「お、おいおい、笑えねぇ冗談は止せよ。俺が光牙に代わってリーダー? ありえねぇだろ?」
保健室の中で、勇は自分に向けて放たれた真美の言葉を否定しようとしていた。
たまたま……本当にたまたまこのエリート校に入学した自分が、そこに通う生徒たちを率いるリーダーになるなど、現実味が無さ過ぎたからだ。
だが、そんな勇の思いをよそに、真美は淡々と自分の考えを述べ続けた。
「私は本気よ、龍堂。このミギー討伐戦は、あなたが中心となって行って頂戴」
「ま、待つんだ真美! いくらなんでも急すぎだ! 龍堂くんの資質は認めるけど、まだ早すぎる!」
「……それでも、もうそれしか方法は無いのよ」
搾り出すような声で呟いた後、真美は近くの椅子へと腰を下ろす。そして、勇とマリアの顔を順に見た後、再び口を開いた。
「……現状、私と櫂、そして光牙の三人を含むA組のメンバーの大半は戦闘不能よ。それほどまでにミギー戦で受けた被害が大きかったの」
「それはわかっています。つまり、今までソサエティの攻略や戦闘の中心を担ってきたメンバーが大半動けない状況にあるということですよね?」
「ええ……そして、ミギーは無傷でこの場から撤退した。つまり、相手がまたいつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくないって事よ。今、悠長に全員の怪我を癒しているだけの時間は無いわ」
「だ、だから、俺に光牙に代わってリーダーをやれって言うのか? ちょっと待てよ、俺よりもリーダーに相応しい人間なら居るはずだろ!?」
「そうだぞ真美! 暫定のリーダーなら、マリアや虎牙くんと言う選択肢もある! 転校して来て数ヶ月の龍堂くんには荷が重いはずだ!」
「……いいえ、選択肢としては龍堂以外の人間はありえないのよ。マリアも虎牙も、リーダーよりもそれを補佐する役目の方が得意なの。だとしたら、その二人を補佐にまわして他の人物をトップに立たせた方が良いわ」
「ちょっと待てよ! 流石に理解が追いつかねぇ、リーダーだって? 俺が?」
慌てとも驚きとも取れる反応を見せる勇。光牙も真美も、そしてマリアもそんな彼の様子を見守っている。
動揺し続ける勇はぐるぐると部屋の中を歩き回って落ち着かない様子だ。真美は一度勇への会話を打ち切ると、今度はマリアに対して話し始めた。
「マリア、あくまで龍堂がリーダーになるのは光牙の傷が癒えるまでの間よ。その間、龍堂を補佐してあげて」
「わ、わかりました……」
硬い表情でぎこちなく頷くマリア。そんな彼女に頷き返した後、真美は再び勇へと声をかけた。
「龍堂、覚悟を決めて。もうこれは決定事項よ。天空橋さんや命さんにも話は通してあるわ」
「ま、マジかよ……もう、そんな所まで話が……!?」
「……とにかく天空橋さんからミギーの情報を聞いてきなさい。そうしたらもう一度私と話をしましょう」
「……わかった。とりあえず答えは保留しとくぜ」
「ええ……もう既に皆は会議室に居るはずよ。マリアと二人で向かって頂戴」
「ああ、分かった」
やや呆然とした口調の勇はふらふらとした足取りで保健室から出て行く。マリアもまた、そんな勇を心配そうに見守りながら後を着いて行った。
部屋に残された光牙と真美の間に重苦しい沈黙が漂う。そんな雰囲気を打ち払うべく、先に口を開いたのは真美であった。
「勘違いしないでね光牙。あくまで龍堂はあなたの代理、時が来たら、すぐに元の体制に戻すから……」
「……あぁ、分かってるよ。真美……」
真美のその言葉に対して小さく返事をしながら、光牙は勇の背中を睨むかのように彼の出て行った保健室のドアを見つめ続けていた。
「来ましたね勇さん、もう既に真美さんからお話は?」
「……されてきたよ。でも、あの話はマジなのか?」
数分後、会議室にやってきた勇とマリアは、同じく会議室に来ていた天空橋に確認をされた。
謙哉や葉月たちは二人がなんの話をしているのか分からないため交互に顔を見比べるだけであったが、そんな面々のことを配慮した命の口から代理リーダーの件を説明されると同時に驚きの表情を見せた。
「勇がリーダー……!? それ、本当ですか!?」
「光牙さんの怪我、そんなに酷いんですか!?」
「白峰だけじゃなくて城田の奴も戦えないでしょう? 他の戦力も負傷している今、リーダー交代なんてしても良いの?」
「ストップ! ……皆さんのお気持ちは分かりますが、これは三又さんからの提案を受け、私たちも納得した事なんです。ですから、一時的ではありますが、勇さんが皆さんを率いる立場になることは決定事項なんです」
衝撃的な決定を耳にした謙哉たちを抑えるために天空橋が会話を切り替える。それでもなんとも言えない表情をしていた面々だったが、その雰囲気に反した明るい声が部屋の中に響いた。
「良いんじゃない? 勇っちがリーダーである事にアタシは不服は無いし、他の皆もそうでしょ?」
あっけらかんと言い放って笑顔を見せた葉月が席に座る。そして、他の皆の顔を見回すしてまた笑った。
「ほらほら、そうと決まったら早速会議を始めないと! ミギーのことを不安に思うんだったら、早く対策を立てようよ!」
「……そうだな。葉月の言うとおりだ。みんな、色々思うことはあるだろうけど、今はまずミギーの情報を確認しよう。話はその後だ」
葉月の言葉を受けた勇が皆に会議の開始を促す。暫定リーダーである彼の言葉に謙哉たちも一度言葉を抑えると葉月に倣って着席した。
「……ご協力に感謝します。では、『嫉妬の魔人 ミギー』についての情報を説明させて頂きます」
「あぁ、頼むよオッサン」
「……ミギーは、純粋な戦闘能力としてはレベルにして35~40程度……今の皆さんのレベルと同じくらいだと思ってください」
「え……? でも、それじゃあ櫂さんと光牙さんが負けたのはなんででしょう……?」
「純粋な戦闘能力って事は、それ以外にも何か秘密がある。そういうことでしょう?」
「玲さんの言うとおりです。ミギーには特殊能力があります。それは、『嫉妬』を力に変える事が出来るということです」
「嫉妬を……?」
意味が分からないと言う顔をする勇たちを見た天空橋は手元のPCを操作してモニターにグラフを表示した。同時に、櫂と光牙がミギーと戦っている映像も表示する
「これは二人と戦うミギーの戦闘能力を数値化したものです。しばらく映像とこのグラフを見比べていて下さい」
天空橋の言う事に従い、勇たちは画面に映し出されていた映像とグラフを黙って見続ける。映像では、櫂がミギーを相手に優位に立ち回る姿が映し出されていた。
櫂の攻撃を受け続けたミギーが地面に倒れ付す。それを見た櫂が必殺技を発動した瞬間、グラフに変化が起こった。
「えっ!?」
「気が付きましたか? この瞬間、ミギーの戦闘能力が大きく上がったんです」
ミギーの戦闘能力を現す数値が一気に跳ね上がる。同時に映像の中では、櫂がミギーに押されてしまうようになっていた。
櫂を倒したミギーが光牙と戦っていた時も同じだ。光牙に押されていたミギーの戦闘能力がさらに跳ね上がり、光牙を圧倒するようになったのだ。
「これは一体どういうこと?」
「これがミギーの能力、相手に対しての嫉妬を感じると同時に、それを戦闘能力へと換算する能力です」
「えっと……つまり、どういうこと?」
頭上に?マークを浮かべた葉月の言葉に玲ががっくりと肩を落とす。呆れた表情を見せる彼女に代わって葉月に説明を始めたのは勇だった。
「……つまり、ミギーは最初にあえて押されていたってことだな。相手が自分より強いと思うことによって生まれた嫉妬が、ミギー自身の力になったわけだ」
「なるほど! つまりはアタシたちが勝ちそうになればなるほど、向こうはパワーアップするってことか! ……あれ? これって勝ち目無くない!?」
「天空橋さん、ミギーの能力は無限に自身の戦闘能力を上げることが可能なんですか?」
「いいえ、限界はあります。しかし、限界まで力を溜めさせると、ミギー最大の必殺技が発動してしまうのです」
そう言った天空橋がモニターに視線を移す。それに釣られた勇たちは、ミギーが光牙にとどめを刺す瞬間を目撃した。
光牙を掴むミギーの体から放たれる紫の光……それは周囲を包み込み、大きな爆発を起こした。
「……これこそがミギー最大の必殺技『エンヴィー・ダイナマイト』。自身の中に溜まった嫉妬のエネルギーを開放して放つ呪殺属性の大技です」
「呪殺属性? 初めて聞くな」
「非常に珍しい属性です。亡霊たちが使う魔法の属性で、マリアさんが持つ祝福属性とは相反する属性になります。祝福属性とは互いに打ち消しあいますが、それ以外の属性では弱点を突けない厄介な属性です」
「つまり、対抗策はほぼ無いに等しいってことですね?」
「ええ、ミギーはこの技を使うとエネルギーを使い果たすので強さが元通りになります。この技さえどうにかできれば攻略の糸口が見えるのですが……」
「我々が掴んでいる情報はこれがすべてだ。龍堂、何か策は思い浮かんだか?」
「……いえ、まだこっちの戦力が把握しきれない事にはなんにも言えないっす」
「なら、すぐに戦力の編成に移ると良い。マリア、君が補佐として龍堂についてやれ」
「はっ、はい! では、戦える生徒たちを集めてきます!」
「……プレッシャーをかける様ですまないが、我々も出来る限りのサポートはする。リーダー及びサブリーダー代理、頑張ってくれ」
「はい! ……じゃあ、私は先に行ってますね」
命に返事をしたマリアが緊張した面持ちで部屋から出て行く。勇もまたその後に続こうとしたが、それより先に天空橋に呼び止められてしまった。
「……すいません勇さん。後一つ、あなたに話したいことがあるんです」
「は……?」
「……来たわね」
A組の教室でたった一人椅子に座っていた真美が呟く。ドアを開けて中に入ってきた勇に顔を向けると、話を始めた。
「もう、天空橋さんからミギーの情報は全て聞いてきたわね?」
「ああ……聞いてきたよ」
「なら、私がなんであなたにリーダーになるように言ったのか、その理由も察しがついたんじゃない?」
「……ミギーは、『周囲の人間の嫉妬も自分の力に変えられる』んだよな?」
「……ええ、そうよ。」
「つまり、戦ってる相手を始めとした人間が、誰かに嫉妬してればしているほど力を増す。必殺技の発動も早くなる。そういうことなんだよな?」
「……その通りよ」
「……あの戦いの中で、光牙や櫂、A組の連中は誰かに嫉妬してた。そう言う事だよな?」
「………その通りよ、龍堂。光牙を含むA組の生徒たちは、誰かに嫉妬しているわ」
真美のその言葉を聞いた勇の顔が一瞬曇る。少し俯きがちに顔を伏せた勇は、小さく搾り出すような声で彼女に最後の質問をした。
「……その誰かって言うのは……俺の事なのか?」
「……ええ、そうよ。A組のほとんどの生徒は、あなたに嫉妬しているの」
痛いほどの沈黙が教室の中に流れた。勇も真美も、お互いに何も言おうとはしない。
やがて静寂を破ったのは、勇が近くの椅子に倒れこむ様にして座った音だった。俯いたままの勇を見る真美の表情も、少なからず罪悪感に苦しんでいる様に見えた。
「……俺が失敗すりゃあ良いと思ってんのか?」
「違う! 違うわ龍堂!」
「信じられるかよ。A組の生徒たちがほぼ関わってないこの状況で俺が失敗すりゃあ、お前らは大喜びで俺を叩くに決まってる……それが目的で、俺をリーダーに指名したんだろ?」
勇の言うことは筋が通っていた。光牙に代わってリーダーに就任した勇が失敗をすれば、A組の生徒たちの溜飲も下がるだろう。彼らが抱えている嫉妬の感情も収まるかもしれない。
自分はA組の結束のための生贄にされたのではないか? そう考えた勇は、それを提案した真美に対して疑惑の視線をぶつける。しかし、真美は必死になって勇のその考えを否定していた。
「信じて龍堂! 私は本当に作戦の成功を祈ってるわ! 世界の危機なのよ? 皆が嫉妬してるだなんて小さなことにこだわれるわけ無いでしょう!?」
「そうかもしれないけどよ……!」
「考えてみて、もしも私が本当に作戦の失敗を望んでいるのなら、マリアをあなたにつける訳が無いじゃない!」
「っっ……!」
真美のその言葉に勇が声を詰まらせる。確かに彼女の言うとおりだ、マリアがサブリーダーとして作戦に参加している以上、失敗はすなわち彼女の評価の低下に繋がる。
それだけではない、A組の中心人物である彼女がついていながらミギーを倒せなかったとしたら、それはA組全体の能力の低さを現していることになってしまうのだ。
「私はあなたと光牙を信じてる。きっとこの悔しさをバネに光牙は飛躍してくれるはずよ。そして、あなたも皆をまとめるリーダーとして活躍してくれると信じているわ」
「……だとしてもだ。俺はまだ学園に来て日が浅い。皆の信頼を得ているわけでも無ければ、今までそう言った教育を受けていた訳でも無い……どっち道、俺には荷が重い話だろ……」
「……かもしれないわ。でも、あなたに頼るしかない……A組とミギーの相性は最悪よ。今のままじゃ絶対に勝てっこない。そう、あなたが居なければ……」
エリート故の嫉妬心を勇に向けるA組の生徒たち。それは、ミギーの能力をフルに発揮させてしまうことを意味している。
今のA組では到底ミギーには敵わない……ならば、別のチームで戦うしかない。それが、真美の出した結論だった。
「あなたがやるしかないの、龍堂! さもなければ、ミギーの手でたくさんの人の命が危険に晒される事になるわ。あなたがミギーを倒すしか無いのよ!」
「俺がリーダー? つい数ヶ月前まで普通の高校生だった俺が、今や世界の危機に立ち向かう生徒たちのリーダーだって……?」
中庭のベンチに座る勇が小さく呟く。暗く曇った空を見上げながら呆然とした口調で自嘲気味に呟いた後、勇は顔を伏せた。
今まで感じたことの無い重圧が体に圧し掛かる。光牙はこんなにも重い物を常に背負っていたのかと初めて感じさせられた。
今までにも同じ重みを感じた事はあった。ドライバーを手に入れた時や、エンドウイルスの一件の時がそうだ。しかし、今までと今回ではその意味が違う。
今までは簡単だった。誰かに言われて、必死に戦えばそれで良かったのだ。無論、勝利できるかどうかというプレッシャーを感じなかった訳ではない。だが、今回のプレッシャーに比べれば軽い物だ。
リーダーと言う立場は、皆に指示を飛ばす役目を担うことになる。今まで勇が従ってきた誰かの役目を自分でこなさなければならないのだ。そして、それは皆の命を預かる立場になるということでもある。
何か一つでも自分が失敗すれば、自分に従う誰かの命が失われるかもしれない……そんな恐怖と、常に戦わなければならないのだ。
しかも最初の相手は魔人ミギー、言わずと知れた強敵だ。光牙たちを倒したことからもその実力が伺える。
今まで主力として活躍してきたわけでも無い生徒たちと、強力な能力を持つ敵を相手に、初めて指揮を執るリーダーが戦わなければならないのだ。
プレッシャーを感じるなと言われるほうが無理だ。震える手を握り締めた勇はその重圧と戦いながらどうすべきかを模索していた。すると……
「な~に考えてんの、勇っち!」
「うおっ!?」
背中を押される感覚に驚いて振り向いた勇は、そこで屈託無く笑う葉月の姿を目にした。悪びれる様子も無く笑い続ける葉月は、そのまま勇の横に腰を下ろした。
「悩んでるの? リーダーになったことを?」
「……まぁな。てか、悩まない方がおかしいだろ」
「そだよね~、気持ちはすごく良く分かるよ」
うんうんと頷いた葉月が立ち上がると勇の顔を見つめる。その表情からは、先ほどまでの笑みが消えていた。
「アタシも一応、ディーヴァのリーダーじゃん? 最初はさ、まったく毛並みの違う二人を上手く纏められるか不安だったんだよね。だって失敗したら、すぐに解散とかありえる訳じゃん?」
真剣な表情で話を続ける葉月。勇もそんな彼女を見つめながらその話を聞き続ける。
「たった二人ですら厳しいんだもん、何百人って言う人たちを纏めろって言われてる勇っちが、それだけプレッシャーを感じてるかはなんとなくだけど分かるな」
「………」
葉月のその言葉は勇に再び重圧を与える結果となった。自分の置かれている状況を再確認することとなったからだ。
葉月から視線を逸らして俯く勇……今までの人生で感じたことの無い不安に押し潰されそうになっていた彼だったが、突如自分の頬を挟み込む手の感触に驚いて顔を上げた。
「……でも、勇っちはそんな難しいこと考えなくて良いんだよ」
「は……?」
両手で自分の頬を挟む葉月はそう言って照れ臭そうに笑う。その笑顔はいつもの弾ける様な笑顔と言うより、マリアの見せる優しい微笑みに似ていた。
「人の上に立つことなんて出来ない……そう考えてるなら、それで良いんだよ。別にそれだけがリーダーとしての在り方じゃないんだもん」
「いや、でも……」
「勇っちは、誰かにあーしろこーしろって言うよりも真っ先に困難に突っ込んで行くタイプじゃん? むしろ、普通のリーダーとは違う感じがするもん」
「だから悩んでんだよ。そんな俺なんかがリーダーだなんて……」
「だ~か~ら~! 悩む必要なんて無いの! 勇っちは、それで良いの!」
「えっ……?」
「無理にリーダーぶらなくても良いんだよ! いつも通り勇っちは先陣切って突っ走って、皆の道を切り開いて、どんなピンチもなんてこと無いって笑いながら乗り越えて……それで良いんだよ」
真剣な葉月の言葉、されど表情には笑みが浮かんでいる。勇は自身を鼓舞する様な、それでいて導くようなその言葉に耳を貸しながら、何かに気が付き始めていた。
「皆の為に頑張る勇っちの姿を見てると、アタシも頑張ろうって思えるんだ。皆と一緒に先へ、先へ……そうやって進んでいく勇なら、アタシは信じられる。謙哉っちもマリアっちも、やよいも玲もみんなみんなそう! 誰かを纏めるとか導くなんてそんなこと考えなくて良い。勇がただ一生懸命でいれば、皆は勇の事を信じてついて来てくれるはずだよ!」
そう言い切った葉月が再び笑顔を見せる。その笑顔を見た勇は、ようやく心の中のもやが晴れた気がした。
リーダーになろうと思うから上手く行かないのだ。自分はただ、皆と一緒に戦えば良いだけなのだ。
自分には光牙のように積み重ねてきた信頼は無い。真美のように優れた頭脳がある訳ではない。でも、何も無いわけではない。
今まで戦ってきたことで生まれた何かが、自分にもあるはずだ。力やレベルだけではない、謙哉との友情を始めとした何かが、きっとあるはずだ。
ならばそれを信じ、自分を信じて戦えば良い。皆と一緒に、皆の為に、この手で道を切り拓けば良いだけだ。きっとその姿を見た誰かが自分を信じてくれる、自分に力を貸してくれる。
自分は皆を導く絶対的な主導者にはなれないだろう。だが、皆と一緒に道を切り拓く人間にならなれるはずだ。光牙と同じになる必要など、どこにも無かったのだ。
光牙を意識しすぎて見失っていたその事に気が付いた勇は深く息を吐き出すと……ようやく、笑顔を見せた。
「おお、良い笑顔だね! 悩みは吹っ飛んだ?」
「おう、おかげさまでな! サンキュな、葉月」
「お礼は言わないで良いよ、ミギーに勝つ為に頑張ってくれたらそれで良し!」
「そうだな……! まだ何が出来るか分からねぇ、でも、何も出来ない訳がねぇ! 俺らしく、俺の出来ることをやってやるさ!」
「その意気だよ! ……忘れないでね勇っち、ピンチの時でもアタシたちが居るってことをさ。やばい時は、アタシも隣で一緒に戦うよ」
「ああ……俺は一人じゃない。こんな簡単なことを忘れてたなんてな……」
しみじみと呟いた後で、勇は自分の両頬を叩く。気合を入れた表情を見せた勇は、目の前の葉月に向かって宣言した。
「勝つぜ、葉月。ミギーは、俺たちが倒す!」
「うん、当然だよね! それじゃ、作戦会議と行きますか!」
笑い合った後で二人は中庭を後にする。この戦いに勝つために自分たちの出来ることを全てやる。そう決意した二人の背中を物陰から覗く人影が一つ……
「……すごいな、葉月さんは……」
少しだけ自分に苛立ちを感じながらマリアが呟く。盗み聞きなんて趣味の悪いことをすべきでは無いと思ったのだが、結局最後まで二人の話を聞いてしまった。
(私は、なにも勇さんに言えなかったのにな……)
本来なら勇を励ますのは自分の役目だったはずだ。自分はA組の唯一の生き残りで、この作戦における彼の唯一のクラスメイトなのだから
だが、マリアは自分自身の事で手一杯になって勇を気遣う余裕が無かった。自分と同じ初めての経験で、自分よりも重いリーダーと言う立場になってしまった勇の感じるプレッシャーのことなど、頭の中に浮かびもしなかった。
だからこそ、勇の感じている重圧を見抜き、その心を解きほぐした葉月の事を羨んでしまう。自分には出来なかったことをして、自分には出来ない『勇の隣で戦う』事が出来る彼女を羨ましく思ってしまう。
いつまでも守られる立場から抜け出せない自分に対して嫌悪感を抱きながら、マリアもまた二人の後を追ってその場から立ち去った。
「えー、てす、てす……マイクチェック完了!」
翌日、勇は大勢の生徒の前でマイクを手に話をしようとしていた。昨日行った作戦会議の中で、謙哉やマリアを始めとする代表者たちと話し合って決めた作戦を伝えるためである。
この場に居るのは何十、何百と言う数の生徒たちだ。当然、その光景を目にする勇にはプレッシャーがかかるが……勇は、それを心の中で笑って跳ね除けた。
「あー、念のため自己紹介しとくと、俺がなんだかんだで代理リーダーになった龍堂勇だ! よろしくな!」
あっけらかんと笑いながらそう告げる。上に立つ者の威厳など感じさせないその口調と笑顔が、何故か眩しく思えた。
「きっと、経験の無い俺なんかがリーダーをやることに皆は不安を感じてると思う。ぶっちゃけ俺もそうだ、自分をいまいち信じ切れてねぇ」
「でも、俺は皆を信じてる。俺を支えてくれるマリアを、皆の盾になってくれる謙哉を、一緒に戦ってくれるディーヴァの三人を、ここにいる皆と一緒なら、どんな困難でも乗り越えて行けると信じてる!」
「俺は一人じゃない……頼れる皆と一緒ならどんなことでも出来るって信じられる気がするんだ。自分の事を信じられる気がするんだ」
「だから……頼りないリーダーかもしれねぇが、俺の事を信じてくれないか? 皆が信じてくれるならきっと、俺はどんな奇跡だって起こせる!」
この場に集まった生徒たちは、勇の言葉を聞きながら思った。なんとも不思議な男であると……
頼りないことを言っている筈なのに、どこか信じられる気がしてくる。リーダーとは思えない筈なのに、何故か着いていきたくなる。
沢山の瞳が勇を見つめる中、当の本人は握りこぶしを自分の手に打ちつけるとこう話を締めた。
「さぁ、まずはミギーの奴をぶっ飛ばしに行こうぜ! 俺たちなら出来る、そう信じてな!」
話を終えた勇がマイクを置く、それから一拍空いて、拍手の音が生まれた。
徐々に大きくなっていくそれを耳にしながら、謙哉もマリアも同じ様に手を大きく叩き続ける。この場に居る生徒たちもまた、誰一人の例外も無く拍手を続けていた。
A組のエリートである光牙とはまた違う新たなるリーダー、龍堂勇。彼の言葉に応えるかの様に拍手の音は鳴り響き続ける。
あくまで代理ではあるが……こうしてNEWリーダー龍堂勇の指揮の下、ミギー討伐作戦が始動したのであった。