仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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嫉妬の魔人 動く

 

 

「集え魔人柱よ。我が忠実なるしもべたちよ……」

 

 暗い部屋の中にガグマの声が響く。その声が部屋の暗闇へと吸い込まれて行った次の瞬間、燭台に火が灯った。

 

 赤、黄、緑、紫……合計4つの炎が揺らめくと同時に、部屋の中に同じ数の影が現れる。

 

「傲慢のクジカ、ここに」

 

「怠惰のパルマ、来ました」

 

「色欲のマリアン、お呼びと聞いて」

 

「し、嫉妬のミギー……い、居ます……!」

 

 強欲魔王ガグマの城の中に集った4人の魔人柱、ここには居ない憤怒魔人と既に倒されてしまった『暴食のドーマ』を除く4体が揃った事を見て取ったガグマは、彼らに話を始めた。

 

「そろそろ現実世界に本格的な進行を始めようと思う。先の一件でエンドウイルスの効果は十分に確認できたからな」

 

「しかしガグマ様、奴らは既にエンドウイルスの対抗策を見つけ出している様子、効果は薄いかと……」

 

「構わんよ。未知の病原体の発見はそれだけで人に恐怖を与える。同時に暴力と破壊を撒き散らせてやれば、愚か者どもは恐れおののくだろうよ」

 

 くっくっ、と喉を鳴らして嗤うガグマ。その様子を見たクジカが問いかける。

 

「……ではガグマ様、我々はいつも通りに暴れ回ればよろしいのでしょうか?」

 

「ああ、その通りだ。やり方は各々に任せる。現実世界を恐怖と混乱に陥れればそれで良い」

 

「あぁ、なるほど……じゃあ、手っ取り早い方法を使っても良いわけですね?」

 

「任せる。しかし、すべてを破壊しつくすなよ? 何もかもを滅ぼしてしまっては、わしが支配するものが無くなってしまうからな」

 

「御意に……ではガグマ様、その栄光ある一番手の役目は、一体誰に命じられるおつもりですか?」

 

「そう焦るな、すでに決めてある。……ミギー、お前が一番手だ」

 

「ひ、ひひっ!」

 

 紫色の魔人、ミギーが子供の様に飛び跳ねる。喜びを体いっぱいに表す彼を見つめながら、ガグマは話を続ける。

 

「期待しておるぞミギー、お前がこの役目に相応しい手柄を立てることをな……」

 

「は、はい……っ! 僕、頑張りますから……必ず、ガグマ様の期待に応えてみせますから……!」

 

「うむ……頼んだぞ」

 

 ガグマのその声を最後にミギーの姿が消えた。同時に燭台から紫色の炎が消え、彼が退出したことを示す。

 

「……ガグマ様、何故ミギーが一番手なのですか? 我々が奴に負けているとは思えないのですが……」

 

「……ふっ、そんなの決まっているだろう」

 

 マリアンの不服そうな声に愉快そうに笑った後で、ガグマはその質問に答えた。

 

「こんな栄えある役目を奴以外に与えたら、奴が『嫉妬』するからさ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……情報を纏めましょう。分かっている限りの魔王の情報を……!」

 

 臨海学校を終えた勇たちは、早速主要メンバーを集めて会議を行っていた。議題はもちろん魔王の事だ。

 

「第一の魔王、『強欲魔王 ガグマ』。虹彩学園から繋がるソサエティである『ファンタジーワールド』を支配する魔王だ」

 

「配下には6人の魔人柱が存在していて、その内一人は撃破済み、もう一人が詳細不明となっているわね」

 

「今現在は動きを見せてねぇが……一度会っただけでもヤバい奴だってことは良く分かった。警戒は必要だな」

 

 勇の声に他のメンバーが頷く。この場に居るほぼ全員がガグマの強さと恐ろしさを直に肌で感じ取っているのだ。

 

 ジャパンTVでの一件を思い出した光牙は軽く首を振ってその恐れを振り切る。自分たちだって強くなっているのだ、もう二度とあんな結果にはなるまいと気を強く持った。

 

「……私たち薔薇園学園側のゲートから繋がる『SFワールド』を支配しているのは、『機械魔王 マキシマ』よ。と言っても、ガグマたちの様に直に見た訳では無いんだけどね」

 

「名前として知っている事と、SFワールドの各地に自分の部下を送り込んでいるのは分かってるんだけどね」

 

「姿も目的も分からない敵って、なんだか不気味ですよね……」

 

 未だ詳しい情報が分かっていない『機械魔王 マキシマ』に関する考察はそこで止まった。名前とソサエティの様子からして間違いなくメカニカルな相手なのは間違いないが、それ以外は本当に不明だ。

 

 一体何を考え、何をしようとしているのか? まったく予想が付かない相手に対し、全員がやよいの言う通り何とも言えない不気味さを感じていた。

 

「……でも、不気味と言ったらこの間の『暗黒魔王 エックス』もだよ。直に会って話したって言うのに、何を考えてるのか全く分からなかったもの」

 

「確かにな……あいつ、本気で遊んでいやがった。俺たちが命を懸けてる姿を楽しんで鑑賞してやがったんだ」

 

「……私、あのソサエティで初めて命の危険性を感じました。何か一つでも失敗したら命を落とすって、頭の中から声が消えなかったです」

 

 そして第三の魔王、エックスについても話を始めた。と言っても、彼もまた情報が無さすぎる為に考察は頭打ちではある。

 

 配下も力量も何も予想できないエックス。ゲームステージの様に改造したソサエティとエンドウイルスを所有している事から只者では無い事は分かるが、他にどんな力を持っているかは不明だ。

 

 そして何より、あの無邪気さが不気味だった。命をなんとも思っていない、ドス黒い精神がありありと現れている彼の行動に恐怖を覚える。

 

「……そこにもう一人魔王を加えて頂きましょうか」

 

「えっ!?」

 

 静まり返る会議室の中に突如聞き覚えの無い声が響いた。驚いて声のした方向を見てみれば、そこには戦国学園の生徒たちが立っていた。

 

「お前たち、何でここに!?」

 

「……皆様が新たな魔王と遭遇したと聞き、その情報を得る為にこの会議に参加させてもらう事にしました。無論、我々が知る情報も提供させて頂きます」

 

 大文字、光圀、仁科の三人を伴って現れた参謀役の根津が扇子を畳みながら話す。細い目を光らせた彼は、自分のゲームギアから映像を流し始めた。

 

「これは……?」

 

「……我々のソサエティ、『戦国ワールド』にも魔王は存在するのです。これは、その魔王との戦闘の記録です」

 

「お前ら、魔王と戦ったのか!?」

 

「はい……結果は推して知るべしと言った所ですがね……」

 

 映像には戦国学園の生徒たちを相手に大立ち回りを繰り広げる怪人の姿が映っていた。燃え盛る炎の様な紅蓮の体をした怪人は、腕自慢の戦国学園の生徒たちを次々と打倒して行く。

 

「……我ら三人、同時に奴に襲い掛かり戦いを挑んだが……」

 

「結局、押されっぱなしで逃げられてしもた。いや、見逃されたって言った方が正しいな」

 

「正直ありえねぇほど強かったぜ、正真正銘の化け物だよ、こいつは……」

 

「……それで、こいつの名前は?」

 

「……『武神魔王 シドー』と名乗っていました」

 

 根津の言葉を受けたメンバーがもう一度映像へと視線を移す。三人のライダーを相手に余裕すら感じられる戦いを繰り広げる怪人……シドーの強さは計り知れないレベルだ。

 

「こいつが、第四の魔王……ガグマたちに並ぶ、俺たちが倒さなきゃならない敵……!」

 

 圧倒的な力を持つ相手を見た勇は、知らず知らずのうちに口から呟きを漏らしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、お前たちが追い詰められる相手がいるなんてな」 

 

「あん時ばかりは勝てる気がせんかったわ、本気でヤバいと思った相手や」

 

 会議後、勇たちは帰ろうとする葉月や光圀たち両校の生徒を見送りに校門までやって来ていた。

 

 そこで自分とほぼ同じ力量を持つ光圀が追い込まれた事に驚きを隠せなかった勇は、彼に事の子細を聞いていた。

 

「シドーの奴を一言で言えば圧倒的な力や。純粋、混じりけ無い『武』そのもの……己の拳一つで全てを掴み取って来た風格が、奴にはあった」

 

「圧倒的な、力……」

 

「……負けっぱなしは性に合わん。リベンジは必ずするつもりやが……ほんまに骨が折れる相手なのは間違いなさそうやで」

 

 あの光圀にここまで言わせた事がシドーの強さを物語っていた。まだ見ぬ魔王の一人であるシドーの恐ろしさを想像する勇は、同時に同じ魔王であるガグマたちの事も思い浮かべる。

 

 もしかしたらガグマやエックスたちは、全員がシドーと同じ位の強さを持っているのではないか? もしそうであるならば、自分たちに勝ち目はあるのだろうか?

 

 もし今の状態で4体の魔王が同時に攻めてきた場合、きっと自分たちに勝ち目はない。そして、何時そうなってもおかしくない状況ではあるのだ。

 

(早く強くならねぇと……魔王たちが本格的に動き出す、その前に……!)

 

 全容の知れない強さを持つ相手への焦り、そこから生まれるプレッシャーに圧し潰されそうになった勇が心の中で思う。

 

 もっと強くならねばならない。そうしないと、世界はあっという間に滅ぼされてしまうのだから……

 

「……ところで勇ちゃん、ウチの大将知らんか?」

 

「あ……?」

 

「いや、さっきから姿が見えんのや。便所にでもいっとんのかいのぉ?」

 

 そう言って周りを見渡す光圀につられて勇も同じように大文字の姿を探すも、彼はどこにも見当たらなかった。

 

「一体どこに行ったんや? 便所にしては長すぎるやろ?」

 

「……そういや謙哉もいねぇな」

 

 周囲の様子を覗った時に謙哉の姿が見えなかったことに気が付いた勇がもう一度周りを見渡す。しかし、大文字と謙哉は何処にも見当たらなかった。

 

「……ったく、あいつらどこに行っちまったんだ?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁっ、はぁっ」

 

「……およそ5分、か」

 

 虹彩学園地下演習場、そこでは二人の男が荒く息を吐きながら汗を流していた。

 

 呼吸を乱れさせながら地面に倒れて居る謙哉、腰にはドライバーが巻かれ、変身していたことを示している。相対している大文字もドライバーを身に着けており、彼らが何らかの理由で戦いを繰り広げていた事が見受けられた。

 

「すい、ま、せん……せっかく付き合ってもらったのに、こんなんで……」

 

「いや、十分だ。久々に楽しい戦いが出来た」

 

 地面に倒れ伏したまま動けないでいる謙哉が弱々しい声で大文字へ話しかける。それに答えた後で、大文字は演習場の外に続くドアへと向かって行った。

 

「……それはお前にとって最大の切り札となるが、同時に大きなリスクも抱えている。既に分かっていると思うがな」

 

「はい……問題はありますけど、大文字先輩に通じると知れて良かったです」

 

 何とか立ち上がった謙哉がふらふらと歩きながら大文字を見送ろうとする。それを片手で制すると、大文字は謙哉に告げた。

 

「……あと30秒あれば決着は分からなかった。我は、素直にそう認めよう」

 

「そうですか……でも、この状況を考えると軽くは使えませんね」

 

「……とっておきの切り札にとっておけ、我が言えるのはそれだけだ」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

「それと、無理はするな。今は体を休めろ、見送りは結構だ」

 

「……はは、わかりました」

 

「うむ……まぁ、この場に他の誰かが居れば面倒を見てもらうのも悪くは無かろう。ではな……」

 

 大文字がドアを開けて外へと出て行く。それを見た後で、謙哉は再び床へと倒れ込んだ。

 

 全身に残る疲労感と痛み。だが、それを持って余りある手応えに拳を握りしめた謙哉の頬に何か冷たいものが触れた。

 

「ひゃっ!?」

 

「……何やってんのよ、謙哉」

 

 ひんやりと良く冷えた飲み物が入ったペットボトルを謙哉に差し出しているのは玲だ。飲み物を謙哉の顔の横に置いた彼女は、続いてタオルを謙哉に投げつけた。

 

「わっぷ……」

 

「……体拭きなさい、風邪ひくわよ」

 

「あはは……ありがとうね……」

 

 力無く笑った後で渡されたタオルでのろのろと自分の体を拭く謙哉。そんな彼を見下ろしながら、玲は先ほどまで見ていたある物について尋ねた。

 

「……なんだったの、あれ?」

 

「あはは、見られちゃったか。ちょっと前から訓練しててさ、丁度いい機会だったから大文字さんに通用するか試してみようと思ってさ……」

 

「それでその様ってわけね」

 

「はは、面目次第もありません」

 

 タオルを横に置き、代わりにペットボトルを手に取る。冷たい水を一口飲んだ謙哉はようやく一息ついて玲の方を見た。

 

「帰らなくて良いの? 薔薇園の皆が待ってるんじゃないの?」

 

「……そう。それじゃあ、今のあなたを放っておいて、私がどこかに行っても良いって事ね?」

 

「う~ん……それはちょっと嫌かも」

 

 謙哉のその言葉を聞いた玲は満足げに微笑むと謙哉の隣に腰を下ろす。何処か上機嫌に見える玲に対して少し戸惑った視線を送った謙哉だったが、もう一度水を口に含む頃にはその戸惑いも消えて無くなっていた。

 

「……それで? 試した結果はどうなの?」

 

「手応えはあったよ。でも、大文字さんの言う通り最後の切り札みたいな感じになると思う。今の僕じゃあ、5分間しか持たないみたいだからさ」

 

「……やっぱり、新しい魔王と出会って焦ってるの?」

 

「……そうかもね。でも、前々から思ってたんだ。もっと強くなりたいってさ」

 

「えっ?」

 

「……まだまだ僕は弱い。だからもっと強くならなくちゃならないんだ。皆を守れる位に強くなりたいんだ」

 

 ぐっと握りしめた拳を見つめる謙哉。その姿を見ながら玲は思う。

 

 何処までも優しく、誰かの為の戦いを続ける謙哉。誰かを守る為の力を追い求めて、必死になっているのだろう。

 

 それは素晴らしい事だ、素直に称賛できる。でも、だからこそ……玲の目には、謙哉が痛々しく見えた。

 

 今の彼を見ればわかる。誰かの為に自分を極限まで追い詰めて、それを何とも思っていないのだ。もう嫌だとか、きついだとか弱音を吐かずに前だけを見ている。

 

(誰かを守る為に必死なのに、自分の事は守ろうとしないのね……)

 

 少しだけ胸が苦しくなる。目の前に居るはずの謙哉がどこか遠い場所に居る様な錯覚を覚えてしまう。

 

 物理的な距離が近いのにそう思ってしまうのは心の距離が離れているからだろう。謙哉は、誰か一人を特別扱いしたりはしない。彼にとっては自分以外のすべてのものが『守りたい物』であり、特別なのだ。

 

 博愛主義者もびっくりのその考え方を理解できるようになればなるほど、玲の心には何とも言えない切なさが生まれる。大切に思ってくれているはずなのに、特別には思われていないと言う事が心に小さな波紋を作っていく。

 

「……そう言う所が好きになった理由なんだけれどね」

 

「え? 何か言った?」

 

「……何でもないわよ」

 

 小さく零れた自分の声が聴きとられなかったことを安心しながら玲は立ちあがった。そろそろ葉月たちと合流しなければならない、また根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だ。玲がそう思った時だった。

 

<ウーーーッ! ウーーーッ!>

 

「な、何!? 警報!?」

 

「……なに、外で何かあったの?」

 

 非常事態を知らせる警報に顔をしかめる二人、とにかく状況を確認しようとゲームギアを使った通信でそれぞれ友人に連絡を取ろうとするが…… 

 

「……駄目だ。勇、通信に出てくれないや」

 

「葉月もやよいもよ……手が離せないほどの緊急事態って事?」

 

 予想以上に不味い事が起きている事を悟った二人が顔を見合わせる。そして、急いで状況を確認すべく外へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわぁぁぁっ!」

 

 一人の男子生徒が宙を舞って地面に叩きつけられる。数十体のエネミーたちと相手取りながら戦いを続ける虹彩と薔薇園の生徒たちは必死の抵抗を続けていた。

 

「ま、まさか、学校に攻撃を仕掛けて来るなんて!」

 

「しかも魔人柱が居るぞ!」

 

 恐怖、そして焦り。今まで直接的な侵攻を受けていなかった生徒たちにとって、本拠地を攻められると言う事態は正に予想の範疇を超えた出来事だった。

 

 動揺は思考を纏まらなくさせ、動きも鈍らせる。いつも通りの実力を発揮できないままでいる生徒たちは、なんてことない雑魚エネミーにも苦戦してしまっていた。

 

「皆、落ち着くんだ! 冷静に対処すれば恐れる事のない相手じゃないか!」

 

「そうよ! まずは固まって周りと助けないながら戦うの! 絶対に個々で戦ってはダメよ!」

 

 光牙と真美の声が飛ぶ。何とかして仲間たちに落ち着きを取り戻させようとする二人だったが、恐慌の中ではその声は彼らの耳には届かなかった。 

 

「光牙、こうなったら先に魔人柱をやるしかないぜっ!」

 

「か、櫂っ!?」

 

 連携の取れないまま窮地に陥って行く仲間たちを見た櫂は、グレートアクスを手にミギーへと挑みかかって行った。

 

 大きな体を勢いよく走らせ、体ごとぶつかる様にしてミギーへとタックルを喰らわせた櫂はそのままグレートアクスを振るう。

 

「おおっりゃっ!」

 

「ぎいっ!!!」

 

 飛び散る火花、響く悲鳴……櫂の重厚な一撃を受けたミギーはよたよたとよろめくと数歩後ろへ後退る。

 

「なんだよ、思ったより弱いじゃねぇか! これなら楽勝だな!」

 

 勢いづいた櫂は追い打ちと言わんばかりにミギーに詰め寄る。斧を大きく振り回し、二撃、三撃とその体に攻撃を叩きこんでいく。

 

「おらっ! こいつでどうだっ!?」

 

「ギャァァァッッ!!!」

 

 一際大きく振りかぶった斧での一撃を受け、ミギーは大きく吹き飛ばされた。地面に倒れ込んだミギーを見た櫂は得意げに笑うと、ホルスターからカードを取り出す。

 

「はっ! どうやら俺たちは大分レベルアップしちまったみたいだな! お前なんかもう相手にならねぇよ!」

 

<パワフル! スロー!>

 

<必殺技発動! ブーメランアクス!>

 

 攻撃力の強化を受けたグレートアクスを構える櫂。投擲力の強化を受けた腕をしならせ、ミギー目がけて斧を放り投げる。

 

「これで終わりだぜっ!」

 

 放たれた斧は空気を斬り裂いて真っ直ぐにミギーへと迫って行く。何とか立ち上がる位の力しか残されていないミギーにはその一撃を躱す事は出来そうに無く、櫂の勝利は確実に思えた。

 

「……いい、攻撃、だったよ……!」

 

「えっ……?」

 

 だが、ミギーは小さく呟くと目前にまで迫ったグレートアクスに手を伸ばした。猛回転し、伸ばされた腕ごとミギーを斬り裂こうとする斧が彼に触れた時だった。

 

―――バキィンッ!

 

「なっ……!?」

 

 ガラスの砕けた様な音が響くと共に櫂のグレートアクスは地面へと叩き落とされた。事も無げに自分の必殺技を破ったミギーを呆然と見ていた櫂だったが、突如視界からミギーの姿が消えた事に驚き防御を固める。

 

 だが……

 

「おそい、よ……!」

 

「がっ!?」

 

 顔を掴まれ、そのまま引き倒される。ものすごい握力で櫂の顔面を掴んだミギーは、櫂を引きずりながら猛スピードで駆け出していく。

 

「ぐおぉぉぉぉっ……!」

 

 がりがりと背中が削れる痛み。暫し走ったミギーは突き当りの壁に引き起こした櫂を叩きつけるとそのまま猛然とラッシュを繰り出した。

 

「ほら、ほら、ほらほらほらっ!!!」

 

「がっ、ぐっ、ぐはぁっ!!!」

 

 顔に、胸に、腹に……遠慮のないミギーの拳が叩きつけられていく。抵抗しようと拳を突き出した櫂だったが、逆にその腕を取られて地面に叩きつけられてしまった。

 

「がふっ!」

 

「どうしたの? もう終わり……?」

 

 今度は櫂の腹を足で踏みつけるミギー、櫂が両手でその足を持ち上げようとするも、まるで無駄だと言わんばかりに何度も彼を踏みつけ続ける。

 

「弱いんっ、だよっ、君はっ、さっ!」 

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」

 

「か、櫂ーーっ!」

 

 言葉を区切りながら容赦の無いストンプを繰り出し続けるミギー。苦痛にまみれた櫂の叫びを耳にした真美はカードを使って彼を助け出そうと目論んだ。

 

「このっ! 櫂を放しなさいっ!」

 

「んん……?」

 

 自分目がけて飛んでくる無数の火の玉を見たミギーの動きが止まる。だが、ミギーはそれを避けようとせず、代わりに足の甲で櫂を蹴り飛ばした。

 

「あっ……!」

 

「……これで良し」

 

 火の玉とミギーの間に入り込んだ櫂の体。身を挺してミギーを守る壁になるかの様に蹴り飛ばされた櫂の体に火の玉がぶち当たり、大きな爆発が連続して起きた。

 

「ぐわぁぁぁっ!!!」

 

「あは、あは、あはははは! 肉壁ご苦労様だよ……っ!」

 

「そ、そんな……櫂っ!!!」

 

「き、貴様……っ! よくも櫂をっ!」

 

 自分の放った攻撃が櫂を傷つけてしまった事に愕然とする真美。非道な行いをし櫂を嗤うミギーに怒りの炎を燃やした光牙は、櫂の仇と言わんばかりにミギーに挑みかかって行った。

 

「ふんっ! てやぁっ!」

 

「あっ、ぎぃいっ!」

 

 勝利の栄光が指し示す角度通りにエクスカリバーを振るう光牙。ミギーの防御を掻い潜って幾度と無く斬撃を見舞い続ける。

 

 一見して光牙の完全なる優勢であるかのように見える。しかし、先ほどの櫂とミギーの戦いから何かを感じ取っていた光牙は決して油断せずに戦いを続けていた。

 

(何をしてくる? 策があるなら仕掛けてみろ!)

 

 どんな策も能力も見切ってみせる……エクスカリバーを振るいながら油断なく攻撃を続ける光牙は、ミギーを着実に追い詰めていった。

 

(これで最後だっ!)

 

 剣を横に構え、大きく振り抜く。左から右へと振り抜かれたその一撃は、ミギーの上半身と下半身を両断するかの様に思われた。

 

「……君、すごくいいネ……っ!」

 

「……えっ!?」 

 

 突然、光牙の剣が勢いを失う。手に伝わってくるのは敵を斬り裂いた手応えでは無く、何かに攻撃が受け止められた鈍い感触だ。

 

 ギリギリと音を鳴らしてエクスカリバーと鍔迫り合うのはミギーの腕だ。手の甲で光牙の鋭い一撃を受け止め、防いでいるのだ。

 

「……君も、あの娘も、さっきの彼も……皆、誰かに嫉妬してるでしょ?」

 

「な、なんだと……?」

 

「それもただの嫉妬じゃない。極上の嫉妬だよ。近くに居てくれれば、僕に凄い力をくれる様な!」

 

 狂った様に叫んだミギーは大きく腕を回してエクスカリバーを振り払う。そして、目の前に居る光牙の首を絞めると甲高い声で彼に言った。

 

「嫉妬って素敵だよね……! 羨んで、妬んで、憎み続けて! そうするとすごい力が湧いて来るよね……!」

 

「がっ……はっ……」

 

 首を絞められ呼吸が出来ない、視界が霞んでいく……必死に抗う光牙だったが、抵抗むなしくミギーの前に敗れ去ろうとしていた。

 

「……ねぇ、君の目には僕が誰に映ってるの? 君は、誰にその嫉妬を向けているの……?」

 

「ぐ、う……っ」

 

 視界がぼやけていく中で聞こえたミギーの声。歪む世界の中で光牙が見たのは、自分の首を絞める勇の姿だった。

 

「お、れ、は……っ……」

 

 光牙は手を伸ばす。勇のその手を振り払う様に。しかし、どんなに足搔いても勇の手が自分の首から離れる事は無かった。

 

 まるで今の自分と勇の力量差を現しているかの様な今の状況。光牙はただ呻く事しか出来ない自分に苛立ちながら、それ以上の敵意を持って目の前の敵を睨みつける。

 

「りゅう、ど……いさむ……っ!」

 

 憎い、妬ましい、悔しい……自分の中から生み出されるどす黒い感情が勇に向けられ、光牙に憎しみの炎を灯す。

 

 光牙の勇に対しての憎しみが頂点に達した時、目の前の勇はにんまりと憎々しい笑みを浮かべると光牙に言った。

 

「良い嫉妬だったよ名も知らない勇者さん……じゃあ、おやすみ」

 

 直後、鳴り響く轟音と体を叩く衝撃を最後に感じた後、光牙は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

「光牙……! 良かった、気が付いたのね……!」

 

「ま、真美……? ここは……?」

 

「学校の保健室よ。大丈夫、敵は撤退したわ」

 

「撤退しただって……?」

 

 次に目を覚ました時、光牙は虹彩学園の保健室にいた。痛む体を無理に引き起こしてベットの上で上半身を起き上がらせると、包帯だらけの自分の体が目に映った。

 

「……戦国学園が異変を察知して引き返して来てね、援軍の到着を見た魔人は急いで引き上げて行ったわ」

 

「そうか……」

 

 自分に報告をしてくれている真美も傷だらけで治療の跡がある。隣のベットを見れば、そこには傷ついた櫂が眠っているのが見えた。

 

「……A組のメンバーを始めとする戦力の被害は甚大よ。まともに戦える生徒はほとんどいないわ」

 

 悔しそうにそう告げた真美はそのまま俯いてしまった。自分たちの受けた被害を知った光牙もまた、拳をベットへと叩きつける。

 

「くそっ! くそぉっ!」

 

 惨敗、言い訳の出来ないほどの敗北……本拠地を襲われ、仲間たちを傷つけられ、敵を倒すことも出来なかった。

 

 命がある事が不思議なほどの敗北……魔王どころかその配下である魔人に敗れたという事実は、光牙のプライドを大きく傷つけた。

 

「……真美、戦力を再編成するんだ! 無事な生徒たちを集めて、今度こそミギーを……」

 

「……光牙、その事なんだけどね。ちょっと話があるの」

 

 すぐさま光牙はリベンジを考える。その為に必要な行動を起こし、今度こそミギーを倒すべく動き出そうとする。

 

 しかし、そんな光牙に対して暗い表情を向けた真美が何かを決心した目で口を開いた時だった。

 

「光牙さんっ! 櫂さんっ!」

 

「みんな、無事かっ!?」

 

 保健室のドアが勢い良く開き、一組の男女が慌てて中に入って来た。その声を聞いた時、光牙の目に一瞬暗い光が過った。

 

「……良かった。命に別状は無いみたいだな」

 

「あれだけの被害が出たのです。命があるだけ奇跡ですよ……!」

 

 保健室に入って来たのは、今、光牙が会いたくない人間の1位と2位であった。

 

 惨敗し、傷だらけになった情けない姿を見せたくない女性……マリアに気遣われるとさらに惨めな気分になる。いつも励まされる彼女の優しい言葉が、今日は心苦しかった。

 

 そしてもう一人……憎々しい嫉妬と羨望を向ける相手である勇の顔は、今の光牙にとって最も見たくないものであった。

 

 早く出て行って欲しい。真美と会話している事を理由に一度退席して貰おうか? そう考えた光牙だったが、その真美が二人の顔を見ると深く溜め息をつき、口を開く。

 

「……丁度良かったわ。光牙、マリア、よく聞いて」

 

「え……?」

 

「は、はい……?」

 

 意を決した真美の静かな声、それを聞いた二人は黙って彼女の言葉を待ち続ける。やがて口を開いた真美は、この場にやって来た最後の人物に視線を向けると、その人物にハッキリとした声で告げた。

 

「龍堂……今、この瞬間からあなたがリーダーよ。皆を率いて、ミギーを倒して!」

 

「は……?」

 

 真美のその言葉に、光牙もマリアも、そして声をかけられた張本人である勇でさえも、愕然とする他無かった。

 

 

 


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