うぅ……!」
勇の隙を見計らってマリアンの手から放たれた氷弾が謙哉にぶち当たる。予想外の強力な攻撃を受けた謙哉は大きく吹き飛ぶと倒れこんでしまった。
「け、謙哉っ!」
「おっと、あなたの相手は私でしょう?」
なんとか謙哉の援護に向かおうとした勇だったがマリアンにそれを妨害されてしまう。謙哉の拘束から開放された玲は、手に持ったメガホンマグナムを園田へと向けていた。
「っっ……!」
自分に向けられた銃口を見ながら歯軋りする園田。義理の母へと銃を構えた玲がその引き金を引こうとした時だった。
「だめっ! だめだよ玲ちゃん!」
「目を覚ましてよ玲! アタシたちの事を思い出して!」
園田を庇うようにして間に葉月とやよいが駆け込んできたのだ。瞳に涙を湛えながら叫ぶ二人を見た玲の動きに変化が起きた。
「う……あ……」
じりじりと銃を構える腕を下ろそうとする玲。必死になって自分にかけられた呪縛に抗おうとしている彼女の姿を見たマリアンが大声で叫ぶ。
「撃ちなさい玲っ! あの三人を消して、自分の過去に決着をつけなさい!」
「ふざけんなっ! 水無月、頑張れっ! こいつの言うことなんか聞くんじゃねぇっ!」
「このっ……邪魔をするな、人間風情がっ!」
「ぐわあっっ!!!」
自分を押さえ込もうとする勇を吹き飛ばしたマリアンが玲を見る。そして、呪いの力を最大限に発揮しながら彼女の指示を送った。
「撃ちなさい! 私の言う事を聞くのよ、玲っ!」
「あ、あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
呪いと言葉の両方の呪縛を受けた玲は大声で呻くと再び銃を園田たちに向けた。時間が凍りついた一瞬、次の瞬間、メガホンマグナムからは銃弾が放たれていた。
「くっ……!」
園田が、葉月が、やよいが……とっさに地面に伏せて身を庇う。しかし、誰も痛みに呻いて地面に倒れこむ事は無かった。
「……はぁ、はぁ……っ!」
「……何をしているの玲っ! 早くそいつらを殺しなさい!」
明らかに苛立ちが篭ったマリアンの声に顔を上げれば、そこには信じがたい光景が広がっていた。なんと、玲が見当違いの方向に銃を向けているのだ。
「撃てと言うのが分からないの!? 私の命令を聞くのよ!」
「……嫌だ」
「!?」
「撃ちたくない……嫌だ!」
はっきりとした意思を持った玲の言葉を聞いたマリアンは絶句した。自分の呪いを受けて抗うことなど、玲に出来るはずが無いと思っていたからだ。
しかし今、彼女はマリアンの命令に逆らっている。予想外の出来事に狼狽するマリアンに対して、立ち上がった謙哉が叫んだ。
「……どうだ見たか……! 水無月さんは強い、お前の呪いなんかに負けるはずが無い! お前は水無月さんを甘く見すぎたんだよ!」
「なっ……!?」
謙哉の言葉を受けたマリアンの気が緩む。その瞬間、玲の変身が解けた。
「れ、玲っ!」
必死になって抗い、マリアンの呪いを退けた玲に園田たちが駆け寄る。彼女の強さと優しさをその目で見た全員の顔には笑顔が浮かび上がっていた。
しかし……
「あ……あぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「み、水無月さんっ!」
玲が突如苦しみだし、額を押さえて倒れてしまった。とっさに駆け寄った謙哉が彼女の体を抱き止めるも、玲は苦しそうに叫ぶばかりだ。
「……玲、あなたが悪いのよ。あなたが私のお人形のままで居れば、可愛がってあげたものを……」
「貴様っ! 玲に何をしたっ!?」
「何をした? 何をしたですって? ……決まってるでしょ? 壊れた人形を処分したのよ」
「ど、どう言う意味だ!?」
園田の焦った声が倉庫に響く。それに対してマリアンは淡々と、ただ冷静に話し始めた。
「今、玲に刻んだ呪いを最大限に発動させたわ。と言っても、行動を強制させるんじゃ無くって別の能力の方をだけどね……」
「別の能力……? 何をしたんだ!?」
「……今から十分後、玲は死ぬわ。悲しかった思い出や苦しかった経験を思い出しながら、一人寂しく孤独に震えながら死んで行くのよ」
「何だと!?」
「可哀想な玲……私に逆らったばっかりに苦しくて救いの無い死に方をするなんてね……」
「ふざけるな……ふざけるな! 今すぐ呪いを解除しろっ!」
「あはははは! そんな事するわけ無いでしょ! ……でもまあ、そうね……玲を救う方法が無いわけじゃ無いわよ」
「そ、その方法は!?」
「簡単よ……! 十分以内に私を倒せば良いの。単純でしょう……?」
そう言ったマリアンはクスクスと愉快そうに笑った。対して、勇たちの表情には絶望が映る。
「あはははは! 出来るわけがないわよねぇ? あと十分で! 魔人柱である私を倒すことなんて不可能に決まってるわよねぇ!」
「く……そっ……畜生っ!」
その絶望的な宣告を受けた勇が苦しげに呻く。やよいは呆然とした表情でその場にへたり込み、葉月は絶叫に近い声を上げた。
「嘘だよ……こんなの、こんなの嫌だよ……っ!」
「玲が死ぬ……? そんな、そんなことって……」
誰もが絶望し、悲しみの声を上げていた。そんな中でマリアンだけが愉快そうに叫ぶ。
「玲が死ぬのはあなたたちのせいでもあるのよ! あなたたちが玲を愛さなければ、あなたたちが玲に愛されなければこんな事にはならなかった! みんなみんな、愛情のせいなのよ! あ~っはっはっは!」
その狂った様なマリアンの笑い声を誰もが聞いていた。勝利宣言にも等しい彼女の笑い声を、たった一人の男を除いては……
かすかに震える玲の体、寒さと恐怖に怯える彼女の目から涙が零れ落ちる。そっとそれを手で拭った謙哉は、そのまま玲の瞳を覗きこんだ。
玲は戦った。マリアンの呪縛に抗い、彼女にとって大切な人を守った。大切な友人である葉月とやよい、母である園田を守ったのだ。
そして謙哉は聞いていた。自分の腕の中に崩れ落ちた玲が、最後に自分に対して呟いた言葉を……
『謙哉……助けて……!』
玲は強い。だが、まだマリアンに心を囚われている。マリアンが玲の命を奪うと言うのなら、自分のやる事は一つだ。
園田に玲を預けた謙哉は立ち上がると同時にホルスターからカードを取り出した。総数5枚、それを左手に構えると、一枚ずつドライバーに通していく。
<ドラゴファング!>
「……あら? あなたは戦うつもりかしら? 無駄な事をしちゃって……」
<ドラゴブレス!>
「……だけは」
「は……?」
「お前だけは……」
<ドラゴウイング!>
一つ、また一つとカードをリードしていく謙哉。その度に彼の体には蒼い電流が走る。
<ドラゴテイル!>
謙哉は思い返していた。マリアンによって奪われたもの、踏みにじられたものを
葉月とやよいを悲しませ、園田を傷つけた。そしてなにより……玲の心を弄び、あまつさえ踏みにじった。
「お前だけは……っ!」
グツグツと心の中で煮えたぎるマグマの様な感覚。熱く燃え上がる怒りの感情が謙哉の内側から湧き上がる。
<ドラゴクロー!>
最後のカードを使用した瞬間、謙哉の体には衝撃と激痛が走った。しかし、そんなものにも一切気を取られないまま、謙哉はマリアンを睨む。
玲の心を、命を、全てを利用して叩き潰したマリアン。憎き敵に怒りの感情を爆発させながら謙哉は叫んだ。
「お前だけは……絶対に許さないっ!」
<RISE UP! ALL DRAGON!>
「えっ……!?」
謙哉の体を中心に巻き起こる雷、目も眩む閃光と落雷の轟音に押されながらも勇は前を向き……そして見た。
龍の頭部を模した兜、両腕に生えた巨大な鉤爪と腰から伸びる尾。その全てを支える為に先ほどよりも一回り大きく、逞しくなった鎧を身に纏った謙哉が翼をはためかせて宙から舞い降りる姿を……
「な、なに……? その姿は、ドラゴン……?」
マリアンの感想は正しかった。謙哉の姿はまさに龍そのものであった。強大な力と威圧感を放ちながら、謙哉はマリアンを睨む。
「……5分だ。お前を倒すのにそれ以上の時間は要らない」
「何を……!? 人間が、調子に乗るなっ!」
怒りの言葉と共に放たれる氷弾。しかし、謙哉はそれを翼の羽ばたき一つで掻き消すと怒りの篭った声で吼える。
「覚悟しろ……! 水無月さんを泣かせたお前を、僕は絶対に許さない!」