「お母さん……っ!」
「こんなに大きくなって……っ!」
目の前で親子が涙ながらに抱きしめあっている。司会の男性やゲストとして呼ばれたタレントたちがその様子を涙を浮かべて見守っていた。
(まったく……これの何が感動的なのかしら?)
心の中でやれやれと言った表情をしながら玲もまた彼女たちを見守っていた。正直、こういうお涙頂戴の番組は苦手だ。
本日、ディーヴァの三人は生放送のテレビ番組に出演していた。『感動の再会! あの人に会いたい……!」と銘打たれたその番組の内容は、タイトル通り生き別れた両親や離れ離れになった友人たちをテレビ局が探し出し、依頼人とスタジオで再会させると言うものだ。
ここまで何組かの人たちの再会シーンを見てきたが、玲としてはあまりそれが感動的だとは思えなかった。自分で探し出したのならまだしも、誰かに探し出して貰うなんて他力本願過ぎると思ったのだ。
まぁ、そんな自分の心が冷たいのだろうと判断した玲は、番組の雰囲気を壊さない様に自分も感動した様な表情を作ってゲストたちを見守ることに注力していたのだが
「さて……実は今日、皆様にもお伝えしてなかったことがあります」
だから司会の男性が台本になかった事を言い出したとき、ほんの少しだけ嫌な顔をしてしまった。今の表情がカメラに写っていない事を祈りながら玲は思う。
こういうサプライズと言うものは、大体が趣味の悪い親切の押し付けなのだ。そのサプライズを受ける事になるであろう人物に心底同情しつつ表情を作り直した彼女にスポットライトが集まる。
「……は?」
「本日、この場所には、ディーヴァの水無月玲さんにどうしても会いたいと願っているとある方が来ているのです!」
ぞわり、と嫌な予感がした。それも相当悪い事が起きる予感だ。
葉月とやよいを除いたゲストたちが感動的な表情を自分に向けている。残りの二人は困惑と驚きの入り混じった表情をしていた。
「では、出て来ていただきましょう! 幼い頃に彼女と離れ離れになった水無月さんのお母様です!」
そしてカーテンが上がり、その人物が姿を現した時に玲の頭の中は真っ白になった。
そこにいた人物、なんの罪の意識もなさそうな笑みを浮かべているその人物は、かつて自分を虐待し続け、人間不信に陥れた張本人の一人……自分の母親だった。
「……大丈夫か、謙哉?」
「……僕にそれを聞くのは間違ってるよ」
浮かない表情をしている謙哉を気遣った勇の言葉は、他ならぬ彼の短い一言で切り捨てられた。あまり余裕のなさそうな親友に対して心配そうな表情を送りながら勇は数日前から続くこの出来事を思い返していた。
先日の生放送での一件、番組からのサプライズで登場した母親の姿を見た玲は酷く錯乱し、番組は一時放送を停止する騒ぎにまで発展した。無論、その様子を見ていた者も、見ていなかった者も翌日にはその話で持ちきりだった。
何故、玲はあそこまで錯乱したのか……? その謎に迫った報道者たちが玲の過去を暴いてしまったのである。そして、それは更なる騒ぎの火種となった。
『女神から笑顔が消えた理由』『アイドルの過去に隠された悲劇』……新聞や情報誌を見ればそんな見出しが踊っている。それを見るたびに勇はなんとも言えない悔しさを感じていた。
別段、玲と仲が良かったわけでは無い。しかし、最近の彼女は目に見えて自分たちと連携を取ろうとしている様になっていた。それは、玲が自分たちを信じてくれた証だと思っていたのだ。
今、初めて玲の過去を知った勇は、過去にそんなことがあったと言うのに自分たちを信じてくれるようになった玲の事を尊敬し始めていた。同時に、彼女と信頼関係をいち早く結んだ謙哉に対しても同じ感情を覚える。
だからこそ勇は二人が心配だった。せっかく心を開きかけてくれていた玲がこの事件のせいで再び心を閉ざしてしまうのではないか? その時、彼女と良い信頼関係を結べていた謙哉がどう思うのか? 今も浮かない顔をしている謙哉を見れば、否が応でもそんな考えを浮かべてしまうのであった。
「……謙哉、今日は水無月の所に行ってやれよ」
「え……?」
「ソサエティの攻略は休みだ。葉月たちもこの一件のせいでしばらくは俺たちと合流できねぇ。なら、お前は水無月と話して来てやれ」
「で、でも……」
「ごちゃごちゃ言うな! リーダー命令だ!」
そう言い切った勇は謙哉の背中を押すと教室の外へと締め出す。ドアを閉める前に彼の顔を見ると、自分が知る限りの情報を伝えた。
「……水無月は今、都内のホテルを転々としてるらしい。今は東都グランドホテルに居るって葉月から聞いた」
「……ありがとう、勇」
「礼は言いっこなしだぜ? ……水無月と話せると良いな」
笑顔を浮かべるとドアを閉める。扉の向こうで駆け出す音が聞こえた勇は、満足そうに笑うと本日の予定を考え始めたのであった。
『少しで良いから話せない? 今、ホテルのロビーに来てるから』
悩んだ後、スマホの送信ボタンを押す。グッと手の中でそれを握り締めながら、謙哉はロビーにある大型のテレビの映像を見ていた。
放送されているニュースでは、玲が過去に受けた虐待についてコメンテーターが語っていた。謙哉はしたり顔で自分の意見を語る男性とそれに頷きながら話を聞き続ける人々に言い様の無い不満を覚える。
彼らが一体、玲の何を知っているのだろう………自分の知っている情報と玲の過去を組み合わせて、玲は今こう思っているだろうだとか、きっとお母さんに対してどう接すれば良いのかわからないのだとか、それが全ての事実であるかの様に話す彼らに苛立ちを感じた。
自分だってそうだ。数ヶ月の間チームを組んでいたが、彼女についてはっきりとわかることはあまり無い。だが、やっとお互いを理解出来る様になって来ていたのだ。
目を合わせてくれるようになった。名前で呼んでくれるようになった。背中を預けて戦ってくれるようになった……一歩ずつ、距離を縮めていけていたのだ。
「……っ!」
そこまで考えた所で手の中のスマホが震えた事に気がついた謙哉は視線を落とすと画面を見る。そして、そこに浮かび上がった文字を見て小さく呻いた。
『帰って』
短い、たった三文字だけの返信。初めて会った時の玲がしていたそのそっけない対応に声を詰まらせた謙哉が何か彼女に言おうとして……止めた。
どうすれば良いのか分からなかった。拒まれていたとしても、彼女が傷ついていると言うのなら傍に行きたかった。だが、もしも騒ぎになって報道陣がここに玲が居ると言うことに気がついたらどうなる?
園田たちが必死になって玲を守ろうとしているのに、自分の勝手な行動で全てを水泡に還すわけにはいかない。悔しさに歯を食いしばりながら、謙哉は短い返信を玲に送った。
『分かった。でも、何かあったらすぐに連絡して』
それだけ打ち込み返信するとソファーから腰を上げる。そのまま重い足取りでホテルの外へと向かう。
外に出た後、高くそびえる建物の何処かに玲が居る事を思いながらそれを見つめた謙哉は、自分の無力さを感じながらその場を去って行ったのであった。
「今更何の用よ!? のこのこ顔を出して!」
俯き、顔を伏せたままの母をなじる。溢れる感情のままに叫び続ける。
「あの男に捨てられた事ぐらい知ってるのよ! それで? 一人で寂しくなったから私の所に来たってわけ? 冗談じゃない!」
怒りが、悲しみが、玲の心の中から溢れた。目から涙を流しながらなおも玲は叫び続ける。
「どうせ私のことなんかどうでも良いんでしょ!? あなたは、ただお金や自分を甘やかしてくれる存在が欲しいだけよ!」
憎くて憎くて仕方が無かった。今更自分の前に現れた母が、どうしようもなく憎かった。
だが、玲は自分の叫びを否定して欲しかった。そんなことはない、お前を愛しているのだと言って欲しかった。だが……
「……ああ、そうだよ。お前なんかどうでも良いんだよ」
「っっ……!」
「たんまり金を稼いで、周りにちやほやされて……お前は良い人生を送っているんだろう? なら、私に少しくらい見返りがあっても良いじゃないか!」
「お前の言うとおりさ! 私はお前なんかどうだって良い! お前の持っている金が欲しいだけなんだよ! その為にテレビにまで出たって言うのに……あ~あ、失敗したね!」
ガン、と頭をハンマーか何かで殴られた様な衝撃を感じた。指先が痺れ、先ほどまで感じていた様々な感情が消え去っていく。
やっぱりそうなのだ……自分は、自分を産んでくれた母親にだって必要とされていない。どうでも良い存在なのだ……
「お前なんて誰にも愛されるものか! お前の事を大切に思う人間なんて、この世界にいるものか!」
「はっ……!!!」
最悪の目覚めだった。ホテルのベッドの上で、汗びっしょりになって目覚めた玲は大きく呼吸をして、瞳から涙を零す。
放送の後で母から言われた言葉が頭から離れない。自分を包む闇が、その深さを増したように思える。
グルグルと幾重にもループする思考の中で、玲は顔を覆って小さく泣き続けた。
「うっ……ううっ……!」
自分は一人ぼっちだ。暗い部屋の中でこうして誰にも慰められること無く泣き続けている。ひどく惨めな、寂しい人間だ。
愛されている実感が欲しかった。一人では無いと抱きしめて欲しかった。
だが、そうして貰うためには人に近づかなければならない。誰かに愛して貰うために、誰かを愛さなくてはならない。
そして、自分が愛した人間が自分を愛してくれるとは限らないのだ。自分を利用するだけ利用して、そのまま投げ捨てられる可能性だってある。
玲は、それがたまらなく恐かった。
「謙哉……っ!」
会いたかった。このホテルにやって来てくれたと聞いて本当に嬉しかった。だが、同時に玲の頭の中では母の言葉が鳴り響いた。
お前なんか誰も愛さない……その言葉が呪いとなって玲を苦しめる。もしかしたら、自分に近づく者は全員、自分を利用するつもりなのかもしれないと考えてしまう。
だから会えなかった。帰ってくれと言う他無かった。そんな風に、ぐちゃぐちゃになってしまった心をどうしようも無いまま苦しみ続ける玲が瞳を閉じた時だった。
「本当、弱くなったわね……」
「っっ!? だ、誰っ!?」
「ふふふ……ここで会うのもなんだから屋上で会いましょう。楽しい事をしましょうよ……!」
響いていた声はそう言うと徐々に遠ざかって行った。警戒心を強めながらも、玲はその言葉に従って部屋を出る。その手には、ギアドライバーが握られていた。
「ふふふ……来たわね、水無月玲さん」
「あんたは……!」
ホテルの屋上、やや広めながらも様々な機械が置かれているその広場の中心にいる人影を見た玲の目が驚きで見開かれる。
赤い色をした女性型の魔人……それがガグマの部下であるマリアンだと言うことはすぐにわかった。同時に腰にドライバーを当てて変身の構えを取る。
「一人になった私を襲いに来たってわけ? いい趣味してるじゃない」
「いいえ、私はあなたを助けに来たのよ」
「私を助ける? 馬鹿な事を言わないで頂戴!」
「ふふふ……嘘じゃないわよ。だって私にはあなたの気持ちがよく分かるんだもの……!」
「くっ……!」
余裕を崩さないマリアンを睨んだ玲は、これ以上相手のペースに巻き込まれまいと頭を振って話を強引に断ち切ろうとした。
ドライバーにカードを通し、ディーヴァへと変身する。メガホンマグナムを構えた玲は、マリアン目掛けて引き金を引き続けた。
「そんなに怯えないで……。恐がらなくたって良いじゃない」
「誰が怯えているもんかっ!」
マリアンの言葉を否定しながら銃撃を続ける玲。しかし、その攻撃がマリアンに当たる事は無かった。
「くっそぉ……!」
「あらあら……言う事を聞かない悪い子にはおしおきが必要ね」
「なっ!?」
瞬間、十分な距離があったはずのマリアンとの距離が消滅する。目にも留まらぬ速度で玲に接近したマリアンは、鋭い手刀でメガホンマグナムを持つ玲の右手を打ち払った。
「あっ!?」
その衝撃に武器を取り落としてしまう玲。そんな彼女にマリアンの追撃が迫る。
右手を打った手刀はそのまま裏拳となって玲の脇腹に叩き込まれた。痛みに顔をしかめた玲に対し、マリアンは前蹴りを繰り出す。
「うあぁっ!!!」
「うふふ……まずはその無粋なドレスを剥いであげるわ」
蹴り飛ばされ、背後の機械に叩き付けられる玲。痛みに耐えながら立ち上がった彼女が見たのは、マリアンの手に集まるいくつもの氷弾だった。
<必殺技発動 ダイアモンドブリザード……!>
「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」
低い電子音声が響き、マリアンの手から無数の氷弾が玲目掛けて発射される。いくつもの握り拳ほどの大きさの氷が猛スピードで玲にぶつかり、玲は大きく吹き飛ばされた。
<GAME OVER>
「あ……ぐっ……!」
変身を解除され、地面に倒れ伏す玲。そんな彼女に近づいたマリアンは、玲の首根っこを掴むと壁に叩きつけた。
「無様ね。愛を求めるくせに愛に怯えた結果、あなたはここまで弱くなった……でも、安心して頂戴。私があなたを愛してあげるわ、道具としてだけどね……!」
「は……うぅ……」
冷気が体を包む。体が足元から徐々に凍り付いていく。だんだんと遠くなって行く意識の中、玲はうわごとの様に呟く。
「ごめん……なさい……義母さん……。葉月、やよい……ごめん、ね……」
「……ふふ、良い表情よ。身も心も凍り付いて、私の人形へと落ちなさい……!」
かちかちと心が凍りつく感覚。体の感覚も無くなり、意識もほとんど無くなってきている。
玲の心の中でたくさんの人の顔が浮かび上がっては消えていった。意識を失う寸前、彼女は自分の心の中に最後に残った優しい笑顔を向けてくれている青年の名前を呼んだ。
「けん……や……」
その言葉を最後に、玲の瞳から光が消えた。力の抜けた体を抱えたマリアンが満足そうに微笑む。
そして、玲を連れたまま夜の闇の中に消えて行った。
「水無月さんが行方不明になったって言うのは本当ですか!?」
「ああ……残念ながらな」
翌日、薔薇園学園の学園長室では神妙な顔をした謙哉と園田が話をしていた。暗い顔をしたまま、園田が詳しい話を始める。
「今朝のことだ、私が玲に連絡を取ろうとしたのだが、なぜか通じなかった。嫌な予感がして玲の部屋に人を送ったのだが……」
「……水無月さんは居なかった。ということですか?」
「ああ……部屋はもぬけの空、荷物や携帯電話は置いてあったが、ドライバーだけが無くなっていた」
「え……!?」
「……ホテルの屋上では戦闘の形跡も見つかった。おそらく玲は何者かと戦って敗れ、連れ去られたのだろう」
「そんな……いったい誰がそんな事を……?」
驚きを隠せない表情で謙哉が呟く。園田も玲の事を心配している様だ。
「もしかしたら君の所に身を寄せているのかもしれないと思ったのだが……そうでは無いみたいだな」
「……すいません。僕もちゃんと話すことすら出来て無くって……」
悔しそうな表情の謙哉が唇を噛み締める。俯き、拳を握りしめながら、謙哉は昨日の事を後悔していた。
「僕のせいだ……僕がちゃんと水無月さんと話せていたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに……っ!」
「……君が自分を責めることは無い、責任があるとすれば私だ。義理とは言え、私は玲の母親であり、玲を守る責任がある。しかし……私は、それを果たすことが出来なかった。今の玲は身も心もぼろぼろだ、その上、こんな事になってしまうなんてな……」
二人は互いに自分の行動を後悔し、自分を責め続ける。暗い雰囲気が部屋を包み、重苦しい空気が二人に圧し掛かっていた。
そんな時だった。大きな振動と共に爆音が響き、部屋を揺らす。何事かと顔を上げた二人は、同時に部屋に飛び込んできた女子生徒を見た。
「が、学園長、大変です……!」
血相を変えたその生徒の報告を聞いた二人の表情が変わる。そして、謙哉はドライバーを片手にすぐさま部屋から飛び出して行ったのであった。
「なんで……どうしてっ……!?」
地面に転がり、苦しそうに喘ぎながらやよいが呟く。体は傷だらけで瞳には涙が浮かんでいるが、彼女にはそんなことは関係なかった。
前回の虹彩学園へのミギー襲撃を受けて、薔薇園学園では防衛の強化が行われていた。エネミー撃退用タレットの設置、生徒たちの防御作戦の徹底、etc……
なにも問題は無いはずだった。事実、学園を襲撃して来た敵はほとんどが仕留められ、戦いはこちらが有利だった。そう、彼女が現れるまでは……
「ああっ!」
黄色のスーツから火花を散らして葉月が悲鳴を上げる。やよいの真横に転がってきた彼女もまた変身を解除されてしまった。
「なんでよ……? どうして、こんな事を……!?」
痛みを必死に絶えながら葉月もまたやよいと同じ事を口にする。そして、自分を打ち倒した相手に向かって涙ながらに叫んだ。
「なんでこんな事するのさ、玲っ!」
「…………」
葉月のその叫びを受けた青い人影……ディーヴァγに変身している玲はただ黙って二人を見つめていた。自分たちを攻撃して来た彼女の行動が信じられない二人は必死になって叫び続ける。
「答えてよ玲っ! どうしてこんなことをするの!?」
「何かの間違いだよね!? 玲ちゃんがこんなことするわけ無いよね!?」
あくまで玲を信じ、彼女に呼びかける葉月とやよい。だが、そんな二人に向けて銃口を向けた玲は、そのままその引き金に触れる指に力を込めた。
「止めるんだ、水無月さんっ!」
その瞬間、玲と葉月たちとの間に謙哉が割り込んでくる。彼の姿を見た玲は、ほんの一瞬だけその動きを止めた。
「なんで君がエネミーと一緒に薔薇園に攻撃を仕掛けてくるの!? いったい、君に何があったんだ!?」
「………」
謙哉の叫びを受けた玲だったが、その質問には答えず、代わりに引き金を引いて銃弾を見舞った。謙哉は葉月たちを庇いながらその攻撃をかわすと、ドライバーを装着して変身する。
「変身っ!!!」
<ナイト! GO!ファイト!GO!ナイト!>
イージスへと変身した謙哉は一目散に玲に飛び掛ると彼女を押さえ込む。これ以上の暴走を止める様に促しながら、謙哉は必死に叫んだ。
「水無月さん、どうしちゃったのさ!? 君はこんな事をする人じゃないだろう!」
叫び、なんとか玲の身動きを封じようとする謙哉。しかし、玲は彼を思い切り蹴り飛ばすと、メガホンマグナムを向けて引き金を引いた。
「ぐわぁぁっ!」
銃撃を受けた謙哉が痛みに苦しむ。しかし、なんとか盾で銃弾を防ぎながら玲を説得しようとした。
「もう止めてくれ水無月さん! これ以上続けるなら、僕は……っ!」
<ウェイブ! バレット!>
謙哉の必死の説得にも玲は何も答えない。代わりにカードをメガホンマグナムにリードすると、銃口を謙哉ではなく別の方向に向けた。
「っっ!?」
そこには傷ついた葉月とやよい、そして二人を助けようとする薔薇園の女子生徒たちが集まっていた。彼女たちに銃を向けた玲は必殺技を発動し、彼女たちを吹き飛ばそうとしているのだ。
「くっ……そぉぉぉっ!」
<必殺技発動! コバルトリフレクション!>
玲は間違いなく葉月たちを攻撃する……その事を感じ取った謙哉は歯を食いしばると先んじて必殺技を発動した。
イージスシールドから放たれる光の奔流。青の光線は引き金を引こうとしていた玲にぶち当たり、彼女を大きく吹き飛ばす。
「っぅ……あぁ……っ」
「み、水無月さんっ!」
吹き飛んだ玲が変身を解除したのを見た謙哉は急いで彼女に近づこうとした。しかし、彼の前に赤い影が立ちふさがる。
「あらあら、酷い事するのね。元はお仲間だって言うのに……」
「お前は……マリアンっ!」
「お久しぶりね。私のお人形が世話になったみたいだから、ちょっと様子を見に来たのよ」
「人形だって……?」
マリアンの言っている意味が分からずに困惑する謙哉。マリアンを睨み続けていた彼だったが、その目に信じられないものが映った。
「えっ!?」
「ふふふ……そう、良い子ね……!」
ふらふらとした足取りでマリアンに近づいてきた玲が彼女の横に並んだのだ。敵対する相手に頭を撫でられても抵抗一つしない玲に謙哉だけでなく葉月ややよいたちも驚きの目を向ける。
虚ろな目をした玲はただ黙ってマリアンに撫でられている。謙哉は彼女の額に謎の紋章が浮かんでいることに気がつき、マリアン目掛けて叫んだ。
「まさか、お前が水無月さんを操っているのか!?」
「うふふ……ご名答、その通りよ。でも、私がこうしたわけじゃないのよ?」
「何を言っているんだ! お前じゃなければ誰が水無月さんを……」
「わからないの? だから彼女はこうなってしまったと言うのに……」
「えっ……?」
マリアンの言葉に謙哉は驚き、押し黙る。愛しいペットを可愛がるようにして玲に触れながら、マリアンはその場に居る全員に対し、説明を始めた。
「彼女はね、もう人を信じられなくなったのよ……自分の心を傷つけ、その傷を抉る人々に絶望して心を閉ざしたの」
「そんなの嘘だ! 玲をおかしくしたのはアンタでしょ!」
「そうだよ! 玲ちゃんがそんな事をするわけが……」
「……あなたたちに何が分かるのかしら? 彼女の絶望も、苦しみも理解出来なかったあなたたちに、彼女の何が分かると言うの?」
「えっ……」
マリアンは子供に言い聞かせるかの様に話を続ける。まるで自分こそが玲の理解者であるかのように振舞う彼女の言葉に誰もが耳を傾ける。
「考えて御覧なさい? もしもあなたたちが彼女と同じ経験をしていたとして……彼女と同じ様に生きてこれたかしら?」
「もっと早くに絶望しない? もっと早くに生きる希望を失わない? ……普通ならそうあるべきなのよ。でも、彼女は違った。世の中への憎しみを胸に必死に生き続けた。水無月玲は間違いなく強い人間だった……でもね」
「彼女は弱くなった。なぜか? ……それは、あなたたちと出会って、世界への憎しみを忘れてしまったからよ。信頼だとか友情だとか言う耳障りの良いぬるま湯に浸かったせいで、彼女は弱くなってしまった」
「玲が、弱くなった……? アタシたちのせいで……?」
「そう……でも彼女は再び思い出した。自分の心を抉った人々の勝手な振る舞いを見て、自分は一人ぼっちだと思い出したのよ。でも……もう、彼女にそれに立ち向かうだけの力は残ってなかった」
「え……?」
「彼女は弱くなってしまったから……もう誰かを憎んで、立ち上がる強さを失ってしまっていた彼女は、ただの弱い女の子になってしまっていたのよ。だからもう、傷ついた心のままに立ち上がることは出来なかった。ただただ、震えることしか出来なくなっていたのよ」
「そんな……そんなことって……」
「……だから私が彼女を救ってあげたのよ。心を凍て付かせて、痛みを感じる事を無くしてあげたの」
「ふざけるな! そんなことが許されるものか!」
「あら? ならあなたは何をしてあげられるの? 傷ついて苦しむ彼女に、あなたはどうやってその傷を癒してあげられるの?」
「そ、それは……」
「……出来ないでしょう? なら、私のした事に文句をつける資格なんて無いわね。私は彼女の為に彼女を人形にしてあげたのだから……!」
堂々と言い切るマリアンに対して誰も何も言えなかった。それは、誰もが玲に対する多少の罪悪感を覚えているからだ。
どうすれば良いのか分からなかったから何もしなかった。それが、玲をこんな状態に追い詰めたのでは無いかと思ってしまったからだ。
「……さぁ、もう良いでしょう? 今日はもう帰るけれど、次はあなたたちには消えて貰うわね。そうすれば、この子は完全な人形になるんだから……!」
「ま、待てっ!」
この場から逃げ去ろうとするマリアンに挑みかかる謙哉。しかし、突如巻き起こったブリザードに視界を封じられ、前に進むことが困難になってしまう。
「くそっ! 水無月さん、行っちゃ駄目だ!」
「……まぁ、どうしても彼女を傷つけたいと言うのならそうすれば良いわ。彼女にとって何が一番幸せかを考えて行動してあげなさい、坊や……!」
マリアンの声が遠くなって行く。必死になって前に進む謙哉だったが、視界が開いた時にはすでにマリアンと玲の姿は消え去っていた。
「玲……そんな……!」
「玲ちゃん……」
葉月もやよいも、薔薇園の生徒の誰もが膝をついて俯いている。変身を解除した謙哉もまた、先ほどまで玲が立っていた場所の近くで、彼女の手を握れなかった拳を力いっぱい地面に叩きつけて叫んでいた。
「くそっ……ちくしょう……っ!」
心を閉ざし、マリアンの傀儡となってしまった玲。そんな彼女に何も出来なかった事を悔やみながら、謙哉はただひたすらに地面に拳を叩き付けることしか出来なかった。
次回「RISE UP ALL DRAGON」