仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

40 / 100
力を結集せよ! VSミギー!

「てやぁぁぁっ!」

 

「たあぁぁぁっ!」

 

 獣型エネミーを相手取る一人の生徒が気合を込めた一撃を放つ。携えた剣での一撃をぎりぎりのところでかわしたエネミーに対して、一人の女子生徒の命令が飛んだ。

 

「そのまま跳躍! 背後を取って!」

 

「へっ! そう易々と思い通りにさせるかよ!」

 

 剣を手に直接戦う生徒とエネミーを使役する女子生徒、二人がしのぎを削る姿を見守りながら勇は頷き、そして、同様の訓練を行っている他の生徒たちに視線を向けた。

 

 現在、勇たちは実戦形式の訓練の最中である。チーム分けをどうすべきか迷った勇は考えに考えた結果、各人の一番得意な事でチーム分けをする事に決めた。

 

 武器を持って戦う者、エネミーを使役する者、後方支援に徹する者……それぞれが一番得意だと自己申告した所に配置し、その長所を伸ばす為の訓練をする。それが勇の出した結論だった。

 

 無論、このやり方では光牙やA組の行っていた複雑で完成度の高い連携は望めないだろう。しかし、現在の戦力を考えた勇はこれこそが一番良いやり方だと信じていた。

 

「あとは俺が気張るだけだ……!」

 

 仮にとは言え自分はリーダーだ。そして、攻略部隊の中心戦力である仮面ライダーでもある。

 

 自分を信じて命を預けてくれる皆のためにも全力を尽くす。勇はそう考えながら再び訓練を見守り始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……初戦は圧勝だった様だな、ミギーよ」

 

「はい……! ガグマ様も喜んでいただけましたか……?」

 

 震える声でガグマにそう問いかけたミギーは、主がゆっくりと頷いた事を見て歓喜の笑みを顔に浮かべた。そのまま意気揚々と立ち上がるとガグマに宣言する。

 

「ぼ、ボク! もっと暴れてきます! ガグマ様が満足するように、壊して、殺して、潰してきます!」

 

「……吉報を楽しみにしている。励めよ」

 

「は、はいっ!」

 

 親に褒められた子供のような笑みを浮かべながらその場を立ち去るミギー。その背中を見送りながらガグマは呟いた。

 

「さて……ああなったミギーを止められる者はおるかな? 期待しておるぞ、仮面ライダー諸君……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり短期決戦が一番だな」

 

「はい。私もそう思います」

 

 勇の作戦にマリアが同意を示す。他の生徒たちや会議に参加している天空橋と命も頷いた事を確認した勇は、改めて対ミギー戦の戦略を発表した。

 

「ミギー相手に長期戦は下策だ。相手の力が溜まって必殺技が発動する前に一気に叩く! これしかねぇ」

 

「まず、ミギーが引き連れている低級エネミーを一般生徒たちが撃破、露払いを済ませます」

 

「その後、俺たちライダーが必殺技を連発してミギーを仕留める。単純だが、今の俺たちに用意できる作戦の中では最も成功率が高いはずだ」

 

「同意見だな……。急造チームでは連携に不備があることが多い。ならばその弱点が露呈する前に相手を倒す方が現実的な案だろう」

 

 命の言葉に頷いた勇は天空橋へと視線を移す。そして、彼にバックアップの要求をした。

 

「オッサン、ミギーの力がどれくらい溜まってるかを確認できるか?」

 

「ええ、こちらで計測して戦闘中にお教えします。仮計算ですが、勇さんの策が上手く行けば、ギリギリミギーの必殺技は発動しないはずです」

 

「そうか! それ聞いたら俄然やる気が出てきたぜ! 良し、後は皆をどう配置するかと連携の確認だな……」

 

「露払いには範囲攻撃が出来る人たちが必要だよね? 魔法攻撃が得意な人たちにやってもらおうか?」

 

「なら私も最初はそちらに加わるわ。丁度良いカードがあるのよ」

 

「あ、私も! 元々、私はサポートの方が得意だし……」

 

「なら水無月とやよいにいくつかの部隊の指揮を執ってもらうか、あらかた敵が片付いた所でミギーへの攻撃に加わって貰うとして……」

 

 ミギーを相手とした作戦について活発に話し合いを続ける勇たち。そんな彼らの様子を頼もしく見守っていた天空橋に命が声をかける。

 

「最初は不安だったが……案外、悪くないじゃないか」

 

「ええ、光牙さんとは違いますが、勇さんのやり方も間違ってはいないと思います。私は、こっちの方が好きですね」

 

「ふっ……私は白峰が指揮を執っていた方が安心するがな。まぁ、そこは考え方の違いだろう。大事なのは皆が同じビジョンを見ているかだ」

 

「それこそ大丈夫ですよ! 今、このチームは勇さんを中心に一つになってる。ミギー討伐という目標に向かって一丸となって突き進んでるんですから」

 

「中心……そうか、中心か……」

 

 天空橋の言葉を意味深に繰り返す命。そんな彼女に対して訝しげな視線を送った天空橋の視線に気がついた命は、こう述べた。

 

「いやなに、そこが白峰との違いなのだろうと思ってな。龍堂が中心なら、あいつはトップだ。同じリーダーでもこうも違いが出ると思うと興味深くてな」

 

「なるほど……言われてみれば、そうかもしれないですね」

 

「ああ……さて、あいつが中心となって巻き起こる旋風は、奇跡を起こせるかな?」

 

 珍しく笑顔を見せた命に対して驚いた表情を浮かべた後、天空橋は彼女と同様に笑みを浮かべながら断言した。

 

「出来ますよ。このチームなら必ず!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇っち! ちょっと相手してよ、新技の調整に手を貸して!」

 

「おう、良いぜ! 気合十分だな、葉月!」

 

「当然じゃん! ミギー戦で大活躍して、勇っちをあっと驚かせてあげるよ!」

 

「あはは! そりゃあ、頼もしいな! 頼りにしてるぜ、葉月」

 

 作戦の最終確認を終えた勇は、外で待っていた葉月に連れられて再び訓練場へと向かって行った。二人の後ろ姿を見つめるマリアの口から、寂しげなため息が漏れる。

 

 ここ最近の勇の活躍は目ざましかった。生徒のチーム分けから作戦の立案、訓練の指示などをほとんど一人で行っているのだ。当然マリアを始めとしたメンバーもサポートしているが、それをもって余りある活躍だった。

 

 疲れや弱音を見せる事無く動き続ける勇。そんな彼の心に火を着けたのは間違いなく葉月である事をマリアは知っていた。中庭でのあの会話は、本来ならば自分がやらなければならない役目を葉月に負わせてしまったということも十分に理解していた。

 

(羨ましいな……やっぱり……)

 

 自分から離れて葉月と共に歩む勇の背中を見ながら思う。どこか寂しい感情を心の中に抱いているマリアの目からはじわりと涙が滲んでいた。

 

(いけない、こんなんじゃ勇さんに心配されちゃう……!)

 

 マリアは涙を拭うと自分の頬を叩いて気合を入れなおした。ミギーを倒すために一丸となっている皆の士気を下げてなるものかと思いながら顔を上げる。

 

「……私もやれる事をやらないと……!」

 

 まだまだ仕事は残っている。それを終わらせることが自分の役目だと言い聞かせながらマリアもその場を去る。

 

 ちょっとだけ感じる心の痛みを隠しながら、マリアは教室の中へと消えていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれは使わないの?」

 

「うん、今回の作戦で使うには博打すぎるからね。短期決戦って点ではぴったりだけど、もう少しものにしてから使いたいんだ」

 

「……そう」

 

 そう言いながら屈伸を続ける謙哉に対して玲は短い返事をした。そのまま彼の背中を見続けていた彼女だったが、ふと謙哉が振り返ると思い出したように声をかけてくる。

 

「射撃部隊の援護には期待してるよ。水無月さんが後ろに控えてくれるなら恐いもの無しだよ!」

 

「おだてても何も出ないわよ。でもま、新技を披露する良い機会だと思わせて貰うわ」

 

 謙哉の言葉にそっぽを向いて返事をする玲。照れている事を彼に悟られないための行動なのだが、当の謙哉はそんなことはまるで気にせずに笑顔で話を続けていた。

 

「でもすごいよね、勇はあんなに立派にリーダーをこなしてさ……ほんの数ヶ月前までただの学生だったなんて思えないくらいだよ」

 

「……そうね。でも、あなたも似たようなものでしょ?」

 

「あはは! 僕なんかまだまだだよ! もっと強くならなきゃ、もっと、ね……」

 

 そう言いながら拳を握り締める謙哉の姿を見た玲は、前にも感じたあの感覚を思い出していた。

 

 傍に居るはずの謙哉がどこか遠くに居る様な錯覚……どこか痛々しさを覚える彼の姿を見ていると心がざわつくのを感じる。

 

「……まぁ、好きにやんなさいよ。ヘタレた姿を見せたら後ろから撃ってやるから」

 

「ははは、それじゃあ気合入れないとね。水無月さんの攻撃、すごく痛いから」

 

 こんな時、葉月ややよいの様に上手く発破をかけられれば良いのだが……二人の様に上手く言いたい事が言えない口下手な自分の事を玲は恨めしく感じながら、謙哉と話し続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひひ……壊すよ、潰すよ……!」

 

 ミギーの号令と共に取り巻きのエネミーが駆け出す。周囲の建物に攻撃を加え、破壊し始めたエネミーを見た人々が叫びながら逃げ惑う。

 

「壊せ、壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ! 世界の全てを壊しつくせ!」

 

 狂気に染まったミギーの叫びを受けたエネミーたちがその活動を活発化させる。人々を襲い、建物を壊し、街に火を放つ。破壊の限りを尽くしながら前進するミギーの軍団に対して警察が挑みかかるも、あっという間に蹴散らされてしまった。

 

「止まらないヨ、そんなんじゃあね……!」

 

 一人の警官を放り投げ、近くにあったパトカーを蹴り飛ばしたミギーが呟く。自分を止める者は無く、周囲には阿鼻叫喚の光景が広がっている。

 

 その事に気を良くしながらミギーは考える。ガグマがきっとこれで喜んでくれると言うことを……

 

「アハハハハ! アハハハハハハハッ!!!」

 

 主の寵愛を一身に受けられる喜びを感じて高笑いを続けるミギー。そんな彼が再び進軍を号令しようとしたとき、異変が起きた。

 

「アギャァッ!?」

 

「ギギィッ!!!」

 

 どこからか飛来した火の玉や光線が自分の手下たちを攻撃し始めたのだ。四方八方から放たれる攻撃に対応出来ないでいるミギーたちの耳に、勇の大声が響く。

 

「よっしゃ! 作戦通り行くぜ! 皆、頼む!」

 

「了解!」

 

 その声を耳にしたミギーは、この攻撃を仕掛けてきた相手の正体に感づいた。以前、ガグマに目をかけられたあの小僧……前回の戦いでは見逃したが、今度こそ叩き潰してやると憎しみを強めた時だった。

 

<カノン! ラピット!>

 

 電子音声と共に出現した巨大な砲門、その前には玲が立っており、こちらに銃口を向けている姿が見える。

 

「……派手な口火を切らせて貰うわ!」

 

<必殺技発動! パイレーツカーニバル!>

 

 玲が引き金を引くと同時に後ろに控える砲門から次々と巨大な弾丸が発射されていく。低級エネミーもろともミギーを攻撃するその砲弾の爆風を受けながらも顔を上げたミギーの目に蒼い影が映った。

 

「打ち合わせどおり! 流石は水無月さん!」 

 

<キック! サンダー!>

 

<必殺技発動! ライジングダイブ!>

 

「ぐっ!? おおぉぉぉっっ!?」

 

 砲撃の合間を縫って接近していた謙哉の必殺技を受けて吹き飛ぶミギー。胸に残る衝撃と痺れに顔を歪めていた彼に対し、やよいが追い討ちを仕掛ける。

 

「真美ちゃんから貰ったカード、今こそっ!」

 

<プリズム! ステップ!>

 

<必殺技発動! フェアリーダンス!>

 

 カードを使用したやよいの足にピンク色の光が灯る。踊る様な足つきでミギーへと接近したやよいは、そのまま交互に右足と左足での蹴りを繰り出した。

 

「ワン! ツー! フィニーッシュ!」

 

「がふっ!?」

 

 文字通り「妖精の踊り」の様な動きでミギーに蹴りを叩きこんだやよいは、最後に大きく回転すると回し蹴りをミギーの側頭部に繰り出す。その連撃を喰らい続けたミギーは、半ばグロッキー状態のままに顔を上げた。

 

「このっ……人間どもめっ! 調子にのるんじゃないよ!」

 

 自分に何一つ反応を取らせない見事な連携、そして自分を追い詰める策略に対して嫉妬の思いを募らせるミギー。

 

 しかし、そんな彼の感情の高ぶりが頂点に達する前に葉月が挑みかかってきた。

 

「たあぁぁぁっ!」

 

「クハハ……! 丸見え、だよ!」

 

 遠くから駆け寄ってきた葉月が自分目掛けて飛びかかる姿を見たミギーは嘲笑混じりに呟く。そして、鋭く伸ばした爪を使い、葉月の腹部を切り裂こうとしたが……

 

「なっ!?」

 

 爪が当たる寸前、突如として葉月の姿は消えうせてしまった。幻影の様に姿を消した葉月に対して驚愕していたミギーだったが、すぐさま後ろから電子音声が聞こえてくる。

 

<必殺技発動! ファントムスラッシュ!>

 

「本命はこっちだよ~ん!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 背中を切り裂かれる痛みに叫ぶミギーはよろよろとよろめきながら後退さる。一方的に攻撃を仕掛けられている事への悔しさに嫉妬を滾らせるも、その感情が高ぶる前に勇の斬撃を見舞われて宙に舞った。

 

「おらっっ! これでどうだっ!」

 

「ぎ、ぎぃぃぃっっ!?」

 

 二度、三度と繰り出される剣での攻撃がミギーを切り裂く。痛みと共に生み出される嫉妬の感情のまま勇へ反撃を繰り出そうとしたミギーだったが、その寸前に二人の間に割って入ってきた葉月に吹き飛ばされてしまった。

 

「うぅ……ぐぅぅ……!」

 

「オッサン! ミギーのエネルギーはどうだ!?」

 

『大丈夫です! まだ必殺技の発動までには余裕があります!』

 

「ぐぅぅ……なん、だよ、おまえらぁ……! 嫉妬心が、ないなんて……っ!」

 

「よっし! いけるよ勇っち!」

 

 葉月の言葉が表すように次々と周囲に低級エネミーを片付けた生徒たちが集まりミギーを取り囲んでいく。

 

 ライダーたちの必殺技を連続して受け消耗したミギー、そんな彼を助ける存在はもうどこにも居ない。それでも勇たちは油断無くミギーを取り囲んで行った。

 

「皆さん! 反撃に注意して気を抜かないで戦ってください! 相手の動きを良く見て勇さんたちの援護を!」

 

「王手はかかった。後は玉を取るだけさ!」

 

 周囲から謙哉が、玲が、やよいが、ライダーたちがミギーの逃げ場を無くすかのように姿を現す。マリアも生徒たちに指示を飛ばし、最後の最後まで気を抜かずに戦おうとしていた。

 

「……ミギー、これで最後だぜ!」

 

 地面に膝をついているミギーに対し、ディスティニーソードを構えて宣言する勇。トドメの必殺技を発動しようとしたその瞬間、狂った様な笑い声が辺りに響いた。

 

「ククク……クハハハハハ! アハハハハハハ!」

 

「何だ……!? 何がおかしい!?」

 

 笑い声を上げているのはミギーだった。ゆらりと立ち上がり、なおも狂った笑い声を上げ続けている。

 

 その不気味さに気圧される勇だったが、気合を込めなおして剣を握る。ここで怯む訳にはいかない。あと一撃を喰らわせて絶対に勝つのだ、そう考えた時だった。

 

『勇さん! 一度退いて下さい!』

 

「えっ!?」

 

『突如ミギーのエネルギーが増大しました! エンヴィー・ダイナマイトが来ます!』

 

「何だって!? まだ余裕があるはずじゃなかったのかよ!?」

 

「ククク……危なかった、危なかったよ……!」

 

 紫色の光を体から放ちながら顔を上げるミギー、その視線はまっすぐにマリアを捉えていた。

 

「キミ……誰かに嫉妬してるでしょ? 誰かのことを羨んでるでしょ? 君のおかげで、ボクの力がぎりぎり溜まったよ……アリガトウ……!」

 

「あ……ああっ……!」

 

 ミギーの言葉を受けたマリアの顔が一瞬で蒼白になる。そして、彼女は自分の愚かさを後悔し始めた。

 

 そうであった。自分は確かに葉月を羨んでいた……自分には出来なかった勇を励ますと言う事をやってのけ、自分には出来ない彼の隣で戦うと言う事が出来る彼女に対し、嫉妬の心を抱いていたのだ。

 

 それが対ミギー戦において致命的な問題になる事は理解していたはずだった。しかし、自分の中の感情を整理できるほど、今のマリアには余裕が無かったのだ。

 

 結果、今ここでミギーに指摘されるまで、自分の中に生まれていた嫉妬の感情に気がつくことが出来なかった。その事にようやく気がついたマリアは、その場にガクリと膝をついて嗚咽を漏らし始めた。

 

「皆、逃げて! 出来る限りこの場から離れるのよ!」

 

「防御系のカードが使える人はそれを使って! こっちの損害を軽減する事だけを考えるんだ!」

 

 先ほどまでの攻勢が一転、危機的な状況に追い込まれたことに対してマリアは強く責任を感じていた。

 

 なれない立場の中、プレッシャーと戦い必死になってリーダーの役目を果たそうとしていた勇とそんな彼の事を信じてついてきた生徒たち、皆が一丸となって努力し、ミギーを倒そうとしていた。

 

 その努力を自分が滅茶苦茶にしてしまった。後一歩だったのに、自分の感情もコントロール出来ない愚かな自分のせいで、勇の努力を水泡に帰してしまった。

 

「うっ……うぅぅ……!」

 

 自分が情けなかった。どうしようもないほどに涙が溢れてくる。こんな自分のせいで、皆を……そう、マリアは自分を責め続けていた。

 

「顔を上げろ、マリア」

 

 だが、その肩を勇が掴む。はっとして顔を上げたマリアは、自分の事を見つめる勇に必死になって謝罪の言葉を投げかけた。

 

「ごめんなさい勇さん! 私のせいで、全部、全部が……!」

 

「……まだ何も終わっちゃいねぇ。諦めるのは早いぜ、マリア」

 

「え……?」

 

 マリアの頬を伝う涙をそっと拭う勇。そのまま彼女の手を取ると、力強い口調で言った。

 

「……手を貸してくれ、お前の力が必要だ」

 

「勇……さん……?」

 

 呆然とした表情で呟くマリアの目の前で勇が頷く。作戦失敗の原因を作った自分をなおも信頼してくれるその言葉と力強い手にマリアの中の不安が消え去っていく。

 

 そうだ、まだ何も終わっていない。勝ってもいないが、負けてもいないのだ。諦めるのはまだ早い。 

 

「……はい、お供します。私の力で良ければ、いくらでも使ってください!」

 

「ああ! 一緒に奇跡を起こそうぜ!」

 

 ようやく前を向いたマリアが涙を拭う。そして、必殺技を発動しようとしているミギーを見た。

 

 もう逃げない、俯かない……そう固く誓ったマリアは強く勇の手を握り返す。そして……

 

 数秒後、紫色の爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、アハハ……! 吹き飛んだ、吹き飛んだ吹き飛んだ!」

 

 爆発の中心地で笑うミギー、自らの全ての嫉妬の感情を解き放った開放感に酔いしれつつ前を向く。

 

 今は煙で見えないが、そのうち周囲の様子が探れるようになるだろう。そうなれば、今の攻撃でどれだけの被害が出たのかをこの目で見る事が出来る。

 

 自分を苛立たせ、ガグマに歯向かう者共を全て排除することが出来た……その事に恍惚としていたミギーだったが、そんな彼の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。

 

「……何がそんなにおかしいんだ? 俺にも教えてくれよ」

 

「え……?」

 

 爆炎の向こう側から聞こえた声に耳を疑う。自分の攻撃で消し飛んだはずの勇の声が聞こえる訳が無いと首を振って今の声を否定する。

 

 しかし、煙が晴れた後に見えた光景は、到底彼が信じられるものではなかった。

 

「よう、また会ったな。数秒ぶりか?」

 

「ど、どうして……?」

 

「どうして無事なんだ? って顔してるな。ま、説明してやるから少し待てよ」

 

 あれだけの爆発が起きたというのに何一つ傷ついていない道路の真ん中で、ニヤリと勇は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア、祝福属性のカードだ! それならミギーの必殺技を打ち消せる!」

 

「でも、私の持っているカードはあくまで属性付加です! それだけじゃ何の意味も……」

 

「一つで意味が無いのなら二つの力を組み合わせるだけさ、忘れたのか? 俺にはこれがあるんだぜ!」

 

<ディステェニー! マジック ザ ディスティニー!>

 

 目の前でマジカルディスティニーに変身した勇を見たマリアは彼の考えを瞬時に読み取った。同時に、自分のホルスターから『ホーリー』と『バリア』のカードを取り出す。

 

「バリアの張り方はマリアに任せる! それはマリアの得意分野だからな!」

 

「わかりました!」

 

<バリア! ホーリー!>

 

<マジカルミックス! サンクチュアリガードナー!>

 

 ディスティニーワンドを手にしたマリアが半円状のドーム型バリアを生成する。ミギーを包み込むようにして作り出されたそれは、祝福属性の特性を活かした堅牢な防御力と呪殺属性に対する耐性を備えていた。

 

「ぐっ……!」

 

 作り出されたバリアに走る衝撃、ミギーの必殺技が作り出す爆発の強さに顔をしかめるマリアだったが、その手を勇が掴み、共にバリアを支えてくれた。

 

「頑張れ! 俺がついてる! 俺たちなら絶対に出来るはずだ!」

 

「はいっ!」

 

 勇のその言葉を受けたマリアの胸の中に温かな力が湧き上がる。彼の言うとおり、絶対にこの攻撃を防ぎきることが出来るはずだと強く思える。

 

(負けない! 私を信じてくれる勇さんの為にも! 防ぎきってみせる!)

 

 強い意志と力を持ったマリア、彼女はA組の防御面を支えてきた守りのスペシャリストだ。

 

 そんな彼女が決意したなら、防ぎきれない攻撃などありはしない。しかも今は彼女一人だけでは無い、勇も一緒に戦っているのだ。

 

 腕の痺れと痛みに耐えながらバリアを張り続けた二人は、見事ミギーの必殺技が収まるまで防御を続け、周りの被害を0に食い止める事に成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ……ボクの全力の必殺技だぞ? それを、防ぎきった……? 嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 勇の話を聞いたミギーが大きな声で喚き散らす。子供のように駄々をこねながら勇とマリアに襲いかかるも、横入りして来た葉月に蹴り飛ばされてあえなく吹き飛んだ。

  

「あぐぅ……っ!」

 

「サンキュー、マリアっち! もう駄目かと思ったよ!」

 

「葉月さん! ナイスフォローです!」

 

「な、何でだよ……? キミ、さっきまでそいつに嫉妬してたはずだろう? なんでそれが消えてるんだよ……!?」

 

「……気がついたんです。確かに私は葉月さんの様にはなれない。でも、だからって何も出来ないわけじゃないって!」

 

「うん! アタシには今の攻撃を防ぐことは出来なかったけど、マリアっちには出来た! そうやって、お互いの出来ない所をカバーして、出来る事を認め合う関係の方が嫉妬するより何倍も素敵だよね!」

 

「はい! その通りです!」

 

「何だよ……? 認め合う? 何なんだよそれ!? 理解出来ないよ!」

 

 ミギーは混乱していた。自分の全力の一撃が防がれたことも、先ほどまで感じていたマリアの嫉妬が消えたことも、二人の言った認め合うと言う事についても何一つとして受け入れられなかった。

 

 そんなミギーに対して勇が杖を向ける。そして、静かに口を開いた。

 

「良く覚えとけよミギー、人は互いに嫉妬する生き物だ。でも、それはお互いをすごいって思ってるからこそ生まれる感情なんだよ。自分の出来ない事を出来る奴をすごいって思うから、だから嫉妬が生まれるんだ」

 

「すごい……? 他人を、そう思うことが……嫉妬?」

 

「ああ、そうさ! そういう風に思い合う人間同士が手を組めばどんな事だって出来る。今、お前の攻撃を防いだようにな! 認め合うこと、それが強くなる一番の近道なんだよ」

 

「認め合う……? なんだよそれ、理解出来ないよ……!」

 

「……俺は仲間を認めて、信じてる。皆が俺を信じてついてきてくれたようにな。だから俺は強くなれた! 皆も一緒に強くなれたんだ!」

 

 信じる事と認める事、嫉妬と正反対の位置にあるその感情を理解出来ないミギーは頭を抱えてその場で呻くばかりだ。隙だらけのミギーだが、必殺技を破られた時点でもう勝敗はついていた。

 

「……ミギー、お前はすげぇよ。たった一人で俺たちをここまで追い詰めた。素直に認める、お前は強い」

 

「はぁ……?」

 

 勇のその言葉にミギーは呆然とした声を上げた。自分を認める、その言葉の意味が理解できずに立ち尽くしたままとなる。

 

「もし次があったら、そん時は仲間と一緒に来い。自分が信頼できて、認める事が出来る仲間とな……!」

 

<マジカルミックス! ジャッジメントサンダー!>

 

 葉月とマリアから一枚ずつカードを受け取った勇がそれをディスティニーワンドにリードし、ミギーに杖先を向ける。一瞬後に繰り出された白い雷撃に胸を貫かれながら、ミギーは不思議と満足げな気持ちを覚えていた。

 

(ああ、そうか……これが……!)

 

 二、三歩後退りながらも勇を見る。もう自分の敗北は決定したことだ、それでも、伝えなければならない事がある。

 

「龍堂、勇……!」

 

 ようやく本当の意味でこの感情を理解する事が出来た。今まで感じていた漠然とした苛立ちとは違う明確なそれを感じながら、ミギーは最後に呟く。

 

「こんなボクを、認められるなんて……ホント、嫉妬しちゃう、な……!」

 

 ゆっくりと、その言葉を吐いたミギーの体が消滅して行く。彼の体が変化した光の粒が最後の光を放って消えた時、天空橋の声が全生徒に届いた。

 

『ミギーの消滅確認! 我々の勝利です!』

 

「……やっ、たぁぁぁぁっっ!」

 

 誰もが勝利の喜びを感じ、騒いでいた。マリアと葉月が抱き合い、やよいが飛び跳ね、玲も満足げに腕を組んでいる。

 

「勇、お疲れ様! 見事な指揮だったよ!」

 

「サンキュな、謙哉。皆もありがとう! この勝利は皆のおかげだ!」

 

 勇のその叫びに応えるかの様に生徒たちの声が木霊する。伝染する勝利の喜びの中、心を踊らせたまま勇もまたその騒ぎの中へと飛び込んで行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……龍堂たちは無事にミギーを倒したそうよ」

 

「……そうか」

 

 病院の中で真美からの報告を受けた光牙がぼそりと呟いた。俯いたままで表情は見えないが、その声からは悔しさが滲み出ている。

 

「……真美、俺ももう少しで怪我が癒える。そうしたら攻略に復帰するよ」

 

「ええ、皆があなたを待っているわ。あなたが今感じている悔しさをばねに飛躍してくれるって、私は信じてるから」

 

「……ありがとう、真美」

 

「気にしないで、光牙を支えるのが私の役目だもの」

 

 そう言って光牙に笑顔を見せた真美は病室から出て行った。そのままゲームギアを起動し、今回の作戦の報告に目を通す。

 

(……上手く行ったか。まぁ、私にとってはどちらでも良かったけれどね……) 

 

 マリアからの送られた丁寧な報告文を読みながら真美は思う。勇がミギー討伐に成功しても失敗しても、真美にとってはどちらでも良かったのだ。

 

 成功したならばこの悔しさをばねに光牙の飛躍を促すだけだ、光牙ならそれが出来ると真美は信じていた。

 

 失敗したならば怪我の癒えた光牙にリーダーの役目を代わらせるだけだ、勇の失敗を耳にすれば光牙の嫉妬心も幾ばくかは落ち着くだろう。

 

 総じて真美にとってはどちらに転んでも良かった戦いだったのだ。もちろん失敗すれば被害が出る事はわかっている。だが、それでも光牙の今後を考えれば打っても悪くない一手であったのだ。

 

 例え裏切られ、思いが届かなくとも、真美には光牙を見捨てるなどと言う選択肢は存在しなかったのだ。

 

(大丈夫よ光牙……あなたはまだまだこれからだもの……!)

 

 真美は考える、光牙を勇者にする為の次の一手を。その為に必要ならばどんな犠牲も厭わない。

 

 仲間であろうとなんであろうと、利用できるものは利用するだけだ。真美にとっては光牙こそが全てであり、唯一の大事なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ミギー、お前は良くやったぞ。十分に役目を果たした」

 

 燭台に灯っていた紫色の炎が消え、自分の手の中に戻ってきたことを見て取ったガグマが小さく呟く。ほんの少しだけ残念そうなその声色からは、素直にミギーを悼む気持ちが感じられた。

 

「では、次は私が行きましょう」

 

 そっと、ガグマの横にマリアンが姿を現す。とん、とんと歩みを進めた後、小さなゲートから現実世界を覗くマリアンは、目当ての人物を見つけた事に満足げな笑みを浮かべた。

 

「色欲……色に溺れる淫らな欲求と思われがちだけど、その本質は愛し愛されたいと願う純粋な欲求……綺麗で醜い、愛の欲望なのよ……」

 

 ふぅ、と息を吐き出すと愉快そうな笑みを浮かべるマリアン、その視線の先にいる少女に届かない言葉を送る。

 

「水無月玲さん……あなたに愛の素晴らしさと恐ろしさを教えてあげるわ……!」

 

 暗い部屋の中で、マリアンの冷たい視線が玲の横顔を見つめていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。