仮面ライダーディスティニー   作:茜丸

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奇跡を起こす魔法使い マジカルディスティニー

 

「腕を見せなさい。今すぐ」

 

 言うが早いが玲が謙哉の左腕を掴む。上着の袖を捲り上げ、そこに噛み傷が無いか慎重に見ていく。

 

「み、水無月さん。僕は大丈夫だよ」

 

「黙ってて」

 

 謙哉の言葉を両断した玲は次に右腕を見る。そこにも噛まれた跡が見当たらない事を確認した後で、玲は鋭い目つきで謙哉を睨んだ。

 

「……あなた、本当に噛まれて無いんでしょうね?」

 

「本当だって、僕は一番の安全圏に居たんだから。それに、そもそも嘘をつく理由も無いでしょ?」

 

「……そうね。でも、あなたならそうしかねないから一応確認したのよ」

 

 周りの人間を心配させまいと自分の負傷を隠す事くらい謙哉ならするだろう。戦国学園の時の前例もある。その事を危惧した玲なりの気遣いをありがたく思いながら謙哉は笑みを浮かべる。

 

「もしかして心配してくれたの?」

 

「……好きに考えれば」

 

 否定をしなかった玲はそっぽを向いて黙ってしまった。とにかく、この中で一番負傷している可能性が高い謙哉の無事が確認できたことに安堵した一行だったが、静けさを破る櫂の言葉に表情を歪めた。

 

「くそっ、虎牙じゃねぇのかよ……!」

 

「……それ、どういう意味?」

 

 謙哉が無事であったことを残念がる櫂の言葉に、今度は彼に向けて鋭い視線を送る玲。櫂も一瞬怯むほどのその眼差しに言葉を失うが、謙哉がフォローに入った。

 

「……僕じゃないって事は、この場に居ない4人が負傷してる可能性が高い。城田君はその事を心配したんでしょ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 気分を害することを言ってしまった自分のフォローをしてくれた謙哉の行動に驚きながら、櫂は彼の言葉を肯定した。

 

 この場に居ない他の生徒、勇、光牙、真美、マリアの4人の内、誰かが噛まれて命が危うくなっている……櫂は、その事を危惧したのであった。

 

「……多分だけど勇は違うよ。僕が気が付いた危険性に勇が気が付かないはずが無いからね」

 

「やっぱり可能性が高いのはマリアさんか真美ちゃんだよね……」

 

「二人は変身できない、大量の敵に襲われたら対処の仕様が無いでしょうしね」

 

「……くそっ! こうしちゃいられねぇ、俺は光牙たちを探しに行くぜ!」

 

「あっ、待ってよ城田君! それは駄目だよ!」

 

 冷静な分析を続ける謙哉たちに対して苛立ち紛れの叫びをぶつけた櫂が玄関ホールから去ろうとする。しかし、それを制止する謙哉の声に一度だけ振り返るとその言葉の意味を尋ねた。

 

「あ……? 光牙たちがピンチだってのに、お前はそれを放っておけって言うのかよ!?」

 

「そうじゃなくて、ここでバラバラになる事がいけないって言ってるんだよ。僕たちが分散すればするほど、全員合流の可能性は低く、リスクは高くなるんだ」

 

「じゃあどうしろって言うんだよ!?」

 

「……僕たちは一丸となって出口を探した方が良い。いざという時の脱出口を確保するんだ」

 

「それじゃあ光牙たちはどうするんだよ!?」

 

「……そんなの、いくらでも方法はあるよ」

 

 ゲームギアのマップデータを表示し、館の中の地図を確認する謙哉。それを確認した後でその場に居る全員に告げる。

 

「まだ見ていない場所は地下だけだ。そこを徹底的に調べてみよう」

 

 そう言った後でゲームギアにカードを通す。謙哉は出現したドラゴファングソードを手に取ると、それを地面に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『バイオハザード』ってゲーム知ってるか? 映画にもなったから有名だろ?」

 

「ええ、名前くらいは聞いたことがあるわ」

 

「そのゲームの舞台は森の中にある洋館、中にはウイルス兵器によって生み出されたゾンビたちがうようよしてて、そこから脱出することが目的のサバイバルアクションゲームだ」

 

「聞けば聞くほどに今の状況とそっくりだね……」

 

 洋館内を歩き回りながら勇の話を聞く3人。緊張と焦りは消えないが、それでも冷静になろうと必死に感情を抑えていた。

 

「やったことがあるから、このソサエティがそれをモチーフにされている事にはすぐ気が付いた。もっと早く合流出来てりゃあ、注意できたのにな……」

 

「……いいえ、ゲームの知識があるアンタが居るだけでも心強いわ。それに……さっきの話は本当なんでしょうね?」

 

「ああ、ほぼ間違いねぇ。ここから脱出出来れば、お前の中にあるウイルスは活動を停止するはずだ」

 

「あの……勇さん、どうしてそんな事が分かるんですか?」

 

「声の主が言ってただろ? 改良されたウイルスはこの世界でしか効果を発揮しないってよ……つまり、ここから脱出できれば何の害も無いって訳だ」

 

「あ……!」

 

 驚愕と恐れで聞き逃していた先ほどの声の主の話を思い出して光牙とマリアが目を見開いた。

 

 前もって可能性に思い当たっていた勇が冷静だったおかげで真美を宥める事が出来たし、こうやって希望が見いだせたと言う事に思い至り、二人はそれぞれの感想を思い浮かべる。

 

 マリアは感謝を、光牙はほんの少しの嫉妬を……そんな二人の感情などは気にせず、勇は注意深く周囲を見渡しながら先へと歩いて行った。

 

「この世界が完全にゲームを再現されてるとは思えねぇ、多少の差はあるはずだ。問題はその差が何処に現れてるかなんだが……」

 

「……龍堂くんは、どこが違ってると思うんだい?」

 

「脱出方法だな。ゲームではヘリが来るんだが、流石にここでそれは違うと思う。恐らくだが、どこかに大元のゲートがあるんだろうよ」

 

「……ねぇ、アンタは何をしてるの?」

 

 冷静に自分の考えを述べる勇は廊下の棚や壁などを確認しながら先へと進んで行く。その行動に疑問を持った真美が理由を尋ねると、勇は目の前のドアを開けながらそれに答えた。

 

「……声の主も言ってたろ? ここには今残っているすべてのプレイヤーが揃ってるって。という事は、ここには謙哉たちもいるはずだ」

 

 扉の先は玄関ホールへ繋がっていた。その床を見た勇はニヤリと笑うとそれを指さした。

 

「やっぱ頼りになるよ、俺の相棒は」

 

「これって……!」

 

 勇の指さした先にあったのは固い床に刻まれた矢印だった。矢印の先には扉があり、その扉を開けた勇はその先に広がる廊下の壁にも矢印が刻まれている事を確認した後で3人の方向へ振り返る。

 

「多分これが謙哉たちの進んだ方向だ、この矢印を辿って行けば謙哉たちと合流できる」

 

「良かった……!皆さんと一緒なら怖い物無しですよ!」

 

「あぁ、きっと謙哉たちも出口を探してるんだろう。やみくもに動く奴じゃあ無いしな」

 

「そうね……櫂や新田はともかく、水無月ややよいが居るなら大丈夫よね……」

 

「……とにかく後を追おう。話は皆と合流してからさ」

 

 4人は謙哉の刻んだ目印を見逃さない様にして先へと進んで行く。暗い地下へと続く階段を進み、まるで地獄の底に繋がっている様な深い地の底へと潜って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……すべてを終わらせるには死ぬしかない。それこそが、この悪夢を終わらせる唯一の方法』……これって、どういう意味?」

 

 その頃、地下を探索する謙哉たち一行は壁に書かれていた文字を見て頭を悩ませていた。おどろおどろしい文面のそれがどんな意味を持っているのかを必死に考え、脱出の糸口を探す。

 

「まだ続きがあるよ。『0こそが真の終焉に続く道なり、さすればこの悪夢は終わり、夢から目覚めるであろう……』、う~ん……やっぱり意味が分からないね」 

 

「死ぬしかねぇとか、0が終わりだとかどういう意味だよ!? やっぱりここから俺たちを出すつもりは無いんじゃねぇか!?」

 

「もしくはただ単に私たちを惑わせる為のフェイクなのかも……?」

 

 さっぱり意味が分からないと言う様に頭を悩ませる櫂たち、残念ながらディーヴァの三人も答えが分からず、お手上げに近い状態になってしまっていた。

 

「……死ぬしかない……0が終焉に続く道……?」

 

「……謙哉、あなたには意味が分かる?」

 

「ちょっと待って……僕の考えが正しければ、多分ここには……!」

 

 ゲームギアの画面をスクロールして地図を動かす謙哉。玲は彼と並んでその画面を見つめている。

 

「あった! やっぱりそうだ!」

 

 やがて画面を動かす事を止めた謙哉は地下にある部屋の一つを指さして皆に差し示す。玲を始め、その場に居た全員が映し出された映像を見ている事を確認した謙哉は、説明を始めた。

 

「あの文章は間違いなく脱出の手掛かりだよ。何の意味も無くあんな文字を書く事はゲームの趣旨に反しているからね」

 

「なら、あの文章ってどういう意味なの?」

 

「死と0……この文章の意味を理解するためには、このキーワードが重要なんだよ。文章が出口の在処を示しているのなら、それが何処かを探り当てないといけないんだ」

 

「……この地下にある中で死と関わりが深い場所と言ったら……」

 

「『霊安室』……多分、ここに脱出の為の糸口か出口があるんだと思う」

 

「じゃあ、0って何なの?」

 

「死体が安置されてる棺桶の番号じゃないかな? 本来番号は1から始まるはずだから、もしも0番が割り当てられている棺桶があったらそれだけで異質だとわかるよね」

 

「確かにその通りね……幸い霊安室はすぐそこだし、行って調べてみましょうか」

 

「そこに出口への手掛かりがあるんだったらさっさと行って調べちまおうぜ!」

 

「わわっ! ちょっと待ってよ~っ!」

 

 あっという間に霊安室へと向かって行った櫂を追って葉月とやよいが駆け出す。ばらばらになる事の危険性を理解している謙哉もまた玲を伴ってその後を追う。

 

「それで? 出口が見つかったらどうするつもり?」

 

「……そこで勇たちを待つよ。出口が確保されているのなら慌てる必要は無いしね」

 

「そうね……噛まれた人と早く合流できれば良いのだけれど……」

 

 冷静の現状の分析と今後の対応を話し合いながら走る二人は霊安室まで辿り着くとそのドアを開ける。中では櫂が0番のプレートが書いてある棺桶を開けようとしていた。

 

「……まったく、何か仕掛けられているかもとは考えないわけ?」

 

「そんなこと言ってたら何もできないだろうが、罠だろうと何だろうとぶち壊すだけだ!」

 

「はは……まぁ、今回は城田君の言う通りだね。動かなきゃ始まらないよ」

 

 謙哉の言葉に大きく頷いた櫂は棺桶の蓋に手をかけるとそれを一気に持ち上げた。すると、中から眩い光が溢れだして部屋の中を照らし出したでは無いか。

 

「なっ、なんだっ!?」

 

 もしや罠か……? 警戒した櫂たちは棺桶から距離を取り、眩しさに耐えながらその様子を伺う。やがて光が収まって来たころ、恐る恐る棺桶の中を確認した櫂は目を見開いた。

 

「な、何だこれ……?」

 

 棺桶の中には白と黒の光が渦巻いていた。周りの物を引き込むようにして渦巻くそれをポカンとしながら見ていた櫂だったが、意を決して手を突っ込む。

 

「ちょっと、危ないって!」

 

「うるせぇ! これが出口かもしれねぇんだ、調べてみる価値はあんだろ!」

 

 葉月の制止を無視して渦の中に手を伸ばす櫂。その手が光に触れた途端、櫂の体は引き込まれる様にして渦の中へと消えて行ってしまった。

 

「し、城田っ!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 安否を心配する声にも反応は帰ってこない。静けさだけが残る部屋の中で顔を見合わせていた4人だったが、もう行くしかないと判断して同時に渦へと手を伸ばした。

 

「ど、どうか無事でありますように……!」

 

 やよいの祈りを耳にしながら同時に渦の中へと引き込まれて行く謙哉たち、浮遊感と体が回転する感覚を覚えながら目を瞑っていたが、ストンと着地音と共に地面に足が付いた感覚がして閉じていた目を開いた。

 

「ここは……?」

 

 辿り着いた新たな場所、それはただ広いだけの空間であった。真っ白な床と壁だけの空間の中に、一つだけ目を引くものが存在している。

 

「見て! あれってゲートじゃない!?」

 

 通常よりも大きな青いゲート、それがこの世界からの脱出口では無いかと考えた葉月が近づいてその中を見てみると、確かに向こう側には現実世界の旅館が映っていた。

 

「決まりだよ! これでゲームクリアだ!」

 

「どうだ!? 俺の行動が役に立っただろ?」

 

「……出口を見つけたのはアンタじゃないけどね」

 

 ゴールが見えた事への安心感に胸を撫で下ろしながら会話する櫂たち。後は勇たちを待つだけだと思っていた所、小さな渦と共に光が舞い降りて来た。

 

「おーい、皆!」

 

「光牙! 真美とマリアも無事か!?」

 

「勇っちもいるね! やった、これでゲームクリアだよ!」

 

 少し離れた地点に現れた勇たちを見た謙哉たちが安堵する。危なかったが、なんとか無事にこの世界から脱出できる。そう思っていたのだが……

 

『……やぁ、全員ここに辿り着いたみたいだね。それじゃあ、最終ステージを始めようか!』

 

「えっ……?」

 

 突如聞こえて来た謎の声に身構える勇たち。一体何が起きるのかと不安を覚えた瞬間、地の底から聞こえてくるような低い唸り声が大量に鳴り響いた。

 

「ウオォォォ……ッ!」

 

「え、エネミーだ!」

 

 部屋の四隅から次々と出現するゾンビ型エネミー、10や20などと言う生易しい数では無く、徒党を組んで勇たちへと迫って来る。

 

「光牙っ! 早くここまで来いっ!」

 

「くそっ! ここまで来てやられてたまるか!」

 

「光牙、お前はマリアと真美を連れて出口に向かえ! 俺は何とか時間稼ぎをしてみる!」

 

 『運命の剣士 ディス』のカードを取り出した勇が叫ぶ。光牙はその言葉に従うと真美を支えながら出口へと駆け出した。

 

「変身っ!」

 

<ディスティニー! スラッシュ ザ ディスティニー!>

 

 光牙たちを逃がす為にゾンビの集団へと立ち向かって行く勇、二刀流のディスティニーエッジで敵を斬り裂きながら、時にブーメランモードへと変形させたそれをエネミーの集団へと放り投げる。

 

 刃の旋風は次々にエネミーを打ち倒して行くが、あまりにも多い敵の数は一向に減る気配を見せなかった。

 

「あっ……!」

 

「真美、しっかりしろ!」

 

 膝を付き倒れる真美を叱咤する光牙。彼女の顔は青く、汗が滲み出ていた。ウイルスの影響で体に不調が出ているのかもしれない。尋常ではないその様子に光牙は一瞬固まるが、すぐさまエネミーが迫ってきている事を思い出して真美を支えながら立ち上がろうとした。

 

「アア……アァァァッ!」

 

「くっ、そぉっ!」

 

 遠くに見える出口の近くでは櫂たちが必死になってその付近の安全を確保しようと戦っているのが見える。

 

 これでは援護は不可能だろう。何とかして自力であそこまでたどり着かなくてはならない。しかし、弱った真美を支えながらの移動では思う様にスピードが出なかった。 

 

 気が付けば目指す場所である出口も、自分たちの後ろで戦ってくれているはずの勇の姿も見えなくなっていた。視界を覆うほどのエネミーの軍勢に囲まれてしまっていたのだ。

 

 光牙はドライバーを装着して戦おうとした。この状況を打破するためにも自分が突破口を開くしかない……しかし、ここでもネックになるのは真美の存在だった。

 

「ゲホッ、ゴホッ!」

 

「ま、真美さん!」

 

 大きく咳き込む真美、もはや一刻の猶予も残されてはいない。急ぎ脱出しなければ彼女の命が危ういのだ。

 

 しかし……光牙にはどうしようも無かった。ここで戦ってもこの囲みを全員で突破する事は出来ない。あまりにも数が多すぎる。

 

 そう、『全員』では無理なのだ……!

 

「……光牙さん、真美さんを連れて出口に向かってください!」

 

「マリア!? 何を言っているんだ!?」

 

「変身した光牙さんなら、真美さんを抱えて出口までたどり着けるはずです。私はここに残って時間を稼ぎます!」

 

「無茶だ! あまりにも危険すぎる!」

 

「でも、もうそれしか無いんです! 危険でも何でも、皆で助かるにはそれしか……!」

 

 マリアの言う通りだった。全員で助かるには、ここでまず真美を脱出させて、その後マリアを救い出すと言う可能性の低い方法しかありえない。そうでもしないと、このまま皆でゾンビにやられてしまうだけだ。

 

 あまりにも危険なその作戦、しかし、マリアは全員で脱出する方法としてそれを実行しようとしている。

 

 確かにそうするしかないのだろう。本当に、全員で脱出しようとするならば

 

「………」

 

 光牙は蹲る真美を見る。そして、一つの策を思い描く。

 

 全員で助かる為の作戦、それは高い可能性でマリアの死をもたらす事になるだろう。下手をすると自分も真美も助からないかもしれない。

 

 だが……もしここで真美を見捨てたのならば、自分とマリアはほぼ確実に助かるのだ。

 

 動けない真美を囮にして残し、マリアを連れて囲みから脱する。一つの命を犠牲にすれば二つの命が確実に助かるのだ。たとえそれが大切な幼馴染の命だとしても……!

 

 だが、それをしても良いのだろうか? 光牙は迷った。それは取り返しのつかない決断になるからだ。

 

 真美を救うか? マリアを救うか? その究極の選択は、決断するまでの時間も用意してはくれない。悩みすぎればエネミーに囲まれ、どちらも救えなくなってしまうからだ。

 

(……救えるのは一つの命だけだとしたら、俺は……!)

 

 そっと、気付かれない様にマリアの背に手を伸ばす。変身した後で肩を掴み、そのまま抱えて跳び上がる為の用意をする。

 

 『死にかけている一つの命』よりも、『確かに存在する一つの命』

 

 光牙は『幼馴染の命』よりも、『愛する人の命』を選んだのだ。

 

 決意と覚悟を伴った光牙の手がマリアの肩へと伸びる。そして、その肩に触れようとした時だった。

 

「……ざっけんじゃねぇ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 聞こえて来た勇の叫びに光牙の体が竦む。自分のしようとしていることを咎められた様な感覚に後ろめたさを感じている光牙の耳に、勇の言葉が響き続けた。

 

「こんな所で死んでたまるか! こんな所で死なせてたまるかよ! 俺たちは、誰一人欠けずにここから出るんだよ!」

 

 甘い幻想と現実を見ていない夢物語。勇の言葉は光牙にとってはそうとしか思えなかった。

 

 誰かを救う為に誰かを死なせる覚悟こそが一番重要な事なのだ。全員を救おうとして無謀な行動をした結果、救えるはずの命すらも散らしてしまっては元も子も無いではないか

 

 何故そんな無謀な事を言えるのか? 何故そんな愚かな事をしようとするのか? チャリティーコンサートの一件でもそうだった。結局彼らは自分の意思とは別の甘い考えに憑りつかれ、沢山の命を危険にさらした。

 

(……お前のやっている事は甘いんだ。そんな夢物語が何度も叶ってたまるものか!)

 

 心の中で否定の叫びを上げる。何度も奇跡が起きるはずもない。起きてはならない。

 

 なぜなら、簡単に奇跡が起きてしまったら人はそれにすがってしまうから。どんな危機も奇跡が起きて何とかなると勘違いしてしまうからだ。

 

 奇跡なんてそうは起きない。必要なのは非情な決断と冷静な思考、そして真に必要な物を決める判断力だ。

 

(そうだ! 俺は間違っちゃいない! 俺は正しいんだ! 間違っているのは、甘い考えで周囲をたぶらかして危険に飛び込ませるあいつの方なんだよ!)

 

 心の中の叫びはさらに大きくなって光牙の心を揺らした。自分こそが正しいと言う確固たる信念を胸に、光牙はマリアへと手を伸ばす。

 

 奇跡に頼らず命を救う為に、自分にとって大切な物をこの手で守る為に……光牙は真美を切り捨てようとした。

 

 だが、彼は知らなかった。彼の周りで奇跡が起きない理由は、彼自身にあると言う事に

 

 確かに、奇跡はそうは起きない。だからこそ奇跡なのだから。

 

 だが、奇跡が起きる為に必要な事は決まっている。『最後まで諦めない事』だ

 

 どんなに無様でも、醜くても、最後まで諦めなかった者にこそ運命の女神は微笑む。何かを諦めて先に進もうとする以上、光牙の元にその微笑みが向けられることは無い。

 

 そして彼は知るべきだった。自分が間違っていると決めつけた男は、最後まで諦めない、奇跡を呼ぶ男だったと言う事に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ディスティニー! マジック ザ ディスティニー!>

 

「なっ!?」

 

 突如巻き起こる爆発、勇の声がしていた地点を中心に起きたその爆発は閃光と共にエネミーを巻き込み、撃破していく。

 

 衝撃と光が収まった時、光牙は見た。爆発の中心地に立つ勇の姿を……

 

 ディスティニーが纏っていたのは鎧でも近未来的なアーマーでも無かった。一言で言うならばローブ、魔術師が身に纏う様な黒い衣装をはためかせ、頭には尖がった魔術帽を被っている。

 

「魔法……使い……?」

 

 マリアの呟きはまさに意を得ていた。ディスティニー第四の姿は黒衣の魔法使い、今まで通り文明が違う装いをした勇は手に持つカードをドライバーにリードして武器を取り出す。

 

<宿命杖 ディスティニーワンド!>

 

 空中に描かれた魔法陣から出現したのは、赤い宝石をあしらった長めの杖。それを掴んだ勇が杖の先端を敵に向ければ、宝石が輝き火球が幾つも生成された。

 

「いっけぇぇっ!」

 

 魔術帽を抑えながら勇が杖を振る。それに合わせてエネミーへと飛来していく火球は敵にぶち当たるや否やそれを燃え上がらせ消滅させる。

 

 燃え上がり、倒れていくエネミーの間を縫う様に移動した勇は、動けないままでいる光牙たちの元へ駆けつけると周囲の敵を攻撃し始めた。

 

「勇さんっ!」

 

「待ってろマリア、今すぐ道を切り開いてやる!」

 

 自分のホルスターから『フレイム』のカードを、そして光牙のホルスターから『フォトン』のカードを拝借した勇は、その二枚のカードをディスティニーワンドへとリードした。

 

<フレイム! フォトン!>

 

<マジカルミックス!> 

 

 電子音声が響き、勇たちの頭上に巨大な火の玉が出現した。

 

 まるで太陽の様に輝き燃え続けるそれがその輝きを増した瞬間、勇は杖を地面に突き刺して手を叩く。

 

「吹っ飛びやがれっ!」

 

<必殺技発動! バーニングレーザー!>

 

 巨大な火の玉から放たれる無数の光線。それは周囲のエネミーを焼き切り、円を描く様にして放たれ続ける。

 

「オォ……オォォォォォッ……!」

 

「今だっ! 一気に出口まで駆け抜けろっ!」

 

 勇が杖を前へと振ると、その動きに合わせてレーザーが照射された。真っ直ぐに出口まで伸びた光線が切り開いた道をマリアを抱えた勇が走り抜ける。

 

「急げ光牙ッ! もう少しだ!」

 

 真美を担ぐ光牙を先に通らせ、自分はエネミーの足止めを続ける勇。

 

 敵を殲滅する事は出来ないが、それでも広範囲にわたる魔法攻撃はエネミーの攻撃を押し留める役目を十分に果たしていた。

 

「勇っ、早くこっちに!」

 

 ゲートの中へと次々に入って行く仲間たちを見送った後、勇もまた自分に声をかける謙哉に従ってゲートへと駆け寄る。

 

 すんでの所でエネミーの追撃を振り切り、勇もまた何とかソサエティからの脱出に成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、無事か!?」

 

「う、うぅん……?」

 

 目を覚ますと泊まっていた旅館の前であった。自分の顔を覗き込む園田の目を見た勇は徐々に意識を覚醒させていく。

 

「……そうだ、皆は!?」

 

「大丈夫だ、全員無事だよ」

 

「義母さん、被害状況はどうなっていますか?」

 

「あぁ、行方不明になっていた潮騒学園の生徒たち全員を含めて無事だ。彼らから事の子細は聞いている。大変だったな」

 

「良かった……全員無事なんだな……」

 

 その言葉を聞いた勇は地面に倒れ込んで深く息を吐いた。死の一歩手前まで追い詰められた状況で、全員が無事に帰ってこれた事に安堵する。

 

「……そうだ、性悪女は大丈夫なのか!?」

 

「しょうわる……?」

 

「あ~、美又っす! あいつ、向こうでウイルスに感染して……」

 

「あぁ、心配いらないよ。ウイルスはボクが削除しておいたから」

 

「は……?」

 

 あっけらかんとした能天気な声、だが聞いたことの無いその声の主を探して振り返った勇は信じられない物を見た。

 

 そこに居たのは黒ずくめの魔人だった。大きな杖を持った神官の様な格好をした人ならざる存在を見つけた生徒たちは、距離を取ったり戦いの構えを見せたりと思い思いの反応を見せる。

 

「そんなに警戒しないでよ。ボクはただ、まさかの犠牲者0でゲームをクリアした君たちを称えに来ただけ。ついでのアフターケアでこの子の体からウイルスも除去してあげたんだから文句は無いでしょ?」

 

「ま、真美っ!」

 

 魔人の近くに倒れ伏した真美の姿を見た櫂が叫ぶ。無事に脱出できた安心感も束の間、痛いほどの緊張感が張りつめる現場の中で、魔人が口を開いた。

 

「んじゃ、ボクは帰るよ。また会おうね」

 

「は……? そんな……お前、何をしにここに来たんだよ?」

 

「だから言ったじゃん、君たちを褒めに来たんだって」

 

 黒いゲートを作り出した魔人がその中に入り込むと、最後に振り返って勇たちを見る。そして、非常に愉快そうな口調でこう告げた。

 

「ボクの名前は『暗黒魔王 エックス』……また君たちと遊べる時を楽しみにしているよ。それじゃあね、龍堂勇くん……」

 

 ゲートが閉じ、魔人の姿が見えなくなる。エックスと名乗ったその相手の不気味さに気圧された勇たちは、そのまましばらくの間その場で固まり続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……真美、大丈夫かい?」

 

「……えぇ」

 

 それから一時間ほどの時間が過ぎた。旅館の部屋の一室で、意識を取り戻した真美に寄り添いながら光牙が彼女を気遣う。

 

「……何にせよ無事で良かった。一度大きな病院で検査してもらう必要があるだろうけど、今の所命に問題は無さそうだよ」

 

「……そうね」

 

 ぼうっとした表情の真美の事を心配そうに見ていた光牙だったが、彼女もまたこの出来事で非常に消耗しているのだと判断した光牙は真美が休める様に部屋から出ていくことにした。

 

 振り向き、軽く手を振るとそれに応えて真美も手を挙げる。少しは元気が出てきているのだろうと安心した後で、光牙は部屋から出て行った。

 

「……そうね、光牙。私は、あなたにとってその程度の女なのよね?」

 

 自分以外の人間が居なくなった部屋の中で真美が呟く。震えた声を絞り出すようにして呟きながら、電気を消して布団の中に潜り込む。

 

 真美は見ていた。光牙が自分を見捨て、マリアを連れて逃げ出そうとしていた所を

 

 そして知った。光牙にとって自分はその程度の価値しかないのだと言う事を……

 

「……良いの、良いのよ光牙。私は、あなたの役に立てればそれで良いの……あなたが私を選ばなくったって、構いはしないのよ……」

 

 気丈な言葉を口にしながら、それを自分に言い聞かせる真美。だが、その声は今にも消え入りそうな位に小さな声だった。

 

「良いの……それで、良いのよ……っ!」

 

 羨ましさと、悲しさと、失望と、嫉妬と……様々な感情が入り混じる心を封じ込める様に真美は呟き続ける。

 

 布団の中の彼女の頬を伝う一筋の雫に気が付く者は、誰もいなかった。

 

 

 

―――彼女に絶望が舞い降りるまで、あと??日……

 

 

 


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